3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画い

『愛しのアイリーン』

 42歳実家在住、田舎のパチンコ店勤め、独身で恋愛経験なしの宍戸岩男(安田顕)は、ある日姿を消し、父親の葬式の日に帰宅した。彼はフィリピン人の妻アイリーン(ナッツ・シトイ)を連れてきたのだ。岩男を溺愛してきた母ツル(木野花)は大反対し、喪服姿でアイリーンにライフルを向ける。原作は新井英樹の同名漫画。監督・脚本は吉田恵輔。
 とにもかくにもツル役の木野花が強烈で一気に引き込まれる。もはや飛び道具で、木野を見ているだけでも面白い。主演の安田もでろっとした眼差しや重たい存在感が見ている側の神経を逆なでする。ここ数年での安田の確変振りには目が離せないのだが、本作で一つの路線を極めたなという感がある。
 原作が描かれてからそこそこ経年しているので、いい加減古びて見えるのではないかなと思ったが、描かれる問題が全く古びていないことにげんなりした。女性かつフィリピン人であるアイリーンに対する侮りと差別。女性はセックスありきの存在で、拒むと逆恨みされる様。また男性にかけられる結婚・家庭作りのプレッシャーと「いい嫁」の強要。そして金とセックス。日本の村の地獄がだだ漏れだ。村と言っても、具体的な地域というよりも、日本(だけじゃないだろうけど)社会の根底に流れる村的なメンタリティと言った方が正しいのかもしれない。そこそこ都会が舞台になったとしても、何らかのコミュニティに所属している以上、似たようなことが起きそうだなと思った。様々なものを突き抜けたラストですら、古典的な日本の村!ツルが体現するような強力すぎ、いきすぎな母性は、時代も場所も関係ないだろうし。岩男をどこまでも追ってくる、本人はそれをよかれと思っている所が、愛ゆえとわかっているからこそ怖い。
 アイリーンにちょっかいをかけるヤクザ塩崎(伊勢谷友介)の行動が印象に残った。彼はフィリピン人であった母親を金で買って食い物にした日本の男、日本の社会を恨んでいる、にもかかわらず、自分も恨んでいる相手と同じようなことをやっている。自分が恨む日本の社会、男性主体のシステムに取り込まれてしまっているのだ。そのアンビバレンツに葛藤はないのだろうか。アイリーンが突っ込みかけるが強制終了されてしまうので、その先が見てみたかった。
 それにしても、岩男の結婚したい=いつでもセックスできる相手が欲しいという渇望が強すぎて大分辟易とする。本作で岩男と関わる女性たちは、実母であるツルを除き皆セックスの対象としてしかとらえられていない。アイリーンとの間に愛らしきものが漂う瞬間はあるのだが、かき消されてしまう。アイリーンが日本語を学ぼうとするのと対象的に、岩男はアイリーンの母語も英語も学ぼうとはせず、一個人としてのアイリーンのことを知ろうとはしない。岩男の態度がもう少し違ったものだったら、愛らしきものが愛になる様を見ることが出来たのかもしれない。

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『1987、ある闘いの真実』

 1987年1月。韓国は全斗煥大統領による軍事政権下にあった。パク署長(キム・ユンソク)率いる南営洞警察は、北分子を排除するべく拷問まがいの厳しい取り調べをしていた。そんな中、行き過ぎた取り調べの中でソウル大学の学生が死亡する。警察は死因隠蔽の為早急な火葬を申請するが、チェ検事(ハ・ジョンウ)は疑問を抱き、上層部の圧力を押し切り検死解剖を実行。拷問致死だったことが明らかになると、警察は担当刑事2人の処分でことを収めようとする。これに気付いた新聞記者や刑務所看守らは真実を公表するべく奔走し始める。監督はチャン・ジュナン。
 韓国民主化闘争の中の実話を映画化した群像劇。エンドロールでは当時の映像も使われている。時代の雰囲気の再現度はかなり高いのではないかと思う。女性たちのファッションや女子学生の部屋においてある小物類等の80年代感が懐かしかった。当時の韓国の政治状況を知らなくても面白く見られる。今この国がどういう状態なのか、この組織は何をやっていてこの人はどういうポジションなのかという情報の提示の仕方が整理されており、映像と登場人物のやりとりだけでちゃんと背景がわかる。非常に整理された脚本だと思う。登場人物の名前と属性を字幕で表示するのもありがたかった。
 学生の死の真相解明は、特定の誰かが戦闘に立って行われたわけではない。ストーリー上、警察V.S.検事という構図になりそうなところだしもちろんそれはストーリーの一部ではあるのだが、全てではない。チェ検事が孤軍奮闘する一方で、死んだ学生が収容されていた刑務所の看守も何とか情報を外部に伝えようとしているし、新聞記者たちはチェ検事や学生の死亡確認をした医師からのリーク元に取材を続ける。元々は関係なかった複数の人たちの行動が、偶然に助けられなんとか繋がっていくのだ。その繋がりは細く危なっかしいが、真実へと辿りつく。もしこの人が勇気を出さなかったら、あの人が脅しに屈していたら、途中で途切れてしまったものだ。その綱渡り状態がスリリングであると同時に、なんとか真実の公表を実現し現政権に切り込もうとする人たちの奮闘には胸が熱くなった。こういう経緯を経て民主化したなら、権力への不信は常にあるだろうし、それ故に監視しなければならないという意識が強くなるんだろうと理解できる。民主主義がタフなのだ。
 非常にベタな演出(終盤の逆光の使い方とか教会の鐘の音とか、これをあえてやるのか?!と突っ込みたくなるくらい)が多発する作品なのだが、この熱量にはベタを重ねるくらいでちょうどいいのかもしれない。終盤ではベタだなーとわかっていても目頭熱くなる。
 警察は「反共」をモットーに北分子を徹底的にマークするのだが、彼らがやっていることは、パク署長が話す北の状況と妙に似通っている。彼は自分がやられたことを、学生ら相手に再現しているように見えた。最早反共という趣旨からずれている。どんなイデオロギーであれ、権力者は自身の権力に拘泥し腐っていき、権力のおこぼれにあずかろうという人は後を絶たない。こういう中で、「買われない」「飼われない」でいるのは何と難しいことか。弱みに付け込んでくる強者には本当に腹が立つし悔しくてたまらなくなる。




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『インクレディブル・ファミリー』

 特殊能力を持ち、密かにスーパーヒーローとして悪と戦うバー一家。しかしある出来事をきっかけにヘレン(ホリー・ハンター/黒木瞳)がイラスティガールとして1人でヒーロー活動をすることになった。家事・育児を任されたボブ(クレイグ・T・ネルソン/三浦友和)は悪戦苦闘・疲労困憊。そんな中、謎の敵スクリーンスレイヴァーが現れる。監督はブラッド・バード。
 Mr.インクレディブルことボブは、本当にヒーロー活動が好きなんだなーと良くも悪くもしみじみ思った。今回、ヒーローとしての活躍はイラスティガールがメイン、しかもイラスティガールの方がスマートな振舞で頭も切れる様を見せているので、彼女の活躍をTVで見るだけのボブはいてもたってもいられない。嫉妬する様には心が狭い!器が小さい!となじりたくなるが、生きがいを棚上げされているって辛いよな・・・。ただ、そのあたりの葛藤はわりとさらっと流されている。その葛藤、ヘレンがずっと感じてきたことかもしれないよ?ということにはボブは気付いていないのかもしれない。
 ヘレンも本当はヒーロー稼業を愛しており、存分に活躍したいのだということは、エヴリンとのやりとりでも明らかだし、だからこそ夫・兄そっちのけの彼女との協力体制で満たされるのだろう。今回、ヘレンがすごく生き生きとしているのだ。
 本作、美術、音楽が素晴らしい。60年代あたりをイメージしたデザインなのだろうが、ミッドセンチュリー風のインテリアがしゃれている。豪邸の「あの頃イメージした未来的住宅」といった趣もちょっと笑っちゃうくらい楽しかった。またサウンドトラックの「あの頃」感のブレなさに唸った。あの当時のスパイ映画、サスペンス映画、アクション映画のサントラってこんな感じじゃなかった?!というもの。特にエンドロールで流れる各ヒーローのテーマ曲が楽しい。フロンゾのテーマなんて、あのキャラクターであの時代感だったら、そりゃあこうくるよな!という感じ。


『いつだってやめられる 怒れる10人の教授たち』

 大学での職を失い、各分野の研究者である仲間たちと合法ドラッグ製造で一儲け企んだものの、逮捕されてしまった神経生物学者ピエトロ・ズィンニ(エドアルド・レオ)。パオラ・コレッティ警部(グレタ・スカラーノ)は彼に、犯罪歴の抹消と引き換えに捜査に協力しないかと持ちかける。新たなメンバーも加わり、世間に出回る新型合法ドラッグの製造元特定に挑むが。監督はシドニー・シビリア。
 序盤がやたらと展開早く情報を詰め過ぎているように見えるが、本作はシリーズ2作目。1作目での出来事を踏まえた上で、若干振り返りつつ2作目のストーリーも展開していくので、かなりごちゃごちゃした感じになっている。わざわざ現在から遡る見せ方にしなくてもよかった気がするんだけど・・・。
 ピエトロ一味の個性豊かな面々が次々と登場するのは楽しいのだが、シリーズ2作目だからか1人1人の紹介の仕方は意外と大味。また、それぞれの研究者としての専門分野とスキルが一致しているのかしていないのかよくわからない・・・。このあたりの設定、わりと雑なのではないだろうか。ピエトロは神経生物学者だけど(少なくとも本作中では)そこまで神経生物学の分野の話って出てこなかった気がする。ドラッグを製造する前作での方が、それぞれの専門の話が出てきたのか。
 楽しいことは楽しいが、キャラクター設定にしろストーリー展開にしろ、良く言えばおおらか、悪く言えば雑。ドラッグ製造組織を次々特定し乗り込んでいくくだりなどは、そんなに手順を丁寧に見せる気ないんだなというのがすごくよくわかって逆におかしい。また、コレッティのキャラクターが、いわゆる「花を添える」という女性キャラでは全然なくて、野心満々でピエトロたちを平気で使い捨てようとするし、全然思いやりがないところが面白い。ピエトロらとロマンスの生まれようがない感じがよかったし、男性キャラでも置き換え可能な所は現代の映画だなと思った。

 
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『犬ヶ島』

 ドッグ病が大流行するメガ崎市では、人間への感染を防ぐ為という名目で、全ての犬を犬ヶ島に追放することを小林市長(野村訓市)が決定。愛犬スポッツ(リーブ・シュレイバー)を奪われた市長の養子アタリ(コーユー・ランキン)は、単身犬ヶ島へ渡り、スポッツを連れ戻そうとする。島で出会った5匹の犬たちとスポッツを探すが、大人たちの陰謀が彼らを巻き込んでいく。監督はウェス・アンダーソン。
 アンダーソン監督の作品は、まずスタイルありきというか、強固なスタイルが中身を規定してしまっているような部分があって、そこが好みの別れるところではないかと思う。ドラマの組み立てがふわふわしていても、外枠があまりに強くて作品が成立しちゃう感じ。本作はストップモーションアニメの極北(犬の毛が風にたなびく様を表現しようとするのって、よっぽどだよな・・・)とでも言いたくなる緻密さとユニークさ。アニメーションの動きの部分だけではなく、動かない部分、動きと動きの間の部分の活かし方に注力しているように思う。動きがぎくしゃくする、制限されていることによる面白みを作り手がよく理解しているんだろうな。なめらかなだけだと、すごい!で終わってしまいそう。ミニチュアール的な面白み、魅力を引き出すには、ちょっとぎくしゃくしているくらいの方がいいのかもしれない。
 「少年と犬」というジャンルがあるなら、本作もその一つだろう。犬は犬の言葉、人間は人間の言葉で話し、お互いに言っていることが理解できているわけではない。でもなんとなく気持ちは通じ合っておりコミュニケーションが成立しているというニュアンスの出し方、また人の声に対する犬の反応やしぐさ等、犬と暮らしている人ならもっとぐっとくるところがあるのかなと思いながら見た(私は動物飼ったことがないので)。犬を追放する側は例によって猫を飼っているのだが、犬猫対立させなくてもいいのになぁ。犬も猫も両方そこそこ好き、という人の方が絶対にどちらかの派閥だという人よりも多いのではないだろうか。メガ崎市、猫が増えたら猫ヶ島作って猫を追放しそうだし・・・。
 市長の陰謀やデマによる世論のコントロールなど、昔からありがちな戯画的なもので特にとんがっているわけでも世相に切りこむ意図を持ったものでもないと思う(時代に関わらず普遍的なものだろう)のだが、期せずして今の日本にフィットするような雰囲気になってしまったような気がした。作中では、若者たちが真相究明しようとするけど・・・。市長が自ら自宅の犬(アタリの愛犬なわけだけど)を追放するあたりは、太平洋戦争の家畜徴用みたいでぞわっとする。

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『イカリエ-XB1』

 太陽系外での生命探査の為、アルファ・ケンタウリ系を目指して旅立った宇宙船・イカリエ-XB1。目的地へ近づく中、漂流中の朽ちた宇宙船を発見する。それは20世紀に地球から旅立ったものと見受けられたが、乗組員たちは全員死亡していた。監督はインドゥジヒ・ポラーク、1963年の作品。原案はスタニスワフ・レムの小説『マゼラン星雲』。
 デジタル・リマスター版を鑑賞したが、今見てもスタイリッシュで、白黒のバランスが非常に美しい。映像美的な部分だけでなく、当時のSF表現としては(デザイン的にもSF考証としても)最先端だったのだろう。上記にあらすじを書いてはみたが、大きな事件が起こっているはずなのに妙に淡々としていて、悲劇も喜劇も長い旅路の中の1幕でしかないというクールさが感じられる。限られた人数で長期間生活していると、このように変化していくという様を観察しているようでもあった。食事の微妙さとか、栄養素を強制的に摂取させられるところとか、妙な生活感が踏まえられているところも面白い。ちょっとしたストレスや違和感がじわじわ増殖していく感じが不安をあおるのだが、このあたりの描写は現代では最早定番なのでは。
 全般的に、なぜだか死の匂いが漂っている。具体的な死、死体の描写があるからというよりも、その死体が置かれている状況の無常感により醸し出されるものではないかと思った。この死体(と死体のある環境)、20世紀の遺物のような扱いなので、20世紀は死の時代であった、その時代の匂いがまだイカリエを追いかけてきているということなのかもしれない。逆に、本作が作られた当時(1960年代)は、その先の時代(本作は23世紀あたりが舞台)への希望があったってことなんだろうなぁ・・・。本作、死の匂いはあるものの、基本的には未来、また未知の存在への希望、ないしはそれに対峙していく勇気みたいなものを含んでいると思う。それは原作のテイストなのかもしれないが。

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『Infini-T Force ガッチャマン さらば友よ』

 界堂を倒して自分たちの世界を取り戻し、それぞれの世界へと戻ったガッチャマン=健(関智一)、テッカマンン=城二(櫻井孝宏)、ポリマー=武士(鈴村健一)、キャシャーン=鉄也(斉藤壮馬)。しかしある異変により、笑(茅野愛衣)と共に再び時空を超えて一つの世界を訪れる。そこは人類の敵ギャラクターと、それに対抗する科学忍者隊が戦い続け、その末にこの世界の健をはじめとする科学忍者隊は死亡。彼らを創造した南部博士(舩越英一郎)は現れたヒーロー4人に対して、君たちは敵だと告げる。更に健の仲間だった科学忍者隊の一員“コンドルのジョー”(鈴木一真)が現れる。監督は松本淳。
 TVシリーズのダイジェストが序盤20分くらいを占めるのだが、編集の出来があまりよくない。これだったら、映像にナレーションをかぶせて言葉主体で説明してくれた方があらすじとしてわかりやすかったんでは・・・。TVシリーズ自体、ストーリーや設定がわかったようなわからないような話だったからな・・・。今回はガッチャマンがいる世界線が複数存在すると認識しておけばまあまあ大丈夫かと思うが。
 制作側が意識したのかどうかわからないが、TVシリーズに続き本作も、トチ狂った父親(的な存在)と闘う話だ。とは言え、父親の庇護から笑が独立していく物語だったTVシリーズに対し、科学忍者隊を作った南部博士は健やジョーにとって父親的な存在であると同時に共に戦う同志的存在。仲間割れといったほうが近いのか。健は教科書通りの「正しさ」を主張する人でしかもそんなにクレバーではないので、チームメイトとして一緒に戦うのは色々疲れそうではあるなぁ・・・。
 相変わらずゲームのムービー画面的な質感のアニメーションで、正直なところ大画面で見る醍醐味はさほどない(配信でもいいんじゃないかなというくらい)。ただ、モーションキャプチャーを使っているからか、組み合い等のアクションには意外と重さがあって、肉体感が感じられ悪くない。体に厚みがあるキャラクターデザインなので、肉弾戦が映える。
 なお、ゲスト出演の舩越英一郎が上手い!本業声優に交じっても違和感が全くなかった。演技における「キャラ」感をわかっている人なんだろうなー。鈴木一真はちょっとつたないんだけど、ジョーのキャラクターにはあっていると思う。

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『イップ・マン 継承』

 1959年、香港。詠春拳の師父として地位を築き、周囲からも尊敬されるイップ・マン(ドニー・イェン)は妻ウィンシン(リン・ホン)と息子と暮らしていた。しかし、息子の通う小学校を立ち退きさせようと、英国人フランク(マイク・タイソン)の手下が執拗な嫌がらせをしてきた。学校を守ろうとするイップ・マンだが、息子が巻き込まれてしまう。そして彼の妻もある問題を抱えていた。監督はウィルソン・イップ。
 『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』に続くシリーズ三作目。
本シリーズはどれも美術が素晴らしいのだが、本作もセットも衣装も素晴らしい!第二次大戦後、好景気で沸く香港の街並みは、建物に繊細さとどこかヨーロッパ風でもある異国情緒(イギリスの影響だろうから複雑ではあるけど)があって美しい。また、イップ・マンの自宅のインテリアの作りが細やか!ほどよくお金があり、かつきちんと手を入れて暮らしている雰囲気が出ている。ウィンシンの衣装も、どれも華美ではないがおしゃれで楽しい。 こういう所に予算を割いて映画を作れるって、やっぱりいいものだなとしみじみとした。
前2作では自分の拳を確立しようと模索していたイップ・マンだが、本作では「詠春拳の師父」としての地位は盤石で、がつがつしていない。弟子に稽古をつけるシーンも作中にはない。いわば「あがり」の状態だ。だからこそ、息子の学校が安全であるよう手を尽くすといった、地域活動みたいなものに専念できるわけだろう。ただ、これから同じ道でのし上がってやろうという野心に燃える人にとっては、イップ・マンの余裕は癇に障るものでもあるだろう。息子の同級生の父親で、同じく詠春拳の使い手であるチョン・ティンチ(マックス・チャン)がイップ・マン宅を訪問した時の表情には、屈託が滲んでいる。そりゃあ、同じ流派で腕も劣らないと自信があるのに、何で自分だけって思っちゃうよなぁ。とは言え、チョンは野心家だが拳に対しては彼なりのまっすぐさがあり、イップ・マンとお互いのまっすぐさをぶつけ合うクライマックスは爽快だ。マックス・チャンがやたらと色気を垂れ流す(ドニーについては言うまでもなく)ので、ちょっとくらくらしてくるが。
 カンフーアクションはもちろん見応えがありとても愉快。拳法で戦うという部分は毎回同じではあるのだが、今回はこういう風にしてみよう、みたいな新鮮味を出す為の工夫が感じられる。エレベーターからの階段経由の一連のアクションは、階段で「踏みとどまる」足の描写をいちいち入れるあたりが面白かった。
 本作、カンフー映画ではあるが、同じくらいの注力度で夫婦の愛と絆が堂々と描かれており、なんだかぐっときた。イップ・マンのある局面での選択は、王道アクション映画だったらやらないんじゃないかというものなのだが、彼にとっては、もう一方の方がもっと大事なのだ。また、ウィンシンも、イップ・マンにとって拳がどういうものなのか、よく理解している。詠春拳をふるうのはイップ・マンだが、その道はイップ・マンとウィンシンが一緒に戦い、守ってきたものだと明言するような作品だった。2人が並んで歩いていく後姿に、つい感動してしまった。ここまで真向から夫の妻への愛を描くカンフー映画って、なかったんじゃないかなー。

『五日物語 3つの王国と3人の女』

 ロングトレリス国の女王(サルマ・ハエック)は不妊に悩み、犠牲と引き換えに怪物の心臓を食べて男の子を授かる。怪物の心臓を料理した下女も同時に妊娠しており、男の子を産んだ。2人の男の子は兄弟のように育つ。一方、ストロングクリフ国で染料仕事をしている老姉妹。姉は美しい歌声を彼女の姿を知らない王(ヴァンサン・カッセル)に見初められ、不思議な力で若さを取り戻し王宮に入る。そしてハイヒルズ国の王女は城の外に出る為に結婚を切望していたが、王の謎かけを解き結婚の権利を得たのは“鬼”だった。監督・脚本はマッテオ・ファローネ。
 衣装とセット、ロケ地が、中世スペインかイタリアのようでいてどこでもないような雰囲気で素晴らしい!撮影もとても美しく、全般的にゴージャス。しかし、ファンタジーとは言っても本来の昔話の味わいの強い、血と土の臭いがするもの。時にグロテスクで不条理だ。近年増えた「実は○○だった昔話」とは一味違う。原作は17世紀にイタリアで書かれた民話集『ペンタメローネ 五日物語』だそうだ。『ゴモラ』の監督が本作のような作品を撮るというのが意外だった。
 3つの物語から成る作品だが、物語の中心にいるのは3人の女性だ。どの人も、それぞれ欲望を抱いている。ロングトレリス国の女王の前に現れた老人は、望みを叶えるには犠牲が必要と言う。彼女らは何が犠牲になるのかわからないまま、望みの為に邁進してしまい、それが思わぬ結果を呼び寄せる。特に老姉妹のエピソードは、王の好色さ(カッセルって本当に好色な役が似合うな・・・)下種さと相まって痛ましい。
ラスト、燃える綱の上を曲芸師が綱渡りするシーンがある。美しいが危うい。人の人生もまたこのように危ういものという暗喩のようでもあった。
 しかし最も昔話、おとぎ話っぽいのは、ハイヒルズ国王が飼育していたある物だろう。よ、よりによってそれか!人によっては卒倒しそうだけど見ているうちになんとなく可愛く見えてくるから不思議だ。クリーチャーの造形にはさほど気合が入っていない(意外とシンプル)なところに逆に味があった。
 なお、若返った老姉妹の姉が森の中に立ちつく姿が、なんとくなくマックス・エルンストの絵(「花嫁の装い」あたりの)の一部みたいに見えた。赤毛のつややかさ、ボリューム感とその隙間から見える肉体の質感がそう思わせたのか。

『怒り』

 東京・八王子で、若い夫婦が自宅で殺害され、現場に「怒」という血文字が残される事件が起きた。容疑者は顔を整形してどこかへ逃亡したと見られ、警察の捜査は頓挫していた。1年後、千葉の漁港で暮らす洋平(渡辺謙)と娘の愛子(宮崎あおい)の前に、田代(松山ケンイチ)という青年が現れる。東京の大手企業会社員の優馬(妻夫木聡)はなりゆきで大西直人(綾野剛)を居候させる。沖縄に転校してきた高校生の泉(広瀬すず)は、無人島でバックパッカーの田中(森山未來)と知り合う。同じころ、警察は八王子事件の公開捜査に踏み切り、TVで整形後の犯人の似顔絵が公開された。原作は吉田修一の同名小説。監督・脚本は李相日。
 監督も役者も全力投球した力作なのはわかるが、全ての部分が全力なので、作品全体としては却って平坦な印象を受ける。やはり緩急とか抜け感とかって必要なんだなーと改めて思った。また、李監督が本作と同じく吉田修一原作を映画化した『悪人』でも思ったのだが、クライマックスを無駄に引き延ばす、盛りすぎる傾向があるように思う。ボリュームのある原作をせっかくタイトにまとめることが出来たのに、こういう部分で冗長になるのはとても勿体ない。私がどちらかというと引き算に引き算を重ねたような映画の方が好きだから、というのもあるかもしれないが、盛られすぎると少々興ざめする。
 とは言え、面白かった。素性の分からない3人の男のうち、誰が八王子事件の犯人なのか?というミステリ的な導入はあるものの、これはむしろミスリードだと思う。物語として誰が犯人かは一応わかるが、わからなくても本作の核の部分は変わらない。重要なのは、犯人「ではなかった」時の方なのだ。自分はこの人を信じきれなかった、その上で関係を築いていけるのか?自分はどうすればいいのか?という問題を突きつけてくる。自分の中にある卑小さ、弱さと向き合わざるを得ない。相手を疑った、その結果相手を裏切ってしまったということをどう越えていくか、ないしは越えられないのかという部分が、本作の一番の見所なのだと思う。
 その意味では、優馬のパートは原作に比べてちょっと弱いのが残念。微妙なニュアンスが色々抜け落ちてしまっている。対して、内容をシェイプした上で核がぶれていない洋平・愛子のパートはよかった。


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