3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2020年03月

『劇場版SHIROBAKO』

 上山高校アニメーション同好会の卒業生、宮森あおい(木村珠莉)ら5人は、アニメーション制作進行、アニメーター、声優、3Dクリエイター、脚本家などそれぞれの道を歩み、夢に一歩近づいてきた。皆が関わったTVアニメ『第三飛行少女隊』から4年、宮森が勤務する武蔵野アニメーションは大きな問題に直面する。監督は水島努。
 TVシリーズの4年後を描く完全新作劇場版。しかししょっぱい!アニメーション業界のしょっぱい現実から目を背けさせてくれないある意味非常に誠実な作品だ。業界全体の落ち込みと武蔵野アニメーションの「没落」が連動しており、TVシリーズの高揚感は最初ほぼなくなっている。宮森の表情も冴えず、記号的表現とは言え仲間との飲み会の前に無理やり笑顔を作る様が切ない。オープニングで流れる作中作曲がこれまた切ない歌詞で、しょっぱさ抜群だ。とは言え、宮森がプロデューサーがやるべきことを自覚し初心に帰る、その上でアニメを「完成させる」と決意し奔走する様は清々しいし、「仲間」が再結集する過程は少年漫画的な熱さがある。そのうえで現在のアニメ業界への批評(だいぶマイルドだけど)を含んだお仕事ドラマになっている所が面白い。ラストも決して順風満帆ではないが、現在のアニメ業界を鑑みたうえでぎりぎりのハッピーエンドなんだろうな。
 ただ、本作はアニメーション表現としては割と定型的というか、キャラクターデザインや演技の記号性等、ちょっと古い印象がある。だから作中作アニメとのメリハリが弱くて若干勿体ない気がする。記号的なルックでこういうドラマをやるというのがアンバランスなように思うが、あえてなのだろうか。
 なお、本作の主人公とその仲間たちは女性だし、職場の先輩らも女性登場人物が多く登場する。男性も当然多いのだが、仕事の現状に対して女性たちの方が切り替えが早いというか、この状況で何ができるかという方向に舵を切っているように思った。男性たちの方が自己憐憫から抜けられなかったり膠着状態になっちゃったりしているところがちょっと面白い。

SHIROBAKO Blu-ray BOX 1 スタンダード エディション (3枚組)
茅野愛衣
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2020-02-19


 

『レ・ミゼラブル』

パリ郊外、モンフェルメイユの警察署に赴任してきたステファン(ダミアン・ボナール)は犯罪防止班に加わる。激昂しやすく警官としての力に疑いを持たないクリス(アレクシス・マネンティ)とグワダ(ジェブリル・ゾンガ)のやり方には賛成できないが、一緒にパトロールに回ることに。そんな折、少年イッサが起こしたある事件が、元々緊張状態にあった複数のグループの関係に火をつけてしまう。監督はラジ・リ。
 子供たちによる冗談みたいな事件(監督の子供時代に実際にあった事件だというからびっくりだが)から、地域内に火がついて大炎上していくスピードがあっという間。実はほぼ1日の話なのだ。短時間で泥沼化していくのは、問題が起きたからというよりも、元々火種がくすぶり続けていたからだ。パリは多民族の町ではあるが、実際にはそれぞれの民族、文化圏が群れのように固まっており、決して友好的ではない様子が伝わってくる。人種・民族による横の分断のようなものと、警察と団地住民といったような階層的な縦の分断みたいなものがある。分断もまた重層的なのだ。団地の住民たちによって抑圧の主である警察官たちも、仕事から離れると他の住民と同じようにその地域ごとの「群れ」に戻っていく。
 暴動の起こり方・発展の仕方も、そこからそっちの方向に向けてなの?!という意外性があった。主義主張によるものではなく、日常の抑圧や不満が爆発したという感じだ。テロリズムみたいなものとは違って、あくまで「暴動」なんだなと。怒りの方向性がばらばらでこれもまた一方向ではない。エネルギーは大きいが散漫なのだ。それだけに、脈略なく拡散していくし収束の形が見えない。出口がないのだ。暴動を起こしている側もどこに対して何をぶつければいいのかわかっていない感じで、それがラストシーンの強烈さにつながっている。えっそこで終わるの?!とびっくりした。

憎しみ [Blu-ray]
フランソワ・レヴァンタル
ジェネオン・ユニバーサル
2009-09-18



『ミッドサマー』

 突然家族を失ったダニー(フローレンス・ピュー)は、大学で民俗学を研究している恋人のクリスチャン(ジャック・レイナー)、彼の友人ジョシュ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)、マーク(ウィル・ポールター)らと、スウェーデンのとある村を訪ねる。この村では90年に一度の祭りが行われるというのだ。その村、ホルガの人びとはダニー達をやさしく迎え入れ歓迎するが、祭りの儀式は彼女らにとって予想外のものだった。監督はアリ・アスター。
 まさかの盛り上がりで大ヒット中だが、個人的にはそれほどでも…。いわゆるホラー的に怖い映画ではないので割と平常心で見られたが、ちょっと長すぎて飽きてしまった。何が起こるか最初からある程度想定内だし、ダニーとクリスチャンとの関係やホルガの村のロッジ内に書かれている壁画の内容からも儀式の顛末は大体予想がつく。「まあそうなりますよね」としか思えないのだ。ただ、すごく拘りをもってきちんと演出されている作品だということはわかる。特にドラッグ類でハイになっているときの描写が、客観的にも当人の主観的にもすごく上手いと思った。芝生の上で全員間の抜けた表情になっている所とか笑ってしまうし、ホルガの食卓の上がぐねぐねしていたり花冠が常に動いていたりというほんのりとした不気味さがいい。ダニーが手足末端に感じる違和感の表現も説得力がある。
 ダニーとクリスチャンとの関係は、この2人なんでまだ別れていないの?というレベルに冷えている。冷えているというよりも、噛み合っていないといった方がいいか。ダニーは元々精神的に不安定だったことに加え、家族を失ったことで更に悪化しており一人になりたくない欲求が強まっている。クリスチャンには依存気味なのだ。対してクリスチャンは、ダニーとの関係は冷えているものの、傷ついている彼女を放っておくこともできず、中途半端な責任感でずるずる付き合っているように見える。クリスチャンはちょっと物事にだらしがない、身勝手な所があるということが友人に対するある態度でもわかるのだが、基本的に良い人なのだろう。とは言え、支えきれない人と安易に関わり続けるというのは双方にとって不幸な気がするし、一緒に異文化圏への旅行なんてもっての外だろう。別れられない、という所にこのカップルの最大の問題があるのだ。
 ホルガの民は迷いや葛藤が薄くて幸せそうだ。何かに所属しており、役割がはっきり決まっており存在を肯定されているという環境は、背景を失ったダニーにとって魅力的なのだろう。その安心感はクリスチャンは与えてくれないものだ。クリスチャンや彼の友人と一緒にいる時のダニーは、大麻を勧められた時のように本意に沿わなくても「私なら大丈夫だから」「気にしないから」と受け入れる。クリスチャンは、最初はダニーに寄り添おうとはするが、途中で止めちゃうし理解を諦めちゃうのだ。ホルガの人たちに対してはダニーは忖度する必要がない。彼らはダニーに共感してくれるのだから。


ウィッカーマン [Blu-ray]
ダイアン・シレント
KADOKAWA / 角川書店
2017-04-28


『失われた女の子 ナポリの物語4』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
 作家として成功し、夫ピエトロと別れ恋人ニーノとの生活を望むエレナは故郷ナポリに帰る。しかしニーノが妻と別れる気配はなく、エレナは不安に駆られていく。一方、距離を置いていた親友リラとの関係は、お互い妊娠したことでまた縮まっていく。そんな折、ある事件が起きる。
 2人の女性の大河ドラマ「ナポリの物語」完結編。終盤の方、かなりエピソードが詰め込まれているしシリーズスタート時の時代設定(ほぼ現代でエレナとリラは初老)に追いつかせる為に時間の飛躍が激しいように思った。エレナは作家として大成するが、それは本当に彼女自身が掴んだものだったのか、背後にリラがいたからこそで自分の中身はからっぽなのではと彼女が自身を疑い始める部分は少々そら恐ろしくもある。そんな疑問持ったら作家なんてやっていられないではないか。リラの存在はよかれあしかれ、エレナにとってはそれだけ大きいものだったのだ。少女時代のような片思いの友情ではなく、時に重荷のような存在としての親友。リラはなんでもできそうに見えたのに、何をしたいのか最後までわからないままだ。そのわからなさがエレナに呪いのように纏わりついており、また創作の源にもなっているように思えた。
 4巻目はエレナのニーノとの関係における葛藤、娘たちとの葛藤がインパクトあり読ませる。惚れた相手の難点や弱さに目をつぶり続けてしまうエレナの弱さというか、憧れの拗らせみたいなものが読者を苛立たせるだろうが、痛々しくもある。彼女は(のちに自覚するように)自分の小説の中では自立した女性、フェミニズム的な思想を描いているが、実生活では恋人の顔色を窺ってばかりで振り回されっぱなしだ。そこから自由になるには時間がかかるのだろう。エレナの場合は気付きのシチュエーションが最悪だけど…。本シリーズ、幸せな結婚生活というものが一切出てこず、その辺は結構シビアだ。別れた夫との関係が後年、子供たちが成長してくると好転する、ちゃんと「家族」になれるというあたりも面白い。ピエトロが親としてちゃんと成長しているっぽいのだ。

失われた女の子 (ナポリの物語 4)
フェッランテ,エレナ
早川書房
2019-12-19


逃れる者と留まる者 (ナポリの物語3)
エレナ フェッランテ
早川書房
2019-03-20


『何があってもおかしくない』

エリザベス・ストラウト著、小川高義訳
 アメリカの田舎町アムギャッシュに暮らす、教師や農家、写真家など「普通」の人たちの日常と、この町から出ていき作家になったルーシー・バートンの新刊が日常に起こすさざ波を描く連作集。
 著者の『私の名前はルーシー・バートン』の姉妹編だそうだ。本著の中に出てくる作家の新刊本というのが、このルーシー・バートンの新作で、ルーシー自身も登場する。本作に出てくる人たちの多くは、過去へのわだかまりを解決できないまま、ずっと引きずっている。人によっては何がわだかまりなのかも自覚していない。わだかまりの正体を突き付けられる、あるいは徐々に受け入れていく過程を描いた作品が多いように思った。普通の人たちの普通の生活を描いたと言えるのだろうが、「普通」は人それぞれであり全ての人生は異なる。他人の人生がどういうものかなどわからないし、人生の評価など当人にだってできないのだろう。細部の具体的なディティールの積み重ねがそれぞれの人生が唯一であることを際立たせていた。特に親子や兄弟の間の気持ちのしこりのようなものの描き方が、自分の中にあるものと呼応して、なかなか胸に刺さる。

何があってもおかしくない
Elizabeth Strout
早川書房
2018-12-05


私の名前はルーシー・バートン
Elizabeth Strout
早川書房
2017-05-09




『スキャンダル』

 全米で視聴率ナンバーワンのテレビ局FOXニュースの元キャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が、CEOのロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)をセクハラで提訴した。全米中のメディアが注目する中、FOXの看板キャスターであるメーガン・ケリー(シャリーズ・セロン)も自分の過去を思い返し平静ではいられなかった。一方、若手キャスターのレイラ(マーゴット・ロビー)はエイルズと直接面談するチャンスを得るが。監督はジェイ・ローチ。
 ごく最近の話(ケリーがニュース内で大統領選に出馬するトランプを批判している)だというのが結構ショック。エイルズの女性キャスターに対するルッキズム強要、セクシーさの強要は前時代的なのだがいまだにこれが現行しているのかと。少女たちに自身の意思決定の大切さを説くカールソンの番組は即中止を申し渡されてしまう。そしてクビを言い渡されたカールソンは長年にわたるハラスメント被害を訴えるが、激しいバックラッシュを受ける。またケリーは過去にセクハラにあっただけではなく、トランプの女性蔑視発言を批判したことで視聴者からのバッシングとメディアの目にさらされ、家族の身の安全にも不安がよぎる。レイラは自分の身に起きたことで自分を責め、誰にも相談できず苦しむ。彼女ら以外にもちょっとだけ出てくる女性たちが、女性であるが故にさらされる問題が手際よく(というのも変な表現だが)紹介されている。あーあるある!というものばかりだ。この「あるある」が男性たちにはほぼぴんときていない様子も作中で描かれている。
 ただ、ハラスメントに遭ったという共通項はあっても彼女たちが共闘するわけではない。他の被害者も声を上げるはずと思っていたカールソンは失望する。ケリーは自分も被害者であると公表することで自分の弱さをさらすことになると危惧する(そう思わせてしまう世間がおかしいのだが)。トップキャスターとしての野心満々な彼女は、勝てる勝負だと確信できるぎりぎりまで勝負に出ない。立場はまちまちで、女性の連帯・共闘というものは案外生まれないのだ。
 また、社内を牛耳ってきたエイルズのやり方が、女性同士を競わせるよう焚きつけ、分断するものだったという面も大きいだろう。競わせて優秀な方を男性である自分が取り立ててやるというシステム。女性の敵は女性という言い草は男性が作ったものだろうなとよくわかるエピソードだ。エイルズの人となりも一様ではなく、ゲスなセクハラ男であるが、経営者としては非常に目利きだった、かつ情に厚いところもあって身内と見なした人間は自腹を切って助けるという一面もある。登場する人たちは皆、多面的な造形になっている。
 ハラスメントの告発はもちろん自分自身の為、企業の膿を出すという社会正義の為ではあるが、後進の人たちの為でもある。レイラが「先輩」になぜなにもしてこなかったのかと訴えるシーンは胸に刺さる。レイラのように一人で苦しむ人を出さないためなんだよなと。本作、エンドロールのデザインがとても冴えている。女性たちが分断されている様、孤独な様が象徴されているのだ。


スタンドアップ (字幕版)
ジェレミー・レナー
2013-11-26



『黒い司法 0%からの奇跡』

 1980年のアラバマ州。若き弁護士ブライアン・スティーブンソン(マイケル・B・ジョーダン)は、犯していない殺人罪で死刑宣告を受けたウォルター・マクミリアン(ジェイミー・フォックス)の弁護をすることになる。しかし虚偽の証言や白人の陪審員たち、証人や弁護士事務所への脅迫、そして根強い人種差別という壁が立ちはだかる。監督はデスティン・ダニエル・クレットン。
 「顔を見れば(有罪だと)わかる」と裁判官が言い放ってしまうレベルの強烈な人種差別が横行しており、死刑判決もあまりに雑(びっくりするくらいろくに捜査をしていない感じ)なのでだいぶ昔の話なのかと思ったら、まさかの80年代で愕然とした。アラバマという土地柄もあるのだろうが、ついこの間までこういう価値観がまかり通っていたのかと。
 ブライアン自身は他の土地からマクミリアンの為にやってくるのだが、母親に「大学を出る前はもっと賢かったのに」と嘆く。アラバマで黒人が黒人死刑囚の弁護をやるというのは、そのくらい損なこと、危険なことということなのだろう。せっかくいい大学を出たのに出世を棒に振るなんて、というわけだ。そもそも親としては自分の子供を危険な目に遭わせたくないだろう。とは言え、そういう賢さ、如才なさは世界を良くはしない。ブライアンの仕事のような、無謀にも見える正しいことをやろうとする意志が世の中を変えていくのだろう。
 ブライアンは頭はいいのだろうが、突出して切れ者なわけではない。アラバマでの偏見や嫌がらせに対しては当初少々見込みが甘くて、はらはらさせられる。彼がやるのは地道な調査と交渉、何よりクライアントと真摯に向き合い続けることだ。ちゃんとした弁護士としてはごくごく一般的なことだろう。ただ、その一般的なことをずっとやり続ける、心を折られてもあきらめずに立ち上がり続けることがいかに難しいか。
 被告という立場でありブライアンのクライアントとなるマクミリアンもまた、絶望的な状況の中で人間としての倫理や思いやりを維持し続けようと耐えてきた人間だ。受刑者仲間を励ます彼の言葉には真摯な思いやりがある。そういう人だからブライアンと共に戦い続けられたのではとも思った。

ラビング 愛という名前のふたり(字幕版)
マイケル・シャノン
2017-09-01


ショート・ターム [Blu-ray]
キース・スタンフィールド
TCエンタテインメント
2015-06-03



『ラスト・ディール 美術商と名前を無くした名画』

 画商のオラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)は仕事最優先で家族はおそろかにしてきた。娘レア(ピルヨ・ロンカ)との間にはわだかまりが残り疎遠だった。ある日、レアから息子のオットー(アモス・ブロテルス)の職業体験を受け入れてほしいと連絡がくる。久しぶりの孫との対面に戸惑うオラヴィだが、オットーは押しかけてきてしまう。そんな折、オラヴィはオークションでサインのない一枚の肖像画に惹かれる。オットーと絵を調べるうち、近代ロシア絵画の巨匠レーピンの作品ではと確信する。監督はクラウス・ハロ。
 95分というコンパクトな尺だが、ゆったりとした時間の流れを感じる作品。盛り上げ方も控えめで品がいい。ただ、オラヴィという人物の造形はそんなに品のいいものではなく、美術に向ける情熱、執念は時に生々しい。稼いだ金は家族ではなく美術品の収集に注ぎこみ、かといって巧みに売りさばけるでもなく溜まる一方。金策に行き詰まると不仲な娘にもけろっと金の無心をし、まだ高校生な孫の金まで使い込むという人でなし加減。美術品を前にすると人の心がなくなるのか…。
 見せようによってはいい話っぽいし、実際そうしようとしている向きもあるのだが、美術の魔に取りつかれた者のなりふり構わなさ、妄執にうっすらとぞっとした。娘との関係を築きなおすという側面はなくはないのだが、彼が失った信頼自体はおそらくもう取り戻せない。愛があるのと信頼しているのはまた別の話なのだ。最後、謎の肖像画にサインがない理由について、ある説が提示される。その説の内容は、オラヴィの妄執とは対極にあるというところが皮肉だ。
 それにしても、オークションハウスも美術商も、本作を見た限りではろくな商売じゃなさそうだな…。そのあたりの商売としてのやくざさは意図的に描かれていると思う。決してオラヴィの行動を正当化しない、渋い作品だ。

こころに剣士を(字幕版)
レンビット・ウルフサク
2017-11-15


『ソン・ランの響き』

 1980年代のサイゴン。借金の取り立て屋ユン(リエン・ビン・ファット)は、ベトナムの伝統歌舞劇カイルオンの俳優リン・フン(アイザック)と知り合う。リン・フンは劇団に取り立てに来たユンに敵意を向けるが、店の客に喧嘩を売られた彼をユンが助けたことで距離が縮まっていく。実はユンの父親は民族楽器ソン・ランの奏者、母親はカイルオンの女優だった。ユン自身もかつてはソン・ラン奏者を目指していたのだ。監督はレオン・レ。
 すごくきちんとしているというか、かっちり組み立てられた作品という印象だった。丁寧に律儀に作っていると思う。ベトナムの映画を見ることは今まであまりなかったのだが、夜のシーンが多い映像が美しい。80年代のサイゴンの雰囲気もあいまってビジュアルも魅力があった。なお、ファミコンがとても効果的な小道具になっておりノスタルジー掻き立てられる。
 ユンは粗暴なようでいて自宅で鉢植えを育てていたり、部屋も質素ながら小ぎれいだったり、また借金取りとして非情になりきれなかったりと、繊細な面を見せる。演じるファットがこれがデビュー作とは思えないほど微妙なニュアンスを表現していてとてもよかった。一見荒んでいるけど荒み切れないが故の苦しさみたいなものがにじみ出ていたと思う。
 花形俳優であるリン・フンは酒も博打もやらず演技に打ち込む、非常に生真面目な人柄。また、いわゆるマッチョな男らしさを誇示せず、誇示しなければという男らしさのプレッシャーからも自由(と言うか退けている)ように見える。ユンも本来はそうなのだろうが、職業上、暴力性を伴う男らしさを示さざるを得ず、それが彼の生き辛さにつながっているように思えた。取り立て先の子供に対する態度等、やる必要はないし立場上それは悪手なのだろうが、せずにはいられない人なのだ。その矛盾から抜け出し本来の自分に戻ろうとした矢先に、業が巡ってくる。
 リン・フンと出会ったことでユンの人生は大きく動き始める。魂が響きあうとはこういうことかというほど、2人のわずかな交流は心が温まる、まぶしく切ないものだ。結果はどうあれ、ユンはリン・フンと出会えて幸せだったのではと思える。

第三夫人と髪飾り [DVD]
レ・ヴー・ロン
TCエンタテインメント
2020-06-10


ウィークエンド WEEKEND [Blu-ray]
ローラ・フリーマン
ファインフィルムズ
2020-04-29




『アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕』

霜月蒼著
 ミステリの女王といえばアガサ・クリスティー。ミステリ評論家でありながらクリスティーの作品を7作しか読んだことがなかった著者が、クリスティ作品100冊を読み込み評論するまさに「完全攻略」読本。
 私はクリスティ作品はそこそこ読んでいるつもりだったが、読んでいない作品がこんなにいっぱいあったのか!そして読んだはずの作品も全く内容を覚えていない!ということが本著を読んでわかりました。ネタバレにも配慮されているので、クリスティ初心者にも、そこそこ読んでいるよという人にも(皆さん私のように忘れっぽくはないだろうが)ブックガイドとしてお勧めできる。また、クリスティ作品の何が面白いのかということを、作品の数をこなすにつれて著者がだんだん掴んでくる過程が見え、そこも面白い。著者の読み手・評論家としての道筋が記されているのだ。本著内でも言及されているように、クリスティは決してトリックメイカーではなく、「ミステリとしてどう見せるか」という部分に長けてた作家なのだと思う。
 私はポアロよりもミス・マープルものの方が好きなのだが、著者のシリーズ内番付には納得。あれはやはり名作ですよ…。そしてミス・マープルはやっぱりかっこよかったんだなと改めて認識した。ポワロよりもクールなんだよね。また、私がクリスティの短編集の中で一番好きな『謎のクィン氏』が高評価でこれまたうれしい。あまりスポットがあたらない短編集ではあるが、お勧めです。


ポケットにライ麦を (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
2003-11-11


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