3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

映画題名あ行

『ウィークエンド』

 金曜日の夜、友人たちと別れたラッセル(トム・カレン)は一晩付き合う相手を探しにクラブに立ち寄る。なんとなく惹かれたグレン(クリス・ニュー)を連れて帰宅し、セックスし、週末を共に過ごす。お互いに距離が縮まっていくが、土曜日の夕方、グレンはあることを告げる。監督はアンドリュー・ヘイ。
 かなり地味かつ地に足の着いた作品。3日足らずの出来事なのだが、もっと長い期間の話に感じられた。2人の間に流れる時間の速度が速いのか、密度が高いのか。関係が濃密というのではなく、むしろ付き合い始めの、好きなのかどうかまだ定かではないくらいの淡さではあるのだが(まあセックスはしてるけど)、お互いの出方を探る感じ、関係が固まっていない危うさから目が離せなかった。ラブストーリーではあるのだろうが、そう言い切っていいのかどうか迷ってしまう。
 ラッセルは自分がゲイであることを周囲の人間にはオープンにしている。友人たちもそれを受け入れており、一見フラットな付き合いだ。しかしそれでも「家にいる時は自分がゲイであることを意識することはない、でも外に出ると意識せざるをえない」というようなことを言う。本当にフラットな世の中だったらセクシャリティをいちいち意識する、他人の目を気にすることはないんだろうけど(実際、異性愛者の人は日常生活の中で自分のセクシャリティを強く意識する、どう見られているか気にすることはあまりないだろう)。現状、世の中は異性愛前提で作られているしその中にいる人たちも異性愛前提で考えてしまうよなとはっとした。そしてごく親しい人との間であっても、その部分のギャップは理解しあえないし話せない領域がある。グレンがセックスした相手の「語り」を収集し続けているのは、他の人たちはどうなんだろう、周囲との折り合いはつくものなんだろうかという思いがあるからかもしれない。
 ラッセルとグレンは付き合い方に対するスタンスは異なるし、愛、恋愛についてのスタンスも異なる。自分の中のどこまで立ち入らせるかという一線の引き方はひとそれぞれで、その部分でせめぎあいが生じる。ラストシーンに胸を打たれたのだが、そのせめぎあいと受け入れがありありと見られるのだ。

荒野にて [DVD]
チャーリー・プラマー
ギャガ
2019-09-03


スプリング・フィーバー [DVD]
チン・ハオ
アップリンク
2011-04-08


『ある船頭の話』

 山間の村と町の間を流れる川で船頭をしているトイチ(柄本明)。川上に橋が建設されることになり、村人たちは両岸の行き来が楽になると完成を心待ちにしていた。ある日、トイチは川を流れてきた意識不明の少女(川島鈴遥)を助ける。身寄りがない少女と共にトイチは暮らし始めるが。監督・脚本はオダギリジョー。
 風景がとても美しい。新潟のロケだそうだが、こんなに水が澄んだ川が流れているのかとちょっと驚いた。撮影監督はクリストファー・ドイルというのも大きい。青の色味に透明感があって鮮やかだ。また、ワダエミによる衣装も風景に映える。日本の伝統的な着物からちょっとずらしたデザインで、日本であって日本でないような、どこの国とも言えないようなファンタジーっぽい雰囲気を醸し出している。この「日本ファンタジー」的な美しさは良し悪しでもある。あまりにエキゾチック趣味、海外で好まれる日本のイメージ(日本人が見るとちょっと嘘くさい)に寄せすぎなように思った。とはいえ、海外展開を狙うのならこれで正解なのだろうが。
 ちょっと余計な要素が入りすぎな所もあったが、初脚本・監督作としては堂々とした出来で、オダギリジョーの新たな一面を見た感がある。出演俳優はとても豪華。ただ、全員顔に強さがある人なのでずっと見ていると少々うるさくて疲れる。抜け感みたいなものがないのだ。その中で永瀬正敏のニュートラルさは貴重。やはりいい俳優なんだな。
 時代に取り残されていくもの、世界の端っこで生きるものの悲しみが描かれている。時代に乗れる人は当人にとっては成功なんだろうけど、取り残されるものにとっては時に残酷にふるまう。トイチになついていた青年の変容は、本人に全く悪気がなさそうなだけに無情さが際立つ。ただ、トイチはこの世で生きることをあきらめたわけではないだろう。どこかへ向かう彼らの姿は物悲しいが、全く未来がないというわけではないように思えた。

宵闇真珠[Blu-ray]
オダギリジョー
ポニーキャニオン
2019-07-03


長江哀歌 (ちょうこうエレジー) [DVD]
リー・チュウビン
バンダイビジュアル
2008-04-25


『アド・アストラ』

 ベテラン宇宙飛行士のロイ・マグブライド(ブラッド・ピット)は軍上層部から極秘指令を受ける。地球外生命体の探求に人生を捧げ、その探索途中に太陽系の彼方で行方不明になった父(トミー・リー・ジョーンズ)が生きている、しかも太陽系を滅ぼしかねない「リマ計画」にかかわっている可能性があるというのだ。ロイは父へのメッセージを伝える為、宇宙へ旅立つ。監督はジェームズ・グレイ。
 前半は「ちょっと先の未来」の感じがすごくよく出ている。今より頻繁に宇宙に行けるし、月や火星に人類は進出している。しかし月面にコロニーを作れるほどではないし、スペースシャトルに乗るには宇宙服必須だし搭乗人数も限られている。月面カーチェイスの泥臭さもよかった。このくらいなら遠からずできるようになるかも、という手応えを感じさせる。
 一方後半はロイの内省が色濃くなる。ロイは父親に対して複雑な感情を抱いている。確執があるというよりも、父親は家族を愛していたのか、父親の心がどこにあるのか彼にとっては謎のまま年数が経ってしまったのだ。父親は自分と母親を捨てたのではないか、そしてまたロイ自身も父親と同じように身近な人を大切にできない人間になってしまったのではないかという恐れが、彼を苛んでいく。父という謎と、自分に対する恐れと向き合う過程が、太陽系の果てへの旅と重なっていく。ロイがどんどん不安定になっていく様は不穏だ。地球から離れるほど、内面へ内面へと向かっていく、それはどちらも不安だし危険を伴うものだという構成が面白い。
 ただ、ロイの父が遠くまで行けた、宇宙飛行士としてヒーローになれたのは、愛=自分の精神を揺さぶるものを地球に置いてきたからだとも言える。ロイが度々受けるメンタルテストは心の揺らぎをチェックするものだ。感情が大きすぎてはいけない、しかしその状態を保ち続けると親密な関係の人間は疎外感を感じ耐えられない。遠く遠くまで行くには、人間性を手放さなければならないのかもしれない。ブラッド・ピットは最近、どこか幽霊のような、あの世とこの世の境にいるような役をよく演じているように思う。本作も幽霊がこの世に復帰してくる話のようだった。

インターステラー [Blu-ray]
マシュー・マコノヒー
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-11-03


ツリー・オブ・ライフ [Blu-ray]
ブラッド・ピット
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2013-01-23


『永遠に僕のもの』

1971年、ブエノスアイレス。少年カルリートス(ロレンソ・フェロ)は自分の天職が窃盗であることに気付く。入学した学校で出会ったラモン(チノ・ダリン)に魅了され親しくなるが、彼の父親はプロの泥棒だった。窃盗団に加わったカルリートスはラモンと共に勢いづいていき、ある時殺人を犯す。彼とラモンの行動はエスカレートし、連続殺人へと発展していく。監督はルイス・オルテガ、製作はペドロ・アルモドバル。
1971年のアルゼンチンで12人以上を殺害した、連続殺人事件の犯人をモデルにした作品。アルモドバルがプロデュースした割にはフェティッシュさ、セクシャルさは薄い。カルリートスのラモンに対する思いはひと目惚れのようなもので執着もあるし、ラモンもカルリートスに対してなんらかの思いはありそう。とはいえ2人の間にあからさまな同性愛描写はない(異性愛描写もわりと淡泊なのでそういう作風なのかもしれないが)。
 色濃い業のようなものを感じさせるのは、むしろカルリートスの窃盗癖の方だ。欲しいものは欲しいし、何で盗ったらいけないのかわからないから盗る、更に何で殺してはいけないのかわからないから殺すというスタンスが一貫している。ラモンは明確に金銭の為に盗みをやるのだが、カルリートスは盗みの為に盗みをやる。彼にとって金銭は副次的なものだ。2人の盗みに対するスタンスが違う、生きていく上での価値の置き場所が違うのだから、関係が破綻していくのも無理はないだろう。カルリートスにとってはラモンもまた「欲しいもの」で、だったら何をしても手に入れなくては気が済まないし、なぜそれをしてはいけないのかという発想はないということなのだろう。カルリートスにとっては何にせよ自分が基準で、世間の倫理や他人の感情は関係ない。邦題はかなり的確なのではないかと思う。
 色彩センスと音楽の趣味がすごくいい作品だった。色の組み合わせはビビッドで鮮やか。また、時々真顔でギャグをかますような妙なユーモラスさがある。実家に警察がすし詰めになっているシーンとか、すごく真面目なシーンなのに何か笑ってしまう。

バッド・エデュケーション [DVD]
ガエル・ガルシア・ベルナル
ギャガ
2015-03-03





明日に向って撃て! [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16

『アルキメデスの大戦』



 日本と欧米の対立が強まりつつある昭和8年。日本帝国海軍上層部は巨大戦艦・大和の建造計画に乗り気だったが、海軍少尉・山本五十六(舘ひろし)はこれから必要なのは空母艦だと主張。しかし上層部は世界に誇示する巨大戦艦計画を支持する。山本は計画を阻止する為、天才数学者・櫂直(菅田将暉)を起用し、大和建造の見積もりに不正があると証明しようとする。原作は三田紀房の同名漫画、監督は山崎貴。
 山崎監督が脚本も手がけているのだが、何でもセリフで説明しがち、感動盛りすぎになりがちというこれまでの作品の難点が比較的出ておらず、普通に面白い。その一言、一アクションを入れるからダサくなるんだよ・・・というシーンもそこそこあるのだが、げんなりするほどではなかった。
 櫂は「数字は嘘をつかない」という信念、というか確信を持ち、言動は非常に合理的で、どう見ても軍の体質とはそりが合わなそうだし、実際に軍人は嫌いだと明言している。そんな彼が軍という組織の中で妨害にあいつつミッションを遂行していくという、「大作戦」的な面白さがある。杓子定規で典型的な軍人タイプの部下・田中(柄本佑)との掛け合いと、2人が相棒として機能していく過程も見所の一つだろう。田中の造形がちょっと誇張されすぎ、「キャラ」感が強すぎな感はあるが(こういうのが山崎監督作品のダサさの一因ではないかと思うんだけど・・・)、2人のコントラストがきいていた。俳優には正直あまり期待をしていなかったのが、若手もベテランも案外よかった。海軍のおじさんたちの会議の、段々論理も議題の趣旨も関係なくなり人間性こきおろし合戦になっていくむなしさは、あー日本の会議!日本の組織!という感じだった。
 この「日本の組織」というものの厄介さ、不条理さが全面に出ている話でもある。櫂がいくら奮闘して見積もりの不正が判明したとしても、史実から明らかなように当初の海軍上層部の計画通りにことは進む。上の人がそれでいいといえば、黒も白になるし、あったこともなかったことになる。全く理にかなっていないので、敗戦の原因はここにもあるんだろうなと空しさが募る。
 櫂が奮闘するが、史実として大和は建造され、沈没することが最初からわかっている。実際、映画冒頭はこの沈没シーンで非常に力が入っており、スペクタクル要素としては最大の見せ場だと言ってもいい。櫂の奮闘からのこの「結末」までどうやってストーリーを展開させていくのかというのが本作シナリオの勝負所だったと思うのだが、なかなかうまくクリアしていたように思う。終盤にある人物が櫂に提案する道は苦渋の決断だろう。ただ、本当にそれだけか?とも思った。櫂は研究者であり技術者気質だ。そこにより完璧なものを作れる方法があるのなら、それがどんな結果を招こうと作りたくなる、やってみたくなるのが技術者の性ではないだろうか。そして同じように、軍人はやはり戦争をやりたい人種であるようにも思える。アメリカとの開戦を案じていた山本も、結局真珠湾攻撃に乗り気を見せる。ある人物の提案の真意は、当人の自覚有無に関わらず、ひとつの建前であるような気がしてならなかった。その建前としての意図すら機能しなかったということが、映画を見ている側には史実としてわかっているというのがまた空しい。

『X-MEN:ダーク・フェニックス』

 X-MENの中でも強い能力を持つジーン・グレイ(ソフィー・ターナー)は、宇宙でのミッションがきっかけで更に強い力を身につけ、制御不能になっていく。周囲を傷つけることを恐れるジーンだが力は暴走し始め、X-MENの仲間たちとの関係にもひびが入っていく。更に彼女の力に目をつけた謎の女(ジェシカ・チャステイン)が接触してくる。監督はサイモン・キンバーグ。
 ファーストジェネレーションからの、若き日のプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビア(ジェームズ・マカボイ)とマグニートーことエリック・レーンシャー(マイケル・ファスベンダー)を中心としたシリーズ。しかし、毎回公開前にはすごく楽しみにしているのにいざ本編を見るといまひとつ乗れないということが個人的には続いている。残念ながら今回も同様。このシリーズ、初期のウルヴァリンを中心としたX-MENとは基本的に別物ということなんだろうけど、完全なリブートというわけでもないし、見ているうちにこのキャラクターってこんなのだっけ?この先なんでああなるの?と色々もやもやしてしまう。別物として見られるほどには制作スパンが開いていないんだよな。また、前作で色々時間軸をいじっているので、そのあとでこういう話をやられても、あれは何だったの?って思ってしまう。どういうスタンスで見ればいいのか微妙な作品だった。
 チャールズのミュータントを「代表」しようとする振る舞いや学園での指導方針は、異端と見られている彼らを世に認めさせる為にはもっともなやり方に見えるし実際成功している。X-MENはヒーローとして人気者になっていく。しかしそれは、常に一般人の役に立つミュータントであれと強いることでもある。無害で役につ存在でなければ人間の仲間として認められないというのは、本当に平等とは言えないだろう。レイヴン(ジェニファー・ローレンス)のように普通に静かに生きたいと願うものや、ミュータントであるが特に秀でた能力・役に立つ能力を持っているわけではないというものはどうすればいいのか。そもそも能力を使うのも使わないのも当人の自由だろう。同じマーベルコミックのヒーローであるスパイダーマンには「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉があるが、あれはヒーローを人間から差別化することでもあるんだよな・・・。本作のラストも、能力が過ぎるともう人ではいられない、この世にはいられないという結論になってしまうものなので、X-MENというシリーズのスタンスとしてこれでよかったのか?ともやもやした。
 このシリーズ、チャールズの「持っている」人間故の独善性が垣間見られるシリーズでもあったが、今回ははっきりと、彼のその行為は独善である、独りよがりであると指摘している。もう「お前そういうとこだぞ!」と突っ込めないかと思うと少々さびしくもあるが。

X-MEN:アポカリプス [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16







X-MEN:フューチャー&パスト ローグ・エディション(2枚組) [Blu-ray]
ヒュー・ジャックマン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2015-07-15

『アマンダと僕』

 パリでアパート管理の手伝いや公園の草木の剪定をしている24歳のダヴィッド(ヴァンサン・ラコスト)は、ピアノ教師レナと恋に落ちる。しかしある事件によりダヴィッドの姉は死に、レナも怪我を負いトラウマに苦しむ。更に姉の7歳になる娘アマンダ(イゾール・ミュルトリエ)はシングルマザーだった母を亡くしひとりぼっちになってしまう。監督・脚本はミカエル・アース。
 試写会で鑑賞。アマンダ役のミュルトリエが本当に素晴らしい。自然体の子供として、作られ過ぎない可愛さがある。母親の死によるショックにずっと耐えている彼女が、ある場面で泣く。このタイミングをストーリー中のどこにもってくるかという演出が、わかってる!と思うと同時にちょっとあざといなとも思うのだが、アマンダの泣き顔の説得力に納得させられる。自分の中で色々な思いの収まりがついた時に、ようやく真に泣ける、感情を表に出せるのだろう。
 本作で泣くのは子供だけではない。唯一親密な親族だった姉を亡くし、自分の将来もおぼつかないまま子供の人生を背負うことになったダヴィッドは、友人の前で泣きだしてしまう。姉が死んだ出来事が事故や病気とはだいぶ様相が違い、それだけでもショックなのに、アマンダに対しての責任までのしかかってくる。更に事件で傷ついた恋人に十分に寄り添うこともできない。彼は彼で、この先が不安でしかたないのだ。このシーン、泣くことをとがめられない、男なら泣くな、大人なんだからしっかりしろ的なことを言われない所がいい。
 「~らしく」「~なんだからこうでないと」みたいな概念が全般的に薄かったように思う。ダヴィッドはアマンダと生活し面倒をみるが、彼女の父親として振る舞おうとしているわけではなく、「保護者である大人」になっていくのだ。アマンダの母親もあまり「母親らしい」振る舞いではなく、デートで浮かれたり仕事でひと悶着あったりする。母親として以外の顔もちゃんと見せるのだ。母親がいる、のではなく、こういう個人がいる、という視点で描かれていたと思う。ダヴィッドたちの実母も、いわゆる世間が言うところの母親らしい人ではなかった。それでも「そういう人」として描いており善し悪しのジャッジはされていなかった。子供の描写に気をひかれがちだが、大人たちの描写もとてもよかったと思う。


悲しみに、こんにちは[Blu-ray]
ライラ・アルティガス
ポニーキャニオン
2019-05-15





あの夏の子供たち [DVD]
キアラ・カゼッリ
紀伊國屋書店
2011-04-28

『アメリカン・アニマルズ』

2004年、アメリカ・ケンタッキー州。大学生のウォーレン(エバン・ピーターズ)とスペンサー(バリー・コーガン)は代り映えのしない毎日に物足りなさを感じていた。2人は大学図書館に収蔵されている時価1200万ドルを超える鳥類図鑑を盗み出そうと計画する。秀才のエリック(ジャレッド・アブラハムソン)、実業家の父親を持ち自身も実業家として成功しているチャズ(ブレイク・ジェナー)を仲間に引き入れ、着々と計画を進める。ついに結構の日が来るが。監督はバート・レイトン。
実際に合った事件を実際の当事者に聞き取りしながら、それをプロの役者による再現劇に挿入していくというメタ構成。当事者の記憶は個々にずれがあり、そのずれもそのままドラマに織り込まれていく。ストーリーの前提にあやふやさが含まれており、見ているうちにおぼつかない気分になってくる。
更に、4人の強盗計画のゆるさずさんさ。これでよく実行しようと思ったな!という地に足のついていない様はこれまたおぼつかない。そもそも特に強い絆があるわけではないのになぜこの4人で?という疑問もぬぐえないままだ。
彼らはなぜ強盗をしたのか。切実にお金に困っているというわけではなく、むしろ平均よりも大分裕福な子もいる。親が「あの庫のことが分からなくなった」というのも納得。犯罪映画のように、盗みをすることで人生大逆転が出来るような気になっていたのだろうが、そもそも「大逆転」てどういう状況を期待していたのだろうか。見れば見るほど胡乱で、徒労感に襲われそうになる。何をやってもかっこよくはならないし自分からは逃げられないのだと、彼らは突き付けられているのだがそれに気づいているのかいないのか・・・。
ウォーレンの饒舌と衝動が周囲を巻き込んでいく、彼の物語にスペンサーらが乗せられていくという面はあるだろう。しかし、その物語に対して考えずに乗っかっていくスペンサーの姿勢の方が不穏に思えた。自分で何かをやる(手を汚す)覚悟もないまま他人の物語に乗っかっちゃって大丈夫なのかと。お話が降ってきた、という感じで、自分がそこに加担しているという意識は希薄だし、加担することが何を意味するのかということも考えていなさそう。想像力が欠落している気がするのだ。

『RBG 最強の85歳』

 アメリカ女性最高判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ。ジェンダーによる差別と闘い続けた彼女の生涯を追うドキュメンタリー。監督はジュリー・コーエン&ベッツィー・ウェスト。
 この人がいなかったら、男女間の不平等は今頃どうなっていたか、というくらい功績があるギンズバーグ。精神的にも肉体的にも非常にタフな人というイメージがあるし、実際に体力を維持するためのメンテナンスと努力を欠かさない様が作中でも見受けられる。私より全然ちゃんと腕立て伏せ出来てる・・・。
しかし本来は、若い頃から物静かで引っ込み思案、必ずしも外向的、尖鋭的というわけではないというから意外だった。彼女のガッツ、闘志は生真面目さ、勤勉さから生まれるもののように思える。弁護士事務所への就職を軒並み断られた(彼女の伝記映画『ビリーブ 未来への大逆転』でも描写があった)時に「なぜ女性が弁護士になれないのか理解できなかった」というのだが、真面目に考えるとそれが理にかなっていない、不条理だから理解できないというわけだろう。理屈が通らないというのは、世の中や現行の法律の方がずれていて、そこを変えていくことが時に必要なのだ。ギンズバーグが「200年前に作られた法律の「我々」に私たちは含まれていない。黒人もヒスパニックも。」と言う。その時代ごとの「理屈」はあっても、背景となる時代の価値観からは逃れられないのだ。
 法解釈や主義主張が違う人とでも、その他の部分で気が合えば親しく付き合うという所も面白い。超保守派の判事と意外と仲がいいのだ。仕事とプライベートとの切り分けがはっきりしている。このスイッチの切り替え方が仕事が長続きするコツなのかもしれないとも思った。
 夫との関係性が理想的だ。こういう人と支え合っていたからここまで来られたのかもしれない。それだけに、夫の晩年になってからの病から目をそむけていたという孫の言葉が切ない。あんなに強い人でも、そこは直視できなかったんだと。夫マーティンはギンズバーグの知性、法律家としての能力を非常に高くかっており、自分のパートナーとして自慢に思っていた様子。彼自身も法律家(税務専門の弁護士)だったが、「2番手であることを気にしない」人だったとか。妻の知性を手放しで評価できる、自分よりも高くかうというのは当時の男性としては稀な資質だろう。映像からも人柄の良さが垣間見られた。
 それにしても、アメリカの現状を思うとギンズバーグはおちおち引退できないだろうな・・・。必要とあれば保守とも妥協し、最高判事間のバランスを取るためより保守にもリベラルにも方向修正する人だそうだが、相当リベラルとして頑張らないと現状ではバランスとれなさそう・・・。

『アベンジャーズ/エンドゲーム』

(若干ネタバレです)
 サノス(ジョシュ・ブローリン)により人類の半分を失った地球。キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンズ)、アイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr)らアベンジャーズは、失った仲間を、人類を取り戻す為に再集結し、史上最大の闘いに挑む。監督はアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟。
 マーベル・シネマティック・ユニバースがようやく一旦完結!良く頑張った!おつかれ!打ち上げに行こう!以上!で終わらせたくなってしまう。これまでのシリーズ前作をふまえ、諸々のキャラクターへのフォローもし、もちろん前作からのどう見ても無理目!なピンチから脱出するという大仕事が終わったと言うことへの感慨が先に立ち、面白さとか感動とかが自分の中で後手後手になってしまう。もちろんとても面白かったし感動したけど、ストーリーへの感動というよりも監督をはじめ本作、本シリーズをなんとかかんとか完成させた人たちへの感心の方が先に来ちゃうんだよね・・・。
 正直なところ、タイムパラドックス問題や、どこまでを「指パッチン」被害の範疇とみなすのか等、細かいところでの矛盾や突っ込み所は結構多いし、シリーズ見てきた人には気になるところだと思う。とは言え、10年もやっていたらそりゃ色々矛盾するところは出てくるだろうな、大目に見るかという気持ちもある。個人的にはようやくホークアイ(ジェレミー・レバー)のまともな活躍を見られたので十分かなぁ。
 本作中、個人的に一番印象深くぐっときたのは、ナターシャ(スカーレット・ヨハンソン)とスティーブのやりとりだ。世界各地に散った仲間とのミーティングの後、雑に作られたサンドイッチをほおばろうとするナターシャにスティーブが声をかける。『ウィンター・ソルジャー』でナターシャはスティーブに、ガールフレンドを作ったら、つまり一個人としての私生活をもっと大事にすれば、と促す。今回はスティーブがナターシャにそれを促す。この任務から降りて一個人になる人生もあるのだと。その後のやりとりは思いやりがありつつちょっと切ない。ナターシャにとっての「家」はアベンジャーズであり、この他の人生の選択肢はもうない、つまり人類の危機が去ったら彼女が居場所と思える場所はなくなる(アベンジャーズは人類の危機に際して結成されるものだから、本来存在しない方がいいんだよね・・・)のだと。ナターシャは髪色を頻繁に変えるが地毛は赤毛で、今は染め直す気力もないこと、ピーナツバターサンドがサンドイッチ界で最下層らしい(本当にやる気がない時に手っ取り早く作って食べるもの)ということも垣間見えるいいシークエンスだと思う。男女の友情がちゃんと存在している所も本シリーズの良さの一つだった。
 また、スタークとスティーブがここでもまた対称的な道を選ぶ、そしてその道が彼ら其々が歩んできた道とは別の方向にシフトするものであるという所も面白かった。特にスタークは、とうとうちゃんと大人になることが出来た、父親という存在と向き合い、自身も大人としての責任を果たすことに成功したんだなと、これまた感慨深かった。彼だけでなく、あの時できなかったことをもう一度やりなおすというモチーフが随所にちりばめられた作品。


アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー+MovieNEXワールド] [Blu-ray]
ロバート・ダウニー Jr.
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2018-09-05




アベンジャーズ & アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン ブルーレイセット(期間限定) [Blu-ray]
ロバート・ダウニーJr.
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2018-04-04


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ