3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2020年11月

『おらおらでひとりいぐも』

 75歳の桃子さん(田中裕子)は夫に先立たれ、子供たちとも疎遠になり孤独な一人暮らし。図書館で図鑑を読みふけり、46億年の生命の歴史をノートに記すうち、心の中の「寂しさ」たち(濱田岳、青木崇高い、宮藤官九郎)が姿を現し話しかけてくる。原作は若竹千佐子の同名小説、監督は沖田修一。
 これはもう傑作では?!原作小説をこういう形で映像化するとは!と唸りまくりだった。芥川賞受賞作である原作も方言による語りが解放感を与えておりすごく良かったのだが、映画は更に突き抜けた自由さがある。冒頭、恐竜たちの世界から哺乳類が生まれ原人が誕生し現在に至るという、いきなり壮大な始まり方なのだ。地球の歴史と桃子さんの個人史とは地続きなのだ。更に、桃子さんの心の中の声がそのままキャラクターとして具現化する。この「寂しさ」たちが自由奔放に動き、桃子さんの心の声のグルーヴ感を表現していく。「寂しさ」を演じるのが男性俳優(キャスティングが絶妙だった)だというのも面白い。桃子さんの精神が性別、ジェンダーからも解放されているのだともとれる。桃子さんは亡き夫・周造(東出昌大)の前では可愛い女、献身的な妻、母として振舞ってきた。それは故郷を飛び出した桃子さんが目指していた「新しい女」とは真逆の在り方だったろう。しかし1人になったことで、桃子さんは再び「新しい女」、というか性別関係なく桃子さんという一個人になっていく。彼女の生活は孤独と言えば孤独なのだが、精神の中には常に自分の声が響き、自分の中でボケ・ツッコミが展開する。ボケが始まった狂気混じりの世界と見る人もいるだろうが、むしろ自分を俯瞰する冷静な視線があるように思った。地球の歴史、桃子さんの過去と思い出、そして今現在の自分と自分の心の声たち、全部ひっくるめて桃子さんだ。夫も子供もいなくなっても、最後の最後まで自分には自分がいる。大切なのは愛よりも自由だ。そういう意味では孫の存在で生命の繋がりを演出するラストは少々蛇足だが。
 原作の語りをどのように映像で見せるか、という点でとてもユニークだったと思う。特に脳内自分リサイタルは最高だった。寂しさたちとのジャムセッションも、お供を引き連れた墓参りも、突き抜けた自由さがある。

滝を見にいく
黒田大輔
2016-10-05


おらおらでひとりいぐも (河出文庫)
若竹千佐子
河出書房新社
2020-06-26



『おらおらでひとりいぐも』

若竹千佐子著
 74歳の桃子さんは郊外の新興住宅地で一人暮らし。見合い結婚の相手を放り出して一人上京した24歳の秋、住み込みのアルバイトをするうちに周造と出会い結婚、長男と長女が生まれて成長し独り立ち、そして周造は急死した。一人になった桃子さんの内側から、使ってこなかった故郷の言葉が沸き上がってくる。
 本作、語りの勝利だと思う。桃子さんは岩手出身なのだが、上京してからは標準語を通している。封印していた方言が年を取り一人になってからあふれ出てくるのだ。そして桃子さんが深く考える時、やはり自分が生まれ育った土地の、体に染みついた言葉が発せられる。桃子さんは故郷は嫌いだと思い続けていたのに皮肉ではあるが。その皮肉さは、「新しい女」を目指して故郷から飛び出したのに、周造に惚れて彼の前では「可愛い女」として妻・母として献身的尽くすという古典的な女になっしまっていたというのも皮肉だ。しかし桃子さんは一人になることで、そういった役割、ジェンダーから自由になっていく。桃子さんという個がむきだして立ち現れてくる、その様が鮮やかだ。この鮮やかさ、自由さは方言による語りだからこそ感じられたのではないかと思う。オフィシャルなものではなく、よりパーソナルな語りに感じられるのだ。

おらおらでひとりいぐも (河出文庫)
若竹千佐子
河出書房新社
2020-06-26




『あの本は読まれているか』

ラーラ・プレスコット著、吉沢康子訳
 冷戦下、1950年代のアメリカで、ロシア移民の娘であるイリーナはCIAにタイピストとして就職する。しかし彼女に課されたのは諜報員としての仕事だった。訓練を受け文書の受け渡し等を行うようになり、更にある特殊作戦に抜擢される。それは、共産圏で禁書になっているボリス・パステルナークの小説『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民の中に浸透させプロパガンダに利用するというものだった。
 『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民に読ませるという「作戦」が中心にあるが、3つの視点でストーリーは展開していく。イリーナと同僚の諜報員サリー、「わたしたち」として語るCIAのタイピストたち、そしてパステルナークの愛人オリガ。どれも女性たちのエピソードだ。この時代に女性に生まれたことで受ける不利益や屈辱にはやりきれないものがある。その一方で女性同士のいたわりやゆるやかな連帯の描き方はこまやかだ。イリーナとサリーの距離の縮まっていく様や2人の気分の華やぎが眩しい。ただ、小説の語りとして一番面白いと思ったのは「わたしたち」によるもの。タイピストとしてひとくくりにされ、個々の顔など特に意識されなかったであろう女性たちとしての「わたしたち」だが、その「わたしたち」の中には個々人の顔があり、その個々が共鳴しあっている声なのだ。一方、オリガのパートにはあまり面白みは感じなかった。古典的な尽くす女、いわゆる「女はたくましい」とか言われがちな造形の話だからか。むしろ「わたしたち」パートの手法のみで全編書かれたものが読んでみたかったかな~。東京創元社が激しく推していた作品だが、そこまでの傑作・名作という印象は受けなかった。わりとあっさりとしている。

あの本は読まれているか
ラーラ・プレスコット
東京創元社
2020-04-20


ドクトル・ジバゴ〈上巻〉 (新潮文庫)
ボリス・パステルナーク
新潮社
1989-04T


『バルタザールどこへ行く』

 農園主の息子ジャックと幼なじみのマリーは、仔ロバをバルタザールを名付け、一緒に成長する。やがてバルタザールは他人の手に渡り、ジャックも村を去った。美しく成長したマリー(アンヌ・ヴィアゼムスキー)はバルタザールと再会し昔と同じように可愛がるが、マリー自身は不良少年ジェラールに運命を狂わされていく。監督・脚本はロベール・ブレッソン。1966年の作品。同年のヴェネチア国際映画史審査委員特別賞受賞作。
 私はブレッソン監督作品が好きなのだが、本作は見る度しみじみ嫌な話だと思う。マリーの転落ぶりというか、彼女の人生が「転落」として悲劇的に描かれているところにちょっと悪意に近い冷酷さを感じる。マリー自身が折々で間違った方向を選んでしまう、ないしは他の選択肢が奪われており、誰も彼女を助けないというUターン不能みたいなストーリー構造が重苦しい。神話的な悲劇とも言えるだろうが、ちょっと露悪的な悲劇の盛り方(特にバルタザールの顛末は「絵にかいたような」ものすぎる)だ。ブレッソンの演出、映像の作り方自体はストイックで余計なことをせず映画の骨組みのみ、みたいな感じなので、映画演出と悲劇の盛りとのアンバランスさが際立つ。
 マリーの不幸の一つは両親が家族を守る役に立たないことにあり、もう一つはジェラールと関わってしまったことにある。今回再見して、ジェラールという登場人物はなかなか不思議だと改めて思った。なんでそんなにモテるのかさっぱりわからないのだ。マリーは彼を拒みつつずるずる関係を持ち「愛している」というまでになるし、パン屋の女将も彼にやたらと貢いでいる。しかも男友達からも人気だ。何か悪魔的な魅力があるのかもしれないが、映画の画面を見ている限りではそれが感じられない。だからジェラール当人も彼に翻弄される人たちも大分アホみたいに見えてしまうんだけど…。

バルタザールどこへ行く ロベール・ブレッソン [Blu-ray]
ヴァルテル・グレーン
IVC,Ltd.(VC)(D)
2017-06-30


少女
アンヌ ヴィアゼムスキー
白水社
2010-10-19



『薬の神じゃない!』

 上海で小さな輸入薬品店を営むチョン・ヨン(シュー・ジュン)は店の家賃も払えず、息子の親権は離婚した妻に取られそうになっていた。ある日、慢性骨髄性白血病患者のリュ・ショウイー(ワン・チュエンジュン)から仕事を持ち掛けられる。国内で認可されている理治療薬が非常に高価なので、安くて成分は同じインドのジェネリック薬を密輸してほしいというのだ。チョンは金ほしさに密輸販売に手を染める。ジェネリック薬の需要は予想以上で、チョンは密輸の為に仲間を集め事業を拡大していくが。監督はウェン・ムーイエ。
 2014年に中国で実際に起き、医薬品業界の改革につながった事件を元にしたドラマ。もっと泣かせにくるコテコテの人情噺なのかと思っていたら、意外とウェルメイドで抑制が効いている。泣かせすぎないところがいい。マスクを使った印象深い演出があるのだが、全員がマスクをしている今の世の中で見ると、本来の意味合いとはちょっとずれてしまいそうで微妙だった。これは全然映画のせいではないんだけど…。
 最初は金目的だった密輸がだんだん自分とは調節関係ない人たちの為のものになっていき、やがてお金の問題ではなくなっていく。というよりも、「自分には関係ない」ということなどなくて、この社会で生きている以上、自分のことでもある。チョンの認識がそのように変わっていく過程でもある。チョンにとっては客は金づる、密輸仲間は単なる仕事相手のはずだったが、段々そうではなくなっていく。客は自分たちの患者であり、密輸仲間は家族のような存在になっていく。何より、金で人間が選別されるのはおかしいじゃないかという考えに至ってくるのだ。
 チョンの奮闘は、本来は国がやるべきことをやっていないから自分たちがやる、少しでも住みやすい世界にしたいが為のことだ。それでも、自分の子供は海外に行かせることを選ばざるをえない。義弟と、俺たちはダメだったが子供の世代は…と話す姿が切ない。ただ、エンドロール前の字幕で、本当に世界はちょっと良くなったのだとわかる(よくなったから本作が製作・公開できたという側面もあるんだろうけど…)。少しずつの歩みが実を結んでいく。あがき続けないとならないのだ。

ダラス・バイヤーズクラブ [Blu-ray]
スティーブ・ザーン
Happinet(SB)(D)
2014-09-02


パッドマン 5億人の女性を救った男 [DVD]
アミターブ・バッチャン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2019-04-24


『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』

サイモン・ウィンチェスター著、鈴木主税訳
 41万語以上の収録語数を持つ、世界最高の辞書と言われる『オックスフォード英語大辞典』(OED)。この編纂事業の中心にいたのは、独学で言語学の第一人者となったジェームズ・マレー博士だった。そして彼に膨大な用例を送り、編纂に大きく貢献したのがウィリアム・チェスター・マイナー。彼はアメリカ人医師だが、精神を病み殺人を犯したことで、精神病院に収監されていたのだ。2人の数奇な人生をおったノンフィクション。
 何しろOEDの編纂者を追ったノンフィクションなので膨大なボリュームなのかと思ったら、そうでもない。あっさりと読めるボリュームで若干拍子抜けしなくもない。とはいえ現代に通じる辞書の形、編纂の手法がどのように形成・確立されていったのかということがわかってきて面白かった。シェイクスピアの時代に辞書はなかった、自分が使う単語がどういう意味で正確な使い方なのか確かめるすべがなかったという指摘に、あっそういえばそうだな!辞書大事だな!と今更ながら再認識。
 OEDが無事編纂できたのはマイナーの協力あってこそだが、そのためにはマイナーが病院の中で拘束され時間を持て余していた、かつ自分に対する肯定・何か役に立ったという実感に飢えていたという要因が大きい。しかしその条件を生んだのは彼が精神を病み殺人を犯したからだ。殺人の被害者と遺族の不幸なくしてOEDの偉業はなし得なかったとも言えてしまう。あまりに皮肉というか残酷だ。それを考えると、本作を映画化した『博士と狂人』における史実改変はちょっと不誠実というか、罪深いようにも思う。本著内で、人々はOED編纂についてより感動的なエピソードを欲し、史実と異なってもそちらを通説として好むと苦言が呈されていた(だからこそ本著が書かれた)が、映画版は正にその「感動的なエピソード」になっちゃっている。映画はあくまでフィクションではあるんだけど…。


博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話 (ハヤカワ文庫NF)
サイモン ウィンチェスター
早川書房
2017-09-30







『パリ警視庁迷宮捜査班 魅惑の南仏殺人ツアー』

ソフィー・エナフ著、山本知子・山田文訳
 パリ司法警察の元警視正が殺された。彼はアンヌ・カペスタン警視正の元夫の父親、つまり元義父だった。更にプロヴァンス、リヨンで起きた未解決殺人事件との関連が浮上する。カペスタン率いる特別班は捜査介入部、刑事部と競り合いつつ捜査を進める。
 前作『パリ警視庁迷宮捜査班』で結成されたカペスタンのチームは癖が強い人材ばかりなのだが、今回は更にキャラが濃くなっている。それぞれの言動が自由奔放さを増しており、新メンバーもインパクトあり。悪乗りギリギリのところまで来ており、三銃士に警察ネズミ(何のことやらさっぱりでしょうが読めばわかります)はやりすぎじゃないの?とちょっと心配になるが、不思議とすっきりしている。ストーリー構成がそれほど入り組んでいないことに加え、チームメンバーがお互いのクセの強さや難点を許容している、そういう人だからそれでいい、としており人間関係があっさりしているからだろう。人間関係の風通しがいいのだ。警察組織らしからぬチームだが、そこがとても魅力的。特にルブルトンとロジエールの、全くタイプが違う同士の友情(と言っていいだろう)が垣間見えるクリスマスエピソードはちょっと感動的だった。2人とも形は違うが優しいのだ。この2人だけでなく、何だかんだでメンバー全員、お互いに思いやりと尊重があるんだよね。これはリーダーである貸すペタンの力量もあるのだろう。今回、カペスタンの意外な一面と先行き不穏さが垣間見え、ちょっと心配ですが…。


パリ警視庁迷宮捜査班 (ハヤカワ・ミステリ)
ソフィー エナフ
早川書房
2019-05-15


『ウルフウォーカー』

 中世アイルランドの町キルケニーに、父ビル(ショーン・ビーン)と共にイングランドからやってきた少女ロビン(オナー・ニーフシー)。キルケニーでは護国卿が森を開拓しようとしていたが、森にすむ狼たちが人びとを脅かしており、ハンターであるビルが呼ばれたのだ。ロビンは森で不思議な少女メーヴ(エバ・ウィッテカー)と知り合う。彼女は人間と狼の魂を持つウルフウォーカーだった。監督はトム・ムーア&ロス・スチュアート。
 『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に続く監督コンビのケルト三部作3作目。前2作よりも冒険物語、アクション映画としての側面が強くなり、躍動感にあふれたアニメーションだ。もちろん美術面も素晴らしく、キャラクターデザインが割と幾何学的なのにとても柔らかく動くところも魅力。町=人間の世界と森=狼の世界、キリスト教ベースの人間中心な世界とケルト神話の世界の間を主人公が行き来しその間でゆらぐという構造は『もののけ姫』っぽくもある。森の世界の美しさ、狼として体感する世界の鮮やかさが魅力なので(本作、人間の世界にはほぼ魅力がない)、もう人間やめますわ!という気持ちになってしまうが。
 本作を見てもう人間やめますわ!という気持ちになるのは、ロビンが女性であり、人間の社会の中では自由さが限られているという要素も大きいだろう。ただでさえ子供だからあれはダメこれはダメと言われるのに、女性となるとなおさらだ。ロビンは闊達で弓の腕にも自信があり、家事労働よりも狩りに出たいのだが、父親は許さない。娘を失うのではと心配でならないのだが、その心配はロビンの精神を「守る」ことにはならないのだ。ロビンはウルフウォーカーに加わることで、肉体的な自由も精神的な自由も得ていく。
 ただ、本作の世界でロビンが自由を手に入れるということは、自分がそれまで生きてきた世界から離れていくということでもある。共栄共存とはならないところにほろ苦さも感じた。どちらが正しいということではなく、あり方が相容れない。狼と敵対する護国卿も、最後まで敬虔なキリスト教徒として振る舞い自分の正しさを疑うことはないし、人間の為に人間の世界で生きる人ではあるのだ。

ブレンダンとケルズの秘密 【Blu-ray】
ミック・ラリー
TCエンタテインメント
2018-02-02


『ストレイ・ドッグ』

 ロサンゼルス市警の刑事エリン・ベル(ニコール・キッドマン)は酒におぼれ体はボロボロ。同僚からは疎まれ、別れた夫や娘とも疎遠になっている。17年前、FBIの捜査官クリス(セバスチャン・スタン)と犯罪組織に潜入捜査をしていたエリンは、取返しのつかないミスをし、その後生活は荒れる一方だったのだ。しかしある日、17年前の事件の主犯で姿をくらましていたサイラス(トビー・ケベル)が舞い戻ったという情報が入る。監督はカリン・クサマ。
 こういう女性主人公ハードボイルドが見たかった!と溜飲が下がった。女性が主人公であっても女性ならではの、みたいな言説が付きまとわないやつだ。登場人物の性別を入れ替えても話が成立するフラットさがある。同時に、男女間であっても(妙な言い方だが)暴力の振るい方度合いがフラットで、同じように殴り合い蹴りあう。こんなに爽快感がなくてしみじみ痛そうな映画内暴力、意外と久しぶりに見た。全然かっこよくなく、単に暴力なのだ。痛みと身体へのダメージにやたらと説得力があって、エリンの体がどんどん傷んでいくのがよくわかる。
 エリンとクリスの間に何があるのか、2人が何をやろうとしたのか、そしてエリンが何をやったのかが徐々に見えてくる。時系列がシャッフルされた構成なのだが、これが非常に効果的。ああそういうことだったのか!と鮮やかに全体図が見えてくるのだ。そして同時に、より胸を刺す光景が見えてくる。エリンはサイラスから「欲深い」と称されるが、彼女が欲したものはそんなに大それたものではない。今よりも少しだけ良い暮らし、少しだけ希望が持てる未来を欲した故の行動だった。しかしその欲を持とうとしたばかりに取返しのつかないことになる。飢えたことへの落とし前をつける為にだけ生きているといった体のエリンの姿は、強さを感じさせると同時に痛ましい。彼女はこういう形でないとけりをつけられない人間で、元夫や娘の存在も彼女を引き止められないのだ。私はある選択・生き方しかできない人間を描いた映画が好きなのだが、本作も正にそれだった。
 キッドマンのよれよれ感と肉体的な憔悴感がすごくてちょっと圧倒されてしまった。やはり名優なんだな…。

ガールファイト [DVD]
ポール・カルデロン
松竹
2004-11-25


フローズン・リバー [DVD]
マーク・ブーン・ジュニア
角川映画
2010-12-10



『ガン・ストリート・ガール』

エイドリアン・マッキンティ著、武藤陽生訳
 富豪の夫妻が自宅で射殺される事件が起きた。家庭内の争いで一人息子が容疑者と思われたが、その息子は崖から転落した死体として発見される。オックスフォードを中退したという息子の過去に不審さを感じた警部補ショーン・ダフィは、二重殺人を疑い捜査を開始する。しかし更に関係者の死体が発見される。
 ショーン・ダフィシリーズついに4作目!いやーちゃんと日本での出版が続いてよかった…ありがとうハヤカワ…。シリーズを重ねるごとにダフィの人となりへの理解が深まり、時代背景も色濃くなっていくので続けて読むと面白さがより強いのだ。訳文のグルーヴ感も徐々に増し、今回は相当ノリノリだった。アイルランドなまりの「あい」だけでなく、女性の話し言葉の語尾の処理(これは今までも上手いなと思っていたけど)の仕方など、登場人物個々のキャラクターが端的に反映されていて相当良いと思う。巻末の訳者あとがきが熱いので必読だ。
 毎回徐々に事件のスケールとダフィの行動範囲が広がっていくのだが、今回もだいぶ広がり、終盤はついにそこまで広げる?!という事態に。しかしその自体への相対し方に、ダフィという人のパーソナリティ、倫理観が色濃く表れていたと思う。ダフィは決して品行方正な警官というわけではないし北アイルランドの現状にうんざりもしている。ただ、そういった現状を大きな図式の一部として捨て置く人たち、「広い視野」を持てという人たちに組することには強く抵抗する。彼が正そうとするのは今ここで行われる犯罪や不正だ。末端にいる人たちが大きなもの、組織や大義の犠牲になっていくことには率直に怒る。たとえ自分の力が到底及ばないことであっても。ダフィの時に無謀、愚かとも見える行動の底にはそういった抵抗、怒りがあるのではないか。
 なお意外と文芸の素養豊かなことが垣間見えるダフィだが、今回はジャズや現代音楽の素養も見せている。武満徹とか尖っていた時代のマイケル・ナイマンとか聴いているのだ。ニューウェイブはお嫌いなようで残念ですが…。


ガン・ストリート・ガール
Universal Music LLC
1997-03-20


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ