哲学者フェリックス・ガタリと精神科医ジャン・ウーリーが1953年に設立した、独特の治療法で知られる精神科療養所、ラ・ボルド。毎年恒例の患者とスタッフによる演劇上演会で、今年はゴンブローヴィチの『オペレッタ』の上演が決まる。演出を担当するのは看護人をしている女優のマリー・レディエ。屋外のステージを作りつつ、台本を見ながら演技と演奏の練習が行われていく。監督・編集はニコラ・フィリベール。
精神科クリニック内での患者たちの撮影というデリケートな環境・被写体だが、ごく自然に撮っているように見える。フィリベール監督の近年の作品である『アダマン号に乗って』も似たシチュエーションの作品だったが、その前身となる作品のように思えた。治療の場も森の中のお城から町中に停泊した船へ、より世間の中、人の中での場に変わってきている所は、患者の病状や施設の性質の違いもあるだろうが、フランスの精神医療の方針の変化でもあるのだろうか。
演劇上演に向けた練習・準備が軸になっているが、日常的なレクリエーションや食事等の日課なども映し出される。患者たちは撮影されていることは認識しているが、あまり委縮していないように見える。場面によってはどの人が患者でどの人が医療スタッフなのかわからない所もある。そして、患者であれスタッフであれ複数名集まればそこに社会が生まれる。その社会の中で協調だけではなく時に軋轢やそれに伴う話合い、折り合いが生じる。スタッフがイニシアチブをとりつつ患者と同等であるように思えた。患者であるということ以前に個人であるということが尊重されているのでは。患者内でも演劇に参加したくない人がいて、スタッフは参加しようと説得する。しかし結局気が向かない人は参加しないし、それが咎められるわけでもないという所にほっとした。