ネットフリックスで鑑賞。南北戦争が終結して5年。退役軍人のジェファソン・カイル・キッド(トム・ハンクス)は、各地を転々とし新聞の読み聞かせをして回っていた。道中、10歳の少女ジョハンナと出会う。彼女は6年前に実父母の元からネイティブアメリカンによって連れ去られ、ネイティブアメリカンの一員として成長したが、養い親たちも殺され独りぼっちだった。見かねたジェファソンは彼女を親戚の元に送り届けようとする。原作はポーレット・ジャイルスの小説。監督はポール・グリーングラス。
時代劇ロードムービーだがかなり地味で渋い。さすがグリーングラス監督と言うべきか。ジェファソンとジョハンナの旅は困難続きだが、困難の原因は自然環境によるものもあるし、人間によるものもある。西部劇のイメージで、土地は割と乾いている・どちらかというと水不足なのかと思っていたら、町の通りがぬかるみだらけだったり、水害が起きていたりと、意外と水難も起きている。また、人間のコミュニティの荒っぽさも際立つ。エリアごとに縄張り的に仕切っている自警団的な集団がいたり、当然人種差別や女性差別も激しい。また南部と北部の根深い対立がある。近年、トランプ政権下になってからアメリカ国内の分断が深まったと言うが、今に始まったことではなく元々いくつにも分断されていると言わんばかりだ。その分断が今に至るまでずっと続いているのだと。同じ白人、また南部の白人の間でも集団と集団の間の無理解と不寛容が根深いことが、随所に現れる。
ネイティブアメリカンが子供をさらう野蛮人と見なされていたり、ジョハンナを白人たちのコミュニティに取り戻すことこそが正しいとされているあたり、現代の視点から見ると危うい。当時の価値観としてはそれが普通だったわけだけど、もう少し見せ方の工夫があった方がよかったのでは、という気がした。ネイティブアメリカンの言葉や慣習を理解する女店主が出てきたり、ジョハンナが英語を覚えてジェファソンとコミュニケーションが取れるようになっていくあたりは、少々ストーリー上の都合という要素が鼻についた。
ジェファソンは新聞の読み聞かせをして回っており、ある種の啓蒙活動と言える。ただ、彼の姿勢は真実を伝えると言う意味の報道とは少々違う。どの記事をどのように紹介するかはジェファソンの一存であり、彼が聞かせたい、世界はこのようなものだと演出したい「お話」の披露に近い。ジェファソンは当時としては公平で視野も狭くはない人なのだろうが、それでも「彼が見た世界」の枠から外にははみ出てこないのだ。彼の物語に乗れない人とは当然齟齬が出てくるわけで、それがまた分断を生んでいくのだろうと思うとなかなか辛い。