3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『キングスマン ゴールデン・サークル』

 イギリスの諜報機関キングスマンの拠点が、謎の組織の攻撃を受けて壊滅し、メンバーも次々消されていった。残されたのは一人前のエージェントとして活躍するようになったエグジー(タロン・エガートン)と技術担当のマーリン(マーク・ストロング)のみ。2人は同盟関係にあるアメリカの諜報機関ステイツマンに協力を求める。キングスマンを攻撃した組織は、、ポピー(ジュリアン・ムーア)率いる麻薬組織・ゴールデン・サークルだった。監督はマシュー・ヴォーン。
 小道具やキャラクターは相変わらず楽しいし、これはとっても萌えそう!というシチュエーションも多々あるのに、実際に見てみると今一つ気持ちは盛り上がらない、まあ退屈ではないけど・・・というのは前作と同じ(私にとって)。ある意味安定のマシュー・ヴォーン監督作だ。相変わらず悪趣味をおしゃれ感漂う見せ方にしているが、逆にイキってる感出てしまって鼻につく。ただ、音楽の使い方は相変わらず洒落がきいていて上手い。そこがまた鼻につくんだけど(笑)。最近「カントリー・ロード」が作中で流れる映画(『ローガン・ラッキー』とか)をよく見るけど、アメリカ映画界に郷愁の波が来ているのだろうか。
 前作の登場人物が本作でも連投しているが、その大半をとんでもない事態が襲う。ヴォーン監督は、キャラクターを立てた映画を撮っているようでいて、そうでもないなぁとしみじみ思った。キャラクターをあまり大事にしておらず(温存する、死なせないという意味ではなく、バックボーンや「こういう人」という部分はさほど重視していないという意味)、扱いが雑なように思う。魅力的なキャラクターが多いので正直勿体ない。また、ストーリー展開や伏線の処理も結構大雑把。あるシーン、あるシチュエーションへのこだわりはすごく感じるのだが。映画としては、あまり上手くないんじゃないかと思う。皮肉やブラックユーモアの面白さはあるものの、あくまで単品の「皮肉」「ブラックユーモア」としての面白さであって、映画全体の面白さというわけではない。
 前作はアメリカと闘う話だったが、今回はアメリカと協力、しかも前作で皆殺しにしたような層との共闘になるのが皮肉。キングスマンとステイツマンの組織としての顛末も、これが資本主義・・・って感じで皮肉だ。大英帝国賛歌みたいなシリーズだけど、それは幻だったってことか。
 なお、当然007を意識した作品ではあるが、エグジーは恋人(まさか本当に付き合っていたとは・・・)に誠実でハニートラップは仕掛けないというあたり、今の作品だなという印象。

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『希望のかなた』

 シリア難民の青年カーリド(シェルワン・ハジ)はフィンランドのヘルシンキへ流れ着く。生き別れた妹を探しこの国で暮らしたいと願うが、難民申請は却下されてしまう。自警団に暴行を受けた彼を助けたのは、レストランオーナーのヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)だった。監督はアキ・カウリスマキ。
 カウリスマキの映画は余計なことをしないのでテンポがいい(段取がいいと言った方がいいか)、しかし見ている側の体感としてはのんびりしているという不思議な面白さがある。本作もさくさく物事が進むが決して「速い」という感じではない。このへんの間の取り方が唯一無二の所以だろう。映画にとって最小限に必要なものの選別がすごく的確なのだ。カウリスマキの映画を観ていると、映画って記号の組み合わせなんだなと実感する。動作・所作のひとつひとつが文字通りのものであり、男は男、女は女、犬は犬、金は金だ。その記号ひとつひとつをどう見せるか、どう組み立てるか、どのパーツを使うのかによって、単なる記号からはみ出していくものがあり、そこに映画としての強さが生まれるのかなと思う。ヴィクストロムが資金調達する方法など、他の監督だったらこれはちょっとご都合主義すぎでは・・・と避けてしまいそうだけど、カウリスマキは堂々とやるし、ご都合主義に見えない。
 カーリドは紆余曲折の上、たまたまヘルシンキに流れ着く。母国に送還されそうになった為逃げだすが、そんな彼を助けるのがヴィクストロムとレストランの従業員たちだ。助けるとはいっても、積極的に親切にしようとか善意に燃えているとかいう風ではなく、助けるのが普通のことだからやる、というように見える。善意が平熱なのだ。彼らのように親切な人がいる一方で、暴力を働く極右団体はいるし、難民申請の結果はシリアの現状を踏まえたとは思えないものだ。しかし、カーリドもヴィクストロムも不寛容さや困難さには屈さず、控えめに抗い続ける。ヴィクストロムのやり方は、抗い方というよりすり抜け方ではあるのだが、目的が正しければ小さいことは気にしなくてよし!と言わんばかり。人間の善意と知恵に対する信頼、あるいはそうであれという祈りのようなものを感じた。カウリスマキ作品はほろ苦さ、ペーソスが持ち味と思っていたが、本作はストレートな希望へ向けた物語。黄昏ている場合ではないということか。
 私にとってカウリスマキ作品と言えばまずそうな食べ物、謎の日本要素だが、本作にもちゃんと登場する。今回はまずそうな食べ物と日本要素が一体化しているが、まずそうな感じ、失敗感が生々しい。一方でカウリスマキ監督作にしてほぼ初めてと思われる、ちゃんとおいしそうな料理が登場する。作っているのは各国からの難民なので、フィンランドのおいしい料理じゃないんだけど・・・。

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『gifted ギフテッド』

 母親を亡くした7歳のメアリー(マッケンナ・グレイス)は叔父のフランク(クリス・エヴァンス)と暮らしている。気が進まないながらも小学校に通うことになったメアリーだが、彼女に突出した数学の才能があることに気付いた担任教師ボニー(ジェニー・スレイト)は、才能を伸ばす教育を受けた方がいいのではとフランクに告げる。フランクは姉の遺言に従い、メアリーには普通の子供として生活をさせたいと考えていた。しかし2人の居所を知ったフランクの母イブリン(リンゼイ・ダンカン)が孫に英才教育を施すため、親権を奪おうとする。監督はマーク・ウェブ。
 メアリーは数学の天才だが、天才にしろ凡才にしろ、子供を育てる、子供と生活するのはかくも大変なものか。フランクはメアリーのことを愛し真摯に育てようとしているし、実際、結構立派に保護者をやっている。メアリーもフランクによく懐き、親子のようでもあり相棒同士のようでもある。とは言え彼は独身男性で、自分の為だけの時間もほしい。「(金曜の夜から)土曜の昼までは家に入らない約束」というのはそういうことなのだ。彼は約束を破ったメアリーについ怒鳴ってしまう。子供の保護者としての生活と一個人の成人男性としての生活は両立しない部分もある。かといって全てを子供に捧げるのが正しいのかというと、そういうわけでもないだろう。そもそも、何をやれば子供にとってベストなのか。
 子育ての難しさは、子供にとって何がベストなのかということが、後追いでしかわからないという所にあるのではないかと思う。フランクの姉が辿った人生は、正にそういうことだろう。フランクの教育方針とイブリンの教育方針は衝突するが、2人ともメアリーにとってよかれと思ってやっていることには違いない。しかしどちらが最適なのか、あるいはどちらも最適ではなかったのかは、メアリーが成長してからでないとわからない。日々ギャンブルみたいなものではないか。その時その時を手探りでやっていくしかないことのしんどさをちょっと感じてしまった。責任重大すぎる。正解がわからないまま延々と続くのって、なかなかきついだろうしな・・・。
 また、親は子供に自分が歩めなかった(歩まなかった)人生を歩んでもらいたいと、つい思ってしまうところに、如何ともし難い業を感じた。イブリンの情熱は、彼女やその娘が送れなかった人生に対する執着とも見える。彼女が提示する人生がメアリーにとって幸せかどうかはわからないんだけど。


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『キングス・オブ・サマー』

 15歳の高校生ジョー(ニック・ロビンソン)と親友のパトリック(ガブリエル・バッソ)は親にうんざりして家出を計画。風変りな少年ビアジオ(モイセス・アリアス)と一緒に森の中に秘密の家を建て、3人で生活を始める。自分たちのお城できままな日々を送りご満悦の3人だったが、ジョーが片思いしている同級生の少女ケリー(エリン・モリアーティ)がやってきたことで、3人の関係がかき乱される。監督はジョーダン・ヴォート=ロバーツ。
 監督は本作でデビューした後にいきなり『キングコング 髑髏島の巨神』に大抜擢されている。すごいハイジャンプだな!しかし、手堅い作り方をする人なのか本作もデビュー作ながら危なげがない。また、『キングコング』でも思ったが既存の音楽の映像へのはめ込み方が上手い(これは音楽監督の人の手腕なのかもしれないけど)。新鮮味のある内容というわけではないが、切り取り方が瑞々しく、夏休み、特に夏休みの終わりにはぴったりの作品だった。
 ジョーたちの家出は、人生の中で一度きりの「ある季節」を象徴するようなものであり、きらめきに満ちているが、どこか儚い。大人の目で見るからそう見えるだけかもしれないが、終わりが来ることが分かっているものではある。ジョーはこの家出が自分たちにとってのイニシエーションだと張り切る。しかし、イニシエーションは彼が思っていたような形では訪れない。後になって思い起こしてみると、あれがイニシエーションだったとわかるようなものだ。自分が予想していたような形ではなく、予想外の方向で成長するという所が、本作の面白い所だと思うし、成長って大概そういうものかもしれない。
ジョーは父親と2人暮らしなのだが、ワンマンな父親にうんざりしている。しかしとある場面で、彼は自分が心底嫌がっていた父親そっくりの行動をしてしまう。一方、パトリックは両親の過干渉や母親の清潔・ヘルシー志向に辟易気味。しかし食べ残しの後始末(放置しておくと動物が寄って来るし)や何だかんだ言ってきちんと手洗いをしてしまう。多かれ少なかれ、親の影響は出てしまうのだ。2人とも親がうっとおしくて仕方ないのに、皮肉ではある。
 ジョーはケリーに想いを寄せており、彼女とのデートを夢想するのだが、その想像の中のケリーの振る舞いはかなりレトロなもので、昔のロマンス映画のそれのようだ。彼の女性観はまだその程度のもので、現実に即していない。そもそも彼女と付き合っていないし告白すらしていないんだから、現実の彼女の行動に腹を立てるのは筋違いだろう。ジョーが作中で最も成長した部分は、セックスの可能性がない(とは言わないまでもきわめて低い)相手にも人は優しくするし親身になる、自分も優しくすることが出来ると理解するところではないか。好意の位相は様々なのだ。

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『銀魂』

 宇宙から襲来した“天人”によって開国を迫られた日本。天人の台頭と廃刀令により、侍は衰退していった。侍の心を捨てずにいる坂田銀時(小栗旬)は、剣術道場の長男・志村新八(菅田将暉)、銭湯種族・夜兎族の神楽(橋本環奈)と万屋を営んでいた。原作はアニメ化もされた空知英秋の同名漫画。監督は福田雄一。
 原作はもちろん週刊少年ジャンプ連載の大ヒット漫画で、TVアニメ化も劇場用アニメ化もされた。映画としてどうやるか、というよりも『銀魂』としてどうやるか、という方向に割り切って面白さを追求していると思う。なので、原作を知らないで見に来た人にはあまり通じないだろう。映画としてはエピソード配分のバランスも悪いし、キャラクター数が多いので事前知識がないと正直厳しい。しかし、原作漫画ないしはアニメを知っている人にとっては、あーちゃんと銀魂だ!これだよこれ!と安心できるし楽しめると思う。ギャグのバカバカしさとメタ構造の緩い取り入れ方は、原作風味でもあり、福田監督の手癖でもあり、相性は良かったと思う。ムロツヨシ演じる平賀源外のパートはそれが如実だった。源外役にムロツヨシって若すぎない?と思ったけど、いてくれると安心なんだろうな(笑)
 特にアニメのフォーマットやテンポやキャラクターのセリフ回しはかなり意識しているのではないかと思う。まさか実写映画でもアバン芸が見られるとは思わなかった。雑なフェイク主題歌もいい。人気漫画の実写映画化がここの所相次いでいるが、その中では(スベっても許されると言う特殊なポジションとは言え)かなり成功しているのではないだろうか。キャラクターの再現度も意外と高い。菅田がキラキラオーラを封印して地味眼鏡になりきっているのには驚いたし、新撰組の3人のクオリティも高い。特に沖田(吉沢亮)の沖田感がすごかった。
 また、俳優の力で原作とはキャラクターの作中比重が変わって見えることもあるんだなと実感した。本作はギャグ一辺倒のカブト狩り編(というほど大した話じゃないよな・・・)とシリアス度の高い紅桜編という2つのエピソードを組み合わせている。紅桜編に登場する刀鍛冶の村田鉄矢(安田顕)は、原作でもアニメでも私にとってはそんなに印象に残らなかったのだが、今回は存在感があった。新井浩文演じる岡田似蔵も同様。2人とも熱演で、方向性は違うが上手くやれなかった人、一番になれなかった人の悲哀みたいなものがより濃くなったのではないか。あっこういうキャラクター、こういう話だったんだと再発見した気分。
 なお、福田監督は胸か尻か脚かで言ったら脚派なんじゃないかなー。脚と言えばこの人ということで来島また子役の菜々緒が美脚を披露しているし、菜々緒の足と橋本環菜の絡みというわけわからないアクションシーンもある。しかし、高杉晋助役の堂本剛が結構な脚の露出加減(高杉の衣装は着流しなので、アクションをやるとかなりはだけるんですね)だし、あっそういう角度で撮るんだ・・・的なよくわからない力の入れ方だったように思う。


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『KING OF PRISM PRIDE the HERO』

プリズムスタァ養成校エーデルローズで練習を重ねる新入生の一条シン(寺島惇太)。4年に1度の大会プリズムカップに向けて先輩たちと特訓に励むが、ライバル事務所シュワルツローズの差し金で、エーデルローズは解散の危機に追い込まれてしまう。監督は菱田正和。
 アニメの中で「貸しはがし」というフレーズ、初めて聞いたわ・・・。まさかキンプリでそんな言葉聞くと思わなかったよ!応援上映、まさかの超ロングラン昨年のアニメ界・映画界を沸かせたキンプリこと『KING OF PRISM by Pretty Rythm』の続編。前置きや説明なくいきなり始まる、かつ前作と本作の間に結構なエピソードがあったんじゃ?と思わせるシークエンスが結構あるのだが、そのあたりもさくっと割愛して始まる。お客を信頼していると言えば信頼しているということか・・・。とは言え、前作を見ていなくても、極端な話プリティリズムが何なのか知らなくても、ある程度日本のアニメに対するリテラシーを持っていれば、わけがわからないなりに楽しくなってくるあたりがすごいと思う。逆に、全くアニメに耐性がない人が見たらどんな感じなのか教えてほしい。
 前作で応援上映が大変盛り上がったことを考慮してか、本作では最初から応援上映対応なのかな?という見せ場が頻出する。劇場での上映回数も場所によっては応援上映の方が多いくらい。確かに、あーここで合いの手いれたい!コールしたい!サイリウムふりたい!って気分になってくる。よくできてるなぁ。私は通常上映で見たが、周囲が盛り上がっている方が確実に楽しめる類の作品で、鑑賞するというよりもイベントに参加する感じ。一緒にプリズムショーのスタジアムを破壊したり再生したいよねぇ!(言葉のあやではなく文字通りの意味です) 
 また、シンの成長が中心にあった前作と比較すると、本作でもその路線は引き継いでおり、基本は努力と友情、仲間との絆があるのだが、更に、ストーリー上の要素が更に増し増し、盛りに盛っている。70分強の作品とは思えない。余裕で1クールできるボリュームだ。過去からの確執と愛憎あり、企業乗っ取りやお家騒動あり、スポ根あり、ロマンスあり、更に前世からの因縁らしきもの(これ、次作も作る気満々てこと?大丈夫?)まで持ち出してくる。ストーリー上もビジュアル上も引き算という概念がない、足し算のみで作られたようなある意味凄まじい作品。アニメというジャンル内の更に細分化された数々のジャンルの要素が詰め込まれているので、アニメファンにとってはアニメのリテラシーが試されるよな・・・。個人的にはコロコロコミック的というかテレビ東京夕方枠ないしは早朝枠的な、男児玩具アニメ的要素にぐっとくる。そりゃあ龍も空に昇ろうというもの。

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『キングコング 髑髏島の巨神』

 発見された謎の島へ、環境探索の為の調査遠征隊が派遣されることになった。調査の中心となるのは長年未知の生物を研究してきたビル・ランダ博士(ジョン・グッドマン)。研究者たちの案内役として雇われた傭兵ジェームズ・コンラッド(トム・ヒドルストン)とヘリの誘導を行う軍人ブレストン・パッカード(サミュエル・L・ジャクソン)を中心に、一行は島に上陸しようとする。しかし、島の上空でな巨大なゴリラに襲われ、ちりぢりになってしまう。監督はジョーダン・ボート=ロバーツ。
 これまで何度もリメイクされたり他作品にゲスト出演してきたキングコングの最新版。直近だと2005年のピーター・ジャクソン監督による『キングコング』があるが、私はこの作品が全然面白くなかったので、今更キングコングって・・・と少々ひきぎみだった。しかし面白い!すごく楽しい!盛りが良すぎる日本版ポスターは全然嘘じゃない、むしろ本国版よりも内容に即していて素晴らしいということがわかった。アバンの時点で、太陽や目のアップを多用したキャッチー、ともするとあざといショットを多用しておりこれはなかなか楽しそうだなと思っていると、早い時点からどんどん派手な絵を披露してくれる。なお今回、爆音上映で見たのだが、爆音 上映が本当によく合うので、極力大きな画面、大きな音で見ることをお勧めする。
一応トム・ヒドルストン主演作ということになるが、主役はあくまでコングを筆頭とする巨大生物たち。大きいものばばーんと登場してどーんと大活躍!というシンプルさ、そしてそれをさほど邪魔しない人間たちという、人間が分を弁えている内容がいい。人間ドラマなどさほどなくて構わないのだ。一応主役らしきコンラッドは、知恵と経験を披露してはいるものの、さほど活躍するでもない。パッカードは何しろL・ジャクソンが演じているからクレイジーではあるのだが、こちらもいつものL・ジャクソンほど無敵かつクレイジーではない。説教もしない。ただ、本作はベトナム戦争直後(現地からアメリカ軍が引き上げていくタイミング)という時代設定なのだが、パッカードが戦場でこそ生きている実感を得られるタイプの人で、新たな敵を発見して生き生きとしてく様はなかなか面白かった。部下の弔い合戦と言ってはいるが、戦っていないと死んじゃうタイプの人なんだなぁと。人間側のドラマとして一番気になったのは、第二次大戦中に島に辿りついたマーロウ(ジョン・C・ライリー)とグンペイ(MIYAVI)の数十年間ですね・・・。そこ何とか垣間見せてもらえませんかね!まさかライリーが日本刀振り回す姿にあんなにぐっとくるとは思わなかった。
 コングと人間側とに下手に友情や愛情が芽生えない(と私は見た。あれは小動物をつぶしちゃったらかわいそうね、くらいの感じなんじゃなかろうか)ところもいい。人間とは全くの別物だからこそ怪獣は魅力があると思う。


『虐殺機関』

 世界の紛争地域で鎮圧任務についていたアメリカ軍特殊部隊のクラヴィス・シェパード(中村悠一)大尉に、あるミッションの為チェコに向かえという指令が下る。ターゲットはジョン・ポール(櫻井孝宏)なるアメリカ人言語学者。世界の紛争の影には常に彼の姿があるというのだ。現地に赴いたシェパードは、ジョン・ポールと懇意にしていたチェコ語教師ルツィア・シュクロウポヴァ(小林沙苗)に近づく。原作は伊藤計劃、監督は村瀬修功。
 伊藤計劃作品3作の映画化企画の一環として製作された本作だが、製作中にスタジオが倒産、何とか新会社を立ち上げ完成にこぎつけたという経緯があるので、とにもかくにもちゃんと完成してよかった。公開時期が結構延びてしまったが、それも納得できるクオリティで更にほっとした。特にキャラクターにしろ諸々のガジェットにしろ、デザイン面が良くできていたと思う。キャラクターのビジュアルが、それぞれの民族の差異を感じさせるもので、これは日本のアニメーションでは珍しいのではないかと思う。シェパードと同僚のウィリアムズは共にアメリカ人だが、ウィリアムズの方がより顔の凹凸がはっきりとした骨格で、いわゆる白人男性の風貌。シェパードはつるっとしておりアジア系っぽい。ルツィアの方がシェパードよりも顔の骨格のめりはりがあるんじゃないかなというくらいで、彼女は全身の骨格も結構しっかりとしている。いわゆるアニメの女性キャラクターのような華奢さは感じさせない(むしろシェパードの方が軍人としては華奢に見えるくらいだ)。
 また、人工筋肉を使ったアイテムのデザインがユニークさと不気味さ(有機的な部分がおそらくそう思わせる)を醸し出していて面白い。飛行機内のシートベルトにも生き物の肉体が絡みつくような雰囲気があるが、作中の人たちにとってはそれが普通だから、全員無反応という所にシュールさを感じる。また、投下用ポッドやコンタクトレンズ(デバイスを直接目に装着するからか)が使用後に液化する様には、なるほどこれが軍事用ってことね!と妙にわくわくした。
 原作を読んだ時も思ったが、映画でより強く感じたのがシェパードのナイーブさ、若々しさだ。アメリカの軍人、しかもエリートがこんなに揺さぶられやすくていいのか?というくらい簡単にジョン・ポールの言葉に心乱されてしまう。ジョン・ポールが使う「言葉」の特質はあるものの、軍人メンタリティとはそれに対して「だから何だ」と(良くも悪くも)返せるようなものではないかと思うが。シェパードは作中何度も軍人としては珍しく文系大学出身であることをからかわれるのだが、言葉の使われ方に対するセンシティブさがある。
シェパードのルツィアに対する思い入れは少々説明不足ではある。とは言え、彼が見ない、感じないようにしていたものと対面しつつもジョン・ポールが見ている世界とは別の世界を見ている人が彼女だったのかもしれない。作中、最も強く逃げないキャラクターは、彼女なのだ。
 終盤、セリフとモノローグで一気に処理してしまったところがちょっと残念なのだが、そもそも言葉量が多い原作なんだよな・・・。各人がそれぞれの思想を垂れ流すタイプの小説は、こういう部分が映像化に不向きなんだろう。それにしても、ジョン・ポールの理屈は原作が書かれた当時はそれを言っちゃあお仕舞よ、的なものとして捉えられていたと思うのだが、今やその理屈に準じるようなことをあけっぴろげに言っちゃう政治家が出てくるようになったんだもんなぁ・・・。建前の崩壊とは恐ろしい。映画の製作が遅れたことで期せずしてよりタイムリーになってしまった感がある。

『92歳のパリジェンヌ』

 92歳の誕生日を迎えたマドレーヌ(マルト・ヴィラロンガ)は、家族の前で2か月後に自ら人生の幕を引くを宣言。長男ピエール(アントワーヌ・デュレク)は猛反発するが、長女ディアーヌ(サンドリーヌ・ボネール)はショックを受けつつも、母の望む人生にしたいと心が揺れていた。監督・脚本はパスカル・プザドゥー。
マドレーヌは若い頃から独立した人で、自分で決めた信念を曲げずに生きてきたと描かれる。妻であり母である前に、まずマドレーヌという個人であるというところに、フランスにおける個人主義の在り方を見た気がした。彼女の生き方は尊敬できるが、おそらく子供の立場だったら納得できない部分の方が大きいだろう。
 マドレーヌとピエールの関係はあまりよくないのだが、これはピエールが今一ついけ好かない人(という風に演出される)だという以上に、ピエールはマドレーヌから母親として受け取りたいものを十分に受け取ってこなかったということ、2人の関係の顛末は、今までの人生に対するペナルティみたいなものだということが垣間見える。基本的にマドレーヌに対して肯定的な描き方なのだが、この点に関しては、美味しい所取りはできないよ、と示しているようでもあった。ディアーヌが母親に協力しようと決心するのは、ピエールが与えられなかったものが、彼女には与えられていたからではないかと思う。それがいいとか悪いとかいうことではなく、マドレーヌはそれを込みとして、自分の人生を生きることを選んだのだ。
 しかし、家族にわざわざ「自殺します」と前もって宣言する必要はあったのだろうかと疑問には思った。自分の意思が固い以上、遺書だけ残してこの世を去るというやり方もあるだろうし、その方が自死までの障害は少なそうだ(実際、宣言したことでピエールに家探しされて薬を破棄されるし)。家族を混乱させない為、悲しませすぎない為かもしれないが、彼女が宣言後に自死しても、種類が変わるだけで家族は悲しむし混乱するだろう。何より、彼女の願いを聞き入れたことに対する自責の念に苛まれるのではないか。彼女のやり方は、家族の理解と受容にちょっと甘えすぎたのではないかなと、家族のその後が気になってしまった。

『君の名は。』

 1000年ぶりという彗星が1か月後に地球に大接近するというニュースが流れたある日、山に囲まれた田舎町に暮らす女子高生・宮水三葉(上白石萌音)は、夢の中で東京在住の男子高校生になっており、都会の生活を満喫する。一方、東京に住む男子高校生・立花龍(神木隆之介)は、夢の中で田舎町の女子高校生になっていた。2人は徐々に、この体験が夢ではないことと、お互いの存在に気付いていく。監督・脚本は新海誠。
 新海監督作品は『ほしのこえ』(2002)が劇場公開(といってもミニシアターで特別上映という形態だったが)以来、新作が劇場公開される度に見ているのだが、決して自分好みの作風というわけではない。むしろ、毎回毎回「こ、ここどうにかならんのか・・・」という何かに耐えつつ見るという、苦行のようでもあった。好き嫌いというよりも、すごくいい部分があるのはわかるのだが、それ以上に難点が多くて美点が相殺されことに耐えきれないという感じ。それでも毎回見に行っていたのは、ほぼ個人の自主製作だったという『ほしのこえ』に、非常にいらっとさせられつつ捨て置けない何かがあったからだと思う。
 本作は、14年かけてようやくここまで来たか!という新海誠の集大成的な作品になっている。新海作品の難儀なところ、今まで伸び悩んでいた要因は、監督の作家性が欠点と一体になっている所だと思うのだが、今回は作家性を保ちつつ、それが変な方向にだだ漏れにならないように厳重にコントロールしている印象。予算規模が大きくなった以上絶対に当てていくぞ、販路拡大するぞという(監督というより配給サイドのかもしれないが。でないとあんなに宣伝に予算割けないよなぁ)覚悟と意気込みが感じられた。
 これまで私が耐えていた難点、具体的には抒情性盛りすぎ、光盛りすぎ、女性の造形が「僕の頭の中の少女」的で思い入れ過剰なのに具体性に乏しい(これは『言の葉の森』でかなり改善されたと思うが)、モノローグで説明しすぎ、脚本が大抵後半腰砕けになる、等等なのだが、これらが全部修正されていて、感無量。やれば出来る子だった新海監督。これまでの経緯から最初の期待値が低かったせいもあるけど、ここまでそこそこの規模の商業作品として完成されたものが出されてくるとは。基本、ワンアイディアで突破するタイプの作品だと思うのだが、話の段取が各段によくなっているので、見ている間は設定の穴や矛盾に突っ込もうと思わないしストレスを感じない。田中将賀をキャラクターデザインに起用したというのも大きいだろう。この人のデザインは、多分最大公約数的な適度さがあって、悪印象を与えにくいんだよな。
 ただ、挿入歌を使いすぎなのは問題だと思う。RADWIMPSの楽曲は良くできていると思うし思わずくちずさみたくなるキャッチーさだが、楽曲自体が物語性の高い作風なので、何度も使われると説明しすぎで鬱陶しい(RADWIMPSには全く責任はなく、むしろいい仕事をしているのだが・・・)。

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