3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ジャコメッティ 最後の肖像』

 1964年、美術評論家のアメリカ人ジェームズ・ロード(アーミー・ハマー)は著名な彫刻家ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)にモデルを依頼された。ロードは喜んで引き受けるものの、2,3日と思われた制作期間は延々と伸び続ける。監督はスタンリー・トゥッチ。
 トゥッチは俳優としてはもちろん味が合って良いけど、監督としてもいける!コンパクトにまとめられたなかなかの佳作だった。芸術家の苦悩を描くというと重苦しいイメージを持たれがちだが、本作は予想外に軽やか。もちろんジャコメッティは真剣に悩んでいるしロードはなかなか帰国できずに疲労困憊していくが、どこかユーモアがある。評論家故か、ロードの視線が一歩引いたもので俯瞰性があるのだ。ジャコメッティはモデルをするロードに、冷酷そうな顔だ人殺しっぽい云々と結構ひどいことを言うのだが、ロードは「それはどうも」と流す。ジャコメッティとしてはけなしているつもりはない、おそらく(失礼には違いないが)彼流のユーモアであるということを汲んでいるのだろう。また延々と伸びる拘束期間に困りつつも、状況の奇妙さを面白がっているように見える。演じるハマーの戸惑い顔、困り顔に妙なおかしみがあり、適役なのも大きい。
 ジャコメッティには妻がいるが愛人がおおっぴらにアトリエに出入りしていたり、妻もジャコメッティの友人でモデルを務めた矢内原伊作と関係があったりと、周囲の人間関係は結構混沌としている。当人たちはそれほど気にしていないけどこれって面白いよな、という客観的なツッコミ目線をロードが担っているのだ。このツッコミ感のおかげで、泥沼状態もさほど陰湿に見えない。よく考えると、愛人にはぽんと車を買ってやるのに妻には何も買ってやらない(コート1着しか持っていないと言ってたし)し自宅も荒れたまま放置しているジャコメッティは夫としては大分ひどいんだけど。
 ジャコメッティの制作がいつまでも終わらないのは、対象と自分、自分と自分との対面に集中してしまい回答が見えないからだろう。愛人の存在、またそれによる家庭内の混乱は、自分にコントロールできない要素を招き入れようとする行動にも思える。自分の外からやってくるものが必要なのだ。終盤、ロードが試みる奇策があっさりと成功するのは、それがジャコメッティの「外」からの視線だからだ。そんなことでよかったの?!と呆気にとられるが、そんなもんだよなー!とも。褒めるのって大事・・・。
 なお、ジャコメッティのアトリエの再現度は相当高いと思う。以前、写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンが撮影したアトリエのジャコメッティの肖像と、撮影当時を記した随筆を読んだことがあるのだが、やっぱり寒くて湿っぽかったようなので、本作の印象に近いのでは。

ジャコメッティの肖像
ジェイムズ ロード
みすず書房
2003-08-23


ジャコメッティ
矢内 原伊作
みすず書房
1996-04-20




『ジャスティス・リーグ』

 スーパーマン(ヘンリー・カヴィル)が死んだ世界では、彼を悼む人々がいると同時に暴力が蔓延しつつあった。バットマンことブルース・ウェイン(ベン・アフレック)は、地球に近づきつつある脅威、ステッペンウルフと闘う為、ワンダーウーマン(ガル・ガドット)と共に仲間となる超人たちを探していた。集まったのは海をつかさどるアクアマン(ジェイソン・モモア)、機械の体と電脳を持つサイボーグ(レイ・フィッシャー)、超高速で移動できるフラッシュ(エズラ・ミラー)。しかしお互いに話がかみ合わずチームワークはばらばらだった。監督はザック・スナイダー。
 『バットマンv.s.スーパーマン ジャスティスの誕生』に引き続き、DCコミックのスーパーヒーローたちが集結する。相変わらずお話は大味・大雑把で、突っ込み所は山のようにある。とは言え、前作のような妙な間延びや仰々しい1枚画的シーンが割愛されているので、だいぶ見やすい(前作比)。ストーリー展開については、やはりマーヴェルに及ばないあたりが厳しいのだが・・・。きょうび「強大な悪」の設定ってなかなか難しいし敵も複雑化せざるをえないわけだが、本作の敵は非常にわかりやすく「悪」で、こんなにシンプルなの久しぶりに見た気がする。そして強いんだか弱いんだかわからないな・・・。あれだけ強大な力アピールしておいて、最後それってどうなの。
 今回、そういえばバットマン(ブルース)ってそこそこ中年だったんだなということを初めて実感した。歴代のバットマンの中で、最もお疲れな感じのバットマンなのでは。残り時間の少なさが切実なのだ。そもそも他の超人たちとは異なり肉体的には一般人なので、もう肉体はボロボロ、精神的にもスーパーマンロスから立ち直れていない感じで、見るからに危なっかしい。後々のスーパーマン絡みでのやりとりから見るに、相当ショックだったし本気でなんとかしたかったのね・・・。ただでさえ少なそうな語彙が更に少なくなっている・・・。
 ワンダーウーマンは単作『ワンダーウーマン』とちょっとキャラが変わっていないか?と思ったのだが、『ワンダーウーマン』の時代から100年近く経っているからそりゃあ変わるなとも。アクアマン、サイボーグについては、本作ではまだ十分描けていない。スピンオフ作品を作る予定なのかな?だとしても、もうちょっと本作内で彼らの背景を見て見たかった。対して本作で得をしているのはフラッシュだろう。重め・暗めトーンの本作でアクセントとなるコメディ担当要員として、上手く使われているように思う。良く喋るし、よく食べるし、空気読めないし、まだ子供っぽい。演じるエズラ・ミラーのチャーミングさ(とりあえずフラッシュちゃんの為だけににもう1回見てもいい・・・!と思えたくらい)と相まっていいキャラクターだった。



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『人生はシネマティック!』

 第二次大戦中の1940年、ロンドンで秘書をしていたカトリン・コール(ジェマ・アータートン)は、軍のプロバガンダ映画の脚本チームに採用される。コピーライター不足の為に彼女が代理で書いたコピーが、情報相映画局特別顧問トム・バックリー(サム・クラフリン)の目に留まったのだ。脚本の内容は、ダンケルクでドイツ軍の包囲から兵士を救出した姉妹の感動秘話。しかしベテラン俳優の我儘や政府と軍による検閲と横やりなどにより、制作は難航する。監督はロネ・シェルフィグ。
 すばらしい!オーソドックスに見えるし実際オーソドックスなのだが、様々な要素が盛り込まれており、色々な側面から見ることができる。これだけ多面的な要素を盛り込み、かつごちゃごちゃした印象になっていないところに技がある。ただ、色々な立場、性別、年齢の人が登場するが、それは本作の部隊が戦時中で、(若い)男性が足りなくなっているからだという面もあり、そういう非常時にでもならないと多様性は見えてこない時代だった(現代もかもしれない)ということでもある。本来女性であろうが男性であろうが、工場で働けるし、脚本を書けるし、船の修理が出来るのだ。
 人が映画を観るのは、映画の中の出来事には理由がある、全部意味があるからだとトムは言う。現実では意味のわからない、脈絡のない不幸が多々生じる。せめて映画の中でだけは物事に意味があると納得したいのだ。この気持ちが痛切に身に染みた。この台詞が象徴するように、人はなぜフィクションを求めるのかという問いに対する、答えのような作品だったと思う。本作、フィクションを作る人たちの側の物語であると同時に、フィクションを受容する人たちの側の物語でもある。もちろん、作る人は受容する人でもあるのだ。カトリンは自分とトムとのやりとりを脚本として再現・再構築し、またそれこそ「意味の分からない」不幸が襲ってきた時も、物語によりそれを乗り越えようとする。フィクションが人の生活、人生を直接的に助けることはあまりないだろう。しかし、折れそうな心をフィクションが支えたり、迷っている人の背中をフィクションがそっと押すこともある。それこそ、「双子」のような人生の変化もありうるのだ。

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『静かなふたり』

 地方からパリへ引っ越してきたマヴィ(ロリータ・シャマ)は友人のアパートに居候しているが、彼女の恋人が頻繁に出入りをしている部屋では落ち着けずにいた。ある日、カルチェ・ラタンの古書店で従業員募集の張り紙を見たマヴィは、店主ジョルジュ(ジャン・ソレル)に雇われ、古書店の2階に間借りすることもできた。2人は親子ほどの年齢差があるが、徐々に惹かれあう。しかしジョルジュの過去には秘密があるようで、不審な男が店を訪ねてくる。監督はエリーズ・ジラール。
 若い女性と年配男性とのラブストーリーには、個人的には見ていてあまりいい気がしないことが多い。往々にして男性側の欲望が出過ぎているように感じられるからだ(もちろん必然性があって年齢差設定になっていることもあるが、特に意味なく女性が若いってケースの方が多い)。しかし本作にはそんなに嫌な感じはしなかった。ジョルジュは気難しいがマヴィとは対等に接するし、彼女を脅かすような振る舞いはしない。マヴィもジョルジュにはあまり遠慮しないし結構ずけずけものを言う。
 マヴィとジョルジュの関係は都合が良すぎて(何しろマヴィにとっては仕事も住家も恋人も一気に手に入る)、安直なマンガのようなのだが、本作そもそも、マヴィの想像・妄想が綴られているのではないかなという気もした。だとしたら安直で全然かまわないわけだ。パリの風景があまりに狙い澄ました「パリ」然としたものなのも、それなら納得がいく。
 マヴィは頻繁に「自分の為に」文章を綴る。作中随所でマヴィのモノローグやジョルジュとの会話の音声が流れ、それがナレーションとしてストーリー進行するのだが、この音声のみの部分はマヴィが作った物語なのではないか。マヴィにとって理想的な年上男性としてのジョルジュはこう言うだろう、というような、画面上に姿実際にを現すジョルジュとの齟齬を何となく感じる。映画としては他愛ないといえば他愛ない、ジョルジュの過去の設定等も中途半端なのだが、マヴィがあくまで「自分の為」に語るのであれば、その他愛なさこそが中核になる作品とも見えた。本作で切り取られるのはマヴィにとっての人生の隙間、インターミッションみたいな期間だろうから。

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『7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー』

綾辻行人、歌野晶午、法月綸太郎、有栖川有栖、我孫子武丸、山口雅也、麻耶雄嵩著
 ミステリ小説分野で「新本格」と呼ばれる言葉が生まれて30年。この新本格ミステリブームを牽引した代表的作家らによる記念アンソロジー。
 久しぶりに講談社ノベルスを買った!一時は新本格と言えば講談社ノベルズだったもんなぁ。本格ミステリ自体が下火になっている近年だが、こうして記念企画をやってくれるのはやはりうれしい(が、一時期の盛り上がりを体験している身からすると寂しくもある)。新本格と言えばこの人、という作家が集まり、テーマは「名探偵」だが、それぞれの新本格ミステリの定義や、今本格をやるならこういう手でいくよ、というような技の出し方の差異に、それぞれ作家性が垣間見えて比較すると面白い。最もスタンダードな「本格」をやるのが有栖川と法月。そこから少しずらして小説のフレーム部分で仕掛ける歌野。本格ミステリの構造・機能に着目する我孫子と麻耶(麻耶は相変わらず開き直りなんだかやっつけ仕事なんだかわからないが)。本格に則ったパロディを披露する山口。綾辻が実在の(本作の執筆陣である)作家をキャラクター化したいわば内輪受け作品を出してきたのは意外だったが、これもジャンルへの愛着と作家同士の信頼感の賜物だろうから、ファンには楽しいだろう。我孫子先生の扱いが微妙にぞんざいなのは気になりますが・・・。それ以上に、ある人の扱いがなんだか別格で、えっ何その超絶信頼感・・・これは綾辻先生なりのデレなの・・・?!と衝撃を受けましたね。なお収録作中、私が最も新本格っぽいなと思ったのは歌野作品。






『静かなる情熱 エミリ・ディキンスン』

 19世紀半ばのアメリカ、マサチューセッツ州で、豊かな家庭に生まれたエミリ・ディキンスン(少女時代のエミリ/エマ・ベル)は、マウント・ホリヨーク女子専門学校に通っていた。しかし学校の福音主義的な方針に背き、アマストの家に戻る。詩作を続けていたエミリ(シンシア・ニクソン)は父エドワード(キース・キャラダイン)の介添えを得て新聞に作品を掲載されるが、編集者の反応は芳しくなかった。進歩的なヴライリング・バッファム(キャサリン・ベイリー)との友情やワズワース牧師への思慕を抱くが、彼らは去っていき、エミリは家に閉じこもるようになる。生前は無名だったが1800篇近い詩稿を残し、後に伝説的な詩人となったエミリ・ディキンスンの伝記映画。監督はテレンス・デイヴィス。
 エミリが学校で自身の信仰を問われるシーンから始まるのだが、ここでの発言で、(この映画の登場人物としての)彼女のことをぐっと好きになった。エミリは自分に信仰があるかどうかはまだわからない、見たことのない物を信じることは出来ないと言う。他の生徒たちは信仰の道を進む、ないしは今は保留しているけど後に進むという返答で、この場では信仰があるのかどうかわからないという返答はあり得ないのだ。エミリが無神論者だというわけではない。よくよく考えた結果、学校の不興を買うことは承知でわからないと答える。波風立たせぬ様適当な答えを言うことも出来るだろうが、それは自分に嘘をつくことになる。またエミリは教会に行くことや牧師の前で膝をつくことを拒むが、当時の良家の子女としては型破りで非難もされる。しかし、信仰があるとしたらエミリ自身の中にあるのであって、教会や牧師が関与することではない。教会や牧師は型にすぎないというのが彼女の考えだったのではないか。
 エミリは非常に正直で率直でもあり、特に自分の魂に関わること(信仰や創作等)については、自分に忠実に振舞う。その正直さは時に周囲を、時には自分をも傷つけもするし、本人もそれはわかっているのだが、やめられない。この姿勢にとても共感した。周囲に合わせておけば波風立たないとわかっている、でも自分の中の何かがそれに強く抵抗するのだ。そこで流されると、自分が最も大切にしている部分が損なわれるように思うのだ。周囲から見たらエゴイスティックなのかもしれないが、自分の魂に忠実であり続けようという、ある意味非常に誠実な姿勢が一貫している。詩作という、自分の中へ深く潜るような行為を続けるには、この誠実さを手放すわけにはいかないのだろう。真剣になればなるほど、周囲からは孤立してしまう。
 エミリは生涯引きこもっていたと「伝説」化しているし晩年は確かに引きこもっていたようだが、まったくもって孤独だったかというと、そうでもない。彼女は家族に恵まれており、特に妹・ラヴィニア(ジェニファー・イーリー)とは親密な信頼関係があった。弁護士だった父親はエミリを理解したとは言い難いのだろうが、それはそれとして彼女のやり方を尊重する。姉妹と兄が、そりの合わない伯母を見送る際の「チック・タック・・・」が微笑ましい。この伯母も、エミリとは価値観が違うのだが、それはそれとして、皮肉の応酬でやりあえるような情愛があるのだ。エミリは家族と家を愛し、ここ以外にいるなんて想像できないと漏らす。彼女が生涯家から離れなかったのには、そういう背景もあったように思う。
 エミリは美男の兄、美人のラヴィニアに対するコンプレックスを垣間見せるが、この気持ちもよくわかるなとしみじみと見た。彼女は内面を非常に重視しているが、かといって自分や他人の外面から自由になれるわけではない。詩人としての彼女に会いに来た男性から姿を隠し、声だけでつっけんどんなやりとりをする様は痛々しくもある。姿を見せて失望されるのが怖いわけだが、そんなに気にすることないのに!とは言え気になるもんなぁと。



愛情は深い海の如く [DVD]
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2014-01-24


『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』

 海辺の町・杜王町に母と祖父と住む高校生の東方仗助(山崎賢人)は触れることで他人のけがや壊れた物を修復する特殊能力を持っていた。彼を訪ねてきた「甥」で同じような能力を持つ空条承太郎(伊勢谷友介)によれば、その力は「スタンド」だと言う。仗助と承太郎は、杜王町で続発している変死事件はスタンドによるものではないかと気づく。原作は荒木飛呂彦の大ヒット漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の第四部。監督は三池崇史。
 漫画原作映画ブームなのかもしれないが、いくらなんでもハードル高すぎないか、誰も幸せになれなさそうな気配がぷんぷんするわ・・・と思っていたのだが、予想より全然面白かった。侮りまくって申し訳ない・・・。原作に沿った登場人物のビジュアルは実写にするとなかなか素っ頓狂だし、スタンドという漫画ならではの設定はあるのだが、映画としての見せ方は意外とスタンダードで、案外奇をてらっていない印象。なので、原作をなんとなく知っている程度なら十分楽しめるのでは(とりあえずスタンドの概念を知っていれば大丈夫)。また、CGのスタンドにしろ、衣装にしろ、あんまり安っぽくない。ちゃんと「映画」をやるぞ!という意気込みが感じられる。ただ、わざわざイタリアでロケをした意味はあまりなかった気がする。いかにも観光地という絵にかいたような街並みなので逆に嘘っぽい。なんだったら舞浜とか熱海とかのほうが説得力あったかもなぁ・・・。
 本作、原作のうち片桐のエピソードと虹村兄弟のエピソードを映画化しているのだが、エピソードの分量と内容、組み合わせ方が映画のボリュームにちょうど良かったというのも勝因かと思う。また、片桐編で仗助の家庭と家族に対する思いが表明され、虹村兄弟編がその反転になっている。仗助は言動は不良だが、家族に愛されいい環境で育っていることが言動の端々からわかる。虹村兄弟はそういう家族になる可能性を奪われてしまった人たちだ。しかしそれでも「家族」だった時間がある。兄・億泰(岡田将生)の行動は非情で利己的ではあるが、悲哀も漂うのだ。演じた岡田は、本作出演者の中では一番好演だったのではないかな。セリフの発声が案外しっかりしているので、聞き取りやすい。
 このシリーズ、問題は二章以降だろう。登場人物が結構増えるし、枝葉のエピソードも多いので、原作をどの程度アレンジしてくるか気になる。ちょっと大変そうだよね・・・。

『ジョン・ウィック チャプター2』

 ロシアン・マフィアへの復讐劇から5日後。ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)の元へイタリアン・マフィアのサンティーノ(リッカルド・スカマルチョ)が訪れる。実の姉である組織のトップの殺害依頼をもちかけてきたが、ジョンは断り、見せしめとして自宅を爆破されてしまう。かつての盟約により依頼を受けざるを得ないジョンだが、依頼遂行の後にはサンティーノへ復讐すると宣言。命の危機を感じたサンティーノは高額の懸賞金をジョンに掛け、世界中の殺し屋が動き始める。監督はチャド・スタエルスキ。
 キアヌ・リーブスって演技派かというと正直いまだに微妙だし、ハンサムではあるがトム・クルーズのような「ザ・スター」感もいまひとつだし、個性が薄い割に、決してどんな役柄にでも適応できる使い勝手の良さがあるわけでもないと思う。しかし本作のように彼にハマる役柄を演じると、やっぱりスター感あるし魅力的だ。メジャーど真ん中の大ヒット主演作を持っているにも関わらず、何となくカルトスター感がいつまでも漂っている、不思議な俳優だと思う。ちょっと浮世離れした感じというか、実体感が薄い役柄だとハマるなぁと改めて思った。
 前作の5日後という設定で、ストーリーは直接つながっており、前作でのエピソードは特に説明されない。とは言え、そんなに入り組んだ話ではないので、単品で見ても大丈夫そうではある。前作よりも世界観のスケールが広がっているが、これは良し悪しだな・・・。殺し屋専用ホテルは今回も登場するが、更にその背後にある殺し屋ビジネスの存在も垣間見える。これはホテルが総元締めってことなんだろうけど、だとすると完全な中立って難しいんじゃないのかな?そしてなぜそのレトロな電信・・・スマホとタイプライターが並立する世界・・・単にビジュアル的にやりたかったんだろうけど。「やりたい」が先に立ちすぎて設定が色々とちぐはぐな気もするが、ビジュアルは確かに良いので眺めていて楽しい。
 アクションも前作より更に多く、長く、増量している。本作、冒頭から常にベース音がなっているような、一定のリズムで進行しようとしている気がした。アクションはふんだんにあるが、意外とめりはりがない。ペースが一定なので気持ち良く眠くなってきてしまった。だからつまらない、というわけではなく、体感として気持ちがいい。遠距離射撃系の武器が出てこないのは、リズムが崩れるからじゃないだろうか。基本的に、近距離の射撃と格闘による殺し合い(ジョンがいちいち相手をしとめるあたり、プロ殺し屋感ある)で殺すという目的のみで考えると不自然は不自然なのだが、これが殺し屋の美学なんだろうな・・・。
 ジョンは生きた伝説になるレベルの凄腕の殺し屋なのだが、意外とすぐに怪我をするし、攻撃されればちゃんとダメージを受けるし、痛そうな顔もするし、なかなか回復しない。今回、かなり早い時点でフラフラになっており、ほぼ全編ヨロヨロしつつ闘い続けるところが、キャラクター性として面白く味がある。死にそうで死なない、というよりも今にも死にそうなままで居続ける存在なのかなと。また、前作から引き続き、一貫して怒っているキャラクターでもある。自分にとってかけがえのないものを侵されたら怒るし、その怒りは消えないという主張がすごくはっきりしているのだ。

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SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
2012-04-07


『しあわせな人生の選択』

 カナダに妻子と暮らすトマス(ハビエル・カマラ)はスペインに住む長年の親友、フリアン(リカルド・ダリン)を突然訪ねる。フリアンは余命わずかと宣告され、治療を諦め身辺整理を始めたとフリアンの従妹パウラ(ドロシス・フォンシ)から聞いたのだ。フリアンはトマスと一緒に愛犬トルーマンの引き取り手を探し、アムステルダムに留学中の息子に会いに行く。2人の4日間を描く作品。監督はセスク・ゲイ。
 トマスとフリアンは長らく(おそらくトマスがカナダに移住してから)会っていなかったようだが、再会すると徐々に昔と変わらないであろうやりとりを始める。フリアンがぶつくさ言い、トマスが受け流すという関係性が確立しているようで、この2人は若い頃からずっとこの調子だったんだろうなと思わせる、深い部分での友達というのは、何年も直接会わなくてもやっぱり友達なのだと思う。ただ、この2人のように、自分の一部を相手に委ねられるかどうかというと、なかなかこの域にいくのは難しいなとも。最後のフリアンの行動は、(多分こうなるんだろうなという予感はずっとするものの)自分の一部を相手に渡す、自分の死後もそれが残るようにするということにほかならず、結構な重さだ。相手がそれに耐えうる人だと信じてやるわけだけど、信じられる側の責任も重い。
 フリアンは犬の引き取り手に会って回ったり、自分の葬式の手続きをしに行ったり、(自業自得なのだが)絶縁状態だった旧友に挨拶をしたりと自分の「始末」をつけていこうとする。彼はそういった作業を出来るくらいには自分の死期を受け入れているかのように見えるが、折に触れて、そんなことはないのだとわかってくる。特に葬儀社で説明を受けるが頭に入っていないような様子で、結局トマスが担当者の話を受けるという流れには、そりゃあそうだよあなとしみじみした。そこまで達観できないよなと。いくら「そのつもり」でいても、いざ具体的な話になるとすくんでしまう。
 なお、葬儀社の担当者が、「私の葬式です」と言われて一瞬止まるもののすぐ通常運転になるあたりは、プロの仕事!と妙に面白さがあった。フリアンが動揺しているのを察してトマスに話を振るあたりも、「普通」の振る舞いに徹している。普通に徹すると言う意味では、トマスの振る舞いも正に普通で、過度に心配したり干渉したりしない、平熱感がある。そう振る舞い続けるには結構な意思の力が必要ではないかと思う。フリアンにとっては、トマスの平熱感がありがたかったのではないか。

最高の人生の見つけ方 [DVD]
ジャック・ニコルソン
ワーナー・ホーム・ビデオ
2010-04-21


体の贈り物 (新潮文庫)
レベッカ ブラウン
新潮社
2004-09-29

『ジーサンズ はじめての強盗』

 ジョー(マイケル・ケイン)、ウィリー(モーガン・フリーマン)、アルバート(アラン・アーキー)は長年の親友同士。ある時、40年以上勤めた会社の合併が決まり、仕事場の工場は閉鎖、年金も打ち切られてしまう。更にジョーは住宅ローンを延滞しており、家を失いそうになる。たまたま銀行強盗の現場に出くわしたジョーは、自分も銀行強盗をしようと思い立ち、ウィリーとアルバートを誘う。監督はザック・ブラフ。マーティン・ブレスト監督『お達者コメディ シルバーギャング』(1979)のリメイク作品。
 他愛ないと言えば他愛ないのだが、気負わず気楽に見られる作品で、空いた時間にぷらっと楽しむには最適だと思う。正直それほど期待していなかったので、得した気分になった。なぜこの名優3人を?!という疑問はあるのだが(彼らが演じる必然性はそれほど感じないので)さすがの安定感で全く危なげがない。マイケル・ケインがブルーカラーを演じるというのは結構珍しい気がするが、孫娘と「親友」な素敵おじいちゃん感がいい。フリーマン演じるウィリーのマイナス思考とぼやき、アーキー演じるアルバートのぱっと見口は悪いが結構常識人で慎重な所もチャーミングだった。この3人はもちろん、彼らの家族や銀行強盗の「先生」となるペットショップオーナー、またいきつけのダイナーのウェイトレスやスーパーの店長に至るまで、脇役が全員いい感じだった。「こういう人」感がちゃんと出ており、愛嬌がある。「イヤな奴」ポジションの銀行員もどこか憎めない。
 3人が銀行強盗を決意する経緯には、アメリカの労働者は本当に銀行が嫌いなんだろうなと妙なインパクトがあった。本作だけでなく、銀行に抗議に行くけど鼻であしらわれてどうにもならない、というシチュエーションはアメリカ映画には頻繁に出てくる。私はこういうシチュエーションが苦手で見ていて辛くなってしまうので、そんな時に銀行強盗がやってきたらやったー!って思っちゃうけど・・・。また、企業年金がなくなるというのもインパクトあり、そりゃあ銀行強盗でもかますしかないよな!と見ているこっちも俄然やる気になってきた。
 3人の「特訓」とか「アリバイ工作」とかかなり詰めが(特に時間的に)甘いところもあるのだが、パタパタとパーツが組み合わさっていく様は愉快だった。最後の「彼女」と「彼女」の視線のやりとりも、出来すぎなんだけどそれが嫌みにならない。
 なお、デザート代を節約しようとした3人にウェイトレスが「パイがないなんてダメよ!」とサービスしてくれたり、3人からの老人クラブへの差し入れがパイだったりと、なぜかパイ推しが目立つ。パイを食べることが、ちょっとした心のゆとり、財布のゆとりの象徴みたいだった。

WISH I WAS HERE 僕らのいる場所 [DVD]
ザック・ブラフ
TCエンタテインメント
2015-12-25

三匹のおっさん (文春文庫)
有川 浩
文藝春秋
2012-03-09

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