3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名は行

『否定と肯定』

 1994年、アメリカに住む歴史学者デボラ・E・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)は、自著の中でイギリスの歴史家デビッド・アービング(ティモシー・スポール)が唱えるホロコースト否定論を、真向から否定する。アービングはリップシュタットの講演会に現れ彼女を非難、更に名誉棄損で彼女を提訴する。イギリスの司法制度では訴えられた側に立証責任がある。リップシュタットはイギリスの弁護団と共に裁判に臨む。監督はミック・ジャクソン。
 訴えられた側に立証責任があるというイギリスの裁判制度には奇妙に思えるし、当然リップシュタットも戸惑う。そもそも、歴史上の事実として確固としているものを、偽造された歴史と並べてどちらが正しいか証明しろというのも変な話なのだ。とは言え、リップシュタットに「放っておけば世間は忘れるから示談しろ」という人もいるが、リップシュタットは拒否する。放置しておけば、放置していてもいいものとして認識されかねない。ねつ造は許されないとその都度正していくことが、歴史学者の勤めだということだろう。
 アービングは話がうまく、かつ言葉で相手を煽り動揺させる。リップシュタットの弁護団は、アウシュビッツの実在を証明するのではなく、アービングの著作の間違いや矛盾点を積み重ね、彼が意図的にホロコーストはなかったと偽装しようとしたと証明しようとする。リップシュタットによる直接的な反論や、ホロコーストの生存者達の証言は扱わないことにするのだ。このやり方は歴史研究者であるリップシュタットの意に沿うものではなく、生存者らを傷つけるものでもある。アービングの自説は死者と生存者らの存在を否定するものだが、弁護団のやり方もまた、彼らにとっては「否定」と受け止められかねない。弁護団のやり方がまずいというのではなく、歴史研究者の振る舞いと法律家の振る舞いとには差異があるのだ。リップシュタットや生存者らをアービングと同じ土俵に上がらせないことこそが、弁護団の倫理であり誠意である。リップシュタットと担当弁護士ランプトン(トム・ウィルキンソン)、ジュリアス(アンドリュー・スコット)は激しく言い合うが、彼らの道義の有り様に気付いたリップシュタットは、徐々に彼らを信頼していく。リップシュタットの振る舞いは一見口うるさく面倒くさい人のようなのだが、彼女が自分の良心と責任に忠実であり、他人任せにすることを忌避するからだ。そんな彼女の「良心を預ける」という言葉は非常に重い。
 一見「面白いおじさん」であるアービングの中の差別意識がどんどん明るみに出てくるのだが、差別主義者って自分が差別主義者であるという自覚はあんまりないんだろうし、それを改める気もないんだなと茫然とする。アービングは女性差別的な発言も頻繁にするのだが、それが女性差別だとは全くわかっていないようだ。これはアウトだろ!という言葉を報道陣の前でぽろっと言っちゃうしなぁ。

否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)
デボラ・E リップシュタット
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-11-17




『パーティーで女の子に話しかけるには』

 1977年のロンドン郊外。パンクロックを愛する少年エン(アレックス・シャープ)は、友人と一緒にパーティー会場らしき一軒家にもぐりこむ。そこで出会ったのは不思議な少女ザン(エル・ファニング)。エンはあっという間に恋に落ちるが、2人に残された時間は48時間だけだった。監督・脚本はジョン・キャメロン・ミッチェル。
 ボーイミーツガールであり未知との遭遇である。ザンは何と宇宙人なのだ。女の子に声をかけるだけでもエンのような子には相当な勇気がいるのに、更に宇宙人だなんて、二重の意味での異種間交流でまあ大変である。未知のもの・異文化の存在と交流する緊張感と戸惑いという点では、相手が女の子だろうと宇宙人だろうとそう変わりはないのかもしれない。エンとザンのやりとりはちぐはぐなのだが、互いの異文化(エンにとってはザン、ザンにとっては地球の文化)を知りたいという情熱によって一体化する瞬間がある。
 エンとザンの架け橋になるのはパンクロックだ。破壊と混沌(からの創造)を志向するパンクは、ザンたち異星人の文化とは真逆にあるもの。ザンらの社会は秩序と調和により維持されてきたが、滅びつつある。それをかき乱し、カオスの中から新たな息吹を与えるのがパンク。わかりやすい対比だが、エンとザンが一緒にステージに立った時の高揚感、何かがはじける感じは、確かに「生まれてくる」感ある。ただ、「生まれる」ことを母性と直結させちゃうのはちょっとどうかな、いまだにそれ使うの?って気はする。生まずとも次の世代を送り出すボディシーア(ニコール・キッドマン)のような存在も登場するが、これはこれで一つの母性の象徴だろうし。いい加減そこから離れた表現が見たいなとは思った。
 ともあれ、エル・ファニングの可愛らしさが異常かつ存在感が強烈で、それだけでも見る価値ありそう。脇とか首とか触らせられて、これはエンもたまらんよな!

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ [DVD]
ジョン・キャメロン・ミッチェル
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2017-10-18


成恵の世界 コミック 全13巻完結セット (カドカワコミックス・エース)
丸川 トモヒロ
角川書店(角川グループパブリッシング)
2013-02-21

『HiGH&LOW THE MOVIE3 FINAL MISSION』

 スカウト集団DOUBTとの戦いに勝利したSWARDの面々だが、九龍グループとの全面抗争に突入し、各チームは次々と壊滅状態に追い込まれる。琥珀(AKIRA)らは政府と九龍グループが隠ぺいしたある事実を証明するべく、証拠集めに奔走する。監督は久保茂昭&中茎強。
 3部作完結編だが、また改めて続編をやるのかな?世界観としてはまだまだ広げる余地がありそう。こういう余白があって(脇ががばがばとも言う)色々アレンジしやすい所、見る側も色々想像しやすい(脳内補完しないとつじつまが合わない部分が多すぎるということでもあるのだが・・・)所が人気の要因の一つでもあるんだろうなぁ。
 私は本シリーズはアクション映画として楽しんでいるのだが、正直なところ、アクションの面白みのピークは2作目で本作はそれには及ばなかった。完結編ということで、色々とエピソードを回収しなくてはならないという都合上、仕方がないとは思う。相変わらずつじつま合わせが苦しく、そもそもつじつまらしいものはあまり想定されていなかったのではという気もするが。本シリーズは一貫して、ストーリーテリングはお粗末なので、ストーリーに比重がかかる構成だとどうしても粗ばかりが目についてしまう。コブラがいる場所どうしてわかったの?とか、資料ってそんなまるっと残っているものなの?とか、証言者の数乏しくない?とか、まあ言いだすときりがない。設定を乱発するが、その組み立て方は粗いというのが特徴のシリーズだったなと。一方で、今まで(本作でも)基本的に銃器が持ち込まれない世界観だったことへの理由がちゃんと説明されているあたり、妙な所には細かいんだよな・・・。
 今回は九龍の幹部たちのフルネームと担当部門がちゃんと紹介されるのだが、役者の人選の目の付け所が良い。なかなか木下ほうかは思いつかないわ!幹部は皆、佇まいにドラマ性があった。むしろこの人たち側の話の方を見たくなってくる。これは、俳優の力なんだろうなぁ。こういう部分の人選にしろ演出にしろ、やっつけ仕事にしないことで映画としての見栄えが各段によくなっていると思う。

HiGH & LOW THE MOVIE(豪華盤) [DVD]
AKIRA、TAKAHIRO、黒木啓司、ELLY、岩田剛典他
rhythm zone
2017-01-18



『劇場版 はいからさんが通る 前編 紅緒、花の17歳』

 大正時代の東京。花村紅緒(早見沙織)は親友の北小路環(瀬戸麻沙美)と共に女学校に通っていたが、花嫁修業は性に合わず、剣道の方が得意だった。ある日父親に、許嫁だという伊集院忍少尉(宮野真守)を紹介される。紅緒たちの祖父母の代に両家が決めたことだというのだ。紅緒は猛反発するが、花嫁修業の為に伊集院家で暮らすうち、徐々に少尉に心動かされていく。原作は大和和紀の同名漫画。監督は古橋一浩。
 前後編の前編だが、結構な長さの原作をよく100分足らずに収めたな!正直なところ、駆け足感は否めないのだが、原作を読んでいなくても問題ない纏め方だと思う。捻らず、真正面から映画化したという印象の作品。
 私が好きな「少女漫画」ってこういうのだったなぁと楽しく見た。「お嬢さん」の枠からはみ出るヒロインと、それを見守る(出来すぎな)王子様的存在という古典的な少女漫画の王道である本作だが、男女の関係は意外と現代的というか、フラットなものだ。少尉も紅緒も、好意があるにしろ反感をもつにしろ、相手を一個人として尊重している。恋愛においても、まずは尊重・敬意があって、そこに安心感があるのだ。
 また異性間だけでなく、同性同士であっても、階級の異なる同士であっても、お互いを人として尊重する態度が一貫している。男女差別が明確にあり、また身分の差、家柄の差もはっきりとしていた大正時代を舞台としているのは、この個人対個人として相手を尊重することがいかに大切かという部分をより鮮明にする為だったのかと、大人になってからの方がよくわかる。紅緒は女学生としては型破りだし、環は平塚らいてうを愛読しているくらいだから、当時の女性としてはおそらくかなりとんがっている(それこそ「はいからさん」なわけだし)タイプの人たちの話とは言え。
 原作由来の漫画的な「記号」が時に古びたものに見えるが、それも含めて楽しい作品だった。無駄に捻らない直球、誠実な造りが好ましかった。キャラクターデザインを現代風(とは言えかなりオーソドックスというか、ちょい懐かしいテイストだとは思うんだけど・・・)に寄せたのには賛否あるだろうが、動画としてはこのくらいが見やすくていいなと思う。



はいからさんが通る [DVD]
南野陽子
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2016-06-08

『ポリーナ 私を踊る』

 ロシア人少女ポリーナ(アナスティア・シェフツォワ)は厳格な恩師ボジンスキー(アレクセイ・グシュコフ)の元でバレエを学び、ボリショイバレエ団への入団を果たす。しかしコンテンポラリーダンスと出会い、ボリショイでのキャリアを捨てフランスのダンスカンパニーへ入団するが、自分の踊りに行き詰まりを感じ始める。原作はバスティアン・ビベスのグラフィックノベル。監督はバレリー・ミュラー&アンジェラン・プレルジョカージュ。
 ポリーナは何かと行動が速い(悩む部分を省略した演出でもあるわけだが)。踊りの方向性を変えるのも、パリやアントワープへ拠点を移すのも、特に貯金があるわけでもなさそうだし、誰かに相談したわけでもなさそう。それでも自分にとってきっとこれが必要だからやる、という感じで、決して人嫌いではなさそうだが、自分の中で完結する思考方法の人に見える。特にダンスの場合、(素人考えだが)自分自身と向き合わざるを得ない内容だろうから、他人に相談してどうこうなるものでもないのかなと思った。パリへ向かう際、娘がボリショイでプリマになることを夢見ていた母は泣く。また、アントワープで彼女と会った父親は、バーでバイトをする為に来たのかと彼女をなじる。ポリーナは反論はするが、強くぶつかり合うことはない。自分がやろうと思ってやったことだから、今更ぶつかり合う必要もないのだろう。両親と仲が悪いわけではない(むしろ良さそうだ)が、両親とは言え自分の領域に立ち入るべきではないという態度がはっきりしていた。これはその時々の恋人に対しても同様で、休みだしもうちょっとベットにいようと引き留められてもレッスンしたいからとさっさと出かける姿が印象に残った。こういう時に揺れない人なんだなと。
 彼女は基本的に自分本位で行動するが、そうであっても自分のダンスがどのようなものなのか、何が向いているのかは掴みきれずにいる。古典を踊っても何かが足りず、かといって古典からはみ出すほど個性が強いという感じでもない。一方、コンテンポラリーの師であるリリア(ジュリエット・ビノシュ)から見ると「古典向き」。そもそも、ポリーナがダンサーとしてどの程度傑出しているのか、才能があるのか、いまひとつはっきりとしない描き方なのだ。いわゆる天才の話ではない。天才ではないから、もがくしかない。自分のスタイルが掴みきれないからこそ、次のスタイル、次のスタイルへと模索していくのだ。じっと考えるのではなく、移動しつつ動きつつ考えている感じが、ダンサーっぽいなと思った。まず身体ありきなのだ。
 ポリーナは最後にあるスタイルを掴むが、その元となるイメージが子供の頃見た幻影のようなものである所が面白い。そこから更に、最初の師であるボジンスキーと向き合う。彼女にとってのボジンスキーはそういう存在なんだなと腑に落ちた。原風景に立ち返ることが、自分の核を掴むことに繋がるのだ。

ポリーナ (ShoPro Books)
バスティアン・ヴィヴェス
小学館集英社プロダクション
2014-02-05




『ブレードランナー2049』

 2022年、アメリカ西海岸で大規模な停電が起きたのをきっかけに、世界中で食物・エネルギー供給が混乱し、多くのデータが失われ危機的状況になった。2025年、実業家ウォレス(ジャレッド・レト)が遺伝子組み換え食品を開発し、食料供給は安定していく。更に2049年、タイレル社を買収したウォレスはより従順な最新型レプリカントを量産し、レプリカントの寿命の制限もなくなっていた。ロス市警の「ブレードランナー」K(ライアン・ゴスリング)は初期モデルのレプリカントを捕獲していたが、捜査の中でレプリカントの変化に気付く。監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。
 前作の30年後を舞台とした正式な続編で、リドリー・スコットが製作総指揮をしている。私は『ブレードランナー』自体にはさほど思い入れはないが、それでも本作は面白かった。2時間43分という長尺だが、あまり長さを感じない。特にビジュアル面は素晴らしいと思う。ビジュアルのコンセプトは引き継ぎつつも、人類確実に衰退しているな・・・という斜陽感がそこかしこに感じられる空疎さがいい。都市部も、一見華やかだが前作にあったような猥雑な活気は感じられないし、街の様相もそこに住む人たちものっぺりとした印象だ(前作の方が様々な人がいる感はあった)。都市を囲む巨大なゴミ捨てエリアなど、ゴミを処理して環境保全をしようという意欲、環境保全出来るという見込み自体が最早ないんだなと察せられるもの。そもそも富裕層は既に地球を離脱している世界なのた。
 そんな世界の中で、Kは、30年前に失踪したデッカード(ファリソン・フォード)を探す。それはKにとって、任務として以上の重要な意味合いを持ったものになっていくのだ。Kが探し求めるのは自分が何者なのかという答えだ。レプリカントである彼は「製品」として作られ、「何者」かとしては扱われない。しかし彼の中には、大量生産品ではない個でありたいという願望が芽生えていく。Kとホログラフィーのジョイ(アナ・デ・アルマス)との恋愛めいたやりとりがどこか痛ましいのは、それが恋愛のまねごとにすぎないからだろう。恋愛は、少なくとも当事者間では特別な存在になれる、手っ取り早い方法だ。とは言え、レプリカントであるKは愛は持たない存在として作られているし、ジョイはユーザーが喜ぶように振舞うことをプログラムされたAIだ。ジョイがKを特別だと言うのは、そう振舞うようにプログラムされているからにすぎない。しかし彼らのやりとりは模倣だとしても真に迫ったもので、それは最早本物と見分けがつかない、限りなく近いものではないか。
 Kは自分を唯一無二の存在(特別な能力があるとか傑出しているとかでなく、取り換えのきかない個人であるということ)とするもの、個としての存在を裏付けする物を求めてやまない。ある望みを絶たれてもKが前進し続けるのは、誰のものでもない自分だけの記憶を上書きしていく為だろう。誰かに保証されたものでなくても、彼はそこでようやく「特別」なものとなるのだ。

ブレードランナー ファイナル・カット [Blu-ray]
ハリソン・フォード
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2017-09-20


青白い炎 (岩波文庫)
ナボコフ
岩波書店
2014-06-18


『ブルーム・オブ・イエスタデイ』

 ナチス戦犯の祖父を持ち、その事実と向き合う為にホロコースト研究に打ち込んできた研究者のトト(ラース・アイディンガー)の元に、インターンのザジ(アデル・エネル)がやってくる。ザジの祖母はホロコーストの犠牲になったユダヤ人で、その無念を晴らすために研究に打ち込んでいた。全く逆の方向からながらも同じ目的を持つ2人は、アウシュビッツ会議実現の為に奔走する。監督はクリス・クラウス。
 トトもザジも少々エキセントリックで、感情のふり幅が大きい。2人のテンションは見ていてちょっとしんどかった。感情の内圧が強いのではなく、全部外に出ていくタイプの人が自分は苦手なんだな・・・。映画としては面白いけど、体力のある時に見ればよかったかも。特にトトの(おそらく祖父がしたことへの罪悪感からくる)融通のきかない潔癖さや激高しやすさには、研究も大事だけどカウンセリング受けて!アンガーマネジメント大事よ!と言いたくなる。ザジもザジで、処方された薬はちゃんと飲んで!と言いたくなるんだけど。
 トトとザジはかつての加害者と被害者の子孫だが、2人のぶつかり合いはそこに根差すものではなく、例えばトトの頑固さや短気さであったり、ザジのとっぴょうしもない行動やトトからしたらポジティブすぎる発想からであったりする。歴史的な背景は、2人とも自分なりに飲み込んでいるように見えるのだ。しかし、彼らが研究にのめり込みすぎて実生活が時に破綻しそうに見えるのは、やはり歴史が彼らに課したものが重すぎるからでもあるだろう。
 また、祖父母の代の話だからそこそこ平静に振舞えるのであって、自分とより直結するような、距離感の近い話になっても平静に振舞えるだろうか。歴史と個人の背景の書き割りではなく直結しているんだということを突き付けられるようでもあった。いきなり他人事ではなくなる衝撃のようなものがある。
 トトとザジは強く惹かれあうようになるのだが、トトの舞い上がりっぷりはちょっとどうかなと思った。そもそも、祖父母の事情以前に、研究者が自分が担当しているインターンに手を出すというのはまずいのでは・・・。また、セックスの成功と相互理解をトトはいっしょくたにしているきらいがあり、そこも気になった。そういう所だけ楽天的なのかと。

4分間のピアニスト [DVD]
ハンナー・ヘルツシュプルング
ギャガ
2015-03-03




『バリー・シール アメリカをはめた男』

 凄腕のパイロットとして民間航空会社に勤務しているバリー・シール(トム・クルーズ)は、ある日CIAのエージェント・ジェイファー(ドーナル・グリーソン)からスカウトされる。偵察機のパイロットとして南米・共産主義圏の航空写真を撮影しろと言うのだ。半信半疑でスカウトに応じたバリーだが、CIAの指示は徐々に危険度の高いものになり、とうとう麻薬王パブロ・エスコバルらと対面する羽目に。パブロらはバリーに麻薬の密輸を強引に依頼し、バリーはホワイトハウスやCIAの指令と麻薬密輸ビジネスで巨大な富を築いていく。監督はダグ・リーマン。
 邦題サブタイトルに「アメリカをはめた」とあるが、むしろ「はめられた」方が正しいのでは・・・。あまり深く考えずに提案に飛びついてしまうバリーもちょっとどうかと思うが、CIAのごり押しと見切った時の切り捨ての迅速さがえげつない。CIAが確固たるプランを持って立ち回っているようには見えない所も、笑ってしまうと同時にそら恐ろしくなる(実際のCIAがどうだったのかは知りませんが・・・)。
 バリーは悪人ではないが少々あさはかで、状況に流され受け入れてしまう弱さ(強さとも言えるが)がある。彼の流されやすさが、事態をとんでもないスケールにしてしまったとも言える。また、彼はとにかく飛行機、飛行機を操縦することが大好きで天才的な技術もある。そこには忠実である、というか逆らい難いものがあるんだろうなという部分が、おかしくもありもの悲しくもなる。その才能、他に使い道なかったの?!と。
 悪人ではないが調子が良く、どこか空疎なバリーを、トム・クルーズが好演している。近年の主演作の中では間違いなくベストのトム。常ににこにこニヤニヤしているのだが、実際は笑っていられるようなシチュエーションではなく、笑顔の裏に結構な悲哀と諦念が漂っていそう。トム・クルーズのセルフパロディ的な側面も感じた。多分、トム・クルーズじゃなくても出来る役ではあるんだけど、トム・クルーズが演じることで面白さ、味わいの重層さが倍増していると思う。結構陰惨な状況の話なのに、なんだか笑えてしまうのだ。逆に因果の深さを感じるわ・・・。
 なお、冒頭の制作各社のロゴのアレンジやエンドロールなど、「あの頃」感満載で芸が細かい。音楽の使い方も楽しかった。

フェア・ゲーム [Blu-ray]
ナオミ・ワッツ
ポニーキャニオン
2012-03-02


トップガン スペシャル・エディション [DVD]
トム・クルーズ
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2011-04-28


『僕のワンダフル・ライフ』

 ゴールデン・レトリバーの子犬ベイリーは、自分を助けてくれた少年イーサンと固い絆で結ばれていた。やがてイーサンは成長し、ベイリーとはなかなか会えなくなる。ベイリーは寿命を終えるが、イーサンに会いたい一心で生まれ変わりを繰り返すようになる。原作はW・ブルース・キャメロンの小説。監督はラッセ・ハルストレム。
 犬の輪廻転生ってスピリチュアル系にしても大分うさんくさいなー大丈夫かなーと思っていたが、手堅くまとめており老若男女、子供連れでも大丈夫そう。さして犬好きでない私も面白く見た。犬視点のモノローグで話が進むのは一歩間違うとあざとすぎ、人間化しすぎで下品になりそうだが、ぎりぎりのラインで踏みとどまっている。また、冒頭でいきなり「犬生」が一回終了し、あっ野良犬に生まれるってそういうことなんだ・・・とシビアさをさらっと見せてくる。このあたりのさじ加減が上手い。ハルストレムは大概手堅い作品を撮るが、職人気質なのかな。1960年代~現代という時代の動きがそれとなく感じられるあたりも、目配りがきいており手堅い印象だった。
 シビアという面では、人間たちの人生も実はそこそこシビアである。ベイリーはイーサンが大好きなので、ベイリーの目を通して見たイーサンはいつも輝いているように見える。が、ベイリーには理解できなくても、人間である観客の目から見ると不穏な気配が見え隠れする。ベイリーの父親は仕事に不満があり、徐々に酒が手放せなくなってくるのだ。ベイリーや母親への接し方も、特にひやりとするものがある。その顛末は予想通りだが、さらにやりきれない出来事も起きる。結構容赦ないのだ。
 また、転生したベイリーの飼い主になる警官(これは警察犬としてのつきあいなのでペットとは違うが)や黒人女性のエピソードも、犬と人間の関係にぐっとくるもの。それぞれが1本の映画になりそうなのだ。私は動物を飼ったことはないが、犬を飼っている(いた)人ならよりぐっとくるし人間側に共感するんではないかなと思う。
ただ、イーサンとの存在がベイリーにとって特別すぎて、他の飼い主がちょっとかわいそうでもある。どうしても二番手ないしはそれ以下の存在に見えちゃう。まあ愛は平等ではないものなんでしょうが・・・。特に警官とのエピソードなどなかなか渋くて良かったので、勿体ない。

HACHI 約束の犬 (Blu-ray)
リチャード・ギア
松竹
2010-01-27


クライム・ヒート [Blu-ray]
トム・ハーディ
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2016-11-25

『ポルト』

 ポルトガル第2の都市ポルト。26歳のアメリカ人ジェイク(アントン・イェルチェン)とフランスから留学にきた32歳のマティ(ルシー・ルカース)は、考古学調査の現場でお互いを見かける。たまたま再開した2人は一夜の関係を結ぶ。監督はゲイブ・クリンガー。
 時系列はバラバラ、というよりもやや逆回転に近い構成で、2人の出会いへとさかのぼる。冒頭、マティにつきまとうジェイクの必死さと不穏さに、この2人の間に一体何が?とハラハラする。随所で挿入されるレストランのシーン、また後日そのレストランを個別に眺めるシーンからは、2人それぞれにとってそれなりにこの出会いは特別だったと察せられるのになぜ?と。
 見ているうちに、そもそも関係が破綻するほどの「何か」などなかったのではないかなと思えてきた。確かに2人の間に特別な出来事はあったが、それはあくまで劇的な瞬間があったにすぎず、後々まで継続するようなものではなかったのではないか。おそらくマティはそれに気付くが、ジェイクは気付かない。出会いのインパクトにずっと引きずられているのだ。そこを掘っても多分もう何も出ないよ、と言いたくなるが、特別な瞬間を味わってしまうとそうは思えないし思いたくないんだろうなぁ。
 人恋しさ、孤独さは人間の判断力を鈍らせるなと、見ていて辛くなる。ジェイクの寂しさはおそらく、マティのものよりもよりせっぱつまっているのだ。とは言え、あんな付きまとい方されたら、多少好意があっても怖くてもう会いたくなくなるよな・・・。ちょっと洒落にならない感じがした。
 全体としては良くできた学生の自主映画みたいな手作り感あふれる雰囲気で、初々しい。2人の関係をこのように描けた(臆面もなく一晩のアバンチュールって、最近なかなか見ないなと)のも、若さ故という気もする。

ビフォア・サンライズ/サンセット/ミッドナイト ワーナー・スペシャル・パック(3枚組)初回限定生産 [DVD]
イーサン・ホーク
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-12-02

コロンブス永遠の海 / わが幼少時代のポルト [DVD]
リカルド・トレパ
エプコット
2012-02-24


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ