3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名な行

『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

 ニューヨーク市クイーンズ区の北西にある、人口13.2万人の町ジャクソンハイツ。60年代後半から各国の移民が住むようになり、現在では167もの言語が話され、マイノリティが集まる、ニューヨークで最も多様性があると言われる町だ。しかし近年、ブルックリン、マンハッタンの地価上昇により、地下鉄で市の中心部へ30分で出られるという便利さから人気が高まり、再開発が進んでいる。ジャクソンハイツの今を映すドキュメンタリー。監督はフレデリック・ワイズマン。
 再開発によって地価が上昇し、税金、家賃が上がって古くからの住民が退去せざるを得なくなる、空き家が出来て家賃を取れなくなるから家主がやむを得ず物件を手放すところを不動産会社が買いたたくという構図には、大きな波に対する無力さを感じてしまい辛い。市民団体が反対運動をしているが、大資本の前で相当厳しいだろう。ニューヨーク市は再開発に積極的と思われるので、地元の市議会議員が動いても効果が薄いんだろうな・・・。議員は長年地元に尽くした住民(元町長?)の誕生日パーティーに出席したり、レインボーパレードに率先して参加したりと活動的なのだが。ただの「こじゃれた町」になってしまうのかな。本作に登場するのは元々住んでいた人たちなので、転入してくる人たちが何を考え何を求めているのかはわからないが。
 様々な人がいて様々な視点がある。それらが同じ町で暮らしていく為には様々な配慮、随時考えることが必要なんだと随所で知らされる。もちろん面倒くさいことも多いだろう。議員事務所では苦情、相談(と言う名の苦情)の電話が鳴りやまない。でも少しずつすり合わせていくしかないし、この町はそうやって発展してきたのだろう。違う民族の人たちが同じ場に集っているシーンが案外目立たない(~街、みたいに棲み分けがされているっぽい)のだが、それも一つの知恵か。
 トランスジェンダーの人たちのグループワークで、「私たちは道を歩いている時も(他の人たちより)とても注意しなければならない(突発的に暴力を振るわれる機会が多いから)」という言葉が出てきてはっとした(と同時に暗澹たる気分になる。そこまで注意してないとならないのか・・・)。トランスジェンダーの黒人女性が、女の恰好よりも男の恰好をしている時の方が周囲の視線を感じる、でかい黒人男性がいると警戒される、黒人女性はむしろ存在しない扱いに近い、というようなことを口にするのにも。
 ユダヤ教のシナゴーグが公民館のように使われており、ユダヤ教徒だけでなく他の宗教団体、またLGBTの団体も利用できるところが面白い。ユダヤ教徒だけだと経済的に維持が厳しいので、使用料を取って共存しているんだとか。こういう「都合」が関わる所からお互いを許容していくようになるのかもしれない。
 移民に対する様々な講習会、支援団体が出てくる。ある集会で、勤務先の店長が残業代を払わないという相談があるのだが、その店長がどこの国出身かという言葉が出ると、議長がストップをかける。金を払わない人は自分がどこの出身であれ、相手がどこの出身であれ、払いたくないのだ(出自は関係ない)と諭す。これが大事なんだろうな。



『劇場版 夏目友人帳 うつせみに結ぶ』

幼い頃から、他の人の目には見えない妖を見ることができた夏目貴志(神谷浩史)は、亡き祖母レイコが妖怪たちから名前を集めた「友人帳」を受け継ぎ、名前を返してほしいとやってくる妖怪にはその名を返していた。強い妖力の持ち主だったレイコは、妖怪と勝負をして負かした相手に契約書を書かせていたのだ。ある日夏目は10代の頃の祖母を知る津村容莉枝(島本須美)とその息子・椋雄(高良健吾)と知り合う。2人が住む町で妖怪の気配を感じた夏目は、自称用心棒の妖怪・ニャンコ先生(井上和彦)と調べに向かう。緑川ゆきの同名漫画をアニメ化したTVシリーズ作品の、オリジナル劇場版。総監督はTVシリーズ監督を務めた大森貴弘、監督は伊藤秀樹。
104分の劇場用作品だが、中身はいたって通常営業。妙な気負いや派手なイベントはなく、このシリーズらしい地味ながら丁寧なストーリーテリングと美術を見せている。シリーズのファンの期待はまず裏切らないのではと思う。下手に特別なことをやろうとせずに、きちんとウェルメイドに仕上げている。
本シリーズ、季節感の演出に毎回味わいがあってとても良い。舞台は田園風景広がる結構な田舎(モデルは熊本らしい)だが、本作では盛夏~秋の気配が感じられる頃までを描く。緑の濃さの変化や日差しの強さが、だんだん秋らしくなる様が気持ち良かった。随所で挿入される虫や鳥のショットもアクセントになっていて良い。
さすらい続け人の記憶に留まれない妖怪の寂しさが、人間の世界では異端視され一か所に留まれなかったレイコが感じていたかもしれない寂しさと呼応する。それは、かつての夏目が感じており、めぐりあわせによっては今も感じ続けることになったかもしれないものだ。本シリーズ、心温まるエピソードであってもいつもどこか寂しい。人間と妖怪は交流することはあっても、本質的に別の時間、別の理論で生きているのだと折に触れて感じさせるからだ。とは言え、常に何も残らないというわけではない。ささやかながら、異質なものと、あるいは異質なものとして生きることの希望が込められているように思う。


夏目友人帳 Blu-ray Disc BOX
神谷浩史
アニプレックス
2011-06-22


『泣き虫しょったんの奇跡』

 おとなしく特にやりたいこともない少年だった「しょったん」こと瀬川晶司(松田龍平)は、将棋の面白さに目覚め、プロ棋士をめざし奨励会に入会。しかし26歳までに四段昇格できなければ退会という規定のプレッシャーがのしかかり、年齢制限により退会に至る。棋士の道を諦めて、就職して働き始めるが、将棋への思いは捨てられず、再びプロ棋士を目指すべく立ち上がる。原作は瀬川晶司五段の自伝的小説。監督・脚本は豊田利晃。
 豊田監督作品の中では一番安定感があり、まっすぐど真ん中のストレートを投げてくるような作品。静かだが熱い。劇伴は控えめで、駒を置く音が効果的に響く。この音が意外と高く頭に刺さるような感触があり、緊張感を煽る。対局中、瀬川が追い詰められていくにしたがって、周囲の駒を置くパチパチという音や対局相手が扇子で仰ぐ音がどんどんノイズとして彼を責め、飽和状態になっていくように感じた。音の設計が上手いと思う。また、概ね静かなのだが、ここぞというところでじわじわと盛り上げていく、照井利幸によるギター主体の音楽もよかった。
 瀬川は才能はあると作中でも断言されているのだが、勝負弱い。将棋のことはわからなくても、この人はここぞと言う所で踏ん張れないんだなということが、周囲の言葉や反応から何となく伝わるのだ。「瀬川君が負ける相手じゃないよ」と負けた後に言われるのって結構きついんじゃないかな・・・。そして、瀬川の人柄の良さも、彼の言動というよりも周囲の言動から伝わる。彼のアパートに奨励会の仲間がたむろっているシーンは、彼らがくすぶっているにも関わらず、青春ぽさと多幸感を感じた。「負けた時は一人でいたくないでしょう」というのは意外な気もしたけど、そういうものなのかな。落ち込む瀬川を新藤(永山絢斗)がドライブに連れ出す、しかしドライブ先の風景がこれまたひどくわびしくて全然元気にならなそうというエピソードが、何だか胸に染みる。
 周囲の人に恵まれているということが、まわりまわって彼をプロ棋士への道に引き戻す。瀬川が人柄の良さで掴んだ運であり縁だとも言える。瀬川が奨励会を去る冬野(妻夫木聡)に、瀬川さんは(将棋の)指し方がきれいだ、人の良さが将棋に出ているがそれでは生き残れないと言うシーンがある。冬野は瀬川の人の良さは弱点だと考えたわけだし実際にそういう面もあるのだろうが、瀬川はそういうタイプの棋士にも活路があると証明したと言えるだろう。彼の過去から現在に至るまでの人との出会いが集約していくクライマックスは、ベタだなとわかっていてもやはり泣けた。
 主演の松田は得難い存在感がある。また脇役、モブに至るまで、役者が皆いい。今回、いつになく役者の顔にカメラが集中しているように見えた。少し出てくるだけの人も、はっとするような表情を見せる。役者の顔への信頼感が感じられた。そして松たかこが飛び道具的存在になっている。監督の私情が大分入っているのではないだろうか。「おうちの人に若くてきれいな先生だと言って」というくだりには、今時(作中では’80年代だけどそれにしても・・・)それはないわーと思ったけど。


ナイン・ソウルズ [DVD]
原田芳雄
ポニーキャニオン
2004-01-21


『寝ても覚めても』

 大阪で暮らす朝子(唐田えりか)は麦(東出昌大)と出会い恋に落ちる。しかしある日、麦は姿を消した。2年後、東京へ引っ越した朝子は麦とそっくりな亮平(東出昌大2役)と出会う。麦のことを忘れられない朝子は激しく動揺するが、亮平は朝子に好意を抱いていく。原作は柴崎友香の同名小説。監督は濱口竜介。
 朝子と麦が初めて出会い向き合うシーン、ザ・運命の出会い!もう恋に落ちる以外ありえない!的演出で、あっこれを堂々とやるのか!と逆に新鮮だった。一方、亮平との出会いでは、二人が向き合うまでの時間、助走の部分がある。最初から麦と亮平は違ったわけだ。劇的な出会いだったから想いが持続するというわけでもないだろうが、朝子は同じ容姿という部分に引っ張られてしまう(と自分で思い込んでいる)。
 朝子のある種のバカ正直さとでもいうか、自分に対する誠実さ、嘘のなさが面白い。彼女は周囲にもそうした誠実さで接しようとするが、それは相手を傷つけたり周囲をかき回したりすることにもなる。「それ言って幸せになる人いないよ」と言われても、自分にとって事実であるなら、嘘はつけない。世間の人は多少自分を押さえて場をとりなすようなことをできるものだろうが、彼女にはそういう面が希薄だ。逆に亮平はそういった場のとりなし、雰囲気の作り方が大変上手く、気遣いの人であることがよくわかる。朝子の友人である春代(伊藤沙莉)やマヤ(山下リオ)も同様で、押しなべて良識的。社会性が高いとも言える。朝子は自身でも言うように「自分のことばかり」なのだ。それが悪いというのではなく、自分に忠実であろうとするところが彼女のいい所だと思うのだが、時に自分と「彼」に集中しすぎて世界から断絶されているように見える。
 幽霊譚のような、ちょっとホラーめいた怖さも感じた。過去の一点がずっと追ってきて離れない。終盤の亮平にとっての朝子もまた、そういう存在になっているのかもしれない。麦の人間ではない何かであるような立ち居振る舞いもまた不気味だった。東出が二役を演じているが、同じ顔だが違う人に見えるし、何だったら同じ顔に見えないようにも思った。
 登場人物それぞれの「その人」としての佇まいや動作の手応えが素晴らしい。台詞や分かりやすい顔の表情がなくても、振舞い方でエモーショナルな部分、この人はどういう人かという部分が伝わってくる。とにかく行動設計が上手いなという印象。どの俳優もとても良かったのだが、亮平の同僚である串橋役の瀬戸泰史があるシーン以降とても良くて、こんなに出来る人でしたか!とびっくりした。これは監督の演技指導の腕でもあるのだろうか。


寝ても覚めても: 増補新版 (河出文庫)
柴崎友香
河出書房新社
2018-06-05


『2重螺旋の恋人』

 原因不明の腹痛に悩むクロエ(マリーヌ・バクト)は精神分析医ポール(ジェレミー・レニエ)のカウンセリングを受けることにした。症状が好転したクロエはポールと恋に落ち、一緒に暮らし始める。ある日クロエはポールとうり二つな男性を見かけた。その男性はポールの双子の兄レイ(ジェレミー・レニエ 二役)で、彼と同じく精神分析医だった。兄の存在を隠すポールを不審に思い、クロエはレイの診察を受け双子の秘密を探ろうとする。原作はジョイス・キャロル・オーツの短編小説。監督はフランソワ・オゾン。
 オゾン監督はあたりとはずれを交互にリリースしている印象があるのだが、本作は残念ながらはずれなのでは・・・。前作『婚約者の友人』が秀作だったからなー。なかなか連続して秀作とはいかないか。本作、エロティックな幻想をちりばめたサスペンスという趣なのだが、美形双子と色々やりたい!なんだったら双子同士でも色々やってほしい!というフェティッシュが前面に出てしまい、クロエの内面の要素と噛み合っていない。実は(多分原作とは異なると思うのだが)最後にタネあかしのようなオチがあるのだが、このオチから逆算すると性的な要素が介入してくるとは考えにくいのだ。それよりは最初に不仲であると提示されている母親の存在がクローズアップしてしかるべきだろう。にもかかわらず母親が登場するのは最終幕のみで、それまでは殆ど言及されない。なので、性的ファンタジーばかりが悪目立ちしている印象になる。下世話なことがやりたいなら妙な小理屈つけずに堂々とやればいいのに・・・
 また、ポールとレイを臨床心理士という設定にしたわりには、臨床心理的なものにオゾンはあんまり関心なさそうなところもひっかかった。そもそも(元)患者と恋人関係になるって臨床心理士としてはダメだろ・・・。支配/被支配関係を強調したかったのかもしれないけど、もうちょっとやりようがあったんじゃないかなと思う。

17歳 [DVD]
マリーヌ・ヴァクト
KADOKAWA / 角川書店
2014-09-05


とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 (河出文庫)
ジョイス・キャロル オーツ
河出書房新社
2018-01-05


『ニンジャバットマン』

 ゴッサムシティで街の平和を脅かすヴィランたちと戦うバットマン(山寺宏一)。ある日ゴリラグロッド(子安武人)の企みに巻き込まれ、ジョーカー(高木渉)らと共に時空転送されてしまう。バットマンがタイムスリップしたのは戦国時代の日本。各地の戦国大名に成り代わったジョーカーたちによる歴史改変を止める為、忍者たちと共に戦いを挑む。監督は水崎淳平。
 アニメーション制作は神風動画で、スタジオ代表の水崎が監督を務めている。アニメーションとしてのクオリティは素晴らしくかつユニークで、これが今の神風動画だ!という自負と自信を感じる。岡﨑能士のスタイリッシュかつややこってりめのキャラクターデザイン、またディティールのデザインや背景美術の和風テイスト、それぞれの要素のバットマンという作品への落とし込み方がとても上手い。特に背景美術は浮世絵っぽい構成だったり、背景全体に和紙の風合いや空摺っぽい文様を入れる等、大変凝っている。和「風」であり、伝統的な和というわけではなくどこかキッチュさをまとっているところも魅力。アメコミを戦国時代舞台でやる、という設定に対してのビジュアル面でのアイディアが満載で、とても楽しい。アニメーションの方向性も、セル画に寄せた部分、3DCGに寄せた部分等バラエティに富んでいて楽しい。一部手書きアニメーションのパートもあり、スタジオのイメージとは大分違うのでちょっと驚いた。
 中島かずき脚本だが、実にらしいというか、キャッチーさとケレンたっぷり。後半の城の使い方にしろ猿やコウモリの使い方にしろ、やりすぎ!と突っ込みたくなるが、バカバカしいことを全力フルスイングでやられると逆にバカっぽくならないものだなと思った。悪ふざけをしているという感じではなく、ストーリーにしろビジュアルにしろ、自分たちのバットマンはこれだ!という大真面目な姿勢に感じられる。これをやってもOKだというDCコミックは懐が深い・・・。バットマン、ジョーカーというアメコミキャラクターの汎用性の広さも実感した。
 声のキャスティングはベテラン揃いでどのキャラクターも良い。特にジョーカー役の高木は、この人以外のジョーカーはちょっともう考えられないかなというくらいハマっていた。逆に、絶対安全パイ的な山寺の方が、別に山寺さんじゃなくても・・・的な雰囲気。今回割と抑え気味の演技だし、バットマン自体そんなに個性の強いキャラクターではないからかな。

バットマン:ハッシュ 完全版
ジェフ・ローブ
小学館集英社プロダクション
2013-09-28


ポプテピピック vol.1(Blu-ray)
三ツ矢雄二
キングレコード
2018-01-31


『ネッド・ライフル』

 ある罪により逃亡中のヘンリーと、拘留中のフェイの息子ネッド(リーアム・エイケン)は18歳になった。叔父サイモンを含め、家族の不幸の元凶である父ヘンリーに復讐しようと、ネッドは彼をさがしに旅に出る。サイモンの作品に執着している風変りな女性スーザンも同行することになる。監督はハル・ハートリー。2014年の作品。
 『ヘンリー・フール』三部作の3作目。出演者の加齢と同じスピードで物語が進んでいるので、この人変わらないなとか、こんなに大きくなって!とか、久しぶりに親戚に会ったような気分にもなる。本作、3部作の中では一番テンポが良く、タイトな作りになっていると思う(実際85分という短さだし)。
 父親殺しや世代を超えて受け継がれていく因がなど、ドストエフスキーのような様相を見せるが、ネッドの潔さがさわやかな後味を残す。ヘンリーは最後まで責任を取らない人、逃げる人として造形されている。しかし、グリム家は逃げない人たちなのだろう。彼らのふんばりと善良さで、ヘンリーの因果にようやく終止符が打たれるのだ。ラストがとてもきっぱりとして心を打つものだった。この人はこっち側に行くことに決めたんだなと深く納得するのだ。ハートリー監督の映画は、どれもラストショットがかっこよくて強く印象に残る。
 ヘンリーとスーザンの過去に遡っての諸々は、物議をかもしそうだけどやはり危ういと思う。ヘンリーは罰を受けており自分に責任があるという自覚もある(1作目ではなさそうだったけど・・・)という描写は織り込まれているとは言え、ロマンティックな要素を加味しすぎではないかな。

ヘンリー・フール・トリロジー
パーカー・ポージー
ポッシブル・フィルムズ
2017


はなしかわって [DVD]
D.J.メンデル
J.V.D.
2014-06-06





 

『名もなき野良犬たちの輪舞』

 刑務所内の「大統領」ジェホ(ソル・ギョング)は若い受刑者ヒョンス(イム・シワン)と出会う。他人を信用しないジェホだったが、奇襲から救われたことでヒョンスに目をかけるようになり、出所後は共に犯罪組織を乗っ取ろうと計画を立てる。しかし、彼らにはそれぞれに秘密があった。監督はビョン・ションヒョン。
 野望、欲望、愛と嫉妬に裏切りと感情がてんこもりの韓国ノワール。湿度と粘度が高い。これは欧米のノワールではあまり感じない質感だと思う。ジェホもヒョンスもタフで強さと力を目指す、実際にそれを持っているはずの人間なのに、お互い出会ってしまったことで弱さが生まれていく。それまでになかった感情が動かされるようになってしまうのだ。
 オム・ファタールものとでも言えばいいのだろうか。上司と部下のようであり、兄弟のようでもあるジェホとヒョンスのの関係は「秘密」を介してどんどん濃密になっていくが、それは同時に、2人がそれまで所属していたものに背いていくということでもある。
 2人は元々、それぞれ合いいれない世界の住人であり、それぞれの世界の中での出世なりなんなりを野望にしていたわけだが、お互いの存在により、元々所属していた世界から乖離していく。所属していた世界を裏切るか、お互いを裏切るか、あるいは全て裏切って1人生き延びるか。どちらにしろ、この先には泥沼しかない。お互いの「秘密」が明かされストーリーが二転三転するほどに、この先の選択肢は減り、出口が見えなくなっていく。どんどん息苦しくなっていき、緊張感が途切れない。
 基本ジェホとヒョンスを含み超有能なクズみたいな人ばかり出てくるのだが、2人が突き進んでいくうち、当初モンスター的に見えた犯罪組織のメンバーにしろ、手段を選ばない警察にしろ、むしろ普通に見えてくる。姑息に見えた会長の甥が、むしろ一番まともで(多分警察よりもまともなんじゃ・・・)普通の人としての情緒を持っているように見えてくるのが面白い。

友よ、さらばと言おう [DVD]
ヴァンサン・ランドン
ポニーキャニオン
2015-01-07


監視者たち 通常版 [DVD]
チョン・ウソン
TCエンタテインメント
2015-02-04



『ニューヨーク1954』

デイヴィッド・C・テイラー著、鈴木恵訳
 赤狩りの嵐が吹き荒れる1954年のアメリカ。ニューヨーク市警の刑事キャシディは、ブロードウェイの無名ダンサー、イングラムが自宅で拷問された上殺されている事件に遭遇する。自宅の安アパートにあった高級家具や上質な衣服は、彼が本職とは別の金づるを握っていた可能性を示唆していた。捜査担当になったキャシディだが、FBIから横やりが入る。反発したキャシディは強引に捜査を続けるが。
 キャシディの父親が演劇プロデューサーという設定なので、当時の演劇界の雰囲気も垣間見える。マッカーシズムの真っ只中で、思想の自由は奪われ、政府に協力しないとどうなるかわからないという不安感がじわじわと広がっている。しかしその一方で、メキシコ共産党に加入していた経緯があるディエゴ・リベラが、セレブの間でもてはやされていたりするのが面白い。リベラ以外にもマッカーシーの右腕ロイ・コーン(先日ナショナルシアターライブで見た『エンジェルス・イン・アメリカ』には晩年のコーンが登場するが死ぬまでくそったれ野郎)やこの時代の本丸とでも言うべき人物も登場し、時代感が楽しめる作品。逆にこの時代の有名人を多少知っていると、イングラムの金づるがどういうものか見当つきやすいだろう。
 中盤以降、話の盛りがやたらといいというか、登場人物やエピソード等、要素を増やしすぎたきらいがある。キャシディの父親は演劇人であると同時にロシア移民でもあるので、彼にしろキャシディにしろ立場はかなり危ういのだが、ちょっと軽率に行動しすぎな気がする。またキャシディの相棒がストーリー上あまり機能していないのももったいない。てっきりバディものかと思ったのにー。

ニューヨーク1954 (ハヤカワ文庫NV)
デイヴィッド・C・テイラー
早川書房
2017-12-19


J・エドガー [DVD]
レオナルド・ディカプリオ
ワーナー・ホーム・ビデオ
2013-02-06

『ナチュラル・ウーマン』

 ウェイトレスをしながらクラブの歌手として働いているマリーナ(ダニエラ・ベガ)は、年上のパートナー・オルランド(フランシスコ・レジェス)と暮らしている。しかし突然オルランドが死亡。マリーナは彼の息子からアパートの立ち退きを迫られ、更に元妻や弟から葬儀には絶対に来るなときつく伝えられる。オルランドに最後の別れを告げたいマリーナは一人で抗い続ける。監督はセバスティアン・レリオ。第90回アカデミー賞外国語映画賞受賞作。
 オルランドの家族のマリーナに対する態度があまりにも失礼なので、見ている間中腹が立って腹が立ってしょうがなかった。元妻との会話から察するに、オルランドはマリーナと出会ったことがきっかけで家を出たらしいので、彼女に対して思う所あるというのは分かる。しかし彼女がトランスジェンダーであることをあげつらって存在を化け物扱いするというのは卑怯だ。憎むなら人として対等に憎め!彼らの態度が礼儀を欠いたものなのは、彼女を同じ土俵に立つ人間として見ていないからだろう。せめて外面だけでも礼節保っておけばいいのに、そういう努力すらしないのかとうんざりする。
 また、マリーナに対して個人的な因縁がないはずの刑事や医者もまた失礼だ。彼らの失礼さは個人というよりも組織、社会がマリーナに向けてくる失礼さのように思った。刑事は「この手のことはよくわかっている」という態度で博士号も持つ、いわば専門家を自認している。しかしマリーナとオルランドの関係をお金によるものだと決めつけていたり、一方的に約束を取り付けたりと、マリーナがどういう状況でどういう事情があるのかという個別の部分は理解しようとしない。「この手のこと」も千差万別なはずなのに、こういうものだからとひとくくりにする態度にはこれまたうんざりだ。当人は、無礼だという意識すらないんだろうけど。
 理不尽に向けられる無礼さや悪意に対して、マリーナは抵抗し続ける。彼女の好ましさは、この一人で抗い続ける自立した態度にある。自分が自分であるという姿勢が揺らがない。彼女の落ち着きは、ことあるごとに無礼さや悪意にさらされてきたということでもあるのかもしれないけど・・・。とは言え、常にタフでいられるわけではなく、深く傷つき疲れ切ってしまう時もある。オルランドの姿や、クラブでのミュージカル風シーンは、彼女が心を守り自身を勇気づける為の幻想であるように思える。それが周囲にも提示されるのが彼女にとっての歌うという行為なのではと。彼女が歌うシーンの解放感、浄化される感じが素晴らしい。

グロリアの青春 [DVD]
パウリーナ・ガルシア
オデッサ・エンタテインメント
2014-09-03


ボルベール <帰郷> Blu-ray
ペネロペ・クルス
TCエンタテインメント
2012-09-05


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ