3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画あ

『新しい街 ヴィル・ヌーヴ』

 アルコール依存症の詩人ジョゼフ(ロバート・ラロンド)は、かつて家族で過ごした思い出の地に離婚した元妻エマ(ジョアンヌ=マリー・トランブレ)を呼び出す。街ではケベック州独立運動が高まっていた。監督はフェリックス・デュスル=ラペリエール。レイモンド・カーヴァーの短編『シェフの家』にインスパイアされた作品だそうだ。
 ジョゼフは海辺の家で家族と過ごした時間がよっぽど懐かしいのか、この場所に拘っている。ここでエマと一緒に過ごせばあの時間を取り戻せるのでは?という淡い期待が見え隠れする。しかしエマにとっては既に過ぎた時間であり、良い思い出かもしれないがそれ以上のものではない。文筆家としてどうやらジョゼフより活躍しつつあるエマが見ているのは未来だ。2人が過ごす海辺の家での時間は一見穏やかなのだが、それぞれの視線は過去と未来、逆方向を向いており重なり合うことはない。それぞれのモノローグでそのすれ違いが露わになっていくのだ。
 2人の休日の背景にあるのは、住民独立運動だ。1995年にカナダのケベック州で実際にあったそうで、現実の投票では1%差で独立否決。本作中では逆に可決された世界になっている。地域の独立が、ジョセフ一家それぞれの独立と重なっていく。不安さの中にもその先の時間が見えるような、不穏だけど暗くはない余韻。
 アニメーションとしてとても魅力がある。線もフォルムも揺らぎ続ける手書きのタッチが、ジョゼフとエマの揺らぎ続ける心情とリンクしていく。フォルムが安定しない所に惹かれた。特に暗闇の中で家が燃え落ちるイメージは少々禍々しいのだがインパクトがある。色調の淡さ、渋さも魅力。静かなトーンなのだが、街のデモや交通渋滞、ライブの狂騒などの暴発しそうな空気感も伝わる。

大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー)
レイモンド カーヴァー
中央公論新社
2007-03-01





『アメリカの影』

 黒人の血を引いたヒュー(ヒュー。ハード)、レリア(レリア・ゴルドーニ)、ベン(ベン・カルーザス)の兄妹を中心に、マンハッタンに暮らす若者たちの姿を描いた群像劇。シナリオなしの即興演出で、映画の新たな方向性を確立したと言われる作品。監督はジョン・カサヴェテス。本作が長編デビュー作。1959年製作。
 ヒューは歌手だが段々仕事がなくなっているようで、ストリップショーの司会をやらされるようになり、納得がいかない。歌手であるというプライドを損なわれることに強い怒りを抱き、仕事をとってくるマネージャーにも八つ当たり気味だ。レリアは作家志望でビート族の若者たちとつるんでいるが今一つ馴染めない。ベンは一応ミュージシャン(トランぺッター)らしいが働いている様子はほとんどなく、酒に溺れ気味で不安定だ。彼・彼女らの行動は騒々しく刹那的で「今」を生きている感じが強烈だ。動きも感情表現も騒々しく、エネルギーを持て余しているようにも見える。
 ただ、「今」が火花のようにはじけるほど、その先の未来に期待できないという閉塞感も強まってくる。今を生きる、というよりもとりあえず今しかないから生きる、という感じだ。ベンがバーで絡んできた相手に喧嘩をふっかけるのも、絡まれてきたから喧嘩するのではなく、喧嘩をする為に絡んでいるように見えた。何か爆発させないとやっていられないという哀しさがある。
 3兄妹は黒人の血を引いているが、レリアは見た目はほぼ白人だ。親しくなった青年が彼女に黒人の兄弟がいると知ってたじろぐ。後から「君と僕は同じだ」という伝言をレリアに残すが、取ってつけたようで空しい。理念としては確かにそうなんだけど、じゃあ彼と同じ位置にレリア達が立てるのかというと、そうではない。彼が「同じだ」と言えるのは自分が守られた、強い立場だからで、そこに無自覚なことにレリア達は苛立つのだろう。
 ほぼ俳優の即興で台詞や演技は考えられているそうなので、彼らが生きている時代・場所がダイレクトに反映されている。しかし時代性に頼らず、時代を経た後に鑑賞してもそれが生き生きと感じられるという所が、本作の強さだ。

アメリカの影 2014年HDリマスター版 [DVD]
ヒュー・ハード
キングレコード
2018-08-08


ザ・フィフティーズ1: 1950年代アメリカの光と影 (ちくま文庫)
デイヴィッド ハルバースタム
筑摩書房
2015-08-06


『悪人伝』

 ヤクザの組長チャン・ドンス(マ・ドンソク)はある晩何者かにめった刺しにされる。一命を取り留めたドンスは対抗組織の犯行と見て、犯人捜しを始める。一方、連続殺人犯を追っていたチョン刑事(キム・ムヨル)は犯行時の状況から、ドンスを襲ったのも同一犯と見て情報を得る為ドンスに近づく。なりゆきで情報交換し共闘することになる2人だが。監督はイ・ウォンテ。
 ヤクザと刑事が組んでシリアルキラーを追い詰めていくというバディもの…を意識したのだろうが、あまりバディ感はない。2人が一緒に行動する機会が意外と少ない(そりゃあ立場上一緒にいてばかりじゃまずいのだが)し、信頼感もいまひとつ。相手のことを知ろう、理解しようという意志はあまりないのだ。利用しあうという関係にとどまっており、そこがライトで見やすい所でもあるし物足りない所もでもある。本作、面白いことは面白いのだが、ストーリー上起こるべきことが順次起きていくという感じで、いまひとつ奥行きがない。ドンスにしろチョンにしろ、ヤクザという役割、刑事という役割という表層的な所にキャラクターが留まっており、1人の人間として立ち上がってくる感じには乏しい。特にドンスはマ・ドンソクが演じる必然性があまり感じられないのが勿体なかった。
 ドンスとチョン刑事は、殺人犯を捕まえるという、一見共通の目的を持っている。しかし犯人をどう扱うか、何をもって罰するかという点は相容れない。ドンスは私的制裁を加える(要するにリンチの上殺す)ためであり、チョンは法律で裁くためである。ヤクザと警官という2人の立場の差がここにはっきりと出ているのだ。ラストは2人の方向性の折衷案みたいなのでこれはこれでかなり怖い、同時に笑っちゃうんだけど…。
 なお「悪人伝」というほどドンスもチョンも悪人ではない。ヤクザとしての悪知恵、刑事としてのこ狡さはあるし、ドンスは犯罪者ということになるが、純粋な「悪人」とはちょっと違うだろう。犯人こそが悪なわけだが、彼は「Devil」と表され「人間」ではないのだ。

犯罪都市(字幕版)
チェ・グィファ
2018-09-04


『アングスト/不安』

 刑務所から出所したばかりの殺人犯K.(アーウィン・レダー)は、新たな犠牲者を求めてさまよっていた。大きな庭に囲まれ、周囲に民家のない屋敷に狙いを定めたK.は、その屋敷に暮らす一家が帰宅するのを待ち構えて犯行に及ぶ。1980年にオーストリアで実際に起きた、殺人鬼ベルナー・クニーセクによる一家惨殺事件を元にした作品。監督はジェラルド・カーグル。
 1983年に制作されて以来オーストリアでは長年放映禁止になっていたそうだが、この度なぜか日本で劇場初公開された。相当猟奇的らしいしショッキングな描写が多いから心臓の弱い人は注意!という事前のお知らせもあったし、普段こういった作品はあまり見ないので、見るかどうか迷った。しかし撮影を短編『タンゴ』(偏執的かつ珍妙で素晴らしい)のズビグニェフ・リプチンスキが担当したというので、どうしても気になって見に行ってみた。
 で、実際に見てみると、危惧していたほどえぐくはなかった。確かに残酷なシーンはあるのだが、むしろ非常に冷徹で残酷さに酔うようなナルシズムは薄い。主人公であるK.のモノローグにより、あくまでシリアルキラー目線で進行する。彼の行動原理や殺人の動機に安易な理由付けをせず、「共感させない」「わからせない」という姿勢に徹した演出だ。それが対象との距離感を保つ冷静さを生んでおり、かつわからなさによる怖さが強調される。
 K.の犯行にはある程度の計画性と狡猾さがあるが、どう考えてもそれは理屈に合わないな?!とか、自分の首を絞めているよな?!と言いたくなるわきの甘さや衝動性も強い。自分をコントロールできる部分と出来ない部分の落差が激しいのだ。K.は殺人により快楽を得るシリアルキラーだが、得られる快楽に対する殺人と言う行為のコストパフォーマンスはものすごく悪そうに見える。殺人は重労働かつ高リスクでロマンとは程遠い。それをわざわざやってしまう心境の不可解さ、怖さが際立っていた。
 ユニークなショットが多く、撮影の面白さが味わえる作品だった。移動するK.を間近から追うショットは、カメラが並走しているというよりも、俳優自体にカメラを取り付けて一緒に移動しているみたいに見えるなと思っていたら、本当に俳優にカメラを取り付けた器具を背負わせていたそうだ。

屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ(字幕版)
グレタ・ゾフィー・シュミット
2020-06-17


『アンティークの祝祭』

 大きな屋敷に一人で暮らすクレール(カトリーヌ・ドヌーブ)は、長年集めてきたアンティークをヤードセールで売り始める。意識や記憶がおぼろげになることが増え、人生の幕引きを決意したのだ。彼女の奇妙な行動を知った娘のマルティーヌ(キアラ・マストロヤンニ)は疎遠になっていた実家を訪れる。監督はジュリー・ベルトゥチェリ。
 冒頭、夜の子供部屋で幼少期のマルティーヌが寝付けずにいる、一方で若き日の母クレール(アリス・タグリオーニ)は身支度をしている。子供の世界と大人の世界の境界を感じさせる構造と色味の美しさで引き込まれた。クレールの屋敷の内装や登場するアンティークの数々も美しい。ドヌーブとマストロヤンニという実の母娘共演が話題の作品だが、むしろ美術面に目がいった。
 クレールとマルティーヌは実の親子ではあるが疎遠。過去のある事件が大きな要因ではあるのだが、元々この2人は人との距離の取り方や情愛の示し方が違うタイプなのだろう。少女時代のマルティーヌがクレールに甘えてもたれかかるシーンがあるのだが、クレールは「痛い」と言ってどかせる。大人になったマルティーヌに対しても(けがをしているとは言え)抱きしめられて「痛い」と言う。娘に対する愛情がないわけではないが、マルティーヌが望む形では差し出せない。マルティーヌの愛の示し方はクレールには少し重いのだろう。誰が悪いというわけではなくそういう人同士の組み合わせになってしまったということなのだ。実の親子であってもこのミスマッチは如何ともしがたい。このギャップが地味に堪える。2人の関係は基本的には変わらないしお互いが満足するようなものにはならない。ほんちょっとだけ許せるようになるというくらいで、ほろ苦さが残る。相互理解による大団円とはいかないのだ。
 ラストの展開が唐突で少々びっくりしたのだが、アンティークにはやはり時間と共に加わった「重さ」があるのかもしれない。クレールが耐えられなくなってきたのは自分の過去・思い出の重さだけでなく、屋敷に詰まったくアンティークの重さものしかかってきたからのように思えた。確かに美術・工芸的な価値は高く見ていて美しいが、一緒に暮らすのは結構圧迫感がありそう。クレールがアンティークをため込んでいったのは、息子や夫を死なせてしまったことに対する自罰みたいなものだったのかもしれない。そこから離れられない、忘れられない状態に自ら追い込んでいったように思えた。それが最後に開放されたのか。

やさしい嘘 デラックス版 [DVD]
ディナーラ・ドルカーロワ
ジェネオン エンタテインメント
2005-03-11


マチルド、翼を広げ [DVD]
インディア・ヘアー
オデッサ・エンタテインメント
2019-09-04



『ある女優の不在』

 イランの人気女優ベーナーズ・ジャファリ(ベーナーズ・ジャファリ)に、見知らぬ少女からメールが届く。メールに添付された動画は、女優を目指し芸術大学に合格したものの家族の裏切りによってその道を絶たれた少女が、自殺をほのめかすものだった。ショックを受けたジャファリは映画監督のジャファル・パナヒ(ジャファル・パナヒ)と共にその少女マルズィエ(マルズィエ・レザイ)が暮らす村を訪れる。監督・脚本はジャファル・パナヒ。
 少女の自殺らしき映像から始まる不穏さ。不穏さは村に行ってからも変わらないのだが、どんどん不条理コメディのような様相になってくる。ジャファリもパナヒも都会のいわゆる「知識人」だが、村は完全にローカルルールで支配されている。古くからの因習や迷信がはびこっており、2人の常識が通用しない。傍から見たら笑ってしまうのだが、当事者は大真面目なので下手にいじると大炎上する。俳優・女優を「芸人」としてさげすむのに、ジャファリが来ると大喜びで色々と頼み込むという村人の態度は矛盾しているが、彼らの中ではそれが普通のことで矛盾などとは思わない。結構自分勝手でローカルルールを超越する価値観がないのだ。車中泊しようとするパナヒのところで村の老人たちがやってくるシーンは、具体的に彼らが何かしようとしているようには描かれていないが結構怖い。またマルズィエの弟の、彼女が失踪したことで恥をかかされたという激昂の激しさは周囲が身の危険を感じるレベルだ。女性が進学を望む、家から出ることを望むということへの強烈なマイナス感情には、根深い問題がありそうだが。
 村へ続く細い道に関する「ルール」がころころ変わる、しかし誰もそれを是正しようとしない(マルズィエが道を広げようとすると女の仕事ではないと阻止され道は放置されたまま)。慣習が全てのような世界で、なかなかきつい。その集団の中で慣習から外れたことをする人がいると、共同体から疎外されていく。この村社会感は万国共通なのか。そのような共同体から逸脱していく存在として3人の「女優」が登場する。既に安全圏にいるといえるジャファリは自分をまきこんだマルズィエに苛立ちはするが、見て見ぬふりはしないと腹をくくる。そして彼女よりも先に同じ決断をした女性もいるのだ。この「見て見ぬふりをしない」ことにより、ラストは少し世界が開けて見える。パナヒはそれを見送るのみだが、「そういうのは女性の方が得意だから」とか言っている場合ではないんだよな。


これは映画ではない [DVD]
ジャファル・パナヒ
紀伊國屋書店
2015-05-30


『アイリッシュマン』

 トラックドライバーだったフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)は一帯を仕切るマフィア、ラッセル・バッファリーノ(ジョー・ペシ)と知り合ったことがきっかけで、殺し屋として頭角を現していく。全米トラック運転組合委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の付き人となり信頼を得るが、やがてホッファは暴走を始める。監督はマーティン・スコセッシ。
 Netflix配信作品が期間限定で劇場公開されていたので見に行ったのだが、さすがに209分は長い…。長さの面では自由に中断できる配信向きといえる。とは言え、劇場で見る醍醐味はありすぎるくらいある。映像は明らかにスクリーン向きなので配信だともったいなくなっちゃう。さすがスコセッシというところか。
 老年のフランクが過去を語り始め、過去と現在が入り乱れる、途中の時間経過も不規則かつ大幅に飛んだりする。また、実話が元なので実際の第二次世界大戦後のアメリカ史と強く結びついている。全米トラック運転組合とマフィア、政界との繋がりや、ホッファが何者なのか、またキューバ危機あたりは押さえておかないとちょっとついていくのが厳しいかも…。キューバ危機はともかくホッファのことを今のアメリカの若者たちは知っているのだろうか。背景説明はほとんどないので、結構見る側の理解力を要求してくる。
 フランクはわりと軽い気持ちでマフィアの世界に足を踏み入れていくように見える。ラッセルとジミーとも「友人」という関係が前面に出ている。が、マフィアはしょせんマフィアというか、いざ利害の不一致が生じると友情もくそもなくなっていく。ある一線を踏まえたうえでの仁義なのだ。この一線を超えてしまったのがジミーの破滅の始まりだったのでは。フランクとラッセルはずっと上下関係というかパートナーシップ的なものを維持していく(ワインとぶどうパンを、中年当時と同じようにおじいちゃんになっても一緒に食べる様にはきゅんとする)。が、フランクにとってはラッセルをとるかジミーを取るかどんどん迫られていく過程でもある。後半、フランクは頻繁に困ったような涙目顔になっているのだが、強烈な「ボス」2人からの板挟み状態は確かに泣きたくもなりそう。
 フランクらの妻や娘は登場するが、物事にかかわってくるのは男のみ。フランクの娘の1人は彼の真の仕事に勘付き、距離を取る。が、あくまで見ているだけで自らは何もすることはない(絶縁はするのだが)。女不在の世界の成れの果てを見せていくとも言える。

ゴッドファーザー コッポラ・リストレーション DVD BOX
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パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2008-10-03


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レオナルド・ディカプリオ
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2014-11-26


 
 

『アナと雪の女王2』

 雪と氷を操る力を持つエルサ(イディナ・メンゼル)と明朗快活なアナ(クリステン・ベル)姉妹は、アレンデール王国の女王と王女として、仲間に囲まれ平和に暮らしていた。ある日エルサは不思議な歌声に呼ばれていると感じる。声に導かれ、エルサとアナはエルサの力の正体、そして王国の秘められた真実を知ることになる。監督はクリス・バック&ジェニファー・リー。
 幼いエルサとアナに父親が語るアレンデール王国と不思議な森の関係は、あっこれはいわゆるアレですか…と予感させるものなので、その後の展開にそう意外性はない。ストーリーの運び方は結構雑というか乱暴なところがあり(これは1作目でも感じたのだが)精緻に伏線を敷くというよりは、登場人物のキャラクター性、情動にぐっと寄せて話を転がしていくタイプの作品なのだと思う。冒険要素を盛り込む、かつ視覚的な派手さ・盛り上がりの為にアトラクション的、ジェットコースター的な演出に頼りすぎな気はした。
 とは言え、個人的には前作よりも好きだ。私は前作の結末、エルサの処遇にあまり納得いかなかったのだが、今回はその部分が(私にとっては)是正されて、中盤の展開がどんなに雑でもあのラストシーンがあるから許そうという気になった。前作でエルサは「ありのまま」の自分(「ありのままの」がエルサの中で黒歴史扱いらしいという演出がちょっと面白かった)を受け入れ、周囲からも受容されたわけだが、本当にそうなのか?別の氷の城に入っただけではないのか?というのが今回のスタート地点だろう。エルサの自分探しはむしろ本作が本番だ。一方、アナはエルサを愛しずっと一緒にいようと決意しているが、それはお互いに縛り付けることになっていないか?という面も出てくる。前作での体験をふまえてなのだろうが、アナがやたらと姉妹が一緒にいなければと強調するので、これはこれでエルサは辛いのでは…と思ってしまう。愛では救えない、自由になれないものもあるのでは?とも。
 今回のエルサはレオタード風衣装といい、人生の選択といい、歴代のディズニープリンセスの中ではかなり異色、新しいと言えるだろう。その一方でアナが旧来のプリンセス的価値観を引き継ぎ、異性のパートナーを得ることに幸せを見出しているというコントラストが面白い。どちらがいいというわけではなく、両方OKとするのが今のディズニーの感覚なのか。
 なお今回、エルサの衣装・髪型といい、クリストフとのソロステージといい、80年代MV風味が妙に強い。特にクリストフのパートはコンテといいライティングといい曲調・音質(ここだけ明らかに曲の作りが安い!)といいパロディとして笑わそうとしているんだと思うが、誰に向けて発信しているんだ…。子供にはわからないし大人も結構いい歳の大人でないとわからないと思うんだけど…(『ボヘミアン・ラプソディ』がヒットしたからとりあえずあのネタだけはわかるだろ!みたいな読みがあったんだろうか)。

アナと雪の女王/家族の思い出 ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
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ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2019-08-05



アナと雪の女王 MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー+MovieNEXワールド] [Blu-ray]
ディズニー
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2019-07-24



『アダムズ・アップル』

 仮釈放されたネオナチのアダム(ウルリッヒ・トムセン)は更生プログラムの為に田舎の教会で暮らすことになる。彼を迎えに来た牧師のイヴァン(マッツ・ミケルセン)はアダムに今後の目標を尋ねるが、アダムはまともに取り合う気はなく「教会の庭のリンゴの木になったリンゴでアップルケーキを作る」と適当に答える。しかしイヴァンは大真面目で、教会に住み着いている前科者のカリドとグナーを巻き込み、リンゴの木を天災から守る為のミッションを開始する。監督・脚本はアナス・トマス・イェンセン。
 ストーリーの構成要素だけ見ると感動的なヒューマンドラマにもなりうる、というかそういう要素も確かにあるのにこの奇妙さ、不穏さは何なんだ!聖書のヨブ記がモチーフの一つになっているそうだが、確かに一つの寓話、神話のような雰囲気はある。が、それにしても展開がおかしい。
 アダムはネオナチ思想に染まっているクソ野郎として登場するのだが、イヴァンを筆頭に教会に集う人たちの灰汁が強すぎて、アダムが一番常識人で共感性もある人物に見えてくるというまさかの逆転現象。特にイヴァンは「いい人」ではあるのだが、かなりクレイジーだ。本人の中で自分に起こった出来事や言動の矛盾がリセットされてしまうので周囲から見ると奇妙だし、話が通じない。この話が通じずコミュニケーション不全になっていく過程がじわじわと怖い。基本コメディなのだが、あの人にとっての世界と自分にとっての世界と、見え方とらえ方が全然違う、どこですり合わせればいいのかわからないという現象を目の当たりにする気持ちの悪さ、そら恐ろしさみたいなものがある。
 人間は基本的に主観で生きているものだと思うが、本作に登場する人たちはそれが強すぎる。自分の頭の中の世界で生きており、その世界の度合いが強固な人の地場に周囲が引きずられていくような感じだった。その当事者が宗教者というのが皮肉というかなんというか…。

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2013-10-04


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2012-01-07


『ある船頭の話』

 山間の村と町の間を流れる川で船頭をしているトイチ(柄本明)。川上に橋が建設されることになり、村人たちは両岸の行き来が楽になると完成を心待ちにしていた。ある日、トイチは川を流れてきた意識不明の少女(川島鈴遥)を助ける。身寄りがない少女と共にトイチは暮らし始めるが。監督・脚本はオダギリジョー。
 風景がとても美しい。新潟のロケだそうだが、こんなに水が澄んだ川が流れているのかとちょっと驚いた。撮影監督はクリストファー・ドイルというのも大きい。青の色味に透明感があって鮮やかだ。また、ワダエミによる衣装も風景に映える。日本の伝統的な着物からちょっとずらしたデザインで、日本であって日本でないような、どこの国とも言えないようなファンタジーっぽい雰囲気を醸し出している。この「日本ファンタジー」的な美しさは良し悪しでもある。あまりにエキゾチック趣味、海外で好まれる日本のイメージ(日本人が見るとちょっと嘘くさい)に寄せすぎなように思った。とはいえ、海外展開を狙うのならこれで正解なのだろうが。
 ちょっと余計な要素が入りすぎな所もあったが、初脚本・監督作としては堂々とした出来で、オダギリジョーの新たな一面を見た感がある。出演俳優はとても豪華。ただ、全員顔に強さがある人なのでずっと見ていると少々うるさくて疲れる。抜け感みたいなものがないのだ。その中で永瀬正敏のニュートラルさは貴重。やはりいい俳優なんだな。
 時代に取り残されていくもの、世界の端っこで生きるものの悲しみが描かれている。時代に乗れる人は当人にとっては成功なんだろうけど、取り残されるものにとっては時に残酷にふるまう。トイチになついていた青年の変容は、本人に全く悪気がなさそうなだけに無情さが際立つ。ただ、トイチはこの世で生きることをあきらめたわけではないだろう。どこかへ向かう彼らの姿は物悲しいが、全く未来がないというわけではないように思えた。

宵闇真珠[Blu-ray]
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ポニーキャニオン
2019-07-03


長江哀歌 (ちょうこうエレジー) [DVD]
リー・チュウビン
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2008-04-25


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