3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名な行

『ノマドランド』

 大手企業に勤める夫と共に、ネバダ州の企業城下町に住んでいたファーン(フランシス・マクドーマンド)。しかし企業倒産と共に町は廃れる。亡き夫の思い出があるために町を離れられなかったファーンも、とうとう家を手放し町を去る。彼女は車上生活者として季節労働で日銭を稼ぎつつ、各地を転々とする。監督・脚本はクロエ・ジャオ。
 ファーンが旅していくアメリカの風景は雄大で美しい。時に荒々しいが、この風景の中をずっとたびしていたくなるのもわかる。旅を続けるファーンの生活は、広大な自然の美しさと相まって、土地や人間関係のしがらみから解き放たれた自由で素敵なものに見える。ただ、その自由さ・美しさは非常に足元が危ういものだ。流浪の生活が一見楽しそうに見える度、そのリスクも提示される。駐車場確保の意外な難しさや安定した仕事に就けないこと、社会保障を受けられないこと、突然病気になった時の不安等、単純な不便さ以外の問題は色々と垣間見える。
 そもそも、車上生活者の全てが積極的にそれを選択したというわけではない。定住がどうしても性に合わず旅の生活を愛している人もいるが、経済的に家を維持できなくなって止む無く車上生活を選んだという人も少なくない。高齢の車上生活者が目立ったのもそういう理由が大きいだろう。フォーンも元々愛着のある土地を離れたくなかったが経済的な限界で旅立ったわけだし、姉の「ノマドは開拓民精神」という言葉にかちんとくるのも当然だろう。フォーンは旅が性に合ってはいるが、そのリスクを全て是としているわけではないのだ。経済的に追い詰められた時、何か公的な援助を頼ることができれば、彼女は別の判断をしたかもしれないのだ。フォーンと他の車上生活者やバックパッカーらは、お互い結構こまめに声を掛け合う。人づきあいが煩わしいという人たちが多いではと思っていたので意外だったが、お互いの小さい助け合いや物資・知識のシェアが彼らのセイフティネットになっているのだろう(ノマドたちの集会で、具体的な車両改造や排泄物処理のレクチャーをやっているのが印象に残った)。資本主義の波や公的な援助からこぼれおちたら、人と人との小さい助け合いに頼っていくしかないのか。
 しかし、そんなフォーンたちにとって、資本主義の権化のようなAmazonでの労働が命綱になっているのは皮肉だ。駐車場まで借り上げているということは、相当数の車上生活者が集まっているということだろう。資本主義サイクルの救いのなさを垣間見た気がする。

ノマド 漂流する高齢労働者たち
ジェシカ ブルーダー
春秋社
2020-11-10


NHKスペシャル ルポ 車上生活 駐車場の片隅で
NHKスペシャル取材班
宝島社
2020-08-26


『ニューヨーク 親切なロシア料理店』

 マンハッタンで創業100年を超える老舗ロシア料理店「ウィンター・パレス」。今では料理もサービスもひどい古いだけの店になっていた。店の立て直しの為マネージャーとして雇われたマーク(タハール・ラヒム)には訳ありの過去があった。常連客のアリス(アンドレア・ライズボロー)は救急病棟の看護師として働く傍ら自助グループの支援活動もしていたが、過酷な仕事に疲れ切っている。ある日、2人の息子を連れたシングルマザーのクララ(ゾーイ・カザン)が店に逃げ込んでくる。監督・脚本はロネ・シェルフィグ。
 優し気な題名だが、クララと子供たちの逃避行が洒落にならない深刻さでなかなか辛い。「親切なロシア料理店」にたどり着くまでに結構時間がかかるのだ。クララの夫は子供に暴力を振るい、彼女のことも恐怖で支配している。典型的なDV夫で、しかも警官なので逃げた妻子の後を追うのも簡単という性質の悪さだ。クララは専業主婦でお金も夫に管理されているので、手持ちの現金はわずかだしクレジットカードもない。子供たちには「旅行」と称してマンハッタンをぐるぐる回り、パーティーに潜り込んで食糧調達し図書館で暖を取る様は危なっかしく、この親子はいつまで持ちこたえられるんだろうとハラハラが止まらない。彼女のような境遇だといわゆる「自助」で出来ることはすぐ尽きてしまい、支援団体や行政等「公助」であるセイフティネットがないとどうにもならない。そして「公」たる警官である夫に知られることを恐れるクララは、公助になかなかたどり着けないのだ。
 個人ができることはわずかという面は、彼女が助けを求める人たちついても同様だ。ホテルのフロントがお金が足りないが空き室を使わせてくれと頼み込むクララに、それをやったら私が仕事も住み家も保険も失うと言うが、それも責められない。お互いに余力がないのだ。しかし一方で、自分を削って彼女を助ける人たちもいる。その人たちは決して自分に余裕があるわけではないし、彼女に手を貸すことで自分が困った立場に立たされることにもなる。でもやるのだ。この、ぱっとやれる人とそうでない人との違いは何なんだろうとずっと考えてしまった。他人の辛さに対する瞬発力みたいなものが違うんだよなと。ジェフ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)のように自分が失敗続きで結構な困った状態であっても、とっさの思いやりと行動を示せる人の姿にはっとする。
 自分が辛いからこそ人の辛さを顧みることができるということ、一人で出来ることは限られていて誰かの助けがないと乗り越えることは難しいということが、自分のこととして実感できているからかもしれない。そして本作に登場する人たちは助けた側もまた、その行為によって自分を立て直しているように見えた。アリスはクララを助ける為に一線を踏み越え自分の仕事と向き合い直すし、マークにはもう一度他人と関わろうとするきっかけになる。アリスが運営しているのは「自助グループ」だが、自助って自分一人で自分を、というだけではなくお互いに助け合う中で自分も支えられるということだろう。支え合いの中で、クララも自力で夫から逃げ出す力を蓄えていく。いきなり一人でやるのは無理なのだ。人間の善意、支え合いへの信頼が作品の底辺にあり、今見てよかった一作だった。

人生はシネマティック!(字幕版)
リチャード・E・グラント
2018-04-01





『ノッティングヒルの洋菓子店』

 パティシエのサラと親友のイザベラ(シェリー・コン)は長年の夢だったベーカリーの開店を控えていた。しかしサラが急死。サラの娘クラリッサ(シャノン・ターベット)は母の夢をかなえる為にイザベラを説得し、疎遠だったサラの母ミミ(セリア・イムリー)に資金援助を頼み込む。そしてパティシエ不在に悩む3人の前に、ミシュラン2つ星のレストランで活躍していたマシュー(ルパート・ペンリー=ジョーンズ)が現れる。彼は専門学校時代にサラと付き合っており、ある目的があって戻ってきたのだ。監督はエリザ・シュローダー。
 月並みと言えば月並みな「いい話」なのだが、中心になるはずだった人が早々に退場してしまう。不在がストーリーの中心にあり、不在が4人を結び付けていくという所に若干寂寥感が漂う。喪の仕事的な話でもあるのだ。サラとミミの和解はサラが生きている間にはなされなかったが、孫のクラリッサやサラの親友であったイザベラと新たな絆が生まれた。イザベラも本当に好きなことに向き合う。ただ、クラリッサがバレエダンサーとして再起しようとする流れは、少々蛇足に思えた。彼女の夢はサラともベーカリーともそんなに関係ないのでは…。他の人は新たな道を見つけたからクラリッサにも用意しなくちゃ、という製作上の都合でくっつけてみた、みたいな取ってつけた感だった。
 ベーカリーのお菓子類はさすがに美味しそうで、目にも楽しい。ノッティングヒルの洋菓子店なのでいわゆる英国の焼き菓子が並ぶのかな?と思っていたら、途中から別の方向に舵を切る。ロンドンは多民族都市であり、ロンドン市民(監督はノッティングヒルに住んでいたそうだ)もそういう自負がある故の展開だろう。様々な人がいるということが街のアイデンティティなのだ。
 ただ、日本人が食べたがる祖国のお菓子として、抹茶ミルクレープが登場するのにはなぜ?!と突っこみたくなった。まあ日本ならではのお菓子ではあるけど、あくまで派生的な存在であって王道とは言えないし、祖国の味として思い出すものでもない気がするんだけど…。ロンドンで餡子類は作りにくいのか、それともスタッフの中に抹茶ミルクレープに感銘を受けた人がいたのか、気になってしまった。

イギリスお菓子百科
Galettes and Biscuits 安田真理子
ソーテック社
2018-12-20


THE PASTRY COLLECTION 日本人が知らない世界の郷土菓子をめぐる旅
郷土菓子研究社・林周作
KADOKAWA/エンターブレイン
2014-05-31


 

『ナインフォックスの覚醒』

ユーン・ハ・リー著、赤尾秀子訳
 星間大国「六連合」は、数学と暦に基づき、物理法則を超越する科学体形「歴法」を駆使し統治を広げていた。六連合の若き軍人チェリスは、不変氷と呼ばれる鉄壁のシールドを持つ巨大宇宙都市要塞の制圧を命じられる。ただ、この指令には史上最高の戦略家かつ反逆者として長らく幽閉されていたシュオス・ジュダオの意識をチェリスの体に宿すという条件があった。
 歴法、六連合等作品オリジナル用語が多数使われているスペースオペラなのだが、用語の意味がいちいち説明されるわけではないので、SF不慣れな人には結構推理力がいる。また意味を理解したとしても、これは何を意味しているんだっけ?と何度も振り返り確認する羽目に。ページが進まない!ネタバレになりかけるとしても、最初に巻末の用語集を読んでおけばよかった。戦闘シーンも悲惨なことはわかるが何がどう起きているのかいまいちぴんとこない…。
 物語の立て付け、設定としてはおそらくそれほど珍しいものではないのだろうが、食事のシーンで米と漬物、発酵食品系のものが頻繁に出てきたり(著者は韓国系アメリカ人)、僕扶と呼ばれる自律ドローンが様々な形(動物や小鳥の形のものもある)だったりと描写が楽しい。また、男性女性の性別は存在する世界だが、個人の特性の設定や描写が性別とあまり関係ない、性別入れ替えても成立するような作りになっているところは面白かった。六連合の世界がかなりかっちりした階級・組織分けされており、所属階層からの移動は難しそうなのとは対称的。なおチェリスの趣味は僕扶と一緒にTVドラマを見ること。ちょっとかわいい。

ナインフォックスの覚醒 (創元SF文庫)
ユーン・ハ・リー
東京創元社
2020-03-12


ウォーシップ・ガール (創元SF文庫)
ガレス・L・パウエル
東京創元社
2020-08-12


『名もなき生涯』

 第二次大戦下のオーストリア。国内の男性たちは次々と戦地に徴兵されていた。山間の村で妻子と暮らすフランツ(アウグスト・ディール)の元にも徴兵の知らせがくるが、ヒトラーへの忠誠を拒んだことで収監される。妻フランチスカ(バレリー・パフナー)は彼を手紙で励まし続けるが、彼女も村人たちから裏切り者の妻として村八分にされていた。監督はテレンス・マリック。
 フランツが兵役を拒む、というよりヒトラーへの忠誠を拒むことに対して、周囲は「そんなことで世界を変えられると思うのか」「誰も見ていないからそんな反抗しても意味がない」という。しかしフランツにとっては多分そういう問題ではないのだろう。誰かが見ているからとか、世の中に訴えたいとかではなく、自分がおかしいと思う、倫理に反すると思うからやらないのだ。フランツはクリスチャンなので、最初は信仰心による殺人の拒否という側面もあったろうが、神は自分たちなど見ていないのかもという絶望的な境地に至ってもなお、ヒトラーへの忠誠は拒否し続ける。自分の中に倫理や良心があると知っている以上、そこから目をそらすことはできない。世間の正義や宗教とはもはや別物なのかもしれない。しかし忖度だらけの現代に、彼の正しさは刺さる。そして彼を裏切り者扱いする「世間」の醜悪さもまた刺さるものだ。
 フランツがナチスから受ける取り調べや暴力はもちろん恐ろしく見ていて辛いのだが、それ以上に村人たちがフランツやフランチスカに向ける嫌がらせの方が怖い。戦地に行くのは祖国の為のはず、だから徴兵を拒否する人は臆病者だし裏切り者だというわけだ。その時の空気が作る大きな「正しさ」(に見えるもの)に対する疑いはなく(あるいは棚上げして)、その流れに疑問を持つ人の方が悪者扱いされてしまう。倫理がその時々の風向きによって変化することも、自分内の倫理や良心とじっくり向き合う、個であることが許されないことも恐ろしい。何より、自分もまた世間の側に加担してしまいそうなところが怖い。フランツのように自分の良心に誠実で居続けられる人はなかなかいないだろうから。
 映像はとても美しい。ロケーションがいい(すごくロケ大変だったと思う…)のはもちろんなのだが、自然光の差し込み方や陰影のコントラスト等、光と空気の質感まで伝わってきそう。一点気になったのは、言語の使い方。監督が英語圏の人だからだろうが、フランツやフランチスカの主要なセリフは英語。ただ、全編が英語というわけではなくドイツ語も(いわゆるモブの台詞などで)使われている。この使い分けルールがちょっと曖昧で、英語が特権的な言語のように見えてしまうのは問題があるのでは。全編ドイツ語でも構成上は問題ないと思うのだが。

聖杯たちの騎士(字幕版)
テリーサ・パーマー
2018-02-02



沈黙-サイレンス- [DVD]
リーアム・ニーソン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-08-02


『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』

 著名なミステリ作家ハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)が、85歳の誕生日パーティーの翌朝、遺体で発見された。警察は自殺と見るが、名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)は殺人の可能性を示唆し捜査を開始する。ハーランの子供や孫、家政婦、看護師ら、屋敷にいた全員が容疑者になるが、ハーランの莫大な資産をめぐり、人間関係のこじれが浮かび上がっていく。監督・脚本はライアン・ジョンソン。
 『BRICK』のライアン・ジョンソンが帰ってきたぞ~!NY郊外の屋敷を舞台にアガサ・クリスティー風のフーダニットを仕掛け、非常にひねりを加えたワトソン役を設定し、更に「南部」をにおわせ現代のアメリカが抱える病巣を示唆する。ある「型」を用いて別の「型」を展開するという遊び。パーツと大筋はベタだが各所でひねりが加えられている。やっぱりこういうのが好きだし得意なんだろうなぁ。ダサい邦題サブタイトルも本格ミステリという「型」と思えばまあ許せる。序盤で一回転半ひねってくるのでおおそうきたかと思ったが、その後の謎解きはむしろスタンダード。本格ミステリとしてはそんなに突拍子もないわけではない。クレイグ演じる探偵がある意味空洞的というか(別の意味で「ドーナツの穴」は出てくるけどそれとは関係ない)、背景を一切説明されない(アメリカ南部出身のフランス系か?と思いきやそれもかなり怪しい)所こそ、探偵は一つの装置であるという本格ミステリの醍醐味であるように思った(私は探偵にキャラ性はあまり求めないので)。
 ハーランの死を巡るあれこれは、ある人物の意図に基づくゲームでもある。他の人たちは皆ゲームの装置であり駒だ。ハーラン自身が大のゲーム・クイズ好きで作中でも頻繁に「ゲームに勝て」ということが言われる。しかし、ゲームに乗る必要が本当にあったのか。他人のゲームに乗らず、自分のルール=倫理を曲げなかった者が真の勝者になるのでは。まあハーランは自分のゲームをやめなかった為に死んでしまった面もなきにしもあらずだが…。
 クレイグが久しぶりに眉間にしわが寄っていない、すっとぼけた振る舞いで案外板についている。コメディももっと演じてほしいなと思った。またクリス・エヴァンズが噂通りキャプテン・アメリカとは真逆のゲス男を好演!近年珍しい、顔しかいいところがない男役だった。

BRICK‐ブリック‐ [DVD]
ジョセフ・ゴードン=レヴィット.エミリー・デ・レイヴィン.ノラ・ゼヘットナー.ルーカス・ハース.ノア・フレイス.マット・オリアリー
video maker(VC/DAS)(D)
2007-11-09




『残された者 北の極地』

 飛行機事故で1人、北極地帯に取り残されたパイロットのオボァガード(マッツ・ミケルセン)は、壊れた飛行機をシェルターにし、生き延びていた。しかしようやくやってきたヘリコプターが墜落。女性乗務員(マリア・テルマ・サルマドッティ)が大けがをしてしまう。オボァガードは瀕死の彼女を、地図上に確認した北方の基地に連れていくことを決意する。監督はジョー・ペナ。
 冒頭、遭難中のオボァガードの日々の「任務」が淡々と描かれる。これが妙に面白かった。定位置で地形を観測し地図を作り、地面にSOSの文字を刻む。魚を取って冷凍(アイスボックスに入れると自動的に冷凍されちゃうわけだけど…)。し貯蔵する。これを腕時計に設定したタイマーにそって、几帳面に行っていく。この几帳面さが彼を生き延びさせてきたのだともわかってくる。自分がどこへ向かったのか、行動を書き残していくというのも、救助隊が来たときの為の対策だとわかる。記録って大事!
 彼の几帳面さ、きっちり守られるルーティン行動は、サバイブするための手段だ。しかし女性を助けたことで、そのルーティンから外れていかざるを得ない。自分が生存するための可能性を減らしても他人を助けるかどうか、倫理観を問われるシチュエーションが続いていく。寒さはもちろんなのだが、究極の二択で追い詰められていくのだ。まずはフィジカルを守らなくてはならないわけだが、かなり内省的でもある。マッツ・ミケルセンて色々と追い詰めたくなるタイプの顔をしているのだろうか。誰かを虐げているか自分が虐げられている役ばかり演じている気がする。監督のフェティッシュを掻き立てる何かがあるのだろうか。
 非常にシンプルなサバイバルムービーなのだが、自然環境の厳しさが強烈。寒さは人類の敵だと痛感できる。この寒さの中、この距離を歩いて(しかも自力では動けない成人女性を運搬しつつ)移動するのかと気が遠くなりそう。風景からして氷と岩しかない感じ(でも掘れば土が出てくるんだなというのはちょっと新鮮)で強烈だった。見ている分には引き込まれるけど、この環境で生活したくないよな…。

ウインド・リバー [Blu-ray]
ジェレミー・レナー
Happinet
2018-12-04




ザ・グレイ [Blu-ray]
リーアム・ニーソン
ジェネオン・ユニバーサル
2013-09-04



『NO SMOKING』

 ミュージシャン・細野晴臣の歴史を追う、デビュー50周年記念ドキュメンタリー。幼少期の音楽との出会い、はっぴいえんどやYMOの活動を経てソロへと至る痕跡を、本人へのインタビューや当時の映像、2018年から2019年に実施された海外公演の映像を織り交ぜ追っていく。監督は佐渡岳利。
 全体の構成も編集もどこかぎこちない。特に作中に流れる各楽曲のフェイドアウトのさせ方がちょっとぶつ切りっぽいのが気になった。ただ、このぎこちなさはあえてなのかなという気もする。流暢すぎない、完成品として収まりが良すぎない方が、被写体に合っているように思う。
 細野の子供の頃のエピソードからは、彼の音楽のルーツや、環境の持つ影響力の大きさが感じられる。戦後まもなく生まれてまだ隣家は焼け跡のままだった、戦争に行かなくてすむことが心底嬉しかったという話や、母親が音楽好きで自宅でよくレコードをかけていた(ベニー・グッドマン「sing,sing,sing」を太鼓の曲と呼んでお気に入りだったとのこと)、叔母宅の向いに住んでいる女性がパラマウント社勤務(当時でいったら相当なキャリアウーマンということだろう)で、会社から持ち帰った映画のサントラ盤をよく聞かせてもらったとか。やっぱり環境って大事なんだな…。父親が意外とユーモアがあってダンスやコメディが好きだった(フレッド・アステアにあこがれていた)というのも面白かった。細野のお笑い好きや意外と動きの切れがいいあたりはこのへんにルーツがあるのか。
 細野の音楽の変遷を追うという面では、YMO以降のアンビエント、ワールドミュージックへの傾倒にはあまり言及されておらず中途半端だし、ライブ映像は正直なところもっと見たかった。とは言え、ライブのゲストで高橋幸宏がドラムを叩き、そこに坂本龍一が飛び入りというシーンには多幸感が溢れる。いろいろあっただろうけど仲良くてよかった…。一緒に仕事をしていたミュージシャン同士は、ずっと会っていなくてもいざ会うと昨日会ったみたいに演奏できるという言葉も印象に残った。

HOSONO HARUOMI Compiled by HOSHINO GEN(2CD)
細野 晴臣
ビクターエンタテインメント
2019-08-28


HOSONO HARUOMI Compiled by OYAMADA KEIGO(2CD)
細野 晴臣
ビクターエンタテインメント
2019-09-25


 

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

 世界最大の知の殿堂と呼ばれ、ニューヨーク有数の観光スポットでもあるニューヨーク公共図書館。文学、芸術などの分野で多くの人材を育て、世界有数のコレクションを誇る一方で、ニューヨーク市民の生活に密着した様々な役割と果たしている。図書館の存在の仕方と未来に思いをはせるドキュメンタリー。監督はフレデリック・ワイズマン。
 図書館の役割と言うと資料の収集・保管と貸出ばかりに着目されがちだが、本作に登場するニューヨーク公共図書館は、資料の扱いを越えた、幅広い活動を行っている。子供向け勉強会や作家の公演、音楽界に留まらず、就職活動支援の職業説明会や、障害者支援の説明会、インターネット接続用機器の貸し出し等、ここまでやるの?!とびっくりするようなももある。しかしどれも、「知識を得る手助けをする」という意味では共通している。知識に触れる機会は、どんな人にも平等であるべき、そこに奉仕すべきというのが図書館が考える公共の在り方なのだろう。市民からのニーズにこたえていくというのはもちろんなのだが、サービスを提供するだけではなく、どういう社会にしていきたいのか、そのために図書館が出来ること、やるべきことは何なのかを図書館に携わる人たちがずっと考え続けているのだと思う。
 作中、何度も図書館員たちのディスカッションが挿入される。予算をめぐる本館での論議(ベストセラーを多く入れれば貸出率=利用率は上がる、しかし研究書や貴重な資料を購入・保管するのも図書館の使命だという定番の論議がここでも出てくる)からは、市の予算と民間の寄付の両方から成る台所事情が垣間見える。やはり公的予算は削減されなかなか苦しい所もあるようだが、民間から一定の寄付があるというところが、なんだかんだ言って民度が高い。また分館では、子供たちの学習支援だけでなく教員に対する学習支援や適切な資料の提供をどうするかディスカッションしていたり、地域の経済問題や差別問題などにも言及がある。分館の方が生活に密着している度合いが高そうだが、規模はどうあれ「公共」とはどうあるべきかということを一貫して体現しているように思う。この筋の通し方は正直うらやましい。日本はこういう所が本当に弱いんだよな・・・。
 公共であること、平等であること、ひいては民主主義とは何かということが作中提示され続けている。今、分断が進み偏狭になりつつあるアメリカの社会を見据えての、この編集・構成なのだろう。黒人文化センターへの言及が多いのもあえてか。アメリカでも歴史改変主義者が幅をきかせつつあるらしく、意図的に改変した歴史の教科書が流通してしまったという話はちょっとショックだった。そういったものへのカウンターとしても図書館は存在するのだ。
 また、図書館の素晴らしい建物や、建物のポテンシャルを活かしたイベントの様子は眺めていて楽しい。図書館の表も裏も見ることができて、とても面白かった。いきなり著名人が登場したり、ちらっと見える資料の中にあんな名前やこんな名前、肖像画があったりと、予期せぬ楽しさもあった。3時間25分という長さだが、案外気にならない。体力的には少々きつかったですが・・・。


『ナポリの隣人』

 ナポリで暮らす元弁護士のロレンツォ(レナート・カルペンティエーリ)は、妻を亡くし一人暮らし。アラビア語の法廷通訳をしている娘エレナとは折り合いが悪い。母の死の原因はロレンツォの浮気にあるとエレナは考えていたのだ。ロレンツォは向かいに越してきたファビオとミケーラ夫婦、そして2人の子供と親しくなり、実の家族のような付き合いをしていくが。監督はジャンニ・アメリオ。
 ファビオはナポリには馴染めない、好きになれないと漏らすが、やはり独特の雰囲気、地元ルールみたいなものが強い町なのだろうか。ロレンツォは根っからのナポリっ子でナポリから出たことがないと豪語するくらいなので、好きな人はすごく好き、地元愛が強い土地柄なのかもしれない。ロレンツォが町中を散歩する場面がたびたび出てくるのだが、結構人が多くて、渋滞気味の車の間を歩行者や自転車がすりぬけていくようなにぎやかさだった。ざわついている感じがファビオは苦手だったのかな。
 ロレンツォは自分の家族は普通ではない、ファビオとミケーラ一家こそ普通だと言う。しかし、ファビオもミケーラもロレンツォが思っているような「普通」の人たちだったのだろうか。そもそも普通の家族とは何だろうか。ロレンツォの家族は不仲ではあるが、その不仲さこそ至って普通、ありふれた不調和とも言える。普通の家族とはロレンツォの頭の中にだけある理想の「普通」で、それをファビオたちに投影していただけなのではないだろうか。それは彼の幻想にすぎないのだが。元愛人の元を去った経緯も、急に訪問してくる経緯も自分本位だが、本人には自覚がない。自分では相手のことを考えて行動しているつもりなのだろうが、その「相手」は彼の頭の中にいる存在なのだ。
 ロレンツォは多分に思いこみが激しいというか、自分本位なものの見方をする。彼は子供はなぜ成長するんだ、大人になんてならなければいいのにと言う。彼は子供好きで子供を守らなくてはと思っている。逆に言うと、大人になると自分の力が及ばない存在になっていくから気に入らないのだろう。それは相手を一個人として尊重しているということにはならない。だからある人物に「別の愛し方を学ばなければ」と指摘されるのだ。

家の鍵 [DVD]
キム・ロッシ・スチュアート
ハピネット
2007-03-23






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