3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名か行

『銀魂 THE FINAL』

 不死身の生命を持つ虚により地中のエネルギー・アルタナを吸い上げられ、地球滅亡が迫る中、かつての盟友、銀時(杉田智和)、高杉(子安武人)、桂(石田彰)は虚を阻止するために奔走する。一方、万事屋の新八(阪口大助)と神楽(釘宮理恵)や真選組の面々も、彼らを助ける為に立ち上がる。原作は空知英秋の同名漫画、監督・脚本は宮脇千鶴。
 『銀魂』劇場版3作目、かつ本当の最終回。本来ならアニメ版の最終回はTVシリーズとしてやるべきだったと思うのだが(劇場版はあくまでスピンオフ)、原作もまさかの終わる終わる詐欺かつ最終的には連載媒体移動したから、らしいといえばらしいのか…ある意味首尾一貫している。なんにせよ、アニメ化も最後まで完走できてよかったよかった。製作側の多大な努力とファンの熱意によるものだろう。いやーよく続いた…。アニメシリーズ放送開始に中高生だった視聴者はもう立派な大人ですよね…。
 銀魂と言えばギャグとパロディと悪ふざけ、特にアニメシリーズは製作会社(サンライズ)と原作版元(集英社)のコンテンツをフル活用していたが、今回は冒頭に集中している。正直、今回の笑いは冒頭の「これまでのおはなし」パートで使い切った感がある(作画力もかなり使い切っている)。元ネタのカラー原稿テイストを踏襲しておりクオリティが妙に高い。以降はかなりウェットなストーリー展開なので、ギャグを求める人には拍子抜けかもしれないが、銀魂のベースは割とオーソドックスな人情噺なので最終回としてはこれでいいのだと思う。
 キャラクターの人生にちゃんと決着をつけるという意味では、正しい最終回だったのではないかと思う。あるキャラクターについて、ああやっぱりこういう人だったのかと納得させられる所があり、シリーズを追ってきた者としては感慨深いし、彼のファンだったらなおさらだろう。いわゆる男のクソデカ感情が炸裂している。上映中に泣いているお客さんがいたが、そりゃあファンは泣くだろうなと思った。このパートのみ作画が力んでいる感じ(あとはTVシリーズとあんまり変わらないかな…)。
 なおシリーズ通して見た上で本作見ていると、銀時と高杉に比べると桂はあんまり屈折していない(変人ではあるだろうが)んですね…。何というか、精神が健やかな感じがするのが面白かった。



『国葬』

 1953年3月5日、スターリンの死がソビエト全土に報じられ、各地で大々的な追悼集会が執り行われた。国葬の様子を捉えた大量のアーカイヴ・フィルムから67年の時を越え構成した記録映画。監督はセルゲイ・ロズニツァ。
 ロズニツァ監督による「群衆」三部作のうちの一作。監督の作品は各映画祭で高い評価を得てきたそうだが、日本での劇場公開は初。本作が製作されたのは2019年だが、フィルムに映されているのは1953年当時の映像で、何だか不思議だ。現在の視点から当時の歴史的イベントを眺めるということになる。映画を見ている私たちはスターリンがどういうことをやった人で、歴史的にどのような位置づけ、評価をされたのか知っている(ただロズニツァ監督によると、ロシアでは現在でもスターリンの評価が定まっておらず、近年なぜかスターリンブームが再燃しているのだとか。謎だ…)。そういう視点で本作を見るとかなり不気味でもある。大粛清として多数の国民を死に追いやった独裁者がこのように追悼されるのか、追悼式に臨んだ国民は皆本気で悼み泣いているのだろうかと何とも言えない気になる。
 本作は「群衆三部作」であり、カメラは出席している当時の政府や海外の高官たち(あーこの後ほどなくして死ぬんだよなという人も…)も映すが、主眼はあくまで群衆、無数の国民たちに置かれる。スターリンの遺体が公開され大勢の国民がそれを「見に」来たという史実は知っていたが、ここまで大勢が押しかけていたとは…。そして当時様々な民族を配下に収めていたソ連の各地で同じようなイベントが一斉に行われていたというのも初めて知った。とにかく人、人、人!人の多さが暴力的な域に達している。私が人の顔を見続けるのが苦手というのもあるだろうが、数の暴力というものがあるんだなと実感する。そして、これだけの数の人間に各地で同じ行動をさせることができるというのが、独裁者の権力というものなんだろうと。量=ソ連という国家の一つの側面だったのかと実感する。
 そして、カメラが映しているのはあくまで見た目、情景だ。映し出される個々の人達が何を考え、どのような経緯をもってその場に臨んでいるのかはわからない。映像は表層的なものであるということを再確認する作品でもあった。内面がにじみ出ているショットとかついつい言ってしまうが、それは見る側(ないしは映像を編集した側)が勝手にそう解釈しているだけなんだよな。

スターリンの葬送狂騒曲(字幕版)
ジェイソン・アイザックス
2019-02-02




『薬の神じゃない!』

 上海で小さな輸入薬品店を営むチョン・ヨン(シュー・ジュン)は店の家賃も払えず、息子の親権は離婚した妻に取られそうになっていた。ある日、慢性骨髄性白血病患者のリュ・ショウイー(ワン・チュエンジュン)から仕事を持ち掛けられる。国内で認可されている理治療薬が非常に高価なので、安くて成分は同じインドのジェネリック薬を密輸してほしいというのだ。チョンは金ほしさに密輸販売に手を染める。ジェネリック薬の需要は予想以上で、チョンは密輸の為に仲間を集め事業を拡大していくが。監督はウェン・ムーイエ。
 2014年に中国で実際に起き、医薬品業界の改革につながった事件を元にしたドラマ。もっと泣かせにくるコテコテの人情噺なのかと思っていたら、意外とウェルメイドで抑制が効いている。泣かせすぎないところがいい。マスクを使った印象深い演出があるのだが、全員がマスクをしている今の世の中で見ると、本来の意味合いとはちょっとずれてしまいそうで微妙だった。これは全然映画のせいではないんだけど…。
 最初は金目的だった密輸がだんだん自分とは調節関係ない人たちの為のものになっていき、やがてお金の問題ではなくなっていく。というよりも、「自分には関係ない」ということなどなくて、この社会で生きている以上、自分のことでもある。チョンの認識がそのように変わっていく過程でもある。チョンにとっては客は金づる、密輸仲間は単なる仕事相手のはずだったが、段々そうではなくなっていく。客は自分たちの患者であり、密輸仲間は家族のような存在になっていく。何より、金で人間が選別されるのはおかしいじゃないかという考えに至ってくるのだ。
 チョンの奮闘は、本来は国がやるべきことをやっていないから自分たちがやる、少しでも住みやすい世界にしたいが為のことだ。それでも、自分の子供は海外に行かせることを選ばざるをえない。義弟と、俺たちはダメだったが子供の世代は…と話す姿が切ない。ただ、エンドロール前の字幕で、本当に世界はちょっと良くなったのだとわかる(よくなったから本作が製作・公開できたという側面もあるんだろうけど…)。少しずつの歩みが実を結んでいく。あがき続けないとならないのだ。

ダラス・バイヤーズクラブ [Blu-ray]
スティーブ・ザーン
Happinet(SB)(D)
2014-09-02


パッドマン 5億人の女性を救った男 [DVD]
アミターブ・バッチャン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2019-04-24


『鵞鳥湖の夜』

 2012年、中国南部の鵞鳥湖付近ではギャングたちの縄張り争いが激化していた。バイク窃盗団のチョウ(フー・ゴー)は、対立する組織の猫目。猫耳兄弟との揉め事に巻き込まれ、誤って警官を殺してしまう。指名手配されたチョウは自らにかけられた報奨金を妻子に残そうと画策し、妻の代理で来たという娼婦アイアイ(グイ・ルンメイ)と行動を共にするが。監督・脚本はディアオ・イーナン。
 緑とピンクのネオンにレトロな艶っぽさがあり、ちょっと90年代インディーズ映画ぽい(私の90年代イメージがそうだというだけなんだけど…)。『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(ビー・ガン監督 2018年)と雰囲気や色調が似ているのだが、最近の中国の若手監督の間ではこういうのが流行っているのか?
 夜に生きる裏社会の人びと、血みどろバイオレンス、交錯する男と女というフィルム・ノワール要素満載なのだが、男女間の情念が全く感じられない部分が新鮮。出会ったばかりのチョウとアイアイはもちろんだが、チョウと妻の間にも相互理解が全然なさそうなのだ。更に男性同士、ギャング仲間同士も共感や理解がほぼ感じられず、それぞれ孤独だ。ものすごくドライで、むしろ共感や信頼はお互いに拒んでいるような雰囲気すらある。唯一何らかの共闘ぽいものが感じられる2ショットが最後のあれ、というのも旧来のノワールとは違った味わいがある。
 基本シリアスなサスペンスではあるが、妙にユーモラスなシーンが多い。意図的なのか天然なのか謎だ。ギャングたちが真面目腐ってバイク窃盗講座をやっているシーンとか、乱闘が始まると元締めが勘弁して…って顔する所とか、まどろっこしい包帯の巻き方とか、それ何なの?!と突っこみたくなる。特にアクションシーンは凄惨なのにショットのつなぎ方にやたらとリズム感があってポップ。「傘」の使い方でつい笑っちゃったりするので困る。ユーモラスで笑っちゃうのに、テンポとスピード感の緩急が抜群でかっこよく見えてしまう。不思議な持ち味だ。

薄氷の殺人(字幕版)
ワン・シュエビン
2017-07-07


オンリー・ゴッド
クリスティン・スコット・トーマス


『後悔なんてしない』

 配信で鑑賞。田舎から上京し、工場の仕事と運転代行業を掛け持ちしていたスミン(イ・ヨンフン)は、身なりのいい男ジェミン(イ・ハン)に誘われる。後日、工場でスミンはジェミンと出くわす。ジェミンは経営者一族の跡取りで、リストラされる予定だったスミンの代わりに別の社員を解雇したのだ。スミンは激怒して工場を辞め、ゲイバーで働き始める。ジェミンはバーにも客として現れる。監督・脚本はイソン・ヒル。2006年の作品。
 今から十数年前の作品なのだが、同性同士の恋愛をセックス込みでがっつり描いた韓国映画は、当時はまだ珍しかったのでは(現在も韓国映画ではあまり見ない気がするが、私は韓国映画あまり見ていないからな…)。当時の同性愛に対する世間の許容度が垣間見え、息苦しい。ゲイ同士のコミュニティはあるがあくまで閉じられたもので、対外的に自身のセクシャリティをオープンにしているわけではない。ジェミンの両親は息子が同性愛者だと知っているが、「結婚はしてもらう」と言い渡す。黙認されてはいるが世間体が強固に横たわっており、その前では同性愛はないものとされているのだ。ジェミンが生きてきた世界では、同性愛者であることは社会からドロップアウトすることで、セクシャリティをオープンにすることと引き換えに社会的な地位や家業に由来する富は(少なくともジェミンの場合は)奪われる。現代ではもう少しオープンになってはいるのだろうが、両親の反応などはあまり変わっていなさそうな気がする(変わっていてほしいけど)。
 ただ、スミンとジェミンの間を阻むのは世間の目というよりも、社会的な格差の部分が大きいように思った。スミンには両親がおらず施設出身で、バックアップしてくれる環境がない。その困難さは、生まれながらにして経済力や一族の後ろ盾を「持っている」ジェミンにはぴんとこないのだ。自分のリストラ回避の為に他の社員を解雇したジェミンの行動にスミンが激怒するのは、札束で顔をひっぱたくような行為だからだろう。スミンがジェミンに惹かれつつ頑なに拒むのは、2人の関係には最初から金が介在しており、対等ではない、パートナーにはなれないからだ。2人の距離が近づいても何かの折に「金」が顔を出すのが辛い。なお、終盤の展開はさすがに盛りすぎな気がしたが、ここまでやらないと(お互い何もかもなくさないと)一個人同士として向き合えないということか。

後悔なんてしない(字幕版)
キム・ジョンファ
2020-08-12


怒り
妻夫木聡
2017-04-05



『カメレオンの影』

ミネット・ウォルターズ著、成川裕子訳
 英国軍中尉アクランドは、派遣先のイラクで頭部と顔面に重傷を負った。送還されたイギリスの病院で目覚めた彼は、それまで見せなかった暴力性をあらわにし、特に女性に対する極端な嫌悪感を示して周囲を困惑させていた。除隊した彼はロンドンに移り住むが、近所で男性を狙った連続殺人が起き、警察の尋問を受ける。
 アクランドは容疑者としてぴったりの人物に思えるし、彼は何か隠し事があるようで言動には不審な点が多い。人柄が豹変したのは脳の損傷によるものなのか?彼はいったい何を隠しているのか?警察の調書や精神科医らの所見を挟みつつ展開していくが、アクランド以外にも怪しげな人たちが続々と出てくるし、誰が嘘をついているのか、証言のどこが嘘でどこが真実なのか、どんどんわからなくなってくる。彼の元恋人も母親も、知り合いのホームレスや家出少年も、皆何かしら嘘をついているように思えるのだ。アクランドとはいったい何者なのかという方向に読者の関心は向くだろうが、そこでちょっとずらしてくるので意表を突かれる。意表のつき方が上手いかどうかはちょっと微妙なのだが…。様々な部分で「逆張り」を狙っているようなミステリ。誰がどんな嘘をついているのかという謎で読者をどんどんひっぱっていく。

カメレオンの影 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ
東京創元社
2020-04-10


悪魔の羽根 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ
東京創元社
2015-05-29


 

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』

 リヨンに住む銀行家アレクサンドル(メルヴィル・プポー)は、幼い時分に性的虐待をしたプレナ神父がいまだに子供相手の教室をもっていると知る。過去の出来事を告発すると決意したアレクサンドルは粘り強く教会にはたらきかけていく。監督・脚本はフランソワ・オゾン。
 オゾン監督はこういうタイプの映画も撮るのか!と新鮮な気持ちになった。実際に起こった事件、しかも裁判は続行中という背景があるので、ひねった演出にはせず、直球・率直な見せ方にしてきたのかもしれない。構成はかなりタイトかつ話の運びがスピーディーで、説明口調ぎりぎりの「わかりやすさ」。主人公が途中でいつの間にか交代していくことで、アレクサンドルが始めた活動がどんどん広がっていく過程が体感できる。被害者会が立ち上げられ、参加したメンバーが自分は一人ではなかった、仲間ができたと涙するシーンもある。ただそれは、声を上げられなかった被害者たちがこんなにもいたのかということでもあり、ぞっとするのだが。
 性犯罪被害は被害者が声を上げにくい、声を上げることによって更にダメージを負いがちだが、子供であればなおさらだ。自分が何をされたのか上手く言語化できないままで、ようやく言葉にできたら「昔のことを騒ぐなんて」とか「もう大人だから大丈夫でしょ」とか言われてしまう。これが法的にも大きなハードルになっているという点が残酷だ。言えないうちに時効を迎えてしまうのだ。作中でも、時効になっていない被害者を探すために被害者会も警察も奔走する。告発する、謝罪させるだけでなく「法的に裁く」ことが重要なのだが、社会正義の為であると同時に、カソリック教会の隠蔽体質は治らず自浄能力がないと見限ったからでもあるだろう。実際、枢機卿はアレクサンドルの話は聞くものののらりくらりとかわしっぱなしだ。
 カソリック文化の中では、そもそも性に関することを口にすること自体がタブーで言い辛い。また神父に対する信頼が非常に厚く、告発しても信じてもらえない、下手したら教区内で村八分という事情がある。神父もそれをわかったうえで子供に手を出すから悪質すぎる。現にアレクサンドルの両親は彼の訴えをまともに取り合わず、それが原因で親子の関係は冷え切っている。親のサポートが受けられた被害者も周囲から非難されたり、親の配慮が被害を受けた子供に集中し他の子供が「親を取られた」と恨みに思ったりという姿も描かれる。被害は被害者一人にとどまらず、そして深い。聖職者による犯罪は、信徒である子供の宗教的なバックボーンや大人に対する信頼を奪ってしまうのだ。
 なおアレクサンドルが自分の妻だけでなく子供たちに対して、自分が性犯罪被害にあったこと、それを訴えるということを説明するのが新鮮だった。子供たちもそれを理解して協力する。日本だとちょっと考えにくいな…。アレクサンドルの家庭が特に開かれているということで国民性とは関係ないかもしれないけど。


2重螺旋の恋人(字幕版)
ドミニク・レイモン
2019-02-06



『カセットテープ・ダイアリーズ』

 1980年代イギリスの田舎町ルートン。パキスタン系移民の高校生ジャベド(ビベイク・カルラ)は作家を夢見ていたが、閉塞的な土地柄や保守的な父親の元、鬱屈した日々を送っていた。ある日、同級生からブルース・スプリングスティーンのカセットテープを借りたジャベドは、生活の苦しみや怒り、夢を歌うスプリングスティーンの曲に心を打たれ、自分の人生を変えようとし始める。監督はグリンダ・チャーダ。
 ブルース・スプリングスティーンの音楽を駆使した音楽映画で、曲の歌詞もビジュアルとして画面に取り入れている。ジャベドがスプリングスティーンの曲に没頭すると、曲の歌詞が彼の周囲に漂ったり壁や塀に映し出されたりする。ジャドベが自分の生活と曲とを重ね合わせ、その中で生きているのだ。気分が高揚するとミュージカル風の展開にまでなる。若干素人っぽいが楽しく、音楽が誰かの人生に深く影響を与える、音楽と一緒に生きている感じがとてもよく出ている。どちらかというと野暮ったい、洗練されたとは言い難い作品ではあるのだが、王道の野暮ったさ故の良さみたいなものがあった。結構ご都合主義でもあるのだが(とんとん拍子にジャベドの文章が評価されるあたり)、それもまた楽しい。サッチャー政権下で失業にあえぎ、その反動で移民排斥運動が激化するイギリスの世相が背景にあり、そこはほろ苦いのだが。
 ジャベドはスプリングスティーンに心酔し、何をやるにもスプリングスティーンの曲がサントラ、自分の気持ちやシチュエーションを曲に乗せる。自分が抱えていたけど言語化されていなかったものが、曲の歌詞によってこれだ!と具体化されるのだ。それはそれで歌の力を感じされていいのだが、より感動的なのは、彼がスプリングスティーンの歌詞を手放し、自分自身の言葉で語りだす瞬間だ。「自分の物語を書く」とはそういうことだろう。ジャベドの学校の教師は、彼に何度も自分のことを書け、自分の言葉を書けと言い続けるのだが、それがクライマックスにつながってくる。
 自分の物語を書くのはジャベドだけではない。文字通りに「書く」わけではないが、彼の妹にも、親友にも、そして反目していた父親にも、それぞれの物語があり、それはないがしろにされるべきものではないと、ジャベドは理解していく。特に妹の「変身」は鮮やか。クラブのデイタイム営業っていいなー!パキスタンのクラブミュージックも楽しいし、クラブに同行したジャベドが途中でヘッドフォンを外し、妹が好む音楽の世界で一緒に楽しむのもよかった。人の音楽の好みは尊重すべきだとジャベドが気付くのも良い所。ジャベドの親友は流行のニューウェイブに夢中なのだが、それをバカにするのは違うよなと。80年代、既にスプリングスティーンが「古い」とされているのはちょっと意外だった。今聞いても古びていない、というか時代を感じさせにくい音楽なので。

闇に吠える街(REMASTER)
ブルース・スプリングスティーン
SMJ
2015-07-22


ベッカムに恋して
カーティス・メイフィールド
ワーナーミュージック・ジャパン
2003-03-26


『コリーニ事件』

 新米弁護士のカスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)は、大物実業家ハンス・マイヤー(マンフレート・ザパトカ)が67歳のイタリア人ファブリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)に殺された事件で、コリーニの国選弁護士を担当することになった。マイヤーは少年時代のライネンの恩人だった。全く接点のなさそうなマイヤーとコリーニの間に何があったのか。原作はフェルディナンド・シーラッハのベストセラー小説。監督はマルコ・クロイツパイントナー。
 ライネンはマイヤーとコリーニの繋がりを解き明かすために、過去の公文書を紐解いていく。調査する過程に結構分量を割いているのだが、公文書類がちゃんと保管されており公開されているって本当に大切なんだなと実感できる。記録は取れ!そして残して閲覧できるようにしろ!とどこかの国にも言いたくなる。
 「当時は事情が違った」「当時の価値観では普通だった」「組織に命令されただけだ」というのは、よく言われることだ。しかしそれは免罪符になるのか。でも今なら正せるじゃないか、あなたにはそれができるはずだと突き付けてくる作品だ。法律上時効があったとしても、過去の延長上にいる存在として、過去を検証し認識を正していく責任はあるのではないかと。ライネンは個人的な情や絆と倫理観との間で葛藤する。こういう部分と向き合い続けられるかどうかで、その文化圏の倫理性、文化の強靭さが分かれていくような気がする。
 ライネンがトルコ系移民だというのは本作の一つのポイントだろう。ドイツは彼の祖国ではあるのだが、そこでの彼はアウトサイダーだ。少年時代に同世代の子供からトルコ野郎!と罵倒されるシーンがあるのだが、そんなお気軽に罵倒されるものなのかとぎょっとする。その子供はライネンの幼馴染かつ親友となっていくのだが、彼、そして彼の家族の中にはそういう差別意識がずっとあったのではないか。何かの拍子でぽろっと差別意識が出てきそう(というか出る)のが怖い。

コリーニ事件 (創元推理文庫)
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
2017-12-11


手紙は憶えている(字幕版)
ブルーノ・ガンツ
2017-05-03


『凱里ブルース』

 凱里市の小さな診療所で、老齢の医者を手伝いひっそりと暮らすチェン(チェン・ヨンジン)。彼は服役していた時期があり、出所した時には妻はこの世にいなかった。また故郷の弟とも折り合いが悪く、可愛がっていた甥は弟の意向で他所にやられていた。甥を連れ戻し、医者のかつての恋人に思い出の品を渡すためにチェンは旅に出る。たどり着いたのはダンマイという小さな町だった。監督・脚本はビー・ガン。
 『ロング・デイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』が鮮烈だったビー・ガンの長編監督デビュー作。しかし本作品の構造は『ロング~』をほぼ同じで、本作が『ロング~』の原型である、ないしはビー・ガン監督にとっての物語の一つの原型がこういうものだということがわかる。自分の記憶の中のある人、もしかしたら自分のイメージの中にしか存在しない人を探して旅をする。その中で自分が自分の、あるいは誰かの記憶・イメージの中に突入していくような、入れ子構造が開始するような瞬間がある。『ロング~』では幻想的な長尺長回しシーンのインパクトが鮮烈だったが、本作でもそこそこの長回しが使われている。本作の方が地に足がついている(とうか手作り感の強い)が、町の地形を利用した視界の変わり方が新鮮で楽しかった。低予算故の面白さ(ここは所要時間を何度も確認したんだろうなーと感慨深くなるような)みたいなものを感じた。
 チェンの旅路に明確な答えは出ない。弟や甥との関係も、医者の恋人の思い出も「落ち」はつかずに漂い続ける。どこか夢の中の出来事のようでもあり、なんだかおぼつかない。チェンは誰かに会うために移動し続けるのだが、移動の目的よりも、この移動という動きそのものの方が「今ここにある」といった手応えを感じられる。景色が変わっていくのが気持ちよく、特に終盤の列車に乗っているシーンには、ああこの感じ!(自分にとって列車に乗って長距離移動する機会がとんとなくなっているのも一因かと思うが)と強烈ななつかしさを感じた。


薄氷の殺人
グイ・ルンメイ


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