3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名ま行

『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』

 人里離れた場所で、妻マンディ(アンドレア・ライズボロー)と暮らすレッド(ニコラス・ケイジ)。しかしマンディがカルト集団に連れ去られ、レッドの目の前で惨殺されてしまう。怒りに燃えるレッドは復讐の為に武器を手に取り、カルト集団の後を追う。監督はパノス・コスマトス。
 一昔前のカルト映画を自分たちの手で再現したい!あの時見たあれをやりたいんだよ!という並々ならぬ情熱を感じた。私はいわゆるカルト作品にはあまり興味がないので、本作を十分楽しめたとは言い難い。しかし、よくわからないながらも何かすごい熱量と愛が込められた作品だということはわかるし、その一点で嫌いになれない。具体的に80年代、90年代の特定作品の雰囲気を再現したいというよりも、監督の中で見た「はず」になっている映画のイデアみたいなものを再現しようとしているんじゃないかなと思った。
 映像のエフェクト、撮影方法だけでなく、レッドの自宅の内装も「あの頃」感が強烈。特に洗面所の壁紙は、よりによってこれを選ぶんだー!というもの。ありそうで実際にはないんじゃないかなという絶妙な選択。この壁紙だけで全部許せる気がしてきたもんな・・・。この洗面所のシーン、ニコラス・ケイジの熱演もあって名シーンだったと思う。
 レッドは復讐の為に突き進むが、ケイジの目力と顔芸が強烈すぎて、場内でちょいちょい笑いが起こっていた。しかし、レッドの怒りと悲しみが痛切なこともわかるので、笑うに笑えない気分にもなる。レッドのセリフは殆どないのだが、とてもエモーショナル。前半、レッドとマンディのどうということのないやりとりや2人で過ごす様子の、自然さや気負いのなさがとてもいいのだ。この人たちはお互い信頼しあっているし、いいパートナーなんだということがわかる。一見奇矯な本作だが、こういう部分をちゃんと作っているので単なる色物にならないのだろう。マンディが弱弱しくやられていく女性、アイコン的な女性ではなく、確固とした人格付けされた登場人物なのもよかった。

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『マイ・プレシャス・リスト』

 マンハッタンで一人暮らし中のキャリー(ベル・パウリー)はIQ185、ハーバード大学を飛び級で卒業した天才だが、仕事も友人もなくほぼ引きこもり生活をしていた。セラピストのペトロフ(ネイサン・レイン)はキャリーに6つの課題を記したリストを私、それをクリアしろと言う。キャリーは不承不承リストをこなそうとするが。監督はスーザン・ジョンソン。
 予告編や宣伝ではキャリーは「ダメ女」「拗らせ女子」(どちらも私は好きではない言葉だが)と称されているが、本編を見ると大分的外れに思えた。邦題も(そもそも邦題なら日本語題名にすればいいと思うのだが・・・)いまひとつ。リストはそれほど大きな要素ではない。原題は主人公のフルネームである『Carrie Pilby』。キャリーという人、彼女の人生の話なのだ。
 キャリーは「ダメ女」「拗らせ女子」とはちょっと違うように思う。彼女は飛び級で大学に進学し卒業しているので、現在19歳。周囲の大卒が23,4歳なのに対し、まだ子供と言ってもいい年齢だ。彼女は非常に頭がよく読書家で博識だが、精神的、社会的に十分大人かというとそういうわけではない。にもかかわらず「大卒」ということで人生経験20年越えの人たちと同じような扱いをされ、そういう振る舞いを要求される。彼女のぎこちなさや対人関係における壁は、実年齢と社会的に置かれたポジションとのギャップからくるものではないかと思う。単に経験がまだ十分ではないのだ。
 また同時に、彼女は大学で非常に傷つく体験をし、トラウマのようにその記憶が蘇るのだということが徐々にわかってくる。彼女の少々突飛にも見える言動のうちのいくつかは、この傷ついた体験からくるものだ。この体験の相手は、登場して開口一番、あっこいつはクソ野郎だぞ!という気配を漂わせるのだが期待を裏切らないクソぶり。知能が高く同年代と話が合わないキャリーは、一人前の大人扱いされることに満足を得る。しかしそれは、大人扱いされるべきではない、年齢相応として扱われるべき場面でも大人扱いされることにもなりうるということで、若さ、未熟さに付け込まれるということでもある。飛び級出来る位才能があるというのは素晴らしいことだが、落とし穴的側面もあるのだ。頭脳の成熟度と精神の成熟度はまた別物だろう。キャリーの父親も、そのあたりを見落として彼女との関係がぎこちなくなってしまう。
 作中、キャリーは何人架の人から「大人になれ」と言われる。その時に指す「大人」とは、物事を荒立てない、つべこべ理屈っぽく言わない、要するにその発言者にとって都合のいい「大人」だ。それは真の大人とは違うだろう。おかしいと思ったことはおかしいと言えばいいし、困っているなら困っていると言えばいい。そういう変な「大人」を押し付けられるくらいなら、大人になどならなくて結構だろう。そもそもキャリーはまだ19歳なんだから、自分のペースで大人になればいいのだ。

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『MEG ザ・モンスター』

 深海の調査の為、沖合の海中に建設された海洋研究所。潜水艇で調査に出た探査チームは、人類未踏の深海を発見し興奮が隠せない。しかし巨大な何かが潜水艇を襲ってきた。動けなくなった潜水艇の救出の為にやってきたレスキューダイバーのジョナス・テイラー(ジェイソン・ステイサム)は、200万年前に絶滅したと思われてきた、巨大ザメ・メガロドンに遭遇する。監督はジョン・タートルトーブ。
 巨大ザメとステイサムという組み合わせがそもそもキャッチーすぎる。しかしステイサム、元飛込競技選手なだけあって飛び込みのフォームがきれいだった。私はサメ映画に詳しいわけではないが、予想よりも大分ちゃんとした、予想ほど荒唐無稽ではない良いサメ映画だったのではないかと思う。メガロドンはめっぽう強いわけだが、サブタイトルにあるモンスター、異物の強さというよりも、この世の生き物として目茶目茶強い、という見せ方だったと思う。だから、サメにとってはいい迷惑だよな!という話にも見えちゃうんだけど・・・。
 ジョナスがどんどん無茶ぶりをされていくのにはちょっと笑ってしまうのだが、最初は比較的文明の利器(笑)を使ってメガロドンに対抗する。戦う方法がどんどん原始的になっていくあたりが妙におかしかった。最終的にメガロドンとステイサムのタイマンみたいになってるのだ。
 チームものとしての側面もある。シングルマザーの海洋学者スーイン(リー・ビンビン)といい感じになったり(男女カップリングが強いられすぎでちょっと鼻についたが、どのへんに需要があるのだろうか・・・少なくとも本作見に来る人たちはそこを見たいのではないと思うが)、元妻がチーム内にいたり、過去の確執のある同僚がいたりと色々設定の盛りが良いのだが、それほどごちゃごちゃした感じはしない。いい意味でいい加減、ほどほどな作りで、娯楽映画としては正しい。『コンスタンティン2』で大変素敵だったルビー・ローズが出演しているのもうれしかった(本作では普通の人役)。
 思わぬ収穫だったのが、ステイサムと子供のやりとりが絵になっている所。スーインの8歳の娘とのシーンが結構多いのだが、子供と接する時のステイサムの演技が良い。個人として尊重しつつも子供であるという点はふまえている感じが出ていた。子供との共演作をもっと見てみたい。意外と似合うんじゃないかな。

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『ミッション:インポッシブル フォールアウト』

 盗まれた3つのプルトニウムを回収するミッションを命じられたイーサン・ハント(トム・クルーズ)だが、何者かに回収目前で横取りされてしまう。秘密組織シンジケートの関連組織、アポストルが関係しているらしい。手がかりとなるジョン・ラークなる人物を確保しようとするイーサンとIMFだが、CIAはイーサンの目付け役としてエージェントのオーガスト・ウォーカー(ヘンリー・カヴィル)を送り込んできた。監督はクリストファー・マッカリー。
 MIシリーズって、見ているうちに「あれ?これそもそも何が目的のミッションなんだっけ?」と思う瞬間があるのだが、本作はほぼ全編にわたってその思いが頭を離れなかった・・・。前評判の通り、アクションはまあバカみたいにすごくて、トム・クルーズは撮影中に死にたいのかなーと不安になるくらいなのだが、それ以外の部分の印象がおしなべてぼんやりしている。あれ、どういう話だったっけ・・・と思う頻度はシリーズ中一番高かった。アクションシーンとアクションシーンを繋ぐ為に無理矢理ストーリーのパーツをはめ込んでいるような印象。前作『ローグネイション』が大変面白かったので、大分がっかりしてしまった。登場人物の造形や立て方も、前作には及ばなかったように思う。また、ストーリーに行き当たりばったり感が強いので、登場人物が上手く機能していない。新規投入されたオーガストも再登場のイルサも、もっと活かし方があったんじゃないかなという中途半端さだ。イーサンのキャラクターがシリーズ重ねるごとに変化してきているのだが、その変化にストーリー構築が追い付いていない感じもした。行動が唐突過ぎるように思える。
 とは言え、アクションは確かに前評判通りの迫力。予告編でも使われていたヘリコプターのアクションは無茶すぎて笑ってしまうくらい。個人的にはパリでのカーチェイスがとても楽しかった。バイクと乗用車とを使ったカーチェイスだが、車体間隔が非常に狭かったり、音の響かせ方にひねりがあったりとわくわくする。古い町並みが背景というのも味わい深くいい。




『未来のミライ』

 4歳のくんちゃん(上白石萌歌)は、生まれたばかりの妹に両親の関心を奪われ、ご機嫌斜め。ふてくされて小さな木の植わった中庭に出るたび、不思議な世界に迷い込む。そんな彼の前に、10代の少女が現れる。彼女は成長した妹・ミライ(黒木華)だった。原作・脚本・監督は細田守。
 『バケモノの子』があれもこれもやろうとして収集つかなくなっていたのをふまえたのか、今回は一つの家族とその家の子供に焦点を当て、おそらくあえて家庭の外の世界は描かない。くんちゃんは幼稚園に通っているのでおそらく幼稚園での友達はいるはずだし(○○君のおうちで遊ばないの?みたいなセリフは出てくるので)、ご近所さんもいるだろうし、親にとっても保護者同士の繋がりや仕事上の繋がりもあるだろう。そういうものはほぼ排除された、かなりクローズドな世界観だ。児童文学的な(中川李枝子『いやいやえん』を思い出した)雰囲気で、実際、くんちゃんが中庭に出るとすっとファンタジーの世界に移行していく流れには、これが子供視点の世界かもしれないなと思わせるものがあった。唐突と見る人もいるかもしれないが、子供の世界ってこのくらい躊躇なくあちら側とこちら側を行き来するものじゃないかなと。
 とは言え、作品としては今回もいびつさが否めない。くんちゃんと両親、ミライちゃんの関係を横糸に、縦糸として母親の子供時代、そして曾祖父の青年時代という、家族の歴史が織り込まれるのだが、この縦糸があまり機能していないように思う。未来のミライちゃんが登場する意義もあまり感じない。そもそも4歳児に一族の歴史を意識させようというのはなかなか無理があると思う。子供であればあるほど、「今ここ」に意識は集中するだろう。
 また、くんちゃんがある危機に陥った際、自分が「ミライちゃんのお兄ちゃん」であることが「正解」とされる。確かに「正解」は「正解」なのだが、これをもってアイデンティティとされるのはちょっと違うんじゃないかなと違和感を感じた。肉親との関係性だけによって個人が成立するわけではないだろう。4歳児であるくんちゃんの世界は両親と妹で構成される小さなものかもしれないが、電車が好きなくんちゃんや自転車に乗れるようになったくんちゃんという側面も大きいわけだし。
 毎回異なる一定層の地雷をぶちぬいていくことに定評がある細田監督だが、今回も間違いなく一定層の地雷に触れていると思う。相変わらずコンテ、作画のクオリティは素晴らしい(幼児の動きの表現にはフェティッシュさすら感じる)のでアンバランスさが悩ましい。ストーリー、脚本は自分でやらない方がいいんじゃないかな・・・。監督として職人的なスタンスに徹した方がバランスのいい作品に仕上がりそう。当人は作家性を出していきたいんだと思うけど、そんなに作家性の高い作風じゃないと思うんだよな・・・。
 なお、これも相変わらずだが女性の造形はいまひとつだけど男性の趣味はいいよな(笑)。モブ美少年にしろひいおじいちゃんにしろ無駄にクオリティ高い!ひいおじいちゃんなんてキャラクターデザインがイケメンかつ中の人もイケメンでずるすぎだろうが!




『万引き家族』

 治(リリー・フランキー)、信代(安藤サクラ)夫婦と信代の「妹」亜紀(松岡茉優)、治と信代の「息子」祥太、そして「おばあちゃん」初枝(樹木希林)。一家の生活を支えるのは初枝の年金と治の日雇仕事の賃金、信代のクリーニング店でのアルバイト料だ。治と祥太はある夜、団地の廊下に放置されている幼い女の子を見つけ、連れ帰ってしまう。一家はその女の子をりんと名付け、一緒に暮らし始める。原案・脚本・監督・編集は是枝裕和。第17回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
 是枝監督作品では度々家族の姿、ありふれていそうだが特に理想的ではない家族の姿が描かれる。本作もまた家族が物語の中心にあるが、その家族のありかたは非常に危うい。何となく寄り集まっているうちに家族的なものになってしまったような心もとなさがある。
 彼らが子供を育てるという責任を全うしているのかというと、そうとは言い切れないだろう。経済面はともかく、子供への教育や倫理的な問題を教えていくことは、彼らには出来ないしそういうことをしなければという意識もあまりなさそう(万引きは悪いことなのかと尋ねる祥太に対する信代の答えとか)。祥太が自分がやっている万引きと言う行為の是非について漠然とした疑問を持ち、自分たち「家族」のことを考え始めた時点で、この家族の終わりの気配が見え始める。
 とは言え、治も信代も子どもたちに愛情はあり、彼らの世話はそれなりにしている。虐待を続けていたりんの両親とはよっぽどましだ。愛情だけでは、あるいは血のつながりや経済的バックボーンだけでは家族として機能していると言えないだろう。生活に不足なく、教育も十分に受けられ、ごく模範的な家族に見えても、その中に居場所がない人もいる。家族という仕組み、また人間そのものの曖昧さや両義性を、善悪どちらかの側に偏らないように注意深く描いた作品だと思う。

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『名探偵コナン ゼロの執行人』

 サミットの会場として、東京湾に建てられた巨大施設「エッジ・オブ・オーシャン」が選ばれた。しかし数日後にサミットが迫る中、エッジ・オブ・オーシャンで大規模爆破事件が発生する。爆破当日は公安警察による安全確認調査が行われており、その中に警察庁の秘密組織・通称ゼロに所属する安室透(古谷徹)の姿もあった。コナン(高山みなみ)は爆破事件がサミット当日ではなく事前に起きたことに違和感を抱く。一方、事件現場から毛利小五郎(小山力也)の指紋が発見され、小五郎は容疑者として逮捕されてしまう。青山剛昌の大ヒット漫画のアニメ化作品だが、劇場版は22作目。監督は立川譲。
 アバンでの情報の詰め方、提示の仕方が密度が高く整理されており、その後の伏線となる要素をほぼ紹介している。作中の情報量がかなり多くて、おそらくシリーズ内でも対象年齢がかなり高めのストーリー(公安組織の解説をこんなにやる全年齢向けアニメってあります・・・?)。その傾向に合わせてなのか脚本家・監督の作家性なのかはわからないが、舞台となる場所はかなり現実の東京に近く、ちゃんとロケハンしている様子がわかる。コナンシリーズって、実在の場所が出てくることもあるけどそこまでこだわっていないというイメージだったので(まんま出てくるのはそれこそ警視庁くらいか)、日本橋の風景等新鮮だった。
 また、作画的な見せ場がキャラクターの表情・動きよりもビルやドローン、車両等、無機物の動きに集中しているように思えた。日本の実写映画ではなかなか見られない(技術的にというよりも公道での撮影があまりできないからだろう)ケレン味たっぷりのカーアクションを満喫できるのは楽しかったしお腹いっぱいになる。ケレン味どころか無茶苦茶で、安室が実はかなりヤバい人であるというキャラクター演出にもなっている。
 今回は安室をクローズアップした作品なので、彼が所属する公安が活躍するストーリーでもある。公安がかっこよく活躍する作品というのはあまりないので、そういう面でも新鮮だった。ただ、かっこよすぎるのもちょっと問題だなとも思った。終盤、ある人物に「見くびるな」と一喝されるが、その見くびりは、彼らが一般市民をどのように見ているかということに他ならない。犯人は正義の名の元に犯罪に手を染めるが、そのメンタリティは安室たちとそんなに変わらないように思える。正義、国という漠然とした大きいものに尽くすことの危うさには、もっと言及しておいてもいいんじゃないだろうか。特に本作はそもそも「名探偵」コナンシリーズ。名探偵は、大義が時に見捨てる個人の為に闘ってほしいのだ(個人的には)。


『モリのいる場所』

 94歳の画家・モリ(山崎努)は、毎日自宅の庭を散策し、虫や植物を眺め、夜はアトリエで絵を描く。妻・秀子(樹木希林)はモリに代わって来客に対応し、家の中を切り盛りしていく。監督・脚本は沖田修一。
 今年、大規模な回顧展も開催された画家・熊谷守一と妻・秀子の、夏の一日を描く作品。明らかに守一が主人公なのだが、作中ではあくまで「モリ」と呼ばれ、伝記映画ではなく守一をモチーフにしたフィクションとしての色合いが濃い。名作秀作というにはこぢんまりしているが、こぢんまりしているが故の居心地の良さと、予想外の風通しの良さがある作品だった。ある夏の日、という感じで見ていて気分がいい。
 時代背景は昭和、ドリフとジュリーが全盛期だった当時だ。とは言え、登場人物の言葉づかい等はそれほど時代性に拘っていない。カメラマンの助手の物言いはほぼ現代の青年のものと変わらない(当時は断る意味で「大丈夫です」という言葉は使わなかったのでは)。とは言え、それが不自然さや手落ち感ではなく、こういうニュートラルな世界観なんだなと思える。今よりもちょっと昔でどこか懐かしい雰囲気だ。モリ家の庭の鬱蒼とした繁みや、古い木造家屋のきしみじや屋内の薄暗がり(トイレ付近が暗いのが、昔の家だなぁと)は、必ずしも実体験したわけでもないのに、妙に郷愁を感じさせる。
 モリの家は人の出入りが頻繁だ。1日の出来事とは思えないくらい、来訪者が出たり入ったり居座ったりする。来てもいい雰囲気のある家なのだろう。本作はほぼ室内と庭だけで展開されるが(自宅外でのシーンは、家事を手伝っているモリの姪がスイミングスクールにいくシーンくらい)、閉塞感はない。風通しがよく、世界に広がりがある。人が出たり入ってたりして「外」を連れてくるのだ。そして、モリが言うように彼にとっての庭が「広すぎる」からだろう。
 守一が作品に描いた虫や動物、植物が作中次々に登場する。回顧展を見ておいてよかった。モリが絵画制作をするシーンは全然ないのだが、彼の見る行為が制作に繋がっていると感じられるのだ。虫たちの撮影は相当頑張っていると思う(エンドロールを見ると、虫単体の撮影は専門のカメラマンがやっているみたい)。動植物の気配が音からも感じられる作品でもあった。虫や鳥の声やざわめきによって、空間がぶわっと広がる。


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『港町』

 想田和弘監督の「観察映画」第7弾。前作『牡蠣工場』の撮影地である岡山県の漁港町・牛窓。『牡蠣工場』の撮影の合間に出会った町の人たちの生活と町の風景を撮影した作品。
『牡蠣工場』の副産物とも言える、元々撮影の予定はなかった作品だそうだ。撮り始めてみたら予想外の撮れ高があったというか、監督の撮影者としての引きが強いというか。ここは撮ってみたら面白いかもな、という場に即時対応していく判断力と身体性(観察映画は、撮影者の身体性を予想外に感じる形式だと思う。実際問題として、タフじゃないと撮影し続けられないだろうし)がこの引きの強さを生んでいるんだろう。122分という想田監督としては比較的短い作品なのだが、密度は濃い。
 本作、ほぼ全編モノクロームで撮影されているのだが、モノクロの風景にはどこか異世界感がある。この町で長年繰り返されてきたであろうごくごく日常の風景が映し出されると同時に、それが他の国のような、全く知らない世界のもののように見えてくる(もっとも、都会、ないしは内陸側に住んでいる人にとって牛窓は「異界」と言えるのだろうが)。登場するのがお年寄りばかりで若者や子供があまりいない(子供は全く登場しない)ということもあって、なんだかあの世とこの世の境目のようだ。
 メイン登場人物とも言える「クミさん」はよく喋るが、息子についての話が始まると、異世界感が更に深まる。クミさんに限らず、登場する人たちの日常風景を追うことは、その人の生活と歴史を垣間見ることだろう。クミさんの息子についての話も彼女の生活と歴史を反映したものではあるのだが、それ以上彼女の内的世界がはみ出してくるような、異様な迫力があるのだ。普通、日常の中でのコミュニケーションでは、そういう「中身」を必要以上に見せないものにするものだろう。見た側も見せてしまった側も、なんとなく居心地悪くなりそうだから。
 そこをあえて踏み込む想田監督の心の強さに唸る。普通だったら腰が引けてしまいそうなところをあえて踏み込んでいく。被写体にもよるだろうが、この判断力はドキュメンタリー作家としての資質に大きく関わってくるんだろうなと思う。対象との距離感が初期とはだいぶ変わってきているのでは。

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『目撃者 闇の中の瞳』

 新聞記者のシャオチー(カイザー・チュアン)は交通事故に遭い、買ったばかりの中古車を修理に出すハメに。しかし修理の際、その車は9年前にシャオチーが目撃した交通事故の被害者の持ち物だったことがわかる。9年前の事件に疑問を感じたシャオチーは真相究明に乗り出すが。監督はチェン・ウェイハオ。
 サブタイトルの通り、闇の濃いミステリ・サスペンス映画。映像の美しさのせいかどこか幻想的な味わいもあり、大変面白かった。情報の密度がかなり高く、序盤でちらりと出てきたものが後半の伏線に使われる等、目が離せない。
 「目撃者」という題名(原題通り)はとても上手い。誰が誰にとっての目撃者なのか、何を目撃したのかという謎を、幾重にも畳み掛けてくる。視線が何十にも重なっており、その主体が変わるごとに事件の様相ががらりと変わっていく。映画を観ている側にとっても、果たして自分が今まで見てきたものは何だったのか、と愕然とさせられていくのだ。
 物陰からのぞき見するようなショット、車のバックミラーなどへの映り込みなど、他者の視線を感じさせる演出が随所にちりばめられている。その「他者」が何者なのかわからずに不安が煽られていく。自分が見ている景色は見たままのものではなく、全く別の風景を見ている人がいるんじゃないかという予感を常にはらんでいるのだ。
 視線の主体が交代していくにつれ、事件は地獄めぐりの様相を見せてくる。なぜこうなった、という空しい問いが響き、それを呑みこんで更なる地獄を歩んでいくある人物の笑顔が恐ろしくも哀しい。

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