3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画え

『エジソンズ・ゲーム』

 19世紀アメリカ。白熱電球の事業化を成功させた発明家エジソン(ベネディクト・カンバーバッチ)は直流式送電による電力送電事業の拡大と新しい研究とに没頭していた。一方、実業家ウェスティングハウス(マイケル・シャノン)は交流式送電の実演会を成功させる。このニュースを聞いたエジソンは自分の発明が盗まれたと激怒し、交流式は危険だとネガティブキャンペーンを打つ。監督はアスフォンソ・ゴメス=レホン。
ウェスティングハウスとの会食の約束をエジソンがすっぽかすという冒頭から、非常ににテンポが速くどんどん話が進む。最近あまり見なくなった画面分割演出がテンポの速さと情報量をより強調しているように思った。当時の時代背景や2者が打ち出している送電システムの違い、そもそもエジソンとウェスティングハウスが何をしている人なのかなど、あまり具体的な説明はされないので、ある程度予習をしてから見た方が楽しめるかもしれない。わりと知っていて当然でしょうみたいな見せ方なので、アメリカでは言わずもがなな史実なのだろうか。
 エジソン夫妻とウェスティングハウス夫妻、2組の夫婦は対称的な描き方をされている。エジソンは自分の研究と事業に熱中して妻子のことを時に忘れてしまう。行き過ぎてしまう彼を私が引き止めるのだと妻が話すシーンもある。エジソンは幼い子供たちにとって愉快な父親ではあるのだろうが、家族として共に暮らすには少々大変な人だ。妻ともすれ違いが重なり、取返しがつかない事態になる。一方ウェスティングハウスは妻とのパートナーシップが良好。プライベートだけでなく事業の上でも、妻と車の両輪のように稼働していく。考え方も生き方も対称的な2人の人物は家庭での在り方も違うという演出だろうが、あまりウェットな感触はない。とにかくテンポが速くエモーショナルさを煽るような溜めはほぼ排除されているので、かなりドライ。見る人によっては無味乾燥に思えるかもしれない。ただ、このドライさが自分にとってはちょうどよかった(タイミング的にもドライなタッチの方が楽に見られる時期だったのかも)。
 電力事業が拡大していく様が、映像としてわかりやすい見せ方で、さすが映画だなと妙に納得した。エジソンは自分なりの理想・主義があって直流式を推し進めるのだが、交流式に押され、ある一点で主義を曲げてしまう。それがアキレス腱となって攻め落とされていくというのが(彼のネガティブキャンペーンが行き過ぎたものだったとはいえ)皮肉だ。ただ、彼の秘書(トム・ホランド)のように「あなたと仕事をするのが好きだ、楽しいから」と支え続けてくれる人もいる。人としては難物だが、職場としては刺激的だったのか。一方で、二コラ・テスラ(ニコラス・ホルト)のようにエジソンの才能を認めつつ見限る人もいる。テスラが選ぶのは、転載ではないが誠実な仕事相手であるウェスティングハウスだ。人の価値をどこに置くかという考え方の違いが、エジソンとウェスティングハウス当人だけでなく、彼らの周囲の人たちの態度からも垣間見られる。

訴訟王エジソンの標的 (ハヤカワ文庫NV)
グレアム ムーア
早川書房
2019-06-06


処刑電流
リチャード・モラン
みすず書房
2004-09-19


『エクストリーム・ジョブ』

 配信で鑑賞。コ班長(リュ・スンリョン)率いる麻薬班はドジばかりで実績を積めずにいた。国際犯罪組織の麻薬売買情報を入手した麻薬班は犯罪組織の監視に入る。そこで目を付けたのは組織のアジト前にあるチキン屋。チキン屋を装いアジトを監視しあわよくばデリバリーを装い潜入できるかも、と張り切るが、チキン屋が予想外に繁盛してしまう。監督はイ・ビョンホン。
 非常に盛りがよく、それゆえ散漫な印象もある(このネタだったらもっとコンパクトでいいのになと)作品なのだが楽しかった。落ちこぼれたちが持ち味を生かして一発逆転、というストーリーは定番なのだが、一発逆転する場がそこなの!?というおかしみがまずある。彼らは刑事としてまあまあ仕事に燃えてはいるのだが、いかんせん筋が悪い。コ班長は不死身の男伝説を持っているが、最後まで見ても捜査員としては決して切れ者ではないんだよね…。彼の才能が花開く場が店長職としてだというおかしさ、更に班のメンバーも最初は刑事の本分に反している!と反発していたのに売り上げが着実に伸びてくるとその気になって商売に身が入り、模範的な店員としてのしぐさが身に付いてしまう(モメてたのにお客が来ると「いらっしゃいませー!」と振り付きで歓待してしまうシーンに笑った)。捜査より営業と売り上げ、他店舗の店員の素行の監督だ!と完全に経営者目線に。
 それが回り回って最終的な山場を迎えるわけだが、この山場で「実は」的なキャラクター設定が開示されるのはちょっと余計かなと思った。キャラクター設定の盛りが良すぎなように思ったし、結局選ばれしものたちの話だったの?とちょっと拍子抜けしてしまった(麻薬捜査に必要な能力ってそこか?というツッコミも兼ねつつ)。人間どこでどんな才能が発揮されるかわからない、誰でも何らかの花が咲くシーンがあるはず、というポジティブさとそこから生じるおかしさだったはずなのにちょっと軸がずれてしまったような…。
 なお、班内でラブコメ的展開があるのは正直蛇足だし、センスが若干古いなと思った。仕事仲間はあくまで仕事仲間で、無理に恋愛を発生させなくていいし、そもそも恋愛が発生しそうな演出上の仕込みに乏しくて唐突に見えてしまった。単純にチーム内に男性も女性もいる、という程度でいいと思うんだけど。

エクストリーム・ジョブ(字幕版)
シン・ハギュン
2020-04-10


ブラック・クランズマン (字幕版)
ポール・ウォルター・ハウザー
2019-07-19


『影裏』

 岩手県に転勤してきた今野(綾野剛)は同僚の日浅(松田龍平)と親しくなる。2人で酒を飲みかわし釣りに出かけ、青春時代のような日々を送っていたが、日浅は突然誰にも告げずに会社を辞めてしまう。数か月後に日浅はふらりと姿を現すが、2人の関係はどこか変わっていた。原作は沼田真佑の同名小説。監督は大友啓史。
 岩手県盛岡市を舞台に、岩手出身の大友監督が撮った本作。盛岡ご当地映画でもあり、風景やさんさ踊りの情景等、映像が美しい。ただ、地元愛故に若干冗長になっていないか?という気もした。ドラマ展開はかなり抑制を利かせており(原作がそうなのかもしれないが)起伏は乏しくもある。間延びしすぎそうなところを綾野の存在感でもたせているような作品。綾野の力にちょっと頼りすぎな気もする。確かに綾野剛のあんな姿やこんな姿を見たいし撮りたいでしょうが!ちょっとやりすぎ!と突っ込みたくなった。生足そんなにさらさなくても…。
 序盤、震災後だから節電しており暗いというだけでなく、異様な不穏さ(出てくるだけで不穏さをかきたてる筒井真理子の威力よ)が漂う。そこから一転、過去に遡り、今野と日浅の交流が描かれていく。これがあまりにキラキラしていてまぶしく楽しげ。つるんでいるだけで愉快、蜜月状態といってもいいくらいの親密さなので、今野が油断してしまう、期待してしまうのも無理はないし、期待のすれ違いが切なくもある。
 まぶしい時期があったからこそ、日浅が一体何者だったのかという謎が深まる。あのまぶしさは日浅がそういう振りをしていただけ、打算によるものだったのではないかと。そういう側面もなきにしもあらずだろうが、日浅は日浅なりに今野に対する友情、誠実さを持っていたのではないか。最後、ちらっと見える書類の内容にもそれが(そこかよ!というツッコミはしたくなるけど)垣間見えるのでは。ただ、全部いい思い出、みたいな落とし方にはちょっと疑問があった。棘のようなものはずっと残るのではないかな。
 全編抑制が効いているのだが、セクシャリティの描き方はちょっとひっかかる。それが特別なことではないという配慮はされているのだが、ゲイの男性は立ち居振る舞いがフェミニンなはずという先入観があるように思った。フェミニンな人もいるだろうけどそれはセクシャリティとはあんまり関係ないんじゃないかなー。もっとフラットでいいのでは。

影裏 (文春文庫)
沼田 真佑
文藝春秋
2019-09-03



『永遠の門 ゴッホの見た未来』

 パリで全く評価されなかった画家フィンセント・ファン・ゴッホ(ウィレム・デフォー)は、弟で画商のテオ(ルパート・フレンド)の援助を受け、南仏アルルへ向かう。パリで知り合ったゴーギャン(オスカー・アイザック)に心酔し共同生活をするもやがて破綻を迎える。精神を病みつつも画業に向かった彼の見る世界を描く。監督はジュリアン・シュナーベル。
 予告編で、フランス語と英語が入り混じていたのでどういう区別の仕方をしているのか気になっていた。主演のデフォーが英語圏の人だからということが前提条件だったのだろうが、ゴッホと「世間」とのやりとりはフランス語、近しい人とのやりとりや独白は英語という区別がされていたように思う。デフォーにとっての母語が内面に深く根差す言葉として使われており、俳優の能力的な制限が逆に演出として機能しているところが面白かった。デフォーのややぎこちない(と思われる)フランス語が、世の中とのコミュニケーションがうまくいかないゴッホの生き方を表しているように思えるのだ。
 本作、とにかく「ゴッホが見ている」世界を映しているので、ここはゴッホの幻想なの現実なの?というような曖昧な描写があるし、画面の下半分がおそらくゴッホの視界としてぼやけたままになっていたりと、不思議な所が多い。いわゆる伝記映画というわけではないのだ。ゴッホの主観の世界なので、悲しみも喜びもダイレクト。人の言葉、自分の言葉が何度もリフレインして彼の中で響き続けているような演出もある。彼の目で見た自然界は美しすぎ、きらめきすぎて体が、筆が止まらないという感じが濃厚だった。ゴッホが画材を持って野山をずんずん歩いていくシーンが度々あるのだが、前のめり感がある。気持ちが体よりも先に進んでしまう感じで、この感覚はちょっとわかる。風景が美しいと気分が高揚してきちゃうんだよな。
 マッツ・ミケルセン演じる神父との対話が印象に残った。神の意志について、ゴッホが元々神職希望(父親が神父)だという史実を踏まえており、彼が評価されないまま絵の制作に取り組み続けたことへの返答にもなっているように思う。彼の最期は近年の研究を踏まえたものになっているのかな?ゴッホの死の謎を追ったアニメーション映画『ゴッホ最期の手紙』でも同様の説を採用していた。

ヴァン・ゴッホ [DVD]
ジャック・デュトロン
紀伊國屋書店
2014-02-22


ゴッホ 最期の手紙 [Blu-ray]
ダグラス・ブース(山田孝之)
Happinet
2018-08-02



『エイス・グレード 世界で一番クールな私へ』

 中学校卒業を1週間後に控えたケイラ(エルシー・フィッシャー)は無口で不器用な自分を変えようと、SNSやYouTubeに励むがなかなか上手くいかない。父親の心配はうざいし、高校生活への不安でいっぱいだ。とうとう高校体験入学日を迎えるが。監督・脚本はボー・バーナム。
 ケイラがなぜ学年の人気者の男子女子に近づきたがるのかちょっとぴんとこなかったのだが、彼女が基本的に素直で、物事をむやみに斜めに見たりしないということなのだろう。かっこよくて人気ある人には素直にあこがれる。そのあたりはわかりやすいのだ。どうせ自分なんて、とひがんで相手を心の中で貶めるようなことがない。最後に怒るのも、相手がシンプルに「失礼」だからだ。いたってまともな子なのだ。世をすねずに自分を変える努力をできるのってすごいことではないかと思う。あくまでレールの上で勝負しなければならないというのが、ちょっと息苦しいしそこから降りてしまってもいいのになとは思うが。
 私はもうケイラの父親の年齢に近いが、この年齢になってみると彼のまともさがよくわかる。ケイラに向き合い続けるのは正直なところかなり面倒くさいと思う。そこをあきらめずアプローチし続け(ここはケイラと似ている)、邪険にされても怒ったりしない。ケイラがすごく傷ついて帰ってきたときに迷わず後を追っていくが、これはなかなかできないと思う。父親が往々にして逃げてしまいがちな場面だろう。
 ケイラと知り合いの高校生との車中のある出来事が起きるが、いまだにこんなかとげんなりするし、ケイラが「ごめんなさい」というのも辛い。こう言わせてしまう世の中だというのが辛いのだ。彼女は全然悪くないのに。この件に関するフォローが作中になく、ケイラが一人で何とか飲み込んでしまうというのもちょっと悲しい。

さよなら、退屈なレオニー [DVD]
カレル・トレンブレイ
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2020-01-08


レディ・バード ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
シアーシャ・ローナン
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2018-11-21


『永遠に僕のもの』

1971年、ブエノスアイレス。少年カルリートス(ロレンソ・フェロ)は自分の天職が窃盗であることに気付く。入学した学校で出会ったラモン(チノ・ダリン)に魅了され親しくなるが、彼の父親はプロの泥棒だった。窃盗団に加わったカルリートスはラモンと共に勢いづいていき、ある時殺人を犯す。彼とラモンの行動はエスカレートし、連続殺人へと発展していく。監督はルイス・オルテガ、製作はペドロ・アルモドバル。
1971年のアルゼンチンで12人以上を殺害した、連続殺人事件の犯人をモデルにした作品。アルモドバルがプロデュースした割にはフェティッシュさ、セクシャルさは薄い。カルリートスのラモンに対する思いはひと目惚れのようなもので執着もあるし、ラモンもカルリートスに対してなんらかの思いはありそう。とはいえ2人の間にあからさまな同性愛描写はない(異性愛描写もわりと淡泊なのでそういう作風なのかもしれないが)。
 色濃い業のようなものを感じさせるのは、むしろカルリートスの窃盗癖の方だ。欲しいものは欲しいし、何で盗ったらいけないのかわからないから盗る、更に何で殺してはいけないのかわからないから殺すというスタンスが一貫している。ラモンは明確に金銭の為に盗みをやるのだが、カルリートスは盗みの為に盗みをやる。彼にとって金銭は副次的なものだ。2人の盗みに対するスタンスが違う、生きていく上での価値の置き場所が違うのだから、関係が破綻していくのも無理はないだろう。カルリートスにとってはラモンもまた「欲しいもの」で、だったら何をしても手に入れなくては気が済まないし、なぜそれをしてはいけないのかという発想はないということなのだろう。カルリートスにとっては何にせよ自分が基準で、世間の倫理や他人の感情は関係ない。邦題はかなり的確なのではないかと思う。
 色彩センスと音楽の趣味がすごくいい作品だった。色の組み合わせはビビッドで鮮やか。また、時々真顔でギャグをかますような妙なユーモラスさがある。実家に警察がすし詰めになっているシーンとか、すごく真面目なシーンなのに何か笑ってしまう。

バッド・エデュケーション [DVD]
ガエル・ガルシア・ベルナル
ギャガ
2015-03-03





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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16

『X-MEN:ダーク・フェニックス』

 X-MENの中でも強い能力を持つジーン・グレイ(ソフィー・ターナー)は、宇宙でのミッションがきっかけで更に強い力を身につけ、制御不能になっていく。周囲を傷つけることを恐れるジーンだが力は暴走し始め、X-MENの仲間たちとの関係にもひびが入っていく。更に彼女の力に目をつけた謎の女(ジェシカ・チャステイン)が接触してくる。監督はサイモン・キンバーグ。
 ファーストジェネレーションからの、若き日のプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビア(ジェームズ・マカボイ)とマグニートーことエリック・レーンシャー(マイケル・ファスベンダー)を中心としたシリーズ。しかし、毎回公開前にはすごく楽しみにしているのにいざ本編を見るといまひとつ乗れないということが個人的には続いている。残念ながら今回も同様。このシリーズ、初期のウルヴァリンを中心としたX-MENとは基本的に別物ということなんだろうけど、完全なリブートというわけでもないし、見ているうちにこのキャラクターってこんなのだっけ?この先なんでああなるの?と色々もやもやしてしまう。別物として見られるほどには制作スパンが開いていないんだよな。また、前作で色々時間軸をいじっているので、そのあとでこういう話をやられても、あれは何だったの?って思ってしまう。どういうスタンスで見ればいいのか微妙な作品だった。
 チャールズのミュータントを「代表」しようとする振る舞いや学園での指導方針は、異端と見られている彼らを世に認めさせる為にはもっともなやり方に見えるし実際成功している。X-MENはヒーローとして人気者になっていく。しかしそれは、常に一般人の役に立つミュータントであれと強いることでもある。無害で役につ存在でなければ人間の仲間として認められないというのは、本当に平等とは言えないだろう。レイヴン(ジェニファー・ローレンス)のように普通に静かに生きたいと願うものや、ミュータントであるが特に秀でた能力・役に立つ能力を持っているわけではないというものはどうすればいいのか。そもそも能力を使うのも使わないのも当人の自由だろう。同じマーベルコミックのヒーローであるスパイダーマンには「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉があるが、あれはヒーローを人間から差別化することでもあるんだよな・・・。本作のラストも、能力が過ぎるともう人ではいられない、この世にはいられないという結論になってしまうものなので、X-MENというシリーズのスタンスとしてこれでよかったのか?ともやもやした。
 このシリーズ、チャールズの「持っている」人間故の独善性が垣間見られるシリーズでもあったが、今回ははっきりと、彼のその行為は独善である、独りよがりであると指摘している。もう「お前そういうとこだぞ!」と突っ込めないかと思うと少々さびしくもあるが。

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2018-03-16







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2015-07-15

『映画刀剣乱舞』

 人間の姿を得た刀「刀剣男子」たちと、彼らを束ねる主神者。その役割は歴史の流れを変えようと企む時間遡行軍の企みを防ぐことだ。本能寺の変から織田信長を逃がして歴史を変えようという時間遡行軍の動きを阻止した刀剣男子たちだが、信長が生きているという知らせが届く。刀剣男子たちは歴史を守る為に再び過去へと旅立つが、時間遡行軍は執拗に歴史に介入してくる。三日月宗近(鈴木拡樹)は単身、ある行動に踏み切る。監督は耶雲哉治。
 アニメ特撮ファンなら一度は触れているであろう小林靖子脚本ということで、刀剣乱舞に関する知識はほぼない(ゲーム未体験、基本設定とキャラクターは多少知ってる)状態、2.5次元ほぼ未体験状態で見に行ったのだが、思いのほか面白かった。特撮に対する耐性が多少あれば大丈夫なのでは。2次元を無理矢理3次元にするという荒業だが、刀剣男子という存在が人間とは違う何かだというエクスキューズがあるので、あまり気にならない。信長を演じる山本耕史や秀吉を演じる八嶋智人は明らかに2.5次元ではない佇まいと演技プランなので、異種混合戦みたいになっているのだが、うまく摺りあわされていると思う。衣装をはじめ、美術面がそれなりにお金がかかっている風合いになっているのもよかった。モブの兵士たちの動きもこなれ感あるもの。全般的に素人くささがない。やっぱり予算は大事だな・・・。
 本能寺という大分手垢の付いたネタを使いながらも、歴史とは何かというテーマを踏まえた上で、三日月というキャラクターを深堀りしていく(ファンにとっては言わずもがなで深堀りということはないのだろうが、初心者にとってはキャラクターがどんどん立ち上がっていく感があった)、それを100分程度に収めるという脚本のまとまりのよさには感心した。だらだら長くなったり第2弾への目配せみたいなものを一切残さない潔さ。単品として成立させている。
 刀剣男子たちは元々「物」で人間とは生きる時間の尺度が違う、それによる哀愁を行間から読み取れるという所が、作品ファンにとってのフックの一つなのかなと思った。彼らを所有していた人間たちは、皆先にいなくなってしまう。そして、彼らを束ねる審神主も例外ではない。本作の三日月はいささか疲れた、人生に倦んだような雰囲気を醸し出しているように思える。ある事情が追い打ちをかけ、人間たちに置いていかれること、歴史の枠外に延々と居続けることへの疲れが表面化していくように見えた。が、そこから歴史とは何ぞやと言う点も含めて見方を反転させる。ストーリーの流れと三日月というキャラクターの内面の変遷が上手くリンクしてるのだ。何しろ人(いや刀なわけだけど・・・)は1000年生きてもなお変化するし成長する、依然としてこの先の可能性があると言いきってしまうようなものだから、とてもポジティブで後味がいい。







『エンジェル、見えない恋人』

 姿の見えない少年エンジェルは、ある日、森の中の大きな屋敷に住む盲目の少女マドレーヌと出会う。盲目故に、マドレーヌはエンジェルが透明であることに気付かず、普通の人間として接する。やがて心を通わせ合う2人だが、マドレーヌは姿を消す。やがて月日がたち、大人になったマドレーヌ(フルール・ジフリエ)が屋敷に戻ってきた。しかしマドレーヌは手術によって視力を取り戻しており、透明なエンジェルには気付かない。監督・脚本はハリー・クレフェン。
 エンジェルの母親(エリナ・レーヴェンソン)がある出来事で傷心しているらしく、更に子供を身ごもっているという所から物語が始まるのだが、映し出される出来事の背景の説明は殆どない。とは言え、エンジェルの母親は手品師のアシスタントをしていたが手品師が失踪、おそらくその手品師がエンジェルの父親だろうとなんとなくわかる。母親はどうやら病院に収容されており全く外出は出来ないらしいこと、他の人にはエンジェルの存在は秘密にされていることもわかってくる。しかしそういう状況なので、母親が精神を病んでおり、子供がいるという妄想を抱いているようにも思えてしまう。彼女の妄想が、全くの他人であるマドレーヌに伝染(マドレーヌの場合は子供ではなく友人/恋人なわけだが)しているようにも見える。多分作っている側としてはロマンティックなおとぎ話のつもりなのだろうが、どこか不穏に感じられた。
 不穏さのもう一つの原因は、フライヤーやポスターのイメージよりも格段にエロティックなことだろう。ほとんどシーンがエンジェルの主観によるものだが、母に対してもマドレーヌのクロースショットが多い。母やマドレーヌにとって、目に見えないエンジェルの姿を感じるには触れられる、体温が感じられる距離に近付くほかないので間近になるのだろうが、肌のきめの映し方や吐息の捉え方がどこか官能的。最近見た映画の中で、突出して乳首ショットが頻出するのには笑ってしまった。透明な赤ん坊であるエンジェルが母乳を吸うと乳首だけが動いているように見えるという、それ結構手間かかるんじゃないかと思うけどわざわざやる必要あります?!というフェティッシュを感じさせるショットも。裸のマドレーヌとエンジェルが抱き合うシーンでも同じようなショットがあった。何なんだろうこの拘りは・・・。
 エンジェル視点のショットが殆どなので、彼の欲望がそのまま可視化されているとも言える。特にマドレーヌが上半身裸で眠っているシーンや入浴しているシーンは、無防備な姿を覗き見しているようで(というかエンジェルはその存在を彼女に明かしていないので実質覗きなんだけど)危うい。真実を知ったマドレーヌがショックを受けるのは、エンジェルが透明だからというよりもこういった行為をされていた(可能性がある)ということに対してでは。

神様メール [DVD]
ピリ・グロワーヌ
KADOKAWA / 角川書店
2016-10-19


シェイプ・オブ・ウォーター オリジナル無修正版 2枚組ブルーレイ&DVD [Blu-ray]
サリー・ホーキンス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-06-02


『SPL 狼たちの処刑台』

 香港の警察官リー(ルイス・クー)は、娘ウィンチーがタイのパタヤで失踪したと知らされる。タイに向かったリーは、現地の警察官チュイ8ウー・ユエ)に捜査に同行したいと頼み込む。ウィンチーは臓器密売組織に攫われ、政治家や警察も関与しているとわかってくる。監督はウィルソン・イップ。
シリーズ前作『ドラゴン・マッハ!』(シリーズ間のストーリー上の関連はなく、それぞれ独立したお話ですが)では、アクションシークエンスが頭おかしいんじゃいかというレベルの凄さで圧倒された。 それをベースに期待しすぎてしまったのか、本作は自分の中であまり盛り上がらなかった。本作もアクションシーンに見応えはある。ただ、基本的にカメラはクロースでほぼ1対1の格闘で、というわりとオーソドックスなもの。すごく痛そうではあるが、さほど新鮮味を感じなかった。古き良き時代の香港アクションを更に強化していったという印象。クラシカルと言えばいいのだろうか。
 ストーリーもリーの娘探しを中心とした割とコンパクトなもので、全体的に小粒で枠からはみ出てこない。本作にそういう印象を持ってしまうくらい、前作が異形だったということかもしれないけど・・・。リーと娘の関係を中心にしたストーリーの掘り下げと、アクションの乱れ打ちとが足を引っ張り合っている印象も受けた。ウィンチーがタイを訪れた理由は、リーからしてみたらやりきれないものがあるだろう。父親と言う存在に対して、あまりにも希望がない。リーは一貫して悲壮感をまとっているのだが(そしてルイス・クーはこういう痛々しさが良く合うのだが)、そりゃあ、ああいうラストにならざるを得ないだろうと思った。
 なお、トニー・ジャーが共演しているものの、出番が少ない!客演扱いだったにせよこれだけ?!その点でもちょっとがっかりだった。


ドラゴンxマッハ! [Blu-ray]
トニー・ジャー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-06-07

96時間 [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16


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