バカンスのシーズンを迎えつつあるベルギーの首都ブリュッセル。建築現場で働くシュテファン(シュテファン・ゴタ)は、故郷ルーマニアに帰国するか迷いつつ、冷蔵庫を空にするため残り物で作ったスープを親しい人に配ってまわる。ある雨の日、彼は中華料理店で中国系ベルギー人の女性シュシュ(リヨ・ゴン)と出会う。後日、森の中で2人は再会。シュシュは苔類の研究者で、サンプル採集に来ていたのだ。シュテファンはシュシュを介して苔や植物の世界の広がりに触れる。監督はバス・ドゥヴォス。
ドゥヴォス監督の最新作を『ゴースト・トロピック』に続き鑑賞。『ゴースト~』は冬の夜の物語だったが、本作は概ね昼間の屋外が舞台で、季節も夏。光と草木の緑が眩しく、風や大気の香りが感じられそう。とても心地のいい映像体験だった。鳥の声や木々のざわめき、町の喧騒等、環境音の入れ方がいいというのもあるだろう。私は環境音の入れ方が上手い(気持ちがいい)映画が好きだ。
シュテファンは残り野菜でさっとスープを作れる(そしておいしいらしい)し洗濯物を干すシーンもごく自然なもので、生活全般に手慣れている印象。仕事仲間ともごく自然に談笑し、姉や親せきにスープを差し入れ彼らの体調を気遣う。彼の地に足の着いた様が本作の雰囲気の基本の基調になっているように思う。一方でシュシュは苔の研究者という一見浮世離れした人物として現れる。しかし彼女の講義は学生としっかり向き合っているように見えるし、何より苔と向き合うことはそれらが繁殖している土地、環境そのものを把握し向き合うことだ。シュテファンとはまた違った位相で地に足が着いていると言えるのでは。
シュテファンとシュシュは普段の生活の中で接点・共通項がなさそうだ。しかし2人が一緒にいるシーンは心地よい。人と人との距離が一定に保持されている心地よさなのだ。思いやりや優しさはあるが立ち入りすぎない。この距離間の控えめさ、つつましさは『ゴースト・トロピック』とも共通するところだと思う。関係が深まっていく(それがロマンスだとは限らない)予感だけ残していく後味が良い。