3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2019年07月

『IQ2』

ジョー・イデ著、熊谷千寿訳
 亡き兄マーカスの恋人だったサリタに依頼され、高利貸しに追われる彼女の異母妹ジャニーンを助けることになったIQ。腐れ縁の相棒ドッドソンと共にジャニーンとその恋人ベニーが住むラスベガスに向かうが、ジャニーンは予想以上に厄介な状況に陥っていた。
 前作と同じく、過去と現在が交互に配置されている構成。今回はその2つのラインがある地点で合流するところにミステリの醍醐味を感じた。と言っても、いわゆる謎解きミステリ要素はあまりないんだけど・・・。クールなイメージのIQだが、今回はあまりクールではいられない。彼はサリタにずっと想いを寄せており、彼女の前でいいところを見せたいとちょっと焦っている。更にその焦りをドッドソンに見透かされてしまう。IQはとても頭がいいが人の心の機微には疎い。サリタへの自分の思いも、彼女と自分の関係がどういうものなのかも、ドッドソンが彼に対して感じている苛立ちが何故なのかもぴんときていない。だからよけいに焦るし苛立つのだ。本作のある人物の行動をIQが看破するが、実はその行動原理はIQ自身のものと被ってくる。それをIQが自覚しているのかいないのか・・・。この看破の様は相手に対してすごく残酷で、多分本来のIQの倫理観からは外れるものなのだろうが、それをやってしまう所に今回の彼の危うさが垣間見える。怒りも嫉妬も人を弱くするのだ。
 対して今回、ドッドソンの成長が目覚ましい。大人になって・・・!しかもIQに対してちょっと素直になってる!IQの危うさを補うのはドッドソンの世間慣れした部分や意外と常識的な部分(IQも常識的だし人情もあるのだが、発露の仕方がちょっと独特だし人の心の機微には疎いよね・・・)なのではないか。2人のパートナーシップが今後の展開の鍵になるのかなと。

IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2019-06-20





IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2018-06-19

『さらば愛しきアウトロー』

 1980年代初頭のアメリカ。誰ひとり傷つけず、拳銃をちらりと見せるだけで仕事を成功させる銀行強盗、フォレスト・タッカー(ロバート・レッドフォード)。何度も脱獄してきた彼も今や74歳になっていた。彼の反抗はアメリカ中で報道されるようになり、刑事ジョン・ハント(ケイシー・アフレック)がタッカーの痕跡を追っていた。監督・脚本はデヴィッド・ロウリー。
 「ほぼ真実の物語」にはじまり、ちょっと人を食った字幕の文句(「そして彼はそうした」という直訳とか)がしゃれている。80年代が舞台だが、車や衣装、小道具など美術面だけではなく映像の質感そのものも80年代のアメリカ映画っぽい、ざらっとしたものに加工されているという凝り方。色みの黄色っぽさなど、あーあの頃っていく感じがすごくする。当時の映画をリアルタイムで見ていたわけではないのにそう思うのが不思議なんだけど。
 タッカーは人好きのする、すごくチャーミングな人物だ。何しろ演じているのはレッドフォードなので、顔はしわしわなんだけどいまだハンサムで色気がある。銀行強盗中の振る舞いにもしゃれっ気がありお茶目で憎めない。ジュエル(シシー・スペイセイク)へのナンパの仕方も、いやーこれいいナンパだな!と思わずにやにやしてしまう。ちゃんと年配者同士のロマンスを出会いの段階からやっている映画って意外と目にしない。2人の距離感が縮まっていく過程に、それまでの2人の人生を踏まえたものという感じが出ていてとてもよかった。
 ただ、タッカーはチャーミングだが人としてどうにもダメな面があることも、彼の関係者の言葉で示される。人への愛はあるが自分のやり方の愛でしかない。相手に対する責任をもつことができない。夫、父親としてはまずダメだろう。その人間性の変わらなさにおかしさと悲しさがあり、ほろ苦い。タッカーはドキドキしていないと、動き続けずにはいられない人なのだ。
 レッドフォードの俳優引退作ということだが、引退作としてはばっちりだったのではないだろうか。彼と相対するスペイセクもまたチャーミング。加齢による聡明さ、魅力が感じられる女性像だった。また、タッカーを追う刑事ハント役のアフレックが、抑えた演技でなかなか良い。普段はちょっと屈折した役を演じることが多いが、本作ではそうでもない。真面目な警官で家族思いだが、どうかするとドキドキさせるもの、追跡のスリルが先に立ってしまう、実はハントと似通った部分があるというアンビバレンツが面白い。

ブルベイカー [Blu-ray]
ロバート・レッドフォード
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2017-10-04





運び屋 ブルーレイ&DVDセット (2枚組) [Blu-ray]
クリント・イーストウッド
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2019-06-19

 『ゴールデン・リバー』

 ゴールドラッシュに沸き立つアメリカ。腕利き殺し屋兄弟のイーライ・シスターズ(ジョン・C・ライリー)とチャーリー・シスターズ(ホアキン・フェニックス)は、政府から内密な依頼を受け、黄金の見分け方を発明したという化学者ハーマン・カーミット・ウォーム(リズ・アーメッド)を追う。連絡係のジョン・モリス(ジェイク・ギレンホール)からの手紙を頼りにウォームの後を追うが、事態は予想外の方向へ。原作はパトリック・デウィットの小説『シスターズ・ブラザーズ』、監督はジャック・オーディアール。
 原作小説よりもむしろ『シスターズ・ブラザーズ』という題名に合った内容のように思ったが、映画邦題がそうではないのは皮肉。ゴールデンリバーからはむしろ遠のいているような気がするんだような・・・。ともあれ、自分にとって原作で不発だった部分が映画では上手く補完されており、面白かった。
オディアール監督は「つかの間の夢」みたいなものを扱うストーリーに拘りを持っているのかなと思った。理想主義的な ウォームのコミューン構想にモリスが引き込まれていくのも、4人がやがてひとつの共同体のようになっていくのも、つかの間の夢だ。シスターズ兄弟の「無敵の殺し屋」という肩書自体がつかの間の夢のようなものかもしれないが。監督のほかの作品でも、この一瞬がずっと続けばいいのにというような、多幸感あふれる瞬間がしばしば見られる。が、それはつかのものでありいずれ終わるのだ。
 とはいえ、シスターズ兄弟にとっては、廻り廻ってあったはずのものを取り戻す、父親によって奪われた安心感、脅かされずに日々を過ごす場に辿りつく話でもあるから、オディアール監督、少し優しくなったのだろうか?父(的なもの)を殺し、あるいはそういうものを捨て逃げ続ける男たちの姿はしんどそうでもある。逃げ続けるということは、一か所に留まれないということだ。とはいえ、父親なんていずれ死ぬからな!と言わんばかりのいうドライさがあり、いっそユーモラスでもあった。そこ戦うところか?という問いかけのようでもある。
 シスターズ兄弟の密着していたい/離れたいというジレンマがつのる一方、モリスとウォームは密着したいがしてはいけないというジレンマに苛まれる。ウォームの「友達になりたかった」という言葉が切ない。双方あそこまでやったらもう友達決定でいいのに!また、イーライは意外と繊細でよく者を考えており、モリスとウォームとも通じ合う部分がある(当時としては「おしゃれ」だったらしい歯ブラシを使っていることで、なんとなくイーライとモリスの距離が近づくのがおかしい)。そこにチャーリーはなかなか交ざれず、殺し屋から足を洗いたいというイーライの希望も受け入れられない。だが4人の間には危ういバランスが保たれる。彼らを取り込んだのは黄金の夢ではなく、共同体という夢だったようにも思った。
 西部劇だが、この時代のテクノロジーがどのくらい進んでいたのか、生活文化の様子が垣間見られるところが面白かった。前述した歯ブラシの登場や、イーライがホテルの水洗トイレに驚いて思わずチャーリーを呼んだり、路上駐車している馬車からおそらく冷蔵庫用の氷が荷降ろしされるシーンがあったりと、細かい所がなかなか物珍しかった。

シスターズ・ブラザーズ (創元推理文庫)
パトリック・デウィット
東京創元社
2014-12-12






ディーパンの闘い [Blu-ray]
アントニーターサン・ジェスターサン
KADOKAWA / 角川書店
2016-07-08

『自転車泥棒』

呉明益著、天野健太郎訳
 「ぼく」が幼い頃、父や母が移動に使うのは鐡馬(ティーベ)=自転車だった。当時貴重品だった自転車は度々盗まれ、しかしその度に父母は何とか次の自転車を入手してきた。やがて父は失踪し、「ぼく」は成長して故郷を離れ、作家になっていた。自転車、オランウータン、蝶、象などが紡ぐ家族、そしてある時代の記憶。
 こういう、パーソナルな記憶からある国、ある時代の記憶へと拡大されていく構造の小説が最近増えているように思う。私がたまたまそういう作品に行き当たっただけかもしれないけど。「ぼく」は父親が乗っていた自転車の記憶を追い続ける。その中で、同じような古い自転車の情報を持っているカメラマンや、その知人、そのまた知人、そして彼らの思い出の中に存在する人たちの記憶を記録していく。「ぼく」の親やそのまた親の世代くらいの話も出てくるので、当然戦争の話も出てくる。戦争の時代の話はしたくない、しかし自分のことを話す上で戦争に触れずにはいられないということをある人物が言う。忌むべきものなのだが自分の人生の一部に取り込まれている。
 日本統治下で台湾にも空襲があったこと、動物園の動物たちの処遇など、読んでいて辛いのだが初めて知ったことだ。『かわいそうなぞう』など、日本の絵本や俳優の名前等がちらほら出てくるのがちょっとおもしろいのだが、植民地化されていた故のことなので複雑・・・。植民地化されることで、その前後との世代間の断絶が深まってしまうそうだが、「ぼく」は自転車を媒介にそれらをつなぎ合わせ虚実まじえた「物語」にすることで、失踪した、自分にとって謎である父親を再構築し、ちゃんと見送ろうとしているように思えた。「ぼく」の家族の話であり、台湾の現代史でもある。

自転車泥棒
呉明益
文藝春秋

『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』

ドニー・アイカー著、安原和見訳
 1959年、ソ連のラウル山脈で奇妙な遭難事故が起きた。大学生らからなる9人の登山チームは、テントから1キロ半近く離れた場所で、凄惨な死にざまで発見された。氷点下の中でろくな防寒具や靴を身につけず、服からは異常な濃度の放射線が検出された。いまだに真相不明な事件に、アメリカ人ドキュメンタリー映像作家の著者が挑む。
評判通り面白い!そして不可解!事件の謎解明は、これが正解かどうかは実際のところわからないが、そこそこ妥当なものが終盤でばたばたと説明される。著者が提示する回答は、事件が起きた当時は(作中で指摘されるように)概念としてまだなかったものだ。だからこそ政府や軍の陰謀論、はたまたUFO論などが沸き起こったのだろう。
  とはいえ、本作の面白さは、遭難した登山チームの道筋を丁寧に追った所にある。チームの登山経路を実際に体験することによる、街の様子や自然の描写により、より具体的な景色が見えてくる。更に、チームメンバーがそれぞれどういう人柄でどういう言動をとって何を考えていたのか、周囲とはどういう関係だったのか、人物像が立ちあがってくる。若者たちの群像劇としての描写がとても生き生きとしており、だからこそ事件の痛ましさがまた切実なものになる。
 著者自身が作中で自省するように、自分とまったく関係ない、過去の異国の事件に現地で不慣れな登山に挑戦する(これ本当に無謀だと思うんだよな・・・登山経験がろくない上に言葉も通じないんだから・・・)ほどに入れ込むのは、解けない謎に対する下世話な好奇心とも言える。ただ、亡くなった人たち、そして遺族の人間像をしっかりつかみ描くことが、本作の誠実さになっていると思う。

『よこがお』

 訪問介護士の市子(筒井真理子)は周囲からの信頼も厚く、特に本門先の大石家の長女・基子(市川実日子)には懐かれていた。ある日、基子の妹サキが行方不明になる。すぐに保護され犯人も逮捕されるが、市子は事件への関与を疑われる。マスコミが押し寄せ、職場を追われ恋人との結婚も破談になった市子は、ある行動に出る。監督・脚本は深田晃司。
 試写で鑑賞。以前見た同監督『淵に立つ』はいまいち頭でっかちというか、映画の枠組みばかりが前面に出ていた印象を受けたが、本作はすごく面白かった。最初から不可解なものが登場しとにかくずっと不穏であるという点は共通しているが、本作の方が不可解さが地に足のついたもののように思った。
 一見、市子の物語であるように見えるが。実はその物語は基子の物語と鏡合わせになっている。市子にとっては、自分には預かり知らない基子の情念に振り回され、それまでの人生を失うわけで、全くわけがわからないし基子の在り方は不可解なものだろう。しかし、基子にとっては憧れの人があっさり結婚して自分から離れていくということが不可解で許せない。そして許せないという自分の情念も、それ故に行ってしまった行動も不可解なものだろう。お互いの情念と不可解さが時間差で空回りしているという構造なのだ。市子が「復讐」に走ったのは当時の基子からしたら本望かもしれない。自分の存在が彼女にそれだけの跡を残した、自分が彼女にとって忘れられない存在になったということだから。とはいえ、市子の「復讐」が成立した時点で基子が彼女をどう思っていたのかはわからないので、これもまた空回りかもしれないのだが。
 筒井の演技、存在感が強靭。地味な時は本当に地味なのにぶわっとなまめかしさが溢れる瞬間がある。それを受ける市川の胡乱さとキュートさが入り混じる存在感も相変わらず面白い。この2人の実力を実感できる作品だった。

よこがお
深田 晃司
KADOKAWA
2019-07-19






淵に立つ(通常版)[DVD]
浅野忠信
バップ
2017-05-03

『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』

 2年前から鬱病で仕事をやめ、引きこもりがちなベルトラン(マチュー・アマルリック)。ある日、公営プールで男子シンクロナイズドスイミングのメンバー募集を目にする。なぜか引きつけられ参加することにしたベルトランだが、チームのメンバーも彼同様になんらかの問題を抱える中年男性たちだった。監督はジル・ルルーシュ。
 男子シンクロチームが舞台ではあるが、スポーツ映画としての側面はあまり強くない。練習もあまり本格的に見えないし、シンクロしている姿が本格的に見られるのはクライマックスくらいなのだ。エピソードが散漫で、緩い群像劇と言った感じ。むしろ中年男性・女性のミドルクライシスの方が物語の中心にある。鬱のベルトランはもちろん、仕事では成功しているのに家族と心が離れていくロラン(ギョーム・カネ)や、起業マニアなのにどの事業も上手くいかないマルキュス(ブノワ・ポールヴールド)、いまだに芽は出ないが夢を諦めきれないシモン(ジャン=ユーグ・アングラード)、いつも周囲から浮いているティエリー(フィリップ・カトリーヌ)。皆それぞれ問題があり、更にコーチで元女子シンクロ選手だったデルフィーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)もアルコール依存症だ。
 彼らは社会的に決して強くないし、いわゆる負け犬と言われる存在だ。彼らが一歩前に進んでいく姿を本作は描いているが、彼らを前に進めるのはシンクロへ打ち込むことそのものではなく、チームの仲間と自分の問題、仲間が抱える問題について対話していく行為であるように思えた。もちろんシンクロに取り組むことで自信がつくとかやる気が出てくるという面はあるのだが、むしろお互いに話し合うことで自分の中での問題の筋道がついていく、そういう場があり仲間がいると思えることが支えになるという要素の方が、彼らの前進にとっては大きかったのではないだろうか。鍛えて強くなるのではなく、弱いままでもちょっとだけ良くなるという方向性だ。
主人公であるベルトランのスタンスが象徴的で、彼は最初から自分が鬱であることを受け入れておりあまり隠さない。その上で物事に挑戦しようとし、最後までいわゆる「強い人」にはならないし目指さない。彼の妻も、ベルトランの弱さを受け入れており、軋轢は生じるがそれ込みで彼を大事に思っている。夫婦の関係がすごくよかった。弱い人が弱いままで生きるという方向性に現代性を感じた。

フル・モンティ [AmazonDVDコレクション]
ロバート・カーライル
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-07-04





『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

 世界最大の知の殿堂と呼ばれ、ニューヨーク有数の観光スポットでもあるニューヨーク公共図書館。文学、芸術などの分野で多くの人材を育て、世界有数のコレクションを誇る一方で、ニューヨーク市民の生活に密着した様々な役割と果たしている。図書館の存在の仕方と未来に思いをはせるドキュメンタリー。監督はフレデリック・ワイズマン。
 図書館の役割と言うと資料の収集・保管と貸出ばかりに着目されがちだが、本作に登場するニューヨーク公共図書館は、資料の扱いを越えた、幅広い活動を行っている。子供向け勉強会や作家の公演、音楽界に留まらず、就職活動支援の職業説明会や、障害者支援の説明会、インターネット接続用機器の貸し出し等、ここまでやるの?!とびっくりするようなももある。しかしどれも、「知識を得る手助けをする」という意味では共通している。知識に触れる機会は、どんな人にも平等であるべき、そこに奉仕すべきというのが図書館が考える公共の在り方なのだろう。市民からのニーズにこたえていくというのはもちろんなのだが、サービスを提供するだけではなく、どういう社会にしていきたいのか、そのために図書館が出来ること、やるべきことは何なのかを図書館に携わる人たちがずっと考え続けているのだと思う。
 作中、何度も図書館員たちのディスカッションが挿入される。予算をめぐる本館での論議(ベストセラーを多く入れれば貸出率=利用率は上がる、しかし研究書や貴重な資料を購入・保管するのも図書館の使命だという定番の論議がここでも出てくる)からは、市の予算と民間の寄付の両方から成る台所事情が垣間見える。やはり公的予算は削減されなかなか苦しい所もあるようだが、民間から一定の寄付があるというところが、なんだかんだ言って民度が高い。また分館では、子供たちの学習支援だけでなく教員に対する学習支援や適切な資料の提供をどうするかディスカッションしていたり、地域の経済問題や差別問題などにも言及がある。分館の方が生活に密着している度合いが高そうだが、規模はどうあれ「公共」とはどうあるべきかということを一貫して体現しているように思う。この筋の通し方は正直うらやましい。日本はこういう所が本当に弱いんだよな・・・。
 公共であること、平等であること、ひいては民主主義とは何かということが作中提示され続けている。今、分断が進み偏狭になりつつあるアメリカの社会を見据えての、この編集・構成なのだろう。黒人文化センターへの言及が多いのもあえてか。アメリカでも歴史改変主義者が幅をきかせつつあるらしく、意図的に改変した歴史の教科書が流通してしまったという話はちょっとショックだった。そういったものへのカウンターとしても図書館は存在するのだ。
 また、図書館の素晴らしい建物や、建物のポテンシャルを活かしたイベントの様子は眺めていて楽しい。図書館の表も裏も見ることができて、とても面白かった。いきなり著名人が登場したり、ちらっと見える資料の中にあんな名前やこんな名前、肖像画があったりと、予期せぬ楽しさもあった。3時間25分という長さだが、案外気にならない。体力的には少々きつかったですが・・・。


『Girl ガール』

 ララ(ビクトール・ポルスター)はバレリーナを目指し難関バレエ校に入学する。しかし体のコントロールは難しく、クラスメイトからの嫌がらせもうけ、焦りは募っていく。監督はルーカス・ドン。第71回カンヌ国際映画祭カメラドール、最優秀俳優賞受賞作。
 ララはトランスジェンダーで、手術を受ける意思は固く、ホルモン治療も始めている。父親は彼女を娘として尊重し愛しており、主治医やカウンセラーも親身になっている。しかし、それでも彼女の苦しみを周囲が理解しているとは言い難い。いや客観的には十分理解しているように見えるし、彼らの愛情や思いやりは本物だ。ただ、ララ当人にとっては十分ではない。彼女は家族の愛情や医師らの配慮があることは重々理解しているが、それらの愛や思いやりは、彼女の「今ここ」にある苦しみを解決するものではないし、彼女の苦悩は周囲と分かち合えるものではない。だから「大丈夫」と言うしかないのだ。彼女の「大丈夫」が嘘だと気づいている父親との距離感が痛ましい。どちらのせいというわけではなく、そういうふうにならざるを得ない問題だということなのだろう。自分の体のことは自分以外には実感としてわからないだろうという、ララの諦念すら感じる。それが終盤でのある決断に繋がっていくわけだが、子供の苦しみを見続けなくてはならない(そこに介入できない)親も辛いだろうと思う。
 身体に関わる問題はデリケートなものが多く、特にララが抱えているようなものは、周囲が無遠慮に触れていいものではないだろう。ララのクラスメイトたちは一見、フラットなように見えるし、ララを「女性」として仲間に入れているように見える。しかし、学校でのララは笑顔でいても常に緊張し、何かに脅かされているように見える。トイレにいかなくてすむように激しい運動の時も水を飲まず、レッスン後は体の処理の為にトイレに一人こもる。自分の体のコントロールがそもそもきついのだ。加えて、何かの拍子にクラスメイト達のからかい、悪意が噴出する。誕生会での「見せなさいよ」という言葉の心なさ。彼女らにとっての自分の体と、ララにとっての自分の体は意味合いが全然違うし、「見せる」意味合いが全然違う。そもそも他人の体を見せろというのが問題外なんだけど・・・。このシーンがほんとうにきつくて気分悪くなってしまった(それだけ映画に訴えてくるものがあったということだが)。
 セクシャリティのことも、バレエを続けることも、ララにとっては自らの体の違和感との戦い、肉体を意思で屈服させていくことだ。バレエ講師は体を開放して、という様なアドバイスをするが、ララにとってはそれは到底できないことだというのが皮肉だ。

ポリーナ (ShoPro Books)
バスティアン・ヴィヴェス
小学館集英社プロダクション
2014-02-05






ボーイズ・ドント・クライ [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
ヒラリー・スワンク
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-08-17

『無双の鉄拳』

 かつては荒くれ者だったが、今は妻と穏やかに暮らしているドンチョル(マ・ドンソク)。しかし車の接触事故がきっかけでヤクザのギテ(キム・ソンオ)に目をつけられ、妻ジス(ソン・ジヒョ)を誘拐されてしまう。ドンチョルは妻を助けるために奔走するが。監督はキム・ミンホ。
 マ・ドンソクの強面だけどかわいらしいキャラクターが全面に活かされている好作。アクションシーンは多いものの、それほど凝った組み立てではない。とにかくパワフル、力押しで、マ・ドンソクにはこういうのが似合うんだろうなと納得した。ドンソクが如何せんどう見ても強いので、あまりシリアスにならないのだ。予告編でも使われている壁をぶち破るシーンなど、パワフルすぎてちょっと笑ってしまう。お前らよりによってなぜそいつに手を出した!見た目からしてやばいのに!と悪役たちに突っ込みたくなる。
 本作、ドンチョルの強さ、人の良さは王道、定番的でそんなに新鮮味があるわけではない。一方、悪役のギテも非常に分かりやすく悪役なのだが、行動が損得勘定とちょっと乖離しており(よく考えるとわざわざ家に押し入って誘拐した上に金をちらつかせて・・・というのはコストもリスクも高すぎて割に合わない)、人の善意や正義感を踏みにじることに喜びを感じるという方向の「悪」。遊びの一環としての「悪」なのだ。このキャラクターに、キム・ソンオの演技がとてもはまっており、印象深い悪役になった。人間の感情の一部が抜け落ちている感じ、自分内の理屈が独特すぎてお近づきになりにくい感じがよく出ていた。序盤の、風呂場での一幕も、妙なおかしみが出ている所が逆に怖さを強めている。

ファイティン! [DVD]
マ・ドンソク
TCエンタテインメント
2019-05-29





犯罪都市 [Blu-ray]
マ・ドンソク
Happinet
2018-10-02

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