3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2020年02月

『彼らは生きていた』

 第一次大戦中に撮影された2200時間に上る記録映像を修復・着色し、BBCが保管していた退役軍人たちへのインタビューから音声や効果音を追加。ピーター・ジャクソン監督による記録映像の再構築。イギリスの芸術プログラム「14-18NOW」と帝国戦争博物館の共同制作。
 大変な労作だということが見るだけでわかる。100年前の映像だから当然劣化しているし音声はついていない。それを修復、着色し、映像と一致するインタビュー内容を音声として加え、更に被写体の唇の動きから何を話しているのかを割り出しているそうだ。付け加えられた映像内でのやりとりはかなり正確なものということだろう。まさに技術の勝利というべき作品。単に「記録」としてしか見られなかったであろう当時の映像が、色と音が加えられるとこんなに生き生きと蘇るのかという驚きがあった。この人たちは実際にあそこにいて生きていた、個々の人生があった様子が立ち上がってくるのだ。また、全体の構成・編集も上手い。99分というコンパクトさなのだが、若者たちが高揚しつつ戦場に向かうところから、軍隊でしごかれ、徐々に変化していき、前線は泥沼化していくという経緯を記録映像だけでなく当時の広告や新聞記事等も交えてテンポよく見せていく。ここぞというシーンの選び方、つなぎ方が効果的でドラマティックに、面白くなっている。ジャクソン監督、この手さばきを他の自作で見せてくれればよかったのに…。
 とても面白く興味深かったのだが、面白いが故にもやもやする。あまりにも演出が上手く、「面白い映画」になってしまっているのだ。本作に映し出された情景はもちろん実際にあったものであり、出てくる人たちは一人一人の身元はわからなくとも実在した人々だ。積み重なる死体も、実際に生きていて死んだ人たちのものだ。彼らの生き死に、死体の映像を娯楽として無邪気に享受してしまっていいのか?という葛藤を感じた。通常ドキュメンタリーを撮る際は当然ながら実在の人物・事象が目の前にあり、撮影することは時に暴力的だという意識を持ち続けなければならないものだと思う。撮影者と被写体との間には常に何らかの緊張感があるだろう。
 しかし本作の場合、対象はすでにいなくなっている人たちであり、監督が被写体と直接接したことはもちろんない。撮影ではなく編集であることで、そういった緊張感がうやむやになっているように思った。また、これだけ加工、編集したら歴史資料とは厳密には言えないのでは?という気もする。確かに面白いのだが、倫理的にこの面白さはOKなのか?と悩んでしまう。


演劇1・2 [DVD]
平田オリザ
紀伊國屋書店
2013-12-21


『なめらかな世界と、その敵』

伴名練著
 いくつもの並行世界を誰もが行き来している世界。しかし転校生は一つの世界しか生きられないという。表題作をはじめ、伊藤計劃の『ハーモニー』へのオマージュである「美亜羽へ贈る拳銃」、ソ連とアメリカの攻防がまさかの展開になっていた偽史小説「シンギュラリティ・ソヴィエト」、新幹線の中と外で時間の流れが異なるという「ひかりより速く、ゆるやかに」等6編を収録。
 読んでいなかったことを恥じるぶっちぎりの面白さ。日本のSFが氷河期だったのっていつ?ってくらいキレッキレのSF中短編集。表題作は読むなりある奇妙さに気付くのだが、その奇妙さが意味する設定、そしてそれが生み出すクライマックスのスペクタクル感と彼女の選択の意味が起こすエモーショナル。ここから次元の側面を割愛して時間の側面を前に出したのが「ひかりよりも速く、ゆるやかに」。時間の速度を巡るSFと持たざる者の屈託が結びついているが、あまりドロドロせず、人間存在へのポジティブさが根底に流れている(だってちゃんと対策発見するし他人への思いやりがある)所がいい青春小説。一方で人の自由意志を問う「美亜羽へ贈る拳銃」「ホーリーアイアンメイデン」は苦く悲しい。「今」の日本SFの最先端という感じなのだが、文体、特に女性登場人物の話し言葉のクセ、キャラ度の高さみたいなもの(ラノベの影響なのかな?)はむしろ古臭く感じた。女性の話し言葉のぶっきらぼうさとかユニセックスさって、そういうことじゃないと思うんだよな…。

なめらかな世界と、その敵
伴名 練
早川書房
2019-08-20



『淪落の人』

 事故で半身不随となったリョン・チョンウィン(アンソニー・ウォン)は離婚して妻子とは別居、妹とも疎遠で一人暮らし。フィリピン人のエブリン(クリセル・コンサンジ)を住み込み家政婦として雇うが、彼女は英語は喋れるが広東語は喋れず、リョンは英語がわからない。最初はお互いイライラしていたが、徐々に親しみと信頼を築いていく。監督・脚本はオリバー・チャン。
 フルーツ・チャン製作とのことで、久しぶりに彼が関わる作品を見られてうれしい。フルーツ・チャン作品の常連だったサム・リーもリョンの友人ファイ役で出演しているが、これがまたいい。どこかセクシーなんだよな。
 リョンとエブリンは雇用主と被雇用者という関係で、最初は双方上下関係を意識している。広東語がわからないエブリンのことをリョンは侮ってもいる。エブリンの方も家政婦仲間から「広東語がわかるとアピールしてはだめ、バカの振りをした方が余計な仕事が増えない」とアドバイスされる。しかしリョンは英語を少しずつ学び始めるし、エブリンもバカの振りはしたがらない。面倒くさくても、お互いに人格を持った個人として付き合っていこうとする。雇用関係が維持されたまま、対等の関係を築くことは可能だろう。「奥様」の死を嘆き悲しむ家政婦仲間にも、おそらく同じような関係があったのだ。
 実の母親よろいもリョンの方がエブリンの意志を尊重し彼女の力を信じているというのは、少々皮肉でもある。リョンは肉親とは疎遠で、エブリンは離婚手続き中で母との関係は良くなさそう。肉親よりも近くにいる他人の方がお互いに理解と尊重を持っているのだ。親密ではあるが、疑似家族とはまた違う。ファンは時にリョンの息子のようでもあるが、あくまで「親友」であり、他人同士であるというところはぶれない。他人として支えあう(が、一線は越えない)というのが現代的だった。

冷たい雨に撃て、約束の銃弾を [DVD]
ジョニー・アリディ
Happinet(SB)(D)
2013-05-02


ハリウッド★ホンコン [DVD]
ジョウ・シュン
レントラックジャパン
2003-12-19


『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』

 著名なフランス人ミステリ作家の人気作『デダリュス』完結編の翻訳の為、各国から9人の翻訳家が召集された。彼らが集められたのは人里離れた洋館。情報流出を防ぐ為、電話、インターネットを含み外部との接触を一切絶って、毎日1章ずつ翻訳を進めろというのだ。しかし編集者の元に、「冒頭10ページをネット公開した。24時間以内に500万ユーロを支払わなければ次の100ページも公開する」とメールが入る。監督・脚本はレジス・ロワンサル。
 百科事典や参考文献はあるがインターネットが使えない環境での翻訳、しかも通し読みなしでページ順に翻訳するのって現実離れしていない?と翻訳経験のない私ですら想像がつくから、プロの翻訳家の方が見たらこの部分の設定はかなりおかしいのではないだろうか。ただその一方で、翻訳のみで生活するのは厳しいとか経済的に汲々だとか、仕事をするのに家族は邪魔(これは翻訳に限らずそういうタイプの人はいるだろう)とか、翻訳家の地位の低さとか、これは「翻訳家あるある」なんじゃないかなと想像がつくものも。特にお金関係と、「創造力」関係はなかなかせちがらい。「創造力」に関しては、そういう動機で翻訳の道を進む人ばかりではないと思うが。
 フランスのミステリ小説やミステリ映画に触れると、故・殊能将之氏ではないがフランス人のミステリ観てちょっと変だなと思ことが多い。ちゃんと筋の通った謎解きになっていても、妙に過剰というか、ケレン味の盛りが良いのだ。謎解きのロジック、整合性そのものよりも、あっと言わせること、意外性があることの方に重きが置かれている気がする。本作も同様で、論理性を無視しているわけではないのだが、びっくり度の高さの方が優先されている。そもそも原稿流出が発覚した際、一番ありそうな可能性に言及されない。なぜかなと思っていたら、終盤でなるほどと。ある程度読めてしまうのだが、そこに至るまでの構成がひねられており、どこがどこに結びつくのかという部分で意外性と観客の興味をキープしている。
 ケレン味は強いのだが、翻訳という仕事に対する敬意が一貫しており、何より文学への愛がある。作中で一番のクズとして造形されている人物の職業ポジションを鑑みると、出版業界で一番憎まれているのがどういう人なのかが見えてきてしまうかも。

全身翻訳家 (ちくま文庫)
鴻巣 友季子
筑摩書房
2011-08-09


『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』

 著名なミステリ作家ハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)が、85歳の誕生日パーティーの翌朝、遺体で発見された。警察は自殺と見るが、名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)は殺人の可能性を示唆し捜査を開始する。ハーランの子供や孫、家政婦、看護師ら、屋敷にいた全員が容疑者になるが、ハーランの莫大な資産をめぐり、人間関係のこじれが浮かび上がっていく。監督・脚本はライアン・ジョンソン。
 『BRICK』のライアン・ジョンソンが帰ってきたぞ~!NY郊外の屋敷を舞台にアガサ・クリスティー風のフーダニットを仕掛け、非常にひねりを加えたワトソン役を設定し、更に「南部」をにおわせ現代のアメリカが抱える病巣を示唆する。ある「型」を用いて別の「型」を展開するという遊び。パーツと大筋はベタだが各所でひねりが加えられている。やっぱりこういうのが好きだし得意なんだろうなぁ。ダサい邦題サブタイトルも本格ミステリという「型」と思えばまあ許せる。序盤で一回転半ひねってくるのでおおそうきたかと思ったが、その後の謎解きはむしろスタンダード。本格ミステリとしてはそんなに突拍子もないわけではない。クレイグ演じる探偵がある意味空洞的というか(別の意味で「ドーナツの穴」は出てくるけどそれとは関係ない)、背景を一切説明されない(アメリカ南部出身のフランス系か?と思いきやそれもかなり怪しい)所こそ、探偵は一つの装置であるという本格ミステリの醍醐味であるように思った(私は探偵にキャラ性はあまり求めないので)。
 ハーランの死を巡るあれこれは、ある人物の意図に基づくゲームでもある。他の人たちは皆ゲームの装置であり駒だ。ハーラン自身が大のゲーム・クイズ好きで作中でも頻繁に「ゲームに勝て」ということが言われる。しかし、ゲームに乗る必要が本当にあったのか。他人のゲームに乗らず、自分のルール=倫理を曲げなかった者が真の勝者になるのでは。まあハーランは自分のゲームをやめなかった為に死んでしまった面もなきにしもあらずだが…。
 クレイグが久しぶりに眉間にしわが寄っていない、すっとぼけた振る舞いで案外板についている。コメディももっと演じてほしいなと思った。またクリス・エヴァンズが噂通りキャプテン・アメリカとは真逆のゲス男を好演!近年珍しい、顔しかいいところがない男役だった。

BRICK‐ブリック‐ [DVD]
ジョセフ・ゴードン=レヴィット.エミリー・デ・レイヴィン.ノラ・ゼヘットナー.ルーカス・ハース.ノア・フレイス.マット・オリアリー
video maker(VC/DAS)(D)
2007-11-09




『オルジャスの白い馬』

 カザフスタンの草原で家族と暮らす少年オルジャス。ある日、市場へ馬を売りに行った父親が戻らなかった。母アイグリ(サマル・エスリャーモバ)が警察に呼び出され、父親の死が告げられる。村で葬儀が行われた後、カイラート(森山未來)という男が母を訪ねてくる。監督は竹葉リサとエルラン・ヌルムハンベトフ。日本・カザフスタン合作となる。
 カザフスタンの草原が雄大で、人々の暮らしは厳しくもどこかのどかだなと眺めていたら、途中から急速にハードな展開になる。角度を変えたらノワール風にも犯罪映画風にもなりそうだ。とは言え少年の視点から描かれているので、一番重要なのは彼にとって「父親が帰ってこない」という所だ。父親に実際のところ何があったのか、母親が村の中で置かれている微妙な立場の理由や、彼女の過去に何があったのかという、大人の事情のドラマは最前面に出てくるものではなく、あくまで背景だ。そして、少年にとっての父親は消えた父親だけで、誰かが代わりになれるわけではない。
 森山演じる謎の男・カイラートが登場すると、ちょっと西部劇的な味わいも出てくる。街から離れた草原が舞台で、馬に乗って活躍するシーンがあるからというだけでなく、疑似父親的な男が現れ母子を助ける、というシチュエーションも西部劇っぽい。森山がまた予想外に様になっているのだが、まさか銃器が出てくる映画だと思っていなかったのでちょっとびっくりした。
 少し不思議だったのが、文化的な背景。父親たちが市に向かう前に祈りをささげるのだが、最後アーメンで締める。しかし葬儀はイスラム教に則ったもの。父親だけ宗教が違うというわけでもなさそうだし、どういう文化圏なのか気になった。ロシアに近いエリアのようなので、キリスト教文化も流入しているということなんだろうか。

コーカサスの虜 [DVD]
アップリンク
2004-12-23


シェーン HDリマスター [DVD]
アラン・ラッド
復刻シネマライブラリー
2018-09-10



『イーディ、83歳 はじめての山のぼり』

 83歳のイーディ(シーラ・ハンコック)は長年介護をした夫を失い、一人暮らし。娘からは老人介護施設への入居を勧められているが気が進まない。ある日、ふとしたきっかけでかつて夢だったスコットランドのスイルベン山への登山を思い立つ。現地で知り合ったアウトドア用品店の店員ジョニー(ケビン・ガスリー)をトレーナーとして雇い山頂目指してトレーニングを開始するが、衝突してばかりだった。監督はサイモン・ハンター。
 イーディがいわゆる「かわいいおばあちゃん」ではないところがとても素敵だった。冒頭、娘に止められている高カロリーな朝食をこっそり隠すところからしていい味出しているのだが、老人ホームでのおしゃべりやグループワークには反感を示し、ジョニーに対しても注文や文句が多い。あるシーンで「生きてきた中で一番幸せ」というが、そのシチュエーションからも1人の人間として独立していたい、自分のやりたいようにやりたいという人なんだなとわかって胸を突かれる。そんな人が、束縛の強い男性と結婚してしまい(その後の顛末は予想できなかっただろうけど)、家庭を持ってしまったのかと。時代の中での価値観、世間の在り方のどうしようもさなを感じる。イーディは老人ホームに入る入らないとは別問題として、娘との関係もぎくしゃくしている。娘としては母親の愛情を十分に感じられなかったということなのだろうが、イーディは「(子育ての)責任は果たした」と言ってしまうような人。そりゃあ娘も日記読んでショック受けるよな…。とは言え、すべての母親が愛情深く「母親らしく」ふるまえるわけではないだろう。こういうのは、もうしょうがないのだ。
 本作は、人が個であることを大前提としてストーリーが展開しているように思う。親子も夫婦も他人で、幸せのありかたはそれぞれ違う。日本の映画だと、イーディと娘が何かしらの和解をするエピソードや、イーディが登山の途中で家族を想うシーンが入りそうなものだが、本作はそういった、家族の不和を緩和するような要素がない。この人はこういう人だからこれはこれでしょうがないという、人との絆よりも個人の在り方を前に出しているストーリーなように思った。イーディだけでなくジョニーについても同様で、彼と恋人の関係は今後こじれるだろうが、それはしょうがないというような描き方。それが彼の価値観であり生き方なのだ。

幸せなひとりぼっち [DVD]
ロルフ・ラスゴード
ポニーキャニオン
2017-07-05


街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22


『音楽』

 不良高校生の研二(坂本慎太郎)、太田(前野朋哉)、朝倉(芹澤興人)は楽器を触ったこともないが、思い付きでバンドを始める。フォークバンドをやっている森田(平岩紙)ともなぜか意気投合し、地元のフェスに出場することになる。原作は大橋裕之の漫画『音楽と漫画』。監督は岩井澤健治。
 決して写実的というわけではないざっくりとしたキャラクターデザインなのだが、動画はロトスコープで作っており、人の動きをそのままトレースしたリアルなものというギャップが不思議な味わいを出している。いわゆる「リアル寄り」なルックではないのだが、リアル志向とも言えるのだ。省略とデフォルメとリアルのバランスが不思議な塩梅。
 リアル志向は作中で使われている音楽にも言える。音楽漫画の映像化作品は過去にも何作かあったが、漫画では絵と文字での表現だったところに、映像化にした時実際に音楽が乗ったらちょっとがっかり、というパターンが結構多かった。小説や漫画だと読者それぞれに作中音楽のイメージを膨らませるわけだから、全員が納得するのはなかなか難しい。原作に特に思い入れがない人が聞いてもこれはショボいなというパターンもある。
 そこのところ、本作の作中音楽はバンドの初期衝動を感じさせるインパクトがあった。研二たちが初めてベースとドラムを鳴らした時の彼らの中での衝撃がビジュアルとして鮮やか、そして、その後の彼らの「音楽」はひたすらベース音を鳴らすだけ(つまり「ブブブブブ」的な音をずっと鳴らしている)なのだが、これがなんだかかっこいい。やっているうちに、独自のグルーヴ感まで生み出してくる。またリコーダーの狂乱にしろ、フォークバンドの変貌にしろ、これならありそう!というラインと何これ!というラインの間を攻めている。ここに説得力がないと音楽映画としてはまずだめ、という部分をクリアしていると思う。
 登場人物全員、なんだか可愛げがあった。ラスト、いきなり青春映画ぽくなるのだが、いやーやったなー!と彼と彼女の肩を叩きたくなる。

音楽 完全版
大橋裕之
カンゼン
2019-12-09


「BECK」 通常版 [DVD]
水嶋ヒロ
バップ
2011-02-02


 

『ガルヴェイアスの犬』

ジョゼ・ルイス・ペイショット著、木下眞穂訳
 ポルトガルの小さな村、ガルヴェイアス。ある日、空から巨大な物体が落ちてくる。物体は硫黄のような異様な臭いを村中に撒き散らし、パンを苦くすっぱいひどい味にする。村人たちは右往左往するが、やがて物体の存在を忘れていった。
 小さな村の群像劇。浮気に不倫といった色恋沙汰のいざこざ、長年にわたる兄弟の不和、よそ者が感じる疎外感、死と新たな生。この村だけで一つの世界が形成されており、小さいのに狭さを感じない。同時に、1人1人がそれぞれ一つの世界であり、時に他の人と交わるがあくまで別々で理解はし合わない。犬ですらそうなのだ。様々な人たちが登場し交錯しているので、この人はあの人と夫婦で、あるいは兄弟で、なるほど過去にこういうことがあったのか等という人間関係も徐々に見えてくる。人物一覧と関係図を作りながら読んでも面白い(というかその方がいちいち前に戻って確認しなくてすむ)かもしれない。
 人間関係の面倒くささや感情のこじれ、そこから生じる喜悲劇には横溝正史かよ!と思わず突っこみたくなった。要するに一つの典型的な田舎の社会ということなのかもしれないけど。ただ、人々の(そして犬の)行動が結構パンチ利いていて、村社会だけどお互いにそんなに空気読まないし他人の迷惑顧みないところが日本とはだいぶ雰囲気が違っていっそ清々しい。そして「物体」は物体としてそこにあるだけなまま、人間は関与できないという所が


ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)
ジョゼ・ルイス ペイショット
新潮社
2018-07-31


溶岩の家 [DVD]
イネス・デ・メディロス
紀伊國屋書店
2010-05-29



 

『ただの眠りを』

ローレンス・オズボーン著、田口俊樹訳
 72歳となった私立探偵フィリップ・マーロウ。メキシコで隠居生活をしていたが、保険会社からある依頼を受ける。溺死した不動産業者が本当に事故死だったのか調べてほしいというのだ。マーロウは妻で若く美しいドロレスと出会う。
 フィリップ・マーロウシリーズの「新作」として書かれたという本作。チャンドラー作品へのオマージュであるのはもちろんなのだが、チャンドラーの文体の模倣をちょっとやりすぎていて(笑)レトリックがくどい。妙に迂回する構造というか、どんどん足元がおぼつかなくなっていくストーリーラインも踏襲されている。ただ、読み進めていくうちにこなれていく(読む側が慣れるだけかもしれないけど)。カリフォルニアとメキシコの行き来をする話なのだが、それぞれの土地の雰囲気、異国感の描写が楽しい。また、マーロウの最晩年とまではいかないがそこそこ老化したなというちょっとした描写には、老人小説としての味わいがある。諸々の欲が薄くなっている感じだ。マーロウって若い時分のまま加齢していったら結構なクソおやじだったと思うのだが、そこはうまいこと丸くなったというか、老いに逆らっていない。ただ、弱い者を踏みにじる者への怒り、そういう行為を見逃せない所は健在。
 なお、さすがに殴られて気絶するお約束はもうやらないかなーと思ったら、気絶はちゃんとしていた。なぜか日本要素がちょいちょい出てきて(80年代が舞台なのだが流行していたのか?)、なんちゃって日本感(特に仕込み杖)に笑ってしまった。

ただの眠りを (私立探偵フィリップ・マーロウ)
ローレンス オズボーン
早川書房
2020-01-09


大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
2014-07-24


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