3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『キングス・オブ・サマー』

 15歳の高校生ジョー(ニック・ロビンソン)と親友のパトリック(ガブリエル・バッソ)は親にうんざりして家出を計画。風変りな少年ビアジオ(モイセス・アリアス)と一緒に森の中に秘密の家を建て、3人で生活を始める。自分たちのお城できままな日々を送りご満悦の3人だったが、ジョーが片思いしている同級生の少女ケリー(エリン・モリアーティ)がやってきたことで、3人の関係がかき乱される。監督はジョーダン・ヴォート=ロバーツ。
 監督は本作でデビューした後にいきなり『キングコング 髑髏島の巨神』に大抜擢されている。すごいハイジャンプだな!しかし、手堅い作り方をする人なのか本作もデビュー作ながら危なげがない。また、『キングコング』でも思ったが既存の音楽の映像へのはめ込み方が上手い(これは音楽監督の人の手腕なのかもしれないけど)。新鮮味のある内容というわけではないが、切り取り方が瑞々しく、夏休み、特に夏休みの終わりにはぴったりの作品だった。
 ジョーたちの家出は、人生の中で一度きりの「ある季節」を象徴するようなものであり、きらめきに満ちているが、どこか儚い。大人の目で見るからそう見えるだけかもしれないが、終わりが来ることが分かっているものではある。ジョーはこの家出が自分たちにとってのイニシエーションだと張り切る。しかし、イニシエーションは彼が思っていたような形では訪れない。後になって思い起こしてみると、あれがイニシエーションだったとわかるようなものだ。自分が予想していたような形ではなく、予想外の方向で成長するという所が、本作の面白い所だと思うし、成長って大概そういうものかもしれない。
ジョーは父親と2人暮らしなのだが、ワンマンな父親にうんざりしている。しかしとある場面で、彼は自分が心底嫌がっていた父親そっくりの行動をしてしまう。一方、パトリックは両親の過干渉や母親の清潔・ヘルシー志向に辟易気味。しかし食べ残しの後始末(放置しておくと動物が寄って来るし)や何だかんだ言ってきちんと手洗いをしてしまう。多かれ少なかれ、親の影響は出てしまうのだ。2人とも親がうっとおしくて仕方ないのに、皮肉ではある。
 ジョーはケリーに想いを寄せており、彼女とのデートを夢想するのだが、その想像の中のケリーの振る舞いはかなりレトロなもので、昔のロマンス映画のそれのようだ。彼の女性観はまだその程度のもので、現実に即していない。そもそも彼女と付き合っていないし告白すらしていないんだから、現実の彼女の行動に腹を立てるのは筋違いだろう。ジョーが作中で最も成長した部分は、セックスの可能性がない(とは言わないまでもきわめて低い)相手にも人は優しくするし親身になる、自分も優しくすることが出来ると理解するところではないか。好意の位相は様々なのだ。

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『銀魂』

 宇宙から襲来した“天人”によって開国を迫られた日本。天人の台頭と廃刀令により、侍は衰退していった。侍の心を捨てずにいる坂田銀時(小栗旬)は、剣術道場の長男・志村新八(菅田将暉)、銭湯種族・夜兎族の神楽(橋本環奈)と万屋を営んでいた。原作はアニメ化もされた空知英秋の同名漫画。監督は福田雄一。
 原作はもちろん週刊少年ジャンプ連載の大ヒット漫画で、TVアニメ化も劇場用アニメ化もされた。映画としてどうやるか、というよりも『銀魂』としてどうやるか、という方向に割り切って面白さを追求していると思う。なので、原作を知らないで見に来た人にはあまり通じないだろう。映画としてはエピソード配分のバランスも悪いし、キャラクター数が多いので事前知識がないと正直厳しい。しかし、原作漫画ないしはアニメを知っている人にとっては、あーちゃんと銀魂だ!これだよこれ!と安心できるし楽しめると思う。ギャグのバカバカしさとメタ構造の緩い取り入れ方は、原作風味でもあり、福田監督の手癖でもあり、相性は良かったと思う。ムロツヨシ演じる平賀源外のパートはそれが如実だった。源外役にムロツヨシって若すぎない?と思ったけど、いてくれると安心なんだろうな(笑)
 特にアニメのフォーマットやテンポやキャラクターのセリフ回しはかなり意識しているのではないかと思う。まさか実写映画でもアバン芸が見られるとは思わなかった。雑なフェイク主題歌もいい。人気漫画の実写映画化がここの所相次いでいるが、その中では(スベっても許されると言う特殊なポジションとは言え)かなり成功しているのではないだろうか。キャラクターの再現度も意外と高い。菅田がキラキラオーラを封印して地味眼鏡になりきっているのには驚いたし、新撰組の3人のクオリティも高い。特に沖田(吉沢亮)の沖田感がすごかった。
 また、俳優の力で原作とはキャラクターの作中比重が変わって見えることもあるんだなと実感した。本作はギャグ一辺倒のカブト狩り編(というほど大した話じゃないよな・・・)とシリアス度の高い紅桜編という2つのエピソードを組み合わせている。紅桜編に登場する刀鍛冶の村田鉄矢(安田顕)は、原作でもアニメでも私にとってはそんなに印象に残らなかったのだが、今回は存在感があった。新井浩文演じる岡田似蔵も同様。2人とも熱演で、方向性は違うが上手くやれなかった人、一番になれなかった人の悲哀みたいなものがより濃くなったのではないか。あっこういうキャラクター、こういう話だったんだと再発見した気分。
 なお、福田監督は胸か尻か脚かで言ったら脚派なんじゃないかなー。脚と言えばこの人ということで来島また子役の菜々緒が美脚を披露しているし、菜々緒の足と橋本環菜の絡みというわけわからないアクションシーンもある。しかし、高杉晋助役の堂本剛が結構な脚の露出加減(高杉の衣装は着流しなので、アクションをやるとかなりはだけるんですね)だし、あっそういう角度で撮るんだ・・・的なよくわからない力の入れ方だったように思う。


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『KING OF PRISM PRIDE the HERO』

プリズムスタァ養成校エーデルローズで練習を重ねる新入生の一条シン(寺島惇太)。4年に1度の大会プリズムカップに向けて先輩たちと特訓に励むが、ライバル事務所シュワルツローズの差し金で、エーデルローズは解散の危機に追い込まれてしまう。監督は菱田正和。
 アニメの中で「貸しはがし」というフレーズ、初めて聞いたわ・・・。まさかキンプリでそんな言葉聞くと思わなかったよ!応援上映、まさかの超ロングラン昨年のアニメ界・映画界を沸かせたキンプリこと『KING OF PRISM by Pretty Rythm』の続編。前置きや説明なくいきなり始まる、かつ前作と本作の間に結構なエピソードがあったんじゃ?と思わせるシークエンスが結構あるのだが、そのあたりもさくっと割愛して始まる。お客を信頼していると言えば信頼しているということか・・・。とは言え、前作を見ていなくても、極端な話プリティリズムが何なのか知らなくても、ある程度日本のアニメに対するリテラシーを持っていれば、わけがわからないなりに楽しくなってくるあたりがすごいと思う。逆に、全くアニメに耐性がない人が見たらどんな感じなのか教えてほしい。
 前作で応援上映が大変盛り上がったことを考慮してか、本作では最初から応援上映対応なのかな?という見せ場が頻出する。劇場での上映回数も場所によっては応援上映の方が多いくらい。確かに、あーここで合いの手いれたい!コールしたい!サイリウムふりたい!って気分になってくる。よくできてるなぁ。私は通常上映で見たが、周囲が盛り上がっている方が確実に楽しめる類の作品で、鑑賞するというよりもイベントに参加する感じ。一緒にプリズムショーのスタジアムを破壊したり再生したいよねぇ!(言葉のあやではなく文字通りの意味です) 
 また、シンの成長が中心にあった前作と比較すると、本作でもその路線は引き継いでおり、基本は努力と友情、仲間との絆があるのだが、更に、ストーリー上の要素が更に増し増し、盛りに盛っている。70分強の作品とは思えない。余裕で1クールできるボリュームだ。過去からの確執と愛憎あり、企業乗っ取りやお家騒動あり、スポ根あり、ロマンスあり、更に前世からの因縁らしきもの(これ、次作も作る気満々てこと?大丈夫?)まで持ち出してくる。ストーリー上もビジュアル上も引き算という概念がない、足し算のみで作られたようなある意味凄まじい作品。アニメというジャンル内の更に細分化された数々のジャンルの要素が詰め込まれているので、アニメファンにとってはアニメのリテラシーが試されるよな・・・。個人的にはコロコロコミック的というかテレビ東京夕方枠ないしは早朝枠的な、男児玩具アニメ的要素にぐっとくる。そりゃあ龍も空に昇ろうというもの。

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『キングコング 髑髏島の巨神』

 発見された謎の島へ、環境探索の為の調査遠征隊が派遣されることになった。調査の中心となるのは長年未知の生物を研究してきたビル・ランダ博士(ジョン・グッドマン)。研究者たちの案内役として雇われた傭兵ジェームズ・コンラッド(トム・ヒドルストン)とヘリの誘導を行う軍人ブレストン・パッカード(サミュエル・L・ジャクソン)を中心に、一行は島に上陸しようとする。しかし、島の上空でな巨大なゴリラに襲われ、ちりぢりになってしまう。監督はジョーダン・ボート=ロバーツ。
 これまで何度もリメイクされたり他作品にゲスト出演してきたキングコングの最新版。直近だと2005年のピーター・ジャクソン監督による『キングコング』があるが、私はこの作品が全然面白くなかったので、今更キングコングって・・・と少々ひきぎみだった。しかし面白い!すごく楽しい!盛りが良すぎる日本版ポスターは全然嘘じゃない、むしろ本国版よりも内容に即していて素晴らしいということがわかった。アバンの時点で、太陽や目のアップを多用したキャッチー、ともするとあざといショットを多用しておりこれはなかなか楽しそうだなと思っていると、早い時点からどんどん派手な絵を披露してくれる。なお今回、爆音上映で見たのだが、爆音 上映が本当によく合うので、極力大きな画面、大きな音で見ることをお勧めする。
一応トム・ヒドルストン主演作ということになるが、主役はあくまでコングを筆頭とする巨大生物たち。大きいものばばーんと登場してどーんと大活躍!というシンプルさ、そしてそれをさほど邪魔しない人間たちという、人間が分を弁えている内容がいい。人間ドラマなどさほどなくて構わないのだ。一応主役らしきコンラッドは、知恵と経験を披露してはいるものの、さほど活躍するでもない。パッカードは何しろL・ジャクソンが演じているからクレイジーではあるのだが、こちらもいつものL・ジャクソンほど無敵かつクレイジーではない。説教もしない。ただ、本作はベトナム戦争直後(現地からアメリカ軍が引き上げていくタイミング)という時代設定なのだが、パッカードが戦場でこそ生きている実感を得られるタイプの人で、新たな敵を発見して生き生きとしてく様はなかなか面白かった。部下の弔い合戦と言ってはいるが、戦っていないと死んじゃうタイプの人なんだなぁと。人間側のドラマとして一番気になったのは、第二次大戦中に島に辿りついたマーロウ(ジョン・C・ライリー)とグンペイ(MIYAVI)の数十年間ですね・・・。そこ何とか垣間見せてもらえませんかね!まさかライリーが日本刀振り回す姿にあんなにぐっとくるとは思わなかった。
 コングと人間側とに下手に友情や愛情が芽生えない(と私は見た。あれは小動物をつぶしちゃったらかわいそうね、くらいの感じなんじゃなかろうか)ところもいい。人間とは全くの別物だからこそ怪獣は魅力があると思う。


『虐殺機関』

 世界の紛争地域で鎮圧任務についていたアメリカ軍特殊部隊のクラヴィス・シェパード(中村悠一)大尉に、あるミッションの為チェコに向かえという指令が下る。ターゲットはジョン・ポール(櫻井孝宏)なるアメリカ人言語学者。世界の紛争の影には常に彼の姿があるというのだ。現地に赴いたシェパードは、ジョン・ポールと懇意にしていたチェコ語教師ルツィア・シュクロウポヴァ(小林沙苗)に近づく。原作は伊藤計劃、監督は村瀬修功。
 伊藤計劃作品3作の映画化企画の一環として製作された本作だが、製作中にスタジオが倒産、何とか新会社を立ち上げ完成にこぎつけたという経緯があるので、とにもかくにもちゃんと完成してよかった。公開時期が結構延びてしまったが、それも納得できるクオリティで更にほっとした。特にキャラクターにしろ諸々のガジェットにしろ、デザイン面が良くできていたと思う。キャラクターのビジュアルが、それぞれの民族の差異を感じさせるもので、これは日本のアニメーションでは珍しいのではないかと思う。シェパードと同僚のウィリアムズは共にアメリカ人だが、ウィリアムズの方がより顔の凹凸がはっきりとした骨格で、いわゆる白人男性の風貌。シェパードはつるっとしておりアジア系っぽい。ルツィアの方がシェパードよりも顔の骨格のめりはりがあるんじゃないかなというくらいで、彼女は全身の骨格も結構しっかりとしている。いわゆるアニメの女性キャラクターのような華奢さは感じさせない(むしろシェパードの方が軍人としては華奢に見えるくらいだ)。
 また、人工筋肉を使ったアイテムのデザインがユニークさと不気味さ(有機的な部分がおそらくそう思わせる)を醸し出していて面白い。飛行機内のシートベルトにも生き物の肉体が絡みつくような雰囲気があるが、作中の人たちにとってはそれが普通だから、全員無反応という所にシュールさを感じる。また、投下用ポッドやコンタクトレンズ(デバイスを直接目に装着するからか)が使用後に液化する様には、なるほどこれが軍事用ってことね!と妙にわくわくした。
 原作を読んだ時も思ったが、映画でより強く感じたのがシェパードのナイーブさ、若々しさだ。アメリカの軍人、しかもエリートがこんなに揺さぶられやすくていいのか?というくらい簡単にジョン・ポールの言葉に心乱されてしまう。ジョン・ポールが使う「言葉」の特質はあるものの、軍人メンタリティとはそれに対して「だから何だ」と(良くも悪くも)返せるようなものではないかと思うが。シェパードは作中何度も軍人としては珍しく文系大学出身であることをからかわれるのだが、言葉の使われ方に対するセンシティブさがある。
シェパードのルツィアに対する思い入れは少々説明不足ではある。とは言え、彼が見ない、感じないようにしていたものと対面しつつもジョン・ポールが見ている世界とは別の世界を見ている人が彼女だったのかもしれない。作中、最も強く逃げないキャラクターは、彼女なのだ。
 終盤、セリフとモノローグで一気に処理してしまったところがちょっと残念なのだが、そもそも言葉量が多い原作なんだよな・・・。各人がそれぞれの思想を垂れ流すタイプの小説は、こういう部分が映像化に不向きなんだろう。それにしても、ジョン・ポールの理屈は原作が書かれた当時はそれを言っちゃあお仕舞よ、的なものとして捉えられていたと思うのだが、今やその理屈に準じるようなことをあけっぴろげに言っちゃう政治家が出てくるようになったんだもんなぁ・・・。建前の崩壊とは恐ろしい。映画の製作が遅れたことで期せずしてよりタイムリーになってしまった感がある。

『92歳のパリジェンヌ』

 92歳の誕生日を迎えたマドレーヌ(マルト・ヴィラロンガ)は、家族の前で2か月後に自ら人生の幕を引くを宣言。長男ピエール(アントワーヌ・デュレク)は猛反発するが、長女ディアーヌ(サンドリーヌ・ボネール)はショックを受けつつも、母の望む人生にしたいと心が揺れていた。監督・脚本はパスカル・プザドゥー。
マドレーヌは若い頃から独立した人で、自分で決めた信念を曲げずに生きてきたと描かれる。妻であり母である前に、まずマドレーヌという個人であるというところに、フランスにおける個人主義の在り方を見た気がした。彼女の生き方は尊敬できるが、おそらく子供の立場だったら納得できない部分の方が大きいだろう。
 マドレーヌとピエールの関係はあまりよくないのだが、これはピエールが今一ついけ好かない人(という風に演出される)だという以上に、ピエールはマドレーヌから母親として受け取りたいものを十分に受け取ってこなかったということ、2人の関係の顛末は、今までの人生に対するペナルティみたいなものだということが垣間見える。基本的にマドレーヌに対して肯定的な描き方なのだが、この点に関しては、美味しい所取りはできないよ、と示しているようでもあった。ディアーヌが母親に協力しようと決心するのは、ピエールが与えられなかったものが、彼女には与えられていたからではないかと思う。それがいいとか悪いとかいうことではなく、マドレーヌはそれを込みとして、自分の人生を生きることを選んだのだ。
 しかし、家族にわざわざ「自殺します」と前もって宣言する必要はあったのだろうかと疑問には思った。自分の意思が固い以上、遺書だけ残してこの世を去るというやり方もあるだろうし、その方が自死までの障害は少なそうだ(実際、宣言したことでピエールに家探しされて薬を破棄されるし)。家族を混乱させない為、悲しませすぎない為かもしれないが、彼女が宣言後に自死しても、種類が変わるだけで家族は悲しむし混乱するだろう。何より、彼女の願いを聞き入れたことに対する自責の念に苛まれるのではないか。彼女のやり方は、家族の理解と受容にちょっと甘えすぎたのではないかなと、家族のその後が気になってしまった。

『君の名は。』

 1000年ぶりという彗星が1か月後に地球に大接近するというニュースが流れたある日、山に囲まれた田舎町に暮らす女子高生・宮水三葉(上白石萌音)は、夢の中で東京在住の男子高校生になっており、都会の生活を満喫する。一方、東京に住む男子高校生・立花龍(神木隆之介)は、夢の中で田舎町の女子高校生になっていた。2人は徐々に、この体験が夢ではないことと、お互いの存在に気付いていく。監督・脚本は新海誠。
 新海監督作品は『ほしのこえ』(2002)が劇場公開(といってもミニシアターで特別上映という形態だったが)以来、新作が劇場公開される度に見ているのだが、決して自分好みの作風というわけではない。むしろ、毎回毎回「こ、ここどうにかならんのか・・・」という何かに耐えつつ見るという、苦行のようでもあった。好き嫌いというよりも、すごくいい部分があるのはわかるのだが、それ以上に難点が多くて美点が相殺されことに耐えきれないという感じ。それでも毎回見に行っていたのは、ほぼ個人の自主製作だったという『ほしのこえ』に、非常にいらっとさせられつつ捨て置けない何かがあったからだと思う。
 本作は、14年かけてようやくここまで来たか!という新海誠の集大成的な作品になっている。新海作品の難儀なところ、今まで伸び悩んでいた要因は、監督の作家性が欠点と一体になっている所だと思うのだが、今回は作家性を保ちつつ、それが変な方向にだだ漏れにならないように厳重にコントロールしている印象。予算規模が大きくなった以上絶対に当てていくぞ、販路拡大するぞという(監督というより配給サイドのかもしれないが。でないとあんなに宣伝に予算割けないよなぁ)覚悟と意気込みが感じられた。
 これまで私が耐えていた難点、具体的には抒情性盛りすぎ、光盛りすぎ、女性の造形が「僕の頭の中の少女」的で思い入れ過剰なのに具体性に乏しい(これは『言の葉の森』でかなり改善されたと思うが)、モノローグで説明しすぎ、脚本が大抵後半腰砕けになる、等等なのだが、これらが全部修正されていて、感無量。やれば出来る子だった新海監督。これまでの経緯から最初の期待値が低かったせいもあるけど、ここまでそこそこの規模の商業作品として完成されたものが出されてくるとは。基本、ワンアイディアで突破するタイプの作品だと思うのだが、話の段取が各段によくなっているので、見ている間は設定の穴や矛盾に突っ込もうと思わないしストレスを感じない。田中将賀をキャラクターデザインに起用したというのも大きいだろう。この人のデザインは、多分最大公約数的な適度さがあって、悪印象を与えにくいんだよな。
 ただ、挿入歌を使いすぎなのは問題だと思う。RADWIMPSの楽曲は良くできていると思うし思わずくちずさみたくなるキャッチーさだが、楽曲自体が物語性の高い作風なので、何度も使われると説明しすぎで鬱陶しい(RADWIMPSには全く責任はなく、むしろいい仕事をしているのだが・・・)。

『疑惑のチャンピオン』

 25歳でがんを発症したが奇跡的に回復し、ツール・ド・フランスで7年連続優勝という偉業を達成したランス・アームストロング(ベン・フォスター)。しかし記者のデイビッド・ウォルシュ(クリス・オタウド)は彼のドーピングを疑い取材を続けていた。監督はスティーブン・フリアーズ。
 フリアーズ監督の作品はエピソードの取捨選択の思い切りがいい。不要な部分をスパスパ割愛して、コンパクトにまとめる手際の良さがある。説明をしすぎない、もりあげすぎないのだ。結構なスピードで話が進むのだが、勢いに乗って見ることができた。実話が元になっているのだが、事件(ドーピング発覚)から結構短い期間で映画化されたなーという印象。アームソトロングのキャラの強さもあって実に映画化されそうなネタだが、もうちょっと冷却時間を置くかなと思っていたので。
 ヒーローが実はドーピングをしていた、という話ならそんなにインパクトはない。まあありそうな話だなという程度なのだが、そのドーピングがチームぐるみ、更に業界全体で行われ、隠蔽されたものだったという部分はショッキングだ。チームぐるみでというのは競技の性質を考えれば(1人がやたら強いだけではおそらく成立しないし一緒にいる時間長いし)わかるのだが、アームストロングのドーピングを他チームの選手も知っている、しかし口外しないし、それをいさめた選手はアームストロング本人からこの業界にいられなくなるぞと脅しを受ける。アームストロングは独裁者のようになっていくのだ。
 スター選手というのはここまで権力を持ってしまうものかと恐ろしくなった。多分、当時の自転車競技界に業界全体を牽引するスターが彼しかおらず、彼によって生み出されるお金が相当にあったからなんだろうけど。それにしても一選手に牛耳られる競技界というのは、もう競技の体を成していないように思う。アームストロングは自分を神話に仕立て上げたかった、業界はそれに乗っかり、何より観客が神話を欲した、というところなのだろう。持ちつ持たれつ感が漂うのには笑ってしまう。
 本作、アームストロングもチームメイトもドーピングをしている、それを周囲も知っているということをはっきりと見せているのだが、アームストロング本人の態度の描き方がちょっと面白い。彼は明確にドーピングをしているが、人前では(当然)否定する。ただそれが、隠蔽しようとしているというよりも、自分は潔白だと思い込んでいる人の身振りのように見えてくるのだ。彼の内面が、勝利に飢え自己顕示欲が強いという部分以外は殆ど見えない。自分自身を「こうであれ」という姿にどんどん偽装していくようだった。実の所どういう人なのか、見れば見るほど輪郭が曖昧になってくるような、とらえどころのない造形だった。

『教授のおかしな妄想殺人』

 哲学教授のエイブ(ホアキン・フェニックス)はアメリカ東部の大学に赴任してきたが、慢性的に無気力で全てに悲観的になっており、酒が手放せない。彼の講義を受講しているジル(エマ・ストーン)はエイブに好意を持ち接近していくが、エイブが一線を越えることはなかった。ある日、エイブは偶然悪徳判事の判決により苦しめられている女性の会話を聞く。その判事を殺して人知れず善行を成すという思いつきに夢中になったエイブは、心身ともに好調になり、ジルとも恋人関係へと踏み切ってしまう。監督はウディ・アレン。
 アレン監督は、気合が入った作品と抜けた作品とを交互(でもないな・・・近年は抜けてる方が多いかも・・・)に撮っているイメージがあるが、本作は大分抜けた方だと思う。それでもそれなりに楽しいのは、さすがベテランということか。音楽が洒落ているのと、からっとしたブラックユーモアで、後に残るものはないが見ている間はそんなに飽きない。登場人物が相変わらず、全員自分本位で好き勝手やっているが、そこが却って見ていて気楽だ。
 ホアキン・フェニックスは、最近飲んだくれている役柄ばかりこなしているような気がするが、本作ではエイブが好調になるにつれ、顔つきだけでなく体つきまで心なしか締まって見えるようになるのはさすが。また、エマ・ストーンがキュート。ジルの言動は時に結構えげつない(家族とのディナーでの会話の内容は決して品がいいとは言えない)のだが、ストーンが演じると嫌みにならない。また、気立てはいいが基本的に自分本位というキャラクターも面白い。エイブに熱を上げて積極的にアプローチするが、前々から付き合っている両親公認のボーイフレンドもおり、1人に決められないのも許されるキャラクター。自分本位なのはエイブも同じなのだが、エイブはまだ保身の為の計算高さがはっきりとしている。ジルはそのへん無意識に全部こなしている感じ。こういう役をやっても「嫌な女」にはあまり見えないところが、ストーンの強みだと思う。
 ところでアレン監督作品の登場人物は、すごいセレブとかファッション関係の人出ない限り、ワードローブが限定されていて、着まわしという概念が作品内にあるところが面白いなと毎回思う。特にヒロインの衣装が微妙にやぼったく、手持ちの枚数も限られているっぽい(本作のジルも、そこそこ豊かな家のお嬢さんぽいが、5,6着を着まわしている感じ)ところ、監督の趣味なのかしら・・・。それとも単に制作予算の関係か。

『KING OF PRISM by Pretty Rhythm』

 プリズムショー界のスターグループ“Over The Rainbow”のスタージに魅了された少年・一条シン(寺島惇太)は、彼らを追ってプリズムショー界に飛び込む。しかしOver The Rainbowのメンバー、神浜コウジ(柿原徹也)、速水ヒロ(前野智昭)、仁科カヅキ(増田俊樹)はアイドルとしての岐路に立っていた。タカラトミーアツとシンソフィアによるアーケードゲームを原作としたアイドルアニメ『プリティーリズム』シリーズの第3期、『プリティーリズム・レインボーライブ』からのスピンアウト作品。本家プリリズは女子アイドルたちが活躍するが、本作は男子アイドルたちが活躍する。監督は菱田正和。
 プリリズについてはそういうタイトルがあることを知っているくらいで、本作についても特に興味はなかったのだが、ある時点からtwitterのタイムラインに本作の感想、しかも大分狂ったテンションで何を言わんとするかわかりにくい、しかし熱量だけは目茶目茶ある感想が流れてきた。更に業界関係者の感想が熱い!これは何か見ておかないといかん気がする!というわけで事前情報ほぼない(相当クレイジーな物件だろうなーという予測はしつつ)状態で見に行った。
 で、実物を見てみたわけだが、これは確かに熱い・・・が何て表現したらいいかわからなくもなるよな!キツいアッパー系のドラッグきめた感じのツイートばっかり出てきちゃうのも最後に涅槃に飛んだみたいな感想ばっかり出てくるのもわかる!そういう風にしか表現できないわ!そもそも映画なのか?という疑問もある(途中アイキャッチが入るし予告編(多分続編製作は決定していないと思うが)がついていることからも、テレビシリーズに準ずる連続ものの体で作っていると思われる)ので、一種のイベントみたいなものと見た方がいいのかもしれない。実際「シプリズムショー」としてステージを見せるシーンが大部分を占める。
 ただ、そのショーの見せ方が、本当にどうかしている。ここまで振り切ることができるのはすごい。サービス精神が間違いなく旺盛なのにも関わらず、ついてこれない奴は振り落とすぞ!という演出方法。「見て下さい」としか言いようがないのだが、Over The Rainbowのステージでのサイクリング(何を言っているのかわからないと思うが本当なんだ・・・)の時点で、ついていけるか不安になったもんね・・・。そこをぐっとこらえて波に乗ってしまうと、妙に楽しくなってくるところが恐ろしい。明後日の方向に突き抜けているが、エンターテイメントであろうとする気迫が半端じゃない。アイドルはファンを笑顔にする仕事だという作中のテーゼと、本作製作側の姿勢が正に一致している。
 短い時間の中に大量の要素が詰め込まれている。原作はゲームなのでもちろんアイドル育成ゲーム要素があり、リズムゲーム的であり、乙女ゲーム的であり、更にバトルもの(必殺技出るし悪の組織いるしな)であり、スポ根。この盛りの良さはアニメを見慣れている人でもちょっと異様な印象を受けるのでは。アニメ、特に玩具タイアップ系のアニメを見慣れていない人には、文脈がわからないのではないかなとも思った。そういう意味ではえらくハイコンテキストなんだけど、これを読み解く観客が多数いて上映期間が3か月突入、興行収入2億5000万越え(2016.3.9時点)というから、もう日本すごいなとしか。

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