3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名ら行

『リトル・マン』

 EUフィルムデーズ2020にて配信で鑑賞。リトル・マンは森の中に家を作って、一人暮らしに満足していた。しかし自分の人生に欠けたものがあるという夢に悩まされ、眠れなくなってしまう。ある部屋を訪問しろと夢で告げられた彼は旅に出る。監督はラデク・ベラン。原作は2008年にチェコで出版された絵本。
 人形を使った実写映画。と言ってもアニメーション(ストップモーション)ではなく、操り人形を使った「人形劇」であるというところがユニーク。まさにチェコのお家芸!人形の動きにしろセットにしろ小道具にしろ緻密でやたらと力が入っており、なぜこれをわざわざ人形劇でやろうとした…?(コマ撮りができるアニメーションならまだわかるんだよね…)とその情熱に心打たれるやらあきれるやら。人形劇だからオールセットなのかと思ったら、ちゃんとロケをやっている(グラスの水や湖等でちゃんと「水」を使っているあたりが地味にすごい)という手間暇のかかり方。人形の造形は決して可愛らしいものではなく、妙にリアル志向だったり時にグロテスクだったりする。人間とも動物とも虫ともつかない不思議な造形のキャラクターが次々と登場する。原作の絵本がどういうビジュアルなのか気になるが、ちょっとグロテスクでとらえどころのない部分が魅力になっている。
 美術面には非常に拘りを感じるが、ストーリー展開や全体の構成はかなり大雑把。リトル・マンを引き回すだけ引き回しておいて、最後はあっさり収束させてしまう。そこで諸々説明してくれるのなら、最初からそこに行けばいいのに…と、今までの経緯は何だったんだろうと唖然とした。緻密な部分と大雑把な部分の落差が激しすぎる。おおらかで作品の自由度が高いとも言えるかもしれないけど…。


ポヤルさんのDVD-BOX
コロムビアミュージックエンタテインメント
2009-03-18


 

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』

 父親が死んだという知らせを聞き、ずっと疎遠だった故郷の凱里に戻ったルオ・ホンウ(ホアン・ジュエ)。故郷の町で幼馴染だった白猫の死を思す。また、忘れられない1人の女性、ワン・チーウェン(タン・ウェイ)のことを思い起こす。彼女は地元のヤクザの情婦だった。監督はビー・ガン。
 作品の中盤で2Dから3Dに切り替わる。ルオが映画館で3D眼鏡をかけると同時に観客も眼鏡をかけて、彼の体験を追体験する気分になる。残念ながら新型コロナウイルスの影響で3D上映が縮小してしまっているが、ぜひ3Dで見ることをお勧めしたい。見え方が変わることが、映画の構造が明示されるのだ。時に夢=映画の方がありありと感じられるものではないか。
 ルオがワンについて聞く噂から、彼女と過ごした時間を回想する。しかし回想の中身は、彼女について聞いた断片的な情報をもとに組み立てられたストーリーであるようにも見える。ルオの想像でしかないのではないかと。更に言うなら彼女は実在しない女、ルオの頭の中にだけ存在する「幻の女」なのではと。幻の女を追い続けても当然、彼女に手が届くはずはない。ルオは幻想と記憶、現実との間をフラフラと行ったり来たりしているような、半分眠っているような構造だ。
 ルオが追いかける女性はもう1人いる。彼の母親だ。彼の母親は若いころに家を出て行方が知れない。ルオが母親について覚えていることはわずかだ。そのわずかな記憶は登場する女性たちに少しずつ投影されているように思う。ワンにも白猫の母親にも、もちろん終盤に登場する女性にも。記憶の中の女性の影を追い続けるロードムービーだった。夢の中を旅するような映像はとても美しい。緑と赤という補色同士の組み合わせが鮮やかで、ネオンカラーのような艶っぽさがあった。

花様年華 (字幕版)
マギー・チャン
2013-11-26


青いドレスの女 [DVD]
ドン・チードル
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2010-02-24


『レ・ミゼラブル』

パリ郊外、モンフェルメイユの警察署に赴任してきたステファン(ダミアン・ボナール)は犯罪防止班に加わる。激昂しやすく警官としての力に疑いを持たないクリス(アレクシス・マネンティ)とグワダ(ジェブリル・ゾンガ)のやり方には賛成できないが、一緒にパトロールに回ることに。そんな折、少年イッサが起こしたある事件が、元々緊張状態にあった複数のグループの関係に火をつけてしまう。監督はラジ・リ。
 子供たちによる冗談みたいな事件(監督の子供時代に実際にあった事件だというからびっくりだが)から、地域内に火がついて大炎上していくスピードがあっという間。実はほぼ1日の話なのだ。短時間で泥沼化していくのは、問題が起きたからというよりも、元々火種がくすぶり続けていたからだ。パリは多民族の町ではあるが、実際にはそれぞれの民族、文化圏が群れのように固まっており、決して友好的ではない様子が伝わってくる。人種・民族による横の分断のようなものと、警察と団地住民といったような階層的な縦の分断みたいなものがある。分断もまた重層的なのだ。団地の住民たちによって抑圧の主である警察官たちも、仕事から離れると他の住民と同じようにその地域ごとの「群れ」に戻っていく。
 暴動の起こり方・発展の仕方も、そこからそっちの方向に向けてなの?!という意外性があった。主義主張によるものではなく、日常の抑圧や不満が爆発したという感じだ。テロリズムみたいなものとは違って、あくまで「暴動」なんだなと。怒りの方向性がばらばらでこれもまた一方向ではない。エネルギーは大きいが散漫なのだ。それだけに、脈略なく拡散していくし収束の形が見えない。出口がないのだ。暴動を起こしている側もどこに対して何をぶつければいいのかわかっていない感じで、それがラストシーンの強烈さにつながっている。えっそこで終わるの?!とびっくりした。

憎しみ [Blu-ray]
フランソワ・レヴァンタル
ジェネオン・ユニバーサル
2009-09-18



『ラスト・ディール 美術商と名前を無くした名画』

 画商のオラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)は仕事最優先で家族はおそろかにしてきた。娘レア(ピルヨ・ロンカ)との間にはわだかまりが残り疎遠だった。ある日、レアから息子のオットー(アモス・ブロテルス)の職業体験を受け入れてほしいと連絡がくる。久しぶりの孫との対面に戸惑うオラヴィだが、オットーは押しかけてきてしまう。そんな折、オラヴィはオークションでサインのない一枚の肖像画に惹かれる。オットーと絵を調べるうち、近代ロシア絵画の巨匠レーピンの作品ではと確信する。監督はクラウス・ハロ。
 95分というコンパクトな尺だが、ゆったりとした時間の流れを感じる作品。盛り上げ方も控えめで品がいい。ただ、オラヴィという人物の造形はそんなに品のいいものではなく、美術に向ける情熱、執念は時に生々しい。稼いだ金は家族ではなく美術品の収集に注ぎこみ、かといって巧みに売りさばけるでもなく溜まる一方。金策に行き詰まると不仲な娘にもけろっと金の無心をし、まだ高校生な孫の金まで使い込むという人でなし加減。美術品を前にすると人の心がなくなるのか…。
 見せようによってはいい話っぽいし、実際そうしようとしている向きもあるのだが、美術の魔に取りつかれた者のなりふり構わなさ、妄執にうっすらとぞっとした。娘との関係を築きなおすという側面はなくはないのだが、彼が失った信頼自体はおそらくもう取り戻せない。愛があるのと信頼しているのはまた別の話なのだ。最後、謎の肖像画にサインがない理由について、ある説が提示される。その説の内容は、オラヴィの妄執とは対極にあるというところが皮肉だ。
 それにしても、オークションハウスも美術商も、本作を見た限りではろくな商売じゃなさそうだな…。そのあたりの商売としてのやくざさは意図的に描かれていると思う。決してオラヴィの行動を正当化しない、渋い作品だ。

こころに剣士を(字幕版)
レンビット・ウルフサク
2017-11-15


『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』

 ニューヨークで活動している写真家のロニート(レイチェル・ワイズ)は、父親の死の知らせを受けイギリスに帰郷する。彼女が育ったのは厳格なユダヤ・コミュニティで、彼女の父親はそこのラビだったのだ。ロニートは幼馴染のドヴィッドと結婚したエスティ(レイチェル・マクアダムス)と再会する。かつてロニートとエスティは愛し合っていたが、コミュニティの掟はそれを許さず引き裂かれたのだ。監督はセバスティアン・レリオ。
 ロニートが写真家という設定に、先日回顧展を見たソール・ライターのことを思い出した。ライターもユダヤコミュニティの出身で、父親は著名なタルムード学者。ライターは神学校を中退して写真家を目指すが、偶像崇拝を禁じるユダヤ教文化の中では写真はタブー視されており、家族とは絶縁状態に。唯一の理解者だった妹は精神を病み生涯を病院で終えたそうだ。強固なコミュニティはそこに疑問を持たず馴染める人によっては安心できる拠り所になるのだろうが、内部のルールに馴染めない、逸脱した人にとっては強い抑圧、足かせになってしまう。
 ロニートは写真を手段としてコミュニティから離れ別の世界を得るが、エスティの世界はコミュニティの中にこそある。教師という仕事にはやりがいを感じ、夫との生活も不幸なわけではない。ただ、本来の自分を隠し続けなくてはならないのだ。更に苦しいのは、エスティはもちろんロニートも信仰を失ったわけではなく、文化的な背景もルーツもユダヤ文化と共にある。そのコミュニティの中で生活することができなくても、そこで染みついたものが消えるわけではないのだ。信仰はあるのにその教義が自分の生来の姿を許さないというのは、自分の存在を自分の拠り所に否定されるわけで、相当苦しいのではないかと思う。
 その葛藤を越えて彼女らはある決断に至るが、選んだ道がどうであれ、自分で選んだ、選択肢があったということが重要なのだろう。かつての2人はそれがなかった。コミュニティ自体にも変化の兆しがあったのかもしれない。ロニートの父が話しきれなかった説法では「選択」という言葉が繰り返された。そしてドヴィッドがそれを受け継ぐ。そこにほのかな希望が見えるように思った。

ナチュラルウーマン [DVD]
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アルバトロス
2018-08-03


グロリアの青春 [DVD]
パウリーナ・ガルシア
オデッサ・エンタテインメント
2014-09-03


『淪落の人』

 事故で半身不随となったリョン・チョンウィン(アンソニー・ウォン)は離婚して妻子とは別居、妹とも疎遠で一人暮らし。フィリピン人のエブリン(クリセル・コンサンジ)を住み込み家政婦として雇うが、彼女は英語は喋れるが広東語は喋れず、リョンは英語がわからない。最初はお互いイライラしていたが、徐々に親しみと信頼を築いていく。監督・脚本はオリバー・チャン。
 フルーツ・チャン製作とのことで、久しぶりに彼が関わる作品を見られてうれしい。フルーツ・チャン作品の常連だったサム・リーもリョンの友人ファイ役で出演しているが、これがまたいい。どこかセクシーなんだよな。
 リョンとエブリンは雇用主と被雇用者という関係で、最初は双方上下関係を意識している。広東語がわからないエブリンのことをリョンは侮ってもいる。エブリンの方も家政婦仲間から「広東語がわかるとアピールしてはだめ、バカの振りをした方が余計な仕事が増えない」とアドバイスされる。しかしリョンは英語を少しずつ学び始めるし、エブリンもバカの振りはしたがらない。面倒くさくても、お互いに人格を持った個人として付き合っていこうとする。雇用関係が維持されたまま、対等の関係を築くことは可能だろう。「奥様」の死を嘆き悲しむ家政婦仲間にも、おそらく同じような関係があったのだ。
 実の母親よろいもリョンの方がエブリンの意志を尊重し彼女の力を信じているというのは、少々皮肉でもある。リョンは肉親とは疎遠で、エブリンは離婚手続き中で母との関係は良くなさそう。肉親よりも近くにいる他人の方がお互いに理解と尊重を持っているのだ。親密ではあるが、疑似家族とはまた違う。ファンは時にリョンの息子のようでもあるが、あくまで「親友」であり、他人同士であるというところはぶれない。他人として支えあう(が、一線は越えない)というのが現代的だった。

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『リチャード・ジュエル』

 1996年、オリンピック開催中のアトランタ。警備員のリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は公園で不審なカバンを見つけるが、その中には爆弾が仕込まれていた。一躍英雄になったジュエルだが、FBIは彼を容疑者として捜査を開始。しかもメディアがそれをセンセーショナルに報道してしまい、ジュエルは国中から貶められる。弁護士ブライアント(サム・ロックウェル)とジュエルの母ボビは、ジュエルの名誉回復の為立ち上がる。監督はクリント・イーストウッド。実話を元にしたドラマだそうだ。
 ジュエルはいい人ではあるが、かなり癖のある、問題を抱えた人でもある。彼が無実だということは実際の事件の経緯から映画を見る側にはわかってはいるのだが、いや本当に無実なのか?後ろ暗いところがあるのでは?とうっかり思ってしまうような怪しさもある。その怪しさ、プロファイリングによる犯人像を過信し、FBIはひっこみがつかなくなってしまった。低所得の白人男性で銃愛好家、政治的にはかなりコンサバ(ゲイフォビア的発言がありひやりとする)、英雄願望ありという、いかにもいかにもな人間像だが、物的証拠には乏しい。そもそも早い段階で物理的に無理なのでは?という疑問は出てくるのだが、それでもジュエル容疑者路線で話が進んでしまうという所が怖い。
 ジュエルは「法の元に正義を執行する」ことへの拘りが強く、警察官への道を諦めきれずにいる。警察やFBIの捜査の仕方や法律にも詳しい(だから疑われたという面もある)。警察やFBIと自分とを一体化する傾向があり、その拘りはちょっと病的でもある。自分が容疑者として逮捕され、詐欺まがいの取り調べを受けてもなおFBIに協力的な姿勢を見せてしまうというのは不思議なのだが、大きなもの、力=権力を持つ側に自分を置く(ように思いこむ)ことで自分のプライドを守ろうとしていたのかとも思えた。とは言え、それは思い込みにすぎない。彼がそこから自由になる、本当の意味での自尊を取り戻す瞬間は小気味が良い。
 なお、女性記者が絵にかいたような悪女、ヒールとして描かれており、これはちょっと単純すぎではないかと思った。全くのフィクションならともかく(フィクションであっても今時これはないと思うが)、実在のモデルがいる場合は単純化しない方がいいのでは。本作、当時の実際の映像を随所で使っており、下手にノンフィクション感があるだけに余計にそう思った。メディアが掻き立てたイメージによって人生を損なわれた人を描いているのに、本作でまた同じことをやってしまっているのではないかと。

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運び屋 [Blu-ray]
クリント・イーストウッド
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『ラストレター』

 姉・未咲の葬儀を終えた裕里(松たか子)は、未咲宛に高校の同窓会の案内が届いていることを知る。姉の死を知らせに同窓会に出席したものの、未咲と勘違いされて思わず姉の振りをしてしまう。帰り道、初恋の相手で未咲の同窓生・鏡史郎(福山雅治)に声を掛けられる。監督は岩井俊二。
 鏡史郎の初恋相手は未咲で、彼は40代になるまでずっと、その思いを抱き続けている。思いをこじらせて小説家としてスランプになるくらいに。1人の人への思いをそこまで維持し続けるというのは、一途を通り越してちょっと怖い。彼目線のロマンチシズムがいきすぎて、もはや胸焼けしてきて気持ち悪い…。岩井監督の粘着性、変態性が前面に出ているように思う。少女の部屋着としてノースリーブのワンピース着せちゃうあたりも変わらぬ性癖を感じる。新海誠の大先輩って感じだ。とは言え、ストーリーテリング、全体の構造は岩井監督の方がずっと映画の手練れではあるが。
 裕里も鏡史郎も未咲との記憶に縛られ続けている。本作の中心にいるのは彼女だ。しかし、その中心は空洞であるように思った。本作で描かれる未咲は、常に誰かの記憶の中の未咲、誰かの目から見た未咲であって、彼女が実際に何を考えどういう人だったのかということはわからない。誰かが見る幻影としての彼女であって、本質はそこにない。そういう存在にされてしまうのってどうなんだろうなとちょっと物悲しさも感じた。
 裕里が同窓会から帰った後、彼女のスマホを見た夫の態度がひどくて、一気にひいてしまった。勘違いからくる嫉妬による行動なのだが、男女年齢関係なく、嫉妬してすねるのって全然可愛くないし迷惑だなと。「罰する」ってあまりに一方的。どういう意図でああいったエピソードをいれたんだろうか。まさかやきもちやいちゃって可愛いでしょ?とか思ってないよね監督?

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2016-09-02


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『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』

 アメリカ国務長官シャーロット・フィールド(シャリーズ・セロン)は大統領選に出馬することを決意。スピーチの原稿をジャーナリストのフレッド(セス・ローゲン)に依頼するが、共に行動するうちに2人は恋に落ちる。しかし立場が違いすぎる2人の関係は前途多難だった。監督はジョナサン・レビン。
 男女逆転シンデレララブコメみたいな言われ方の作品だが、そこにはそれほど新鮮味は感じない。これは時代が変わりつつある(女性の方が社会的な地位が高いカップルも珍しくなりつつある)ということなんだろうし、アイディアとしてそんなに斬新というわけではないということでもあるだろう(笑)。ある事件の時にシャーロットが、世間が見るのは問題を起こした当事者の男性ではなくそのパートナーの女性だ、とぼやくところは昔から変わらずトホホ感あるが。
 新鮮だったのはむしろ、フレッドがシャーロットとの境遇の差や、自分が失職中であることをさほど卑下しないという所。フレッドが自分はシャーロットにふさわしくないのではと思うのは、それとは別の所、自分のふるまいに問題があったという所だ。シャーロットの方もフレッドを職業や所得によって見下すことはない。お互いの考え方と振る舞いを見てお互いを評価(という言い方はあんまり感じよくないけど…)する。対等なのだ。フレッドがシャーロットに協力し彼女を励ますのも、まず彼女の目指す政策に正しさを感じ、共感したからだ。冷静に考えると基本的なことなのだが、2人がスピーチ製作にしろセックスにしろ、自分はどうしたいのか、どう思っているのかちゃんと確認し落としどころを見つけて実行しているということに何だかほっとする。
 明るく希望に満ちたラブコメではあるのだが、今のアメリカは本作でシャーロットとフレッドが目指すのとは真逆の方向に進んでいる。その中で本作を見ると、そんなこと言われてもなぁ…と若干冷めてしまうのも正直なところだ。こういう状況だから本作のような「こういう方向がいいんだよ!」と言い切る作品が必要なのだとも言えるだろうが。


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『リンドグレーン』

 アストリッド(アルバ・アウグスト)は教会の土地に住む信仰に厚い家庭に育ったが、教会の教えや倫理観、保守的な土地柄に息苦しさを覚えていく。文才を見込まれ地元の新聞社で働くようになった彼女は能力を発揮し始めるが、親子ほど年の離れた社主ブロムベルイ(ヘンリク・ラファエルセン)と恋に落ち、彼の子供を身ごもる。妻子があるブロムベルイは不貞が露見し罪に問われることを恐れ、アストリッドをストックホルムの秘書専門学校へ送り出す。監督はペアニレ・フィシャー・クリステンセン。
 スウェーデンの国民的児童文学作家、アストリッド・リンドグレーンの若かりし日を描く伝記映画。日本語題名はリンドグレーンだが、正確には彼女がリンドグレーン(結婚後の夫の姓なので)になる以前の物語だ。リンドグレーンの作品には長靴下のピッピを筆頭に好奇心旺盛で元気いっぱいな女の子がしばしば登場するが、本作を見るとそれはアストリッド自身が持ち合わせていた気質らしい。保守的な田舎ではかなり自由奔放、かつ落ち着きのない気性と見なされていたのではないだろうか。両親や兄弟に愛されていても、教会が所有する土地に住み、父親が教区の中でもそこそこのポジションにいる家庭だったそうなので、娘がシングルマザーになるということに両親はかなり頭を悩ませたのでは。一方で、スモーランド地方の自然豊かな環境や家畜に囲まれた生活が、後のリンドグレーンの作品に投影されていることもわかる。
 そんな自由闊達なアストリッドが、ブロムベルイとの関係にどっぷりはまってしまい、ストックホルムで彼を待ち続けやきもきする様はどうにも歯がゆい。保守的な価値観からは逸脱したところのある人だったろうが、こういう所は、仕方のないことではあるが当時の価値観から離れられない。ただ、ある時点でブロムベルイに対する態度を変える。仕事をはじめ、子供が生まれたことで世界が広がった彼女には、ブロムベルイの不誠実さが見えてしまったということだろう。このあたりの葛藤にストーリーの大分を割いており、作家への道は本作中内では提示されないので、作家リンドグレーンの姿を期待するとちょっと肩すかしだった。
 なお、アストリッドの幼い息子役の子役が大変上手かった。拗ねる姿がすごくリアル。また、子供の咳の音が生々しくて喘息持ちとしてははらはらしてしまった。更に具合悪くなる時の、深い咳の音なのだ。




 
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