3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名は行

『増補 普通の人びと ホロコーストと第101警察予備大隊』

クリストファー・R・ブラウニング著、谷喬夫訳
 一般市民を中心に編成された第101警察予備大隊。狂信的な反ユダヤ主義者というわけでもなく、ナチスによる教育を受けてきたわけでもない彼らは、ポーランドで約38,000人のユダヤ人を殺害、45,000人以上を強制移送した。ごく普通の人たちになぜそんなことが可能だったのか。限られた資料や証言から当時の実態を描き出し、大量殺戮のメカニズムを考察する。初版出版から25年後に加筆された増補分(研究対象を同じくするゴールドハーゲンの著作への反論)を加えた決定版。
 ホロコーストの加害者側の証言を収集し当時のドイツ軍内部の様子、いわゆるエリート軍人以外の軍従事者はどのような精神状態だったのか垣間見え興味深い。残された資料や証言、増補分ではポーランドで撮影された写真をひも解き、地道に情報をすくい上げていく。
 101予備大隊は元々軍人ではない、職人や商人などごく一般的な市井の人々から構成された隊で、世代的に(ナチス台頭の前に生まれた世代なので)ナチスによる教育を受けておらず、必ずしも熱烈な愛国心は反ユダヤ主義に駆られていたわけでもないという指摘がされている。ユダヤ人、特に女性や子供、老人を殺すことに強い抵抗を感じた人も少なくなかった。そういった抵抗を感じつつも大量のユダヤ人を収容所に送り、殺すことが出来てしまったという点が、非常に恐ろしい。ユダヤ人狩り、殺害方法がだんだんシステマティックになり、人間対人間という意識が薄れていく(自分がトリガーを引かずに済む、殺害現場を目撃しなくて済むとこの傾向はどんどん強まる)と殺害に抵抗を感じなくなっていき、習慣化していく。人間の慣れも、見たくないものは見ないようになる傾向も、実に恐ろしい。何でも日常に回収していく性質は人間の強さでもあるが、本件の場合は最悪の形で発揮されてしまったわけだ。
 また、大隊は男性のみで構成されていたようだが、「殺しに怯える弱い男」とみなされることを恐れ、周囲との同化の為に殺す、同化が強まると更に殺害に対して抵抗がなくなっていくという「空気を読む」ことによる罪悪感や抵抗感の希薄化も指摘される。101大隊の派遣先が海外で、隊からはずれると言葉も通じず行く場所もないというロケーションも、この傾向を強めたようだ。男らしさの呪縛はほんとろくなことにならないな・・・。
 ともあれ、101大隊の置かれた条件をひとつずつ見ていくと、どこの国、どの社会、どの層においてもこういうことは起こりうるだろうと思える。人間、自分の倫理観、善良さを過信してはいけないのだな・・・。こういうことが私たちは出来てしまう、その性質を利用しようとする者もいるということを、肝に銘じておかなくては・・・。内容が内容なのでなかなか読むのが辛かった。人間の負の可能性を目の当たりにし、暗欝とした気分になる。

『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』

 ブルックリンでレコードショップを営むフランク(ニック・オファーマン)は店を閉めることにした。娘のサム(カーシー・クレモンズ)は医者を志しUCLAへの進学が決まっているので、いい頃あいだと考えたのだ。しかしフランクがサムを一緒にレコーディングした曲をネットにアップロードしたところ予想外に人気が出て、レコード会社からも声がかかる。かつてバンドマンだったフランクは浮かれるが。監督・脚本はブレット・ヘイリー。
 フランクはシングルファーザーとしてサムを育ててきたが、どこか子供っぽい。今ではサムの方が地に足がついて大人っぽく見える。自分たちの曲が注目されたことに対しても、ツアーはどこにいこうかなんてはしゃぐフランクに対して、サムは進学の準備に余念がない。進学を1年延ばせないかと言いだす父親に彼女がキレるのも無理はないのだ。入学は決まってるし奨学金だって受けている、何よりフランクの都合で振り回されてはたまらないだろう。彼女も心底音楽好きで、多分フランクよりも音楽の才能はあるので心が揺れないわけではない。それでも彼女が選らんだ道があるのだ。
 フランクのふるまいはなかなかイラっとさせられる所があるのだが、ぎりぎりで嫌な感じにはならない。子供っぽいが父親としての役割はちゃんと果たしてきた、親として役割を果たすため、断念しなければならないことがあると受け入れてきた様子が垣間見られるのだ。更に、彼がサムにはサムの人生があり、フランクとは別の意思をもっていること、彼女の選択を尊重しなければならないということを本当はわかっているからだろう。同じものを愛していても、2人は別の人間なのだ。
 2人が歌う歌の歌詞にもあるように「大切なものを置いて」旅に出ることは、決して悲しいことではない。これは親子の間だけではなく、サムとガールフレンドのローズとの関係において同じだろう。愛し合うことと、共にいることは必ずしも一致しない。それぞれ別の人格、別の生き方だというスタンスが一貫している。
 音楽に溢れた作品で既存楽曲の使い方も良いのだが、特にライブシーンの多幸感が素晴らしかった。クレモンズのパフォーマンスが本当にチャーミングで見ていて嬉しくなる。また、まさかトニ・コレットのカラオケを聞けるとは思わなかった(上手い!かわいい!)ので得した気分になる。

はじまりへの旅 [DVD]
ヴィゴ・モーテンセン
松竹
2017-10-04





シング・ストリート 未来へのうた [DVD]
フェルディア・ウォルシュ=ピーロ
ギャガ
2017-12-22

 

『ベン・イズ・バック』

 クリスマスイブの朝、19歳のベン(ルーカス・ヘッジズ)が急に帰宅し家族を驚かせた。ベンは薬物依存症の治療中で、施設で暮らしていたのだ。母ホリー(ジュリア・ロバーツ)と幼い弟妹は再会に喜ぶが、妹アイビー(キャスリン・ニュートン)と継父ニール(コートニー・B・バンス)は不安がる。1日だけの在宅を許すが、外出先から一家が帰宅すると、家の中が何者かに荒らされ愛犬がいなくなっていた。昔の仲間の仕業だと考えたベンは一人で彼らの元に向かい、ホリーはそのあとを追う。監督はピーター・ヘッジズ。
 息子が薬物依存症で大変という映画は最近だと『ビューティフル・ボーイ』もあったが、本作の方がストーリー展開にメリハリがありスリリング。依存症の、当人にとって、周囲にとって何が大変なのかという面も端的に垣間見える。ここまでやらないとだめなのか!と少々ショックだった。そして絶対に長期戦で、三歩進んで二歩下がるの繰り返し。これは本人はもちろん辛いが、周囲が消耗していくな・・・。
 ベンは弟妹からは素直に慕われており、彼らに対する振る舞いからもいい兄だったことがわかる。一方で、薬物依存が原因で取り返しのつかないことをしてしまったことが徐々にわかってくる。その事件によって人間関係がおおきく損なわれ、家族は深く傷ついているのだ。しかし、家族は良き兄、良き息子としてのベンの顔も知っている。いっそ良い思い出がなければもっと気持ちが楽なのだろうが、気持ちが引き裂かれていく。ホリーはベンと守る為、彼につきっきりで一緒に行動する。薬物依存症患者への対応として、絶対に一人にしないということが必要なのだろうが、いくら家族でもなかなかできない、むしろ家族だからよけいきついのではないかと思う。ベンを愛しているし信じたいけど、依存症である彼を決して信じてはダメなのだ。ホリーは彼を守りつつ他の家族も守ろうとする為、嘘をつき続ける羽目になっていく。演じるロバーツの表情には鬼気迫るものがあり、徐々に母と息子の地獄めぐりのような様相になってくる。とても母は強しなんて気軽に言えない雰囲気だった。
 一方、アイビーが何とか母を支え続けようとニールに嘘をつく様が切ない。ニールはとてもちゃんとした父親でベンにとっての「敵」ではないし、ホリーもアイビーもそれは重々わかっている。とはいえ、ベンと過ごした時間の違いによる切実さの差異が出てしまうのかなと思った。切実さという面では、子供との関わり方という一点で立場を越えてホリーに手助けするある人物が強く印象に残った。同じ立場でないとわからない類の辛さなんだろうと。

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2018-09-06





ワンダー 君は太陽 [DVD]
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2018-11-16

『プロメア』

 突然変異により生まれた炎を操る種族、バーニッシュの出現により、各地で大火事が起き世界の半分が消失した。それから30年後、対バーニッシュ災害用の高機動救命消防隊バーニングレスキューは、攻撃的なバーニッシュの組織マッドバーニッシュから町を守っていた。新人(松山ケンイチ)とマッドバーニッシュのリーダー・リオ(早乙女太一)はぶつかり合う。。監督は今石洋之、脚本は中島かずき。制作スタジオはトリガー。
 始まっていきなりクライマックス!そしてTVシリーズならここで最終回だろー的なクライマックスがその後も波状攻撃してくる。やたらとテンションが高く緩急の急しかないような構成だ。ストーリーは極めて大味なのだが、本作の場合はそれが魅力になっているし、監督はじめスタッフもそこはよくわかっているんだろうな。バンクに決めポーズを惜しみなく多用し、かつそこにメタ的な突っ込みも入れる(とはいえテロップ芸のかっこよさはトリガーのお家芸的)。ビジュアルデザインが全般的に素晴らしかった。
 いわゆる日本的なアニメ、セル画風アニメの面白さ、持ち味はこういう所にあるという確信に満ちた作り。例えばハリウッド産アニメーションの最前線のような『スパイダーマン スパイダーバース』とはまた別の方向でのアニメーションの最前線を見た感がある。動画にしろ背景美術にしろ、非常にかっこよくて唸った。特に背景の省略の仕方がいい。登場するメカやロボットの全てが洗練されたかっこよさをもっているわけではない、あえてダサくしたり相当なバカ設定だったりするわけだが、全体的にはクールな印象になる所が面白かった。ちょっと匙加減を間違うとごちゃごちゃになりそうな所、絶妙なバランスが保たれている。正直、冒頭のバーニングレスキューが出動する20分くらいで動きの鮮やかさに満足してしまった。そのくらい密度が高い。
 最終的には気合で何とかする非常に中島かずきらしいストーリーで、大分ご都合主義ではある。が、大真面目でこれをやれるというのは、すごいヒューマニズムなのではないかと思う。人間の意志の力、善性を信じているということだから。ポジティブ、かつカラっとしている。
 なお本作、海外マーケットをかなり意識しているのかなという印象だった。舞台は多民族都市的な雰囲気で、モブキャラのデザインを見ても様々な人種がいる雰囲気が出ている。また研究所の職員がほぼ男女半々だったりと、男女比にも気をつけているように思った。メイン女性キャラに対してセクシャルな描写が少ない(露出度が高い衣装でも胸や尻を強調しない、いわゆるサービスショットを入れない)あたりも配慮されていると思う。トリガー制作の『キルラキル』では衣装デザインでちょっとひいてしまったので、このあたりの配慮は好ましかった。

『僕たちは希望という名の列車に乗った』

 1956年、東ドイツの高校生テオとクルトは、こっそりもぐりこんだ西ドイツの映画館で、ハンガリーの民衆蜂起のニュースを見る。感銘を受けた2人はクラスメイトに呼びかけ、授業中に2分間の黙祷を実行。しかしソ連の影響下におかれた東ドイツでは国家への反逆とみなされてしまう。首謀者とあげろと彼らは迫られるが。原作はディートリッヒ・ガルスカ『沈黙する教室 1956年東ドイツ 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語』、監督はラース・クラウメ。
 教育委員たちが学生から「ゲシュタポ」と揶揄され激怒するが、やっていることは似ている。力と恐怖で国民、国を画一的に支配しようとするやり方は、大体似通ってくるのか。体制側と違う考え方をすることは認められないのだ。本作中でも、学生たちの弱みを握り、脅し、彼らが疑心暗鬼に陥り仲間を裏切るよう煽っていく。若者たち、国民たちが自分の頭で考え団結することが、体制側は怖いのだとよくわかる。管理しようという姿勢が徹底していてすごく怖い。なりふりかまわずそこまでやるのかと。若者たちが何も考えず言うことをきく状況は、支配する方としてはそりゃあ楽だよな。だから個々が自分で考え行動することが、権力の肥大化を押さえる為にもとても重要なのだ。学生たちが黙祷を「皆でやろう」と多数決を取るのは、ちょっと同調圧力っぽくないか?という気もしたが・・・。 
 彼らの行動は最初はあまり深い考えに基づくようなものには見えない、その場の思いつきのようなものだ。しかし、その思いつきで自分の生き方、ひいては自分が今いる国が何をしようとしているのか、自分たちが何に加担することになりかねないのか、深く、しかも短時間で考えざるを得なくなっていく。少年少女が急激に成長していく様が鮮やかではあるのだが、こういう形で成長を強いられるのってちょっと辛い。他の場所だったらしなくていい苦労だし、理不尽すぎる。
 裏切り者になること、嘘をつくことを大人が子供に強いる国は、大分終わっているのではないだろうか。この5年後にベルリンの壁ができるわけだから、変なことを変だと言える環境がどんどんなくなっていく過程を描いた物語でもある。この先、こういう体制が何年も続くのだから本当に暗い気持ちになってしまうが、心が折れそうになっても自分達で考え屈しない若者たちの姿には希望がある。
 走るシーンが多く、どれも印象に残った。動きのテンポがいいというか、躍動感がある。ストーリーは重いが軽やかさがあるのだ。


アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男 [DVD]

ブルクハルト・クラウスナー
アルバトロス
2017-07-05



『ピクニック・アット・ハンギングロック』

ジョーン・リンジー著、井上里訳
 寄宿学校・アップルヤード学院の生徒たちは、ハンギングロックへピクニックへ出かけた。しかし巨礫を見に出かけた4人の少女と、彼女らとは別行動していた教師1人が行方不明になってしまう。必死の捜索が行われたものの手掛かりは得られず、事件は迷宮入りに。事件の噂は広まり、以来、学院では歯車が狂い始める。
 舞台は1900年のオーストラリア。いかにも良家の子女が通っている風の箱庭的なアップルヤード学院の世界と、だだっ広く人間を拒むような土地・風土の独特さが強いコントラストを生んでおり、不思議な雰囲気。これがたとえばヨーロッパを舞台にしていたら、全然違う雰囲気だったろう。人がいきなりいなくなっても不思議ではない、人間の入る隙がない感じなのだ。
 少女たちだけの世界は閉鎖的、箱庭的な親密さがあり、そこが魅力だと感じる人もいるだろう。箱庭は徐々に崩壊し、学院の人たちは外の世界にさらされていく。生徒からも教師からも今一つうとまれている学院長が、頻繁に亡き夫のことを思い出すのがなんだか切なかった。彼女にとっては夫といた時間こそ箱庭的な安心しているられる場所だったのではないかと。
 中心的な、美しく聡明な少女たちがいなくなったことで美しい小さな世界は終わりを迎える。崩壊のイメージもまた美しいかもしれないが、姿が美しい少女は心も美しく聡明で、見た目がぱっとしない少女は中身もぱっとせず人柄にも愛すべき部分が少ないという描写は、見た目偏重すぎて少々辟易した。なお百合の文脈で語られがちな作品だと思うが、貴族の青年マイケルと、彼の叔父の御者であるアルバートとの関係は微妙にBL感が・・・。この2人も少女たちの失踪に影響を受けるが、「崩壊」には至らず、むしろそれまでの身分や立場から自由になっていくという所が面白い。



『パパは奮闘中!』

妻のローラと2人の子供と暮らしているオリヴィエ(ロマン・デュリス)。しかし突然ローラが家を出ていってしまう。慣れない子育てで右往左往するオリヴィエ。一方、勤務先の大型倉庫でも従業員が突然解雇され、しかし労働組合運動は盛り上がらない等と悩みが尽きなかった。監督・脚本はギヨーム・セネズ。
題名は親子もの、シングルファーザーを中心とした『クレイマー・クレイマー』的な話を連想させるし、実際そういう要素が大きい。しかし家族の話だけではなく、オリヴィエが働く環境の雇用の不安定さや、その中で労働組合運動を続けることの難しさや無力感など、労働の話が占める割合も大きい。そして仕事と家庭は地続きで、切り離して考えられることではないのだと。生活全体の中で生じうる諸々の問題が含まれているのだ。
冒頭からオリヴィエの仕事仲間が解雇通告された後の展開がやりきれない。更に、不当な仕打ちだと会社を訴えようとしても、解雇を恐れて皆労働組合と関わりたがらず、連帯もままならないという描写が辛い。どこの国でも、大企業(オリヴィエの職場はアマゾンの倉庫っぽい所)によって働く者同士が分断されているのだろうかと陰鬱な気持ちになる。現場のリーダーであるオリヴィエは管理サイドと現場との板挟みに悩む。「権限を持ちたくない」というのは現代の職場ならではかもしれない。権限を持つということは、同僚たちを切り捨てなければならないかもしれないということだ。彼の躊躇を甘えとは言えない。自分の良心、倫理に反せず働き続けるのがなんでこんなに難しくなったのか。
しかし、仕事に打ち込み労働組合活動に打ち込みしていれば、家族にかける時間も気遣いも減っていく。オリヴィエは決してダメ夫・ダメ父というわけではないのだが、仕事にかまけてローラの変調を見逃してしまうし、いざローラがいなくなると子供たちに何を食べさせればいいのか、何を着せればいいのかもわからない。子供のケアは妻にまかせっきりだったことが露呈するのだ。家事や育児の重要さはわかっていても、外での「仕事」と比べて軽く見ている向きがあったのだろう。妹に対する心ない言葉からも、自分の働き方と異なる「仕事」を侮っている面が見え隠れする。家事も育児も演劇も、オリヴィエがやっていることとは違うが「仕事」に変わりはないのに。ローラも多分、オリヴィエのこういう無意識の態度に傷ついたのだろう。オリヴィエ本人も、徐々にそのことに気付いていく。
仕事にしろ家庭にしろ、生活のありようは常に変わり続け、仕事へのスタンスも家族との関係もその都度調整していくものだということが、描かれているように思った。オリヴィエは完璧ではないのだが、子供たちとローラのことを話し合い、最初は拒んでいた親子カウンセリングも受けるようになる。外側に開かれていく感じが面白かった。変なプライドに拘らない方が自分も家族も楽になるのではないだろうか。

『バースデーワンダーランド』

 誕生日の前日、小学生のアカネ(松岡茉優)は母の友人・ちぃ(杏)ちゃんの雑貨店にお使いに行く。そこに突然、錬金術師のヒポクラテスと弟子のピポが現れた。彼らの世界をアカネに救ってほしいというのだ。雑貨店の地下室の扉からもう一つの世界に向かったアカネとチィは、世界に「色」を取り戻す為の冒険に旅立つ。原作は柏葉幸子『地下室からのふしぎな旅』、監督は原恵一。
 アニメーションのテクニック、動きの見せ方は流石に安定感ありきめ細やか。かわいすぎない、流行に左右されにくく普遍性ありそう、かつセクシャルさを抑制したキャラクターデザインは秀逸だと思う。日本のアニメーションだと意外とこの方向性はなかったなという気がする。異世界の風景も美しい。最近のアニメーションの背景美術は細部までリアルに描き込む表現が主流になっている印象だったが、本作はそのあたりほどほどで、適度にデフォルメし情報量をコントロールしているように思う。童画っぽい雰囲気だ。色や植物の質感等はとても美しく、眺めているだけで楽しい。
 とはいえ、脚本はいまひとつ。ストーリーを前に進めていくエンジンみたいなものが弱いのだ。主人公であるアカネがちょっと臆病で、自分から動けるキャラクターではないというのも一因だろうが、それ以上に、ストーリーテリングの下手さ、脚本の技術的な不備であるように思う。主人公が消極的でもストーリーテリングが巧みでどんどん読ませる小説・映画はいくらでもあるもんね。むしろちぃちゃんの方がいわゆる主人公的な、自分からどんどん動いていく好奇心旺盛なキャラクターなのだが、ストーリー上いまいち上手く機能していないように思った。ただ、大人の方が自由で融通がきくという見せ方は現代っぽいのかなという気もする。子供は案外頭固いし応用きかないよなと。
 現代のファンタジーというよりも、私が子供の頃に読んでいたファンタジー児童文学の世界。実際、原作小説は子供の頃に読んだ作品だ。それはそれで懐かしく楽しいのだが、今ファンタジー作品を作る上で、これでいいのかという疑問は付きまとう。当時の「ファンタジー」の異世界は大体中世ヨーロッパ風で、その世界の住民もカタカナ名前でどうも白人ぽくて、なんていう英語圏の作品の影響の強いものが多かった(翻訳ファンタジーはほぼ英米からのものだったから)。しかし現代では様々な国、人種、文化圏があることがフィクションにおいても大前提になっている。本作の異世界はやはりヨーロッパ風味が強く、出てくる人たちも西洋風でアジアンやアフリカンはいなさそう。なぜその表現を選んだか、という部分にもっと自覚的になる必要があるのではないかなと思った。ファンタジーってこんな感じだろう、という記憶と慣れで作ってしまっているという印象を受けた。
 また、農耕や素朴な商業と魔法とで成り立つ異世界と、科学によって発展したアカネたちの世界との対比が単純すぎる。アカネが、自分達の世界では星空や花々の美しさを忘れがちと言うのだが、むしろ忘れがちと言われることに驚いた。私、結構頻繁に星空や花の美しさに驚いてますよ!逆に素朴な世界だから皆幸せというわけでもないし、魔法の力は科学の力と同じような機能になりうる。そんなに対称的か?という気がするのだ。ファンタジーは現実を相対化したものだ。だから現実が複雑なら複雑であるはずだし、その複雑さに作り手も鑑賞者も耐えなければならないのではないか。


『秘密(上、下)』

ケイト・モートン著、青木純子訳
 国民的女優のローレルは、50年前にある光景を目撃した。母が見知らぬ男性をナイフで刺殺したのだ。あれはいったい何だったのか?既に介護施設に入居し記憶もおぼつかなくなってきている母。彼女の過去には何があったのか?ローレルは過去への手がかりを探し始める。
 面白いという評判は聞いていたが、本当に面白い!続きが気になって上下巻を一気に読んでしまった。とは言え、ミステリというよりはロマンス小説的な面白さだ。2つの側面で2人の女性の対比が描かれているという構造。本作のミステリはいわゆるミステリ小説のトリック(これは結構すぐにわかっちゃう)にあるのではなく、自分の親がどのような人間なのかという謎だろう。そして、他人への憧れや思い入れ、別の人生への憧憬が生むものの計り知れなさという謎でもあるか。
 第二次大戦中をはさんだ母の過去パートと、母の謎を追うローレルの現在パートが交互に配置される。ローレルが既に壮年というところが面白い、というか親の若いころが気になってくるのは自分が年を取ってから、というところに妙な説得力があった。若いころは親は親であり、親にも青春時代、若い時代があったということがいまひとつぴんとこないんだよなと。自分もそういった通過しきってから、親が親になる前の時代を客観視できていくのかも。

秘密〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2019-01-30






忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2017-05-21

『ハンターキラー 潜航せよ』

 ロシア近海でアメリカ海軍原子力潜水艦が消息を絶った。近くでロシアの潜水艦も狙撃されたらしい。捜索に向かったジョー・グラス(ジェラルド・バトラー)率いる攻撃型原潜ハンターキラーは、現場付近に沈んでいたロシアの原潜から生存者を救出。一方、米軍特殊部隊はロシア内部の動きを探るために潜入作戦を開始するが、世界を揺るがすクーデターが起こっていると判明。ハンターキラーには絶対不可侵のロシア海域へ潜入するミッションが課せられる。原作はドン・キース&ジョージ・ウォーレスによる小説。監督はドノバン・マーシュ。
 アメリカ軍にしろロシア軍にしろ、艦長の慕われ方がすごい!人生の明暗をわけるのは人徳だ!ぶっきらぼうだが有能でリーダーシップのあるグラスに部下達、特に副艦長がデレる様が圧巻である。そりゃあジェラルド・バトラーについていけば絶対死ななさそうだし頼りがいありすぎるくらいありそうだんもんな・・・。グラスがどのように経験豊富で有能であるかということは様々なシチュエーションで示唆されるのだが、何よりもまずバトラーが演じているという点で説得力が出ている。対してロシア艦長の方は、この人は本当に部下のことを大事にし、部下から信頼されていたんだなと納得させられる良いシーンがある。ベタはベタなんだがやはりぐっとくる。上司はかくありたいものよ・・・。良き上司として徳を積んでおくといざという時命が救われるのか。アメリカとロシア、立場は違うが潜水艦乗りであるという共通項で共感・理解し合うという「ライバルと書いて友と読む」な少年漫画的要素にも燃えた。
 私は元々、飛行機内とか船・潜水艦内などの降りたら死ぬ密閉空間で展開するサスペンスが苦手なのだが、本作は楽しく見ることができた。ストーリーが潜水艦内だけでなく、特殊部隊が作戦を遂行中の地上でも展開されるので、閉そく感が薄いのだ。そして特殊部隊サイドでもひねくれ上司とちょっと頼りない新人隊員の絆が発揮される。こちらは上司のデレになかなかぐっときた。更にロシアサイドでもまさかの上司と部下の深い絆が。プロ意識のたまものではあるのだが、双方大分個人的な思い入れがありません?!と注視してしまった。

ハンターキラー 潜航せよ〔上〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06






ハンターキラー 潜航せよ〔下〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06
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