3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名さ行

『ジュラシック・ワールド 炎の王国』

 崩壊したテーマパーク「ジュラシック・ワールド」のあるイスラ・ヌブラル島では、火山活動が活発化していた。テーマパークの運営者だったクレア・ディアリング(ブライス・ダラス・ハワード)と動物行動学者のオーウェン・グレイディ(クリス・プラット)は生き残った恐竜たちを救出しに向かうが、火山の大噴火が起きる。監督はJ・A・バヨナ。
 ちょっとネタバレっぽくて恐縮だが、邦題サブタイトルの「炎の王国」はなんと前半のみ!しかしバヨナ監督がジュラシックシリーズという素材をいかに自分のフィールドに引きずり込んでいくかという試みにも思えて、なかなか面白かった。前半は今までのジュラシックシリーズを継承した、フィールド上での移動を中心とした恐竜たちとのアクション。そして後半はまさかのゴシックホラー的舞台へと移動する。予告編は後半要素をかなり控えめにしたものなので、いいミスリード。冒頭、海中シーンから始まるというのも意外性があると共にかなり怖くて(何しろ暗いので)わくわくした。
 バヨナ監督といえば『永遠のこどもたち』を撮ったホラー畑出身の人で、特に暗がりの使い方、室内の演出は上手いなという印象がある。何かがそこにいる、という匂わせ方、気配の作り方は本作でもばっちり。かなりわかりやすく怖がらせてくれる。ホラー演出としてはわりとベタというか王道中の王道で、いわゆる「後ろ後ろー!」シチュエーションが最近珍しいくらい多用されている。
後半の舞台装置や展開には、これジュラシックシリーズでやらなくてもよかったのでは?という声もありそうだが、美術のクオリティの高さもあり、恐竜と場所の組み合わせの意外さが個人的には楽しかった。後半は舞台の性質上、中~小型恐竜中心に活躍するのだが、これも楽しい。ブルーのファンは必見だろう。
 これまたホラーの定番らしく子供が登場するのだが、単に怖がり・叫び要員かと思っていたら、結構なキーパーソンだった。なるほどこの世界設定であれば・・・という、シリーズの設定を象徴するような存在なのだが、それ故に基本設定が含む気持ち悪さみたいなものが滲む。恐竜よりも火山噴火の方が恐ろしく、恐竜よりも人間の執着の方が気持ち悪い。

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『祝福 オラとニコデムの家』

 ワルシャワ郊外の街セロック。14歳の少女オラは、自閉症の弟ニコデムと、飲酒問題を抱える父親と暮らしている。母親は別居しており、他の男性との間に赤ん坊がいる。大人を当てに出来ず、1人で弟の世話をし家事をこなすオラの生活は苦しい。彼女は、弟の初聖体式を成功させようと苦心していた。監督はアンナ・ザメツカ。
 ある少女とその家族を追ったドキュメンタリー。カメラと被写体との距離(物理的な距離でもあり雰囲気的な距離でもある)がごく近く、よくここまで撮影させてくれたなと唸った。多分、普通だったら10代の子供が他人に見せたくないであろう部分も撮られている。被写体であるオラたちと監督との間に相当な信頼関係があるとわかるが、撮影の1年半前くらいからゆっくり時間をかけて準備していたそうだ。撮影後も交流は続いていると言う。ドキュメンタリー映画を作る際、被写体の人生のどこまで立ち入っていいのか、被写体との関係性に撮影後も責任を持てるのか、悩む所なのではないかと思う。特に本作のように、相手が生活に困難を抱えている子供である場合は。その困難を見世物のようにしてもいいのか(自分たちが助けられるわけでもないのに)ということを、映画を見ている側も意識せずにはいられない。とは言え、オラは自分の意思で自分と家族をカメラにさらしている。誰からも守られていると実感できない、自分たちのような者がここにいると主張し続けているように思えた。
 一家の日常生活の中でオラが負担するものが大きすぎ、見ていてなかなか辛い。毎日の家事に加え、ニコデムの学校での時間割を確認したり、着替えや勉強を促したりと、自分の勉強や遊びはいつやっているんだろうというくらい(公営住宅の転居希望までオラに書かせているのには驚いた)。彼女の生活には、両親のフォローが殆ど見受けられないのだ。父親は失業中でアルコール依存の問題を抱えているようだし、母親は電話をしてきても自分の話ばかりだ。ニコデムが自閉症であることも加え、本来なら施設で生活した方がよさそうな雰囲気なのだが(実際、福祉職員にそういうことを言われているシーンがある)。カウンセリングで「困ったことはない?」と聞かれたオラは「別にないです」と答えるが、そんなはずないだろう。困っている所を見られて家族がばらばらになるのが嫌なのだ。それでも家族であることへの望みを捨てられないんだなと切なくなる。

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『ザ・ビッグハウス』

 収容人数10万人以上、全米最大のアメリカンフットボール・スタジアム、通称「ザ・ビッグハウス」。ミシガン大学のアメフトチーム、ウルヴァリンズの本拠地だ。そのビッグハウスで繰り広げられるゲーム、押し寄せる観衆、怒涛のバックヤードまで、17人の映像作家たちが次々と追っていく。想田和弘監督による「観察映画」第8弾。
 観察映画8作目にして、ついに海外(と言っても監督の本拠地はアメリカなわけだが)での撮影、そして複数カメラマンによる撮影の作品が登場。複数名で撮影することで観察映画としての方向性にはどのような影響が出るのだろうと思っていたのだが、観察映画は観察映画だった。最終的な編集は想田監督なのだろうから、監督の作家性は編集に色濃く表れているということだろうか。撮影のスタンスさえ意思統一されていれば、想田監督作品としての特質、キャラクター性は維持されるんだなとわかる。
ファーストショットで、あっ予算と人力が増えている!と思った。なかなか意表を突いた始まり方なのだが、これまでの観察映画と比べて、いきなり観察対象が大きくなっていることは一目瞭然。複数名でのプロジェクトにしたからこそできた作品と言えるだろう。
 ザ・ビッグハウスでのゲームは日本の大学スポーツとは想像できない規模で、とにかく圧倒される。物量が違うし動くお金の額も全く違う。日本のプロスポーツより全然盛り上がっているのではないだろうか(チケット収入、グッズのライセンス収入などの総額売上は年間170億円以上だそうだ)。スアジアムになだれ込み客席を埋め尽くす人の数、そしてバックヤードで供給され続けるフード類の量と延々と続く流れ作業を見ているだけで気が遠くなりそう。「びっくりするような値段」だというVIP席で観戦する人がいる一方で、スタジアム内で(多分勝手に)水を売っている人がいたり、スタジアムの外でチョコレートを売っている子供がいたりもする。カメラに映る人たちも様々で、富裕層、ホワイトカラー、ブルーカラー、失業者と、社会のあらゆる層の縮図といった感じ。
 更に圧倒されると同時に強い違和感を感じるのは、客席の熱気と一体感。私が普段スポーツ観戦をしないからかもしれないが、大勢の人間の意識のベクトルが一方向を向いて大変な熱量を孕んでいる様。非常に様々な人が来ているはずなのに、なぜか一様なのっぺりとした風景にも見える。有無を言わせない迫力があるが、同時に怖くもある。また、オープニングショーが軍によるものだったり、試合の合間に軍人への追悼式があったりと、国・軍隊・スポーツががっしりとタッグを組んでいる様も不思議だった。あの中で胸に手を当てて全員で国歌斉唱する(マスコミ、ジャーナリストもする)ことに、違和感を感じない国(土地柄なのかそういう層が集まるのか)なんだなと妙に感心した。混ざりたくはないが・・・。なお本作、2016年の大統領選挙の時期に撮影されており、スタジアムの背後にトランプの宣伝車が映りこんでいたりする。こういう瞬間を撮影できるのが映画作家として「持ってる」ってことなんだろうな。


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『それから』

小さな出版社の社長キム・ボンクン(クォン・ヘヒョ)は、新人スタッフとしてソン・アルム(キム・ミニ)を雇う。アルムの出勤1日目にボンクンの妻が来社し、アルムをボンクンの浮気相手と勘違いして責め立てた。同じ夜、ボンワンの本当の愛人で部下だったイ・チャンスク(キム・セビョク)が戻ってくる。監督はホン・サンス。
 男女のしょうもないやりとりが延々と続き、絶対その場に交じりたくないと思うが、妙に面白い。大人のダメさとだらしなさが縦横無尽なのだが、それが彼らの可愛げになっており見ていて不快にならないところが面白い。大人に対する期待値が低そうな映画だ。恋に浮足立っているボンクンのふわふわ加減や独りよがりなセンチメントにしろ、アルムが彼の愛人と間違えられたと知ると、彼女と不倫していることにすればいじゃない私は奥さんに顔割れてないし!と言いだすチャンスクにしろ、結構身勝手でおいおい!と突っ込みたくもなる。
 三角関係に巻き込まれた形になるアルムはいい迷惑ではあるのだが、彼女は彼女でボンクンに形而上的な議論をふっかけたりその議論にあまり実がなさそうだったりと、なんだか青々しい。アルムは生真面目なんだかふざけているんだかよくわからないところがチャーミングだった。タクシー車中のシークエンスは、本作内で最もキム・ミニが美しく魅力的に映っているのではないだろうか。
 3人の“それから”は非常にあっさりとしている。あの盛り上がりは何だったの、というオチの決まらなさが、そんなものだよなぁという諦観とおかしみの余韻を残す。社長たちは次の段階へ進んでしまい、アルムだけまだ“それから”と言える段階に辿りついていないようにも思えた。彼女は他の登場人物に比べるとまだ青年のようなのだ。

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『30年目の同窓会』

 バーを営むサル(ブライアン・クランストン)の元を、30年ぶりに軍で同僚だった旧友ドク(スティーブ・カレル)が訪ねてきた。同じく悪友だったが今は牧師になっているミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)と合流する。戦死して母国に送り返されてきたドクの息子の遺体を、故郷ポーツマスへ連れ帰ろうというのだ。監督はリチャード・リンクレイター。
 2003年が舞台なのだが、ドクら3人はベトナム戦争で従軍した同期。ドクの息子は中東に派遣されて死んだ。時代設定の妙があるが、2010年代になったから距離感を持って見ることが出来る話でもある。2000年代一桁だったら生々しくてちょっと辛かったかもしれない。
 ドク、サル、ミューラーは海軍で共に戦い生き残った仲間だ。しかしそれだけではなく、ある秘密への後ろめたさが彼らを繋いでいることが徐々にわかってくる。この秘密の関する情報の出し方がさりげなくて上手い。そしてその秘密の性質と、ドクの息子の死とが重なっていく。広い意味での戦争映画とも言える。戦争により戦地に赴いた当事者が、その家族がどのように傷つくのかという話でもあるのだ。
 ドクは息子の死に方にも、軍や政府の対応にも納得できず、彼らへの反感から戦死者墓地への埋葬を拒否して遺体を地元に連れ帰ろうとする。また彼らは、ベトナムでの体験は最低だったと言う。にもかかわらず、軍への帰属意識や仲間とのバカ騒ぎの記憶は、おそらくかけがえのないものとして彼らの中にある。その矛盾が面白い。言うこととやることの裏腹さという点では、サルとミューラーの「嘘」を巡る言い合いとその顛末も同様だ。矛盾を否定せず、どちらも成立するものとして本作は描いているのだ(構成が良くできている)。正しいことと思いやりとは必ずしも一致しない。このあたりは、中年の主人公だからこそ出た味わいではないかと思う。
 脱線しまくりのロードムービー的だが、ラストは意外とすぱっと終わる。最近の映画だとこの後ひとくだり作って肩の力抜いた感を出しそうなところ、あっさり終わるところが逆に新鮮だった。




『サバービコン 仮面を被った街』

 アメリカンドリームを絵に描いたような、美しい郊外住宅地サバービコン。そこにガードナー(マット・デイモン)と足の不自由なローズ(ジュリアン・ムーア)夫婦のロッジ家の生活は、強盗に入られたことで一変した。一家の幼い息子ニッキー(ノア・ジュプ)の世話を、ローズの姉マーガレット(ジュリアン・ムーア)がすることになる。同じころ、ロッジ家の隣に黒人一家が引っ越してきた。街の住人達は黒人一家の転入に猛反発する。監督はジョージ・クルーニー。脚本はクルーニー&コーエン兄弟。
 1950年代に実際に起きた人種差別暴動が背景にあるが、主軸となるのはロッジ家内で起きるある事件。2つの出来事は関係ないようではあるが、黒人排斥運動に見られる異物(そもそも異物と見るのがおかしいわけだけど・・・)に対する排他性も、ロッジ家の事件のような、一見理想的な家庭の中でも実際は何が起きているかわからないという部分も、サバービアの特性と言えるのかもしれない。そういう面では直球のサバービア映画。
 というよりも、サバービア映画のパロディと言った方がいいのか。サバービコンがテーマパーク的な、作りものっぽい整えられ方をしているのも、絵にかいたような「豊かで幸せな生活」なのも、多分にパロディ的で誇張されている。今更このネタをやるの?(郊外の憂鬱と欺瞞を描いた作品は多々あるし、そもそも今では郊外という概念が廃れつつあるのではないかと思う)と思ったけれど、パロディとしてのサバービアを背景にしたぽんこつ犯罪映画として見ると、なんだか味が出てくる。犯罪の出来がとにかく悪くて脇が甘い(関係者全員の頭が悪すぎる!)のも、ここまでくると却って新鮮だった。そもそもなぜその犯罪、成功すると思ったんだ!と問い詰めたくなる。申告な社会問題が目の前にあるのに、それとは別物のしょぼい犯罪が二転三転していくところが実にコーエン兄弟っぽい。背景は大きいが前景はちっちゃいのだ。
 それにしても、黒人一家に対するヘイトがどんどんエスカレートしていく様が気持ち悪くてならなかった。街全体でプレッシャーをかけていくんだから始末が悪いし、それまずいんじゃない?というG人が誰もいない所も怖い。でも差別をしているという意識は、住民たちには多分ないんだよなぁ。「差別意識はないわ、でも白人だけの街だと聞いたから越してきたのに」というような言葉が出てくるのだ。





『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』

 学校で居残りをさせられていた高校生スペンサー(アレックス・ウルフ)、フリッジ(サーダリウス・ブレイン)、ベサニー(マディソン・アイスマン)、マーサ(モーガン・ターナー)は、ジュマンジというソフトが付いた古いTVゲーム機を見つける。さっそく遊び始めるが、TVゲームの中に吸い込まれ、各自選択したキャラクターの姿になっていた。スペンサーたちはブレインストーン博士(ドゥエイン・ジョンソン)、動物学者のフィンバー(ケビン・ハート)、地理学者のオベロン教授(ジャック・ブラック)、格闘技の達人ルビー(カレン・ギラン)となって、現実世界に戻る為ゲームクリアに挑む。監督はジェイク・カスダン。
 1995年に製作された『ジュマンジ』の続編だが、まさか今になって続編を見ることになるとは・・・。前作はそんなに面白いと思わなかったのだが、本作は「アバター」役の俳優たちの演技の達者さもあり、なかなか楽しかった。とにかく気軽にさくっと見られて、気分よく見終われる所がいい。中身はナードで言動がビビリなジョンソンや、見た目はぽっちゃりおじさんなのに言動はイケてる女子なブラックはとてもよかった。特にブラックは、彼が演じることでベサニー本来の人の良さがよりにじみ出ており、キャラクター造形が成功しているように思う。
 ゲーム世界内の設定は「ゲーム」としての厳密さがゆるく、どちらかというとディティールが「ゲームっぽい」という程度なのだが、高校生たちの不調和音チームものとして楽しかった。(言うまでもなく『ブレックファスト・クラブ』という名作があるが)アメリカ人は補習・居残りものという映画ジャンルが好きなのだろうか。最近だと『パワーレンジャー』も補習から始まっていたし。自分とは全く別ジャンルの人と出会う機会として手っ取り早い設定ではある。
 本作では自分とは別ジャンルの人と一緒に行動するだけでなく、自分自身のアバター(ゲーム上でのキャラクター)が本来の自分とは全く違う姿・能力を持つので、自分もまた他者になっているとも言える。他者を体験することで、他人の立場を想像できるようになっていくのだ。同時に、見た目や能力が変わっても本来の自分の資質は変わらないということと、見た目に引っ張られて内面も変わることがあるという部分の兼ね合いも丁度よく提示されているように思う。ブレインストーンが発揮する勇気は、元々スペンサーの中にあったものなのだろう。
 ゲームの中の体験が現実にもちゃんとフィードバックされるラストがいい。特にベサニーがある人物と会った時の双方の対応にはちょっとほろりとさせられる。そしてある人物のTシャツの趣味が一貫しているところにほっとしましたね!

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『さよなら、僕のマンハッタン』

 大学を卒業したものの進路が定まらないトーマス(カラム・ターナー)のアパートの隣室に、W・F・ジェラルドと名乗る中年男性(ジェフ・ブリッジス)が越してきた。トーマスはどこか風変りなジェラルドと親しくなり、人生のアドバイスも受けていく。ある日、トーマスは父イーサン(ピアース・ブロスナン)がフリー編集者のジョハンナ(ケイト・ベッキンセール)と浮気していると知ってしまう。トーマスはジェラルドに背中を押されてジョハンナに近づく。監督はマーク・ウェブ。
 冒頭、ガールフレンドのミミ(カーシー・クレモンズ)に海外留学すると告げられた時のトーマスの反応に、こいつしょうもないな!と思ってしまった。自分のことばっかりで、ミミがどう思っているのかは後回しなのかと。彼女との関係を曖昧なままにしていたり、父親に浮気をやめろと切り出せなかったり、ジョハンナにも父と別れろと言いきれなかったりと、彼の行動は煮え切らない。そんなのさっさと言っちゃえばいいのに!と少々呆れるが、彼にとっては扱いあぐねる問題ばかりなのだろう。彼が抱える問題をどうにかしようとすると、他人の領域に踏み込むことになる。その領域に踏み込む勇気が彼にはまだない。いかにも若造なのだ。
 そんな若造が大きく成長する、自主的変化するというわけでもなく、周囲の変化に巻き込まれていく、流されていくことにより人生が変化していく。人生ってそんなものじゃないかな、という気分がする。本作、思いがすれ違う人たちがしばしば登場するが、そこはすれ違ったまま、流されていく。でもそれによって個々の人生がダメになるかというと、そんなことないだろう。
 トーマスの青春というよりも、トーマスと父親の物語としてとてもよかった。イーサンは一見、若い美女と浮気するチャラい中年。しかし、彼は大きな勇気をもって今の生き方を選んだとわかってくる。これはブロスナンが演じているというのが一つのフェイクになっていて、いいキャスティングだった。問答無用でチャラさを感じさせるブロスナンもすごいのだが。ここぞという時に逃げてしまう人、踏みとどまれる人がいるが、トーマスは今まで逃げてしまう人だったんだろう。もちろん逃げていい時もある。どこで逃げないか、という所にその人の人となりが見えるのかもしれない。
 トーマスとジョハンナの顛末は出来すぎに見えるのだが、本作が誰によって、どのような形で語られているか考えると、そのファンタジー性(というかムシの良さ)も頷ける。現代が舞台だがスマホが殆ど出てこない所が面白かった。サイモン&ガーファンクルやルー・リード、ボブ・ディランの音楽と相まって60年代、70年代的な雰囲気を感じる。これも語り手の属性故か。なお選曲がとてもいい。マーク・ウェブ監督はどの作品でも音楽の趣味がいいな。

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『修道士は沈黙する』

 空港に降り立ったイタリア人修道士ロベルト・サルス(トニ・セルヴィロ)は、迎えの車に乗る。到着したのは海辺の高級ホテル。このホテルで開かれるG8の財務相会議に、ロックスター、絵本作家と共にゲストとして招かれたのだ。しかしロベルトを招待した張本人であるIMF・国際通貨基金のダニエル・ロジェ専務理事(ダニエル・オートゥイユ)がビニール袋を被った死体となって発見される。ロジェに告解を依頼され、死の直前まで彼と対話していたロベルトは取り調べを受けるが、戒律に従い沈黙し続ける。監督はロベルト・アンドー。
 ロジェの死はまず自殺だろうと警察は判断するが、彼は翌日の会議で重大な発表をする予定で、その発表により発展途上国は大きな打撃を受けると予想されていた。そんな彼がロベルトに何を告解するというのか、ロジェの秘密が世界の経済状況に大きな影響を及ぼすのではとG8の面々は騒然とする。世界経済の揶揄する社会批判的な意図も込められた作品だと思うのだが、これがあまり上手く機能していないように思った。財務相会議で何が話し合われるのか、何が発表されるのかという部分が漠然としていて、彼らが何を懸念しなぜ騒いでいるのかがぴんとこないのだ。なので、なぜロジェから聞いた内容を話せとロベルトに対して執拗に強制するのか、不自然に感じてしまう。
 会議の前日の集まりなども妙に牧歌的だし、ロックスターと絵本作家が招かれた理由もわからない(絵本作家とカナダ代表は女性だが、セクシャルな存在としてだけ登場するようで、これだったらいなくてもいいんじゃないかなと)。具体的なディティールがふわっとしていて、抽象的になりすぎている気がした。ロベルトの存在自体が抽象的で、彼に伴う鳥や犬の使い方もファンタジー寄り。作品のリアリティラインがどう設定されているのか曖昧だ。
 ロベルトは当然宗教家として振舞うのだが、G8のアナリストたちの振る舞いも、別の宗教に属するもののように見えてくる。自分たちにとってはこちらが正しく、お互いすり合わせる余地がない。ロベルトが発言しないのはそういう戒律だからそこに交渉の余地はないのだが、アナリストたちにはそれが通じない。事態を収めるには黙って立ち去る他ないのだろう。ラストシーンが妙に可愛いのだが、やはりロベルトはアナリストたちとは別の世界の人のように見える。

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中央映画貿易
2016-12-02



人間の値打ち [DVD]
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
ポニーキャニオン
2017-06-21


『坂道のアポロン』

 1960年代、東京から佐世保の高校に転校してきた西見薫(知念侑李)は、校内はおろか他校の生徒からも恐れられる不良の川渕千太郎(中川大志)と出会う。ジャズ好きでドラムを叩く千太郎と、幼い頃からピアノをひいていた薫、そして千太郎の幼馴染で、転校生である薫のことを何かと気に掛ける迎律子(小松菜奈)は、距離を縮め仲良くなっていく。やがて薫は律子に恋心を抱くようになるが、律子はずっと千太郎のことを想っていることにも気づく。原作は小玉ユキの同名漫画。監督は三木孝浩。
 普段あまり見ないタイプの(いわゆる少女漫画原作のキラキラしているっぽい)映画だし、アニメ版が傑作レベルなので実写の本作にはさほど期待していなかったんだけど、予想外に良かった。キラキラで目が潰れそうになったけどそれも含めて良かった。たまにこういうシンプルな映画みるのっていいな。
 千太郎と薫を繋ぐものは音楽なので、ジャズ演奏のシーンは当然とても重要。演奏を俳優本人にさせる(音はプロ演奏家の音を乗せている)ってハードル高すぎで不自然に見えるんじゃないかなと心配だったが、俳優陣が皆健闘している。特に千太郎役の中川のドラムは、動きが本当にドラマーっぽいグルーヴ感のあるものだった。冒頭のケンカシーンの体の動きの方が、絶対拳当たってないな!という不自然さ。映画やTVドラマにおける楽器演奏シーンって、動きと音がぴったりと合っていることよりも、演奏している「ぽさ」、演奏者が音に乗っているように見える「ぽさ」が大事だと思っているのだが、本作にはそれがあった。薫役の知念はどうも左利きのようなので(ペンは左手で持って書いていたので)、ピアノ演奏演技は結構大変だったんじゃないかと思うが、よく頑張っていると思う。あまりピアニストっぽい手ではないんだけど(笑)。音楽は人を自由にする、人と人の魂を結びつけるという、高揚感あふれるライブシーンになっていた。
 千太郎と薫は居場所のない者同士で、そこに連帯感と友情が生まれる。律子が千太郎への、あるいは薫への思いを口にしようとすると、それは毎回中断される。はっきりと意識的に、「言わせない」ことを意図した演出だと思う。本作は3人の友情を少し超えた感情、その支え合いを主軸にしており、そのバランスを崩さない為の意図なのだろう。ちょっと意図が前に出過ぎてしまっている気がするが。ラストで律子が声を出す(正確には声を出す直前で終わるのだが)シチュエーションは、これが3人のハーモニーを描き、そこに帰結していく物語なのだとはっきり示している。




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