3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名ら行

『リズと青い鳥』

 北宇治高校吹奏楽部の部員で、オーボエ奏者の鎧塚みぞれ(種崎敦美)とフルート奏者の傘木希美(東山奈央)は中学時代からの親友同士。2人とも3年生となり、高校最後のコンクールを控えていた。コンクールでの演奏曲に選ばれた「リズと青い鳥」にはオーボエとフルートのかけあいのパートがあり、みぞれと希美が奏者に選ばれた。しかし2人の掛け合いはなかなかうまくかみ合わない。テレビアニメ『響け!ユーフォニアム』の完全新作劇場版。製作はTVシリーズと同じく京都アニメーション、監督は山田尚子、脚本は吉田玲子。原作は武田綾乃の小説。
 京都アニメーション作品は輪郭線がどんどん細くなっていく傾向にあるようだが、本作の動画の輪郭線は本当に繊細。良質の、往年の少女漫画という印象だ。人間の動きの演出もとても丁寧で、特に手の動きの演出は凝っている。体の重心移動の微妙な表現なども細やかだ。山田監督がよく使う、あえてカメラのフォーカスをぼやかせるような演出は、これ必要かな?と疑問に思う所もいくつかあったが。
 吹奏楽部が舞台だから当然音楽は大きな要素なのだが、吹奏楽部が演奏する音楽以外の劇伴も、さりげなく良い。また、鳥の声や木々のざわめき、衣擦れや足音など、日常の中の音、生活音の演出が非常に冴えている。特に(題名からして鳥がキーだし)鳥の姿を使った演出が随所にあるのだが、鳥の鳴き声の入れ方にこの季節、この時間帯での聞こえ方という雰囲気が出ていてとても良かった。音響の良い環境で見るといいと思う。
 みぞれと希美の関係は、作中絵本であり楽曲である「リズと青い鳥」に登場するリズと少女との関係に重ねられていく。みぞれは「リズと青い鳥」を読んで、愛する者を手放す=自由にすることなんてできない、リズの気持ちがわからないと悩む。彼女にとってはリズ=自分、引っ込み思案な自分をひっぱり続けてくれた眩しい存在である希美=少女だ。しかしこの関係は後半で反転していく。みぞれと希美はお互いに自分が相手を縛っているのではと感じているのだ。何を持って相手を縛っているとしているのかは、2人の間でちょっとずれているのだが。このずれは、才能の度合いによるところが大きく、それが本作を美しくも微量に苦いものにしている。
 TVシリーズでも明確に提示されているのだが、みぞれには音楽の才能がある。彼女はおそらく音楽と共に生きていく人で、音大への進学を教師に勧められるのも頷ける。対して希美は、部活としては上手いというレベルだ。後輩の高坂(安済知佳)がみぞれを問い詰めるシーンがあるが、彼女のように何よりも先に音楽が来る人、「持っている」人には、みぞれの態度は音楽に対する不誠実さに見えてしまうのだろう。みぞれが自分の音楽を掴むことこそが、本作のクライマックスであるように思った。それは、希美と今までのように一緒にはいられないということでもある。しかしみぞれの音楽の一部は希美であり、2人が親友であることに変わりはないのだ。






『レディ・プレイヤー1』

 貧富の格差が拡大した2045年。人々はVR世界「OASIS(オアシス)」の中で理想の人生を楽しもうとしていた。オアシスの開発者ジェームズ・ハリデー(マーク・リアランス)は死去の際、オアシス内に3つの謎を隠した、解明した者に莫大な資産とオアシス運営権を譲渡するとメッセージを残した。17歳の少年ウェイド(タイ・シェリダン)も謎解きに参加し一つ目の謎を解くことに成功、一躍オアシス内の有名人になる。しかしハリデーの遺産を狙う巨大企業IOIが彼に近づいていた。原作はアーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』、監督はスティーブン・スピルバーグ。
 2045年という未来設定なのに、なぜか80年代サブカルチャーのてんこ盛りで色々突っ込みたくなる。予告編からしてヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」大フィーチャー(本編でも使用されている)だし世界設定といい、デザインといい、2010年代に想像した未来ではなく、1980年代に想像した未来という感じで、これを90年代以降に生まれた世代はどう見るんだろうと不思議だった。とは言え、あの作品のあのキャラクター、あの小道具等が次々と登場するのは楽しい。日本からの出演も相当数あり、これはぐっと来てしまうであろうというショット多々。ラスボス的存在登場前、客席に「もしやこれは・・・!」的緊張感が走り、登場すると「やっぱりねー!」と場内温度が高くなった気がした。メインテーマまで使っているなんて・・・。
 ストーリーやVR世界の設定には特に目新しさはなく、ビジュアルの賑やかさ、情報量のみで楽しめてしまう。ただ、VRの世界に耽溺せず現実に帰れというのではなく、VR、つまりフィクションが豊かである為には現実世界の豊かさが必要であり、現実が豊かである為にはVR・フィクションも豊かでなくてはならない、双方が呼応し合っているのだというテーマは、フィクションとエンターテイメントの世界で一時代を築いた(まだ築き続けているとも言える)スピルバーグらしい。VRに対しても現実に対してもポジティブだ。

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)
アーネスト・クライン
SBクリエイティブ
2014-05-17


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マウゴジャータ・フォレムニャック
バンダイビジュアル
2008-07-25

『ラブレス』

 ボリス(アレクセイ・ロズィン)とジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク)は離婚協議中で、既にそれぞれ別のパートナーがいる。2人とも新しい生活を始める為、相手に12歳の息子アレクセイを押し付けようとしており、協議はもめていた。2人の口論を聞いたアレクセイは、ある日学校へ向かったまま行方不明になる。監督・脚本はアンドレイ・ズビャギンツェフ。
 日本で公開されたズビャギンツェフ監督の作品は毎度見ているのだが、どれもビジュアルは大変美しく情緒がないわけではないが人間に対する視線が冷徹で、血も涙もないな!とうめきそうになる。本作も題名からして血も涙もない。そして題名通りの内容だ。
 ボリスとジェーニャは形は異なるものの、エゴをむき出しにしていく。ジェーニャは苛立ちや怒りをボリスにぶつけ、とりつくろうとすらしない。ボリスは一見下手に出ているが、言葉の端々からは責任を回避しようとする姿勢が見て取れる(終盤、新しい家庭でのボリスの姿は、この人夫としても父親としてもやる気ないんだな・・・と予感させるもの。家庭は欲しいが家庭で果たすべき責任は面倒くさくてやりたくないという感じ)。2人とも、自分のことが最優先でアレクセイのことは二の次だ。
 2人の行動は親としてどうなんだ、と非難されるであろうものだ。とは言え、彼らのエゴイズムと同じものが映画を観ている側の中にもきっとある。また、全ての親が自分の子供を愛せるわけでもないだろう。ボリスとジェーニャは保護者としての責任をおろそかにしたという点では非難されるだろうけど、愛が薄い(ように見える)ことは正直な所あまり非難する気にならなかった。もし親になったら、私もこんな感じじゃないかなと思ってしまうのだ。本作の題名はラブレス、愛がないということだが、そもそも家族の間に愛があるという前提が不確かなものではないだろうかと。
 アレクセイに対する直接的な愛情も思い入れもない、ボランティアの捜索隊の人たちの行動が、作中最もまともで責任感あるもののように見えたのが皮肉だ。

裁かれるは善人のみ [DVD]
アレクセイ・セレブリャコフ
紀伊國屋書店
2016-08-27



『リビング ザ ゲーム』

 ラスベガスで開催される、大規模な格闘ゲーム大会「EVO」で二連覇を果たし、ゲーム界のカリスマ選手的な立ち位置にある梅原大吾。その梅原に挑む若手プレーヤー、ももち。そしてアメリカ、フランス、台湾等、世界中のトッププレイヤーたち。人前でゲームをする姿を見せることを生業とするプロ ゲーマーたちを追うドキュメンタリー。監督は合津貴雄。
ちょっと時間があるから見てみるか、くらいの気分で見たのだが、とても面白かった。私は今では一切ゲームをやらないのだが、まさかストリートファイターの動画を見てこんなにも拳を握りしめる日が再び来るとは・・・。ゲームと縁がない人でも面白く見られるように配慮されている作品。構成がしっかりとしていて、この大会はどのくらいの規模で、この大会とこの大会の間にどんな経緯があって、といった部分の提示がゲームを知らない人にもわかりやすいと思う。対象となっているゲームが、画面内で起こっていることが分かりやすい格闘ゲームだというのも勝因だろう。単純に絵になるし気分が盛り上がりやすい。
 TVゲームプレーヤーに限らずどのジャンルにおいてもだろうが、スタープレイヤーであることと、その分野の技術が高いこととは、必ずしも一致しない。正確には、スターになるには技術プラスαが必要なのだろう。そしてそのプラスαは、個人のキャラクター性であったりメンタルの特異さであったり、往々にして努力ではどうにもならない。梅原とももちを見ているとそのあたりを痛感してなかなかに辛い。ゲームやらない私が見ていてもそう思うから、ドキュメンタリーとしては大成功と言えるんだろうけど・・・。梅原は(ゲーム外様の私が知っているくらいだから)やはり天才肌だしメンタリティがちょっと特異なんだろうな。勝敗ぎりぎりのところで「面白そうな方」を選べるというのは相当心が強くないと出来ないだろうし、「面白そうな方」に踏み切れることこそが、彼をスターにしている。彼のプレーは見ていて盛り上がるのだ。
 対してももちはおそらく非常にテクニックはあるが、堅実でいまひとつ華がないと思われる。本作、ももちとパートナーのチョコブランカに密着できたというのが勝因になっていると思う。梅原は、スターすぎて共感の要素がないので、ゲーム知らない人にはあまり訴求してこない。人としての弱さが垣間見えるももちの方がドラマ性があるのだ(当人にとってはいい迷惑かもしれないけど・・・)。





『レッド・スパロー』

 ボリショイバレエのダンサーだったが事故でダンサーとしての道を絶たれたドミニカ・エゴロワ(ジェニファー・ローレンス)は、ロシア政府の諜報機関に加わり、セクシャルな誘惑や心理操作を駆使するスパイ「スパロー」になる訓練を受ける。彼女はやがて才覚を認められ、CIA捜査官ネイト・ナッシュ(ジョエル・エドガートン)に近づき彼がロシア内に持っている情報源を特定するという任務を命じられる。監督はフランシス・ローレンス。
 ドミニカもナッシュも、意外と手の内をお互いに見せていくのだが、どこが工作でどこが本気なのか、二転三転していく。スパイ映画というよりも、政治的な、また個人同士のパワーバランスの転がり様を見ていくような作品だった。本作、面白いことは面白いのだが今一つ気分が乗り切らなかったのは、パワーバランス、力を巡る話だったからかもしれない。ドミニカは母親を人質に取られるような形で、スパイになる以外の選択肢を奪われる。叔父は彼女に対して支配力があると言える。スパイ養成所で叩き込まれるのは、相手をコントロールする方法で、それも相手に対する力の行使のやり方だ。ドミニカが「実演」するように、相手の欲望を見抜くことが弱点を掴むことにもなる。そしてもちろん、ドミニカにしろナッシュにしろ、組織、国家という力に支配されており、そこから逃げのびることは難しい。ナッシュは(ロシアと違い)アメリカは人を使い捨てにしないというが、それは嘘だよなぁ・・・。相手を支配することによる力の奪い合いって、見ているうちにだんだん辛くなってきてしまい楽しめない。コンゲームにおける裏のかきあいとは、私の中ではちょっとニュアンスが違うんだろうな。
 しかしその一方で、ドミニカがいかに自分を保っていくかというドラマでもある。この部分は序盤から徹底しており、少々意外なくらいだった。彼女は様々な名前、姿、身分を使い分けるが、常に自分であり続け行動の意図がブレない。彼女のありかは国でも組織でも特定の個人でもなく、自分だけなのだ。ある意味スパイ映画の対極にある映画な気もしてきた。ジェニファー・ローレンスのキャラクター性が強すぎて、そっちに役柄が引っ張られているような気もしたが。

レッド・スパロー (上) (ハヤカワ文庫 NV)
ジェイソン・マシューズ
早川書房
2013-09-20



アトミック・ブロンド [Blu-ray]
デヴィッド・リーチ
Happinet
2018-04-03


『リメンバー・ミー』

 靴職人の一族に生まれたミゲル(アンソニー・ゴンザレス)は音楽が大好きで、伝説的ミュージシャン、デラクルスに憧れている。「死者の日」の祭りで開催される音楽コンテストに出場したいミゲルは、デラクスルの霊廟に収められていたギターを手にする。ギターを奏でると同時に、彼は死者の国に迷い込んでしまう。死者の国で亡き親族に会ったミゲルは、夜明けまでに生者の世界に戻らないと本当に死者になってしまうと告げられる。監督はリー・アンクリッチ。
 ピクサー・アニメーションの新作長編作品だが、アニメーションのクオリティは相変わらず凄まじい。特に質感へのこだわりには唸る。人や衣服の肌合いがどんどん進化しているのがわかる。また、水の透明感と光の反射・透過感の再現度の高さがまた上がっているように思う。キャラクターの動きの面では、ミゲルがギターを弾くシーンが度々あるのだが、指の動きの演技がすばらしい。ちゃんとこの音ならこういう動きだろうな、と想像できるのだ。ギターを弾く人ならよりニュアンスがわかるのでは。
 ビジュアルはとても充実していてカラフルで楽しいが、今一つ気持ちが乗りきれなかった。ミゲルの祖母エレナの振る舞いにどうしても抵抗があって、家族は大事にしなくちゃ!という気持ちになれない。ミゲルの一族ではある事情から「音楽は一族を不幸にする」と考えられていて、代々音楽を聴くことも演奏することも禁じている。しかしその掟は曾曾祖母個人の体験に基づくものだ。他の家族にも当てはまるとは限らない。そういう個人的なことを家族と言えど他人に強制する姿勢が嫌なのだ。何が大切なのかは人それぞれ、家族より大切なものがある人もいるだろう。なので、家族は愛し合い支え合える、何よりも大切な存在であるという前提で話を進めないでほしいのだ。そりゃあ、上手くいっている間は家族は良いものだろうが、毒にしかならない家族というのも多々いると思うんだよね・・・。少なくともストーリー前半でのミゲルの家族は、彼を個人として尊重していないように見える。
 また、生者に忘れ去られると死者の国の死者は存在できなくなる=二度死ぬというルール、感覚としてはわかるが、生きている親戚縁者のいない死者たちがスラム街に住んでいるというのは、ちょっとひどいと思う。親戚縁者の多さ・ないしは著名人であったことと個人の生の価値とは一致するものではないだろう。そもそも生の価値は他人が決めるものではないと思うんだけど・・・。





『ラッキー』

 90歳のラッキー(ハリー・ディーン・スタントン)は一人で暮らしている。毎朝起きるとコーヒーを飲み、タバコをふかし、自己流のヨガをこなし、ダイナーに行ってコーヒーを飲みながらクロスワードパズルを解く。夜はバーに行ったりTVでクイズ番組を見たりする。ある日突然倒れたラッキーは、医者からは問題ないと言われたものの、自分に人生の終わりが近づいていると感じる。監督はジョン・キャロル・リンチ。
 ラッキーは同じような日課の毎日を繰り返しているのだが、妙に味わいがあって惹きつけられる。ラッキーは一人者だが、それが寂しい、悲しいというわけではないし、人生に失敗したと考えているわけでもないだろう。本作のキャッチコピーは「孤独と一人は、同じじゃない」だが、正確にはラッキーは一人だし孤独かもしれない、だがそれは自然なことでマイナスに考えることではない、といったところではないか。ラッキーは人間は生まれるときも死ぬときも一人だと明言する。彼には友人がおり、かつては恋人もいたようだが、それでも自分は自分であり、一人なのだ。それが彼にとっての自然だから、ペットの犬も小鳥も必要ない。
 とは言えラッキーは、他人が家族を持ったりペットを飼ったりすることを否定しない。ペットの亀が逃げ出して凹んでいる友人(デビッド・リンチが演じている)を周囲がからかっていると猛然と怒るし、雑貨店の女性が息子の誕生日なんだと言うと一緒に祝う。人が大切にしているものを茶化すべきではないという姿勢は一貫している。そこが、彼が偏屈だが周囲から好かれている一因でもあるのだろう。自分とは違うし理解できないかもしれないが、それはそれとして、という態度が見られるのだ。同性カップルに対する視線や弁護士とのやりとり等、若い頃はもっと偏屈で偏見に満ちていた(今でも偏見は持っているんだけど・・・)んだろうなという部分がちらほら見える。

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2006-08-25


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『ローズの秘密の頁』

 精神科医のスティーブン・グリーン(エリック・バナ)は、取り壊しが決まった精神病院を訪れた。転院手続きの為、赤ん坊殺しを犯した精神障害犯罪者として40年間収容されているローズ・F・クリア(バネッサ・レッドグレーブ)の診断を依頼されたのだ。ローズは自分の名前はローズ・マクナリティで赤ん坊殺しはしていないと訴え続けてきた。グリーンは彼女が聖書に書き込んだ手記を読み、彼女の話に耳を傾けていく。監督はジム・シェリダン。
 若き日のローズ(ルーニー・マーラ)のロマンスは美しくも過酷なのだが、全般的にはロマンチックな味わいがあり、そこがちょっとユニーク。背景にあるのは当時(第二次世界大戦中)のアイルランドの社会、教会の価値観の偏狭さや自己欺瞞性で、かなり深刻な話なのだが、ローズのロマンスはロマンチックできらきらと輝いている。
 ダブリンから疎開してきたローズは、おそらく当時としては精神的に自立した都会的な女性で、人目を引く美人。男性に対して臆さない(男性の目を見て話し、初対面の人ともダンスする)というだけであばずれ扱いされるなんて!と見ていて大変気分が悪かったが、現代でもこういう見方をする人はいるよな・・・。「彼女が色目を使った」ことにされるというのも、現代でもしばしばあることなのでうんざりする。
 本作、ローズが愛するマイケル(ジャック・レイナー)以外の彼女の周囲の男性は概ねクズなのだが、英国派のマイケルを敵視するIRAはともかく、地元の神父であるゴーント(テオ・ジェームズ)の態度がひどい。勝手につきまとって振られたと思ったらその仕打か!何が聖職者だ!と突っ込みたくなるが、教会の権力って想像以上のものなんだなとうすら寒くもなった。ローズは気丈な性格で普通の男性はさっさと袖にしても、「神父」であるゴーントに対してははっきりとNoとは言えないのだ。教会の意思であれば、非人道的なこともまかり通ってしまう。スティーブン・フリアーズ監督『あなたを抱きしめる日まで』でもアイルランドの修道院の問題が取り上げられていたが、そこと重なる部分がある。ブラックボックス化した大きな組織ってろくなもんじゃないな・・・。

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『RAW 少女のめざめ』

 厳格なベジタリアン家庭で育ったジュスティーヌ(ガランス・マリリエール)は、両親の母校でもある獣医学校に進学。先輩として既に寮生活をしている姉アレックス(エラ・ルンプフ)を頼るが、彼女は様変わりしていた。新入生の通貨儀式として生肉を食べることを強要されたジュスティーヌは、自身の体の変化に気付く。監督はジュリア・デュクルノー。
 上映中に失神者が出るほどの衝撃作との触れ込みで、一部でかなりの高評価だったらしいが、どのへんが衝撃だったのかな・・・?至って普通に少女の成長物語だった。確かに食肉シーンが衝撃なのかもしれないが、作劇的に特に目新しいことをしているわけではないので拍子抜けした。更に言うなら、わざわざ食肉設定を出してくる必要もあんまりない気がするんだけど・・・。
 ジュスティーヌは学校に附属した寮に入るのだが、新入早々「歓迎」の儀式に引っ張り出されたり、セクシーな服を着ることを強要されたり、出来がいいからと教員に因縁つけられたりで、混乱することだらけだ。先輩が絶対的なヒエラルキーのある世界で、優等生だった彼女は異物なのだ。彼女は学校の雰囲気に自分を合わせようとするが、肉食に目覚めたことがきっかけで、更に合わせることが困難になっていく。
 少女が自分を発見し解放されていくというよりも、自分を取り囲む世界との違和感、そして自分の身体との違和感と相対してもがいていく様に思える。学校内の雰囲気がとっても嫌な感じ(先輩に対して「聖なる存在!」みたいにコールさせるのとか、お祭り騒ぎに参加しないと許されない感じとか)ジュスティーヌが本来の自分であろうとすると、必然的に周囲の人々、最も近しい人々を傷つけることになってしまう。これは彼女の身体的なリアクションであると同時に、内面のリアクションでもある。彼女がセクシーな恰好をするのが自分1人だけの時というのも象徴的だった。
 しかしそれをこういう形で表現する必要ってあるのかなという気がしてならなかった。わかりきったことをもっともらしくやられてもなぁ・・・普通ですよとしか言いようがないよ・・・。特に、言うまでもない様なオチの付け方など、もはやコメディ。

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『ライオンは今夜死ぬ』

 南フランスのラ・シオタで映画の撮影に臨む老齢の俳優ジャン(ジャン=ピエール・レオ)。しかし共演者の不調で撮影が延期されてしまう。ジャンはかつて愛した女性ジュリエット(ポーリーヌ・エチエンヌ)を訪ねて古い屋敷にやってくる。既に空き家となった屋敷では、近所の子どもたちが映画撮影をしていた。ジャンも俳優として撮影に加わることになる。監督は諏訪敦彦。
 事前に思っていたのとは別の方向に話が転がるのであれっ?と思ったけど、予想とは違う良さがあった。渋い老人映画かと思っていたら、思いのほか子供映画であり、夏休み映画であり、何より映画の映画である。夏のキラキラした光と色彩がまぶしく(トム・アラリの撮影がいい)、できれば夏休みシーズンに見て気分を盛り上げたかったなぁ。
 冒頭、死にいく人を演じるジャンに対して監督が「死は穏やかのもの」と言うが、それは監督がまだ若いからで、死がそこそこ他人事に感じられるからだろう。もう人生の終盤にいるジャンにとっては、「穏やか」言えるのかどうか微妙だ。彼は死は出会いだと繰り返すが、おそらく出会ってみるまで何だかわからない、「出会い」としか言いようがないイメージなのだ。
 ジャンは実際、ジュリエットという死者と出会う。それは自分の死のリハーサルのようにも見える。実際、ジュリエットは彼を待っていると言うのだから。ジュリエットとの出会いと別れは、子どもたちが撮影する映画の中で更に反復される。死者との出会いと別れを経て最後にジャンが披露する演技は、冒頭のものよりもきっとよくなっている。
 一方、子どもたちにとっての死者は幽霊であり、ゴーストバスターズが退治するものだ。ジャンのセンチメンタリズム等入る隙がない。ジャンの思い出に対して子どもたちは無頓着だし、全然別の世界で生きているようでもある。しかしそこがいい。彼らの傍若無人さに対して、ジャンも自由きままな演技で返していく。子どもによるしっちゃかめっちゃかな指示を無視して演じるジャンに、子どもたちが「演技指導」する、その指導の内容が徐々に具体的になっていく所など愉快だった。子供はわかってくれない!しかし瞬間的に老人とすごく近い位置にいるように見える。

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