3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名か行

『5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生』

 先天性疾患により視力の95%を失ってしまったサリヤ(コスティア・ウルマン)は、ホテルで働きたいという夢を諦めきれず、目が見えないことを隠して一流ホテルの研修生になる。姉や同僚のマックス(ヤコブ・マッチェンツ)らの助けを借りて研修課題をこなしていく中、ホテルに品物を下している野菜農家のラウラ(アンナ・マリア・ミューエ)に恋をする。監督はマルク・ローテムント。
 サリヤはホテルで働きたい一心で、障害を隠す為に全力で努力する。障害を克服した!すごい!という話とはちょっと違う(予告編ではそういう話に見えるけど)所が面白いし、誠実だと思う。彼にとって一番の「奇跡」であり「素敵な人生」であるのは、自分の障害をカバーするために尽力する家族や友人に恵まれたことではないか。
 序盤、ホテルの面接に合格するためにサリヤは姉と何度もリハーサルをする。この時の姉の指導の仕方が具体的で理にかなっているもので、とてもいい。サリヤは視力には不自由しているが、出来ることはたくさんある。姉は不自由な部分「だけ」を補助しようとするのだ。これはマックスも同様で、この2人のサポートの仕方、教え方は常に実践的だ。何か障害があってもやりたいこと、得意なことがあるのなら助けを借りればいい、周囲はサポートをするという姿勢が徹底している。サリヤは記憶力と聴覚に優れ、サービス業への適性は高い。一つの特徴によってその適性がないものにされてしまうのは、やはり勿体ない。これは、ホテルで皿洗いをしている難民男性にも言えることだ。彼は祖国では医者だったが、難民としての滞在ビザでは皿洗いしか仕事がない。これもまた勿体ない話だ。その解消の為に人の力を借りて何が悪いんだ?という話でもある。
 サリヤは障害がないかのように振舞うが、これは克服したというのとはちょっと違うだろう。視力によるハンデ、不得意は依然としてあるし、それによって一歩間違うと取り返しのつかない事態にまで追い込まれてしまう。「見える」ように振舞う必要がない社会が本当に豊かな社会と言えるのだろう。いい人ばかり出てくるけれど美談すぎるようには見えないのは、サリヤの限界も描いているからだ。彼は自分のことを理解して、最終的な選択をする。そして、サリヤの父親の姿を通して、家族・身近な人が必ずしも強いとは限らないということも描いている。これは運不運みたいなものなんだろうけど、家族・パートナーが強くいられるかどうかで当人の人生もだいぶ変わってしまうのかもしれない。

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2001-04-27


白バラの祈り -ゾフィー・ショル、最期の日々- [DVD]
ユリア・イェンチ
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2006-09-22


『キングスマン ゴールデン・サークル』

 イギリスの諜報機関キングスマンの拠点が、謎の組織の攻撃を受けて壊滅し、メンバーも次々消されていった。残されたのは一人前のエージェントとして活躍するようになったエグジー(タロン・エガートン)と技術担当のマーリン(マーク・ストロング)のみ。2人は同盟関係にあるアメリカの諜報機関ステイツマンに協力を求める。キングスマンを攻撃した組織は、、ポピー(ジュリアン・ムーア)率いる麻薬組織・ゴールデン・サークルだった。監督はマシュー・ヴォーン。
 小道具やキャラクターは相変わらず楽しいし、これはとっても萌えそう!というシチュエーションも多々あるのに、実際に見てみると今一つ気持ちは盛り上がらない、まあ退屈ではないけど・・・というのは前作と同じ(私にとって)。ある意味安定のマシュー・ヴォーン監督作だ。相変わらず悪趣味をおしゃれ感漂う見せ方にしているが、逆にイキってる感出てしまって鼻につく。ただ、音楽の使い方は相変わらず洒落がきいていて上手い。そこがまた鼻につくんだけど(笑)。最近「カントリー・ロード」が作中で流れる映画(『ローガン・ラッキー』とか)をよく見るけど、アメリカ映画界に郷愁の波が来ているのだろうか。
 前作の登場人物が本作でも連投しているが、その大半をとんでもない事態が襲う。ヴォーン監督は、キャラクターを立てた映画を撮っているようでいて、そうでもないなぁとしみじみ思った。キャラクターをあまり大事にしておらず(温存する、死なせないという意味ではなく、バックボーンや「こういう人」という部分はさほど重視していないという意味)、扱いが雑なように思う。魅力的なキャラクターが多いので正直勿体ない。また、ストーリー展開や伏線の処理も結構大雑把。あるシーン、あるシチュエーションへのこだわりはすごく感じるのだが。映画としては、あまり上手くないんじゃないかと思う。皮肉やブラックユーモアの面白さはあるものの、あくまで単品の「皮肉」「ブラックユーモア」としての面白さであって、映画全体の面白さというわけではない。
 前作はアメリカと闘う話だったが、今回はアメリカと協力、しかも前作で皆殺しにしたような層との共闘になるのが皮肉。キングスマンとステイツマンの組織としての顛末も、これが資本主義・・・って感じで皮肉だ。大英帝国賛歌みたいなシリーズだけど、それは幻だったってことか。
 なお、当然007を意識した作品ではあるが、エグジーは恋人(まさか本当に付き合っていたとは・・・)に誠実でハニートラップは仕掛けないというあたり、今の作品だなという印象。

キングスマン [SPE BEST] [DVD]
コリン・ファース
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2016-07-06




『勝手にふるえてろ』

 経理担当の会社員ヨシカ(松岡茉優)は、中学生の同級生イチ(北村匠海)に10年間片思いをしている。ある日、同僚の「ニ」(渡辺大知)に告白された。2人の彼氏が(1人は脳内だけど)いる!と浮き立つが、今のイチへの思いが募り、四苦八苦して同窓会を企画。念願のイチとの再会を果たすが。原作は綿矢りさ。監督・脚本は大九明子。
 本作、果たして原作はどのようなテンションの文体なのかとても気になった。映画は概ねヨシカの語り(というか妄想)なのだが、彼女がナレーションをするのではなく、脳内からあふれ出る言葉がどんどん音声化されてくる感じ。彼女が隣人や公園やバスの中で行きあわせた人と交わす会話は、彼女の脳内で繰り広げられているもの。しかし彼女の言葉が饒舌すぎて、これは果たして脳内に収まり続けているのだろうか、うっかり声に出してない?大丈夫?と気になってくる。脳内のものであれ実際に声に出した会話であれ、ヨシカの言葉であることには違いないので、段々彼女の脳内と現実がシームレスに感じられてくるのだ。えっこれ本当に言っちゃってたんだ!とびっくりしたところも。このあたりは、ヨシカが自分をコントロールできなくなってきているということだろう。どのように語るのかという演出の部分が、時に力技だが映画を見ている側へ突き抜けてくるような勢いがあり、とても面白かった。
 ヨシカは自分に自信がないようでいて妙な所のプライドが高い。ああーこういうのわかる・・・自分にもある・・・自己評価下げているようで実は据え置きにしている嫌な感じのやつね~となかなか見ていてぐさりとくる所もあった。彼女の片思いは、実在の同級生に対するものというよりも、彼女の頭の中の同級生に対するもので、ほぼ自己完結していると言ってもいい。ヨシカは再会したイチのある言葉にいたく傷つくのだが、そこにいる人を見ていなかったという意味では、彼もヨシカもどっちもどっちで、お互いにすれ違っているのだ。
 本作内の(男女間に限らず)コミュニケーションは、往々にしてすれ違いになりがち。ただ、すれ違うというのはお互い様で、すれ違ってしまったことについてそんなに相手を責めるべきではないだろう。少なくともすれ違いなんだから、あとちょっとずれていたらちゃんとぶつかったわけだし。すれ違ってもすれ違っても軌道修正しようとするニのタフさと「野蛮」さが、鬱陶しくも少々羨ましくなってくる。

勝手にふるえてろ (文春文庫)
綿矢 りさ
文藝春秋
2012-08-03



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ジョセフ・ゴードン=レヴィット
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2012-09-05


『カンフー・ヨガ』

 中国・西安市の博物館で研究に勤しむ考古学者のジャック(ジャッキー・チェン)の元を、インドの考古学者アスミタ(ディシャ・パタニ)が訪ねてくる。約1000年前にインドと中国の間で起きた戦乱の中、消えてしまった財宝を探す為、専門家であるジャックの協力を仰ぎたいというようだ。ジャックは親友の息子である財宝ハンターのジョーンズ(アーリフ・リー)と共に、中国からドバイ、インドへと財宝の謎を追って世界を巡る。監督はスタンリー・トン。なおエンドロールがすごく長いけど、おまけ映像とかはないです。
 インドと中国の合作でスター俳優を起用、明らかに大々的なロケや豪華なセットが使われているのに、妙にスケール感がなく、こじんまりと、かつ散漫とした印象。あれっもっと華やかかつお祭り騒ぎ的な映画なのかと思ったのに・・・。正直拍子抜けだった。絶えない
 ストーリーの規模の割に登場人物が多いが、これは何か大人の事情的なやつなのだろうか。ジャックのアシスタントたちとか、あんまり必要性を感じない。登場人物が多く、それぞれそれなりに動かさなくてはいけないのに話の展開はやたらと早い。早いというよりも、途中の過程を変な省略の仕方をしているように見える。本来のストーリー上の技法としての省略ではなく、単に編集段階でカットした感じ。本来はここにもう一展開あったんじゃないかなという部分や、不自然な衣装替え等が散見された。お金がかかっていそうな割に、こういう部分がやたらと大味。なんだか勿体ない。
 また、妙に動物推しな所も不思議。狼にしろ、ライオンにしろ、ハイエナにしろ、それ出す必要あります・・・?ストーリー上の必然性は殆ど感じない。動物のCGは結構手間暇かかると思うんだけど、その労力を他に回せなかったのか。そんなに動物が好きなのか。
 とは言え、ジャッキーが出てきて動き始めるだけで、とりあえずは「映画」として体面が保たれるんだからすごい。これがスターということなんだろうなぁ。インド映画要素もあるので当然群舞が盛り込まれているが、ジャッキーもちゃんと踊っていて、なんだかありがたいものを見た気分になる。そして最後の最後、ジャッキー映画のNG集の代わりのような「踊り」の多幸感にはジャッキーの人徳をかいま見た感ある。
 なお作中、ジャックはインディ・ジョーンズに準えられるが、インディよりもジャックの方がはるかに研究者としての自覚がしっかりしている。「財宝」の正体にしろ、学者にとっての宝は何なのかという視点なのだ。むしろアンチ・インディと言えるだろう。本作中の「ジョーンズ」は盗人だしな。

スキップ・トレース (特典DVD付2枚組) [Blu-ray]
ジャッキー・チェン
KADOKAWA / 角川書店
2018-01-26



『希望のかなた』

 シリア難民の青年カーリド(シェルワン・ハジ)はフィンランドのヘルシンキへ流れ着く。生き別れた妹を探しこの国で暮らしたいと願うが、難民申請は却下されてしまう。自警団に暴行を受けた彼を助けたのは、レストランオーナーのヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)だった。監督はアキ・カウリスマキ。
 カウリスマキの映画は余計なことをしないのでテンポがいい(段取がいいと言った方がいいか)、しかし見ている側の体感としてはのんびりしているという不思議な面白さがある。本作もさくさく物事が進むが決して「速い」という感じではない。このへんの間の取り方が唯一無二の所以だろう。映画にとって最小限に必要なものの選別がすごく的確なのだ。カウリスマキの映画を観ていると、映画って記号の組み合わせなんだなと実感する。動作・所作のひとつひとつが文字通りのものであり、男は男、女は女、犬は犬、金は金だ。その記号ひとつひとつをどう見せるか、どう組み立てるか、どのパーツを使うのかによって、単なる記号からはみ出していくものがあり、そこに映画としての強さが生まれるのかなと思う。ヴィクストロムが資金調達する方法など、他の監督だったらこれはちょっとご都合主義すぎでは・・・と避けてしまいそうだけど、カウリスマキは堂々とやるし、ご都合主義に見えない。
 カーリドは紆余曲折の上、たまたまヘルシンキに流れ着く。母国に送還されそうになった為逃げだすが、そんな彼を助けるのがヴィクストロムとレストランの従業員たちだ。助けるとはいっても、積極的に親切にしようとか善意に燃えているとかいう風ではなく、助けるのが普通のことだからやる、というように見える。善意が平熱なのだ。彼らのように親切な人がいる一方で、暴力を働く極右団体はいるし、難民申請の結果はシリアの現状を踏まえたとは思えないものだ。しかし、カーリドもヴィクストロムも不寛容さや困難さには屈さず、控えめに抗い続ける。ヴィクストロムのやり方は、抗い方というよりすり抜け方ではあるのだが、目的が正しければ小さいことは気にしなくてよし!と言わんばかり。人間の善意と知恵に対する信頼、あるいはそうであれという祈りのようなものを感じた。カウリスマキ作品はほろ苦さ、ペーソスが持ち味と思っていたが、本作はストレートな希望へ向けた物語。黄昏ている場合ではないということか。
 私にとってカウリスマキ作品と言えばまずそうな食べ物、謎の日本要素だが、本作にもちゃんと登場する。今回はまずそうな食べ物と日本要素が一体化しているが、まずそうな感じ、失敗感が生々しい。一方でカウリスマキ監督作にしてほぼ初めてと思われる、ちゃんとおいしそうな料理が登場する。作っているのは各国からの難民なので、フィンランドのおいしい料理じゃないんだけど・・・。

ル・アーヴルの靴みがき [Blu-ray]
アンドレ・ウィルム
キングレコード
2017-08-02


街のあかり [DVD]
ヤンネ・フーティアイネン
デイライト
2007-12-21

『gifted ギフテッド』

 母親を亡くした7歳のメアリー(マッケンナ・グレイス)は叔父のフランク(クリス・エヴァンス)と暮らしている。気が進まないながらも小学校に通うことになったメアリーだが、彼女に突出した数学の才能があることに気付いた担任教師ボニー(ジェニー・スレイト)は、才能を伸ばす教育を受けた方がいいのではとフランクに告げる。フランクは姉の遺言に従い、メアリーには普通の子供として生活をさせたいと考えていた。しかし2人の居所を知ったフランクの母イブリン(リンゼイ・ダンカン)が孫に英才教育を施すため、親権を奪おうとする。監督はマーク・ウェブ。
 メアリーは数学の天才だが、天才にしろ凡才にしろ、子供を育てる、子供と生活するのはかくも大変なものか。フランクはメアリーのことを愛し真摯に育てようとしているし、実際、結構立派に保護者をやっている。メアリーもフランクによく懐き、親子のようでもあり相棒同士のようでもある。とは言え彼は独身男性で、自分の為だけの時間もほしい。「(金曜の夜から)土曜の昼までは家に入らない約束」というのはそういうことなのだ。彼は約束を破ったメアリーについ怒鳴ってしまう。子供の保護者としての生活と一個人の成人男性としての生活は両立しない部分もある。かといって全てを子供に捧げるのが正しいのかというと、そういうわけでもないだろう。そもそも、何をやれば子供にとってベストなのか。
 子育ての難しさは、子供にとって何がベストなのかということが、後追いでしかわからないという所にあるのではないかと思う。フランクの姉が辿った人生は、正にそういうことだろう。フランクの教育方針とイブリンの教育方針は衝突するが、2人ともメアリーにとってよかれと思ってやっていることには違いない。しかしどちらが最適なのか、あるいはどちらも最適ではなかったのかは、メアリーが成長してからでないとわからない。日々ギャンブルみたいなものではないか。その時その時を手探りでやっていくしかないことのしんどさをちょっと感じてしまった。責任重大すぎる。正解がわからないまま延々と続くのって、なかなかきついだろうしな・・・。
 また、親は子供に自分が歩めなかった(歩まなかった)人生を歩んでもらいたいと、つい思ってしまうところに、如何ともし難い業を感じた。イブリンの情熱は、彼女やその娘が送れなかった人生に対する執着とも見える。彼女が提示する人生がメアリーにとって幸せかどうかはわからないんだけど。


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アンドリュー・ガーフィールド
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-07-05



『KUBO クボ 二本の弦の秘密』

 魔法の三味線の音色で折り紙を操る片目の少年クボ(アート・パーキンソン)は、病んだ母とひっそりと暮らしていた。母は、祖父である月の帝(レイフ・ファインズ)がクボの片目を奪い、もう片方の目も奪う為に探し続けていると言う。ある日、母の言いつけを破り日が暮れても家に戻らなかったクボは、魔力を持つ伯母たち(ルーニー・マーラ)に見つかってしまう。監督はトラビス・ナイト。
 両親を亡くした少年が、自分の出自の秘密を知る為に旅に出るという王道の冒険ファンタジー。制作は『コララインとボタンの魔女』等を手掛けたアニメーションスタジオ・ライカ。緻密なストップモーションアニメの凄みを見せてくれる。キャラクターの質感や、風景の作りこみ(海の波の表現が素晴らしい)には唸るしかない。あまりに動きがスムーズで緻密なので、果たしてこれをストップモーションアニメでやる必要があるのか?むしろストップモーションとしての面白みが削がれているのでは?という疑問が沸くくらい。技術的に素晴らしいのはすごくよくわかるのだが、なぜこの技術でこの作品を作るのかという部分でひっかかってしまった。折り紙の味わいとかは人形アニメーションならではかもしれないが・・・。
 ストーリーの展開は割と単調、かつ伏線の使い方がぎこちなく、少々退屈だった。アニメーション技法を鑑賞するには複雑なストーリーではない方がいいのかもしれないけど、クボの目の秘密にしろ、月の帝が結局何をしたかったのかにしろ、曖昧なままだったように思う(途中ちょっとうとうとしてしまったので、ちゃんと説明されていたならごめんなさい・・・)。ストーリー的にすごくいい部分もあるので中途半端な伏線の使い方がもったいない。物語をもって自分を理解する、他者を助ける(皆で「彼」に物語をわけてあげるのちょっとすごいと思った)という部分にもっと寄せていってもよかったんじゃないかなぁ。比較的シンプルな話なのに妙に整理されていない印象を受けた。
 冒険物語でありつつ、哀愁が漂う。「お供」として彼を助けるサル(シャーリーズ・セロン)とクワガタ(マシュー・マコノヒー)の正体には泣かせられる。それでもなお、という去っていかざるを得なかった人たちの気持ちが染みてくるのだ。そして彼らがいたこと、彼らに愛されたことの記憶こそがクボを助けることになる。






『婚約者の友人』

 1919年、ドイツの田舎町に暮らすアンナ(パウラ・ベーア)は、フランスとの戦いで死んだ婚約者フランツ(アントン・フォン・ルケ)の墓に通っていた。アンナには両親がおらず、フランツの両親と共に暮らしていたが、医者であるフランツの父ハンス(エルンスト・ストッツナー)と母マグダ(マリエ・グルーバー)もまた、息子の死から立ち直れずにいた。ある日アンナはフランツの墓に花を手向ける男性を見かける。フランスから来た彼の名はアドリアン(ピエール・ニネ)。戦前のパリでフランツと知り合ったと言う。監督はフランソワ・オゾン。
 一見、死んだ婚約者の友人に徐々に惹かれていく主人公という、王道メロドラマのように見える。アンナを演じるベーアの素朴さが残る美しさ、アドリアンを演じるニネの繊細な美男ぶりも、いかにもメロドラマ風。しかし、予想していたのとは相当違う方向に反転していく。このハンドルの切り返しが見事だった。オゾン監督はたまに迷走するけど、本作ではばっちり狙った所に球が入ったな!という感じ。
 本作を見ていて、映画の作風としては全く違うが、先日見た『人生はシネマティック!』を思い出した。フィクション、物語が人の心を助ける話だからだ。しかし本作はその更に先、彼岸まで行ってしまったように思う。くそみたいな現実よりも、美しい嘘を生きて何が悪い、生きれば嘘も現実も同じではないか。だったら自分が生きていると実感できる方を生きてみたい。この世への諦念みたいなものに、どうにも身につまされる所があり、少々辛かった。
 戦争(後)映画としても、ドイツとフランス双方の意識が垣間見られて興味深かった。実際こういう感じだったんだろうなという説得力がある。ドイツは敗戦国、フランスが戦勝国ということになるのだが、勝った負けたというよりも、自国民を殺されたというお互いへの敵意がぴりぴりとまとわりつく。互いに自分が被害者、相手が加害者という意識が拭えない。おそらくアドリアンはドイツにいる間は居心地が悪かったろうし多少危うさを感じたろうが、アンナもまた、それを感じることになる。同じ立場に立ってみないとわからないのだ。この点も含めて反転具合が見事だった。



やさしい嘘 デラックス版 [DVD]
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2005-03-11


なぞの娘キャロライン (岩波少年文庫)
E.L. カニグズバーグ
岩波書店
1990-07-02




『GODZZIRA 怪獣惑星』

 20世紀末、巨大怪獣が出現し人類を脅かすようになった。その中でも特に強大なゴジラにより、住む場所を失った人類は宇宙船で地球を脱出する。しかし20年後、移住先惑星は見つからず船内の物資も乏しくなっていた。船内での生活に耐えきれず、ゴジラへの復讐に萌えるハルオ・サカキ(宮野真守)を中心とする地球帰還派の声が大きくなっていた。リスクを侵し長距離亜空間航行で地球に帰還した一同だが、地球上では2万年が経過し、ゴジラの影響下で生態系は激変していた。監督は静野孔文・瀬下寛之。脚本は虚淵玄。なお全3部作。
 サカキのテンションの高さ、ゴジラへの強烈な粘着片思いにややひきつつも、面白く見た。思い込み激しいクレイジー系主人公は、『進撃の巨人』に始まり近年のスタンダードになっているのだろうか。圧倒的に巨大なものに脅かされ絶望的な状況というもの『進撃~』ぽいが、こういうシチュエーションが一つの定番になっているということだろう。
 とは言え、本作のゴジラはちょっとゴジラのインフレ化がすぎるように思う。いくらなんでも強すぎ、大きすぎだろう。『シン・ゴジラ』どころではなく勝てる気がしない。これ、本当にちゃんとオチがつくのかな・・・。作中設定ではわずかながらも弱点が!ということになっているのだが、その説明が結構雑というか、説得力がない(あえて説得力がない演出にしている可能性が高いが)ので、人類が見切り発車で無謀な賭けに出たようにしか見えない。そもそも過去映像のみからそんな解析可能なの?!とかそんなに充実したアーカイブあるの?!とか色々と突っ込みたくなるのだが、どこまでが脚本上の演出でどこまでが単に大雑把なのか現状よくわからない。
 アニメーション制作を手掛けたポリゴンピクチュアズの仕事を見ると言う面でも、とても面白かった。ポリゴンピクチュアズと言えば3DCGアニメーション制作だが、一つの作品でトライしたことを必ず次の作品に活かしてくるという印象なので、作品を続けて見ているとどんどん進化していることがわかる。本作は予算も比較的潤沢なのか、結構豪華な絵の作りだと思う。

シン・ゴジラ DVD2枚組
長谷川博己
東宝
2017-03-22


『BLAME!』Blu-ray(初回限定版)
櫻井孝宏
キングレコード
2017-11-01


『彼女がその名を知らない鳥たち』

 15歳年上の佐野陣治(阿部サダヲ)と暮らす北原十和子(蒼井優)は、8年前に別れた黒崎(竹野内豊)のことを忘れられずにいた。陣治は下品で金も地位もないが、十和子に尽くし彼女の我儘や罵倒も受け入れ養っていた。一方で十和子はデパート勤務の水島(松坂桃李)と不倫関係になり何度も会うようになる。ある日十和子の元に刑事が訪ねてくる。黒崎が数年間行方不明だというのだ。原作は沼田まほかるの同名小説。監督は白石和彌。
 十和子は頻繁に黒崎との過去を回想し、彼と撮影したビデオに見入る。彼女の回想は断片的なのだが、なぜそのように表現されているのかラストで明らかになる構成は、ミステリ作品的だと言える。ただ、明らかになったことによってそれまで見ていた景色ががらりと変わって見えるかというと、そうでもない。まあそうでしょうねとしか言いようがなく、中途半端だ。
 一方、十和子と陣治の関係の一方的な感じ、愛ともなんともつかない掴みきれなさは、ねっとりと描かれている。陣治の献身は愛ゆえではあるのだろうが、受ける側にとっては愛とは言い切れない、重すぎるし怖いんじゃないかなと、不穏さにはらはらする。生活習慣の小汚さも加わり、好感は持ちにくい。十和子は十和子で陣治となぜ一緒にいるのか、おそらく本人にもはっきりとは分からないのではないか。彼女も決して人柄がいいというわけではなく、むしろ冒頭のクレーマー振りからも明らかなように好かれにくいタイプだ。欲望に弱く、男に流されがちだが我が強いという面倒くさい人なので、やはり見ていて好感は持ちにくい。2人の関係がどのようなものであったか、ラストで鮮明に描かれる。  が、私にとってはやはり愛とはとらえにくく、陣治の言葉も結構気持ち悪かった。彼がラストで言うある台詞は、色々な小説等でたまに目にすることがある類の表現なのだが、いやいや親の愛とは別物だし無理でしょ・・・それ別の人間だからさ・・・と冷めてしまう。本作もそれと同じような冷めた気持ちになった。






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