3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名ま行

『マイ・サンシャイン』

 1992年、ロサンゼルス・サウスセントラル。ミリー(ハル・ベリー)は色々な事情で家族と暮らせない子供たちを預かり育てる、里親をしていた。怒りっぽい隣人のオビー(ダニエル・クレイグ)は子供たちの騒々しさに文句をつけつつも、子供たちが困っていると捨て置けずにいる。ある日、黒人少女が万引き犯と間違われ射殺された事件、拘束された黒人男性が警官から集団暴行を受けた事件で、不当判決が下される。裁判の行方を見守ってきた市民たちが暴動を起こし、その怒りはあっという間に広がっていく。ミリーと子供たちもそのうねりに巻き込まれていく。監督はデニズ・ガムゼ・エルギュベン。
 ロサンゼルス暴動を背景としているが、暴動そのものというよりも、たまたまその時期、その場所に居合わせてしまったロスの住民たちの姿を描く。ミリーにしろ“長男”的なジェシー(ラマー・ジョンソン)にしろ、裁判の行方をTVニュースや中継で追い続けるくらいには関心を持っているし、裁判の結果に「ありえない!」と憤慨する。ただ積極的に暴動に参加しようとはしない。当時、ミリーと似たようなスタンスだった人も大勢いただろう。ジェシーも本来暴動に関わったり面白がったりするような性格ではないが、友人や思いを寄せる少女の手前、何となく行動を共にしてしまい、ある悲劇に直面する。暴動がいい・悪いという問題ではなく、その中ではこういうことが起きやすくなるしそれはどうにも出来ないのだろうという所がやるせない。ジェシーは法律が不当なことを正すはずと考えており、それは至ってまともなことなのだが、そのまともさが通用しない世界であることを目の当たりにせざるを得ないということが、また辛いのだ。彼がこの先世界を信頼できるのかどうか、とても心配になる。
 ミリーとオビーは一見共通項がなさそうだが、ある出来事で2人の心がすごく近づいて見える所がいい。シリアスな状況なのにどこかコミカルな味わいがある。2人を近付けるきっかけも、その後の進展も子供たちの存在によるものだ。オビーは大抵何かしら怒ったり怒鳴ったりしているのだが、子供への対応が意外とちゃんとしている。外に子供がいたら保護して何か食べさせようとするし、一緒に踊るし、暴力描写のある映像は見せないように配慮する。子供はケアしなければならない、という意識がミリーと共通しているのだ。弱いものを無視できない所が垣間見え、ミリーが惹かれていくのも何となくわかる。ダニエル・クレイグと子供たちとのコントラストがまた意外と良い。
 また、子供がきっかけになるものの、子供との関係とはまた別の部分でミリーにとってのオビーの存在が大きくなるというのも良かった。母親としての面と恋に浮き立つ面との両方があり、どちらかがどちらかを圧迫するものではないのだ。

裸足の季節 [Blu-ray]
ギュネシ・シェンソイ
ポニーキャニオン
2016-12-21

デトロイト (通常版) [Blu-ray]
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2018-07-04




『Merry Christmas!ロンドンに奇跡を起こした男』

 1843年のロンドン。小説家チャールズ・ディケンズ(ダン・スティーブンス)は『オリバー・トゥイスト』がヒットし人気作家として有名だったが、スランプに悩み家計も赤字が続いていた。クリスマスの小説を書くことを思いつき構想を練る彼の前に、スクルージ(クリストファー・プラマー)をはじめ作品の登場人物たちが次々現れる。しかし執筆を進めるうち、子供の頃のトラウマと父親ジョン(ジョナサン・プライス)との確執に苦しむようになる。監督はバハラット・ナルルーリ。
 クリスマスシーズンにぴったりでとても楽しかった。とは言え、自費出版なのに支払の当てはなく、締切は刻一刻と迫っていくという作家の苦しみを描いた作品でもある。基本コメディで筆が全く進まないディケンズの「無の顔」にも、アイディアを思いつくと周囲が見えなくなる様にも笑ってしまうのだが。彼の前に現れる『クリスマス・キャロル』の登場人物たちが好き勝手に話し動き回るのは、文字通り「登場人物が動きだす」ということで楽しい。ディケンズの身近な家族や町で見かけた人たちが登場人物造形のヒントになるということが映像の流れでわかってくる。スクルージをはじめ、確かにぴったり!という風貌なのでこれもまた楽しかった。
 執筆中のディケンズは突然訪問してきた父ジョンに悩まされる。ジョンは気のいい人物だが金に無頓着でしょっちゅう息子にたかる。更に、ディケンズは父親が破産し収監された(破産者専用の監獄があったんですね・・・)せいで幼い頃から靴墨工場で働かざるを得ず、非常に苦しい体験をした為父親を恨んでいる。執筆の過程で当時の記憶がフラッシュバックのようによみがえり、父親へのわだかまりや子供時代のトラウマに向き合わざるを得なくなっていくのだ。このあたりは完全にフィクションだろうと思うが、創作が自分の記憶に棘刺すものと向き合い続けることであるという部分は、すごく「作家映画」ぽいんじゃないかと思う。また、過去が垣間見えることで、現在のディケンズの言動の数々がどういう思考回路・体験から生まれてきたものかわかってくる。家計は赤字なのに物乞いへの献金を欠かさない、貧乏人は救貧院に入ればいい、(死んで)数が減ればなおいいという富裕層の発言に猛反発するのは、自分の体験からくるものだということが見えてくるのだ。(少なくとも本作中の)ディケンズは、貧困は自己責任だとは言わないだろう。
 クリスマスシーズンにぴったりで、ディケンズの作品をまた読んでみようかなと思わせてくれる映画だった。公開規模が小さめなのが勿体ない。

クリスマス・キャロル (岩波少年文庫)
チャールズ ディケンズ
岩波書店
2001-12-18


オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)
チャールズ ディケンズ
新潮社
2017-04-28


『マジック・ランタン』

 第19回東京フィルメックスで鑑賞。古びた映画館で働く映写技師の若者は、ある映画を上映する度に幻想に引き込まれていく。映画館でフィルム上映をする最後の日、またその映画を上映する。映画に登場するのはヴィンテージファッションショップ店員の青年と、店の客である少女。青年は少女の落し物であるスマートフォンを届けようとするが、彼女はどこかに消えてしまった。監督はアミール・ナデリ。
青年が撮影スタジオの倉庫らしき空間でさまよう冒頭のシークエンスからして引き込まれるし、最後のフィルム上映を行う映画館という舞台にしても、映画愛に満ちている。映画の映画、という点では監督が日本で撮った『CUT』にも通ずるが、方向性は全然違う。本作はナデリ監督こういうのも撮るんだ!というくらいロマンティックだ。上映後のティーチインによると、溝口健二監督の霊に背中を押されて撮ったとか(ナデリ監督は溝口監督の『雨月物語』を絶賛している)。
 作中作である映画の中の出来事と、その映画を見ている映写技師の世界とが、並列して描かれる。しかし映写技師がしばしば自分のインナーワールドに引きずり込まれ、今どの世界線にいるのか、彼は夢を見ているのか覚めているのか段々わからなくなってくる。今、この世界線とあの世界線が交差した!と実感できる瞬間、それこそ映画的な瞬間と言えるのではないだろうか。
 とは言え、本作を見ている観客側にとってはどちらも映画であるのだが。映画の映画は、映画を愛するものにとっては一際愛着がわくものだが、切なくもある。どんなに映画を愛してもその愛は一方通行だからだ。映画を見ている私たちは、映写技師とは異なり映画の一部になることは出来ない。

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紀伊國屋書店
2013-09-28


CUT [DVD]
西島秀俊
Happinet(SB)(D)
2012-07-03



『モダンライフ・イズ・ラビッシュ』

 レコードショップでブラーのアルバムを選んでいるナタリー(フレイア・メイヴァー)にミュージシャンのリアム(ジョシュ・ホワイトハウス)が声をかけ、2人は恋に落ちる。バンド活動で成功を掴もうとするリアムを支えるために、ナタリーは自分の夢は後回しにして広告会社で働き始める。しかし2人は徐々にすれ違い、やがて別れを決意する。監督はダニエル・ジェローム・ギル。
 2人の出会いのきっかけがイギリスのバンド・ブラーなので彼らのアルバムのタイトルをそのまま映画タイトルに使っているのだが、ブラーがからむのはそこだけ。ちょっとがっかりである。また映画本編も、わざわざこの題名にしたくらいだから当時(90年代)のブリティッシュロック、ポップスを多用した音楽映画なのかなと思ったら、使うことは使っているけど期待したほどではなく、本編はかなり手垢のついた感のあるラブストーリーだった。ストーリー以外に何か突出した個性(それこそ音楽の使い方とか)があればよかったんだけど、音楽映画としては中途半端だと思う。
 レコードショップでブラーのベストアルバムを選ぶナタリーに、リアムはベストアルバムを選ぶなんて邪道、順を追って聞かないと彼らの音楽の本質はわからない!と説教をかます。初対面でいきなりマウントかましてくる(が、ナタリーに逆マウントされる)イタい奴だ。この時点で好感度はぐっと落ちるのだが、その後も彼の姿勢は改まらない。彼はアナログレコードとCD愛好家でiPodもダウンロードも大嫌い、携帯も持たないという徹底ぶり。それはそれで一つの主義として構わないのだが、自分の主義を理由に他人の好みや人生にダメ出しするなよと言いたくなった。また、ナタリーと付き合い始めて以降の彼の態度はほぼヒモ。ミュージシャンとしても、ナタリーのパートナーとしても、この先続ける為にどういう努力をしているのかという部分が全く見えてこない。フェス(当然ナタリーがチケットを買っている)でナタリーがキレるのも当然だよな・・・。終盤の展開はリアムの夢なのではないかと思う。それ、多分ナタリーが求める優しやや思いやりとは違うぞ!
 夢に生きる男性と生活に立ち返る女性という古典的な人物造形で、2010年代(物語の舞台はもうちょっと前っぽいが)にこの内容は今更感が強いのではないかなと思う。ヒモとそれを養う側のあり方はどの時代でも変わらないということかもしれないけど・・・。また、広告会社で活躍するようになった後のナタリーのライフスタイルが、いかにもいかにもな感じで、カリカチュアされすぎな気がする。こういうライフスタイルに対して悪意があるのか想像力がないのか・・・。リアムと同棲している頃の自宅のインテリアや服装、またリアムの実家は実体感あるんだけど。全般的に登場人物が紋切的すぎるように思った。

『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』

 人里離れた場所で、妻マンディ(アンドレア・ライズボロー)と暮らすレッド(ニコラス・ケイジ)。しかしマンディがカルト集団に連れ去られ、レッドの目の前で惨殺されてしまう。怒りに燃えるレッドは復讐の為に武器を手に取り、カルト集団の後を追う。監督はパノス・コスマトス。
 一昔前のカルト映画を自分たちの手で再現したい!あの時見たあれをやりたいんだよ!という並々ならぬ情熱を感じた。私はいわゆるカルト作品にはあまり興味がないので、本作を十分楽しめたとは言い難い。しかし、よくわからないながらも何かすごい熱量と愛が込められた作品だということはわかるし、その一点で嫌いになれない。具体的に80年代、90年代の特定作品の雰囲気を再現したいというよりも、監督の中で見た「はず」になっている映画のイデアみたいなものを再現しようとしているんじゃないかなと思った。
 映像のエフェクト、撮影方法だけでなく、レッドの自宅の内装も「あの頃」感が強烈。特に洗面所の壁紙は、よりによってこれを選ぶんだー!というもの。ありそうで実際にはないんじゃないかなという絶妙な選択。この壁紙だけで全部許せる気がしてきたもんな・・・。この洗面所のシーン、ニコラス・ケイジの熱演もあって名シーンだったと思う。
 レッドは復讐の為に突き進むが、ケイジの目力と顔芸が強烈すぎて、場内でちょいちょい笑いが起こっていた。しかし、レッドの怒りと悲しみが痛切なこともわかるので、笑うに笑えない気分にもなる。レッドのセリフは殆どないのだが、とてもエモーショナル。前半、レッドとマンディのどうということのないやりとりや2人で過ごす様子の、自然さや気負いのなさがとてもいいのだ。この人たちはお互い信頼しあっているし、いいパートナーなんだということがわかる。一見奇矯な本作だが、こういう部分をちゃんと作っているので単なる色物にならないのだろう。マンディが弱弱しくやられていく女性、アイコン的な女性ではなく、確固とした人格付けされた登場人物なのもよかった。

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『マイ・プレシャス・リスト』

 マンハッタンで一人暮らし中のキャリー(ベル・パウリー)はIQ185、ハーバード大学を飛び級で卒業した天才だが、仕事も友人もなくほぼ引きこもり生活をしていた。セラピストのペトロフ(ネイサン・レイン)はキャリーに6つの課題を記したリストを私、それをクリアしろと言う。キャリーは不承不承リストをこなそうとするが。監督はスーザン・ジョンソン。
 予告編や宣伝ではキャリーは「ダメ女」「拗らせ女子」(どちらも私は好きではない言葉だが)と称されているが、本編を見ると大分的外れに思えた。邦題も(そもそも邦題なら日本語題名にすればいいと思うのだが・・・)いまひとつ。リストはそれほど大きな要素ではない。原題は主人公のフルネームである『Carrie Pilby』。キャリーという人、彼女の人生の話なのだ。
 キャリーは「ダメ女」「拗らせ女子」とはちょっと違うように思う。彼女は飛び級で大学に進学し卒業しているので、現在19歳。周囲の大卒が23,4歳なのに対し、まだ子供と言ってもいい年齢だ。彼女は非常に頭がよく読書家で博識だが、精神的、社会的に十分大人かというとそういうわけではない。にもかかわらず「大卒」ということで人生経験20年越えの人たちと同じような扱いをされ、そういう振る舞いを要求される。彼女のぎこちなさや対人関係における壁は、実年齢と社会的に置かれたポジションとのギャップからくるものではないかと思う。単に経験がまだ十分ではないのだ。
 また同時に、彼女は大学で非常に傷つく体験をし、トラウマのようにその記憶が蘇るのだということが徐々にわかってくる。彼女の少々突飛にも見える言動のうちのいくつかは、この傷ついた体験からくるものだ。この体験の相手は、登場して開口一番、あっこいつはクソ野郎だぞ!という気配を漂わせるのだが期待を裏切らないクソぶり。知能が高く同年代と話が合わないキャリーは、一人前の大人扱いされることに満足を得る。しかしそれは、大人扱いされるべきではない、年齢相応として扱われるべき場面でも大人扱いされることにもなりうるということで、若さ、未熟さに付け込まれるということでもある。飛び級出来る位才能があるというのは素晴らしいことだが、落とし穴的側面もあるのだ。頭脳の成熟度と精神の成熟度はまた別物だろう。キャリーの父親も、そのあたりを見落として彼女との関係がぎこちなくなってしまう。
 作中、キャリーは何人架の人から「大人になれ」と言われる。その時に指す「大人」とは、物事を荒立てない、つべこべ理屈っぽく言わない、要するにその発言者にとって都合のいい「大人」だ。それは真の大人とは違うだろう。おかしいと思ったことはおかしいと言えばいいし、困っているなら困っていると言えばいい。そういう変な「大人」を押し付けられるくらいなら、大人になどならなくて結構だろう。そもそもキャリーはまだ19歳なんだから、自分のペースで大人になればいいのだ。

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『MEG ザ・モンスター』

 深海の調査の為、沖合の海中に建設された海洋研究所。潜水艇で調査に出た探査チームは、人類未踏の深海を発見し興奮が隠せない。しかし巨大な何かが潜水艇を襲ってきた。動けなくなった潜水艇の救出の為にやってきたレスキューダイバーのジョナス・テイラー(ジェイソン・ステイサム)は、200万年前に絶滅したと思われてきた、巨大ザメ・メガロドンに遭遇する。監督はジョン・タートルトーブ。
 巨大ザメとステイサムという組み合わせがそもそもキャッチーすぎる。しかしステイサム、元飛込競技選手なだけあって飛び込みのフォームがきれいだった。私はサメ映画に詳しいわけではないが、予想よりも大分ちゃんとした、予想ほど荒唐無稽ではない良いサメ映画だったのではないかと思う。メガロドンはめっぽう強いわけだが、サブタイトルにあるモンスター、異物の強さというよりも、この世の生き物として目茶目茶強い、という見せ方だったと思う。だから、サメにとってはいい迷惑だよな!という話にも見えちゃうんだけど・・・。
 ジョナスがどんどん無茶ぶりをされていくのにはちょっと笑ってしまうのだが、最初は比較的文明の利器(笑)を使ってメガロドンに対抗する。戦う方法がどんどん原始的になっていくあたりが妙におかしかった。最終的にメガロドンとステイサムのタイマンみたいになってるのだ。
 チームものとしての側面もある。シングルマザーの海洋学者スーイン(リー・ビンビン)といい感じになったり(男女カップリングが強いられすぎでちょっと鼻についたが、どのへんに需要があるのだろうか・・・少なくとも本作見に来る人たちはそこを見たいのではないと思うが)、元妻がチーム内にいたり、過去の確執のある同僚がいたりと色々設定の盛りが良いのだが、それほどごちゃごちゃした感じはしない。いい意味でいい加減、ほどほどな作りで、娯楽映画としては正しい。『コンスタンティン2』で大変素敵だったルビー・ローズが出演しているのもうれしかった(本作では普通の人役)。
 思わぬ収穫だったのが、ステイサムと子供のやりとりが絵になっている所。スーインの8歳の娘とのシーンが結構多いのだが、子供と接する時のステイサムの演技が良い。個人として尊重しつつも子供であるという点はふまえている感じが出ていた。子供との共演作をもっと見てみたい。意外と似合うんじゃないかな。

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『ミッション:インポッシブル フォールアウト』

 盗まれた3つのプルトニウムを回収するミッションを命じられたイーサン・ハント(トム・クルーズ)だが、何者かに回収目前で横取りされてしまう。秘密組織シンジケートの関連組織、アポストルが関係しているらしい。手がかりとなるジョン・ラークなる人物を確保しようとするイーサンとIMFだが、CIAはイーサンの目付け役としてエージェントのオーガスト・ウォーカー(ヘンリー・カヴィル)を送り込んできた。監督はクリストファー・マッカリー。
 MIシリーズって、見ているうちに「あれ?これそもそも何が目的のミッションなんだっけ?」と思う瞬間があるのだが、本作はほぼ全編にわたってその思いが頭を離れなかった・・・。前評判の通り、アクションはまあバカみたいにすごくて、トム・クルーズは撮影中に死にたいのかなーと不安になるくらいなのだが、それ以外の部分の印象がおしなべてぼんやりしている。あれ、どういう話だったっけ・・・と思う頻度はシリーズ中一番高かった。アクションシーンとアクションシーンを繋ぐ為に無理矢理ストーリーのパーツをはめ込んでいるような印象。前作『ローグネイション』が大変面白かったので、大分がっかりしてしまった。登場人物の造形や立て方も、前作には及ばなかったように思う。また、ストーリーに行き当たりばったり感が強いので、登場人物が上手く機能していない。新規投入されたオーガストも再登場のイルサも、もっと活かし方があったんじゃないかなという中途半端さだ。イーサンのキャラクターがシリーズ重ねるごとに変化してきているのだが、その変化にストーリー構築が追い付いていない感じもした。行動が唐突過ぎるように思える。
 とは言え、アクションは確かに前評判通りの迫力。予告編でも使われていたヘリコプターのアクションは無茶すぎて笑ってしまうくらい。個人的にはパリでのカーチェイスがとても楽しかった。バイクと乗用車とを使ったカーチェイスだが、車体間隔が非常に狭かったり、音の響かせ方にひねりがあったりとわくわくする。古い町並みが背景というのも味わい深くいい。




『未来のミライ』

 4歳のくんちゃん(上白石萌歌)は、生まれたばかりの妹に両親の関心を奪われ、ご機嫌斜め。ふてくされて小さな木の植わった中庭に出るたび、不思議な世界に迷い込む。そんな彼の前に、10代の少女が現れる。彼女は成長した妹・ミライ(黒木華)だった。原作・脚本・監督は細田守。
 『バケモノの子』があれもこれもやろうとして収集つかなくなっていたのをふまえたのか、今回は一つの家族とその家の子供に焦点を当て、おそらくあえて家庭の外の世界は描かない。くんちゃんは幼稚園に通っているのでおそらく幼稚園での友達はいるはずだし(○○君のおうちで遊ばないの?みたいなセリフは出てくるので)、ご近所さんもいるだろうし、親にとっても保護者同士の繋がりや仕事上の繋がりもあるだろう。そういうものはほぼ排除された、かなりクローズドな世界観だ。児童文学的な(中川李枝子『いやいやえん』を思い出した)雰囲気で、実際、くんちゃんが中庭に出るとすっとファンタジーの世界に移行していく流れには、これが子供視点の世界かもしれないなと思わせるものがあった。唐突と見る人もいるかもしれないが、子供の世界ってこのくらい躊躇なくあちら側とこちら側を行き来するものじゃないかなと。
 とは言え、作品としては今回もいびつさが否めない。くんちゃんと両親、ミライちゃんの関係を横糸に、縦糸として母親の子供時代、そして曾祖父の青年時代という、家族の歴史が織り込まれるのだが、この縦糸があまり機能していないように思う。未来のミライちゃんが登場する意義もあまり感じない。そもそも4歳児に一族の歴史を意識させようというのはなかなか無理があると思う。子供であればあるほど、「今ここ」に意識は集中するだろう。
 また、くんちゃんがある危機に陥った際、自分が「ミライちゃんのお兄ちゃん」であることが「正解」とされる。確かに「正解」は「正解」なのだが、これをもってアイデンティティとされるのはちょっと違うんじゃないかなと違和感を感じた。肉親との関係性だけによって個人が成立するわけではないだろう。4歳児であるくんちゃんの世界は両親と妹で構成される小さなものかもしれないが、電車が好きなくんちゃんや自転車に乗れるようになったくんちゃんという側面も大きいわけだし。
 毎回異なる一定層の地雷をぶちぬいていくことに定評がある細田監督だが、今回も間違いなく一定層の地雷に触れていると思う。相変わらずコンテ、作画のクオリティは素晴らしい(幼児の動きの表現にはフェティッシュさすら感じる)のでアンバランスさが悩ましい。ストーリー、脚本は自分でやらない方がいいんじゃないかな・・・。監督として職人的なスタンスに徹した方がバランスのいい作品に仕上がりそう。当人は作家性を出していきたいんだと思うけど、そんなに作家性の高い作風じゃないと思うんだよな・・・。
 なお、これも相変わらずだが女性の造形はいまひとつだけど男性の趣味はいいよな(笑)。モブ美少年にしろひいおじいちゃんにしろ無駄にクオリティ高い!ひいおじいちゃんなんてキャラクターデザインがイケメンかつ中の人もイケメンでずるすぎだろうが!




『万引き家族』

 治(リリー・フランキー)、信代(安藤サクラ)夫婦と信代の「妹」亜紀(松岡茉優)、治と信代の「息子」祥太、そして「おばあちゃん」初枝(樹木希林)。一家の生活を支えるのは初枝の年金と治の日雇仕事の賃金、信代のクリーニング店でのアルバイト料だ。治と祥太はある夜、団地の廊下に放置されている幼い女の子を見つけ、連れ帰ってしまう。一家はその女の子をりんと名付け、一緒に暮らし始める。原案・脚本・監督・編集は是枝裕和。第17回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
 是枝監督作品では度々家族の姿、ありふれていそうだが特に理想的ではない家族の姿が描かれる。本作もまた家族が物語の中心にあるが、その家族のありかたは非常に危うい。何となく寄り集まっているうちに家族的なものになってしまったような心もとなさがある。
 彼らが子供を育てるという責任を全うしているのかというと、そうとは言い切れないだろう。経済面はともかく、子供への教育や倫理的な問題を教えていくことは、彼らには出来ないしそういうことをしなければという意識もあまりなさそう(万引きは悪いことなのかと尋ねる祥太に対する信代の答えとか)。祥太が自分がやっている万引きと言う行為の是非について漠然とした疑問を持ち、自分たち「家族」のことを考え始めた時点で、この家族の終わりの気配が見え始める。
 とは言え、治も信代も子どもたちに愛情はあり、彼らの世話はそれなりにしている。虐待を続けていたりんの両親とはよっぽどましだ。愛情だけでは、あるいは血のつながりや経済的バックボーンだけでは家族として機能していると言えないだろう。生活に不足なく、教育も十分に受けられ、ごく模範的な家族に見えても、その中に居場所がない人もいる。家族という仕組み、また人間そのものの曖昧さや両義性を、善悪どちらかの側に偏らないように注意深く描いた作品だと思う。

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