3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』

 2006年。人気俳優のジョン・F・ドノヴァン(キット・ハリントン)が29歳で突然死した。10年後、若手俳優のルパート・ターナー(ベン・シュネッツァー)は著書出版に際したインタビューを受けていた。ジョンの大ファンだったルパート(ジェイコブ・トンブレイ)は、11歳の頃、彼と文通しており100通以上の手紙を交わした。その内容を本に記したのだ。監督はグザヴィエ・ドラン。
 ドラン監督の作品は常に感情の圧が高く、そこで好き嫌いが分かれそうな気がするが、本作は割と間口が広いように思う。青年ルパートの目を通したジョンの生涯という入れ子構造の立て付けなので、感情にフィルターがかかっている。「私の声」としての生々しさやどぎつさは若干和らぐのだ。また、これまでのドラン作品と同じようにジョンと母親との間、またルパートと母親との間には愛があると同時に大きな拗れ、わだかまりがある。ただ、その描写もさほどとげとげしいものではない(とは言え実家帰省のシーンなどを見ると、こんな親子関係・親戚関係だったらちょっとしんどいなとは思わせるけど)。根底には愛があり共感が生まれる瞬間もある。加えて少年ルパートの母親(ナタリー・ポートマン)は息子の為に本気で奔走し、それがルパートの心を再び動かす。2人の心が通う感動的な瞬間があるが、この瞬間がなければ後のルパートはいなかったかもしれない。これはおそらくジョンが得られなかった体験で、あったかもしれないジョンの人生をルパートがやりなおしているようにも見えるのだ。親子関係の運任せな部分を垣間見たようで切なくもあるのだが。
 とは言え、本作に出てくるジョンのエピソードは、ルパートが語るものという側面が強い。実際の彼がこのようだったかどうかはわからない。ルパートは信用できない語り手でもあるのだ。彼が必要とした物語が本作におけるジョンの物語であり、彼がジョンに自分を重ねることで生まれた物語とも考えられる。憧れのスターに自分を重ねる、共感を重ねるという気持ちは個人的にはあまりわからないのだが、こういう物語の在り方を必要とする人はいるし、スターはそれを許容するからこそスターなのかなとも思えた。
 それにしても、ジョンが生きていた2006年は思った以上に窮屈そうで、意外だった。セクシャリティに対する許容度ってアメリカでもこんなものだったのかな?対して、2016年を舞台とするラストシーンの幸福感がまぶしい。ある映画へのオマージュになっているのだが、ここで堂々とハッピーエンド感を出せる所が2020年(作中は2016年、製作は2018年だが)なのだと思う。

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『ジュディ 虹の彼方に』

 1968年。『オズの魔法使い』以来、ミュージカルスターとして一世を風靡したジュディ・ガーランド(レネー・ゼルウィガー)は、度重なる遅刻や失踪により仕事は途絶え、借金を抱えつつ巡業で生計を立てる日々を送っていた。幼い娘と息子と一緒に暮らす資金を手に入れる為、子供たちを元夫に預け、ロンドン公演へ向かう。監督はルパート・グールド。
 ガーランドは47歳で死去しているので、本作が描くのは彼女の晩年期と言ってもいいだろう。お酒と薬で心身ともにボロボロ、ステージにも支障をきたしかつて築いたスターとしての信用も失っていく彼女の姿は痛々しい。少女時代のエピソードが随所に挿入されるが、彼女が薬を手放せなくなったのは、ハードワークに耐えさせる為に周囲の大人たちから長年にわたり投与されていた為だとわかる。同時に、周囲の大人たちは彼女の若さと無知に付け込み、年齢相応に必要とされるケアは全くしてこなかったことが窺えるのだ。その状態のまま大人になったガーランドは、子供時代の自分が得られなかった愛情や庇護を受けようとするあまり、手近な愛(的なもの)に手を伸ばしてしまっているように見える。客観的にはいかにも脆そうなものを掴んでしまう様が痛々しくて辛い。
 ただ、男性運が悪かった彼女にとっても確かな愛、双方向に成立している愛はある。それはファン、ショーの観客との愛だ。遅刻魔でパフォーマンスも不安定な彼女には大失敗のステージも多く、大変なブーイングを浴びることもある。しかしひとたびスイッチが入って何かがかみ合った時、ステージの上と観客とが一体になった高揚感と深い共感(のように錯覚できるもの)が生まれる。その瞬間の為にガーランドはパフォーマンスするし、ファンもそれを待ち望み続ける。生の舞台の魔力がとてもよくわかるシーンだ。日常がパッとしない辛いものでも、その瞬間が生きる支えになってくる。ガーランドと彼女のファンであるゲイのカップルの交流は正にそれを表しているし、クライマックスのあの曲のシーンは、生きる支えを与え続けてくれたガーランドに対するファンの真心そのものだろう。とは言え、ファンがスターに出来ることはその程度であり、彼ら彼女らの実人生の幸せの担保にはなれないということでもあるのだが。
 エピソードの分量は多くはないが、ガーランドと子供たちの関係が深く刺さった。序盤、タクシーの中で見せる娘の表情(子役が上手い!)がすごい。この時点で、彼女らの家庭は今の状態に耐えきれないんだろうと悟らせる。そして終盤、電話をしている娘の表情もまたすごい。とどめを刺してくるのだ。ガーランドは子供たちをちゃんと愛しているし一緒にいたらとても楽しい母親なのだが、愛だけでは足りないのだ。子供にとって実の親の愛よりも必要なものがある。ガーランド当人は実の親の愛が足りない子供だったことを思うと何とも皮肉だ。


ジュディ・アット・カーネギー・ホール
ジュディ・ガーランド
ユニバーサル ミュージック
2020-03-04


『劇場版SHIROBAKO』

 上山高校アニメーション同好会の卒業生、宮森あおい(木村珠莉)ら5人は、アニメーション制作進行、アニメーター、声優、3Dクリエイター、脚本家などそれぞれの道を歩み、夢に一歩近づいてきた。皆が関わったTVアニメ『第三飛行少女隊』から4年、宮森が勤務する武蔵野アニメーションは大きな問題に直面する。監督は水島努。
 TVシリーズの4年後を描く完全新作劇場版。しかししょっぱい!アニメーション業界のしょっぱい現実から目を背けさせてくれないある意味非常に誠実な作品だ。業界全体の落ち込みと武蔵野アニメーションの「没落」が連動しており、TVシリーズの高揚感は最初ほぼなくなっている。宮森の表情も冴えず、記号的表現とは言え仲間との飲み会の前に無理やり笑顔を作る様が切ない。オープニングで流れる作中作曲がこれまた切ない歌詞で、しょっぱさ抜群だ。とは言え、宮森がプロデューサーがやるべきことを自覚し初心に帰る、その上でアニメを「完成させる」と決意し奔走する様は清々しいし、「仲間」が再結集する過程は少年漫画的な熱さがある。そのうえで現在のアニメ業界への批評(だいぶマイルドだけど)を含んだお仕事ドラマになっている所が面白い。ラストも決して順風満帆ではないが、現在のアニメ業界を鑑みたうえでぎりぎりのハッピーエンドなんだろうな。
 ただ、本作はアニメーション表現としては割と定型的というか、キャラクターデザインや演技の記号性等、ちょっと古い印象がある。だから作中作アニメとのメリハリが弱くて若干勿体ない気がする。記号的なルックでこういうドラマをやるというのがアンバランスなように思うが、あえてなのだろうか。
 なお、本作の主人公とその仲間たちは女性だし、職場の先輩らも女性登場人物が多く登場する。男性も当然多いのだが、仕事の現状に対して女性たちの方が切り替えが早いというか、この状況で何ができるかという方向に舵を切っているように思った。男性たちの方が自己憐憫から抜けられなかったり膠着状態になっちゃったりしているところがちょっと面白い。

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ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2020-02-19


 

『GのレコンギスタⅡ ベルリ撃進』

 宇宙海賊の元でキャピタル・アーミィを退け、海賊の母艦メガファウナと共に宇宙に上がったベルリ(石井マーク)。ベルリたち救出の為出撃したキャピタル・ガードの教官デレンセン(小山剛志)が急襲するが、ベルリはそれとは知らずG‐セルフで迎撃してしまう。一方キャピタル・アーミィはG‐セルフとラライヤ・マンディ(福井裕佳梨)の身柄を要求してくる。総監督・脚本は富野由宇季。
 Gレコ劇場版2作目が早々に公開。1作目『行け!コアファイター』を見たときも思ったが、基本的にTVシリーズの再編集版なのだが、スケール感があってむしろ劇場で見てよかった!と思える。今回はいきなりドンパチ盛りだくさんでアクションの比重の大きいので、大きな画面がよりうれしい。やっぱり大画面でのモビルスーツ戦は燃えるのだ。
 とは言え、戦闘機には大体人が乗っており、機体を撃沈させるというということは大体において、その中にいる人の命を奪うことでもある。今回は早い段階でそれを明示していると同時に、それに気づいたベルリのショックも描く。更に、ベルリ=子供にそれをやらせるべきではなかったという周囲の大人の悔恨も漂わせる。こういうところ、ちゃんと大人が作った作品だなという印象だった。ベルリはパイロットとして優秀で「特別」だと描かれてはいるが、同時にまだ子供であり、本来ならそういう(一人前のパイロット=大人)扱いをされるべきではないんだよなと。それはアイーダにしても同様で、未成年、子供が子供として扱われるべき場面というのはあるのだ。
 今回は登場人物の表情、振る舞いがより豊かで、キャラクター造形がより立体的だったと思う。ベルリと母が意外と似たもの同士(やることが結構すっとんきょうで思い切りがよすぎる)だったり、アイーダの言動がちょっと肩の力の抜けたものになっていたりと、微笑ましい。また、自然環境が豊かな世界設定だということがよくわかる。動物や鳥の登場頻度が高い!気候も温順そうで、暮らしやすい環境なんだろうなと。生活のディティールの細やかさがやはり楽しい。


『ジョジョ・ラビット』

 第二次大戦中、ナチス政権下のドイツで母ロージー(スカーレット・ヨハンソン)と暮らす10歳の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)。ヒトラーユーゲントで立派な兵士になろうと訓練に励むが、弱虫扱いされ「ジョジョ・ラビット」というあだ名をつけられてしまう。ある日ジョジョは、自宅の壁の中で何か音がすることに気付く。そこにいたのはユダヤ人の少女だった。監督はタイカ・ワイティティ。
 ドイツが舞台だけど全編英語のアメリカ映画。英語圏の作家が英語でドイツを舞台に児童文学を書いたという印象の作品だった。ジョジョのイマジナリーフレンドはなんとアドルフ・ヒットラー(タイカ・ワイティティ)なのだ。ファンタジー的要素があり、寓話のような雰囲気だが、背後にはホロコーストの恐怖、ナチスの狂気が見え隠れする。
 とは言え、正直物足りなかった。ちょっと軽すぎないかなという気がした。ナチスをユーモアを交えて扱うことが問題なのではなく、それがかなり表層的に見えてしまうのが勿体ない。ジョジョの「友達」としてのヒトラーはお茶目なスターという感じなのだが、当時の人びとがヒトラーに、ナチスに熱狂していた(ジョジョも熱心なナチスの「ファン」である)こと、それがどういうことなのか、というところまで掘り下げてほしかった。ヒトラーユーゲントの教官クレッツエンドルフ(サム・ロックウェル)の投げやりな鬱屈に、熱狂に乗れない(下手をすると排斥される側になりかねない)人の居場所のなさが垣間見えるが、その程度か。
 ジョジョがナチズムから抜け出していくきっかけは、ユダヤ人少女との出会いだ。彼女に関心を持ち、彼女を知ろうとすることで、今までの価値観に疑問を持っていく。他者の存在が世界を広げるのだ。恋愛感情が契機になるというのは大分ありがちで若干興ざめではあるのだが、恋愛は極めて個人的なもので「世間はこう言うから」という理屈とは真逆だから自然と言えば自然か。母親の愛や知恵では、そういう部分の突破口にはならないのだろう。

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オリヴァー・マスッチ
ギャガ
2017-12-22


アルトゥロ・ウイの興隆 (AKIRA ICHIKAWA COLLECTION)
ベルトルト ブレヒト
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2016-11


『ジュマンジ/ネクストレベル』

 テレビゲーム「ジュマンジ」の中での冒険から2年、スペンサー(アレックス・ウルフ)、マーサ(モーガン・ターナー)、フリッジ(サーダリウス・ブレイン)、ベサニー(マディソン・アイスマン)は大学生になりそれぞれの生活が始まっていた。しかしスペンサーは壊したはずのジュマンジを修理し、再びゲームの世界に入ってしまう。残された3人も彼を連れ戻す為にゲームにログインするが、スペンサーのおじいちゃんたちも一緒にゲーム内に吸い込まれてしまう。監督はジェイク・カスダシ。
 相変わらずゲームの構造がよくわからない大雑把さなんだけど、登場する人たちが(ゲームの悪役以外)皆いい人なので、安心して見られる。ゲームに再び入ってしまうスペンサーの行動は唐突にも見えるが、周囲は順調に進んでいるのに自分だけ取り残されたように感じてつい現実逃避してしまうというのは、何だかわかる。コンプレックスを「ジュマンジ」世界で冒険したことで克服できたのに、また元に戻ってしまう。ゲームの中での全能感は当然ゲームの中だけでのことだけど、一度味わうと忘れられないのか。そこから引き戻してくれるのが友達なわけだが、彼らもまた、ゲーム内のアバターには結構愛着を持っている。何だかんだいってルックスがよくて身体能力高いキャラになりたくなっちゃうんだよなー(マーサは全ての体は美しい!と自分に言い聞かせるけど、言い聞かせないとならない程度ってことだ)。ルッキズムの呪力の根強さよ。どうしてもわかりやすい強さ、かっこよさに流れちゃう。そこへの反論、どんな能力にも使い道があるということも作中提示はされているが。
 ブレイブストーン博士にしろオベロン教授にしろ、「中の人」が替わったことがちゃんとわかる所が楽しい。ジャック・ブラックはもちろんだけどドウェイン・ジョンソンも上手い!動きがちゃんと年寄りのものになっている。ジャック・ブラックは台詞のイントネーションの切り替えがさすがだった。

ジュマンジ [Blu-ray]
ロビン・ウィリアムズ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2011-07-22


『屍人荘の殺人』

 ミステリー愛好会の会長・明智恭介(中村倫也)とその助手葉村譲(神木隆之介)は、大学内で起きる様々な事件に首を突っ込んでいた。ある日、同じ大学に通う剣崎比留子(浜辺美波)に音楽フェス研究会の合宿への同行を持ち掛けられる。研究会に脅迫状が届いており、昨年の合宿で女子生徒が失踪したことと関係があるのではというのだ。3人は研究会のメンバーと共に、長野県の別荘「紫湛荘」に宿泊することになるが。原作は今村昌弘の同名小説。監督は木村ひさし。
 あるトンデモ設定が明かされるタイミングが原作よりも大分前倒しになっているのだが、その他は割と原作に忠実。登場人物の布陣もアレンジされオリジナルキャラクターも投入されているのだが、本格ミステリとしての謎解き部分に関しては原作通りというバランスがちょっと面白い。キャスティングによる犯人推測もやりにくいように配慮されているように思った。謎解きに関して映画オリジナルでちょっと追加されている部分もあるのだが、それもなるほどなと思える範疇。そこ割愛するの?とかそこで終わるの?とは思ったが。
 良くも悪くも「豪華なTVドラマ」感は否めない。監督がTVドラマ出身の人だからかなのか、あまり「映画」という感じはしないのだ。仲間内っぽい小ネタを使いすぎなせいかもしれない。お茶の間で気楽に見る用の作品という印象だった。出演者に関しても割と神木が一人で牽引しているというか(やっぱりコメディができる人は強いなと思った)…正直、演技を見る作品ではない。とは言え、高校生が友達同士で見に行くにはちょうどいい感じの面白さ。本格ミステリとしてのフェアな謎解きを意外にちゃんとやろうとしているので、ミステリ好きとしてもそんなに悪い印象はない。なお、死人は出るが露骨に残酷な描写はない(肝心なシーンはレントゲン図的に演出されます)のでその向きが苦手な方も安心。

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)
今村 昌弘
東京創元社
2019-09-11


魔眼の匣の殺人
今村 昌弘
東京創元社
2019-02-20


『Gのレコンギスタ 行け!コアファイター』

 リギルド・センチュリーと呼ばれる未来。貴重なエネルギー源フォトン・バッテリーを宇宙から地球上に運ぶ軌道エレベーター、「キャピタル・タワー」を護衛する「キャピタル・ガード」の候補生ベルリ・ゼナム(石井マーク)は、実習中に宇宙海賊の襲撃に遭う。海賊の一味であるアイーダ(嶋村侑)を捕らえるが、彼女が乗っていたモビルスーツ「G-セルフ」をベルリはなぜか起動することができた。総監督は富野由悠季。
 2014年に放送されたTVアニメ『ガンダム Gのレコンギスタ』を劇場版として再構成した5部作の1作目。5部作…先は長い…。その長さゆえに見ようかどうか迷っていたが、見るとやっぱり楽しい。決してストーリーテリングがスマートなわけではなく、いきなり始まりいきなり終わる感じなのだが、躍動感に満ちている。作画がいいというより(一部リライトされているが基本TVシリーズの再構成なので)、キャラクターの演技や声優の演技によるところが大きいように思う。富野節とでもいうか、独特なセリフ回しが癖になる。言葉のやり取りの文脈が必ずしもかみ合っているわけではない所が逆に生の会話っぽい。
 また、ベルリの賢いがまだ子供で視野が狭い所や、一見大人っぽく見えるアイーダの余裕のなさなど、この人たちはまだ子供なんですよという示唆が結構はっきりしていたんだなと改めて感じた。特にアイーダの振る舞いは一見すごいわがままに見えるが、彼女なりに自分の役割を果たそうとあがいているんだなとよくわかる。自分が至らないことへの憤りは、自分にできないことをさらっとやってしまったベルリに対する憤りでもあり、だから八つ当たりにも見えてしまう。
 情報がぱんぱんに詰め込まれているので、監督は子供に見てほしいらしいけど子供にはついていけないのではないかなという気がした。TV版で見たときよりもかなり交通整理された印象にはなっているが、テクノロジーの度合いや国の体制(宗教国家に近い感じなのね)、エネルギー供給やそれに伴う軋轢など、矢継ぎ早に情報を繰り出してくる。密度が相当高い。


『シティハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』

 凄腕のスイーパー、「シティハンター」ことリョウ(フィリップ・ラショー)は相棒のカオリ(エロディ・フォンタン)と共に様々な依頼を請け負っていた。ある日、香りをかいだ者を虜にする惚れ薬「キューピッドの香水」の奪還を依頼される。48時間というタイムリミットのなかで2人は奔走する。原作は1980年代にアニメ化され人気を博した北条司の漫画『シティーハンター』。監督は主演も兼ねているフィリップ・ラショー。
 タイトルロゴはもちろん、サントラもアニメ版を踏襲。さらに掲示板(フランスにあの掲示板はないだろ!そもそも縦書きという概念がない!)、100tハンマーもカラスも登場するという徹底ぶり。キャラクターのビジュアル再現度もやたらと高い。ファッションも今が2019年だとは思えないもの。漫画の実写化としては異常な完成度でパリが新宿に見えてくるよ…。
 ただ、いくら原作に忠実とはいえそこまで忠実にする必要があるのか?という部分も。リョウの覗きや下着ネタは現代では(実際は当時でもだけど)完全にセクハラで笑えるものではないし、「もっこり」というワード(フランス語では何と言っているのだろうか…)も同様だ。今年日本で公開された劇場版アニメですら、このあたりのネタに対するエクスキューズは入れていたのだが、このフランス版ではそれが一切ない。また、セクシャリティや身体的特徴へのいじりは正直いただけない。今時これをやる?という感じだし欧米ではこういったいじりへの批判は日本よりも強いのではないかと思うのだが…。正直、フランス人がどういうスタンスで本作を見ているのか(ギャグはコンプラ上完全にアウトなので)よくわからないのだ。2019年に映画化するのならそれなりの、その時代に即した表現があると思うのだが(こういうギャグを排してもシティーハンターの面白さに変わりはないと思う)。ただランジェリーショーのシーンで、リョウがある事情により下着姿のモデルたちに全く反応しないというシチュエーションにしたのはひとつの配慮かなと思った。性的に見る視線がなければただの人体なんだなと妙に納得。
 とは言え本作、監督のシティーハンターが強烈だということはよくわかるし、理解の深さもうかがえる。カオリの兄である槇村とのエピソードを組み込み、その上でリョウとカオリの関係性を描いているところは原作ファンも納得だろう。そしてエンドロールではあの曲がばっちり流れる。あれがないとシティーハンター見た気にならないもんね。




『人生、ただいま修行中』

 パリ郊外にある看護学校。年齢、性別、出身など様々な40人の学生たちが実習の現場で奮闘していく様子を追ったドキュメンタリー。監督は二コラ・フィリベール。
 私はフィリベール監督の作品が好きなのだが、それが大人であれ子供であれ基本的に他者(撮影対象)に対する敬意、尊重を感じるからかもしれない。対象に近づくが、無遠慮に踏み込まない微妙な距離感が踏まえられているように思う。本作は学生だけではなく、看護の現場なので当然患者も映されており、かなりデリケートな撮影だったのではないかと思う。でもカメラを向けられた人たちがカメラがあることによって不快そうだったり委縮していたりという印象は受けなかった。撮る側と撮られる側との間に信頼関係があるのだろう。
 学生たちの実習は、手の洗い方から始まり看護の理念に関する講義、病院での実習と進んでいく。講義の中で、患者の属性や状態によって看護の質を変えてはならないという理念、看護師の独立性について強調されることが印象に残った。
 採血に何度も失敗するという定番のシチュエーションや、片手を必ず清潔に保つための手の使い方、ガーゼを扱うときの手のふるえや患者とのぎこちない会話など、彼らがまだ「卵」であることがよくわかる。そこに寄りすぎもせず、しかし親密さも感じさせるというカメラの距離感が巧み。映し出される状況に関する説明はないので、この人は今どういう状況にいるのか?と戸惑うところもあるし、個々の学生たちのパーソナリティや背景が最初からわかっているわけでもない。しかし徐々に、あのシーンはこういうことだったのか、この人はこういう人なのかと映像の積み重ねの上わかる瞬間があってはっとする。編集がうまい。終盤に教官との面談があるのだが、その面談で学生たちの顔がよりはっきりするという、最後に個々のキャラクターが印象付けられる構成だ。人の命と向き合う仕事の中で彼らが感じているプレッシャーや喜びがここで言語化される。
 学生たちだけでなく、教育する側の姿も印象に残る。研修現場でなるべく手は出さずちょっとづつアドバイスをしたり、うまくいったら後からほめたり。患者の前で指導するというのはなかなかやりにくいと思うのだが。患者たちもしょうがないな…みたいな鷹揚な対応の人も、注射針を刺されてすごく痛そうな反応をする人もいてまちまち。患者もある意味教師だとも言える。看護の現場が人手不足で厳しいのは万国共通なようで、周囲が忙しすぎて具体的な指導が受けられず途方に暮れたという学生の声もあった。また、ハラスメントが起きやすい場であるのも残念ながらフランスでも同様らしい。研修中にずっと人格を否定され続けた(その現場の映像は作中では使われていない)という学生の話もあった。また、学生との面談中に教官がすごく怒っているのだが、聞いていると学生がハラスメントにあっているといことがわかる。「修了書の為に(ハラスメントを)我慢しなくていい」と断言するところがまともでほっとする。学校側が学生を守る立場なのだと明示しているのだ。

Etre et avoir ぼくの好きな先生 [DVD]
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2004-04-07


おたんこナース (1) (小学館文庫)
佐々木 倫子
小学館
2002-09-14


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