3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『スパイの妻』

 1940年、太平洋戦争開戦直前の日本。神戸に住む織物商の勇作(高橋一生)は、仕事で満州に行った際、偶然に恐ろしい国家機密を知ってしまう。帰国した彼は正義の為、この事実を世界に知らせようとする。勇作の妻・聡子(蒼井優)は、スパイと疑われる夫を信じようとするが。監督は黒沢清。
 滝口竜介・野原位による脚本(黒沢も参加している)が良かったではないだろうか。黒沢監督の単独脚本では聡子の言動にここまでの勢いは出なかったかなという気がする。ミスにたいしテリとして、メロドラマとして大変面白かった。
 勇作は人としての正義感・倫理から国家機密を海外に持ち出す「スパイ」になろうとし、聡子は勇作への愛から「スパイの妻」になる覚悟をする。その目的の為に多大な犠牲が生じようともだ。2人とも方向は違うが、個人の心情・理屈を最優先しており、これは最後の最後、エンドロール前の字幕に至るまで一貫している。それは戦争へと向かう全体主義的な「国」の空気の中で異質だ。将校となった泰治(東出昌大)が「世間がどんな目で見るか」「どう見られるか気を付けた方がいい」と2人に忠告するが、国=世間と言えるだろう。自分がどう考えているか、何を正しいと考えるかよりも、世間がどう見るか、今世間がどんな雰囲気なのかということの方が、この国では重視される。勇作や聡子の生き方はそれに背を向けるものだ。ベースはメロドラマなのだが、個人と国家がどうやっても添えない、和解し得ない地点に向かう様が息苦しく迫ってきた。
 勇作は趣味で映画を撮っており(社長が撮った自主映画を納会で上映するって長閑な会社だよな…)、作品のヒロインを聡子に演じさせる。勇作が撮ったフィルムの中の聡子はひときわ美しい。勇作と秘密を共有するようになった聡子は、正に映画のヒロインのような華やぎを見せる。夫との秘密は、彼女にとっては自分が主役のお芝居のようなものだったのではないか。監視の目をかいくぐり、路上で勇作に抱き着く彼女は実に楽しく充実していそうなのだ。ただ、勇作が撮った映画のヒロインがたどった運命がどのようなものだったのか。勇作が、そういう彼女を見て見たかったのでは、彼にとっても全部映画、自身が映画監督をやっているような気持ちだったのでは。撮るものと撮られるもの、その交わらなさがにじみ出ていたようにも思えた。

散歩する侵略者
笹野高史
2018-03-07


ハッピーアワー [Blu-ray]
川村りら
NEOPA
2018-05-18



『ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語』

 南北戦争時代のアメリカ。父親が北軍兵として戦地に赴いているマーチ家には、しっかり者のメグ(エマ・ワトソン)、わんぱくで作家志望のジョー(シアーシャ・ローナン)、内気で音楽好きのベス(エリザ・スカンレン)、絵を描くことが得意でおしゃまなエイミー(フローレンス・ピュー)の4姉妹と、優しい母(ローラ・ダーン)が暮らしていた。女性の働き口が限られていた時代、ジョーは作家になる夢を諦めずに突き進む。原作はルイザ・メイ・オルコットの『若草物語』。監督はグレタ・ガーヴィグ。
 ニューヨークで作家を目指し下宿生活を始めたジョーが、家族と暮らした頃を折に触れて思い出すという、時制を行き来する構成。かつ、これが「書かれた」物語であるということが示唆される構成になっていく。邦題の評判がすこぶる悪かった本作だが、この構造が見えてくると案外的を得たものだったのかなと思えた。「わたしの」とはジョーの体験としての物語であり、彼女が記した物語ということでもある。一部メタ構造になっているのだ。 
 そして「わたし」には、原作者オルコットも含まれるのではないか。ジョーが出版社で言われる「ヒロインが結婚しないと作品は売れない(人気が出ない)」という言葉は、原作者であるオルコットが実際に言われたことだそうだ。オルコット自身は生涯独身だったが、作品を売る為に自作の中ではジョーを結婚させた。作家としては不本意だっただろう。彼女が本来望んでいたであろう展開を取り入れつついかに原作小説に添わせるか、というアクロバティックな構造なのだ。原作に忠実(実際、びっくりするくらい原作エピソードが盛り込まれている)でありつつ現代に即した作品になっており、ガーヴィグはこんなに腕のある人だったかと唸った。古典は古典として素晴らしいが、それを今作るのならどうやるか、ということをよくよく考えられている。
 自分で働き生計を立てることや資産を持つことが難しかった当時の女性にとって、結婚は自分や家族の生活を守る為の手段だった(現代でも未だその側面が強いというのがまた辛いが)。作中で言及されるようにまさに「結婚は経済」なのだ。マーチ伯母(メリル・ストリープ)がメグの結婚を祝福せずジョーを見込みなしとするのは、そういった社会背景がある。彼女自身は独身のままだったが、「お金があるからいいのよ」というわけだ。彼女はエイミーに資産家と結婚して家族を支えるのがあなたの役目だという。一家の命運を背負わされてしまうエイミーが気の毒だった。彼女の子供時代はあの瞬間に終わったのだなと。
 本作、4姉妹皆魅力的なのだが、特にエイミーの造形が新鮮だった。過去の映像作品では少々わがままでおしゃれでおしゃまなキャラクターとして描かれることが多かったと思うが、本作でもそれは踏襲されている。ただ、本作のエイミーは良くも悪くも普通の少女だ。メグのような美貌も、ジョーのような独立心と才能も、ベスのような天使の心も持ってはいない。可愛らしく聡明で絵の才能はあるが、どれもあくまで「ほどほど」。普通の女性に残されている道は経済の為の結婚である、というのはなんとも息苦しくやるせない。フローレンス・ピューが演じているというのも非常に効果的だった。貴婦人ぶりになんとなく、これはこの人の本分ではないのではという雰囲気が出るのだ。エイミーが後々ジョーやローリー(ティモシー・シャラメ)よりも大人びていくのは、年齢を重ねて大人になったというよりも、社会通念に自分を適応せざるをえなかったからだと思う。そういう形での子供時代の終わりはちょっと悲しいのだ。
 ジョーとローリーのじゃれあい、一緒に遊び回る姿は本当に幸福そうだ。男性/女性がまだ未分化な時代だから成立する幸福だったというのが寂しくもある。本来は分化した後も成立するはずのものだが、当時の(多分現代も)社会はそれを許さない。いつか失われる幸福だからこそより強烈に目に映るのか。

レディ・バード (字幕版)
ティモシー・シャラメ
2018-09-20


若草物語 1&2
ルイザ・メイ・オルコット
講談社
2019-12-12


『スケート・キッチン』

 郊外の住宅地に暮らす17歳のカミーユ(レイチェル・ビンベルク)はスケートボードに夢中だが、怪我が原因で母親からスケートボードを禁止されてしまう。こっそりとスケートボードをしに街に出掛けたカミーユは、女の子だけのスケートクルー「スケート・キッチン」に出会い、メンバーになる。しかしこのことで母親との関係はよりこじれてしまう。監督はクリスタル・モーゼル。
 カミーユが暮らしているのは住宅地(長屋風の集合住宅が並んでおり、わりと庶民的な雰囲気)だが、スケート・キッチンのクルーらがつるんでいる市街地に出るには、電車でそこそこ時間もお金もかかるらしい。ティーンエイジャーにとって距離とお金というのは大きなハードルだ。これは自分ではどうにもならない。
 そしてどういう親の元で生活しているかということも、自分ではどうにもならない。このもどかしさは万国共通だろう。カミーユの母親は決して悪い人ではないし母親としての責任を担える人ではあるが、娘が愛しているもの、彼女の内面の世界についてはあまり理解していない。母親としてはスケートボードは危ないからやめてほしい、せっかくかわいいんだからメイクしておしゃれすればいいのに…という気持ちなのだろうが、それはカミーユがやりたいこと、やりたいファッションとはずれている。心配とは言え、娘のフィールドに土足で踏み込んでくるのはちょっといただけない。友達の前で親と揉めなければならないのはきついなあ(特に10代にとっては)と、あるシーンを見ていていたたまれなくなった。母親は娘が自分が思う「娘」像とは大分違う人間らしいということになかなか気づかないのか、受け入れられないのか。ラストで若干歩み寄りが見えてほっとしたが。最終的に戻るのが親元の「家」であるのは、カミーユの年齢を考えると年齢相応なのだ。

 自宅と街との距離は、カミーユと母親との距離にも思える。かといって彼女が別居している父親の元に行きたいのかというとそういうわけでもない。後にカミーユが自分で家族の事情を口にするのだが、娘が成長していくことを受け入れられない(大人の女性の身体になっていくことを相談できる相手ではない)父親というのはかなり問題があるのでは…。カミーユの生理用品に関する知識に偏りがあって、17,18歳でその理解って大分ずれているのでは?と思ったのだが、そういうことをちゃんと教えてくれる・話し合える相手がいなかったということで、それは心細いだろう。彼女がスケート・キッチンの仲間と一緒にいたがるのはそういう話ができるから、というのも一因なのだと思う。
 女の子たちがボードで町中を疾走し、大声で笑ったり怒鳴ったりしているは小気味良い。よく描かれがちな「女子ならでは」みたいな感じではなく、単につるんで騒いでいるというニュートラルさ、雑さがいいのだ。ただ、会話の中では女性だから遭遇する不愉快さや迷惑行為などがぽろぽろ出てきてなかなかしんどい。また、男の子が絡むと一気にいわゆる「女の子集団にありがちな面倒くささ」みたいな表現になってしまうのは残念だった。恋愛であれ友情であれ個対個の関係だから、親友である自分への報告がないことをそんなに怒ったり裏切り者扱いするか?と思っちゃうんだけど…。

スケート・キッチン(字幕版)
ジェイデン・スミス
2020-04-01



SK8R’S(3) (ビッグコミックス)
トジツキハジメ
小学館
2015-07-10


『スキャンダル』

 全米で視聴率ナンバーワンのテレビ局FOXニュースの元キャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が、CEOのロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)をセクハラで提訴した。全米中のメディアが注目する中、FOXの看板キャスターであるメーガン・ケリー(シャリーズ・セロン)も自分の過去を思い返し平静ではいられなかった。一方、若手キャスターのレイラ(マーゴット・ロビー)はエイルズと直接面談するチャンスを得るが。監督はジェイ・ローチ。
 ごく最近の話(ケリーがニュース内で大統領選に出馬するトランプを批判している)だというのが結構ショック。エイルズの女性キャスターに対するルッキズム強要、セクシーさの強要は前時代的なのだがいまだにこれが現行しているのかと。少女たちに自身の意思決定の大切さを説くカールソンの番組は即中止を申し渡されてしまう。そしてクビを言い渡されたカールソンは長年にわたるハラスメント被害を訴えるが、激しいバックラッシュを受ける。またケリーは過去にセクハラにあっただけではなく、トランプの女性蔑視発言を批判したことで視聴者からのバッシングとメディアの目にさらされ、家族の身の安全にも不安がよぎる。レイラは自分の身に起きたことで自分を責め、誰にも相談できず苦しむ。彼女ら以外にもちょっとだけ出てくる女性たちが、女性であるが故にさらされる問題が手際よく(というのも変な表現だが)紹介されている。あーあるある!というものばかりだ。この「あるある」が男性たちにはほぼぴんときていない様子も作中で描かれている。
 ただ、ハラスメントに遭ったという共通項はあっても彼女たちが共闘するわけではない。他の被害者も声を上げるはずと思っていたカールソンは失望する。ケリーは自分も被害者であると公表することで自分の弱さをさらすことになると危惧する(そう思わせてしまう世間がおかしいのだが)。トップキャスターとしての野心満々な彼女は、勝てる勝負だと確信できるぎりぎりまで勝負に出ない。立場はまちまちで、女性の連帯・共闘というものは案外生まれないのだ。
 また、社内を牛耳ってきたエイルズのやり方が、女性同士を競わせるよう焚きつけ、分断するものだったという面も大きいだろう。競わせて優秀な方を男性である自分が取り立ててやるというシステム。女性の敵は女性という言い草は男性が作ったものだろうなとよくわかるエピソードだ。エイルズの人となりも一様ではなく、ゲスなセクハラ男であるが、経営者としては非常に目利きだった、かつ情に厚いところもあって身内と見なした人間は自腹を切って助けるという一面もある。登場する人たちは皆、多面的な造形になっている。
 ハラスメントの告発はもちろん自分自身の為、企業の膿を出すという社会正義の為ではあるが、後進の人たちの為でもある。レイラが「先輩」になぜなにもしてこなかったのかと訴えるシーンは胸に刺さる。レイラのように一人で苦しむ人を出さないためなんだよなと。本作、エンドロールのデザインがとても冴えている。女性たちが分断されている様、孤独な様が象徴されているのだ。


スタンドアップ (字幕版)
ジェレミー・レナー
2013-11-26



『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』

 ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)の意志を受け継ぎ、フォースを覚醒させ修行に励むレイ(デイジー・リドリー)。一方、祖父ダース・ベイダーに傾倒し銀河の支配者に登り詰めようとするカイロ・レン(アダム・ドライバー)。レイはレジスタンスのポー(オスカー・アイザック)やフィン(ジョン・ボイエガ)らと共に戦いに挑む。監督はJ.J.エイブラムス。
 1977年からの全9エピソード、ついに完結。関係者の皆様お疲れ様でした!解散!と言いたくなる。エピソード7,8,9は一方では現代性を考慮しつつ、一方ではオールドファン達を配慮しつつという四苦八苦が垣間見える作品だった。私はスターウォーズシリーズに思い入れがないし、エピソード4,5,6のリアルタイム世代ではないので正直そんなに面白いとも思っていなかった(スターウォーズ以降、フォロワー的作品が大量に出た後の世代なので、最早新鮮さを感じられない)。しかし、7,8,9については結構面白く見ることができた。やはり同時代性というのは馬鹿にできないのだと思う。
 スカイウォーカーの夜明けというサブタイトルだが、スカイウォーカー一族という血からの解放でもあり、帰属でもある、ただしどちらも自分で選ぶことができるのだという落としどころは苦し紛れというよりも、今スターウォーズを描くならこうなるだろう、という所では。レジスタンスらの自分たちは一人ではない、どこかに必ず後に続く者がいるという信念も、超王道ではあるが世界の分断が深まる現代にはより響くものがある。
 ただ、難点も結構ある。相変わらずレジスタンス側の作戦がぶっつけ本番的で勝てそうに思えない所や、帝国側も組織が現在どうなっているのか最後までよくわからない(組織の規模とか構成とかがよくわからない…カイロ・レンが妙に高い位置にいることで組織のスケール感が消えてるんだよな…)所など、設定にしろストーリー展開にしろ見せ方の大雑把さが目立つ。また、これは本作に限ったことではなくシリーズ全般的にその傾向があると思うのだが、地上戦の際の位置関係や移動距離等、空間設定がよくわからない。空中戦はかっこいいのに、地上の白兵戦はとりあえず大群動かしました的な大雑把さを感じる。
 レイ、ポー、フィンの関係がロマンスではなく、友情をベースにしたものであるというのはよかった。フィンはレイに対して何か言いたいことがあったみたいだけど(笑)、フィン本人が今回意外とモテていてレイへの感情がうやむやになっている。その一方で、レイとカイロ・レンに関しては、そうじゃないんだよなぁ…という不満が否めない。もう一人の自分みたいなもので、ロマンスとはちょっと違うと思う。


『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』

 夏休みに部活の研修旅行でヨーロッパに行くことになったピーター・パーカー(トム・ホランド)は、旅行中に片思いしているMJ(ゼンデイヤ)に告白しようと計画していた。しかしベネチアで水の怪物が出現。謎のヒーロー、ミステリオ(ジェイク・ギレンホール)が危機を救うが、ピーターの前には元S.H.I.E.L.D長官のニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)が現れる。ミステリオことベックは別の世界からやってきて、彼の世界を破壊した存在エレメンタルズがピーターたちの世界に出現したのだと言う。監督はジョン・ワッツ。
 夏休み前哨戦にぴったりな作品。ピーターはバカンスをフューリーたちに邪魔されてがっくりするわけだけど、見ている側としてバカンス気分、かつ青春映画の良い部分を味わえる、そして当然ヒーロー映画としての爽快感もある。
 ピーターは「親愛なる隣人」としての自分の立ち位置を前作で確かめた(だから今回、地元のチャリティーイベントにも出るわけだ)。ところが今回は『アベンジャーズ エンドゲーム』後の世界であり、スパイダーマンを含むヒーローたちが人類を救ったことが世界中に知られている。当然人々はスパイダーマンにもアベンジャーズに代わる世界のヒーローとしての活躍を期待するし、フューリーもまた、ヒーローとしての覚悟をピーターに要求する。意欲の空回りをいさめられた前作とは逆の展開だ。しかし今回、ピーターは正に夏休み気分だし好きな女の子は気になるしで、ごくごく普通のティーンエイジャーとしての側面が強く出ている。ヒーローとして困っている人を助けたいという気持ちと引っ張り合いになるのだ。
 ただ本作、ピーターに対して大人になれ!立派なヒーローになれ!と強いるのではなく、しかるべき大人たちが彼をサポートし、成長を見守っている。メイおばさんはもちろん、今回はハッピーが頼もしい。彼があるシーンでとてもうれしそうな顔をする。スタークとピーターが重なって見えたんだろうなとぐっときた。スタークはピーターのことを案じていたが、実はそんなに的確に保護者、指導者になれたわけではない。むしろ今回、彼が遺したものがピーターを導いていく。そしてスタークから遺産を受け取ったのはピーターだけではないのだ。ピーターの存在が、ハッピーにとってはスタークから受け継がれたものと言えるだろう。
 ただ、前作の敵にしろ今作の敵にしろ、スタークの負の遺産ともいえる。良くも悪くもスタークが残したものとどう向き合っていくかというのが、本シリーズの裏テーマ見たいになってしまっている気がした。そういう点で、スパイダーマンシリーズの敵ってちょっと他のマーベル作品とは質が違うように思う。人により意図せず生み出されたもの、人の営みの一部としての悪という側面が強い。今回の敵には、なるほどそうきたか!と唸った。非常に現代的だし、明らかにアベンジャーシリーズの敵とは意味合いが違う。次作は更に、戦うことの意味合いが変わってきそうだ。

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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-12-20






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2019-09-04

『スノー・ロワイヤル』

 スキーリゾート地キーホーに住む除雪作業員のネルズ・コックスマン(リーアム・ニーソン)は、模範市民賞を受賞するほど真面目な男。しかし一人息子が麻薬王バイキング(トム・ベイトマン)に殺され、復讐に乗り出す。監督はハンス・ペテル・モランド。
 モランド監督による『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』のセルフリメイク作品(元作品にかなり忠実だとのこと)だそうだが、なぜこれをわざわざリメイクした・・・。面白いが、珍妙な味わいがある。率直に言って変!基本的にふざけてはいないのだが、真顔でギャグを繰り出すようなところがある。
 息子を殺されて怒りに燃える男が主人公だし、近年は「悪い奴絶対殺すマン」として定着しているニーソンが主演なので、今回もリーアム無双なのかなと思っていたら、今回はそこまで無敵ではない。人を殴れば自分の拳はすりむけ、相手に引きずりまわされたりもする程度の生身感があるし、体力にも限界がある。そもそも戦闘のプロではないから色々危なっかしい。死体の処理もかなり大雑把で、手法も「クライムノベルで知った」というくらいの素人だ(大雑把な処理でも大丈夫なくらいの極寒地帯が舞台なので、そこも面白い)。不器用でどたばたした復讐劇として、当事者は大まじめなのに時々笑ってしまう。陰惨なのにどこか長閑でユーモアがある。登場人物が死ぬたびにちゃんと「死亡」字幕が表示され、更にその人の宗教的な背景がわかるマークも付けてくれる、拘るのそこ?という新設設計も味わい深い。
 ネルズにしろバイキングにしろ下っ端のギャングたちにしろ、登場人物が全員キャラ立ちしていて、悪党でも憎々しいと同時にどこか可愛らしさがある。親に似ず理性的でかしこいバイキングの息子や、バイキングの右腕的な部下の常識人ぶりがアクセントになっている。この部下については、後半であっそうか!という設定が明らかになり、それを知っちゃうとその後の行動もまあまあしょうがないよね・・・と納得。
 本作、何より除雪車その他の「働く自動車」映画としてとても楽しいので、クライマックスを楽しみにしてほしい。除雪車、運転したくなります。

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2015-07-03





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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16

『スパイダーマン スパイダーバース』

 ブルックリンの名門私立高に編入したマイルス・モラレス(シャメイク・ムーア)はエリートばかりの校風に馴染めずにいた。本当はグラフィックアートの道に進みたいが、警官の父親は認めてくれない。ある日クモにかまれたことがきっかけで超人的な力を身に着けるが、コントロールすることができずにいた。そんな中、キングスピン(リーブ・シュレイバー)によって時空が歪められ、阻止しようとしたスパイダーマンが殺されてしまい、マイルスは現場を目撃する。更に時空のゆがみから異なる次元で活躍する様々なスパイダーマンたちがマイルスの世界にやってきた。マイルスはその中の一人、スパイダーマンことピーター・B・パーカー(ジェイク・ジョンソン)の助けを借りようとするが。監督はボブ・ペルシケッティ&ピーター・ラムジー&ロドニー・ロスマン。
 3DIMAX、字幕版で鑑賞。これは3DIMAXを推奨したい!とにかく映像が素晴らしく、3Dとの相性も非常にいい。今年を代表するアニメーション作品になると思う。画面の奥行、広がりを最大限活かした視界の広さと、その隅々まで構築されたビジュアルに圧倒された。色合いもビビッドで楽しい。本作、「漫画である」ことを強く意識した作りになっている。擬音のフォントが大文字で入るし、「スパイダーセンス」はちゃんとうねうね線(わかる人だけわかって・・・)で表現される。周囲の声が箱型の吹き出しで表現されたりもする。更に、全体的に印刷物風ないしはスクリーントーン的な細かいドットが入っていること、人物の影の部分は斜線が入っていることがクロースショットになるとわかるのだ。すごく手の込んだことをさらっと見せている。
 アニメーション表現の最先端でありながらアナログな表現法を踏まえているというハイブリッド感がとても面白い。登場人物の台詞にあるように「カトゥーンで何が悪い!」というわけだ。カトゥーンだからこそ、多次元世界から複数のスパイダーマンがやってくるという設定が生きている。別の次元だからキャラクタービジュアルの表現のされ方も違う。ピーターBとグウェンはマイルスの世界とほぼ同じだが、スパイダー・ノワールは紙のざらつきまで伝わってきそうな白黒漫画の人だし、ペニー・パーカーはより二次元的だし、スパイダー・ハムはまさに古典的カトゥーン。それらが同じ画面内で違和感なく共存しているというビジュアルのバランス感覚が素晴らしい。
 ストーリーは王道の少年の成長物語。彼に関わる大人、特に父親的存在がピーターBを始め、複数名おり、大人の多面的な姿が描かれているのもいい。ピーターBはだらしないが腐ってもスパイダーマンでやる時はやる。父親はマイルスをとても愛しているが、息子の成長と彼の愛情のあり方とがまだ摺りあわされておらず、関係がぎこちない。双方、気持ちはわかるけどそれはちょっと・・・的なやりとりに等身大の親子感があった。そして自由人に見えるクールな叔父はマイルスの憧れの存在だが、自由とクールは代償を伴う。
 学校で馴染めない、親ともちょっとぎこちないし自分がやりたいことを打ち明けられないマイルスの孤独感は、スパイダーマン(たち)の孤独に通じる。マイルスは一人で成長するのではなく、彼ら、そして他の世界のスパイダーマンたちの後押しがあって一歩進むことができる。
 一人で進むのではないという意味では、ピーターBも同様だろう。ヒーローをドロップアウトしやさぐれていた彼は、教え導かなくてはならないマイルスという存在に引っ張られ、スパイダーマンとして再び歩みだす。少年が成長するだけでなく、大人もまた少年に感化されて成長するのだ。

スパイダーメンII (ShoPro Books)
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2019-01-24


スパイダーグウェン (ShoPro Books)
ジェイソン・ラトゥーア
小学館集英社プロダクション
2017-03-15


『スカイスクレイパー』

 FBIの人質救出部隊のリーダーだったウィル・ソーヤー(ドウェイン・ジョンソン)は、ある事件で大怪我をし左足を失った。10年後、危機管理コンサルタントとして働くウィルは、香港に建設された高さ3500フィートの超高層ビル「ザ・パール」の本格稼働に向け、オーナーのジャオから安全管理チェックを依頼される。家族と共にザ・パールに滞在していたが、ある犯罪組織がビルに侵入していた。監督・脚本はローソン・マーシャル・サーバー。
 冒頭の立てこもり現場への突入シーンが、最近の大作映画にしては珍しいくらいに作りものっぽくてすごく気になってしまった・・・。ザ・パールの内部構造も、これ本当に自立できるの?とかなぜそこにコントロールパネル付けるの?とか突っ込みがいがありすぎる。まあ一貫して「細かいことは気にするな!」ってノリの映画だからそんなに気にはならないのだが。
 240階建てのビルが舞台で高所でのアクションが満載。高所恐怖症の人は楽しめるのだろうか。ウィルはそんなに高い所が得意という雰囲気でもない(嫌々やっている感がある)のだが、家族を救う為に止む無くビルに挑む。対して、ビルのオーナーであるジャオ(チン・ハン)のザ・パールに対する思い入れはちょっとどうかしている気がした。自分がオーナーだから当然と言えば当然なのかもしれないが、高層であることにそんなに拘る必要はないのでは・・・。ビルの維持だけで大赤字になりそうな気がするんだけど(実際コスト高くて、みたいなセリフはある)。彼がなぜ超高層ビルを建てようと思ったのかが気になってしまった。何か、すごく屈折したものがあるんじゃないかとわくわくしてしまった。
 ジョンソンは全く死にそうな雰囲気がないので、何をやっても安心感があるのだが、今回も同様。義足が大してハンデになっていない、むしろここぞというところで役に立っている!格闘戦においても寝技・絞め技の強さが強調されるだけで全然不自由な感じがしないんだよね・・・。本作の面白い所は、ウィルだけでなく妻も強いと言う所だろう。助けられるだけの存在ではなくそこそこ戦うし勝つ!強い!結構戦闘的なのだ。子供たちにしても、家族の関係がしっかりしていることが序盤できちんと表現され、信頼関係が揺らがないので安心感がある。家族映画としてもいいのだ。
 なお本作一番の功労者はダクトテープではないかと思う。『オデッセイ』(リドリー・スコット監督)なみのダクトテープ映画。ダクトテープ無双である。初めて見るパターンの使われ方に加え、いやいや冗談でしょー!ってパターンもあった。トム・クルーズでもやらなかったやつよそれは。

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2018-04-27


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スティーブ・マックィーン
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2018-02-17


『スターリンの葬送狂騒曲』

 1953年、粛清により国を支配していたソ連の独裁者スターリンが急死。次期最高権力者の座を狙い、側近だった政治委員フルシチョフ(スティーブ・ブシェミ)や副首相ベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)らは熾烈な争いを繰り広げる。監督はアーマンド・イヌアッチ。
 ソ連が舞台なのだが、全編英語作品。まさかブシェーミがフルシチョフを演じるとは・・・。本作、製作はイギリス。スターリンが英語で話し始めた時点でカクっと力が抜ける。映画ではよくあることだから別にいいのだが、妙にコントっぽい。しかしこのコントっぽさが本作の持ち味だろう。スターリンにしろその側近たちにしろばんばん粛清して国民を殺しまくっていたわけだし、本作中でも相当数の人が死ぬという大変深刻な状況なのだが、悲壮感がない。惨劇もいきすぎるとギャグに見えてくるという薄黒い笑いがある。
 独裁者がマイルールで国をがんじがらめにする、基本的なルールがめちゃくちゃになっているという現実がそもそもコントみたいな状況だから、それを更にコント化している感じだ。序盤のスターリンと側近たちのやりとりのノリは、ボス的先輩のいる体育会系部活の悪ノリっぽい感じもして実にバカバカしい。その腹の(物理的な)ぶつけ合いは何なんだよ!また、会議で忖度に忖度を重ねるので、最早会議ではない。空気の読みあいである。どこかの国でもよく見る光景、でもこういうやり方で国の行く末決められちゃたまらんよな!
 権力争いは激化し誰が誰をけり落としていくのか?という展開(と言っても映画見ている側は歴史として知っているわけだが)で、彼ら、少なくともフルシチョフとベリヤはスターリンが死んでラッキーと思っている。そんな中でも、スターリンの遺志や彼の思想は正しいという主張がちょくちょく出てくるあたりが面白い。一応同志は同志なのか。

牡牛座  レーニンの肖像 [DVD]
レオニード・モズゴヴォイ
紀伊國屋書店
2011-12-22


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