3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名あ行

『影裏』

 岩手県に転勤してきた今野(綾野剛)は同僚の日浅(松田龍平)と親しくなる。2人で酒を飲みかわし釣りに出かけ、青春時代のような日々を送っていたが、日浅は突然誰にも告げずに会社を辞めてしまう。数か月後に日浅はふらりと姿を現すが、2人の関係はどこか変わっていた。原作は沼田真佑の同名小説。監督は大友啓史。
 岩手県盛岡市を舞台に、岩手出身の大友監督が撮った本作。盛岡ご当地映画でもあり、風景やさんさ踊りの情景等、映像が美しい。ただ、地元愛故に若干冗長になっていないか?という気もした。ドラマ展開はかなり抑制を利かせており(原作がそうなのかもしれないが)起伏は乏しくもある。間延びしすぎそうなところを綾野の存在感でもたせているような作品。綾野の力にちょっと頼りすぎな気もする。確かに綾野剛のあんな姿やこんな姿を見たいし撮りたいでしょうが!ちょっとやりすぎ!と突っ込みたくなった。生足そんなにさらさなくても…。
 序盤、震災後だから節電しており暗いというだけでなく、異様な不穏さ(出てくるだけで不穏さをかきたてる筒井真理子の威力よ)が漂う。そこから一転、過去に遡り、今野と日浅の交流が描かれていく。これがあまりにキラキラしていてまぶしく楽しげ。つるんでいるだけで愉快、蜜月状態といってもいいくらいの親密さなので、今野が油断してしまう、期待してしまうのも無理はないし、期待のすれ違いが切なくもある。
 まぶしい時期があったからこそ、日浅が一体何者だったのかという謎が深まる。あのまぶしさは日浅がそういう振りをしていただけ、打算によるものだったのではないかと。そういう側面もなきにしもあらずだろうが、日浅は日浅なりに今野に対する友情、誠実さを持っていたのではないか。最後、ちらっと見える書類の内容にもそれが(そこかよ!というツッコミはしたくなるけど)垣間見えるのでは。ただ、全部いい思い出、みたいな落とし方にはちょっと疑問があった。棘のようなものはずっと残るのではないかな。
 全編抑制が効いているのだが、セクシャリティの描き方はちょっとひっかかる。それが特別なことではないという配慮はされているのだが、ゲイの男性は立ち居振る舞いがフェミニンなはずという先入観があるように思った。フェミニンな人もいるだろうけどそれはセクシャリティとはあんまり関係ないんじゃないかなー。もっとフラットでいいのでは。

影裏 (文春文庫)
沼田 真佑
文藝春秋
2019-09-03



『1974 命を懸けた伝令』

 第一次大戦下の1917年4月。フランスの西部戦線ではドイツと連合国軍のにらみ合いが続いていた。イギリス兵のスコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)は伝令としてエリンモア将軍(コリン・ファース)より指令を与えられる。ドイツ軍を追撃中のマッケンジー大佐(ベネディクト・カンバーバッチ)にドイツ軍の撤退は罠だ、追撃を中止しろという命令を伝えるのだ。監督はサム・メンデス。
 全編ワンショット風(実際には編集されていて、たぶんここで繋いだんだろうなーというのはわかる)で撮影されたことで話題の作品だが、確かに映像は面白い。一部でゲームっぽいという評もあるようだが、スコフィールドらと一緒に移動しているような感覚だ。体験型映画というか、一種のイベント映画的な側面が強いように思った。ドラマ面は正直のっぺりとしており紋切り型は否めない(女性と赤ん坊とのエピソードとか特に)が、そもそもドラマを重視した作品ではないのではないか。サム・メンデス監督だから何か重厚なドラマ志向があるのではと予想しちゃうけど、そういうわけでもないんだろうな。
 ロジャー・ディーキンスによる撮影は素晴らしく、あー撮影監督のドヤ顔が見えるわ!というシーンが多々ある。特に夜のシーン、暗闇の中照明弾で周囲が照らし出されるシーンは、作り物めいて地獄のような美しさ。これは確かに、死の危険があってもふらふらと出て行ってしまうかもしれない。監督らはこれがやりたかったんだろうなという納得感はある。
 先日見た記録映画『彼らは生きていた』を思い出したし、『彼ら~』を先に見ておいてよかった。兵士の装備の重さとか、塹壕の様子や地面のぬかるみ(沼地のような場所が多々あり、ずぶずぶ沈んでいく兵士もいたとか)、状況をイメージしやすい。兵士同士の戦場だからこその助け合い(他の場所では会うこともしないという)について『彼ら~』の中で言及があったが、本作中の他隊の兵士や上官とのやりとりにはそれを感じた。


戦火の馬 [DVD]
ジェレミー・アーヴァイン
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2013-07-03





『オルジャスの白い馬』

 カザフスタンの草原で家族と暮らす少年オルジャス。ある日、市場へ馬を売りに行った父親が戻らなかった。母アイグリ(サマル・エスリャーモバ)が警察に呼び出され、父親の死が告げられる。村で葬儀が行われた後、カイラート(森山未來)という男が母を訪ねてくる。監督は竹葉リサとエルラン・ヌルムハンベトフ。日本・カザフスタン合作となる。
 カザフスタンの草原が雄大で、人々の暮らしは厳しくもどこかのどかだなと眺めていたら、途中から急速にハードな展開になる。角度を変えたらノワール風にも犯罪映画風にもなりそうだ。とは言え少年の視点から描かれているので、一番重要なのは彼にとって「父親が帰ってこない」という所だ。父親に実際のところ何があったのか、母親が村の中で置かれている微妙な立場の理由や、彼女の過去に何があったのかという、大人の事情のドラマは最前面に出てくるものではなく、あくまで背景だ。そして、少年にとっての父親は消えた父親だけで、誰かが代わりになれるわけではない。
 森山演じる謎の男・カイラートが登場すると、ちょっと西部劇的な味わいも出てくる。街から離れた草原が舞台で、馬に乗って活躍するシーンがあるからというだけでなく、疑似父親的な男が現れ母子を助ける、というシチュエーションも西部劇っぽい。森山がまた予想外に様になっているのだが、まさか銃器が出てくる映画だと思っていなかったのでちょっとびっくりした。
 少し不思議だったのが、文化的な背景。父親たちが市に向かう前に祈りをささげるのだが、最後アーメンで締める。しかし葬儀はイスラム教に則ったもの。父親だけ宗教が違うというわけでもなさそうだし、どういう文化圏なのか気になった。ロシアに近いエリアのようなので、キリスト教文化も流入しているということなんだろうか。

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2004-12-23


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2018-09-10



『イーディ、83歳 はじめての山のぼり』

 83歳のイーディ(シーラ・ハンコック)は長年介護をした夫を失い、一人暮らし。娘からは老人介護施設への入居を勧められているが気が進まない。ある日、ふとしたきっかけでかつて夢だったスコットランドのスイルベン山への登山を思い立つ。現地で知り合ったアウトドア用品店の店員ジョニー(ケビン・ガスリー)をトレーナーとして雇い山頂目指してトレーニングを開始するが、衝突してばかりだった。監督はサイモン・ハンター。
 イーディがいわゆる「かわいいおばあちゃん」ではないところがとても素敵だった。冒頭、娘に止められている高カロリーな朝食をこっそり隠すところからしていい味出しているのだが、老人ホームでのおしゃべりやグループワークには反感を示し、ジョニーに対しても注文や文句が多い。あるシーンで「生きてきた中で一番幸せ」というが、そのシチュエーションからも1人の人間として独立していたい、自分のやりたいようにやりたいという人なんだなとわかって胸を突かれる。そんな人が、束縛の強い男性と結婚してしまい(その後の顛末は予想できなかっただろうけど)、家庭を持ってしまったのかと。時代の中での価値観、世間の在り方のどうしようもさなを感じる。イーディは老人ホームに入る入らないとは別問題として、娘との関係もぎくしゃくしている。娘としては母親の愛情を十分に感じられなかったということなのだろうが、イーディは「(子育ての)責任は果たした」と言ってしまうような人。そりゃあ娘も日記読んでショック受けるよな…。とは言え、すべての母親が愛情深く「母親らしく」ふるまえるわけではないだろう。こういうのは、もうしょうがないのだ。
 本作は、人が個であることを大前提としてストーリーが展開しているように思う。親子も夫婦も他人で、幸せのありかたはそれぞれ違う。日本の映画だと、イーディと娘が何かしらの和解をするエピソードや、イーディが登山の途中で家族を想うシーンが入りそうなものだが、本作はそういった、家族の不和を緩和するような要素がない。この人はこういう人だからこれはこれでしょうがないという、人との絆よりも個人の在り方を前に出しているストーリーなように思った。イーディだけでなくジョニーについても同様で、彼と恋人の関係は今後こじれるだろうが、それはしょうがないというような描き方。それが彼の価値観であり生き方なのだ。

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2017-07-05


街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22


『音楽』

 不良高校生の研二(坂本慎太郎)、太田(前野朋哉)、朝倉(芹澤興人)は楽器を触ったこともないが、思い付きでバンドを始める。フォークバンドをやっている森田(平岩紙)ともなぜか意気投合し、地元のフェスに出場することになる。原作は大橋裕之の漫画『音楽と漫画』。監督は岩井澤健治。
 決して写実的というわけではないざっくりとしたキャラクターデザインなのだが、動画はロトスコープで作っており、人の動きをそのままトレースしたリアルなものというギャップが不思議な味わいを出している。いわゆる「リアル寄り」なルックではないのだが、リアル志向とも言えるのだ。省略とデフォルメとリアルのバランスが不思議な塩梅。
 リアル志向は作中で使われている音楽にも言える。音楽漫画の映像化作品は過去にも何作かあったが、漫画では絵と文字での表現だったところに、映像化にした時実際に音楽が乗ったらちょっとがっかり、というパターンが結構多かった。小説や漫画だと読者それぞれに作中音楽のイメージを膨らませるわけだから、全員が納得するのはなかなか難しい。原作に特に思い入れがない人が聞いてもこれはショボいなというパターンもある。
 そこのところ、本作の作中音楽はバンドの初期衝動を感じさせるインパクトがあった。研二たちが初めてベースとドラムを鳴らした時の彼らの中での衝撃がビジュアルとして鮮やか、そして、その後の彼らの「音楽」はひたすらベース音を鳴らすだけ(つまり「ブブブブブ」的な音をずっと鳴らしている)なのだが、これがなんだかかっこいい。やっているうちに、独自のグルーヴ感まで生み出してくる。またリコーダーの狂乱にしろ、フォークバンドの変貌にしろ、これならありそう!というラインと何これ!というラインの間を攻めている。ここに説得力がないと音楽映画としてはまずだめ、という部分をクリアしていると思う。
 登場人物全員、なんだか可愛げがあった。ラスト、いきなり青春映画ぽくなるのだが、いやーやったなー!と彼と彼女の肩を叩きたくなる。

音楽 完全版
大橋裕之
カンゼン
2019-12-09


「BECK」 通常版 [DVD]
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2011-02-02


 

『オリ・マキの人生で最も幸せな日』

 1962年、パン屋の息子でアマチュアボクサーのオリ・マキ(ヤルコ・ラハティ)は、田舎町で静かに暮らしていた。ある日、世界チャンピオン戦で全米チャンピオンと戦わないかという誘いを受ける。試合を控えヘルシンキでマネージャーと他のボクサーと共にトレーニングに励むが、オリは華やかなスポーツ界に馴染めず、恋人ライヤ(オーナ・アイロラ)に会いたくてたまらない。監督はユホ・クオスマネン。2016年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門作品賞受賞作。
 モデルになった実話があるというので驚いた。オリはボクサーとしての才能はあるし、競技への情熱も愛着もある。ただ、マネージャーやスポンサーたち、観客たちが期待するような「スター」としての振る舞いにはなじめないし、スターとしての華やかな世界や待遇にも魅力を感じていない。そこに、彼にとっての幸せはない。彼にとって自然体でいられる、彼の良さが発揮できる環境はどこなのか、彼にとっての幸せは何なのかという物語だ。試合の結果からすると題名は皮肉なようにも見えるのだが、実はそうではなく至って直球だ。客観的には社会的に挫折したように見えるかもしれないが、当人にとってはそうではない。オリは自分の幸せを他人に決めさせなかったのだ。一方、身勝手な俗物に見えたマネージャーも、彼の生活やスポンサーに臆面もなく頭を下げる様を見るとこれはこれで筋の通った、彼なりに誇りある生き方かもなと思った。
 モノクロ映画なのだが映像が非常に瑞々しくきらきらしている。冒頭、結婚式への往復のオリとライヤの姿がとても楽しそうだし、森の中を自転車で行くというシチュエーションがいい。二輪車2人乗りシーンがある映画は打率が高いという自説がまた立証されてしまった。本作は自転車漕ぐ役割の人がちゃんと交代するところもいい。オリが1人、森の中をジョギングしたり凧揚げしたりする姿も解放感溢れる。やっと息が楽にできたという感じだ。あの解放感、わかるなぁとしみじみ。

街のあかり [DVD]
ヤンネ・フーティアイネン
デイライト
2007-12-21


COLD WAR あの歌、2つの心 [DVD]
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2020-01-08


『ある女優の不在』

 イランの人気女優ベーナーズ・ジャファリ(ベーナーズ・ジャファリ)に、見知らぬ少女からメールが届く。メールに添付された動画は、女優を目指し芸術大学に合格したものの家族の裏切りによってその道を絶たれた少女が、自殺をほのめかすものだった。ショックを受けたジャファリは映画監督のジャファル・パナヒ(ジャファル・パナヒ)と共にその少女マルズィエ(マルズィエ・レザイ)が暮らす村を訪れる。監督・脚本はジャファル・パナヒ。
 少女の自殺らしき映像から始まる不穏さ。不穏さは村に行ってからも変わらないのだが、どんどん不条理コメディのような様相になってくる。ジャファリもパナヒも都会のいわゆる「知識人」だが、村は完全にローカルルールで支配されている。古くからの因習や迷信がはびこっており、2人の常識が通用しない。傍から見たら笑ってしまうのだが、当事者は大真面目なので下手にいじると大炎上する。俳優・女優を「芸人」としてさげすむのに、ジャファリが来ると大喜びで色々と頼み込むという村人の態度は矛盾しているが、彼らの中ではそれが普通のことで矛盾などとは思わない。結構自分勝手でローカルルールを超越する価値観がないのだ。車中泊しようとするパナヒのところで村の老人たちがやってくるシーンは、具体的に彼らが何かしようとしているようには描かれていないが結構怖い。またマルズィエの弟の、彼女が失踪したことで恥をかかされたという激昂の激しさは周囲が身の危険を感じるレベルだ。女性が進学を望む、家から出ることを望むということへの強烈なマイナス感情には、根深い問題がありそうだが。
 村へ続く細い道に関する「ルール」がころころ変わる、しかし誰もそれを是正しようとしない(マルズィエが道を広げようとすると女の仕事ではないと阻止され道は放置されたまま)。慣習が全てのような世界で、なかなかきつい。その集団の中で慣習から外れたことをする人がいると、共同体から疎外されていく。この村社会感は万国共通なのか。そのような共同体から逸脱していく存在として3人の「女優」が登場する。既に安全圏にいるといえるジャファリは自分をまきこんだマルズィエに苛立ちはするが、見て見ぬふりはしないと腹をくくる。そして彼女よりも先に同じ決断をした女性もいるのだ。この「見て見ぬふりをしない」ことにより、ラストは少し世界が開けて見える。パナヒはそれを見送るのみだが、「そういうのは女性の方が得意だから」とか言っている場合ではないんだよな。


これは映画ではない [DVD]
ジャファル・パナヒ
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2015-05-30


『アイリッシュマン』

 トラックドライバーだったフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)は一帯を仕切るマフィア、ラッセル・バッファリーノ(ジョー・ペシ)と知り合ったことがきっかけで、殺し屋として頭角を現していく。全米トラック運転組合委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の付き人となり信頼を得るが、やがてホッファは暴走を始める。監督はマーティン・スコセッシ。
 Netflix配信作品が期間限定で劇場公開されていたので見に行ったのだが、さすがに209分は長い…。長さの面では自由に中断できる配信向きといえる。とは言え、劇場で見る醍醐味はありすぎるくらいある。映像は明らかにスクリーン向きなので配信だともったいなくなっちゃう。さすがスコセッシというところか。
 老年のフランクが過去を語り始め、過去と現在が入り乱れる、途中の時間経過も不規則かつ大幅に飛んだりする。また、実話が元なので実際の第二次世界大戦後のアメリカ史と強く結びついている。全米トラック運転組合とマフィア、政界との繋がりや、ホッファが何者なのか、またキューバ危機あたりは押さえておかないとちょっとついていくのが厳しいかも…。キューバ危機はともかくホッファのことを今のアメリカの若者たちは知っているのだろうか。背景説明はほとんどないので、結構見る側の理解力を要求してくる。
 フランクはわりと軽い気持ちでマフィアの世界に足を踏み入れていくように見える。ラッセルとジミーとも「友人」という関係が前面に出ている。が、マフィアはしょせんマフィアというか、いざ利害の不一致が生じると友情もくそもなくなっていく。ある一線を踏まえたうえでの仁義なのだ。この一線を超えてしまったのがジミーの破滅の始まりだったのでは。フランクとラッセルはずっと上下関係というかパートナーシップ的なものを維持していく(ワインとぶどうパンを、中年当時と同じようにおじいちゃんになっても一緒に食べる様にはきゅんとする)。が、フランクにとってはラッセルをとるかジミーを取るかどんどん迫られていく過程でもある。後半、フランクは頻繁に困ったような涙目顔になっているのだが、強烈な「ボス」2人からの板挟み状態は確かに泣きたくもなりそう。
 フランクらの妻や娘は登場するが、物事にかかわってくるのは男のみ。フランクの娘の1人は彼の真の仕事に勘付き、距離を取る。が、あくまで見ているだけで自らは何もすることはない(絶縁はするのだが)。女不在の世界の成れの果てを見せていくとも言える。

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『アナと雪の女王2』

 雪と氷を操る力を持つエルサ(イディナ・メンゼル)と明朗快活なアナ(クリステン・ベル)姉妹は、アレンデール王国の女王と王女として、仲間に囲まれ平和に暮らしていた。ある日エルサは不思議な歌声に呼ばれていると感じる。声に導かれ、エルサとアナはエルサの力の正体、そして王国の秘められた真実を知ることになる。監督はクリス・バック&ジェニファー・リー。
 幼いエルサとアナに父親が語るアレンデール王国と不思議な森の関係は、あっこれはいわゆるアレですか…と予感させるものなので、その後の展開にそう意外性はない。ストーリーの運び方は結構雑というか乱暴なところがあり(これは1作目でも感じたのだが)精緻に伏線を敷くというよりは、登場人物のキャラクター性、情動にぐっと寄せて話を転がしていくタイプの作品なのだと思う。冒険要素を盛り込む、かつ視覚的な派手さ・盛り上がりの為にアトラクション的、ジェットコースター的な演出に頼りすぎな気はした。
 とは言え、個人的には前作よりも好きだ。私は前作の結末、エルサの処遇にあまり納得いかなかったのだが、今回はその部分が(私にとっては)是正されて、中盤の展開がどんなに雑でもあのラストシーンがあるから許そうという気になった。前作でエルサは「ありのまま」の自分(「ありのままの」がエルサの中で黒歴史扱いらしいという演出がちょっと面白かった)を受け入れ、周囲からも受容されたわけだが、本当にそうなのか?別の氷の城に入っただけではないのか?というのが今回のスタート地点だろう。エルサの自分探しはむしろ本作が本番だ。一方、アナはエルサを愛しずっと一緒にいようと決意しているが、それはお互いに縛り付けることになっていないか?という面も出てくる。前作での体験をふまえてなのだろうが、アナがやたらと姉妹が一緒にいなければと強調するので、これはこれでエルサは辛いのでは…と思ってしまう。愛では救えない、自由になれないものもあるのでは?とも。
 今回のエルサはレオタード風衣装といい、人生の選択といい、歴代のディズニープリンセスの中ではかなり異色、新しいと言えるだろう。その一方でアナが旧来のプリンセス的価値観を引き継ぎ、異性のパートナーを得ることに幸せを見出しているというコントラストが面白い。どちらがいいというわけではなく、両方OKとするのが今のディズニーの感覚なのか。
 なお今回、エルサの衣装・髪型といい、クリストフとのソロステージといい、80年代MV風味が妙に強い。特にクリストフのパートはコンテといいライティングといい曲調・音質(ここだけ明らかに曲の作りが安い!)といいパロディとして笑わそうとしているんだと思うが、誰に向けて発信しているんだ…。子供にはわからないし大人も結構いい歳の大人でないとわからないと思うんだけど…(『ボヘミアン・ラプソディ』がヒットしたからとりあえずあのネタだけはわかるだろ!みたいな読みがあったんだろうか)。

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『永遠の門 ゴッホの見た未来』

 パリで全く評価されなかった画家フィンセント・ファン・ゴッホ(ウィレム・デフォー)は、弟で画商のテオ(ルパート・フレンド)の援助を受け、南仏アルルへ向かう。パリで知り合ったゴーギャン(オスカー・アイザック)に心酔し共同生活をするもやがて破綻を迎える。精神を病みつつも画業に向かった彼の見る世界を描く。監督はジュリアン・シュナーベル。
 予告編で、フランス語と英語が入り混じていたのでどういう区別の仕方をしているのか気になっていた。主演のデフォーが英語圏の人だからということが前提条件だったのだろうが、ゴッホと「世間」とのやりとりはフランス語、近しい人とのやりとりや独白は英語という区別がされていたように思う。デフォーにとっての母語が内面に深く根差す言葉として使われており、俳優の能力的な制限が逆に演出として機能しているところが面白かった。デフォーのややぎこちない(と思われる)フランス語が、世の中とのコミュニケーションがうまくいかないゴッホの生き方を表しているように思えるのだ。
 本作、とにかく「ゴッホが見ている」世界を映しているので、ここはゴッホの幻想なの現実なの?というような曖昧な描写があるし、画面の下半分がおそらくゴッホの視界としてぼやけたままになっていたりと、不思議な所が多い。いわゆる伝記映画というわけではないのだ。ゴッホの主観の世界なので、悲しみも喜びもダイレクト。人の言葉、自分の言葉が何度もリフレインして彼の中で響き続けているような演出もある。彼の目で見た自然界は美しすぎ、きらめきすぎて体が、筆が止まらないという感じが濃厚だった。ゴッホが画材を持って野山をずんずん歩いていくシーンが度々あるのだが、前のめり感がある。気持ちが体よりも先に進んでしまう感じで、この感覚はちょっとわかる。風景が美しいと気分が高揚してきちゃうんだよな。
 マッツ・ミケルセン演じる神父との対話が印象に残った。神の意志について、ゴッホが元々神職希望(父親が神父)だという史実を踏まえており、彼が評価されないまま絵の制作に取り組み続けたことへの返答にもなっているように思う。彼の最期は近年の研究を踏まえたものになっているのかな?ゴッホの死の謎を追ったアニメーション映画『ゴッホ最期の手紙』でも同様の説を採用していた。

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2014-02-22


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