3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

2021年07月

『乗客ナンバー23の消失』

セバスチャン・フィツェック著、酒寄進一訳
 潜入捜査官のマルティンは妻子が失踪し、失意の中にいた。そんな折、妻子が乗船中に失踪した豪華客船「海のスルタン」号の乗客から、妻子に関する情報があると呼び出される。乗船したマルティンだが、次々と新たな事件が起こる。
 次々と新たな事件が起き、どんでん返しにつぐどんでん返しでサプライズの盛りが非常に良い。えっそんな展開なの?!無茶すぎない?!と思う所もあるのだが、意外とちゃんと伏線回収している。この設定、ここにつながっているのか!と感心した部分も。最後のボーナストラック的な部分でもちゃんと回収、かつ新たな展開があるのだ。色々なことが起きすぎ、設定盛りすぎ(登場人物各人の属性の盛りがよすぎて胃もたれしてきそうだし、結構悪趣味でもある)ではあるが、とにかくこの先を読ませるぞ!というやる気に満ちている。豪華客船という大きな密室の中に小さな密室も発生する、閉鎖空間サスペンスの醍醐味もある。豪華客船の旅って退屈しそうなんだけど、これだけ事件が起きるなら飽きる暇はないか(笑)。

乗客ナンバー23の消失 (文春文庫)
セバスチャン・フィツェック
文藝春秋
2021-04-06


座席ナンバー7Aの恐怖
フィツェック,セバスチャン
文藝春秋
2019-03-08




『時の他に敵なし』

マイクル・ビショップ著、大島豊訳
 子供の頃から太古の夢を繰り返し見る青年ジョシュアは、その夢を魂遊旅行と呼んでいた。夢に出てくるのは石器時代で、自分の幻想ではなく実際にあったことだ確信した彼は、古人類学者のブレアにその夢について話す。ブレアは魂遊旅行は本物だと認め、ジョシュアを国家的なタイムトラベルプロジェクトへ誘う。石器時代に送り込まれたジョシュアはホモ・ハビリスと呼ばれる現生人類の女性と恋に落ちる。
 まずは装丁がかっこいい!文庫でこの装丁は相当頑張ったのではないだろうか。私はそれほどSF小説を読むわけではないので、この装丁でなかったら手に取らなかったかもしれない。ジョシュアは魂遊旅行で過去=古代を「見る」が、ブレアのプロジェクトに参加することで肉体ごと過去に移動することに成功する。古代の世界にジョシュアがどんどん馴染んでいく様は時にユーモラスだが、自分が生まれて生きてきた世界(1960年代~80年代)に居場所がなかったことの裏返しでもある。スペインに生まれた黒人孤児でアメリカ人夫妻に引き取られたジョシュアは、白人社会の中では差別され続け、義父は事故死(死に方がかなりしょうもなくて冗談みたいなのだが)、義母も自身の仕事に邁進し、ほぼ絶縁状態だった。あったかもしれない過去を作り出すことは、彼のアイデンティティ、孤児である自分のルーツを裏打ちしなおそうという行為のようにも思える。
 しかし、彼のタイムトラベルのベースにあるのは「夢」だ。彼が生活している古代は自分の夢にすぎないのではないか?タイムマシンが完成したという夢をずっと見続けているのでは、全部彼の頭の中の出来事なのではというあやふやさが拭えない。古代での出来事は現代よりもカリカチュア気味だし、ジョシュアと現生人類の恋人・ヘレン(ジョシュアが名付けた)との関係も彼にとって都合が良すぎる。ヘレンに英語を教えようとするが彼女らの言語を学ぼうとはしないあたり、マイ・フェア・レディーのパロディのようでもある。古代を自分の居場所としつつも現生人類と対等に向き合うわけではない、そしておそらくそういう自分の態度を自覚していないという居心地の悪さがあった。その場所、時代をある意味利己的に利用しているという所も、彼の頭の中での出来事っぽいのだ。

時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)
マイクル・ビショップ
竹書房
2021-05-31


樹海伝説
マイクル・ビショップ
集英社
1984-10T


『唐人街探偵 東京MISSION』

 様々な事件を解決してきた中国の名探偵タン・レン(ワン・バオチャン)とチン・フォン(リウ・ハオラン)は、日本の探偵・野田昊(妻夫木聡)に協力を頼まれ、東京にやってきた。アジア系マフィアの会長が密室で殺され、彼と会談をしていた暴力団組長・渡辺(三浦友和)に容疑がかかったが渡辺は否認し、真犯人を見つけてほしいと依頼してきたのだ。更に殺された会長の秘書・小林杏奈(長澤まさみ)が何者かに誘拐される。監督・脚本はチェン・スーチェン。
 中国で大ヒットしたシリーズの3作目。日本公開版には冒頭に「これまでのお話」として設定の説明がされるので、単品で見ても大丈夫。世界中の探偵が能力を競い合いランキングされている、またそれを超越した謎の存在「Q」がいるなど、日本のコンゲーム系漫画と(デスノートとか)いわゆる新本格ミステリの系譜につながる作品がこういう形で登場するのかと感慨深いものがあった。ものすごく久しぶりに清涼院流水とかを思い出したよ…。タンらを振り回す「ゲーム」はルールは曖昧だし正解不正解も大雑把だしでかなり大味なのだが、密室に関しては熱意の度合いが違う。作中でカーによる密室定義の論考が出てくるのだが、結構がっつり取り組んでおり、中途半端なゲームよりもこちらをもっと見せてほしかった(当初はもっと密室解説が長かったらしい)。
 本作の舞台となる東京のシーンはほぼセットなのかと思っていたら、予想以上にロケ撮影をしている。地元民からしたら場所と場所のつながりが奇妙だったり、歌舞伎町の真ん中に新宿駅があるの!?(セットをわざわざ作ったのはすごい。また逆に新宿はそこそこロケできるんだなとか)という所はあるのだが、そこまで違和感はなかった。ただ、海外から見たエキゾチック・ジャパンだなという印象は否めない。今時ヤクザ・銭湯・力士か~とは思うのだが、あえてカリカチュアした東京にしているのかなという気もする。もし上海が舞台だったら、アメリカや日本の映画に出てくるような大分誇張した土地・文化表現の上海になっているのではないかと。登場人物もいわゆる「キャラ」として誇張されているが、都市も同様の描き方をしているシリーズなのかなという印象を受けた。他国の文化の描き方についてはそれでいいのかどうか、微妙な所ではあると思うが。
 妻夫木聡ってこんなにスター性があるというか、スクリーン映えする俳優だったのかとちょっとびっくりした。ド派手な衣装を着こなしてちゃんとチャラさが板についている。




『氷柱の声』

くどうれいん著
 高校生の伊智花が高校生の時、東日本大震災が起きた。盛岡市に住んでいた伊智花は家も家族も無事だったが、その後、被災地応援する絵を描いてほしいと教育委員会から公募が来た時、違和感を感じる。それから10年の時間を、伊智花と彼女が出会った人たちの経験や思いで綴る。
 高校生の伊智花が感じた違和感は、自分の作品が周囲が期待する物語に取り込まれてしまう、勝手な意味づけをされてしまうことにある。伊智花は描いたニセアカシアの枝葉のディティールや構図について興味を持ってもらいたかった(自分が力を入れたのはそこだ)が、記者や教育委員会は「被災地に高校生が前向きなメッセージを届けようとした」というストーリーに興味を持ち、そのストーリーを抽出しやすい作品を評価する。それは絵画を評価すると言う行為とは別物ではないか。また、震災を感動の為のツールとして消費することになるのではないか。更に伊智花自身は震災によって大きな被害は被っておらず、果たして当事者と言えるのか。当事者ではないとしたら自分が震災について表現していいのか。
 これらの葛藤は伊智花だけでなく、彼女が出会う人たちそれぞれが抱えている。津波の被害にあった土地の出身だが運よく自宅に被害はなかった人、震災時は内陸にいたが停電のトラウマがぬぐえない人、震災の後に被災地に移り住んだ人。そして世間が求めるストーリーを引き受けようとする人。被災との距離と自分のこととしての咀嚼は、世間が求めるわかりやすさとは乖離していく。
 大きな災厄が起きた時、それは社会の問題ではあるが、社会を構成しているのは個々人であり、まずは個の問題なのだ。ひとくくりにしない、ラベル付け・意味づけを拒んでいく姿勢は、出来事と自分自身に対する誠実さだろう。小説としての構成・表現はまだぎこちない所もあるが、本作全体がそういった誠実さに貫かれている。

氷柱の声
くどうれいん
講談社
2021-07-08


二重のまち/交代地のうた
瀬尾夏美
書肆侃侃房
2021-03-01





『発火点』

J・C・ボックス著、野口百合子訳
 ワイオミング州の猟区管理官ジョー・ピケットの知人で、工務店経営者のブッチ・ロバートソンの所有地から、2人の男の遺体が発見された。遺体の2人は合衆国環境保護局の捜査官で、犯人はブッチと推定された。ブッチは所有地を巡り、環境保護局から不可解かつ理不尽な仕打ちを受けていたのだ。ジョーは姿を消したブッチの捜索に駆り出されるが、環境保護局による捜索は過熱していく。
 ブッチ一家に対する環境保護局の指摘・要求はかなり理不尽かつ不自然なものでそもそも怪しいのでこれが本作のミステリ要素の一つなのかなと察しはつくものの、その謎の解明に着手する前に諸々のごたごたが連発し、謎解きは一番最後にとってある。メインはジョーらによるブッチの追跡とブッチ側の逃亡劇という、ワイオミングの山を舞台にした冒険小説的な展開にある。ここで読者の好みが分かれそうだなと思った。正直、環境保護局のやり方が極端で、作中のリアリティラインをどの辺に設定しているのか、ブレがあるように思った。個人的には山岳地を舞台にしている割には自然描写に乏しく(狩猟が盛んな土地らしく、獲物となる鹿の記述は結構あるのだが)、舞台の魅力演出に欠けている所が気になった。
 一方で山のある土地を離れがたい地元民の心情や、産業らしい産業もなく時代に取り残されそうになっているエリアらしいことが垣間見える。ジョーの妻メアリーベス(有能)が直面する大問題も、ごもっともと言えばごもっともなのだろうが事業者側にしてみれば理不尽だよなと。歴史的な建造物が取り壊されがちな要因はこういう所にもあるのか。


熊の皮 (ハヤカワ・ミステリ)
ジェイムズ A マクラフリン
早川書房
2019-11-06


『ジャッリカットゥ 牛の怒り』

 南インド、ケーララ州の森の中の村で水牛が脱走した。肉やのアントニは片思い中のソフィに振られて、牛を捕らえて汚名返上しようと張り切る。更に暴れる水牛を追い、農場主や神父、警察官や隣村のチンピラたちを巻き込み村中がパニックになっていく。水牛をしとめる為に荒くれもののクッタッチャンが呼び戻されるが、クッタッチャンはソフィを巡ってアントニといがみあっていた因縁があった。監督はリジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ。
 インド映画、奥深すぎるな…!題名には牛の怒りとあるが、途中から人間の狂乱がどんどん膨らんでいき最早、牛は関係ない。水牛の逃亡をきっかけに、小さな共同体の中でくすぶっていた鬱屈や嫉妬が増大・爆発していく。捕獲作戦を一生懸命にやってはいるのだが、水牛(食肉用)1頭にそこまでのプライオリティがあるのか?採算取れるのか?という熱中加減で、どんどん情熱が変な方向に向かっていく。その暴走をだれもおかしいと思っていない感じなのが、また奇妙かつ不気味。リズムと編集を執拗に合わせており、人の声によるコーラスを多用した音楽も不安を煽る。音楽とショット切り替えのテンポの良さでリズミカルなのに、全体的にはどろっとした気持ち悪さがある。正にカオス。まさかカニバリズム要素もあるとは思わなかった。
 狂気の煮詰まり具合は先日見た『ライトハウス』に通ずるものがあるが、発露の仕方は全く異なる。本作はとにかく温度が高い。そして人口が多い。クライマックスの人達、どこから来たんだ。なお本作、冒頭と最後に黙示録からの引用がある。インドなのに聖書?と思ったが、この地域はキリスト教も根付いているそうだ。宗教的な背景が作品に影響しているのかどうかは何ともわからないが。なお作中にも教会や神父が登場する。神父、水牛に薬草畑を踏み荒らされてガチ切れしてましたが…。
 
アギーレ・神の怒り [DVD]
ルイ・ゲッラ
東北新社
2001-09-26


マッドマックス 怒りのデス・ロード [Blu-ray]
ロージー・ハンティントン=ホワイトリー
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2016-04-20


『竜とそばかすの姫』

 高知県の山間に暮らす高校生のすず(中村佳穂)は、幼い頃に母親を事故で亡くし、父親と2人暮らし。音楽好きの母親と一緒に歌を楽しんでいたすずは、事故以来歌えずにいた。ある日、友人に誘われ世界中から50億人以上が集まる仮想世界U(ユー)に参加したすずは、Uの中でなら歌えると気付き、歌姫ベルとして世界中から注目されるようになる。そんな彼女の前にU内で恐れられている「竜」(佐藤健)が現れる。監督・原作・脚本は細田守。
 仮想空間の構造・スケールとかどういうルールで運営されているのかとか、Uに関する設定がかなり大雑把。特にユーザーの身体情報がアバターに投影されるというのはちょっと問題ある気がするんだけど…。肉体(の特徴)という制限が継続される以上、完全に自由だったりリトライできるわけではないだろう。「もうひとりのあなた」は今のあなたを解放するものではないのでは。その不自由さにはストーリー上あまり言及されておらず、製作上どのくらい意識されているのかがよくわからなかった。この部分に限らず、大雑把なところはすごく大雑把(終盤の展開は非常に盛り上がる所だしすごく大事なエピソードなんだけど、大概勢い任せだよな…)。 
 一方で、すずのトラウマにまつわるエピソードが一つの軸になっている。すずにトラウマが植え付けられた出来事、そしてその時母親は何を思っていたのか、自分の周囲にいた人たちが自分にどんな関わり方をしてきたのか理解するというクライマックスの回収の仕方は悪くなかった。この部分にストーリー全体をもっと集約させてもいいと思ったのだが、どうにも枝葉が多くてふらついているなという印象。こちらの軸は上手く機能しているが、Uが舞台となるエピソードとあまり結びついておらず、ちぐはぐなように思った。細田監督のここ数作ではいつも思うのだが、原作・脚本はやはり別の人に任せた方がいいのでは。あれもこれもになりがちなように思った。
 ストーリーのまとまりはいまいちだが、デザイン、作画に関してはやはり良い。細田監督の本領は細かい所のコンテ、演技のデザインにあるなと実感させる駅のシーンなどはやはり魅力がある(と同時に、上映時間的にはその辺ばっさりカットしてもいいんですけど…)。また、現実世界とU世界のデザインの方向性を変えているのも、メリハリがきいていていい。アバターのデザインも多様で、現実の本人とは見た目の性別が違いそうなアバターもおり、様々であろうとする方向性が見受けられる。
 ただ、だからこそ美女と野獣をモチーフにしたセンスの古さが際立ってしまった。美女と野獣は題名の通り見た目の美しさ・醜さという価値評価が根底にある。肉体の見た目から解放されるアバターの世界にその価値観を持ち込んだら全然解放されないし、そもそも竜の見た目の特徴・あざ等をはっきり「醜いもの」=害悪としてしまっている設定は今時まずいのでは。

竜とそばかすの姫 (角川文庫)
細田 守
KADOKAWA
2021-06-15


『ライトハウス』

 1890年代、ニューイングランドの孤島の灯台に、2人の男がやってきた。ベテラン灯台守のトーマス・ウェイク(ウィレム・デフォー)と新人の見習いイーフレイム・ウィンズロー(ロバート・パティンソン)の2人で、4週間にわたって灯台の管理を行う為だ。しかし2人は反りが合わず、ことあるごとに衝突を繰り返す。監督はロバート・エガース。
 高くそびえたち煌々と輝く灯台、鳴り続ける汽笛(ぽい音)と機械音と風の音、灯台以外に何もない荒れた島と海鳥たち。いわゆる広義の密室なのだが、舞台装置が場の雰囲気の異常さを高めていく。更にモノクロの映像が悪夢っぽさを強める。白黒のコントラストが美しいのだが、陰の部分に不思議な質感があって物質のように見えてくるのだ。また、かなり猥雑なシチュエーションなので、もしカラーだったらあからさますぎてもっと下卑た感じになるだろうし、より悪臭が漂ってきそうな作品になっただろう。モノクロにしたことで煩さが緩和されている。
 トーマスとイーフレイムはいがみ合うが、徐々に打ち解け、酒が入ると踊ったり抱き合ったりする。2人の関係が煮詰まっていくのだが、この煮詰まり方の乱高下が激しく安定していないので見ているうちにどんどん不安になる。2人の関係はホモソーシャルで濃密なものになっていくが、本作、徹頭徹尾男性性が強調される、かつそれに翻弄されていく話だ。トーマスは「海の男」として男らしさを強調し様々な局面でイーフレイムにマウントを取りたがるし、彼が愛してやまない(性的な興奮すらおぼえる)灯台はあからさまにペニスのメタファー。灯台に興奮する変態にも見えるが、トーマスが魅せられ執着するのは男性性そのものなのでは。一方イーフレイムはトーマスにこき使われ、人魚の幻影に惑わされ、疲弊していく。灯台の光源と内部での作業が見たいとトーマスに頼むが拒否され、彼への憎しみがつのる。灯台という巨大な男性性を巡って男と男の愛憎が展開するという何とも奇妙な話なのだ。トーマスとイーフレイムが奇妙というよりも、人間は誰しも奇妙さを内包していて、何かのきっかけたあるとそれが噴出していくというように思えた。
 ラストシーンは灯台守である自分をプロメテウスになぞらえたトーマスの言葉を受けてのビジュアルだろうが、プロメテウスに大分失礼だろう。人間を救ったわけでもなく、自分の欲と狂気にひきずられての顛末で哀しく滑稽。

灯台守の話 (白水Uブックス175)
ジャネット ウィンターソン
白水社
2011-08-09




『あのこは貴族』

山内マリコ著
 東京生まれ東京育ちの箱入り娘・華子は結婚を焦りお見合いを繰り返していた。自分と同じような環境で育った家柄の良い青木幸一郎との縁談がついに成立する。一方、地方生まれの美紀は猛勉強の末慶應に進学・上京するが、経済難で退学する。今はIT企業で働きながら、大学で同級だった幸一郎とだらだらと関係を続けている。そして2人の女性があるきっかけで対面する。
 親族の新年会は帝国ホテル(そしてホテル内のショップを眺める)、鳩居堂のぽち袋、ウェスティンホテルのアフタヌーンティー、結婚式はオークラ、軽井沢の別荘と万平ホテルでのブランチ等々、具体的なキーワードがあー東京の貴族!という感じでもはやカリカチュア的。リアリティを出す為にわかりやすいキーワードをちりばめたことで、逆にパロディみたいになっている。でもこういうパロディみたいな生活をしている層が実際にあるわけだし、その雰囲気・生活様式は結構よく伝わってくる。その層にいる人たちにとっては「普通」でそれを疑うことがないという所も含め。これらのキーワードは、華子や幸一郎にとっては自明のものだが美紀にとってはそうではない、ごくごく狭い世界で通用するものだ。その狭さと「身内」ばかりで構成されている様は、美紀の田舎の閉塞感とあまり変わらないようにも思えてくる(幸一郎が置かれている環境は正に田舎の「家」だ)。結局は土地と血縁に集約されていく、大きな田舎みたいなものなんだろう。しかもその世界において女性はアウェイで仕切っているのは男性だ。女性を分断しようとする社会の仕組みについては一見、取ってつけたように説明されるが、華子と美紀がどのように扱われてきたかを顧みると端々にこういうことが見えていたとわかる。
 美紀が言うように「東京」の華やかなイメージは上京者にとっての東京なのだろう。そのイメージに憧れつつもとらわれすぎることをやめた美紀、自分の小さい世界の価値観から踏み出す華子、2人の女性の一歩がほんのりと明るい。本作、タクシーで始まりタクシーに終わるのだが、最後のタクシー運転手とのやりとりに救いがあった。

あのこは貴族 (集英社文庫)
山内マリコ
集英社
2020-07-03


あのこは貴族 [DVD]
バンダイナムコアーツ
2021-10-27





 

 

『平凡すぎる犠牲者』

レイフ・GW・ペーション著、久山葉子訳
 ソルナ署管内のアパートで殺人事件が起きた。被害者はアルコール依存症の孤独な高齢男性。ありふれた事件かと思われたが、ベックストレーム警部らソルナ署の刑事たちが調査を進めるうちに、見た目通りの単純な事件ではなさそう、かつ被害者も「平凡すぎる」人物ではないのではという疑いが出てくる。更に第一発見者の新聞配達員が死体で発見された。
 あのダメ警官もこの悪徳刑事もこいつに比べればまし!くらいにベックストレームが警官として難ありという所が本シリーズの特徴だろう。前作『見習い警官殺し』では経費の使い込みが甚だしかった。今回も怪しげな副収入を得ているらしいし助兵衛だし、セクハラ・pワラハラ・レイシズム発言(はさすがに控え目になっているが)も止まらない。そして何よりガチで無能だという所がすごい。ほぼ運の良さだけで今の地位をキープしているというのが逆に斬新だ。所轄の他の刑事たちも、決して切れ者、超有能というわけではない。そこそこの人達がえっちらおっちら前進し、意外な真相が次々見えてくる様に面白さと、個々の登場人物の魅力が見えてくる。「平凡すぎる」人などいないのだ。警官も犯人もその他の人達もかなり個性的かつエゴイスト。

平凡すぎる犠牲者 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2021-01-09


見習い警官殺し 上 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2020-01-22





ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ