3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ジョーカー』

 コメディアンを目指し、道化師として働くアーサー(ホアキン・フェニックス)。しかしクビにされ、貧困と持病に苦しむ中、市の経費削減で福祉ケアも打ち切られる。不遇に追い詰められていく彼に、さらに追い打ちをかける事実が明らかになり、アーサーは変容していく。監督はトッド・フィリップス。
 (ストーリー内容に触れています)これまで映画に登場してきたジョーカーというキャラクターは、内面やその行動への共感を拒む、ただただ悪でありそこに理由はないという造形だったと思う。しかし本作では、1人の人間としての名前があり、家族があり、他人に対する共感も優しさも持ち合わせている、不当に扱われたりバカにされたりしたら傷つく存在であることが明白だ。そういう「変わり者」と揶揄されることはあるもののごく普通の人が、どういう経緯で狂気に走っていくのか、思いやりや倫理をなくてして全ての人間に破壊衝動を向けるようになるのか、ねっちりと見せていく。彼の行動にうっかり共感させてしまうところが性質が悪い。誰でもジョーカーになりえるのだと。
 アーサーが人間性を捨てていく過程には、いくつも分岐点がある。ここで何か助けがあれば、裏切られなければ、別の選択肢があれば、という歯がゆいシチュエーションで、逆に彼の背中を押していくものが何なのか浮彫になっていく。個人として尊重されないことは人の心を着実にむしばんでいく。福祉はそれに歯止めをかける最後の砦でもあると、なんだかケン・ローチやダルデンヌ兄弟の映画を見ているような気分にもなった。そういう話をアメコミ原作映画で、ことにジョーカーという超有名キャラクターを使ってやる必要があるのか?という批判もありそうだが、そういうものすら料理できる許容範囲の広さ・深さがアメコミというジャンル、ひいてはヴィランという存在の強さではないだろうか。
 アーサーが社会から取り残され、自分を片隅に追いやった社会、そしてその社会を牛耳り彼を見捨てた(と彼が思っている)存在への憎しみを爆発させる過程は、最近頻発しているいわゆる一人テロに近い。ただ、アーサーの爆発は現実の一人テロとはちょっと違うところがあるように思った。彼には異性にモテないことによる恨み、ミソジニー的なものはさほど強くないように見える。ある女性への執着は確かにあるのだが、異性との性愛というより、自分が愛され尊重されること全般についての得られなさといった方がいいのだろう。ただ一つの存在として大事にされたいという思い(本来なら母親から得られるはずのものだったのに)が、彼に「父親」との絆(そして「父親」を奪った者への憎しみ)という夢を見させてしまい、その夢の破綻が狂気の背中を押す。人として基本的な尊厳と性愛、セックスを得られるかどうかは別物だぞという監督の念押しか。
 本作の上手いところは、すべてがアーサーの夢であるようにも解釈できるというところだろう。実際にはアーサーはずっとあの白い部屋にいたのでは、コメディアンにもヴィランにもなれなかったのではと。そして本作に登場する町は、音頭を取るジョーカーが存在しなくても近いうちに暴動が起きそうに見える。ジョーカーは町で生活苦にあえぐ人たちの共同幻想が生み出したものかもしれない。だとすると、ウェイン一族はどちらにせよ町の救世主にはなりえないだろう。富裕層と低所得層との分断という今現在起きている現象が映しこまれているが、ウェイン家はそれに加担してしまった立場だ。ヒーロー全否定なので、アメコミファンにとっては許しがたいのかもしれないが、非常に「今」の作品だなと思った。
 
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『主戦場』

 日韓の間でくすぶり続ける慰安婦問題。アメリカ人YouTuberのミキ・デザキは“ネトウヨ”から度重なる強迫を受けたことがきっかけで、彼らの主張に興味を持ち、慰安婦問題の渦中に飛び込む。取材先は右左、日米韓を問わず論争の中心人物たちだ。
 ミキ・デザキ監督は本作が長編ドキュメンタリーのデビュー作になるそうだが、組み立ての手際がよく、編集が的確かつ「突っ込み」スキルが高い。ここはボケだな!という部分の発見の仕方が上手いのだ。デザキ監督がアメリカ人で元々この問題に詳しいわけでもなかったという、いわば部外者、新参者的な立場でアプローチしていることが、この問題のいびつな部分を発見しやすくしているだろうと思う。
 監督にとって「ボケ」であるのは、右翼陣営のインタビュー対象らだ。話し方は穏やか、理知的でまともそうに見える。しかし、その歴史認識はどこかおかしい、持論の文脈も、資料の解釈の仕方も恣意的すぎるのでは?とひとつひとつ検証していく、つまりツッコミをいれていくのだ。能面のようにがっちりガードしてそつがない人がいる一方、話していく中で、この人はもうあまり喋らない方がいいのでは・・・本人も所属している陣営も得しないのでは・・・という場面も。ここに壮大なボケがあるけどなぜ世間は突っ込まないの?というのが監督のスタンスであるようにも思った。そして取材を重ねる中で、この問題をある目的にしようとしている集団がいるのではということを後半であぶりだしていく。
 慰安婦問題は歴史認識の問題としての側面と同時に、人権問題、ジェンダーの問題をはらんでいる。この人権問題、ジェンダーの問題であるという認識が右左双方であまり浸透していない。右派はあえてそこを避けようとしているし、左派でも意外と理解されていないように思う。女性の性被害の理解されなさは日韓問わず、また家父長制の弊害があることも韓国の研究者により指摘されていた(国内ではこの指摘にかなり反発があったようだ)。現在、この問題が非常にこじれているのは、これらのことにも関係しているように思う。本作の後半では慰安婦問題をある目的に利用しようとしている集団がいるという新たな側面を展開するが、その中で人権問題としての慰安婦問題のあり方から焦点がブレてしまった気がした。とはいえ、ズレた先の面白さ、怖さが予想外で、そこも本作の力なのだろう。ただ、それを部外者から指摘されるというのはかなり恥ずかしいしキツいのではないかと思うけど・・・。

『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』

 2年前から鬱病で仕事をやめ、引きこもりがちなベルトラン(マチュー・アマルリック)。ある日、公営プールで男子シンクロナイズドスイミングのメンバー募集を目にする。なぜか引きつけられ参加することにしたベルトランだが、チームのメンバーも彼同様になんらかの問題を抱える中年男性たちだった。監督はジル・ルルーシュ。
 男子シンクロチームが舞台ではあるが、スポーツ映画としての側面はあまり強くない。練習もあまり本格的に見えないし、シンクロしている姿が本格的に見られるのはクライマックスくらいなのだ。エピソードが散漫で、緩い群像劇と言った感じ。むしろ中年男性・女性のミドルクライシスの方が物語の中心にある。鬱のベルトランはもちろん、仕事では成功しているのに家族と心が離れていくロラン(ギョーム・カネ)や、起業マニアなのにどの事業も上手くいかないマルキュス(ブノワ・ポールヴールド)、いまだに芽は出ないが夢を諦めきれないシモン(ジャン=ユーグ・アングラード)、いつも周囲から浮いているティエリー(フィリップ・カトリーヌ)。皆それぞれ問題があり、更にコーチで元女子シンクロ選手だったデルフィーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)もアルコール依存症だ。
 彼らは社会的に決して強くないし、いわゆる負け犬と言われる存在だ。彼らが一歩前に進んでいく姿を本作は描いているが、彼らを前に進めるのはシンクロへ打ち込むことそのものではなく、チームの仲間と自分の問題、仲間が抱える問題について対話していく行為であるように思えた。もちろんシンクロに取り組むことで自信がつくとかやる気が出てくるという面はあるのだが、むしろお互いに話し合うことで自分の中での問題の筋道がついていく、そういう場があり仲間がいると思えることが支えになるという要素の方が、彼らの前進にとっては大きかったのではないだろうか。鍛えて強くなるのではなく、弱いままでもちょっとだけ良くなるという方向性だ。
主人公であるベルトランのスタンスが象徴的で、彼は最初から自分が鬱であることを受け入れておりあまり隠さない。その上で物事に挑戦しようとし、最後までいわゆる「強い人」にはならないし目指さない。彼の妻も、ベルトランの弱さを受け入れており、軋轢は生じるがそれ込みで彼を大事に思っている。夫婦の関係がすごくよかった。弱い人が弱いままで生きるという方向性に現代性を感じた。

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『新聞記者』

 東都新聞の記者、吉岡(シム・ウンギョン)は、社に匿名で送られてきたFAXを目にする。それは医療系大学新設計画に関する極秘文書だった。一方、内閣情報調査室の官僚・杉原(松坂桃李)は、現政権に不都合なニュースをコントロールする職務に疑問を持っていた。外務省時代の元上司・神埼(高橋和也)と久しぶりに会い喜ぶものの、数日後、神埼は自殺する。彼を自殺に追い込んだものは何だったのか、神埼は自分が所属する組織の暗部に気づいていく。原案は望月衣塑子の同名著作。監督は藤井道人。
 メディアは権力を監視する為にあると言う矜持を持ち続け、「自分を一番信じ疑え」という父が残した言葉に従い続ける吉岡の一本気が胸を打つ。彼女は日本人の父親と韓国系の母親を持ちアメリカで育ったという、日本では「異物」として扱われる存在。だからこそ、この国のいびつさ、危うさを客観的に見ることが出来る。
 一方、杉原は与えられた任務に疑問をもつことがない内閣情報調査室において、ごくごく普通の感覚、倫理観や正義感を持ち続ける。その普通さが彼を組織からはみ出た存在にしていき、彼を苦しめるのだ。組織の特殊性、組織の論理に染まらずにいられるかという部分は、どんな人にも心当たりがある、なかなか耳の痛い部分ではないだろか。ただ、昨今の世の中を見ていると、本作における内閣情報調査室が掲げる論理に、世間の論理が近づいてきているような気がして怖い。内閣情報調査室の論理は国や国民を守る為のものではなく、現政権の利益を守る為のものにしか見えないのだが、自分達を圧迫していくものの為に奉仕してしまう現象、何と名づければいいのか・・・。汚職にまみれた政権でも安定している方がいいのか、安定の為には非合法・非倫理的な手段をとってもいいのかといったら、いいわけないと思うんだけど。作中、「この国には本物の民主主義は不要だ」とまで言われてるんだけど・・・。でも、近年の日本社会を見ると民主主義の根付いてなさに茫然とすることが多いのは確かだ。
 本作に対し社会批判、政権批判をよくやった!という声が多いようだが、どちらかというと社会派と言うよりも王道のサスペンスとしての側面の方が強いように思った。むしろ、この程度で社会批判、政権批判をうたったことになるのかという拍子抜け感の方が強い。時事ネタを取り入れていくのはエンターテイメントとしては定番で、本来ならテレビドラマ等でもっとタイムリーにネタにしてもよかったことだと思う(本当に『相棒』の2時間SPとかでやりそうな話なんだよね)。それすらためらわれる空気があるなら、それこそ民主主義死んだということになるのでは。

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『12か月の未来図』

 名門高校の国語教師フランソワ(ドゥニ・ポダリデス)はパリ郊外の教育困難中学に送り込まれる。エリート校の生徒ばかりを相手にしてきたフランソワにとって、様々なルーツを持ち学力もまちまちな生徒たちを相手にするのは一苦労。特にトラブルメーカーである少年セドゥには手を焼く。しかし教師としての意欲を取り戻し、生徒たちと格闘していく。監督はオリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル。
 フランソワが教育困難中学へ派遣されたきっかけは、彼のちょっとうぬぼれた性格、意外と女好きな脇の甘さが招いたものだ。この脇の甘さと自惚れがこの後もちらほら見受けられるので、こいつ懲りてないなと思ってしまう。ちょっといいかっこしいなのだ。ただ、最初は成り行きで始めた中学校赴任だが、エリート校で教えるのとはまた違ったやりがいにフランソワは目覚めていく。冒頭、エリート校の生徒たちにフランソワが答案用紙を返却するが、点数とコメントを大分辛辣に公表しながらなので、下手すると(下手しなくても)モラハラだ。点数と生徒の人格を結びつけた発言をしてしまっているのだ。最初から勉強することが身についている、学習意欲が水準以上にある進学校の生徒相手ならこれも有効なのかもしれないが、学習困難校の生徒におなじことをやったら相手を傷つけやる気を削ぐだけだろう(そもそもどういう生徒が相手でもああいった言い方をしてはいけないと思うが)。フランソワはより基本的、根源的な「学ぶ」ことと向き合わざるを得なくなる。学ぶとはどういうことか、学ぶことの面白さはどんなものか生徒に伝えていかなければならないのだ。またセドゥのように学校で学ぶこと自体が辛い生徒がいるということにも初めて気づいていく。アーティストである妹からの示唆により気づくのだが、妹もまたフランソワやその父親のように学校の勉強がごく自然にこなせる人の間で居心地が悪かったんだろうことが垣間見える。出来る人には出来ない人の気持ちってわからないんだよなと。
 フランソワは一定水準以上の勉強を教えることには長けているのだろうが、中学校で要求されるのはそれとはまたちょっと違うことだ。何を持って「いい教師」と言うのかは、生徒の層や学校の性質によって変わってくる。教師の大変さが端々で垣間見られた。フランソワはセドゥの退学を阻止しようとするが、それはまだ中学校のやり方に慣れていないからで、僕たちが悪者で君が英雄かと揶揄したくなる数学教師の言い分もわかる。学校全体のことを考えると彼のようなやり方にせざるを得ないのかもなということも。とはいえ、場所が変わって要求されることが変わっても、それに適応しつつ教師の本分を全うしようとするフランソワは、やはり「いい教師」と言えるのでは。好かれる教師といい教師とはちょっと違うんだよな。生徒の顔と名前と名前の正確な発音(何しろ多民族多文化なので)を必死で覚えようとするあたり、基本的に真面目だ。

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『シャザム!』

身寄りがなく里親の家を転々としていたビリー・バッドソン(アッシャー・エンジェル)は、突然謎の魔術師に召喚され魔法の力を与えられる。シャザム!と唱えると銃弾も跳ね返す強靭な大人の体と、超人的なパワー、スピードを手に入れられるのだ。里子仲間のフレディ(ジャック・ディラン・グレイザー)と力を無駄遣いして悪ノリするが、同じく魔力を手にしたシヴァナ(マーク・ストロング)が彼らに目をつける。監督はデビッド・F・サンドバーグ。
DCは重さで失敗して軽さにシフトを変えたのだろうか。ともあれ子供も楽しめるヒーロー映画で、力を抜いて楽しめる。ネタに対してちょっと長すぎる気はするが・・・。ビリーとフレディのいかにもティーンエイジャー的な悪ふざけの数々がちょっとくどい。そこそんなに尺いります?ってくらい。なお、バットマンやスーパーマンのようにヒーローがいることが自明の世界なのかそうではないのかがちょっとはっきりしない。最後のオチをそのまま受け取ると、他のヒーローもいる世界ってことなんだろうけど、メタなジョークなのか本編の範疇なのかよくわからないんだよね・・・。
シャザムのデザインにしろ登場人物の衣装にしろ室内装飾にしろ、2010年代の映画とは思えないレトロさで、有体に言うとダサい。七つの大罪たちのデザインなんてあまりにダサくて思わず笑った。もちろんこれはあえてのダサさなんだろうが、80年代あたりの香りが濃厚だ。その中で普通にスマホやYoutubeが出てくるのがなんだか不思議だった。
ビリーは身寄りがないが、生き別れた母親のことを探し続けている。一方、彼が預けられた里親カップルも里子仲間たちも、ビリーのことを受け入れ何かと気にかける。ビリーの母親探しの顛末はほろ苦いが、大事なのは血のつながった家族がいるということよりも、大人として自分をケアし案じる存在がいることの方が大事だという、至ってまともな話。血縁を持たなくても家族になれるという流れはスタンダードになっていくのかな。実母が「こういうことをした女性はDV受けがち」みたいに描かれているのはちょっと気になったが。
ヴィランが誕生するきっかけに、「男らしさ」の強要があるというのが現代っぽい。適正は人それぞれだし、そもそも男らしいってなんだよと。「男になれ」という言い回し、英語圏映画ではよく耳にするが、何かの条件を満たすことによって社会的に性別が認定されるって嫌だよなぁ。その条件が不向きな人もいるのに。ビリーが誰かの為に力を使う方向に踏み切る、本物のヒーローになるように促すのが、いわゆる「男らしさ」を持ち合わせない肉体的にも弱い人だというエピソードと対称的。ビリーの里親も里子仲間たもは男/女らしくなんて言わないのだ。

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『シンプル・フェイバー』

 ニューヨーク郊外に住むシングルマザーのステファニー(アナ・ケンドリック)は、息子の同級生の派はおオアy・エミリー(ブレイク・ライブリー)と親しくなる。エミリーは華やかなファッション業界で働いており、夫はスランプ中だが有名作家。保険を切り崩して生活し特技は料理というステファニーとは真逆だったが、2人は秘密を打ち明け合うほどに仲良くなっていく。ある日、エミリーから息子のお迎えを頼みたいと連絡が来る。快く引き受けたステファニーだが、エミリーはそれきり姿を消してしまった。原作はダーシー・ベルの小説『ささやかな頼み』。監督はポール・フェイグ。
 正にアナ・ケンドリック劇場。ちょっとウザい、若干自信なさそうなステファニーが、だんだんしぶとくずぶとく、ある才能を発揮していく様がケンドリックに似合いすぎる!ライブリーと並ぶと全く別の生き物のように見える異種格闘技戦感には笑ってしまった。プロポーション・・・。しかしそれが全く難点になっていない所がケンドリックの強さだろう。
 ステファニーがよく「聖人みたい」と言われるというエピソードが出てくるが、これは揶揄であることが随所からわかる。いい人、善意の人ではあるのだろうが、その善意や熱意は若干有難迷惑なのだ。学校のイベントで張り切り過ぎて他の保護者たちがひいている様が生々しい(保護者といっても学校イベントに割ける労力ってまちまちだから、1人にはりきられると他の人は辛いよね・・・)。全身からポジティブオーラを発揮している所や差し入れ料理のクオリティが無駄に高いあたりも、これは保護者仲間からは敬遠されるだろうなーという雰囲気がばしばし伝わる。彼女とエミリーが仲良くなるのは、お互い他に友人がいないからというのもあっただろう。
 基本サスペンスのはずなのに、後半に行けばいくほどスクリューボールコメディ的なおかしさが募ってくる。ステファニーがどんどん暴走を始め、隠された才能が開花していく。彼女が頭がよく行動力もあることは、ブロガーとしての振る舞いからも随所で察せられるんだけど・・・。演出がどんどん上手くなってるのだ。学習力高い!エンドロール前にさらっと言及される「その後」のオチには笑ってしまった。こんな「名探偵誕生」ってあります?!なおPTAの父兄(だけでなく警官とか保険調査員とか)が民族も性別もまちまちで絵にかいたような「多様性」なところにはリアルさというよりも何かの揶揄のようなものを感じてしまった・・・。実際は地域によって偏りがあるんじゃないかなとか。


 
ささやかな頼み (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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2017-05-24






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『女王陛下のお気に入り』

 18世紀初頭、ルイ14世統治下のフランスと戦争中のイングランド。アン女王(オリヴィア・コールマン)は政治については才能がなく幼馴染の側近サラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)に頼り切りで、政権を握り王宮を牛耳っているのは事実上レディ・サラだった。ある日、サラを頼ってきた従妹の没落貴族アビゲイル・ヒル(エマ・ストーン)が召使として宮廷で働き始める。サラに気に入られ侍女に昇格したアビゲイルは、徐々に野心を膨らませていく。監督はヨルゴス・ランティモス。第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門審査員グランプリおよび女優賞(オリヴィア・コールマン)受賞、第91回アカデミー賞主演女優賞(オリヴィア・コールマン)受賞作。
 ランティモス監督作品は、『籠の中の乙女』は面白く『ロブスター』はそこそこ、『聖なる鹿殺し』は枠組み、図式へのフェティッシュが前面に出過ぎていて映画としては痩せているなと個人的にはがっかりした。しかし本作は面白かった。脚本が他の人(デボラ・デイビス、トニー・マクナマラ)な所が良かったのかもしれない。間口は広く、奥行きは深くなった印象。広角レンズを使ったような映像が多く、箱庭感は相変わらず強いのだが、映画としてのダイナミズムみたいなものがようやく感じられた。やはりフレーム内の動きがないと面白くないんだよね・・・。本作は単純に「運動」としての面白さの要素が増しているように思う。森の中の追いかけっこや乗馬、射的のようなわかりやすい「運動」だけでなく、アン女王の車椅子移動とか、王宮の廊下での歩きながらの駆け引きなど、単調にならないように配慮されていると思う。
 アン女王とサラ、アビゲイルの三角関係に一見見える。若いアビゲイルが女王の寵愛を奪っていくかのように見える。が、実際には後にサラが言うように、サラが戦っているゲームとアビゲイルが戦っているゲームは同じように見えて別のものだ。サラが戦うのは国の行く末を賭けた政治の舞台であり、かつそれはアン女王との長年培った絆に基づくものだ。アビゲイルは自分がより安全な、暮らしやすいポジションにいく為に闘っているのであって、サラとは見えているものが違う。最後に彼女が見せるどこか困惑したような表情は、思いもよらぬ地点にまで来てしまったことへの戸惑いと恐れであるように見えた。
 美術、特に衣装が素晴らしくて見応えあった。凝った生地を多用しているように見えたのだが、このあたりは歴史考証は度外視しているのかな。当時の衣服のフォーマットを使いつつも現代的なアレンジがされているように見える。特にサラのパンツスタイルが美しい。また、女性よりも男性たちの方が往々にして白塗り厚化粧な所も面白かった。かつらやおしろいは史実として使われていたのだろうが、薄化粧なアン女王やサラとの対比はかなり意識しているように思えた。




『劇場版シティハンター 新宿プライベート・アイズ』

 新宿に事務所を構え“シティハンター”としてトラブル解決やボディガードに奔走する冴羽リョウ(神谷明)と相棒の槇村香(伊倉一恵)。2人の元に、何者かに部屋を荒らされ狙われているというモデルの進藤亜衣(飯豊まりえ)が依頼に訪れる。亜衣がキャンペーンモデルを務める企業の社長・御国真司(山寺宏一)は香の幼馴染だった。一方、海坊主(玄田哲章)と美樹(小山茉美)は傭兵たちが新宿に集まっているという情報を入手する。その傭兵たちはなぜか亜衣を狙っていた。原作は北条司の漫画、総監督はこだま兼嗣。
 1980~90年代にテレビ放送された大ヒット作品(原作は1985~1991年連載)の、20年ぶりの新作。舞台は現代、2019年の新宿で、TOHOシネマズのゴジラも登場するしマイシティはルミネエストに変わっている。しかし、漂う空気は90年代のもの。リョウたちが年を取った様子もない。あの頃のシティハンターがそのまま帰ってきたと言っていいだろう。GetWildがちゃんと流れるらしいぞ!と公開前から沸いていたが、それどころではなく、本編始まるなりあの曲やこの曲が随所で使われるという、ファンは泣くしかない仕様。シティハンターシリーズはOP、EDが本当に名曲揃いだったので、これは大変嬉しかった。
 とは言え、やはり時代は感じる。作中でメタ突っ込みはされるものの、リョウの「もっこり」関連のギャグは今では全く笑えない(当時もそんな面白いものでもなくて、ほぼルーティンでしかなかった気がするけど)。エッチだけどかっこいい、という設定は最早通用しないだろう。それをわざわざやることもなかったんじゃないかなと思う。もしこれを面白いと思ってやっているのなら、制作側の意識・価値観が当時のまま変わっていないということだ。クリエイターとしてそれはどうなのと思わざるを得ない。時代と共に変わっていく部分と変わらない部分をもっと考えないとならなかったのでは。リョウのスケベ要素がなくても、ちゃんと面白いしリョウのキャラクター性は保たれていたと思う。そこがシリーズの強さだったはずなんだけど。
 なお、ファンサービスとしてはキャッツアイの3人姉妹も登場。これは本当にゲスト出演といった感じで必然性はないんだけど、お祭り映画と思えばこれでいいのだろう。正直、ストーリーは大雑把なのだが、イベント的な楽しさはある。そして本作の神髄はエンドロール!これは本当に唸った。TVシリーズを踏まえた上での演出が素晴らしい。


『ジュリアン』

 両親が離婚し、母ミリアム(レア・ドリュッケール)と姉ジョゼフィーヌ(マティルド・オネブ)と暮らすことになった11歳のジュリアン(トーマス・ジアリオ)。離婚調整で親権は共同と決められ、2週間に1度、週末を父アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)と過ごすことになった。ミリアムはアントワーヌと話すことも会うことも拒み、アントワーヌはジュリアンを通じて彼女の居所を突き止めようとする。ジュリアンは母を守る為に嘘をつき続けるが。監督・脚本はグザヴィエ・ルグラン。
 ストレートなドラマで捻りはないのだが、ひしひしと暴力が近づいてくる、地を這うような怖さがあった。アントワーヌがミリアムに何をしたのかは具体的には描かれない。あくまでもミリアム側の言い分として言及されるに留まる。が、彼女と子供たちがアントワーヌを恐れているのは事実だ。そして、彼の行動を見ていると、これはミリアムの言い分が概ね正しいのでは、少なくともアントワーヌの対外的な顔と、家庭内の顔とでは相当違いがあるのではと腑に落ちてくる。ミリアムやジュリアンが抱える恐怖は、関係性の中で培われたもので、外部からはそうとわかりにくいのだ。本作が孕む怖さは、この外側からわかりにくいという所にある。
 加えて、ジュリアンは子供故に自分たちに何があったのか、アントワーヌの何が問題なのか的確に言葉にすることができないし、11歳の知識ではどこに助けを求めればいいのかもわかっていない。またミリアムのアントワーヌに対する対応もちょっと脇が甘い所があり、危なっかしく見ていて少々イラつくこともあるのだが、長らく恐怖に支配されていると正常な判断力が失われてしまうんだろうなと思える。ストーリーはほぼジュリアン、ないしは他の家族の視線で進む。完全に外部の視線が入ってくるのは最後だけだ。家庭内の暴力はそれだけ外部から可視化されづらいということなんだと思う。
 アントワーヌの行動は客観的に見るとかなりやばい人のものなのだが、多分本人に自覚はない。妻や子供の心は彼から完全に離れており、もう関係の修復は無理だろうなと傍目には見てとれる。しかし、彼にはそれはわからないのだろう。彼にとって妻も子供も自分がコントロールできるもの、自分の所有物で、その意識がずっと抜けない。家族の関係においてだけ、客観的な状況と主観とが乖離している。これが一番怖かった。理性的な説得が通じないのだ。

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