3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2019年12月

『片隅たちと生きる 監督・片渕須直の仕事』

 2016年に公開され、アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門審査員賞等、国内外で数々の賞を受けた『この世界の片隅に』。その監督である片渕須直を、公開後からの約3年間追ったドキュメンタリー。
 わりと通り一遍な構成のドキュメンタリーで、劇場用作品というよりもTV番組っぽい。もうちょっと編集がスマートだったらなとか(シークエンスのつなぎ方がなんとなくぎこちない)、『この世界の~』を取り巻くファンや劇場の現状等が見られるのはうれしいが、サブタイトルが「監督・片渕須直の仕事」なのだからもっとアニメーション監督としての仕事によりスポットを当ててもらいたかったなという気はする(映画公開後に撮影を始めた作品だからしょうがないのかなとも思うが)。『この世界のさらにいくつもの片隅に』製作情景も挿入されているので、むしろそこをもっと見たかった。
 とは言え、『この世界の片隅に』が広く深くファンに愛されている様子が見えてくるのはうれしい。熱心に劇場に通い続けるファンだけでなく、本作の話を祖父母にしたら、戦時中の思い出話が出てきた、当時の話を色々聞けたというような、若い世代と年配世代を繋ぐツールにもなっており、映画を見てから色々会話が派生していくのって、やっぱりいい映画ってことだよなと思う。
 また、映画の観客、特に年配客が監督に話しかける姿が印象に残った。戦時中を体験した人たちが、そのころの記憶と映画への共感を自分はこうだった、と語り始める。特に広島に住んでいた方たち、被爆者の方やそのご家族の言葉は印象部深い。父が子供の頃遊んだ町で自分も遊んだ夢を見た、という観客の言葉に監督がすごく喜んでいたが、確かに映画監督、ことにアニメーション監督にとっては本当にうれしいだろうなと思う。今はなくなったものを再現できる、体感できるというのは映画の力の一つだろう。
 それにしても監督の活動量がすごい。まさに東奔西走で、製作だけでも忙しいのに監督本人がここまでプロモーションするのか!と。製作過程で調査に協力してくれた人たちとの縁がずっと続いているのも、この熱意によるところが大きいんだろうな。監督自らここまで宣伝しないとならなかったというのはちょっと辛いところでもあるが…。なお、製作現場についてはリンの着物の「柄合わせ」がなかなかぞっとする。あれを動かすのか…。

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『ひつじのショーン UFOフィーバー!』

 イギリスの田舎の牧場に暮らすひつじのショーンの前に、宇宙人が現れる。ルーラという名前らしいその宇宙人はUFOで遠い星からやってきたが、牧場に迷い込んでしまったようだった。ショーンはルーラをUFOに送り届けようとするが。監督はリチャード・フェラン&ウィル・ベッカー。
 条件反射的にカワイイー!と思ってしまうが、よく考えるとアードマンスタジオのキャラクターはわかりやすく記号的に可愛いデザインなわけではない。むしろちょっと不細工あったり不気味だったりする。眼かっぴらいて歯茎むき出しにして、なんて表情も頻繁にみられる。わかりやすい可愛さに落とし込まないように(特に人間と犬)配慮されており、かつそれでも動き出すと可愛く見えるという絶妙なデザイン。相当テクニックがいるよなと毎回うなる。
 ストップモーションアニメとしての精度は毎度のことながらすさまじく、特殊効果も使えるし多少は使っているのだろうが、あくまでストップモーションアニメでやるという意地と執念を感じる。どこまでを実写でやるのかという線引きみたいなものがどのへんにあるのか気になった。今回も映画ネタはちょいちょい入れられており、往年の名作SF映画のあれこれはもちろん、Xファイル音楽付きというのには笑ってしまった。1フレーズであれだ!と思い出せる音楽って強いよな。
 宇宙人のルーラはまだ小さい子供なのだが、そういえばショーンも子供という設定だったなと思いだした。ショーンとルーラがいたずらに夢中で悪ノリをしていく様は、楽しいが危なっかしい。そこに「大人」として牧羊犬(牧場主は全く大人ではない!)がダメ出しするのには、少々うざったくもほっとするのだ。子供のバックアップをするのが大人なんだよなと。また本作、いわゆる悪役として登場する人物が、悪役のままにされないところにもほっとする。彼女にある救いが訪れるシーンにはぐっときてしまった。


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『マリッジ・ストーリー』

 NYで活動している女優のニコール(スカーレット・ヨハンソン)と舞台演出家のチャーリー(アダム・ドライバー)夫婦はすれ違いが増え、協議離婚をすることになる。しかしそれまでため込んでいた不満と怒りが噴出し、息子の親権争いも加わり弁護士を立てて全面的に争うことになってしまう。監督はノア・バームバック。
 お互いの「良い所リスト」から始まり、終わるという構成が上手いが皮肉でもある。ニコールとチャーリーの関係は大きく変わるが、双方で挙げた良い所がなくなったというわけではない。人生を共にすることはできなくなってもそれが残っていくということが、救いでもありより辛くもあるのだろう。他人になりきれないのだ。関係が冷えて別居していてもニコールがチャーリーの髪を切ったりしてあげるのも、関係がよかろうが悪かろうがもはや他人ではない、家族でなくなりきる(って変な言い方だけど)のは難しいというとなのだと思う。
 子は鎹とは言うが、ニコールとチャーリーの場合、子供がいるからこそ拗れるという面もある。2人ともお互いにいい親だと認めているだけに、親権争いの為に相手の親としての不備をあげつらっていかないとならないというのがすごくつらい。アメリカの親権争いの苛烈さを垣間見てしまった。当人たちよりそれぞれの弁護士がエキサイトしている感じなのもきつい。
 ニコールとチャーリーの離婚の原因は、チャーリーの浮気にあるともわかってくる。が、真の原因はこれまでのすれ違いの積み重ねだ。多くの離婚がそうなのだろうが。ニコールがロスに滞在したがるのは、実家がロスだということ以上に、NYだと映画の仕事を続けることが困難だという要因が大きいだろう。逆にチャーリーのフィールドである演劇はNYが本拠地。結婚生活はチャーリーにばかり得があるのでは?という気がしてしまう。チャーリーがニコールの事情、彼女のキャリアに対して無頓着に見えるので、よけいそう思った。自分に都合の悪いことには気づかぬようにしているんじゃないの?と。
 ヨハンソンとドライバーの演技がとても良い。特にヨハンソンは、最近は『アベンジャーズ』でアクションを披露しているイメージばかり強くなっているが、本来はすごく微細な演技ができる俳優なんだよなと再確認した。弁護士との面談で泣き出してしまう所や、チャーリーとの言い合いでたぶん思いを言い切れていないんだろうなという表情等、ちょっとした動作や声のトーンがとてもよかった。言外に垣間見える感情のインパクトが強い。ドライバーはハンサムなんだかそうじゃないのかわからないぬーぼーとした面持ち、ちょっともったりとした動きがいい。2人ともセクシーなイメージがあるが、実は典型的な美男美女というわけじゃないんだよな。

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『ファイティング・ファミリー』

 イギリス北部で家族経営のレスリングジムを営み、プロレス団体を運営しているナイト一家。ザック(ジャック・ロウデン)とサラヤ(フローレンス・ピュー)兄妹もレスラーとしてリングに立っており、いつかWWEの舞台に立つことを夢見ていた。ある日、WWEのトライアウトに2人は出るが、サラヤだけが候補生に選出され、フロリダへ行くことが決定する。サラヤはリングネーム「ペイジ」と名乗りトレーニングに励むが。監督・脚本はスティーブマン・マーチャント。
 実話を元にしたファミリードラマ+スポ根だが、どちらも結構あっさりしている。それが難点というのではなく、むしろ気持ちよく、ちょうどいい楽しさで見ることができた。ゲスト的なドウェイン・ジョンソンの出演も楽しい。誰かをヒールにしていない、ライバルはいても憎まれ役はいない構成もよかった。
 ペイジのWWE候補生の同期の女性たちは元モデルやチアリーダー出身の、スタイルの良い美女ばかり。プロレス一筋のペイジはむしろ異色だ。こういう場合、バービー人形のような候補生たちをついクイーンビー的な意地悪女子扱いしそうなところだが、本作はそうしない。むしろ、彼女らをレスリングの素人として下に見ていたペイジの方が偏見に囚われていた、彼女らを舐めていたことが提示される。WWEの候補生という場にいる以上、バックグラウンドがどうであれ彼女らにも相当な覚悟と努力があって当然、というわけだ。それを理解したペイジと同期生たちとがコミュニケーションをとれるようになると、全員のパフォーマンスがぐっとよくなる。プロレスの試合は信頼関係ありきだと、門外漢にもわかりやすく見せてくれるあたりがプロレス愛か。
 本作、ペイジの物語であると同時に、ザックの物語でもある。2人は表裏の関係だ。ペイジは選ばれて夢をつかんだ人だが、ザックは選ばれず夢の道から降りざるを得ない。とは言え、一つの道から降りたからといって人生が終わるわけでも、不幸が確定するわけでもない。降りたら別の道、別の立ち位置がまた現れてくる。それをつかむかどうかは本人次第だ。スターを支える人もまた、形は違えど輝いているんだよね。ジムの生徒たちへの接し方から、ザックの根の真面目さ、人としてのまっとうさがうかがえるのがとてもよかった。ああいう態度を取れるというのも一つの才能だよなと。

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『Gのレコンギスタ 行け!コアファイター』

 リギルド・センチュリーと呼ばれる未来。貴重なエネルギー源フォトン・バッテリーを宇宙から地球上に運ぶ軌道エレベーター、「キャピタル・タワー」を護衛する「キャピタル・ガード」の候補生ベルリ・ゼナム(石井マーク)は、実習中に宇宙海賊の襲撃に遭う。海賊の一味であるアイーダ(嶋村侑)を捕らえるが、彼女が乗っていたモビルスーツ「G-セルフ」をベルリはなぜか起動することができた。総監督は富野由悠季。
 2014年に放送されたTVアニメ『ガンダム Gのレコンギスタ』を劇場版として再構成した5部作の1作目。5部作…先は長い…。その長さゆえに見ようかどうか迷っていたが、見るとやっぱり楽しい。決してストーリーテリングがスマートなわけではなく、いきなり始まりいきなり終わる感じなのだが、躍動感に満ちている。作画がいいというより(一部リライトされているが基本TVシリーズの再構成なので)、キャラクターの演技や声優の演技によるところが大きいように思う。富野節とでもいうか、独特なセリフ回しが癖になる。言葉のやり取りの文脈が必ずしもかみ合っているわけではない所が逆に生の会話っぽい。
 また、ベルリの賢いがまだ子供で視野が狭い所や、一見大人っぽく見えるアイーダの余裕のなさなど、この人たちはまだ子供なんですよという示唆が結構はっきりしていたんだなと改めて感じた。特にアイーダの振る舞いは一見すごいわがままに見えるが、彼女なりに自分の役割を果たそうとあがいているんだなとよくわかる。自分が至らないことへの憤りは、自分にできないことをさらっとやってしまったベルリに対する憤りでもあり、だから八つ当たりにも見えてしまう。
 情報がぱんぱんに詰め込まれているので、監督は子供に見てほしいらしいけど子供にはついていけないのではないかなという気がした。TV版で見たときよりもかなり交通整理された印象にはなっているが、テクノロジーの度合いや国の体制(宗教国家に近い感じなのね)、エネルギー供給やそれに伴う軋轢など、矢継ぎ早に情報を繰り出してくる。密度が相当高い。


『ドクター・スリープ』

 雪山のホテルでの惨劇を母と共に生き延び、大人になったダニー(ユアン・マクレガー)。しかし今もトラウマに苦しみ、人と関わらずひっそりと生きていた。世間では子供の失踪事件が相次いでおり、不思議な能力を持つ少女アブラ(カイリー・カラン)は邪悪な集団の存在に気付く。その集団を率いるローズ・ザ・ハット(レベッカ・ファーガソン)もまたアブラに気付き、彼女を狙う。邪悪な存在に気付いたダニーはアブラと協力し事件を追っていく。原作はスティーブン・キングの小説。監督はマイク・フラナガン。
 『シャイニング』の後日談という体の作品で、子供だったダニーは今や立派な大人。実は私は『シャイニング』を未見だったので、これを機に見て本作に挑んだ。合わせて見てちょっと驚いたのだが、原作者は同じでも映画のテイストが全然違う!本作は『シャイニング』の有名すぎるショット、美術を踏襲してはいるのだが、映画としての方向性があまりに違う。キングの原作には本作の方が忠実という話は聞いていたのだが、だとするとキューブリック監督『シャイニング』ってキング原作の本質からはかけ離れていたのでは…。キューブリック監督『シャイニング』は邪悪さというよりも狂気、主眼が置かれているのはダニーの父親が変質していく様だったが、本作では善と悪の対決が中心にあり、狂気ではないんだよなと。不思議な力「シャイニング」そのもの、「シャイニング」によって善性が発揮されるという所こそが肝になっている。個人的にはそこが単純すぎて物足りない部分(そしてキング作品の苦手な部分)でもある。キングがキューブリック監督の『シャイニング』を見て激怒したというエピソードのみ知っていたのだが、そりゃあ怒るなと腑に落ちた。ただ、映画の強度みたいなものは、『シャイニング』の方がはるかに強い。本作は面白かったが、あくまで普通のエンターテイメントとしての面白さ。『シャイニング』のような異様さはない。そこが良い点でもあるのだが、後々に残るインパクトはさほどないのだと思う。さらっと楽しめてしまうから。
 とは言え、子供時代のトラウマを背負い続けるダニーが、アブラという(非常に能力は高いが)子供の前で大人としての責任を全うしようとする、それによって子供時代からついに解放される様にはぐっときた。ユアン・マクレガーの起用はナイーブさと優しさを感じさせてすごくよかったんじゃないかと思う。

ドクター・スリープ 上 (文春文庫)
スティーヴン キング
文藝春秋
2018-01-04

ドクター・スリープ 下 (文春文庫)
スティーヴン キング
文藝春秋
2018-01-04


『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』

ユルゲン・トールヴァルト著、小川道雄訳
 まだ麻酔がなく、細菌という概念もなかった時代から、医学はどのように発展してきたのか。ドキュメンタリー仕立てで近代医学がどのように発展してきたのか、19世紀を駆け抜け医療の現場を追っていく。
 著者の祖父の手記という体で、体験記仕立てなので読みやすく当時の雰囲気が伝わってくる。近代医学の歴史と前述したが、ほぼ外科医療の発展だ。麻酔の発明が近代医学にとっていかに大きかったのかということがよくわかる。昔の小説を読んでいると麻酔なし(あってもモルヒネ程度)で手術というシーンがあって猛烈に痛そうなのだが、それに加え、衛生状態を清潔に保たなければならないという概念自体がなかったんだよなと本著を読んで再認識した。たまたま室内が清潔だったから手術が成功した、なんてケースが紹介されていて、なかなかにぞっとする。細菌を発見したことで医療にパラダイムシフトが起きたのだ。しかし不潔な状態が症状悪化を招くという認識から、細菌という存在にたどり着くまでがまた長い。細菌という概念への反発も相当強かったようで、見えないものを証明するのがいかに難しいかと痛感した。世界の見え方を変えるということだもんな。

近代医学のあけぼの―外科医の世紀
ユルゲン トールヴァルド
へるす出版
2007-05-01


『渇きと偽り』

ジェイン・ハーパー著、青木創訳
 連邦警察官のフォークは、20年ぶりに故郷に帰ってきた。旧友のルークが妻子を道連れに自殺したというのだ。ルークの両親から真相究明を依頼されたフォークは巡査部長のレイコーと共に調査を始めるが、町の人々は彼を敵視する。フォークには故郷を去らざるを得なかった理由があったのだ。
 英国推理作家協会賞、ゴールド・ダガー賞受賞作だそうだが、この2つを受賞している作品はやっぱり打率が高い。故郷で事件を追うと同時に過去の因縁と向き合うというよくあるパターンではあるのだが、ディティールが丁寧。狭い地域社会ならではの噂の広まりの速さと払拭の難しさ、家庭内の事情のうかがい知れなさ。そして深刻な干ばつにより町の人たちがかなり追い詰められており、物理的にも精神的に炎上寸前というあたりにオーストラリアという土地柄が感じられる。フォークとルークが過去に何をしたのか、そして何をしなかったのかが徐々にわかってくる。現在の語りの中に過去の出来事が挿入されるという構成が、起きてしまったことの取返しのつかなさを強めてやりきれなくなる。

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン ハーパー
早川書房
2018-07-19


潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン・ハーパー
早川書房
2019-08-06


『息吹』

テッド・チャン著、大森望訳
 空気から生命を得ていると言われており、空気を満たした肺を交換する種族。「わたし」は自分たちの体の仕組みを解明しようとし、あるショッキングな仮説にたどり着く。人間とは異なる世界の生命の姿を描く表題作のほか、アラビアン・ナイト的な世界でタイムトラベルSFが展開される『商人と錬金術師の門』、デジタルペットの育成の顛末を描く『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』等9篇を収録した作品集。
 『あなたの人生の物語』からなんと17年ぶりの作品集。表題作『息吹』がやはりとても良い。人類とは違う仕組みの生物、違う世界の描き方がこまやか、かつ彼らが行き着く先に悲しみが滲む。こういう仕組みの世界ならこうなるであろう、という発展のさせ方が面白い。また本作品集、最初に収録された『商人と~』をはじめ、運命の変えられなさとそれに相対する人間の姿を描いているように思った。小話的だがぞわりと怖い『予期される未来』、パラレルワールドによる幾種類もの人生が逆に自由の限界を感じさせる『不安は自由のめまい』。過去=運命は変えられないがその解釈を深めることはできるのではという諦念にも近い覚悟が、前作『あなたの人生の物語』に通じるものもあると思う。宗教が中心におかれた社会での科学的探究心の行く末を描く『オムファロス』が個人的なヒットだった。

息吹
テッド・チャン
早川書房
2019-12-04


あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
テッド・チャン
早川書房
2003-09-30


『小松とうさちゃん』

絲山秋子著
 大学で非常勤講師をしている小松と、そこそこ大手企業のサラリーマン宇佐美は飲み友達。小松は新幹線で出会った同い年の女性みどりに恋心を抱く。宇佐美のアドバイスで距離を縮めていくが、みどりは一風変わった仕事をしていた。
 50代の男性2人、女性1の淡い友情と恋愛が描かれる。小松と宇佐美は同年代だが、職業も年収も生活も全然違う。しかしそこでお互いひがんだりうらやんだりということはない。そんなに頻繁に会うわけでもないしお互いの生活を熟知しているわけでもないが、結構突っ込んだ相談もするし真剣に相手のことを心配もする。あっさりしているのだが、そこがいい。濃いだけが友情ではないのだ。これは小松とみどりの関係でも同様で、なんとなくいいなという程度の恋心で情熱的ではないが、ちゃんと恋愛ではある。どちらの関係性もなんだかうらやましくなった。慣れない恋にあたふたする小松、ネットゲームにはまって、ゲーム上でもほぼ仕事なみの責任を負ってしまっている宇佐美のぼやきはユーモラスかつ、ほろ苦い。そのほろ苦さはもう若くはないという彼らの自覚からくるものでもある。とは言え人生加齢したからつまらなくなるわけでは全然ないという、爽やかなラストだった。

小松とうさちゃん (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2019-12-05


薄情 (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2018-07-05




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