3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名さ行

『ジャコメッティ 最後の肖像』

 1964年、美術評論家のアメリカ人ジェームズ・ロード(アーミー・ハマー)は著名な彫刻家ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)にモデルを依頼された。ロードは喜んで引き受けるものの、2,3日と思われた制作期間は延々と伸び続ける。監督はスタンリー・トゥッチ。
 トゥッチは俳優としてはもちろん味が合って良いけど、監督としてもいける!コンパクトにまとめられたなかなかの佳作だった。芸術家の苦悩を描くというと重苦しいイメージを持たれがちだが、本作は予想外に軽やか。もちろんジャコメッティは真剣に悩んでいるしロードはなかなか帰国できずに疲労困憊していくが、どこかユーモアがある。評論家故か、ロードの視線が一歩引いたもので俯瞰性があるのだ。ジャコメッティはモデルをするロードに、冷酷そうな顔だ人殺しっぽい云々と結構ひどいことを言うのだが、ロードは「それはどうも」と流す。ジャコメッティとしてはけなしているつもりはない、おそらく(失礼には違いないが)彼流のユーモアであるということを汲んでいるのだろう。また延々と伸びる拘束期間に困りつつも、状況の奇妙さを面白がっているように見える。演じるハマーの戸惑い顔、困り顔に妙なおかしみがあり、適役なのも大きい。
 ジャコメッティには妻がいるが愛人がおおっぴらにアトリエに出入りしていたり、妻もジャコメッティの友人でモデルを務めた矢内原伊作と関係があったりと、周囲の人間関係は結構混沌としている。当人たちはそれほど気にしていないけどこれって面白いよな、という客観的なツッコミ目線をロードが担っているのだ。このツッコミ感のおかげで、泥沼状態もさほど陰湿に見えない。よく考えると、愛人にはぽんと車を買ってやるのに妻には何も買ってやらない(コート1着しか持っていないと言ってたし)し自宅も荒れたまま放置しているジャコメッティは夫としては大分ひどいんだけど。
 ジャコメッティの制作がいつまでも終わらないのは、対象と自分、自分と自分との対面に集中してしまい回答が見えないからだろう。愛人の存在、またそれによる家庭内の混乱は、自分にコントロールできない要素を招き入れようとする行動にも思える。自分の外からやってくるものが必要なのだ。終盤、ロードが試みる奇策があっさりと成功するのは、それがジャコメッティの「外」からの視線だからだ。そんなことでよかったの?!と呆気にとられるが、そんなもんだよなー!とも。褒めるのって大事・・・。
 なお、ジャコメッティのアトリエの再現度は相当高いと思う。以前、写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンが撮影したアトリエのジャコメッティの肖像と、撮影当時を記した随筆を読んだことがあるのだが、やっぱり寒くて湿っぽかったようなので、本作の印象に近いのでは。

ジャコメッティの肖像
ジェイムズ ロード
みすず書房
2003-08-23


ジャコメッティ
矢内 原伊作
みすず書房
1996-04-20




『スターウォーズ 最期のジェダイ』

 伝説のジェダイであるルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)の元に辿りついたレイ(デイジー・リドリー)。ファーストオーダー、そしてフォースを使えるカイロ・レン(アダム・ドライバー)に対抗するべく、彼にレジスタンスへの協力を求めるが、ルークは拒む。一方レイア(キャリー・フィッシャー)率いるレジスタンスは、ファーストオーダーの猛攻にさらされていた。ポー(オスカー・アイザック)とフィン(ジョン・ボイエガ)は新たなミッションに挑む。監督はライアン・ジョンソン。
 吹替え版で見たが、悪くない。むしろ、私にとってのスターウォーズは吹替え版のイメージが強い(よくよく考えるとエピソード4,5,6は字幕で見たことがない・・・日本語で喋るルークしか知らないわ)ので、違和感なく馴染んだ。あざとくかわいいキャラでくすぐり入れやがって・・・と若干イラっとしていたポーグたちも、チューイとの攻防含め悪くない。可愛いんだけど、瞳の中に虚無があるというか、そこはかとない邪悪さを感じるのは私だけだろうか。
 2時間越えの長尺で、スターウォーズにさほど思い入れがない身としては間が持つのかちょっと心配だったのだが、意外と飽きずにテンポがいい。今回はレイのパートとフィンたちレジスタンス、そしてファーストオーダー側のおおよそ3パートが平行して進行する。作品1本通して大きなストーリーがあるというよりも、中規模のエピソードを団子状に回収していくような構成なので、正直構成の妙があるとは言いづらいし、展開上、色々つっこみたくなるところはある(場面移動の動線がちょっと無駄じゃないかなというか・・・そこに舞台集中させる必要あります?って箇所がある)。レジスタンスの戦略の上手くいかなさが、状況の困難さというよりも戦略の杜撰さに見えてしまうのも痛い。しかし、1エピソードごとに盛り上げて回収、ということを小刻みにやっていくので、長尺でのダイナミズムや全体としての話の整合性には乏しいかもしれないが、飽きずに見られた。
 スターウォーズはエピソード6まで父殺しの物語を繰り返してきたが、前作今作と、そこは、もうぼちぼちいいんじゃないかな?巨悪とか、それいります?というモードになってきたのでは(ルーカスの手を離れたのが大きいのかもしれないけど・・・)。ないしは父殺しのウェイトがそれほど高くなく、ちゃっちゃとやっちゃって次の段階に移りたいということだろうか。えっそこもう処理しちゃうの?!とびっくりした。
 今回、「次の段階に移りたい」という点では、これまでとは大分大きな変化がある。ここが旧来のファンにとっては受け入れがたい所なのだろうが、個人的にはすごくいいなと思った。いわゆる選ばれし人たちの物語ではないという方向に舵を切っているのだ。最初からヒーローな人はいないし、血筋によって英雄・傑物になるわけではない。そもそも、英雄という存在すら怪しいのでは。英雄的な行為の種子は様々な名もなき人の中にあって、きっかけがあればそこかしこで芽吹くかもしれない。終盤の「少年」はそういうことじゃないかなと。フィンもレイも、たまたま主人公なんだと思う。特にフィンの「何者でもなさ」は新鮮ですらある。
  今回、レイもフィンも厳しい環境で育ってきたにしては他人の話を信じすぎというか、単純すぎる気がしたが、2人とも人間関係が乏しくて人の心の機微があんまりわからないということなのかなー。特にレイは同じ感覚を共有できる人って今まで全くいなかったろうから、通じ合うものがあるとわかると信用しちゃうんだろうな。





『ジャスティス・リーグ』

 スーパーマン(ヘンリー・カヴィル)が死んだ世界では、彼を悼む人々がいると同時に暴力が蔓延しつつあった。バットマンことブルース・ウェイン(ベン・アフレック)は、地球に近づきつつある脅威、ステッペンウルフと闘う為、ワンダーウーマン(ガル・ガドット)と共に仲間となる超人たちを探していた。集まったのは海をつかさどるアクアマン(ジェイソン・モモア)、機械の体と電脳を持つサイボーグ(レイ・フィッシャー)、超高速で移動できるフラッシュ(エズラ・ミラー)。しかしお互いに話がかみ合わずチームワークはばらばらだった。監督はザック・スナイダー。
 『バットマンv.s.スーパーマン ジャスティスの誕生』に引き続き、DCコミックのスーパーヒーローたちが集結する。相変わらずお話は大味・大雑把で、突っ込み所は山のようにある。とは言え、前作のような妙な間延びや仰々しい1枚画的シーンが割愛されているので、だいぶ見やすい(前作比)。ストーリー展開については、やはりマーヴェルに及ばないあたりが厳しいのだが・・・。きょうび「強大な悪」の設定ってなかなか難しいし敵も複雑化せざるをえないわけだが、本作の敵は非常にわかりやすく「悪」で、こんなにシンプルなの久しぶりに見た気がする。そして強いんだか弱いんだかわからないな・・・。あれだけ強大な力アピールしておいて、最後それってどうなの。
 今回、そういえばバットマン(ブルース)ってそこそこ中年だったんだなということを初めて実感した。歴代のバットマンの中で、最もお疲れな感じのバットマンなのでは。残り時間の少なさが切実なのだ。そもそも他の超人たちとは異なり肉体的には一般人なので、もう肉体はボロボロ、精神的にもスーパーマンロスから立ち直れていない感じで、見るからに危なっかしい。後々のスーパーマン絡みでのやりとりから見るに、相当ショックだったし本気でなんとかしたかったのね・・・。ただでさえ少なそうな語彙が更に少なくなっている・・・。
 ワンダーウーマンは単作『ワンダーウーマン』とちょっとキャラが変わっていないか?と思ったのだが、『ワンダーウーマン』の時代から100年近く経っているからそりゃあ変わるなとも。アクアマン、サイボーグについては、本作ではまだ十分描けていない。スピンオフ作品を作る予定なのかな?だとしても、もうちょっと本作内で彼らの背景を見て見たかった。対して本作で得をしているのはフラッシュだろう。重め・暗めトーンの本作でアクセントとなるコメディ担当要員として、上手く使われているように思う。良く喋るし、よく食べるし、空気読めないし、まだ子供っぽい。演じるエズラ・ミラーのチャーミングさ(とりあえずフラッシュちゃんの為だけににもう1回見てもいい・・・!と思えたくらい)と相まっていいキャラクターだった。



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『人生はシネマティック!』

 第二次大戦中の1940年、ロンドンで秘書をしていたカトリン・コール(ジェマ・アータートン)は、軍のプロバガンダ映画の脚本チームに採用される。コピーライター不足の為に彼女が代理で書いたコピーが、情報相映画局特別顧問トム・バックリー(サム・クラフリン)の目に留まったのだ。脚本の内容は、ダンケルクでドイツ軍の包囲から兵士を救出した姉妹の感動秘話。しかしベテラン俳優の我儘や政府と軍による検閲と横やりなどにより、制作は難航する。監督はロネ・シェルフィグ。
 すばらしい!オーソドックスに見えるし実際オーソドックスなのだが、様々な要素が盛り込まれており、色々な側面から見ることができる。これだけ多面的な要素を盛り込み、かつごちゃごちゃした印象になっていないところに技がある。ただ、色々な立場、性別、年齢の人が登場するが、それは本作の部隊が戦時中で、(若い)男性が足りなくなっているからだという面もあり、そういう非常時にでもならないと多様性は見えてこない時代だった(現代もかもしれない)ということでもある。本来女性であろうが男性であろうが、工場で働けるし、脚本を書けるし、船の修理が出来るのだ。
 人が映画を観るのは、映画の中の出来事には理由がある、全部意味があるからだとトムは言う。現実では意味のわからない、脈絡のない不幸が多々生じる。せめて映画の中でだけは物事に意味があると納得したいのだ。この気持ちが痛切に身に染みた。この台詞が象徴するように、人はなぜフィクションを求めるのかという問いに対する、答えのような作品だったと思う。本作、フィクションを作る人たちの側の物語であると同時に、フィクションを受容する人たちの側の物語でもある。もちろん、作る人は受容する人でもあるのだ。カトリンは自分とトムとのやりとりを脚本として再現・再構築し、またそれこそ「意味の分からない」不幸が襲ってきた時も、物語によりそれを乗り越えようとする。フィクションが人の生活、人生を直接的に助けることはあまりないだろう。しかし、折れそうな心をフィクションが支えたり、迷っている人の背中をフィクションがそっと押すこともある。それこそ、「双子」のような人生の変化もありうるのだ。

幸せになるためのイタリア語講座 デラックス版 [DVD]
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ジェネオン エンタテインメント
2004-09-03



『ザ・サークル』

 派遣社員をしていたメイ・ホランド(エマ・ワトソン)は親友アニー(カレン・ギラン)の尽力を得て、世界最大手の巨大SNS企業「サークル」に就職する。新サービス「シーチェンジ」のモデルケースに抜擢されたメイは、サークル社が新たに開発した超小型カメラによって自身の生活を24時間公開する。コンテンツは大人気でフォロワーは1000万人越え、メイは世界中の人気者になる。やがてサークル社は、世界中に設置したカメラとフォロワーの力によって、会いたい人をすぐに探し出せるというサーチサービスを発表する。原作はデイヴ・エガーズの同名小説。監督はジェームズ・ポンソルト。
 見ている間は退屈というわけではないが、見終わった後の印象が薄い。サークル社やそのサービスの設定には既視感がある(実際に類似した設定が出てくる過去のSF作品は色々とあるだろう)。そのもう一歩先へ、というほどの踏込みは感じられなかった。現実の世界もこれに似た状況に近づきつつある(私に実感がないだけでかなり近いのかもしれないけど)んだろうし、新しさみたいなものはあまり感じない。少し未来の世界設定を描きたいのか、メイという人間とその周囲の人間を描きたいのか、どっちつかずでどちらも薄味に思えた。あまり人間ドラマに寄って行っても面白くない類の話ではあるのだが、少し未来の世界を見せるには実際の現状に近すぎるのかな。また、サスペンス部分が少々大味(チートキャラを出すとシステム上簡単に話終わっちゃう・・・)。
 現実的にも、諸々可視化され、記録され、その引換として利便さ・安全さが提供されるという社会への違和感は、10数年前に比べると大分薄くなっているように思う。作中、子供にチップを埋めて犯罪被害に遭わないか監視するという社員に対して、メイは最初冗談かと思う。しかし社員は大真面目だ。プライバシーと安全・利便を天秤にかけると、安全・利便の方が(特にテロが頻発するようになった世の中では)重く見られるのはしょうがないのかもしれない。とは言え、実際には現状ではまだ気持ち悪さを感じる人の方が多いのかなと思う。本作はそのもう少し先を描いているのだ。
 作中の世界では、個人、プライベートの有り方が従来とはどんどん変質してきている。ここは他人に見られたくない、明かしたくないという領域は誰しもあるだろう。しかしなぜ見られたくないのか、明かしたくないのかという部分は、合理的な説明がしにくい。サークルはそこに付け込んでいるとも言える。これは人間個々の感性・環境によって違うとしか言いようがなく、それを統一されたらすごくストレス感じる人も多いだろう。サークルに入社したばかりのメイに同僚2人が「ガイダンス」に来るのだが、この2人の胡散臭さ(そう思わない人ももちろんいるだろう)たるや。他の社員との「繋がり」、社内のアクティビティーへの参加をやんわりと強要されるのだが、もうこの部分だけで御社悪い意味でやばいです・・・という気分に。オフィシャルとパーソナルの領域の切り分けを許さない社風なのね。サークル社が目指すのがそういった「繋がる」社会だというのなら、私にとっては地獄だわ・・・。


ザ・サークル (上) (ハヤカワ文庫 NV エ 6-1)
デイヴ エガーズ
早川書房
2017-10-14


ザ・サークル 下 (ハヤカワ文庫 NV エ 6-2)
デイヴ エガーズ
早川書房
2017-10-14



『セントラル・インテリジェンス』

 高校時代は学園のスターだったカルヴィン・ジョイナー(ケビン・ハート)だが、20年後の今は会社勤めのしがない会計士。高校の同級生だった妻は同窓会を楽しみにしているが、カルヴィンは気乗りがしない。そんな時、高校時代にぽっちゃり体型のいじめられっこだったボブ・ストーン(ドウェイン・ジョンソン)から連絡が入る。20年ぶりに再会したボブは、筋骨隆々で強面のCIA捜査官になっていた。裏切り者の濡れ衣を着せられ追われているというボブと、なりゆきで一緒に逃げるハメになるカルヴィンだったが。監督はローソン・マーシャル・サーバー。
 これは「当たりの時の午後ロー」案件だなぁ。TVで吹替え版放送されている様が目に浮かぶ!107分という時間のコンパクトさも含め、気楽な娯楽作品としてのちょうどよさがある。アクションの見せ方がちょっと古臭く洗練されていないところも何となく午後ローっぽい。ボブとカルヴィンが組織に追われるというサスペンス要素はあるものの、大分ユルいし情報提示の仕方がごちゃごちゃしているせいで、そもそも何を調査していたんだっけ?と見失いそうになった。ボブが切れ者のはずなのに根本的な所で簡単に騙されていないか?という所も含め。とは言え、ジョンソンのスター性もあって愉快な作品に仕上がっている。何より、作品の大元にある精神が真っ当で安心して見ていられた。
 冒頭の高校生時代のレセブション部分で、カルヴィンの人としての真っ当さ、常識人である様が提示される。現在のカルヴィンは決してかっこよくはないが、冒頭のあのエピソードがあるので、この人は本来ちゃんとした人だという信頼感が持続するのだ。「いじめ、ダメ絶対」という指針は一貫しているし、いじめた奴が絶対悪いんだというスタンスなところもほっとした(本作のいじめっ子は心底クズである)。ボブのトラウマは大分ベタ、コミカルな形で表現されるが、彼にとっては深い傷であり克服できないということは切実に伝わる。彼の背中を押すのは、ボブにとってのヒーローであるカルヴィンだ。カルヴィンをスター扱いするボブのはしゃぎっぷりは、青春やり直し版みたいで少々イタいし、カルヴィンとしても気恥ずかしく居心地悪そう。それでも、カルヴィンがボブにしてあげたことは、彼にとってはちょっとしたことかもしれないが、ボブにとっては人生変えるくらいの大きな意味があったのだ。
 ユニコーンのキャラグッズとパンケーキが好きな中年男性がアメリカだとどういうイメージで見られるのか、いまひとつつかめないんだけど(すごくガーリー、ってことでいいのかな?)、ロック様、ユニコーンのTシャツも甘いものも結構似合っている(笑)。

なんちゃって家族 [DVD]
ジェニファー・アニストン
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-02-04


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パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2014-09-10


『セブン・シスターズ』

 2073年、人口過多と食糧不足に悩まされるヨーロッパ連邦は、厳格な一人っ子政策を発令、1人目以降の子供は親元から引きはがされて冷凍保存されるようになった。七つ子として生まれたが祖父(ウィレム・デフォー)に匿われ全員成人したセットマン姉妹は、週に一日ずつ外出し、1人の人物「カレン・セットマン」(ノオミ・ラパス)を演じて生活していた。しかしある日、「月曜日」が帰宅せず姿を消す。残された6人は月曜日を探すが。監督はトミー・ウィルコラ。
 ある事実が明らかになった時点で、失踪事件の真相は大体見当がついてしまう。ミステリとしてもサスペンスとしても割と大味だ。ただ、人口管理社会の世界設定が結構えぐく、思っていたよりもシリアスなトーンだった。政府による人口統制は非人道的だが、そうでもしないと現状の人口を社会は支えることができず、子孫の為の「豊かな世界」を残すことも難しい。どちらを選んでも出口なし!という惨酷さだ。ある人物の動機が明らかになると更にやりきれない。色々なものを両天秤にかけていく話なのだ。
 姉妹の祖父は、家族のあり方を一律に規定する全体主義的な政府のやり方に反旗を翻し、姉妹を密かに育てる。しかし7人が1人の人物を演じるというやり方は、姉妹にそれこそ家庭内での全体主義的な共同責任、一律であり「個人」ではないことを強いることになってしまう。個々が存在するために個を否定しなくてはならないのが皮肉だ。そこから「個」に立ち返る為の闘いを本作は描いているとも言える。
 7人姉妹を1人で演じるラパスが見事だ。1人で演じているから当然同じ顔、同じ姿なのに、全く別人に見える。衣装やメイクだけではなく、ちょっとした動きの違いで別人に見えるという部分が大きい。ラパスは日本でウケるような美人、可愛いルックスというわけではないが、顔つきに存在感があっていい。個でいられなくなった姉妹を個性の強い女優が演じるというあたりも面白かった。

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ポニーキャニオン
2016-11-16


すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
オルダス・ハクスリー
早川書房
2017-01-07



『先生!、、、好きになってもいいですか?』

 高校生の島田響(広瀬すず)は、クールで生真面目な世界史教師・伊藤貢作(生田斗真)に恋をする。不器用ながらも伊藤に思いをぶつける響。伊藤は響に惹かれるが、教師という立場から彼女と距離を置こうとする。原作は河原和音の大ヒット漫画『先生!』。監督は三木孝浩。脚本を『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』の岡田磨里が手がけた。
 映画(だけじゃないけど)は万人に開かれたものではあるが、やはり大抵の場合メインターゲットは設定してあり、またある年齢の時に見たからこそ響く作品というのもあるだろう。本作、響たちと同年代で見たら初恋の高揚感にきゅんきゅんしたかもしれないけど、いい大人、というかむしろ響たちの保護者に近い年齢になった身で見ると、なかなかしんどい。もう初恋できゅんきゅんとかしないからさ・・・。ストーリーと登場人物の行動原理がシンプルすぎるのもきつかった。長編漫画を2時間の映画にまとめているからという面もあるだろうが。
 また、若者の無鉄砲さと視野の狭さにはイライラするし、保護者目線になっちゃうと伊藤それはいかん!いかんぞ!と諌めたくなってしまう。教師と生徒の恋愛って、生徒側の年代だったころはちょっと憧れるし大人が素敵に見えたりもしたが、いざ大人になってみると、そこちょっと我慢しろよ!と思っちゃう。その時代を過ぎてみないとわからないわけだけど、「今」だけじゃなくてこの先長いぞ・・・という目で見てしまうのだ。映画のせいではなく、映画を見る自分の立場が変わったからこそのイライラなのだが。映画としては、ごくごく手堅く仕上げており、中高生が友達同士で見るにはちょうどいいのではないかと思う。
 ただ本作、教師と生徒の恋愛を描きつつ、やはり大人には責任があるのだという部分は一応ふまえており、そこには好感持った。「大人」としての振る舞いを美術教師の中島(比嘉愛未)が担っていたように思う。真剣なら許されるというわけではない、という浩介たちを諌める言葉は、高校生の時はわからないかもしれないけど、後々考えてみるとあの先生真っ当だったんだなと思えるものでは。同僚とのデート現場を目撃された時の態度も、大人はこのくらい堂々としらばっくれないとなというもの(笑)。あそこでうろたえる関矢先生は小物すぎる。



俺物語!!(通常版) [DVD]
鈴木亮平
バップ
2016-04-27


『静かなふたり』

 地方からパリへ引っ越してきたマヴィ(ロリータ・シャマ)は友人のアパートに居候しているが、彼女の恋人が頻繁に出入りをしている部屋では落ち着けずにいた。ある日、カルチェ・ラタンの古書店で従業員募集の張り紙を見たマヴィは、店主ジョルジュ(ジャン・ソレル)に雇われ、古書店の2階に間借りすることもできた。2人は親子ほどの年齢差があるが、徐々に惹かれあう。しかしジョルジュの過去には秘密があるようで、不審な男が店を訪ねてくる。監督はエリーズ・ジラール。
 若い女性と年配男性とのラブストーリーには、個人的には見ていてあまりいい気がしないことが多い。往々にして男性側の欲望が出過ぎているように感じられるからだ(もちろん必然性があって年齢差設定になっていることもあるが、特に意味なく女性が若いってケースの方が多い)。しかし本作にはそんなに嫌な感じはしなかった。ジョルジュは気難しいがマヴィとは対等に接するし、彼女を脅かすような振る舞いはしない。マヴィもジョルジュにはあまり遠慮しないし結構ずけずけものを言う。
 マヴィとジョルジュの関係は都合が良すぎて(何しろマヴィにとっては仕事も住家も恋人も一気に手に入る)、安直なマンガのようなのだが、本作そもそも、マヴィの想像・妄想が綴られているのではないかなという気もした。だとしたら安直で全然かまわないわけだ。パリの風景があまりに狙い澄ました「パリ」然としたものなのも、それなら納得がいく。
 マヴィは頻繁に「自分の為に」文章を綴る。作中随所でマヴィのモノローグやジョルジュとの会話の音声が流れ、それがナレーションとしてストーリー進行するのだが、この音声のみの部分はマヴィが作った物語なのではないか。マヴィにとって理想的な年上男性としてのジョルジュはこう言うだろう、というような、画面上に姿実際にを現すジョルジュとの齟齬を何となく感じる。映画としては他愛ないといえば他愛ない、ジョルジュの過去の設定等も中途半端なのだが、マヴィがあくまで「自分の為」に語るのであれば、その他愛なさこそが中核になる作品とも見えた。本作で切り取られるのはマヴィにとっての人生の隙間、インターミッションみたいな期間だろうから。

ベルヴィル・トーキョー Blu-ray
ヴァレリー・ドンゼッリ
2015


昼顔 Blu-ray
カトリーヌ・ドヌーヴ
紀伊國屋書店
2011-09-24


『7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー』

綾辻行人、歌野晶午、法月綸太郎、有栖川有栖、我孫子武丸、山口雅也、麻耶雄嵩著
 ミステリ小説分野で「新本格」と呼ばれる言葉が生まれて30年。この新本格ミステリブームを牽引した代表的作家らによる記念アンソロジー。
 久しぶりに講談社ノベルスを買った!一時は新本格と言えば講談社ノベルズだったもんなぁ。本格ミステリ自体が下火になっている近年だが、こうして記念企画をやってくれるのはやはりうれしい(が、一時期の盛り上がりを体験している身からすると寂しくもある)。新本格と言えばこの人、という作家が集まり、テーマは「名探偵」だが、それぞれの新本格ミステリの定義や、今本格をやるならこういう手でいくよ、というような技の出し方の差異に、それぞれ作家性が垣間見えて比較すると面白い。最もスタンダードな「本格」をやるのが有栖川と法月。そこから少しずらして小説のフレーム部分で仕掛ける歌野。本格ミステリの構造・機能に着目する我孫子と麻耶(麻耶は相変わらず開き直りなんだかやっつけ仕事なんだかわからないが)。本格に則ったパロディを披露する山口。綾辻が実在の(本作の執筆陣である)作家をキャラクター化したいわば内輪受け作品を出してきたのは意外だったが、これもジャンルへの愛着と作家同士の信頼感の賜物だろうから、ファンには楽しいだろう。我孫子先生の扱いが微妙にぞんざいなのは気になりますが・・・。それ以上に、ある人の扱いがなんだか別格で、えっ何その超絶信頼感・・・これは綾辻先生なりのデレなの・・・?!と衝撃を受けましたね。なお収録作中、私が最も新本格っぽいなと思ったのは歌野作品。






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