3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名ら行

『嵐電』

 鎌倉から京都・嵐山にやってきたノンフィクション作家の平岡衛星(井浦新)は、京福電鉄嵐山線、通称嵐電にまつわる不思議な話を収集している。修学旅行生の南天(窪瀬環)は、嵐電を撮影していた少年・子午線(石田健太)に一目ぼれする。地元の食堂で働く小倉嘉子(大西礼芳)は、東京から来た俳優・吉岡譜雨(金井浩人)の方言指導を頼まれる。監督は鈴木卓爾。
 路面電車である嵐電はやはり絵になる。日常の交通手段としても、異界へ繋がるものとしても、大切な人を連れ去ってしまうものとしての嵐電の存在感が作品の核にある。舞台装置の選び方でほぼ勝っているのでは。そのくらい雰囲気がいい。
 3組の男女が登場するが、どの関係もどこかおぼつかない。妻を見失っている平岡、一方通行の思いをぶつける南天と戸惑う子午線、そしてほのかな思いを寄せあうが先が見えない小倉と吉岡。狐と狸が乗った嵐電に乗った2人は二度と会えないという都市伝説が作中出てくるが、狐と狸に出会わなくても彼らはもう会うことはないのではというあやふやさがある。強い思いはあったとしても、自分は相手の何を見ていたのか、相手は自分の何を見ていたのかがわからなくなっていく。
 この世とあの世、異界を繋ぐやり方、ファンタジーの取り入れ方(というかこの世と同じ地平で推移している感じ)が鈴木監督は上手い。音楽にも味わいがあった。歌が異界への入り口のようで、一気にファンタジックになる。あがた森男の主題歌も乾いているが哀愁漂う。

ゲゲゲの女房(新・死ぬまでにこれは観ろ! ) [DVD]
吹石一恵
キングレコード
2016-08-03





私は猫ストーカー [DVD]
星野真里
マクザム
2009-12-25

『レプリカズ』

 人間の意識をコンピューターで作られた疑似脳に移し替える技術を研究している、神経科学者のウィリアム・フォスター(キアヌ・リーブス)は、交通事故で妻と3人の子供を亡くしてしまう。家族を諦められないウィリアムは、禁忌を破って家族のクローンを作り、そこに保存した意識のデータを移植しようとする。移植は成功したが、研究所は彼らに目をつけていた。監督はジェフリー・ナックマノフ。
 キアヌ・リーブスのいいところは、一応大スターなのにすっとこどっこいな映画にもいまだに平気で主演するところだと思う。本作のすっとこどっこい加減もなかなかのものだ。人格・記憶のコピーやクローンの生成などSFネタとしては手あかが付きまくっているから、見せ方には大分工夫がいると思うのだが、本作のそれはむしろ一昔前のものに見える。新作なのにやたらと懐かしい。これはもしや90年代なのでは?というくらい。記憶移植用のアンドロイドや人工脳のデザインのダサさ、今なぜこれを選んだ・・・と突っ込みたくなった。今、「機械の身体」を考えるのなら、もうちょっと違う方向性になるんじゃないかと思うんだけど・・・。
 序盤の展開がやたらとバタバタしているし、ストーリーは大雑把で、細部に目配りがされているとは言い難い。脳コピーのマッピングもクローンの生成も、そんなに手順でそんな短時間の作業で大丈夫なのかというくらいのざっくり感。ただ、全然面白くないのかというと、そうでもない。家族を亡くしたウィリアムは、先のことはろくに考えずに遺体の脳をコピーしクローン作りに踏み切ってしまう。計画らしい計画たてずにそんなことやります?!と突っ込みたくなるし、妻子が「不在」の間のアリバイ作りにあたふたする、ついでにSNS上で娘のボーイフレンドを娘になりすましてブロックする姿など、妙なおかしみがある。いざクローン作りに踏み切ってから我に返って協力者に責任を押し付けようとするあたりは結構ひどいのだが、そのひどさや考えの浅さに逆に説得力を感じてしまった。切羽詰まった人間の行動ってこういうものかもしれないなと。それにしても露呈するのが早すぎるしこらえ性がなさすぎるけど。粘れ!

アイ,ロボット [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16







ノック・ノック【期間限定価格版】[Blu-ray]
キアヌ・リーブス
ポニーキャニオン
2018-09-19

『レゴ(R)ムービー2』

 ブロックシティに謎の宇宙人が現れ攻撃を始めた。町は破壊され人々の心はすっかり荒んでしまう。ただしエメット(クリス・プラット/森川智之)だけは相変わらず明るく楽観的で変わらないまま。だがルーシー(エリザベス・バンクス/沢城みゆき)やバットマン(ウィル・アーネット/山寺宏一)が宇宙人にさらわれてしまう。エメットは仲間を取り戻すために宇宙を目指す。監督はマイク・ミッチェル。
 前作のラストの展開をそのまま引き継いでおり、宇宙人の襲来からの街の破壊!理不尽!というところは正に「あるある」ではないだろうか。本当にこういう感じなんだよなーと弟が幼かった頃を思い出してしまったよ・・・。絶対的な未知との遭遇かつコミュニケーション不全だ。そこがダイレクトに作品のテーマのひとつになっている。
前作のラストで明かされる構造は、ラストに明かしたからなるほどね!という鮮やかさがあったが、今回は最初からその構造が維持されているので、これ2時間持たせられるのかな?大丈夫なのかな?と少々ハラハラした。実際、2つの世界が並行して展開されることでちょっとストーリーは散漫な印象になっている。しかし意外と持ちこたえており、前述のコミュニケーションの問題もよりくっきりと浮かび上がったように思う。
 前作では全てが最高!それぞれが最高!とブチ上げられた。しかし今回は、全てが最高といつまでも言えるわけではないというモードにいきなり突入する。更に、エメットは大人になれ、現実を見ろと強いられていく。いきなり前作から方向転換してくるのだ。しかし、今最高でなくても最高を目指し続けることはできる、そしてクールでタフなリアリストになることと、大人になることとは必ずしもイコールではないのだ。どんな最高を目指すかも、どんな大人になるかも自分で決めていい。本作、そこそこ年齢いった大人でないとわからないであろう小ネタ映画ネタ満載なのだが、このテーマに関しては子供が見るべき映画なんだろうな。
 なお、前作に引き続き吹替え版で見たが、ミュージカルシーン含め結構よかった。声優陣の安定感は抜群だった。字幕では拾いきれなさそうなギャグがある(モブの会話がギャグになっていたりするので)。私は基本字幕派だが、コメディに関しては字幕だと温度差が出ちゃって笑いきれなかったりするので、吹替えを上手にやってくれるのがベスト。

LEGO(R)ムービー Blu-ray
クリス・プラット
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2017-03-17





ダイ・ハード 製作30周年記念版 (2枚組)[4K ULTRA HD + Blu-ray]
ブルース・ウィリス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-05-18

『ROMA』

 1971年のメキシコ。医者のアントニオ氏一家の屋敷で家政婦として働くクレオ(ヤリッツァ・アパリシオ)。ある日アントニオ氏は出張と称して家を出、妻ソフィア(マリーナ・デ・タビラ)と4人の子供を残したまま戻らないままだった。一方クレオは恋人に妊娠を告げるが、彼もまた姿を消す。監督はアルフォンス・キュアロン。 モノクロ映像が美しく、結構長回しが多い。相変わらず流暢な映像だが、映像よりも音の方が印象に残った。雨風の音や、鳥や動物の鳴き声や町の雑踏のざわめき、海の波の音等、環境音の入り方、広がり方にすごく気を使っているという印象だ。人の声の距離感も生々しい。  使用人としてつつましく生活しているクレオも、裕福な雇い主であるソフィアも、男性に捨てられる。クレオはソフィアや子供たちに忠実に仕えるし、子供たちはクレオにとても懐いている。ソフィアは妊娠したクレオを親身になってケアする。彼女らは家族のように見えるし、ソフィアはクレオを家族扱いしているつもりだろう。しかし、2人の女性の間には身分の差が依然としてある。クレオが病院に運び込まれた時、ソフィアの母は彼女のフルネームも生年月日も知らないことがわかる。彼女らにとって、クレオはそういう情報は必要のない存在であり、対等なものではないのだ。2つの世界が同じ空間で別個に展開されているような構造だ。子供たちはその2つの世界を自由に行き来しているようには見えるのだが。そしてクレオとソフィアそれぞれの世界の背景に、当時のメキシコの社会の変動が横たわる。絵巻物のようでいて、重層的な景色が展開されていく。  不吉な予感を感じさせるシーンが非常にわかりやすく、クレオの出産がどのような顛末になるのか、容易に想像できる。これ見よがしと言えばこれ見よがしなのだが、そのわかりやすさが神話のような味わいになっている。帰宅するたびに車をこすっちゃうという最早反復ギャグみたいなくだりも、分不相応なものを使っている(ので買い替えたらこすらない)という比喩みたいでわかりやすい。しかし駐車シーンのたびに他人事とは思えず、フェンダミラー!フェンダミラー気をつけて!とハラハラしてしまった。

『レディ・バード』

 カリフォルニア州サクラメントに暮らすクリスティン・マクファーソン、自称レディ・バード(シアーシャ・ローナン)は、カソリック系高校に通う17歳。母マリオン(ローリー・メトカーフ)は地元の公立大学に進学しろと言うが、都会に出たくてたまらず、内緒でニューヨークの大学の奨学生に応募している。高校生活最後の1年、友人やボーイフレンドとひと悶着あったり、家族とぶつかったり、将来について悩んでいく。監督はグレタ・ガーウィグ。
 女優として活躍しているガーウィグの初の単独長編監督作だそうだが、監督としてもいい!自意識過剰で「イタい」高校生の姿には自身の体験も投影されているというが、そのイタさを卑下するような所、自虐感がないところがよかった。レディ・バートに対しても、彼女の友人や家族、ボーイフレンドらに対しても、ほどよく距離感があり誰かを悪者にしようとはしない。
 レディ・バードと親友のやりとりがどれも心に残る。プロムが出てくるアメリカの映画はいくつも見たけど、本作のプロムが一番じーんときた。こういう友人て得難いよなとしみじみ思う。もしかしたら、彼女らはこの後疎遠になるのかもしれないけれど、そうだとしてもいいのだ。この時、この人がいてくれたということがすごく大事なのだ。一方、レディ・バードがイケてる自分を演出したいが為に接近するクラスのイケている女子についても、彼女がいじわるだとか浅はかだという描き方はしていない。ただ、今の現実生活が経済的にも精神的にも充実していていて自己評価の高い人は、地元を出たいとはあんまり思わないんだろうなぁという妙な説得力があった。彼女にとってレディ・バードは「その他」であり個人としては認識されてなかったという所もリアル。
 レディ・バードの高校最後の1年をハイスピードで描く青春物語であると同時に、彼女と家族の物語としても際立っている。特に母娘の関係が、こういう描き方はありそうでいてあまりなかった(あり方がユニークというより、こういう部分をわざわざクローズアップしようという人がいなかったと言う意味で)気がする。仲が悪いとかお互いに全く理解不能というわけではない。マリオンはすごく強い人で、レディ・バードに対しては少々過干渉なようにも見える。レディ・バードの方も大分我が強いのでいちいちカチンとくるのだ。マリオンは正しい人だが、正論でこられると(特に家の台所事情が絡むと)子供としては辛いものがある。レディ・バードくらい我の強い子じゃないと、マリオンのような母親と個人として張り合えないだろうから、悪い組み合わせではないのだろうが。レディ・バードが落ち込んでいる時にマリオンが慰めるやり方等、器用ではないが娘のことを本当に愛しているというのはわかるのだ。
 レディ・バードはミッションスクールの校風や決まり事(プロムのダンスホールをシスターたちが見張っているのにはちょっと驚いた)は決して好きではない様子だし、敬虔なクリスチャンというわけではもちろんないだろう。しかしこの学校の先生たちは実はすごくちゃんとしている。演劇の先生にしろ、校長であるシスターにしろ、生徒のことを良く見ていて、いい部分を引き出そうとしていることがわかる。シスターがレディ・バードの文章に対して「それは(地元を)愛しているってことじゃないかしら」と指摘するが、確かに自覚はなくても、愛憎混じったものであっても、そうなんだろうなと思える。都会に出て早々に大失敗した彼女は、ある場所に立ち寄る。うざったく感じていても、もう自分の一部なのだ。

フランシス・ハ [DVD]
グレタ・ガーウィグ
ポニーキャニオン
2015-05-02


スウィート17モンスター [Blu-ray]
ヘイリー・スタインフェルド
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-09-06


『ランペイジ 巨獣大乱闘』

 違法な遺伝子操作実験の失敗により、自然保護区内でゴリラ、オオカミ、ワニの3頭が巨大化、狂暴化した。様々な動物の強みを取り入れた遺伝子により力を得た動物たちには軍もなすすべながなかったが、遺伝子操作実験の首謀者である大企業は、動物たちからDNAサンプルを採取しようと、シカゴへとおびき寄せようとする。元特殊部隊員で動物学者のデイビス・オコイエ(ドウェイン・ジョンソン)は、動物たちを止めようと3頭の後を追う。監督はブラッド・ペイトン。
 巨大動物大暴れという1ネタのみで100分強を乗り切る、潔い娯楽作。遺伝子操作だろうが何だろうが、とにかく「動物が巨大化して強い」という幼稚園児のような発想だし、そもそも生物としての強さはその方向で合っているのか?大企業もDNA採取するのにその方法でいいのか?返り討ち間違いないぞ!という突っ込みも入れたくはなるが、大きい物が暴れまくるのは愉快だ。荒唐無稽というよりも大分頭の悪い世界観をそれなりに成立・納得させてしまう、ドウェイン・ジョンソンのスター性に唸る。彼の存在によって「映画」として成立しているように思う。ゴリラとの「会話」も、まあジョンソンさんならゴリラとお話くらいできて当然、という気分になってくるし、何しろ死にそうにないので安心だ。
 このシーンとこのシーンの間に何かもう一展開くらいないと流れがおかしいな?という所が何か所かあるのだが、話の整合性よりもテンポの良さ、スピーディーで飽きさせないことを優先していると思う。無駄に尺を長くしないところはとてもよかった。さくっと気軽に見られて見た後はスッキリ、余韻は何も残さないという娯楽作に徹している。こういう映画も絶対必要なんだよなー。自分の立ち位置をよく理解している作品だ。


『ルイ14世の死』

 太陽王と呼ばれ、豪奢を突くしベルサイユ宮殿を作ったルイ14世(ジャン=ピエール・レオ)は死の床にあった。廷臣や医者たちは王の回復の為に尽力する一方で、死に備えつつあった。監督はアルベルト・セラ。
 カメラ数台をほぼ固定して撮影しているようだ。非常にかっちりと絵を作りこんでいるように見える。特にライティングはレンブラントの絵画を思わせるような光と影のコントラストを強調したもので、同時に輪郭ははっきりさせすぎない。影の中に対象が沈んでいくような印象も受ける、絵画的なもの。絵を作りこんでいるように見える一方で、カメラの前を平気で誰かが横切ったり、話している人が他の人の影に隠れて肝心の表情が見えなかったりする。それでOKにしてしまうんだなという、不思議な新鮮さがあった。自分の絵の設計に強烈な自信のある監督なように思う。また、室内はほぼ薄暗いままで見た目では昼も夜もわからない。屋外から聞こえる鳥のさえずりや虫の声で、時間が経過したことが何となくわかってくるという、音の使い方が良かった。
 ルイ14世はほぼ寝たきりで、回復は見込めないだろうという状況なのだが、死にそうでいてなかなか死なない。人間が死ぬのには時間がかかるんだなぁと妙に感心した。ある死が始まってから完了するまでを延々追っている映画とも言える。
 人の死という一般的に深刻な事態が進行している一方で、そこかしこに妙なユーモアがある。そこでそんな勇壮な音楽入れるの?!(作中、いわゆるサウンドトラック的音楽がかかるのは多分ここだけ)とか、王が帽子を取って挨拶したり、ビスケットを食べたりするだけで廷臣たちが拍手したり。こびへつらっていると言うわけだが、不思議と皮肉っぽさはない。帽子のくだりに関しては、王自身もこっけいなのをわかってやっているふしがあるように思う。ユーモラスなのだ。
 当時最先端であろう医術を施す医師たちがいる一方で、オカルトまがいの薬を処方するエセ医師もいる。周囲はどちらが適切とも決められずにおり、この時代の科学と迷信とがせめぎ合っている感じがした。医師たちの処置は現代から見ると的外れでもあるのだが、その行動には科学的な精神があるように思った。何でも確認し、トライ&エラーを重ねてデータを蓄積する。最後の医師の発言には笑ってしまうが、科学者の姿勢としては真っ当だろう。科学の前では王も平民も一症例にすぎないのだ。


コロッサル・ユース [DVD]
ヴェントゥーラ
紀伊國屋書店
2009-05-30





『陸軍中野学校』

 昭和13年10月、三好次郎(市川雷蔵)ら18名の陸軍少尉が、九段の靖国神社に集合した。彼らは草薙中佐(加東大介)が極秘裏に設立した日本初の秘密諜報機関員養成学校、陸軍中野学校の第一期生として集められたのだ。入学する者は外部との連絡を一切絶ち、戸籍もなくし、今後偽名で通さなければならない。三好には母と婚約者の雪子(小川真由美)がいたが、彼女らには行き先不明の任務と告げたきりだった。監督は増村保造。
 スパイもの、というよりスパイ学校ものなのだが、スパイに必要な技能を生真面目に学ぶ様が妙に面白い。刑務所から金庫破りのプロを召喚して錠前の開け方を学んだりするのだ。他にも各種機械の組み立て修理や毒薬の扱い、暗号解読、拷問等色々な授業があるのだが、教師はどこから連れてきたのかとか、教師に対する口止めはどのようにしていたのかとか、色々気になってしまった。
 草薙中佐の中野学校にかける思いは熱く、当時の「頭の固い」軍では育てられない人材を作り出そうという意欲に満ちている。しかし、学校が訓練機関として機能していくと共に、従来の軍隊の体質とさして変わっていない面が露呈していくのがなかなかきつい。その場の盛り上がり、空気の読みあいで物事が決定してしまう薄気味悪さがある。このあたり、当時はどういう風に見られていたのだろうか。草薙は「去りたい者は去っていい」「俺を恨むか」と問うが、仮に当人にその気はなくても、異論は封殺される空気が醸し出されちゃってるんだよなぁ・・・。草薙も、それを見越したうえで熱血パフォーマンスをしているようにも見えるのだ。切腹の件など、あー日本って!とげんなりする。この前近代感!
 三好と雪子との期せずしてのすれちがいの悲劇は、メロドラマ性が高くてスパイ要素とはまた違った面白さがある。淡泊な三好に対し雪子が意外と情熱的で情念をにじませており、悲劇が際立っていた。なお、昭和13年が舞台で、戦争の為に調味料などが不足しているという描写があるのだが、雪子やバーの女性達の服装は結構おしゃれ。映画的な演出なのかもしれないが、洋服のデザインに凝る余裕はまだあったということなのかな。

陸軍中野学校 [DVD]
市川雷蔵
角川書店
2012-06-29



『リズと青い鳥』

 北宇治高校吹奏楽部の部員で、オーボエ奏者の鎧塚みぞれ(種崎敦美)とフルート奏者の傘木希美(東山奈央)は中学時代からの親友同士。2人とも3年生となり、高校最後のコンクールを控えていた。コンクールでの演奏曲に選ばれた「リズと青い鳥」にはオーボエとフルートのかけあいのパートがあり、みぞれと希美が奏者に選ばれた。しかし2人の掛け合いはなかなかうまくかみ合わない。テレビアニメ『響け!ユーフォニアム』の完全新作劇場版。製作はTVシリーズと同じく京都アニメーション、監督は山田尚子、脚本は吉田玲子。原作は武田綾乃の小説。
 京都アニメーション作品は輪郭線がどんどん細くなっていく傾向にあるようだが、本作の動画の輪郭線は本当に繊細。良質の、往年の少女漫画という印象だ。人間の動きの演出もとても丁寧で、特に手の動きの演出は凝っている。体の重心移動の微妙な表現なども細やかだ。山田監督がよく使う、あえてカメラのフォーカスをぼやかせるような演出は、これ必要かな?と疑問に思う所もいくつかあったが。
 吹奏楽部が舞台だから当然音楽は大きな要素なのだが、吹奏楽部が演奏する音楽以外の劇伴も、さりげなく良い。また、鳥の声や木々のざわめき、衣擦れや足音など、日常の中の音、生活音の演出が非常に冴えている。特に(題名からして鳥がキーだし)鳥の姿を使った演出が随所にあるのだが、鳥の鳴き声の入れ方にこの季節、この時間帯での聞こえ方という雰囲気が出ていてとても良かった。音響の良い環境で見るといいと思う。
 みぞれと希美の関係は、作中絵本であり楽曲である「リズと青い鳥」に登場するリズと少女との関係に重ねられていく。みぞれは「リズと青い鳥」を読んで、愛する者を手放す=自由にすることなんてできない、リズの気持ちがわからないと悩む。彼女にとってはリズ=自分、引っ込み思案な自分をひっぱり続けてくれた眩しい存在である希美=少女だ。しかしこの関係は後半で反転していく。みぞれと希美はお互いに自分が相手を縛っているのではと感じているのだ。何を持って相手を縛っているとしているのかは、2人の間でちょっとずれているのだが。このずれは、才能の度合いによるところが大きく、それが本作を美しくも微量に苦いものにしている。
 TVシリーズでも明確に提示されているのだが、みぞれには音楽の才能がある。彼女はおそらく音楽と共に生きていく人で、音大への進学を教師に勧められるのも頷ける。対して希美は、部活としては上手いというレベルだ。後輩の高坂(安済知佳)がみぞれを問い詰めるシーンがあるが、彼女のように何よりも先に音楽が来る人、「持っている」人には、みぞれの態度は音楽に対する不誠実さに見えてしまうのだろう。みぞれが自分の音楽を掴むことこそが、本作のクライマックスであるように思った。それは、希美と今までのように一緒にはいられないということでもある。しかしみぞれの音楽の一部は希美であり、2人が親友であることに変わりはないのだ。






『レディ・プレイヤー1』

 貧富の格差が拡大した2045年。人々はVR世界「OASIS(オアシス)」の中で理想の人生を楽しもうとしていた。オアシスの開発者ジェームズ・ハリデー(マーク・リアランス)は死去の際、オアシス内に3つの謎を隠した、解明した者に莫大な資産とオアシス運営権を譲渡するとメッセージを残した。17歳の少年ウェイド(タイ・シェリダン)も謎解きに参加し一つ目の謎を解くことに成功、一躍オアシス内の有名人になる。しかしハリデーの遺産を狙う巨大企業IOIが彼に近づいていた。原作はアーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』、監督はスティーブン・スピルバーグ。
 2045年という未来設定なのに、なぜか80年代サブカルチャーのてんこ盛りで色々突っ込みたくなる。予告編からしてヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」大フィーチャー(本編でも使用されている)だし世界設定といい、デザインといい、2010年代に想像した未来ではなく、1980年代に想像した未来という感じで、これを90年代以降に生まれた世代はどう見るんだろうと不思議だった。とは言え、あの作品のあのキャラクター、あの小道具等が次々と登場するのは楽しい。日本からの出演も相当数あり、これはぐっと来てしまうであろうというショット多々。ラスボス的存在登場前、客席に「もしやこれは・・・!」的緊張感が走り、登場すると「やっぱりねー!」と場内温度が高くなった気がした。メインテーマまで使っているなんて・・・。
 ストーリーやVR世界の設定には特に目新しさはなく、ビジュアルの賑やかさ、情報量のみで楽しめてしまう。ただ、VRの世界に耽溺せず現実に帰れというのではなく、VR、つまりフィクションが豊かである為には現実世界の豊かさが必要であり、現実が豊かである為にはVR・フィクションも豊かでなくてはならない、双方が呼応し合っているのだというテーマは、フィクションとエンターテイメントの世界で一時代を築いた(まだ築き続けているとも言える)スピルバーグらしい。VRに対しても現実に対してもポジティブだ。

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)
アーネスト・クライン
SBクリエイティブ
2014-05-17


アヴァロン [Blu-ray]
マウゴジャータ・フォレムニャック
バンダイビジュアル
2008-07-25

ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ