3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『シティハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』

 凄腕のスイーパー、「シティハンター」ことリョウ(フィリップ・ラショー)は相棒のカオリ(エロディ・フォンタン)と共に様々な依頼を請け負っていた。ある日、香りをかいだ者を虜にする惚れ薬「キューピッドの香水」の奪還を依頼される。48時間というタイムリミットのなかで2人は奔走する。原作は1980年代にアニメ化され人気を博した北条司の漫画『シティーハンター』。監督は主演も兼ねているフィリップ・ラショー。
 タイトルロゴはもちろん、サントラもアニメ版を踏襲。さらに掲示板(フランスにあの掲示板はないだろ!そもそも縦書きという概念がない!)、100tハンマーもカラスも登場するという徹底ぶり。キャラクターのビジュアル再現度もやたらと高い。ファッションも今が2019年だとは思えないもの。漫画の実写化としては異常な完成度でパリが新宿に見えてくるよ…。
 ただ、いくら原作に忠実とはいえそこまで忠実にする必要があるのか?という部分も。リョウの覗きや下着ネタは現代では(実際は当時でもだけど)完全にセクハラで笑えるものではないし、「もっこり」というワード(フランス語では何と言っているのだろうか…)も同様だ。今年日本で公開された劇場版アニメですら、このあたりのネタに対するエクスキューズは入れていたのだが、このフランス版ではそれが一切ない。また、セクシャリティや身体的特徴へのいじりは正直いただけない。今時これをやる?という感じだし欧米ではこういったいじりへの批判は日本よりも強いのではないかと思うのだが…。正直、フランス人がどういうスタンスで本作を見ているのか(ギャグはコンプラ上完全にアウトなので)よくわからないのだ。2019年に映画化するのならそれなりの、その時代に即した表現があると思うのだが(こういうギャグを排してもシティーハンターの面白さに変わりはないと思う)。ただランジェリーショーのシーンで、リョウがある事情により下着姿のモデルたちに全く反応しないというシチュエーションにしたのはひとつの配慮かなと思った。性的に見る視線がなければただの人体なんだなと妙に納得。
 とは言え本作、監督のシティーハンターが強烈だということはよくわかるし、理解の深さもうかがえる。カオリの兄である槇村とのエピソードを組み込み、その上でリョウとカオリの関係性を描いているところは原作ファンも納得だろう。そしてエンドロールではあの曲がばっちり流れる。あれがないとシティーハンター見た気にならないもんね。




『人生、ただいま修行中』

 パリ郊外にある看護学校。年齢、性別、出身など様々な40人の学生たちが実習の現場で奮闘していく様子を追ったドキュメンタリー。監督は二コラ・フィリベール。
 私はフィリベール監督の作品が好きなのだが、それが大人であれ子供であれ基本的に他者(撮影対象)に対する敬意、尊重を感じるからかもしれない。対象に近づくが、無遠慮に踏み込まない微妙な距離感が踏まえられているように思う。本作は学生だけではなく、看護の現場なので当然患者も映されており、かなりデリケートな撮影だったのではないかと思う。でもカメラを向けられた人たちがカメラがあることによって不快そうだったり委縮していたりという印象は受けなかった。撮る側と撮られる側との間に信頼関係があるのだろう。
 学生たちの実習は、手の洗い方から始まり看護の理念に関する講義、病院での実習と進んでいく。講義の中で、患者の属性や状態によって看護の質を変えてはならないという理念、看護師の独立性について強調されることが印象に残った。
 採血に何度も失敗するという定番のシチュエーションや、片手を必ず清潔に保つための手の使い方、ガーゼを扱うときの手のふるえや患者とのぎこちない会話など、彼らがまだ「卵」であることがよくわかる。そこに寄りすぎもせず、しかし親密さも感じさせるというカメラの距離感が巧み。映し出される状況に関する説明はないので、この人は今どういう状況にいるのか?と戸惑うところもあるし、個々の学生たちのパーソナリティや背景が最初からわかっているわけでもない。しかし徐々に、あのシーンはこういうことだったのか、この人はこういう人なのかと映像の積み重ねの上わかる瞬間があってはっとする。編集がうまい。終盤に教官との面談があるのだが、その面談で学生たちの顔がよりはっきりするという、最後に個々のキャラクターが印象付けられる構成だ。人の命と向き合う仕事の中で彼らが感じているプレッシャーや喜びがここで言語化される。
 学生たちだけでなく、教育する側の姿も印象に残る。研修現場でなるべく手は出さずちょっとづつアドバイスをしたり、うまくいったら後からほめたり。患者の前で指導するというのはなかなかやりにくいと思うのだが。患者たちもしょうがないな…みたいな鷹揚な対応の人も、注射針を刺されてすごく痛そうな反応をする人もいてまちまち。患者もある意味教師だとも言える。看護の現場が人手不足で厳しいのは万国共通なようで、周囲が忙しすぎて具体的な指導が受けられず途方に暮れたという学生の声もあった。また、ハラスメントが起きやすい場であるのも残念ながらフランスでも同様らしい。研修中にずっと人格を否定され続けた(その現場の映像は作中では使われていない)という学生の話もあった。また、学生との面談中に教官がすごく怒っているのだが、聞いていると学生がハラスメントにあっているといことがわかる。「修了書の為に(ハラスメントを)我慢しなくていい」と断言するところがまともでほっとする。学校側が学生を守る立場なのだと明示しているのだ。

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『真実』

 フランスの国民的大女優ファビアン(カトリーヌ・ドヌーブ)は『真実』という題名の自伝を出版する。出版を祝うために、アメリカで脚本家をしている娘リュミエール(ジュリエット・ビノシュ)は俳優である夫ハンク(イーサン・ホーク)と娘と共に帰省する。しかし自伝に書かれたエピソードは架空のもの、そして家族にとって重要なはずなのに書かれていないエピソードがあった。監督・脚本は是枝裕和。
 超豪華キャストだが、やっていることはいつもの是枝監督作品。車体はコンパクトカーなのにエンジン等はレーシングカー並みとでもいえばいいのか、ドヌーブとビノシュがいるだけでバランス感がおかしなことになっている。贅沢すぎるのだ。とは言え、ドヌーブはいつもの是枝監督作品における樹木希林的な役回りなんだなと見ているうちに腑に落ちていく。傍若無人だが可愛げがあり、周囲を振り回していくと同時に俯瞰している年配者という立ち位置。そういう意味でも「いつもの是枝監督作品」なのだ。字幕の文体が普段見慣れているものとちょっと違って(あまりに是枝作品ぽくて)違和感があったのだが、日本語の脚本をそのまま字幕に転用しているのだとすると、腑に落ちる。
 ファビアンヌは自身が女優であることを最優先しており、その振る舞いは妻、母である以前に女優としてのもの。彼女の「真実」とは女優としての彼女にとっての「真実」なので、彼女を母として見ているリュミエールにとっての「真実」とは食い違う。2人の気持ちが通じ合ったと思えるいいシーンの直後、突如「女優」として考え始める姿には笑ってしまうし、リュミエールの唖然とした表情を見ると気の毒にもなる。この人はそういう人だからしょうがないとあきらめるしかないのだ。
 ではリュミエールにとっての「真実」が全面的に正しいのかというとそうでもない。彼女の立場からは、ファビアンヌの女優としての部分、またある人物の友人・ライバルとしての部分はあまり見えていない。お互い自分の立場から見ているから記憶にも食い違いがあり、どちらが正しいとも判断できない。お互い様なのだ。真実はモザイク状だったり、レイヤーになっていたり、グラデーションがあったりする。本作における「真実」とは主観でしか語れないものなのだ。客観的な事実としてどうだったのかということは、ずっとはっきりしないままだ。ファビアンヌとリュミエールは常にちょっとすれ違い、全面的に重なり合うことはないままの関係なのだろう。ある程度理解はしあっているし愛情もあるが、相入れないのだ。ファビアンヌがリュミエールが「逃げた」ことについて、言及するシーンがある。親にこういう言われ方したらかなりきついと思う。ファビアンヌなりに配慮しているところがまたきついのだ。
 ファビアンヌがフィクションを体現する表現者であるなら、リュミエールはフィクションを作る脚本家という立場。終盤でのある意趣返しとでもいうような行為は、ファビアンヌが自伝を書く行為とあまり変わらないようにも思えた。

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『ジョン・ウィック:パラベラム』

 殺し屋たちの聖域、コンチネンタルホテルでの不殺の掟を破った殺し屋ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)。裏社会を束ねる組織は彼の抹殺命令と1400ドルの懸賞金を告げる。町中の殺し屋たちから追われるジョンは、モロッコへと渡り、かつて“血の誓印”を交わしたソフィア(ハル・ベリー)に協力を仰ぐ。監督はチャド・スタエルスキ。
 アクションシーンの一つ一つ、特に前半のシティから脱出するまでの一連のアクションシークエンス(図書館とか!)がユニークかつ見やすい。目新しさがありつつ、何がどうなっているのか目で追いやすいというアクション設計がとても楽しかった。速さや華やかさだけではなく、見ていて「わかる」ようにアクションを組み立てるってやっぱり大事なんだなと実感した。見ていて満足感が高い。キアヌのアクションは素晴らしいが、必ずしも「速い」わけではなく、もったりとしたところもあるのだが、それが彼の持ち味だし本作には合っている。ジョン・ウィックって意外とボロボロになるし2作目でヘロヘロになった状態のまま、今回はあまり回復していない(笑)。無敵の殺し屋みたいに周囲からは見られているが、そうでもなさそうなのだ。
 ジョンが殺し屋界のアイドルらしい事情が作中垣間見えておかしい。「ニンジャ」たちが超クールでめちゃめちゃ強いのだが、ボスがまさかそんなキャラだったとは!ソファーのくだりには笑ってしまった。そりゃあ推しと急接近するまたとないチャンス、夢のイベントではあるけど…。烈火勢に絡まれるジョンがちょっと(どころではなく)迷惑そうなのも笑ってしまう。
 なお「組織」の支配力が明らかになるのだが、殺し屋の世界がかなり窮屈そうな絶対君主制的なもので、ちょっと冷めてしまった。フリーランスがしのぎを削る、その中でホテルだけが中立地帯で、何かに統制されているわけじゃないから面白い世界なんじゃなかったのか…。



『ジョーカー』

 コメディアンを目指し、道化師として働くアーサー(ホアキン・フェニックス)。しかしクビにされ、貧困と持病に苦しむ中、市の経費削減で福祉ケアも打ち切られる。不遇に追い詰められていく彼に、さらに追い打ちをかける事実が明らかになり、アーサーは変容していく。監督はトッド・フィリップス。
 (ストーリー内容に触れています)これまで映画に登場してきたジョーカーというキャラクターは、内面やその行動への共感を拒む、ただただ悪でありそこに理由はないという造形だったと思う。しかし本作では、1人の人間としての名前があり、家族があり、他人に対する共感も優しさも持ち合わせている、不当に扱われたりバカにされたりしたら傷つく存在であることが明白だ。そういう「変わり者」と揶揄されることはあるもののごく普通の人が、どういう経緯で狂気に走っていくのか、思いやりや倫理をなくてして全ての人間に破壊衝動を向けるようになるのか、ねっちりと見せていく。彼の行動にうっかり共感させてしまうところが性質が悪い。誰でもジョーカーになりえるのだと。
 アーサーが人間性を捨てていく過程には、いくつも分岐点がある。ここで何か助けがあれば、裏切られなければ、別の選択肢があれば、という歯がゆいシチュエーションで、逆に彼の背中を押していくものが何なのか浮彫になっていく。個人として尊重されないことは人の心を着実にむしばんでいく。福祉はそれに歯止めをかける最後の砦でもあると、なんだかケン・ローチやダルデンヌ兄弟の映画を見ているような気分にもなった。そういう話をアメコミ原作映画で、ことにジョーカーという超有名キャラクターを使ってやる必要があるのか?という批判もありそうだが、そういうものすら料理できる許容範囲の広さ・深さがアメコミというジャンル、ひいてはヴィランという存在の強さではないだろうか。
 アーサーが社会から取り残され、自分を片隅に追いやった社会、そしてその社会を牛耳り彼を見捨てた(と彼が思っている)存在への憎しみを爆発させる過程は、最近頻発しているいわゆる一人テロに近い。ただ、アーサーの爆発は現実の一人テロとはちょっと違うところがあるように思った。彼には異性にモテないことによる恨み、ミソジニー的なものはさほど強くないように見える。ある女性への執着は確かにあるのだが、異性との性愛というより、自分が愛され尊重されること全般についての得られなさといった方がいいのだろう。ただ一つの存在として大事にされたいという思い(本来なら母親から得られるはずのものだったのに)が、彼に「父親」との絆(そして「父親」を奪った者への憎しみ)という夢を見させてしまい、その夢の破綻が狂気の背中を押す。人として基本的な尊厳と性愛、セックスを得られるかどうかは別物だぞという監督の念押しか。
 本作の上手いところは、すべてがアーサーの夢であるようにも解釈できるというところだろう。実際にはアーサーはずっとあの白い部屋にいたのでは、コメディアンにもヴィランにもなれなかったのではと。そして本作に登場する町は、音頭を取るジョーカーが存在しなくても近いうちに暴動が起きそうに見える。ジョーカーは町で生活苦にあえぐ人たちの共同幻想が生み出したものかもしれない。だとすると、ウェイン一族はどちらにせよ町の救世主にはなりえないだろう。富裕層と低所得層との分断という今現在起きている現象が映しこまれているが、ウェイン家はそれに加担してしまった立場だ。ヒーロー全否定なので、アメコミファンにとっては許しがたいのかもしれないが、非常に「今」の作品だなと思った。
 
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『主戦場』

 日韓の間でくすぶり続ける慰安婦問題。アメリカ人YouTuberのミキ・デザキは“ネトウヨ”から度重なる強迫を受けたことがきっかけで、彼らの主張に興味を持ち、慰安婦問題の渦中に飛び込む。取材先は右左、日米韓を問わず論争の中心人物たちだ。
 ミキ・デザキ監督は本作が長編ドキュメンタリーのデビュー作になるそうだが、組み立ての手際がよく、編集が的確かつ「突っ込み」スキルが高い。ここはボケだな!という部分の発見の仕方が上手いのだ。デザキ監督がアメリカ人で元々この問題に詳しいわけでもなかったという、いわば部外者、新参者的な立場でアプローチしていることが、この問題のいびつな部分を発見しやすくしているだろうと思う。
 監督にとって「ボケ」であるのは、右翼陣営のインタビュー対象らだ。話し方は穏やか、理知的でまともそうに見える。しかし、その歴史認識はどこかおかしい、持論の文脈も、資料の解釈の仕方も恣意的すぎるのでは?とひとつひとつ検証していく、つまりツッコミをいれていくのだ。能面のようにがっちりガードしてそつがない人がいる一方、話していく中で、この人はもうあまり喋らない方がいいのでは・・・本人も所属している陣営も得しないのでは・・・という場面も。ここに壮大なボケがあるけどなぜ世間は突っ込まないの?というのが監督のスタンスであるようにも思った。そして取材を重ねる中で、この問題をある目的にしようとしている集団がいるのではということを後半であぶりだしていく。
 慰安婦問題は歴史認識の問題としての側面と同時に、人権問題、ジェンダーの問題をはらんでいる。この人権問題、ジェンダーの問題であるという認識が右左双方であまり浸透していない。右派はあえてそこを避けようとしているし、左派でも意外と理解されていないように思う。女性の性被害の理解されなさは日韓問わず、また家父長制の弊害があることも韓国の研究者により指摘されていた(国内ではこの指摘にかなり反発があったようだ)。現在、この問題が非常にこじれているのは、これらのことにも関係しているように思う。本作の後半では慰安婦問題をある目的に利用しようとしている集団がいるという新たな側面を展開するが、その中で人権問題としての慰安婦問題のあり方から焦点がブレてしまった気がした。とはいえ、ズレた先の面白さ、怖さが予想外で、そこも本作の力なのだろう。ただ、それを部外者から指摘されるというのはかなり恥ずかしいしキツいのではないかと思うけど・・・。

『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』

 2年前から鬱病で仕事をやめ、引きこもりがちなベルトラン(マチュー・アマルリック)。ある日、公営プールで男子シンクロナイズドスイミングのメンバー募集を目にする。なぜか引きつけられ参加することにしたベルトランだが、チームのメンバーも彼同様になんらかの問題を抱える中年男性たちだった。監督はジル・ルルーシュ。
 男子シンクロチームが舞台ではあるが、スポーツ映画としての側面はあまり強くない。練習もあまり本格的に見えないし、シンクロしている姿が本格的に見られるのはクライマックスくらいなのだ。エピソードが散漫で、緩い群像劇と言った感じ。むしろ中年男性・女性のミドルクライシスの方が物語の中心にある。鬱のベルトランはもちろん、仕事では成功しているのに家族と心が離れていくロラン(ギョーム・カネ)や、起業マニアなのにどの事業も上手くいかないマルキュス(ブノワ・ポールヴールド)、いまだに芽は出ないが夢を諦めきれないシモン(ジャン=ユーグ・アングラード)、いつも周囲から浮いているティエリー(フィリップ・カトリーヌ)。皆それぞれ問題があり、更にコーチで元女子シンクロ選手だったデルフィーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)もアルコール依存症だ。
 彼らは社会的に決して強くないし、いわゆる負け犬と言われる存在だ。彼らが一歩前に進んでいく姿を本作は描いているが、彼らを前に進めるのはシンクロへ打ち込むことそのものではなく、チームの仲間と自分の問題、仲間が抱える問題について対話していく行為であるように思えた。もちろんシンクロに取り組むことで自信がつくとかやる気が出てくるという面はあるのだが、むしろお互いに話し合うことで自分の中での問題の筋道がついていく、そういう場があり仲間がいると思えることが支えになるという要素の方が、彼らの前進にとっては大きかったのではないだろうか。鍛えて強くなるのではなく、弱いままでもちょっとだけ良くなるという方向性だ。
主人公であるベルトランのスタンスが象徴的で、彼は最初から自分が鬱であることを受け入れておりあまり隠さない。その上で物事に挑戦しようとし、最後までいわゆる「強い人」にはならないし目指さない。彼の妻も、ベルトランの弱さを受け入れており、軋轢は生じるがそれ込みで彼を大事に思っている。夫婦の関係がすごくよかった。弱い人が弱いままで生きるという方向性に現代性を感じた。

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2018-07-04





『新聞記者』

 東都新聞の記者、吉岡(シム・ウンギョン)は、社に匿名で送られてきたFAXを目にする。それは医療系大学新設計画に関する極秘文書だった。一方、内閣情報調査室の官僚・杉原(松坂桃李)は、現政権に不都合なニュースをコントロールする職務に疑問を持っていた。外務省時代の元上司・神埼(高橋和也)と久しぶりに会い喜ぶものの、数日後、神埼は自殺する。彼を自殺に追い込んだものは何だったのか、神埼は自分が所属する組織の暗部に気づいていく。原案は望月衣塑子の同名著作。監督は藤井道人。
 メディアは権力を監視する為にあると言う矜持を持ち続け、「自分を一番信じ疑え」という父が残した言葉に従い続ける吉岡の一本気が胸を打つ。彼女は日本人の父親と韓国系の母親を持ちアメリカで育ったという、日本では「異物」として扱われる存在。だからこそ、この国のいびつさ、危うさを客観的に見ることが出来る。
 一方、杉原は与えられた任務に疑問をもつことがない内閣情報調査室において、ごくごく普通の感覚、倫理観や正義感を持ち続ける。その普通さが彼を組織からはみ出た存在にしていき、彼を苦しめるのだ。組織の特殊性、組織の論理に染まらずにいられるかという部分は、どんな人にも心当たりがある、なかなか耳の痛い部分ではないだろか。ただ、昨今の世の中を見ていると、本作における内閣情報調査室が掲げる論理に、世間の論理が近づいてきているような気がして怖い。内閣情報調査室の論理は国や国民を守る為のものではなく、現政権の利益を守る為のものにしか見えないのだが、自分達を圧迫していくものの為に奉仕してしまう現象、何と名づければいいのか・・・。汚職にまみれた政権でも安定している方がいいのか、安定の為には非合法・非倫理的な手段をとってもいいのかといったら、いいわけないと思うんだけど。作中、「この国には本物の民主主義は不要だ」とまで言われてるんだけど・・・。でも、近年の日本社会を見ると民主主義の根付いてなさに茫然とすることが多いのは確かだ。
 本作に対し社会批判、政権批判をよくやった!という声が多いようだが、どちらかというと社会派と言うよりも王道のサスペンスとしての側面の方が強いように思った。むしろ、この程度で社会批判、政権批判をうたったことになるのかという拍子抜け感の方が強い。時事ネタを取り入れていくのはエンターテイメントとしては定番で、本来ならテレビドラマ等でもっとタイムリーにネタにしてもよかったことだと思う(本当に『相棒』の2時間SPとかでやりそうな話なんだよね)。それすらためらわれる空気があるなら、それこそ民主主義死んだということになるのでは。

新聞記者 (角川新書)
望月 衣塑子
KADOKAWA
2017-10-12






1987、ある闘いの真実 [DVD]
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『12か月の未来図』

 名門高校の国語教師フランソワ(ドゥニ・ポダリデス)はパリ郊外の教育困難中学に送り込まれる。エリート校の生徒ばかりを相手にしてきたフランソワにとって、様々なルーツを持ち学力もまちまちな生徒たちを相手にするのは一苦労。特にトラブルメーカーである少年セドゥには手を焼く。しかし教師としての意欲を取り戻し、生徒たちと格闘していく。監督はオリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル。
 フランソワが教育困難中学へ派遣されたきっかけは、彼のちょっとうぬぼれた性格、意外と女好きな脇の甘さが招いたものだ。この脇の甘さと自惚れがこの後もちらほら見受けられるので、こいつ懲りてないなと思ってしまう。ちょっといいかっこしいなのだ。ただ、最初は成り行きで始めた中学校赴任だが、エリート校で教えるのとはまた違ったやりがいにフランソワは目覚めていく。冒頭、エリート校の生徒たちにフランソワが答案用紙を返却するが、点数とコメントを大分辛辣に公表しながらなので、下手すると(下手しなくても)モラハラだ。点数と生徒の人格を結びつけた発言をしてしまっているのだ。最初から勉強することが身についている、学習意欲が水準以上にある進学校の生徒相手ならこれも有効なのかもしれないが、学習困難校の生徒におなじことをやったら相手を傷つけやる気を削ぐだけだろう(そもそもどういう生徒が相手でもああいった言い方をしてはいけないと思うが)。フランソワはより基本的、根源的な「学ぶ」ことと向き合わざるを得なくなる。学ぶとはどういうことか、学ぶことの面白さはどんなものか生徒に伝えていかなければならないのだ。またセドゥのように学校で学ぶこと自体が辛い生徒がいるということにも初めて気づいていく。アーティストである妹からの示唆により気づくのだが、妹もまたフランソワやその父親のように学校の勉強がごく自然にこなせる人の間で居心地が悪かったんだろうことが垣間見える。出来る人には出来ない人の気持ちってわからないんだよなと。
 フランソワは一定水準以上の勉強を教えることには長けているのだろうが、中学校で要求されるのはそれとはまたちょっと違うことだ。何を持って「いい教師」と言うのかは、生徒の層や学校の性質によって変わってくる。教師の大変さが端々で垣間見られた。フランソワはセドゥの退学を阻止しようとするが、それはまだ中学校のやり方に慣れていないからで、僕たちが悪者で君が英雄かと揶揄したくなる数学教師の言い分もわかる。学校全体のことを考えると彼のようなやり方にせざるを得ないのかもなということも。とはいえ、場所が変わって要求されることが変わっても、それに適応しつつ教師の本分を全うしようとするフランソワは、やはり「いい教師」と言えるのでは。好かれる教師といい教師とはちょっと違うんだよな。生徒の顔と名前と名前の正確な発音(何しろ多民族多文化なので)を必死で覚えようとするあたり、基本的に真面目だ。

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2011-04-28






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2004-04-07

『シャザム!』

身寄りがなく里親の家を転々としていたビリー・バッドソン(アッシャー・エンジェル)は、突然謎の魔術師に召喚され魔法の力を与えられる。シャザム!と唱えると銃弾も跳ね返す強靭な大人の体と、超人的なパワー、スピードを手に入れられるのだ。里子仲間のフレディ(ジャック・ディラン・グレイザー)と力を無駄遣いして悪ノリするが、同じく魔力を手にしたシヴァナ(マーク・ストロング)が彼らに目をつける。監督はデビッド・F・サンドバーグ。
DCは重さで失敗して軽さにシフトを変えたのだろうか。ともあれ子供も楽しめるヒーロー映画で、力を抜いて楽しめる。ネタに対してちょっと長すぎる気はするが・・・。ビリーとフレディのいかにもティーンエイジャー的な悪ふざけの数々がちょっとくどい。そこそんなに尺いります?ってくらい。なお、バットマンやスーパーマンのようにヒーローがいることが自明の世界なのかそうではないのかがちょっとはっきりしない。最後のオチをそのまま受け取ると、他のヒーローもいる世界ってことなんだろうけど、メタなジョークなのか本編の範疇なのかよくわからないんだよね・・・。
シャザムのデザインにしろ登場人物の衣装にしろ室内装飾にしろ、2010年代の映画とは思えないレトロさで、有体に言うとダサい。七つの大罪たちのデザインなんてあまりにダサくて思わず笑った。もちろんこれはあえてのダサさなんだろうが、80年代あたりの香りが濃厚だ。その中で普通にスマホやYoutubeが出てくるのがなんだか不思議だった。
ビリーは身寄りがないが、生き別れた母親のことを探し続けている。一方、彼が預けられた里親カップルも里子仲間たちも、ビリーのことを受け入れ何かと気にかける。ビリーの母親探しの顛末はほろ苦いが、大事なのは血のつながった家族がいるということよりも、大人として自分をケアし案じる存在がいることの方が大事だという、至ってまともな話。血縁を持たなくても家族になれるという流れはスタンダードになっていくのかな。実母が「こういうことをした女性はDV受けがち」みたいに描かれているのはちょっと気になったが。
ヴィランが誕生するきっかけに、「男らしさ」の強要があるというのが現代っぽい。適正は人それぞれだし、そもそも男らしいってなんだよと。「男になれ」という言い回し、英語圏映画ではよく耳にするが、何かの条件を満たすことによって社会的に性別が認定されるって嫌だよなぁ。その条件が不向きな人もいるのに。ビリーが誰かの為に力を使う方向に踏み切る、本物のヒーローになるように促すのが、いわゆる「男らしさ」を持ち合わせない肉体的にも弱い人だというエピソードと対称的。ビリーの里親も里子仲間たもは男/女らしくなんて言わないのだ。

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生 アルティメット ・エディション ブルーレイセット(期間限定/2枚組) [Blu-ray]
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ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2017-12-16
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