3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2020年12月

2020年ベスト本

今年は在宅する時間が増え、映画館に行けない時期もあったので、自然と読書量が増えた。がっつりした読書が増えた年だった気がする。

1.『おれの眼を撃った男は死んだ』シャネル・ベンツ著、高山真由美訳
今年ぶっちぎりで文章スタイルがかっこよかったと同時にアメリカの、のみならずこの世の苦しみをかみしめた一冊。

2.『ラスト・ストーリーズ』ウィリアム・トレヴァー著、栩木伸明訳
正に匠の技。珠玉の遺作集。読む人によって様々な解釈ができる奥深さと小説としての仕掛けの巧みさ。

3.『掃除婦のための手引書』ルシア・ベルリン著、岸本佐知子訳
評判になったのも納得だしこういう作品が評判になる・売れるという所に希望を感じる。生きる苦しみとユーモアが表裏一体になっている。

4.『コックファイター』チャールズ・ウィルフォード著、齋藤浩太訳
ありがとう加瀬亮…(訳者あとがきをご一読ください)。

5.『蜜のように甘く』イーディス・パールマン著、古屋美登里訳
渋い。年齢を重ねることについて考えましたね。

6.『マーダーボット・ダイアリー(上、下)』マーサ・ウェルズ著、中原尚哉訳
今年読んだSF小説の中で一番面白かった。翻訳の勝利でもあると思う。あの一人称はなかなか思いつかないのでは。

子供の問題、親の問題、どちらも個人の人格・尊厳の問題になっていく。

伊藤野枝の生き方が自分本位で最高すぎるし文章にグルーヴ感がありすぎる。

日本の現代SF小説はここまで攻めてきているのか!と唸った。ただ女性登場人物の描写はいまだにこれ?って部分はあるが。皆少女が好きすぎるね。

10.『ローンガール・ハードボイルド』コートニー・サマーズ著、高山真由美訳
少女の戦いを描いたハードボイルドとして秀逸、かつあまりに過酷な「今」の手応えがある。

おれの眼を撃った男は死んだ
シャネル・ベンツ
東京創元社
2020-05-20


ラスト・ストーリーズ
トレヴァー,ウィリアム
国書刊行会
2020-08-09



コックファイター (海外文庫)
チャールズ・ウィルフォード
扶桑社
2020-04-30



蜜のように甘く
イーディス・パールマン
亜紀書房
2020-07-31


マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)
マーサ・ウェルズ
東京創元社
2019-12-11

マーダーボット・ダイアリー 下 (創元SF文庫)
マーサ・ウェルズ
東京創元社
2019-12-11


おやときどきこども
鳥羽和久
ナナロク社
2020-06-20



なめらかな世界と、その敵
伴名 練
早川書房
2019-08-20




2020年ベスト映画

新型コロナ感染拡大に伴い、世の中では新作映画の封切が順延に順延を重ね、個人的にも映画鑑賞がぐっと減った1年だった。配信でも鑑賞してみたけど、私にとっての「映画」はやっぱり映画館で見るやつなんだよね…。集中力がないので自宅だと1本連続して見通せないという性格の難点も痛感した。

こういうのが私にとっての映画体験なんだなと。光と影にしびれる。映画という体験に飢えに飢えた状況で鑑賞したので更にインパクトあった。

休憩込みでおおよそ9時間という一大映画体験。事実がフィクションより段違いで怖い。正直こういうのこそ配信した方がいい(映画館上映だと物理的に鑑賞できる人が限られすぎるからね…)と思うんだけど映画館でないと見通せなかったかもとも。

全てのショットが完成度高く美しい。映画における女性の人生の描き方がまた一歩前進した感あり。

こちらは男と男の絆とバチバチ。こういうふうにしか生きられない人の姿としても突き刺さる。

これもまたこういうふうにしか生きられなかった人の話でもある。才能と幸福が比例しない。

何を撮っても黒沢清。

邦画における女性映画の新機軸。愛より自由だ。

夢の中へ夢の中へ(行ってみたいとは思えないが)。

ダサ邦題かと思ったら意外と的を得ていたというイレギュラーパターン。

今年一番泣いた。


ドキュメンタリー作家 王兵
ポット出版プラス
2020-04-04


水の中のつぼみ [DVD]
ルイーズ・ブラシェール
ポニーキャニオン
2009-02-04


フォードvsフェラーリ [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
トレイシー・レッツ
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2020-12-02



スパイの妻 (講談社文庫)
行成薫
講談社
2020-05-15


おらおらでひとりいぐも (河出文庫)
若竹千佐子
河出書房新社
2020-06-26


ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語 ブルーレイ&DVDセット(初回生産限定) [Blu-ray]
ルイ・ガレル
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2020-10-14


ジュディ 虹の彼方に [Blu-ray]
マイケル・ガンボン
ギャガ
2020-09-02


『屋上で会いましょう』

チョン・セラン著、すんみ訳
 職場でのハラスメントに疲れ切り屋上から飛び降りてしまおうかという衝動にかられた「私」は、先輩たちからある呪文書を渡される(「屋上で会いましょう」)。あるウェディングドレスの変遷(「ウェディングドレス44」)、韓国版吸血鬼はたまたゾンビ(「永遠にLサイズ」)、中東からの留学生の奇妙な体験(「ハッピー・クッキー・イヤー」)など9編を収録した短編集。
 『フィフティ・ピープル』が抜群に面白かった韓国作家の短編集。SFっぽいもの、ホラーテイスト、ちょっとファンタジックなものと、自分の隣に住んでいる人の話のような小説が入り混じっておりバラエティ豊か。ただ、素っ頓狂な設定であっても、そこに登場する人たち(往々にして女性)が感じる苦しさや居場所のなさは身近なものだ。表題作の「私」が現状から脱出しようという珍妙な試みの行き先には笑ってしまうのだが、笑えない。追い詰められ方は生々しく、もうぎりぎりの状態なのがわかるのだ。女性先輩たちは皆結婚して脱出ちゃうなんてひどい!という取り残され感とか、脱出したにせよそれが結婚という制度によるものだという納得のいかなさ。その納得のいかなさを逆手にとったとんでも設定ではあるのだが、現実と照らし合わせると更に悲しくなってしまうね…。とは言え、どの収録作も哀しみとおかしみが一体になっており、ペシミズムでは終わらせない。「離婚セール」のちょっと悲しくしんどいが身軽になるような後味がよかった。

屋上で会いましょう チョン・セランの本
チョン・セラン
亜紀書房
2020-07-31


『きらめく共和国』

アンドレス・バルバ著、宇野和美訳
 1994年、亜熱帯の町サンクリストバルに奇妙な子供たちが現れる。彼らは物乞いや盗みで生活しているようだが、その言葉は町の人達には理解不能で、人々を不安に陥れた。子供たちはついにスーパーを襲撃して死人まで出る事態に。そして数カ月後、不可解な状況で32人の子供たちが一斉に死んだ。一体何があったのか。
 事件から22年後に、当時社会福祉課の課長だった人物による語り、という形式の小説。後になってから記録を辿る、どういう事態だったのか見えてくるという、謎解きのような要素もある。とは言え、わかったような気になるだけで芯の部分はわからないままなのでは、という不安感が全編を覆っている。子供たちはどこから来た何者なのか、彼らはなぜやってきたのかという部分は断片的に見え隠れするのみだ。むしろ町の人々、特に大人にとっては圧倒的な異物、他者として現れる。異物、未知の他者は(その恐れが不条理なものであっても)恐ろしく、その恐れがさらなる暴動を招く。ただ、不可解な存在であっても彼らには彼ら独自のコミュニティーがあったのかもしれない、そこには新しい社会の可能性があったのかもしれないと示唆される。その可能性こそを大人たちは恐れたとも言えるのだが。これまであったかもしれないもの、この先生じたかもしれない可能性をぶった切る形の終わり方に、投げ出されたような気分になる。

きらめく共和国
アンドレス・バルバ
東京創元社
2020-11-11


ふたりは世界一!
アンドレス・バルバ
偕成社
2014-04-09


『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』

 時空を超えて冒険してきたビル(アレックス・ウィンター)とテッド(キアヌ・リーブス)ももはや50代。音楽活動を続けてきたものの人気は落ちる一方で、もはや応援してくれるのは娘たちだけ。そんな彼らの前に未来からの使者が現れ、時空のゆがみによって世界が終わるまで77分25秒、それを止める為にビルとテッドの「世界を救う曲」が必要なのだと告げる。監督はディーン・パリソット。
 まさかこのシリーズで3作目を今更作るとは思わないし(何しろキアヌ・リーブスは今や大スターだ)、ビルとテッドがあのまま50代になっていると思わないよな…。ずっと頭悪くて能天気なままだし大成とも成功とも程遠い。ただ、この成長のなさを全く笑えないし、自分たちはまだやれるはず!という根拠のない自信はいっそ尊敬してしまう。こういうメンタリティだと人生大分楽なのでは…。新曲が思いつかないから未来の自分たちからパクろう!という発想は大分クズなのだが。
 タイムトラベルというSF設定、未来の自分過去の自分と遭遇するというタイムパラドックス起きかねないシチュエーションはあるのだが、SF的なルールや整合性はほぼ無視されている。本シリーズらしく実に緩く雑。そして未来世界に対するセンスがとにかく古い!その未来は90年代に想像していた未来で2000年代の未来じゃないぞ!と非常に突っこみたくなった。良くも悪くも進化がないのだが、それこそがこのシリーズの真骨頂なのだろう。
 安い・緩い・頭悪いという三拍子なのだが、不思議と不快感はない。誰かを貶めるような笑いの作り方ではないからか。また、ビルとテッドの徹底した自己肯定感(強すぎるし2人一体化しすぎなのでこれはこれで怖いけど)も一因だろう。何より、本作、本気で世界を音楽で救えると思って作られているような気がする。世界中が分断されたコロナ禍の中で本作を見ると、その能天気さは逆に腹をくくったものに見えるのだ。一瞬かもしれないが世界中の人の心が重なる、同じ方向を向く瞬間があると信じて作られている気がした。その本気さが一見実にいい加減な本作を「映画」として立ち上げている。映画は大勢が一緒に見て同じものを共有するものだ。エンドロールにもその信念が込められていると思う。

ビルとテッドの大冒険 [Blu-ray]
ジョージ・カーリン
KADOKAWA / 角川書店
2018-08-24



『ワンダーウーマン1984』

 1984年のアメリカ。人間よりも遥かに長寿で超人的な力を持つスーパーヒーロー・ワンダーウーマンとして人助け励むダイアナ(ガル・ガドット)は、スミソニアン博物館で働く考古学者という身分を隠れ蓑にしていた。ある日、博物館に願いをかなえるという伝説のある石が持ち込まれる。鉱物学者バーバラ(クリステン・ウィグ)もダイアナも伝説を本気にはしなかったが、実業家マックス(ペドロ・パスカル)が密かに石を持ち出し本当に願いを叶えてしまう。監督はパティ・ジェンキンス。
 前半、いかにも80年代という街並みが映し出される。ショッピングモールでワンダーウーマンが強盗相手に大活躍するのだが、このパートは街並みや衣装、ヘアスタイルなど美術面だけではなく、モブ含め俳優たちの演技自体が80年代のハリウッド映画っぽい。オーバーアクション気味というか大味というか、あーこういう映画TVで(というか「午後のロードショー」で)見たことある…というよくわからない懐かしさを感じた。その懐かしみまで製作側の計算の内だったらすごいのだが、本作全体的にそういうノリで、よくも悪くも大味・大雑把。バーバラとダイアナの関係(コンプレックスと憧れから反転しての敵意なんて盛りのいいネタなのにあ!)や、マックスのキャラクター性、「真実」の声の使い方など、掘り下げようと思えばどんどん掘り下げられる要素が色々あるのに、全部ざっとさらいましたよくらいの扱い。ストーンの「願いをかなえる」ルールについても大雑把すぎて、今のはアリなのか?他の願いとの矛盾がどんどん増えるけど大丈夫?どの水準なら「叶えた」認定になるの?等々気になることが多すぎ。特に敵ボスであるマックスのキャラクターがいまいち立ち上がってこず、何が動機で何をどうしたいのかぼんやりしている。彼の生い立ちからくる欲望なのだと終盤に提示されるものの、取ってつけたみたいで、これまた勿体なかった。悪役に魅力がないというのはヒーロー映画としては片手落ちな気がする。
 何より、スティーブ(クリス・パイン)の使い方があまりよくない。ある経緯で復活する彼だが、ダイアナの背中を押す為だけの装置になってしまっているように思った。前作ではダイアナとの関係を一から築いていくというストーリーがあったので一人の人間としての彼の姿が立ち上がってきたし、彼にとってのストーリーの側面もあった。が、本作ではダイアナ側のストーリーのみで、彼の事情というのはほぼない。フィクションの中の生き死にはどんなものであれストーリーの為の装置にすぎないということはできるだろうが、あまりに安易に使われるとちょっと冷めるし寂しい。一作目と逆転した着せ替えシーンなど楽しい所もあるのだが…。
 なお、ダイアナの衣装が全て素敵だった。着られるものなら自分でも着たくなる。

ワンダーウーマン (期間限定出荷/スペシャル・パッケージ仕様) [Blu-ray]
デヴィッド・シューリス
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2019-07-03


『ニューヨーク 親切なロシア料理店』

 マンハッタンで創業100年を超える老舗ロシア料理店「ウィンター・パレス」。今では料理もサービスもひどい古いだけの店になっていた。店の立て直しの為マネージャーとして雇われたマーク(タハール・ラヒム)には訳ありの過去があった。常連客のアリス(アンドレア・ライズボロー)は救急病棟の看護師として働く傍ら自助グループの支援活動もしていたが、過酷な仕事に疲れ切っている。ある日、2人の息子を連れたシングルマザーのクララ(ゾーイ・カザン)が店に逃げ込んでくる。監督・脚本はロネ・シェルフィグ。
 優し気な題名だが、クララと子供たちの逃避行が洒落にならない深刻さでなかなか辛い。「親切なロシア料理店」にたどり着くまでに結構時間がかかるのだ。クララの夫は子供に暴力を振るい、彼女のことも恐怖で支配している。典型的なDV夫で、しかも警官なので逃げた妻子の後を追うのも簡単という性質の悪さだ。クララは専業主婦でお金も夫に管理されているので、手持ちの現金はわずかだしクレジットカードもない。子供たちには「旅行」と称してマンハッタンをぐるぐる回り、パーティーに潜り込んで食糧調達し図書館で暖を取る様は危なっかしく、この親子はいつまで持ちこたえられるんだろうとハラハラが止まらない。彼女のような境遇だといわゆる「自助」で出来ることはすぐ尽きてしまい、支援団体や行政等「公助」であるセイフティネットがないとどうにもならない。そして「公」たる警官である夫に知られることを恐れるクララは、公助になかなかたどり着けないのだ。
 個人ができることはわずかという面は、彼女が助けを求める人たちついても同様だ。ホテルのフロントがお金が足りないが空き室を使わせてくれと頼み込むクララに、それをやったら私が仕事も住み家も保険も失うと言うが、それも責められない。お互いに余力がないのだ。しかし一方で、自分を削って彼女を助ける人たちもいる。その人たちは決して自分に余裕があるわけではないし、彼女に手を貸すことで自分が困った立場に立たされることにもなる。でもやるのだ。この、ぱっとやれる人とそうでない人との違いは何なんだろうとずっと考えてしまった。他人の辛さに対する瞬発力みたいなものが違うんだよなと。ジェフ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)のように自分が失敗続きで結構な困った状態であっても、とっさの思いやりと行動を示せる人の姿にはっとする。
 自分が辛いからこそ人の辛さを顧みることができるということ、一人で出来ることは限られていて誰かの助けがないと乗り越えることは難しいということが、自分のこととして実感できているからかもしれない。そして本作に登場する人たちは助けた側もまた、その行為によって自分を立て直しているように見えた。アリスはクララを助ける為に一線を踏み越え自分の仕事と向き合い直すし、マークにはもう一度他人と関わろうとするきっかけになる。アリスが運営しているのは「自助グループ」だが、自助って自分一人で自分を、というだけではなくお互いに助け合う中で自分も支えられるということだろう。支え合いの中で、クララも自力で夫から逃げ出す力を蓄えていく。いきなり一人でやるのは無理なのだ。人間の善意、支え合いへの信頼が作品の底辺にあり、今見てよかった一作だった。

人生はシネマティック!(字幕版)
リチャード・E・グラント
2018-04-01





『薄情』

絲山秋子著
 群馬の実家で暮らす宇田川静生は、人と深く関わることを避けて生きてきた。夏には嬬恋のキャベツ畑に長期バイトに行き、東京から移住してきた木工職人・鹿谷さんの工房でしがらみのないお喋りを楽しんだりと、実家の神社を継ぐとも継がないともつかない日々だ。しかし名古屋から帰省した同級生の蜂須賀と再会してから、少しづつ生活が変化していく。
 地方の生活が描かれているが、地元というものの居心地の良さと同時に「世間」の強固さ、また都会に出ていく人、「出戻る」人への微妙な暗い気持ちが生々しい。文章のトーン自体は温度が低く乾いているのだが、暗い部分にねっとり感がある。個人的に都会から地方へのステキ感ある移住生活にはうっすら憧れつつも何となくうさんくさく思ってしまうのだが、このあたりの薄暗い気持ちを感知するからだろうか。去ろうと思えば去れる立場だもんね、と思ってしまう。
 宇田川は地元の強固な「世間」に適応しきれず、かといって地元を飛び出し根無し草になるほど無軌道にはなれない。一見自由な鹿谷さんの顛末には、「世間」からのセイフティゾーンに「世間」が割り込んできたような居心地の悪さがある。宇田川もそこにいたたまれなくなるのだろう。中途半端な存在でこそいたい、というのが宇田川の生き方だがそれを続けるのは結構胆力がいるのかもしれない。私は地方在住というわけではないが、宇田川の「もうどうでもいい」感には共感してしまう。情熱なく生きるのだ。

薄情 (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2018-07-05


離陸 (文春文庫)
秋子, 絲山
文藝春秋
2017-04-07


『ブックオフ大学ぶらぶら学部』

島田潤一郎他著
 言わずと知れた一大新古書店ブックオフ。出版関係者や新刊書店関係者からはあまりいい顔をされない新古書店だが、そのブックオフをこよなく愛する人たち(皆読書家である)もいる。その愛が炸裂した、奇しくもブックオフ創業30周年に出版された一冊。
 私は一時期郊外や地方に出向く仕事が多かったのだが、ブックオフを見かけると何だかほっとしてついつい立ち寄ってしまっていた。そういうたまたまの立ち寄り先で思わぬ出物があるとやたらと嬉しい。何店舗もこなしている(こなしているという表現は妙なんだけどブックオフ巡回って「こなしている」って感じなんだよな…)と、無個性に見えて店舗ごとの個性がそこはかとなくあることがわかってきて面白い。本著中でも言及されているが、基本的に「かつて売れた本」が占める割合が高い、ポピュリズムと大量消費の権化のような存在なのに、よくよく見るとやたらとニッチなものが混じっているというカオスが魅力なのだ。近年は値引き度合いが低くなってうまみは減ったものの、未だに均一棚は貧乏人の味方だ。ブックオフの歴史、ブックオフ利用法についての著者らそれぞれのマイルール、せどり師にとってのブックオフの存在、時間はあったがお金はない青春におけるブックオフの立ち位置など、なぜか心打たれてしまう。また装丁がめちゃめちゃ冴えている!裏表紙、カバー下の芸の細かさに笑ってしまった。
 なお、私の自宅の最寄ブックオフは小規模店(本当に小さい)なのだが、最近明らかに本をちゃんと読んでいるタイプの店員が加入したらしく、棚がいきなり整い始めた。分類がちゃんとしている。翻訳文学も結構いいの入っているんだよな…客層がいいのか。


『アコーディオン弾きの息子』

ベルナルド・アチャガ著、金子奈美訳
 1999年、カリフォルニアで死んだダビは、「アコーディオン弾きの息子」という回想録を書き残した。ダビの妻メアリー・アンは作家である「僕」ヨシェバにその本を渡す。故郷のバスク語で書かれたその本を、メアリー・アンは読むことができないのだ。ダビが家族にも読めない言語で語った過去とはどのようなものだったのか。幼馴染であるヨシェバとの間には何があったのか。
 バスクの田舎、オババに暮らしていたダビは、父親からアコーディオン奏者になることを期待され、上流階級の子供が通う学校に行かされるが、自分が心安らぎ馴染めるのは農夫や馬飼いたちの世界だった。野山の自然描写やその中での子供たちの生活が生き生きとしており、魅力がある。ただ、その美しい生活の背後には、スペイン内戦やフランコ政権の暗い記憶が控えているのだ。ダビの伯父は反体制派で、義理の弟であるダビの父とは折り合いが悪い。ダビは、父は軍に協力し殺人に関わったのではないかと疑い始める。ダビの疑いは彼自身にとっては劇的なもの、耐えがたいものなのだが、こういった疑惑はおそらく当時のバスクでは珍しいものではなかったのだろう。それくらい、生活と歴史の影の部分とが一体になっていることがわかる。ダビの著作は自分の子供時代、青春時代を回想するものであると同時に、自分たちの背後にあるそういった歴史、それに加わってしまったことへの痛みと自責を記録したものなのだ。だから故郷の母語で書かれなくてはならないし、妻子に読ませるつもりはないということなのだろう。
 そして「アコーディオン弾きの息子」はヨシェバの物語でもある。本著のいくつかの章はダビではなくヨシェバの手による「小説」だ。ダビの書いたものとヨシェバが書いたもの、両方により彼らにとっての真実が浮かび上がる。そしてダビが書いたものが、そう書かざるをえなかったものであったという苦しさも見えてくる。人はなぜ書くのか、なぜそのように書くのか、という部分にも迫った作品。


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