3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名か行

『ガリーボーイ』

 ムンバイの貧しい家庭で育った大学生のムラド(ランビール・シン)。ある日大学で、MC Sher(シッダーント・チャトゥルベーディー)のフリースタイルラップを見たことで、ラップの世界にのめりこんでいく。監督はゾーヤー・アクタル。
 インドで活躍するミュージシャン・Naezyの実話を元にしたストーリーだそうだが、シンプルな青春物語として楽しいし清々しい。スター誕生!まではまだたどり着いていない感じの駆け出し感がいい。ムラドの家には、彼が大学に通う程度の経済力はなんとかかんとか維持している。が、ムスリムである彼らはインド社会の中では階層は下の方らしく、決して余裕はない。医者の娘であるガールフレンドとの階級差はありありと存在し、付き合いは秘密にしている。自分が生まれた境遇を受け入れそこから抜け出せるとは考えていない父親とのジェネレーションギャップも息苦しい。何より、ムラドの父親が二番目の妻(ムスリムなので一夫多妻が可能)を迎えるところからストーリーが始まるので、この家に帰りたくない…という気分がひしひしと伝わってくる。そういう文化圏とはいえ、自分と同年代の「義母」って気まずすぎるだろう!
 そんな息が詰まりそう、かつ将来の展望も見えない閉塞感を、ムラドは最初、表現することができない。ラップと出会い、ため込んでいた思いをリリックにし、音楽に乗せパフォーマンスするという、自己表現の方法を獲得していく。彼が何かを発信できるようになるというところが大事なので、音楽の世界でのし上がっていくのはまだ先の話だ。ライブパフォーマンスがどんどん力強くなっていく様にはやはりぐっとくる。彼の中にあるものに表現力が追いついていくのだ。
 ムラドはラップに関してはど素人からスタートするので、「修行」段階に結構時間を割いているところが面白い。言葉先行でリズムやグルーヴはあとからついてくるタイプなのだという流れを見せてくる。また、ムラドにしろその周囲の人たちにしろ、基本的に真面目だし良心的。兄貴分のSherへのなつき方がほほえましいのだが、Sher本当に面倒見良くて人情に篤いいいやつなんだよ…。

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『クロール 狂暴領域』

 試写会で鑑賞。大学競泳選手のヘイリー(カヤ・スコデラリオ)は、実家のあるフロリダに巨大ハリケーンが近づいており、父親と連絡が取れなくなっていると知る。売り出し中のかつての実家に訪れると、地下室で重傷を負い気絶している父を見つける。助けようとするが、彼女も何者かによって地下室の奥に引きずり込まれて足に重傷を負ってしまう。監督はアレクサンドル・アジャ。
 製作サム・ライミという安心感…。私はホラーやパニック映画の類はあまり好きではないのだが、本作は楽しく見られた(懐が痛まなかったというのもありますが…)。空き家の地下室に閉じ込められ、ハリケーンが近づいてくるので周囲に人はいなくなるし、洪水が起きて浸水してくるのは必須、さらにワニまで襲ってくる!というなかなかの盛りの良さなのだが、むしろストイックに見える。観客をハラハラドキドキさせびくっとさせるためのイベントの組み立て、舞台設定、仕掛けの入れ方が機能的で、システマティックな印象を受けた。とても機能的な映画だと思う。こうすれば行動範囲が狭まる、この方向に行かざるを得ない、等の条件の付け方が的確。
 ワニたちは大活躍するのだが、意外とスプラッタ要素は少なかった。ワニは怖いが、それよりも怖いのがハリケーンとそれに伴う洪水。ワニは何とか避けられても風と水は避けられない!正直、ワニに食い散らかされるよりも溺れ死ぬ、ないしは漂流物に激突する恐怖の方が生々しくて怖いんだよね…。
 ワニ&洪水と戦う一方で、疎遠だった娘と父親が関係を築きなおすというサイドストーリーがきいている。王道、ベタだがそれがいい。子供時代の体験、父親の言葉がここぞというところでリフレインされる。父娘の生き延びるためのガッツと崩れないファイティングポーズが熱く、爽快。

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『帰れない二人』

 山西省大同の裏社会で生きるビン(リャオ・ファン)と恋人のチャオ(チャオ・タオ)。対抗組織に襲われたビンを助ける為、チャオは銃を発砲する。5年後、景気を終えて出所したチャオはビンと連絡を取ろうとするが、彼からの返信はない。チャオはビンが働いているという長江を訪れるが。監督はジャ・ジャンクー。
 2001年から2008年まで、一組の男女の行方を追う。とは言えメインはチャオだ。チャオを演じるチャオ・タオが本当に素晴らしく、ずっと目を離せない。冒頭、若い衆に声を掛けられ振り向いた瞬間のギラっとした表情、ヤクザの「姐さん」としての立ち振る舞いの軽やかさや凄み。そして経年してやつれ感は漂い、何もなくしてもなお立ち向かうしたたかさと危うさ。10年間のチャオの変化の演じ分けが見事だった。
 本作はジャ・ジャンクー流の仁侠映画、女仁侠ものだろう。チャオは自分たちは渡世人だと度々口にする。一方、チャオは2人の関係に何か大きな岐路が訪れる、何か決断を下さねばならない瞬間がくると、自分からは切り出さずチャオが切り出すように仕向ける。ちょっとずるいのだ。ヤクザの親分としての度量はあるが、後半にはぼろぼろと弱さを見せていく。チャオはビンの一番ぶいぶい言わせていたいい時代を共にしたパートナーだ。そんな彼女に落ちぶれた自分の姿を見せるのは辛いだろう。しかしチャオ側にしてみたら、そういう時こそ支えあいかっこ悪さもさらけ出すのがパートナーというものではないかと言いたくなるだろう。
 チャオは一貫してブレがない。一度気にかけた相手は、たとえ情がなくなっても最後まで面倒を見るのが彼女の仁義だ。渡世人とはそういうものだと彼女は考えているのだろう。損得重視の世の中では損な性格、「かしこい」やり方ではないという人もいるだろう。しかしそんな彼女のりりしさが素敵だった。

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『グッド・ヴァイブレーションズ』

 1970年代、紛争の真っ只中にある北アイルランドではツアーにやってくるミュージシャンは激減し、ナイトクラブにも人は来なくなっていた。そんな中DJを続けるテリー・フーリー(リチャード・ドーマー)は、ベルファストにレコード店「GOOD VIBRATIONS」を開店する。ある日チラシを持ち込んできた若者に興味を持ったテリーは、興味本位で地元のライブハウスを覗く。そこで演奏していたパンクロックとそれによって団結し世の中に抵抗す若者たちに心打たれたテリーは、自ら音楽レーベルを立ち上げ彼らのレコードをリリースする。テリーの元には様々なバンドが集うようになるが。監督はリサ・バロス・ディーサ&グレン・レイバーン。実話を元にしたストーリー。クライマックスとなる2つのライブシーンに「いいライブ」感が満ち満ちておりちょっと泣いた。
 70年代~80年代初頭のアイルランドなのでIRAによるテロが続発しており、テリーのかつての友人たちも主義主張により袂を分かっていく。テリーは共産主義者や起業家や芸術家、様々な人たちがカソリックかプロテスタントかに二分されてしまったとぼやく。中立は許されず、どちらにも属さないテリー自身もかつての仲間に狙われ始めるのだ。そんな中、ベルファストでレコード店を開くという計画はかなり能天気に思えただろう。カソリックもプロテスタントも関係ない、ロックへの愛は境界を越え生きる希望になるのだという彼の生き方に、目を覚ませという人もいる。しかしテリーは無鉄砲とも言える行動力と楽天性でどんどん実現していく。一緒にいる人は経済的にも精神的にもかなり大変そうだけど、彼みたいな人が世の中を変えていくのかもしれないなと思った。
 レコード店立ち上げの時にカソリック派とプロテスタント派を集めたときのやりとりや、バンドのツアー中に「カソリックとプロテスタントがつるんでいるのか」と警官に驚かれる様は、彼の理想が現実になった瞬間だろう。それはすぐにとん挫するかもしれないが、そしたらまたやり直せばいいのだ。エンドロール前のテロップで実在のテリーのその後が説明されるが、「やりなおせばいい」精神が一貫していて笑っちゃうくらい。なかなかここまでできないよな。負けつつ勝つ、みたいな生き方だ。
 とは言え、テリーが目の前の責任や現実から逃げがちな人だというのも、金策や妻子との関係に如実に表れている。ここは決して褒められたものではない。面白いもの、すごいものの方に夢中でそれ以外には目がいかない。彼はパンクキッズらの信頼を得るが、彼自身も子供だったからだろう。もうちょっと立ち回りや周囲への目配りが「ちゃんとした大人」だったらレーベルもショップも長持ちしたかもしれないけど、パンクキッズらの信頼を得られていたかはわからない。




『ガーンジー島の読書会の秘密』

 第二次大戦中、チャンネル諸島のガーンジー島はイギリスで唯一、ナチスドイツに占領されていた。厳しい生活の中、若い女性エリザベス(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)が開く読書会は友人たちの心の支えになっていた。戦後、読書会のことを知った作家のジュリエット(リリー・ジェームズ)は記事にしようと島を訪ねるが、エリザベスの姿はなく、読書会のメンバーも口をつぐむ。彼らはある秘密を隠していたのだ。原作はメアリー・アン・シェイファー&アニー・バロウズの小説、監督はマイク・ニューウェル。
 精神的にも物理的にも自由が制限される中、読書会が心のよりどころになっていく気持ちはとてもよくわかる。ジュリエットもまた、辛いことがあっても生き続ける為に読書を必要とした(そして作家になった)人物だ。ジュリエットがエリザベスたちの読書会に共感を覚え、それを記事にしたいと思うのは自然だし、彼女が読書会の仲間として受け入れられていくのも納得。とはいえ、読書会メンバーに対するエリザベスの最初のアプローチはかなり強引なようにも思った。この行動力が作家としての美点なんだろうけど、触れられたくないことに不用意に触れようとしているように見えてハラハラしてしまう。彼女が読書会メンバーの過去に踏み入っていく過程の描かれ方があまりきめ細やかではないので、強引な人に見えてしまうし、ドーシー(マーク・レイノルズ)とのロマンスもとってつけたように見えてしまう。
 読書会がひとつの鍵になっている作品だが、読書や読書会を愛する者から見ると、読書成分が全然足りない!多分原作にはもっと書名や書物からの引用が出てくるんだと思うのだが、映像作品で読書の楽しみを表現するのはなかなか難しいのかもなぁ・・・。映画としてはどちらかというとロマンスに比重を置いているので、そこで好みが分かれるかもしれない。 戦中の辛さの描写もそれほど出てこないし。なお読書成分についてはエンドロールで若干フォローがあるが、出来ればこういう要素が全編に欲しかった。
 ガーンジー島で全てのロケが行われたわけではないそうだが、風景が素晴らしい。港から見える斜面に張り付いたような街並みもかわいらしいのだが、海に臨んだ草原や崖、生い茂る木々などここを延々と歩きたい!という気持ちになってくる。

ガーンジー島の読書会 (上)
メアリー・アン・シェイファー
イースト・プレス
2013-11-29






ガーンジー島の読書会 (下)
メアリー・アン・シェイファー
イースト・プレス
2013-11-29

『工作 黒金星と呼ばれた男』

 1992年、北朝鮮の核開発により南北の緊張は高まっていた。軍人のパク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は核開発の実態を探るため、黒金星(ブラック・ヴィーナス)というコードネームの工作員として、商人を装い北朝鮮に潜入する。北朝鮮の対外交渉担当・リ所長(イ・ソンミン)の信頼を得ることに成功し、金正日との面会にまでこぎつける。しかし1997年の韓国大統領選挙の動向により、思わぬ横やりが入る。監督はユン・ジョンビン。
 実話を元にしており、ソギュンの活動に大きな影響を与える大統領選が1997年。ごく最近の話だということにまず驚いた。素材となった事件が起きてから映画化までの期間が案外短いことにも驚く。
 ソギョンは祖国・韓国の未来の為に命を危険にさらし、諜報活動を続ける。韓国の商人で販路拡大を狙っているという設定で立ちまわるものの、北朝鮮の軍人には信用されず、監視の目は厳しい。かなりひやっとする瞬間も多々あり、スパイ映画としてスリリング。しかしその一方で、リ所長との間にはある種の絆が育っていく。ソギョンは韓国、リ所長は北朝鮮を祖国としており立場は違うし利害関係が必ずしも一致するわけではない。しかし、自分の祖国を愛し、その未来を案じているという共通点がある。この国を、この世の中を少しでも良くしたいという意味での愛国心が2人を結びつけるのだ。リ所長の「(ソギョンを)信じるしか方法がない」と言う言葉、ソギョンの「冒険しませんか」という誘い、どちらも相手がソギョン/リ所長でないと出てこない言葉だろう。立場上それをおおっぴらにはできないものの、お互いに共感と信頼がある。それが導く終盤での2人のやりとりには胸が熱くなった。立場が違う2人が同じ方向を見て、同じ夢を見るのだ。その夢を2人が諦めていないことがわかるあるシーンにこれまたぐっとくるのだ。
 ソギョンの任務を阻む最大の敵が、彼に任務を命じた政府であるというところが皮肉であり怖いところでもある。政府が守ろうとしているのは現政権であって、国家・国民の未来ではないのだ。国と政権とは別物で、政権を守ることが愛国心というわけではない。ソギョンもリ所長も、当時の政権から見たら反逆者なのかもしれないが、彼らは間違いなく愛国者なのだ。

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 『ゴールデン・リバー』

 ゴールドラッシュに沸き立つアメリカ。腕利き殺し屋兄弟のイーライ・シスターズ(ジョン・C・ライリー)とチャーリー・シスターズ(ホアキン・フェニックス)は、政府から内密な依頼を受け、黄金の見分け方を発明したという化学者ハーマン・カーミット・ウォーム(リズ・アーメッド)を追う。連絡係のジョン・モリス(ジェイク・ギレンホール)からの手紙を頼りにウォームの後を追うが、事態は予想外の方向へ。原作はパトリック・デウィットの小説『シスターズ・ブラザーズ』、監督はジャック・オーディアール。
 原作小説よりもむしろ『シスターズ・ブラザーズ』という題名に合った内容のように思ったが、映画邦題がそうではないのは皮肉。ゴールデンリバーからはむしろ遠のいているような気がするんだような・・・。ともあれ、自分にとって原作で不発だった部分が映画では上手く補完されており、面白かった。
オディアール監督は「つかの間の夢」みたいなものを扱うストーリーに拘りを持っているのかなと思った。理想主義的な ウォームのコミューン構想にモリスが引き込まれていくのも、4人がやがてひとつの共同体のようになっていくのも、つかの間の夢だ。シスターズ兄弟の「無敵の殺し屋」という肩書自体がつかの間の夢のようなものかもしれないが。監督のほかの作品でも、この一瞬がずっと続けばいいのにというような、多幸感あふれる瞬間がしばしば見られる。が、それはつかのものでありいずれ終わるのだ。
 とはいえ、シスターズ兄弟にとっては、廻り廻ってあったはずのものを取り戻す、父親によって奪われた安心感、脅かされずに日々を過ごす場に辿りつく話でもあるから、オディアール監督、少し優しくなったのだろうか?父(的なもの)を殺し、あるいはそういうものを捨て逃げ続ける男たちの姿はしんどそうでもある。逃げ続けるということは、一か所に留まれないということだ。とはいえ、父親なんていずれ死ぬからな!と言わんばかりのいうドライさがあり、いっそユーモラスでもあった。そこ戦うところか?という問いかけのようでもある。
 シスターズ兄弟の密着していたい/離れたいというジレンマがつのる一方、モリスとウォームは密着したいがしてはいけないというジレンマに苛まれる。ウォームの「友達になりたかった」という言葉が切ない。双方あそこまでやったらもう友達決定でいいのに!また、イーライは意外と繊細でよく者を考えており、モリスとウォームとも通じ合う部分がある(当時としては「おしゃれ」だったらしい歯ブラシを使っていることで、なんとなくイーライとモリスの距離が近づくのがおかしい)。そこにチャーリーはなかなか交ざれず、殺し屋から足を洗いたいというイーライの希望も受け入れられない。だが4人の間には危ういバランスが保たれる。彼らを取り込んだのは黄金の夢ではなく、共同体という夢だったようにも思った。
 西部劇だが、この時代のテクノロジーがどのくらい進んでいたのか、生活文化の様子が垣間見られるところが面白かった。前述した歯ブラシの登場や、イーライがホテルの水洗トイレに驚いて思わずチャーリーを呼んだり、路上駐車している馬車からおそらく冷蔵庫用の氷が荷降ろしされるシーンがあったりと、細かい所がなかなか物珍しかった。

シスターズ・ブラザーズ (創元推理文庫)
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2014-12-12






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『Girl ガール』

 ララ(ビクトール・ポルスター)はバレリーナを目指し難関バレエ校に入学する。しかし体のコントロールは難しく、クラスメイトからの嫌がらせもうけ、焦りは募っていく。監督はルーカス・ドン。第71回カンヌ国際映画祭カメラドール、最優秀俳優賞受賞作。
 ララはトランスジェンダーで、手術を受ける意思は固く、ホルモン治療も始めている。父親は彼女を娘として尊重し愛しており、主治医やカウンセラーも親身になっている。しかし、それでも彼女の苦しみを周囲が理解しているとは言い難い。いや客観的には十分理解しているように見えるし、彼らの愛情や思いやりは本物だ。ただ、ララ当人にとっては十分ではない。彼女は家族の愛情や医師らの配慮があることは重々理解しているが、それらの愛や思いやりは、彼女の「今ここ」にある苦しみを解決するものではないし、彼女の苦悩は周囲と分かち合えるものではない。だから「大丈夫」と言うしかないのだ。彼女の「大丈夫」が嘘だと気づいている父親との距離感が痛ましい。どちらのせいというわけではなく、そういうふうにならざるを得ない問題だということなのだろう。自分の体のことは自分以外には実感としてわからないだろうという、ララの諦念すら感じる。それが終盤でのある決断に繋がっていくわけだが、子供の苦しみを見続けなくてはならない(そこに介入できない)親も辛いだろうと思う。
 身体に関わる問題はデリケートなものが多く、特にララが抱えているようなものは、周囲が無遠慮に触れていいものではないだろう。ララのクラスメイトたちは一見、フラットなように見えるし、ララを「女性」として仲間に入れているように見える。しかし、学校でのララは笑顔でいても常に緊張し、何かに脅かされているように見える。トイレにいかなくてすむように激しい運動の時も水を飲まず、レッスン後は体の処理の為にトイレに一人こもる。自分の体のコントロールがそもそもきついのだ。加えて、何かの拍子にクラスメイト達のからかい、悪意が噴出する。誕生会での「見せなさいよ」という言葉の心なさ。彼女らにとっての自分の体と、ララにとっての自分の体は意味合いが全然違うし、「見せる」意味合いが全然違う。そもそも他人の体を見せろというのが問題外なんだけど・・・。このシーンがほんとうにきつくて気分悪くなってしまった(それだけ映画に訴えてくるものがあったということだが)。
 セクシャリティのことも、バレエを続けることも、ララにとっては自らの体の違和感との戦い、肉体を意思で屈服させていくことだ。バレエ講師は体を開放して、という様なアドバイスをするが、ララにとってはそれは到底できないことだというのが皮肉だ。

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『神と共に:第二章 因と縁』

 1000年で48人の使者を転生させた冥界の使者カンニム(ハ・ジョンウ)、ヘウォンメク(チュ・ジフン)、ドクチュン(キム・ヒャンギ)。あと1人転生させれば自分達もまた転生できある。転生の可能性がある最後の貴人はジャホンの弟スホン(キム・ドンウク)だが、彼は一度怨霊と化しており本来なら裁判を受けるまでもなく地獄行き。閻魔大王は現世からソンジュ神(マ・ドンソク)を連れ戻せば裁判を行うと条件を出す。監督はキム・ヨンファ。
 第一章では、地獄めぐりアトラクションであると同時に、ジャホンとスホンとその母に一体何があったのかという家族のドラマが盛り込まれていた。第二章ではアトラクションぽさはぐっと後退(とはいえスホンが怪魚の餌にされる、それ必要ですか?と言いたくなる珍妙な件はあるんだけど・・・)し、使者たちの前世の因縁が前面に出てくる。サブタイトルの通り、正に因と縁が盛りに盛られている。あの人とこの人については予想していたけど、最後の最後まであんな人まで絡んでくるの?!盛り過ぎじゃない!?ともうおなかいっぱい。一方で現在のソンジュ神と彼が守護する老人、その孫とのホームドラマ的な、コミカル人情話が展開していく。第一章もそうだったけど、とにかく振れ幅が大きくて楽しいけどちょっと疲れた。
 使者たちの前世をしるソンジュ神は、「記憶を奪うなんて残酷だ」と漏らす(使者たちに前世の記憶はない)。この「残酷」というのが、誰にとってのものなのか、一体誰の為の裁判なのかちょっとミスリードさせている部分もあり、ミステリ的な面白さ、そして痛切さがあった。確かにこの状況は、ある人にとってすごく辛い。前世の様子がわかってから第一章、第二章を振り返ると切なさ倍増だ。一章二章通して、誰が誰に対して思う所があるのかということを、重層的に見せていく構成になっている。
 悪人はいない、いた場所が悪かったという(ような意味の)ある登場人物の言葉が印象に残った。使者たちも、ジャホンもスホンも、全く清廉潔白というわけではなく、登場人物のだれもが何かしら重荷を背負っているし、かなり非道なことをやってしまった者もいる。それでも根っからの悪人はいない、シチュエーションが違えば善性を発揮できるとするところに強いヒューマニズムを感じた。

悪いやつら [DVD]
ハ・ジョンウ
ファインフィルムズ
2014-01-07





『きみと、波にのれたら』

 子供の頃からサーフィンが好きで、海洋大学への進学を機に海辺の町に引っ越してきたひな子(川栄李奈)。火事騒動がきっかけで消防士の港(片寄涼太)と知り合い恋に落ちる。お互いかけがえのない存在になっていくが、ある日海でおぼれた人を助けようとし、港は亡くなった。ショックが大きくサーフィンはおろか、海を見ることもできなくなったひな子。しかしある日、2人の思い出の曲を口ずさむと、水の中に港が現れる監督は湯浅政明、脚本は吉田玲子。
 堂々と真面目に恋人同士がいちゃいちゃする、真正面からじゃれあうアニメーションて日本では意外となかった気がする。本作、前半は2人のいちゃいちゃ、好きで好きでしょうがない!愛おしい!という感情の昂揚・交換をど直球で描いていて、ひねりのなさが逆に新鮮だった。こういうことを近年の日本アニメが避けてきたということなのだろう。四季を通して2人の距離感が変化していく様を瑞々しく描く。このパートをしっかりやっているから、港を失ったひな子の辛さ、取り乱し方に説得力が出るのだ。
 ひな子は水の中で港と再会でき、また一緒にいられるととても喜ぶ。落ち込んでいた所から一気に浮上するのだが、彼女の姿はとても危うく見える。他の人たちに港の姿は見えない。ひな子が悲しみのあまり自分の世界に閉じこもり、港の幻想を追い続けているとも言える。どんどん死の側に引き寄せられていくのだ。映画のトーンはポップでファンタジックだが、実はホラー的な要素がかなり強いと思う。全くジャンルは違うが黒沢清監督『岸辺の旅』を思い出した。港との繋がりが非常に強かったひな子には、生の側に引きとめてくれる存在がいない。彼女のことを心配する友人や港の後輩、妹の声も、彼女に届かないのだ。彼女が生の側に留まるには、自分自身で道を見つけ「波にのる」しかない。
 彼女が再び「波にのる」までを描く、ひな子の喪の仕事とも言えるのだが、ある地点で、もう彼女は大丈夫だなと思えるシーンがある。それまで水の中の港を見続けていたひな子が、ある時点で彼を見なくなる、波の方向、前方を見つめるのだ。こういう登場人物の心の軌道をさりげなくちゃんと描写しているところが、本作の良さだと思う。これは脚本の力なのか、絵コンテの力なのか。
 乗り物に乗って移動するシーンがどれも良かった。移動している主体の視点で動いていく風景が鮮やか。自動車にしろ自転車にしろサーフボードにしろ、それぞれ(その乗り物自体の造形も込で)魅力があった。なお、最も少女漫画感を感じたのはひな子の住む部屋のデザイン。広い!おしゃれ!大学生にこんないい部屋住めないんじゃないか・・・。しかし他の部分はロケハンばっちりでリアルなのに、ひな子の部屋のみ雰囲気優先で作っている所に拘りを感じた。そうかこういう方向の作品なんだなとここで納得した感がある。

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