3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名あ行

『アクアマン』

 海底に広がるアトランティス帝国の女王を母に、燈台守である人間を父に持ち、地上で育ったアクアマンことアーサー・カリー(ジェイソン・モモア)。彼の前に海底人の王女メラ(アンバー・ハード)が現れる。アトランティスが地上に攻め入ろうとしており、その阻止の為、王位継承者としてアーサーを呼び戻したいというのだ。一度は断ったアーサーだが、アトランティスの脅威を目撃し、戦いに身を投じていく。監督はジェームズ・ワン。
 『ジャスティス・リーグ』で登場したアクアマンだが、日本では全くなじみがないし個性や能力もいまひとつよくわからないし、これキャラは立つの?大丈夫?と思っていた。でも本作、見事にキャラは立っているしとりあえず派手で勢いよく楽しい。ヒーロー映画ってこのくらいあっけらかんと、大雑把でよかったんだよなーと逆に新鮮だった。やたらとイベントが連発し起きていることは盛りだくさんなのに途中で眠くなっちゃうところとか、意味なく風光明媚な土地を転々と移動するところとか、音楽セレクトの大雑把さとか、ノリがワイルドスピードシリーズとほぼ同じ。逆に言うと、ワン監督はこれ以外の演出方法を持っていないということなんだろうか。構成上のメリハリの付け方がいつもワンパターンな気がする。とは言え、世界的にヒットするにはやはりこのノリ、ヤンキー的センス(何せビジュアルはまんまラッセンだもんな。蛍光色必須。)が必要なのか・・・。確かにザック・スナイダーにはない要素だ・・・。気楽に見られる楽しい作品ではある。長さも気楽に見られるレベルにしてくれればなお良かった。やはり2時間越えは厳しい。理屈こねない系アメコミ映画として、マーベルとの差別化には成功していると思う。
 ストーリーはものすごく大雑把。大らかに見られるのだが、妙な所で色々と突っ込みたくなった。伝説の鉾の見つけ方には、あれだけ高い技術力を誇る帝国だったのにそこは普通に瓶なのかよ!(コルク栓抜いてたし・・・)と気になってしまった。聡明そうなメラの行動が、意外にもアーサーとどっこいどっこいの雑さなのが魅力。この2人がヒーロー、ヒロインという感じではなく、チームメンバー的な所も現代的でいい。ロマンスに関しては何と言ってもアーサーの両親に敵うものはないしね。

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ベン・アフレック
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2018-03-21



『移動都市 モータル・エンジン』

 試写で鑑賞。60分戦争と呼ばれる最終戦争から数百年たち、荒廃した世界。わずかに残された人類は移動型の都市で生活するようになっていた。巨大移動都市ロンドンは、都市同士が捕食しあう弱肉強食の世界で支配を拡大させていた。ロンドンの指導者的立場にある史学ギルド長ヴァレンタイン(ヒューゴ・ウィービング)への復讐心を募らせる少女ヘスター(ヘラ・ヒルマー)は密かにロンドンに潜入するが、なりゆきでギルド見習いのトム(ロバート・シーハン)と行動を共にすることに。原作はフィリップ・リーヴの小説『移動都市』。監督はクリスチャン・リバース。『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』のピーター・ジャクソンが製作・脚本に参加。
 ストーリー展開はかなり駆け足でダイジェスト版ぽいのは否めないが、原作を読んだ時のイメージにはかなり近いと思う。リバース監督はピーター・ジャクソン監督作に前々から視覚効果やストーリーアーティスト等で参加し、『キング・コング』ではアカデミー視覚効果賞を受賞した人だそうだ。この作品において何をまず見せるのか、どこに注力すべきなのかという判断が的確なのだと思う。本作では大型都市のロンドンにしろ、ごく小規模な都市(というか集落みたいなもの)にしろ、移動都市内のディティールが細かく具現化されていて、そうそうこういう所が(ストーリー上では必要なくとも)見たかった!というフェティッシュをくすぐる。スチームパンク好きにはツボな部分が多いのでは。
 また、冒頭のロンドンの「狩り」の様が手に汗握らせるものでここが最大の見せ場と言ってもいい(その後、それ以上の盛り上がりに乏しいということでもあるのでちょっとどうなのかなとは思うけど・・・)。かつ、本作で描かれている世界がどのようなものなのか、どういうルールや価値観で動いているのか、イメージを掴みやすい。移動都市以外でも飛行艇の描写が結構細かく爽快感があったり、空中都市がなるほど!という造形かつ美しさだったりと、まずはビジュアルの魅力がある作品だと思う。ただ「古代の神」や某菓子(日本では馴染が薄いけど)については、サービスなんだろうけど見当違いでは。映画を見ている側がいる現代とのつながりを感じさせる要素は、本作の場合ミスマッチのように思う。未来というより異世界っぽい。テクノロジーの発展の仕方が、今現在の現実とはあまり地続きっぽくないんだよな・・・。トースターやCD、モーター部品等現実に存在するもの(の成れの果て)が登場するのに異世界ぽいというのがちょっと不思議でもある。
 ストーリーやキャラクター設定は原作を少々アレンジしてあるものの、意外と改変は少ないと思う。終盤の展開が違うが、現代の気分には映画版の方が沿っているのかな。ちょっと難民問題ぽくもある。現在の英国の迷走を思いつつこのラストを見ると、なんというか味わい深いが。

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2006-09-30


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『映画刀剣乱舞』

 人間の姿を得た刀「刀剣男子」たちと、彼らを束ねる主神者。その役割は歴史の流れを変えようと企む時間遡行軍の企みを防ぐことだ。本能寺の変から織田信長を逃がして歴史を変えようという時間遡行軍の動きを阻止した刀剣男子たちだが、信長が生きているという知らせが届く。刀剣男子たちは歴史を守る為に再び過去へと旅立つが、時間遡行軍は執拗に歴史に介入してくる。三日月宗近(鈴木拡樹)は単身、ある行動に踏み切る。監督は耶雲哉治。
 アニメ特撮ファンなら一度は触れているであろう小林靖子脚本ということで、刀剣乱舞に関する知識はほぼない(ゲーム未体験、基本設定とキャラクターは多少知ってる)状態、2.5次元ほぼ未体験状態で見に行ったのだが、思いのほか面白かった。特撮に対する耐性が多少あれば大丈夫なのでは。2次元を無理矢理3次元にするという荒業だが、刀剣男子という存在が人間とは違う何かだというエクスキューズがあるので、あまり気にならない。信長を演じる山本耕史や秀吉を演じる八嶋智人は明らかに2.5次元ではない佇まいと演技プランなので、異種混合戦みたいになっているのだが、うまく摺りあわされていると思う。衣装をはじめ、美術面がそれなりにお金がかかっている風合いになっているのもよかった。モブの兵士たちの動きもこなれ感あるもの。全般的に素人くささがない。やっぱり予算は大事だな・・・。
 本能寺という大分手垢の付いたネタを使いながらも、歴史とは何かというテーマを踏まえた上で、三日月というキャラクターを深堀りしていく(ファンにとっては言わずもがなで深堀りということはないのだろうが、初心者にとってはキャラクターがどんどん立ち上がっていく感があった)、それを100分程度に収めるという脚本のまとまりのよさには感心した。だらだら長くなったり第2弾への目配せみたいなものを一切残さない潔さ。単品として成立させている。
 刀剣男子たちは元々「物」で人間とは生きる時間の尺度が違う、それによる哀愁を行間から読み取れるという所が、作品ファンにとってのフックの一つなのかなと思った。彼らを所有していた人間たちは、皆先にいなくなってしまう。そして、彼らを束ねる審神主も例外ではない。本作の三日月はいささか疲れた、人生に倦んだような雰囲気を醸し出しているように思える。ある事情が追い打ちをかけ、人間たちに置いていかれること、歴史の枠外に延々と居続けることへの疲れが表面化していくように見えた。が、そこから歴史とは何ぞやと言う点も含めて見方を反転させる。ストーリーの流れと三日月というキャラクターの内面の変遷が上手くリンクしてるのだ。何しろ人(いや刀なわけだけど・・・)は1000年生きてもなお変化するし成長する、依然としてこの先の可能性があると言いきってしまうようなものだから、とてもポジティブで後味がいい。







『愛と銃弾』

 南イタリアの港町ナポリ。地元のマフィアのボス・ヴェンチェンツォ(カルロ・ブチロッソ)の葬儀が執り行われていた。しかしこの葬儀にはある秘密があった。数日前、看護師のファティマ(セレーナ・ロッシ)はある事件の目撃者になってしまう。マフィア配下の殺し屋チーロ(ジャンパオロ・モレッリ)は事件の目撃者暗殺を命じられるが、ファティマは彼の幼馴染で元恋人だった。チーロはファティマを守る為に殺し屋コンビの相棒ロザリオ(ライツ)を裏切り、彼女を連れて逃げる。しかし組織は2人を追い続ける。監督はアントニオ・マネッティ&マルコ・マネッティ。
 近年歌って踊る映画といえばインド映画だが、私はイタリア発の本作の方が断然好きだ。序盤、棺の中の死体が歌い始める時点で、えっそういう方向性なの?!とショックを受けたのだが、妙に楽しい。以降要所要所で歌と踊りが展開されるが、全てがプロのクオリティというわけではなく、どこか素人くさい。この素人くささはあえてのものなのだろうが、微妙な野暮ったさと選曲の歌謡曲感が見事にマッチし味わい深すぎる。キッチュと言えばキッチュなのだが、映画のクオリティが低いというのではなく、むしろ完成度は高い。よくこの形態でやろうと思ったな・・・。魅力を伝えるのが難しいのだが、ミュージカル、ノワール、ロマンス、ガンアクションという諸々のジャンル要素が盛り合わされており、かつそれぞれの要素はベタ中のベタな部分を使っているのだが、全体としてのトーンは統一されている。謎の化学変化だ。
 ヴィンチェンツォの妻マリア(クラウディア・ジェリーニ)が映画好きという設定で、映画ネタが結構多いところも楽しい。ストーリーの肝になるある作戦自体、映画からアイディアをとったものだし、最初に出てくる観光名所は「『ゴモラ』の撮影場所だよ!」と紹介される。『ゴモラ』をわざわざ引き合いに出してくるという映画愛。
 マリアは損得勘定がはっきりしており、そこそこえげつない性格ではあるのだが、若いメイドをいびるベテランメイドは許さない(自分がメイド出身だから)という主義で、金目当ての結婚と揶揄される夫のこともそれなりに愛している。部下に無茶ぶりはするが何だか憎めない。アストンマーチンとデロリアンとどっちがいい?と聞いてくる人のことをあまり嫌いにはなれないな・・・。他の登場人物についても同様だ。チーロとの絶対的信頼関係があると思いきや途中で切ない片思い状態になってしまうロザリオも、彼なりに筋は通っているし、自分はリーダーポジションじゃないんだよね・・・と切々と歌うヴィンチェンツォの右腕的部下も憎めない。本作の魅力は、この憎めなさと言うか、可愛げにあるように思った。

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『アイ・フィール・プリティ!』

 ぽっちゃり体型に劣等感があり、自分に自信が持てないレネー(エイミー・シューマー)は、有名化粧品会社に勤めているものの希望のポストに応募を出せずにいた。ある日ジムでトレーニング中にマシンから落ちて気を失ってしまう。目覚めた時に鏡に映っていたのは絶世の美女になった自分だった。監督はマーク・シルヴァースタイン&アビー・コーン。
 レネーは「美女」に変身したと思いこむわけだが、彼女が見ている自分の姿は一度も出てこないと言う所が、あくまでレネーの主観の問題なんですよと主張している。ルックスに自信を持ったことで堂々と振る舞うレネーの姿は爽快なのだが、これは彼女の中のルッキズムが非常に根強い、美人でゴージャスであれば諸々の問題が解決する、得をすると思いこんでいるということでもあるから、見ているうちにちょっと辛くなってきた。レネーの中の「美人」像が大分古く、なまじ「美人」の自意識を得たことで、その古さや鼻持ちならなさが増徴してしまうのだ。ここを笑いに落として皮肉るなりなんなりしてくれればよかったのだが、あんまり言及しないので気になった。レネーは、男性はセクシー美女を見たらナンパするし、性的なちょっかいをかけられれば悪い気はしないだろうと思いこんでいる。実際は人それぞれのはず。男性は皆セクシーな女性が好きでセックスの話をしたいだろう、下ネタで盛り上がれる美女こそいい女だという思いこみは多分に迷惑だし、そこに巻き込まれる女友達のこともバカにしている。そうでない話をしたい男女ももちろん(相当数)いるわけだから。
 「美人」として奔放に振る舞うことでボーイフレンドもできるが、彼が「美人」版レネーに惹かれたのは彼女のルックスによるものではなく、気後れせずに自分が楽しみたいことを楽しむ彼女の振る舞いによるものだ。「美人」になったレネーはそこを見落としてしまう。バーの美人コンテストでのレネーが爽快なのは、彼女が自分がやりたいようにやっていてとても楽しそうに見える、そのことで周囲が盛り上がるからで、必ずしも彼女が美女だからではないのだ。クライマックスのスピーチは取ってつけたようでしらける。彼女が発言している場にいる人たちは美男美女のセレブばっかりで、なぜセカンドラインのお披露目にこの人たちを呼んだのか謎だし、彼女の声は届くべきところに届いていないのでは?と気になってしまう。そもそも社内にスタイル抜群の美女しかいないんだから、変えるべきなのはレネー個人の意識よりも先に社風なんでは・・・。
 どちらかというと、レネーよりも彼女の上司のエイブリー(ミシェル・ウィリアムズ)や、ジムで知りあう女性のように、ルックスも背景も申し分ないように見えるのに自己肯定感の低い人の方が問題解決が深刻なんじゃないかなという気がした。特にエイブリーがなんだか気の毒でしょうがなかった。彼女は「バカっぽい」声にコンプレックスがある(高目の可愛らしい声はアメリカではバカっぽくて評価されないそうだ。日本の女性アニメキャラ全滅だな・・・)。会議でも部下たちが創業者である祖母の顔色ばかり気にするし、なんとなく下に見られている感じ。彼女が「私は私」と思えたとしても、周囲がそう見なさそう。

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『アリー スター誕生』

 ホテルで働きながらバーで歌い、歌手を夢見るアリー(レディー・ガガ)。ある日、彼女の歌を聴いたロックスターのジャクソン・メイン(ブラッドリー・クーパー)は、アリーの才能を確信し自分のステージに上げる。ショービジネスの世界に飛び込み、ジャクソンと共にスターへの階段を駆け上っていくアリーだが、ジャクソンは有名になっていく彼女に嫉妬するようになる。監督はブラッドリー・クーパー。
 1937年の『スタア誕生』から、何度もリメイクされてきたストーリーなので、ストーリーとしては手垢が付きまくっているし新鮮さも乏しい。にも関わらずちゃんと面白いし音楽も良かった。クーパーは監督・主演に製作にも参加。こんなに多才な人だったとは。歌も上手いし、もう何でも出来るな!しかし、彼が演じる男性は、どの作品でも女性(とは限らないが)に対してDVやモラハラやパワハラをはたらくというイメージが強く、今回もいつガガが殴られるのかとハラハラしてしまった。結果、殴られはしないけれどもモラハラっぽさはあるので、やはり安定のクーパー。本人も、自分がこういう傾向の男性を演じる頻度が高いし上手く演じるという自信があるのだと思う。今回は自分で監督をしているわけだし、明らかに確信犯だろう。
 ジャクソンはアリーの才能を見出し、彼女がスターダムに駆け上がる手助けをする。しかしひとたびアリーが有名になってしまうと、彼の「手助け」は少々差し出がましいものに見えてくる。見ていて、ちょっと嫌だなと思うシチュエーションが増えてくるのだ。初めての本格的なレコーディングで緊張しまくるアリーを見たジャクソンは、一緒にブースに入ってあれこれアドバイスするのだが、アリーのことを一番理解しているのは俺だぜというマウント感が漂う。スタッフやマネージャーはいい気はしないだろうし、アリーが自分で何とかしようとするのを妨げているとも言える。メイクもドレスもばしっと決めた彼女に元の君に戻ったら云々言うという無神経さにもイラっとした。「元の君」とやらをそもそも知っているのかと言いたくなるし、変化していくからこそスターとして輝いていくわけだろう。
 ジャクソンはなぜかアリーの顔をよく触るのだが、これも何となく落ち着かない。特にひやっとしたのは、酔ったジャクソンがアリーの顔にパイをなすりつけるシーン。酔ってふざけているように見えるが、彼女に対する影響力を誇示しているようで、どうも嫌な感じがした。
 ジャクソンはアリーを愛してはいるし、アリーもジャクソンを愛しているのだろうが、その愛はアリーがスターとして歩むことの妨げになってしまう。2人の心が一番通い合っていたのは、素人のアリーが初めてジャクソンのステージに上がり、初めて2人で歌った瞬間だろう。自分の音楽を、自分を理解する人が隣にいるという喜びと、自分自身が歌によって解放されていく喜びに満ちている。その後は、2人の愛は噛み合わなくなっていくのだ。とは言え、ジャクソンが転落していくのはアリーのせいというわけではないだろう。彼は自身の歌で「古いやり方はもうやめよう」と歌うのに、アリーに対しては古いやり方=出会った頃のやり方を変えようとしない。自身のことに関しても、変わらないままだ。彼の兄が言うように、彼に起こることは「ジャックのせい」でしかない。

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ワーナー・ホーム・ビデオ
2013-03-13


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『おとなの恋は、まわり道』

 絶縁した家族の結婚式に出ることになったフランク(キアヌ・リーヴス)と、自分を捨てた元婚約者の結婚式に出ることになったリンジー(ウィノナ・ライダー)。空港でたまたま出会い険悪なムードになった2人は、実は同じ結婚式に向かっていたのだ。ホテルは隣室、食事は同席と常に隣同士を強要された2人はうんざりしつつも、なぜか会話を続けていく。監督はビクター・レビン。
 キアヌとウィノナがこういう軽いラブコメ、しかももう若くはない(とされている)男女のラブコメで共演するようになったのかと思うと、もう感無量というか何というか・・・。はるばる来たな!という気持ちでいっぱい。ほぼ2人芝居みたいなもので、この2人の魅力を十二分に味わえる。ウィノナのしゃべくりは想定内だったけど、愚痴りまくり吠えるキアヌが意外といい。最近はアクション映画ばっかり出てるしそもそも台詞の少ない役が多いけど、コメディもいけるんだよねということを思い出した(そもそも『ビルとテッド』に主演していた人だもんな・・・)。2人のやりとりが殆どなので、随所で「ショートコント、〇〇」と音声を入れたくなった(飛行機内のシーンとか、カメラも正面固定だし正に「ショートコント、小袋」って感じ)。本当に2人で組んでショートコント集やってほしい。
 一定年齢になると生活や主義主張が確立されすぎて、なかなか新しい他人とのすり合わせが億劫だし自分を曲げてまで誰かと一緒にいたいかと問われると微妙なところもある。とは言え、フランクもリンジーも不機嫌で偏屈だが、全く人間嫌いというわけではないし、誰かと一緒にいるなんてまっぴらというわけではない。一緒にいると不愉快だけど時々楽しい、腹は立つけどすごく馬の合う部分があるという微妙な2人の関係が楽しかった。ある時点でいきなりギアチェンジして責めてくるリンジーと、なかなかギアがかかわないフランクの対比もおかしい。キアヌの「一緒に寝るのもやぶさかではない」みたいな顔が何とも言えなかった。
 リゾートウェディングあるある映画なのだが、リゾートウェディングに対する悪意しか感じない。招かれる方は(親しい間柄であっても)迷惑と言えば迷惑なんだよな・・・。よっぽどゴージャスでない限り、リゾートウェディングはしょぼくなりがちという罠がある。ホテルのグレードの微妙さが生々しくて泣けてきた。式を挙げる側は当然、気合いれてやるわけだけど、大富豪でもないかぎりは何かショボく見えちゃうんだよね・・・。

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『暁に祈れ』

 ボクサーのビリー・ムーア(ジョー・コール)はタで暮らしていたが、警察から家宅捜査を受け逮捕されてしまう。試合のプレッシャーに耐えられず麻薬に手を出し、中毒患者になっていたのだ。収監された刑務所ではレイプや殺人が日常的に横行しており、「生き地獄」と呼ばれていた。周囲の言葉すらわからず神経を消耗していく中、彼の拠り所になったのは所内のムエタイ・クラブだった。監督・脚本はジャン=ステファーヌ・ソヴェール。
 実話(ボクサー、ビリー・ムーアの自伝。ムーア本人もちょっとだけ出演している)が原作だそうだが、タイの刑務所内の環境が色々過酷すぎる。大部屋で数十人が雑魚寝しており、前述の通り傷害、レイプ、殺人は日常茶飯事で刑務官もろくに注意しない。自殺者の遺体を淡々と処理するのがいかにも「日常」ぽくて怖かった。対人関係も怖いのだが、衛生状態がものすごく悪そうで、これ伝染病とか大丈夫なのかな・・・と心配になってくる。
 ただでさえ過酷な環境に加え、ビリーはタイ語が全然わからず、周囲とまともにコミュニケーションが取れない。言葉によるコミュニケーションは情報伝達であると同時にセキュリティなんだということを痛感する。周囲が何を話しているのかわからない、なにが起こっているのかわからないというのは、すごく怖いし神経をすり減らすのだ。周囲にしてみても、異民族でタイ語を話せないビリーのことは信用できない(と明言する囚人もいる)わけだ。タイ語のセリフには字幕がほぼつかない(監督の意図だそうだ)ので、ビリーの不安が映画を見ている側にも伝わってくる。ムエタイ・クラブに入ってから、ビリーはようやく表情の動きを見せるようになる。これはムエタイという打ち込めるものが出来たと同時に、ボクサーである彼が身体という共通言語を使えるようになったからだろう。仲間に溶け込んでいく彼の姿は、刑務所というどん詰まりの場所ではあるのに、どこか明るいものを感じさせる。もちろん何かが解決されるわけではないのだが、どこかしらに光がさしている気がするのだ。

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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-06-07


 

『あなたの顔』

 第19回東京フィルメックスで鑑賞。本年度のヴェネチア映画祭ワールドプレミアを飾った作品。12人の人々の顔が、それぞれが生きてきた時間を現していく。監督はツァイ・ミンリャン。坂本龍一が音楽を手掛けた。
 人の顔を長回しで取り続けるのは、撮る側も撮られる側も見る側も結構な気力がいると思う。ツァイ・ミンリャン監督は『郊遊 ピクニック』でもえらい長回しで主演俳優リー・カンションの顔を撮影していたが、被写体はもちろん、見ている観客の側ももう間が持たないというか、段々居心地の悪さを感じてくる。それを見越したうえでの長回しではあるのだろうが、この執念はどこから生まれてい来るのかと不思議だ。
 本作では(おそらく)市井の人たち、中高年の男女12人の顔をアップで撮影し続けている。被写体の全身像が全く出てこない。カメラを向け続けられて1人目の女性は思わず笑ってしまうのだが、何も話さないままの人も、居眠りしそうな人もいる。はたまた、舌の運動を始める人もいて、リアクションが結構人それぞれだ。ずっとカメラを向けているというのは、ある種の暴力的な行為でもある。撮る側、撮られる側、お互いにある程度の信頼関係がないと(映画を見る側としても)耐えられないのではないか。本作ではその信頼関係があるんだろうなと思う。作品そのものと言うよりも、これを撮影できる関係・環境にどのように持っていったのかなという過程に興味が出てきた。
 カメラを向けられた人たちは、自分の人生について時に流暢に、時にとつとつと語る。いかにもエネルギッシュな女性が2人(別々に)登場するのだが、2人ともいかに若い頃から寝る間も惜しんで働いたかという話をしており、世の中の人はこんなに働くのか・・・とちょっと辛い気持ちに。男性たちが意外と仕事の話をしていない(そういう話が出てもカットしたのかもしれないけど)のと対称的だった。
 なお、ラストの長回しはある空間のみを延々と撮る。場所の記憶を刻み込むようで、監督の『楽日』をちょっと思い出した。


ツァイ・ミンリャン監督作品 楽日 [DVD]
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2007-02-23



『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』

 C(ケイシー・アフレック)は妻M(ルーニー・マーラ)を残して事故死してしまう。幽霊となったCは2人で住んでいた家に留まり、Mを見つめ続ける。しかしMには新しい恋人が出来、やがて家を去っていく。Cはずっと家に留まり続ける。監督はデヴィッド・ライリー。
 英米の“奇妙な味わい”とでも称されそうな短編小説みたいな作品だった。後半は、パーティーでの男の話が前フリになっているわけなのだが、ちょっとSFとホラーのドッキングみたいな味わいもある。こぢんまりした作品なのだが無駄がなくてよかった。序盤の方で、なぜこういう撮り方になっているのかな?と不思議に思う(この時点では必然性がない)シーンが続いていたのだが、後々になってちゃんと理由があることが分かるという、伏線の敷き方。伏線が巧みというよりも、必要なものだけでできている(ので伏線は伏線としてちゃんと機能する)という感じ。
 CはMへの愛情ないしは妄執の為にこの世に留まり続けるのだが、Mに対して何か出来る、彼女を守れるというわけでは全くない。彼に出来るのはその場で見ていることだけだ。時にはポルターガイストを起こしたりもするのだが、必ずしも自分でコントロールできるわけではないみたいだし、それによって何かを変えられるわけでもない。死者は無力なのだ。おそらく、徐々に生きていた時の自我も記憶もなくしていくのではないか。忘れられ、自身でもそのあり方を忘れていく彼らの存在は、恐いというよりも、寂しく切ない。
 幽霊たちの寂しさ、切なさは、彼らが生きている人間の時間の流れから取り残されていくことにあるだろう。幽霊となったCにとって時間という概念が希薄になっていく様を、反復と省略堵で簡潔に見せていくやり方が上手い。Mにとって数年が経年していても、Cにとっては昨日今日のよう。だんだんギャップが開いていくのだ。MはCとの生活を過去のものとして新しい生活を始めていくが、Cには納得できず、時にポルターガイストを起こしたりする。とは言え、Mは彼のことを忘れたのではなく思い出さない時間が増えただけなのではないか。記憶が浮かび上がってくると心は乱れ、それがCの乱れとも共鳴するようだった。死者と生者の記憶と時間のあり方が如実に現れており、何ともやるせない。
 あまりにもベタな“ゴースト”の外見なので、これを直球でやるのは結構勇気がいるのではないかと思う。ジョークっぽくならないよう、シーツのドレープの美しさや目の穴のニュアンス等、かなり考え抜かれた造形になっている。哀愁漂うというところがポイント。

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