3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名数字アルファベット他

『BACK STREET GIRLS ゴクドルズ』

 犬金組に所属する若きヤクザ、山本健太郎(白洲迅)、立花リョウ(花沢将人)杉原和彦(柾木玲弥)の3人は、組の為に働くことを心に誓い、組長の為に敵対組織に討ち入りをかけるが失敗。その落とし前をつける為、組長(岩城滉一)の思いつきで性転換&全身整形をほどこされ、女子アイドルユニット「ゴクドルズ」のアイリ(岡本夏美)、マリ(松田るか)、チカ(坂ノ上茜)としてデビューすることになってしまう。原作はジャスミン・ギュの人気漫画『Back Street Girls』でアニメ化もされている。監督は原桂之介。
 冒頭の「東映」マークがすごくいい感じに「東映」。正に往年のヤクザ映画のようなオープニングなのだが、一気に明後日の方向へ転がっていく。アニメ版はショートコントの連打みたいなテンポの良い笑いだったが、実写版である本作はもうちょっと尺長めの笑いの設定。フォーマット、映像化方法が違うことでそれぞれ別の面白さが出ていてどちらも息抜きに丁度良い長さと楽しさ。漫画の実写化としての一つの正解だと「思う。
 不思議なことに、実写化作品である本作の方が「ヤクザを性転換して女子アイドル化」という設定の無茶さがそんなに無茶じゃないように見えてくる。男性ヤクザ時の3人がそんなにゴツくなくそこそこイケメンなので、これはひょっとしてひょっとするアリなのでは・・・という気にならなくもない。アニメで一回見ているから設定に慣れたというのもあるんだろうけど。ゴクドルズの3人の「元ヤクザの男」としての動きがかなり様になっていたというのも大きい。歩き方や座り方の雑さがいい!この3人は間違いなくベストアクトだろう。ただ、生身の人間が演じていると、組長がすごく特殊な性癖の人に見えちゃったり、3人の弟分のパンツの件が生々しくて笑えなかったりという微妙さも出てくるのだが。また、ヤクザなのかアイドルなのか、男性なのか女性なのかという葛藤がギャグではなくシリアスに寄せられるのも、生身の人間が演じる実写だからこそだろう。マリと医者のエピソードとか、色々と複雑かつ微妙な問題孕んでるもんね・・・。
 アクションが予想外に派手で、あっ東映ぽいな!という感じがした。冒頭の「出陣」と後半の「出陣」がリンクしているあたりがにくい。チープではあるが決める所はしっかり決めてくる。クライマックスですごくかっこよく収まりそうなところ、一気にアホな方向に落とすのはコメディとしての矜持か。なお私はマリ推しなので、彼女に高価なプレゼントが増えることを切に願います。皆、ブランドコスメとか差し入れてやりなよ・・・。


『PSYCHO-PASS Case1.罪と罰』

 公安局ビルに一台の車両が突入する事件が発生。運転手は青森にある潜在犯隔離施設「サンクチュアリ」の心理カウンセラー・夜坂泉(弓場沙織)だった。取り調べを待たず異例の即時送還が決まったことに、公安局刑事課の監察官・霜月美佳(佐倉綾音)は疑問を持つ。霜月と執行官・宜野座伸元(野島健児)は夜坂の送還の為、青森へと向かう。監督は塩谷直義。
 「シビュラシステム」に管理された未来の日本を舞台としたSFアニメーションシリーズの、スピンオフ的作品。作中の時系列は『劇場版PSYCHO-PASS』の後にあたる。TVシリーズの頃と比べると、各キャラクターが大分大人になっているというか、言動が落ち着いてきて安定感があった。情緒不安定ではない!皆大きくなって・・・!それぞれ、自分がシュビラシステムとどのように向き合うかという納得が既に得られて腰が据わったからか。
 霜月はシュビラシステムの正しさを信じているが、TVシリーズ時よりも視野は広がっている。システムである以上エラーは出る、そのエラーは人間の倫理で是正していくものだという地点に至ったように思う。相変わらずイキってはいるが、イキりに根拠が出てきた感じ。また、彼女をサポートする宜野座も大分余裕が出たというか丸くなったというか、何か色々感慨深い。
 今回、宜野座のアクションが一つの見せ場になっており、アクションの組み立てが面白かった。特にヘリコプターを使った演出は、なるほどその手があったか!と新鮮。また、宜野座が義手になった時点で、一度こういう演出をやってみたいだろうなーと予想はしていたが、やはり。こういう演出を好むのって悪趣味とも思われるだろうけど、やっぱり見ると嬉しくなっちゃうんだよな・・・。
なお、青森で何か作業をしている、という時点でもしかしてあのネタか、と予想はつくと思うのだが、最近だとあまりそういうイメージないのかな?


『22年目の記憶』

 1972年、南北共同声明が発表された。韓国は南北首脳会議に備え、北朝鮮の最高指導者・金日成の代役オーディションを密かに行う。オーディションに合格したのは、売れない役者ソングン(ソル・ギョング)だった。金日成という役になりきる為の厳しい訓練に耐えるソングンだが、彼の出番は結局なかった。そして22年後、心を病み自分を金日成だと信じ込むソングンは、父である彼に人生を狂わされた息子テシク(パク・ヘイル)と同居することになる。借金まみれのテシクは、実家の土地を売る為に実印を探していたのだ。監督はイ・ヘジュン。
 予告編だと父息子の感動ストーリーっぽいが、それはあくまで本作の一部だ(ということは、全貌を見せずにキャッチーな部分を抽出した良くできた予告編なんだと思う)。リハーサルを行う構想は実際にあったそうだが、金日成の代役を作るという荒唐無稽な設定のコメディである一方、ソングンが受けるオーディションや訓練は、不条理ホラーのように見えてきてかなり怖い。着地点がどこなのかがわからないのだ。そしてソングンの演技への執着、彼に取りついて離れない金日成という「役」の不気味さがじわじわくる。ソングンに演技を教える教授は、役者は役を飲み込み、その上で吐き出さないとならないと言う。演技には魔力があるのだろう。ソングンは演技の魔に取りつかれて冒頭で失敗し、その失敗を引きずるが故に更に演技の魔に取りつかれた人生を送る羽目になってしまう。テシクが、父が正気に戻る時間が増えると逆に不安になるというのがうすら寒さを感じさせた。正気でない状態が普通ってことだから。
 本作、笑いや涙があってもどうにも不気味だった。ソングンとテシクが辿る珍妙な人生の裏には、人1人の人生を道具扱いにする国家という存在がある。金日成の代役を立ててリハーサルをするという計画自体、冷静に考えるとそれ何か意味あるの?という気がするのだが、そういうことを平気で出来る存在だと言うことが、不気味かつ不穏なのだ。


『Merry Christmas!ロンドンに奇跡を起こした男』

 1843年のロンドン。小説家チャールズ・ディケンズ(ダン・スティーブンス)は『オリバー・トゥイスト』がヒットし人気作家として有名だったが、スランプに悩み家計も赤字が続いていた。クリスマスの小説を書くことを思いつき構想を練る彼の前に、スクルージ(クリストファー・プラマー)をはじめ作品の登場人物たちが次々現れる。しかし執筆を進めるうち、子供の頃のトラウマと父親ジョン(ジョナサン・プライス)との確執に苦しむようになる。監督はバハラット・ナルルーリ。
 クリスマスシーズンにぴったりでとても楽しかった。とは言え、自費出版なのに支払の当てはなく、締切は刻一刻と迫っていくという作家の苦しみを描いた作品でもある。基本コメディで筆が全く進まないディケンズの「無の顔」にも、アイディアを思いつくと周囲が見えなくなる様にも笑ってしまうのだが。彼の前に現れる『クリスマス・キャロル』の登場人物たちが好き勝手に話し動き回るのは、文字通り「登場人物が動きだす」ということで楽しい。ディケンズの身近な家族や町で見かけた人たちが登場人物造形のヒントになるということが映像の流れでわかってくる。スクルージをはじめ、確かにぴったり!という風貌なのでこれもまた楽しかった。
 執筆中のディケンズは突然訪問してきた父ジョンに悩まされる。ジョンは気のいい人物だが金に無頓着でしょっちゅう息子にたかる。更に、ディケンズは父親が破産し収監された(破産者専用の監獄があったんですね・・・)せいで幼い頃から靴墨工場で働かざるを得ず、非常に苦しい体験をした為父親を恨んでいる。執筆の過程で当時の記憶がフラッシュバックのようによみがえり、父親へのわだかまりや子供時代のトラウマに向き合わざるを得なくなっていくのだ。このあたりは完全にフィクションだろうと思うが、創作が自分の記憶に棘刺すものと向き合い続けることであるという部分は、すごく「作家映画」ぽいんじゃないかと思う。また、過去が垣間見えることで、現在のディケンズの言動の数々がどういう思考回路・体験から生まれてきたものかわかってくる。家計は赤字なのに物乞いへの献金を欠かさない、貧乏人は救貧院に入ればいい、(死んで)数が減ればなおいいという富裕層の発言に猛反発するのは、自分の体験からくるものだということが見えてくるのだ。(少なくとも本作中の)ディケンズは、貧困は自己責任だとは言わないだろう。
 クリスマスシーズンにぴったりで、ディケンズの作品をまた読んでみようかなと思わせてくれる映画だった。公開規模が小さめなのが勿体ない。

クリスマス・キャロル (岩波少年文庫)
チャールズ ディケンズ
岩波書店
2001-12-18


オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)
チャールズ ディケンズ
新潮社
2017-04-28


『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』

 C(ケイシー・アフレック)は妻M(ルーニー・マーラ)を残して事故死してしまう。幽霊となったCは2人で住んでいた家に留まり、Mを見つめ続ける。しかしMには新しい恋人が出来、やがて家を去っていく。Cはずっと家に留まり続ける。監督はデヴィッド・ライリー。
 英米の“奇妙な味わい”とでも称されそうな短編小説みたいな作品だった。後半は、パーティーでの男の話が前フリになっているわけなのだが、ちょっとSFとホラーのドッキングみたいな味わいもある。こぢんまりした作品なのだが無駄がなくてよかった。序盤の方で、なぜこういう撮り方になっているのかな?と不思議に思う(この時点では必然性がない)シーンが続いていたのだが、後々になってちゃんと理由があることが分かるという、伏線の敷き方。伏線が巧みというよりも、必要なものだけでできている(ので伏線は伏線としてちゃんと機能する)という感じ。
 CはMへの愛情ないしは妄執の為にこの世に留まり続けるのだが、Mに対して何か出来る、彼女を守れるというわけでは全くない。彼に出来るのはその場で見ていることだけだ。時にはポルターガイストを起こしたりもするのだが、必ずしも自分でコントロールできるわけではないみたいだし、それによって何かを変えられるわけでもない。死者は無力なのだ。おそらく、徐々に生きていた時の自我も記憶もなくしていくのではないか。忘れられ、自身でもそのあり方を忘れていく彼らの存在は、恐いというよりも、寂しく切ない。
 幽霊たちの寂しさ、切なさは、彼らが生きている人間の時間の流れから取り残されていくことにあるだろう。幽霊となったCにとって時間という概念が希薄になっていく様を、反復と省略堵で簡潔に見せていくやり方が上手い。Mにとって数年が経年していても、Cにとっては昨日今日のよう。だんだんギャップが開いていくのだ。MはCとの生活を過去のものとして新しい生活を始めていくが、Cには納得できず、時にポルターガイストを起こしたりする。とは言え、Mは彼のことを忘れたのではなく思い出さない時間が増えただけなのではないか。記憶が浮かび上がってくると心は乱れ、それがCの乱れとも共鳴するようだった。死者と生者の記憶と時間のあり方が如実に現れており、何ともやるせない。
 あまりにもベタな“ゴースト”の外見なので、これを直球でやるのは結構勇気がいるのではないかと思う。ジョークっぽくならないよう、シーツのドレープの美しさや目の穴のニュアンス等、かなり考え抜かれた造形になっている。哀愁漂うというところがポイント。

ツリー・オブ・ライフ [Blu-ray]
ブラッド・ピット
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2013-01-23



『GODZILLA 星を喰う者』

 武装要塞都市メカゴジラシティを起動させ、ゴジラに挑んだハルオ(宮野真守)らだったが、あと一息という所で失敗。更にその過程でビサイルドたちと地球人たちとの間に亀裂が生じる。ハルオは自信喪失し敗北感に苛まれていた。一方、エクシフの大司教メトフィエス(櫻井孝宏)はある目的の為に信者を増やしていた。監督は静野礼文&瀬下寛之、ストーリー原案と脚本は虚淵玄。
 アニメーション版『ゴジラ』3部作完結編。次作はもっと面白くなるのかな?盛り上がるのかな?と思っているうちに完結しちゃったな・・・。大きな難点や欠点があるとか非常に突っ込みたくなるとかではなく、漠然とさほど面白くないという、一番絡みづらい雰囲気になってしまった。怪獣の強さ能力設定や地球の変容度合いの設定等、ちょっと盛りすぎなくらいなんだけど、ドラマの濃さがその盛りの良さに追いついていないように思った。エクシフの「宗教」の設定には、ちょっと古さも感じる。このニュアンスは90年代末から00年代一桁台くらいなのでは・・・。今だと、わざわざそれやる?何度も見たやつでは?って気分になるのでは。
 個々の構成要素はそんなに悪くないのだろうが、組み合わせると食べ合わせが悪かったなぁという印象。これはゴジラというフォーマットでやるべき話だったのかな?と疑問に思った。ゴジラを外しても、文明の肥大化という設定さえあれば成立しちゃうんだよね。ゴジラを見たい人の為の映画ではないんじゃないかなと思う。私はゴジラにはさほど思い入れがないけど、本作のゴジラの見せ方にはあまり「怪獣」としてのスケール感とか魅力は感じなかった。今作のゴジラは過去最大サイズだけど、その大きさが映えていない。観客の予想を裏切るようなゴジラを!という意図だったのかもしれないが、だったらゴジラ使わなくてもいいよなぁ・・・。
 個人的にはあんまりぱっとしない印象の本作だが、櫻井孝宏劇場としては鉄板だった。櫻井孝宏が中の人のキャラといえばこういう感じだろう、という要素が集結されたセルフパロディような役柄でした、メトフィエス。




『1987、ある闘いの真実』

 1987年1月。韓国は全斗煥大統領による軍事政権下にあった。パク署長(キム・ユンソク)率いる南営洞警察は、北分子を排除するべく拷問まがいの厳しい取り調べをしていた。そんな中、行き過ぎた取り調べの中でソウル大学の学生が死亡する。警察は死因隠蔽の為早急な火葬を申請するが、チェ検事(ハ・ジョンウ)は疑問を抱き、上層部の圧力を押し切り検死解剖を実行。拷問致死だったことが明らかになると、警察は担当刑事2人の処分でことを収めようとする。これに気付いた新聞記者や刑務所看守らは真実を公表するべく奔走し始める。監督はチャン・ジュナン。
 韓国民主化闘争の中の実話を映画化した群像劇。エンドロールでは当時の映像も使われている。時代の雰囲気の再現度はかなり高いのではないかと思う。女性たちのファッションや女子学生の部屋においてある小物類等の80年代感が懐かしかった。当時の韓国の政治状況を知らなくても面白く見られる。今この国がどういう状態なのか、この組織は何をやっていてこの人はどういうポジションなのかという情報の提示の仕方が整理されており、映像と登場人物のやりとりだけでちゃんと背景がわかる。非常に整理された脚本だと思う。登場人物の名前と属性を字幕で表示するのもありがたかった。
 学生の死の真相解明は、特定の誰かが戦闘に立って行われたわけではない。ストーリー上、警察V.S.検事という構図になりそうなところだしもちろんそれはストーリーの一部ではあるのだが、全てではない。チェ検事が孤軍奮闘する一方で、死んだ学生が収容されていた刑務所の看守も何とか情報を外部に伝えようとしているし、新聞記者たちはチェ検事や学生の死亡確認をした医師からのリーク元に取材を続ける。元々は関係なかった複数の人たちの行動が、偶然に助けられなんとか繋がっていくのだ。その繋がりは細く危なっかしいが、真実へと辿りつく。もしこの人が勇気を出さなかったら、あの人が脅しに屈していたら、途中で途切れてしまったものだ。その綱渡り状態がスリリングであると同時に、なんとか真実の公表を実現し現政権に切り込もうとする人たちの奮闘には胸が熱くなった。こういう経緯を経て民主化したなら、権力への不信は常にあるだろうし、それ故に監視しなければならないという意識が強くなるんだろうと理解できる。民主主義がタフなのだ。
 非常にベタな演出(終盤の逆光の使い方とか教会の鐘の音とか、これをあえてやるのか?!と突っ込みたくなるくらい)が多発する作品なのだが、この熱量にはベタを重ねるくらいでちょうどいいのかもしれない。終盤ではベタだなーとわかっていても目頭熱くなる。
 警察は「反共」をモットーに北分子を徹底的にマークするのだが、彼らがやっていることは、パク署長が話す北の状況と妙に似通っている。彼は自分がやられたことを、学生ら相手に再現しているように見えた。最早反共という趣旨からずれている。どんなイデオロギーであれ、権力者は自身の権力に拘泥し腐っていき、権力のおこぼれにあずかろうという人は後を絶たない。こういう中で、「買われない」「飼われない」でいるのは何と難しいことか。弱みに付け込んでくる強者には本当に腹が立つし悔しくてたまらなくなる。




タクシー運転手 約束は海を越えて [DVD]
ソン・ガンホ
TCエンタテインメント
2018-11-02




『MEG ザ・モンスター』

 深海の調査の為、沖合の海中に建設された海洋研究所。潜水艇で調査に出た探査チームは、人類未踏の深海を発見し興奮が隠せない。しかし巨大な何かが潜水艇を襲ってきた。動けなくなった潜水艇の救出の為にやってきたレスキューダイバーのジョナス・テイラー(ジェイソン・ステイサム)は、200万年前に絶滅したと思われてきた、巨大ザメ・メガロドンに遭遇する。監督はジョン・タートルトーブ。
 巨大ザメとステイサムという組み合わせがそもそもキャッチーすぎる。しかしステイサム、元飛込競技選手なだけあって飛び込みのフォームがきれいだった。私はサメ映画に詳しいわけではないが、予想よりも大分ちゃんとした、予想ほど荒唐無稽ではない良いサメ映画だったのではないかと思う。メガロドンはめっぽう強いわけだが、サブタイトルにあるモンスター、異物の強さというよりも、この世の生き物として目茶目茶強い、という見せ方だったと思う。だから、サメにとってはいい迷惑だよな!という話にも見えちゃうんだけど・・・。
 ジョナスがどんどん無茶ぶりをされていくのにはちょっと笑ってしまうのだが、最初は比較的文明の利器(笑)を使ってメガロドンに対抗する。戦う方法がどんどん原始的になっていくあたりが妙におかしかった。最終的にメガロドンとステイサムのタイマンみたいになってるのだ。
 チームものとしての側面もある。シングルマザーの海洋学者スーイン(リー・ビンビン)といい感じになったり(男女カップリングが強いられすぎでちょっと鼻についたが、どのへんに需要があるのだろうか・・・少なくとも本作見に来る人たちはそこを見たいのではないと思うが)、元妻がチーム内にいたり、過去の確執のある同僚がいたりと色々設定の盛りが良いのだが、それほどごちゃごちゃした感じはしない。いい意味でいい加減、ほどほどな作りで、娯楽映画としては正しい。『コンスタンティン2』で大変素敵だったルビー・ローズが出演しているのもうれしかった(本作では普通の人役)。
 思わぬ収穫だったのが、ステイサムと子供のやりとりが絵になっている所。スーインの8歳の娘とのシーンが結構多いのだが、子供と接する時のステイサムの演技が良い。個人として尊重しつつも子供であるという点はふまえている感じが出ていた。子供との共演作をもっと見てみたい。意外と似合うんじゃないかな。

ジョーズ[AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2018-03-27


メガ・シャークVSグレート・タイタン [DVD]
イリアナ・ダグラス
アルバトロス
2015-07-03




『500ページの夢の束』

 スタートレックが大好きなウェンディ(ダコタ・ファニング)はスタートレックの脚本コンテストが開催されることを知り、大作を書き上げる。しかし郵送では間に合わないと気付き、パラマウント・ピクチャーズまで自分で届けることを決意。しかし自閉症を抱えている彼女は、生活の範囲はごく限られており一人で遠出をしたことなどなかった。はたして数百キロ離れたハリウッドに辿りつけるのか。監督はベン・リューイン。
 邦題はダサいが(原題は『Please Stand By』)良作。リューイン監督は『セッションズ』(2013)が「人と違う(故に大多数の中では不自由である)」ということに対して誠実な向き合い方をしていると感じさせる作品だったのだが、本作も同様。冒頭、ウェンディの毎日の生活を通し、彼女が何に対して困難を抱えており、それをクリアするためにどういう工夫が(本人からもケアする人からも)なされているのかをさらっと見せている。説明的になりすぎないがわかりやすく、見せ方が上手い。ウェンディのケアをしている施設の職員スコッティ(トニ・コレット)の振る舞いがとてもいい。適度な愛情がありつつプロとして一線を守っている感じ。
 ウェンディは何も出来ないというわけではなく、ルーティンがはっきりと決まっていれば仕事だって出来る。ただ、1人で遠出をしたことはないから長距離バスの乗り方や切符の買い方はわからないし、額面通りに受け取るコミュニケーションの癖は危なっかしくてハラハラする。リアルに考えるとかなり怖いシーンがあると思う。
 ウェンディは他人の感情に疎いし感情表現に乏しいが、感情がないわけではない。スター・トレックの登場人物の1人スポックと同様に、感情を理解しようとしている。彼女も他人と、ことに家族とコミュニケーションを取りたいし、側にいたいのだ。そういう感情や愛、そしてなぜ自分はそれを上手く表せないのか、本当はどのように伝えたいのかということも含め、彼女は脚本という形で表現する。彼女にとってスター・トレックは自分を代弁し補完するもの、自分の一部なのだ。人間がなぜ物語を愛するのか、物語が人をどのように支え、変え得るのかとてもよく伝わる作品。

セッションズ [Blu-ray]
ジョン・ホークス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2014-11-12


ブリグズビー・ベア ブルーレイ & DVDセット [Blu-ray]
カイル・ムーニー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2018-10-03


『SPL 狼たちの処刑台』

 香港の警察官リー(ルイス・クー)は、娘ウィンチーがタイのパタヤで失踪したと知らされる。タイに向かったリーは、現地の警察官チュイ8ウー・ユエ)に捜査に同行したいと頼み込む。ウィンチーは臓器密売組織に攫われ、政治家や警察も関与しているとわかってくる。監督はウィルソン・イップ。
シリーズ前作『ドラゴン・マッハ!』(シリーズ間のストーリー上の関連はなく、それぞれ独立したお話ですが)では、アクションシークエンスが頭おかしいんじゃいかというレベルの凄さで圧倒された。 それをベースに期待しすぎてしまったのか、本作は自分の中であまり盛り上がらなかった。本作もアクションシーンに見応えはある。ただ、基本的にカメラはクロースでほぼ1対1の格闘で、というわりとオーソドックスなもの。すごく痛そうではあるが、さほど新鮮味を感じなかった。古き良き時代の香港アクションを更に強化していったという印象。クラシカルと言えばいいのだろうか。
 ストーリーもリーの娘探しを中心とした割とコンパクトなもので、全体的に小粒で枠からはみ出てこない。本作にそういう印象を持ってしまうくらい、前作が異形だったということかもしれないけど・・・。リーと娘の関係を中心にしたストーリーの掘り下げと、アクションの乱れ打ちとが足を引っ張り合っている印象も受けた。ウィンチーがタイを訪れた理由は、リーからしてみたらやりきれないものがあるだろう。父親と言う存在に対して、あまりにも希望がない。リーは一貫して悲壮感をまとっているのだが(そしてルイス・クーはこういう痛々しさが良く合うのだが)、そりゃあ、ああいうラストにならざるを得ないだろうと思った。
 なお、トニー・ジャーが共演しているものの、出番が少ない!客演扱いだったにせよこれだけ?!その点でもちょっとがっかりだった。


ドラゴンxマッハ! [Blu-ray]
トニー・ジャー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-06-07

96時間 [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ