3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2019年05月

『ガルヴェストン』

 重い病に冒されていると告げられた死期を悟ったギャングのロイ(ベン・フォスター)。ボスに命じられある仕事に向かうが、それは彼を切り捨てる為の罠だった。ロイは組織の人間を撃ち殺し、その場にいた娼婦ロッキー(エル・ファニング)を連れて逃げる。ロッキーはまだ少女だが頼れる人もなく、体を売って生活していた。なりゆきで見ず知らずの2人の逃避行が始まる。原作はニック・ピゾラット『逃亡のガルヴェストン』、監督はメラニー・ロラン。
 メラニー・ロランは役者としてだけではなく監督としても腕がある。ちょっとごつごつしたぎこちなさはあるのだが、抑制がきいてる好作だった。原作小説の消化の仕方にセンスのよさを感じた。原作はどちらかというと古風な男性のロマンティシズムが強かったように思うが、映画はロマンティシズムの方向がちょっと変えられている。性愛の要素が薄い、もっと広義の愛が描かれているように思った。男性に仮託されたナルシズムが薄い。女性はファム・ファタールではないのだ。自分よりずっと若い相手に手を出す大人はろくなもんじゃないぞ、まともな大人はそういうことをしないんだと示しているあたりも現代的。
 冒頭、病院での行動が、ロイがどういう人間なのか、すごくわかりやすく表わしている。自分の問題、恐れと直面できない弱い面があるのだ。さすがに診断は聞けよ!って思ってしまう。元恋人に会いに行くのもけじめというよりは逃避行動に見える。元恋人の塩対応は、彼の現実認識の甘さを突き付けるようでもあって苦い。
そんなロイがロッキーの為に逃げることをやめ立ち向かおうとする。ロッキーは自分の身を守る為にあるものから逃げ出したが、自分以外のものを守るために立ち戻り対決する。ロイがトラブルを呼び込むであろう彼女を見捨てられなかったのは、彼女の対決しようという意思を見てしまったからではないかとも思った。

逃亡のガルヴェストン (ハヤカワ・ミステリ)
ニック・ピゾラット
早川書房
2011-05-09





ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)
デイヴィッド・ゴードン
早川書房
2012-03-09

『レプリカズ』

 人間の意識をコンピューターで作られた疑似脳に移し替える技術を研究している、神経科学者のウィリアム・フォスター(キアヌ・リーブス)は、交通事故で妻と3人の子供を亡くしてしまう。家族を諦められないウィリアムは、禁忌を破って家族のクローンを作り、そこに保存した意識のデータを移植しようとする。移植は成功したが、研究所は彼らに目をつけていた。監督はジェフリー・ナックマノフ。
 キアヌ・リーブスのいいところは、一応大スターなのにすっとこどっこいな映画にもいまだに平気で主演するところだと思う。本作のすっとこどっこい加減もなかなかのものだ。人格・記憶のコピーやクローンの生成などSFネタとしては手あかが付きまくっているから、見せ方には大分工夫がいると思うのだが、本作のそれはむしろ一昔前のものに見える。新作なのにやたらと懐かしい。これはもしや90年代なのでは?というくらい。記憶移植用のアンドロイドや人工脳のデザインのダサさ、今なぜこれを選んだ・・・と突っ込みたくなった。今、「機械の身体」を考えるのなら、もうちょっと違う方向性になるんじゃないかと思うんだけど・・・。
 序盤の展開がやたらとバタバタしているし、ストーリーは大雑把で、細部に目配りがされているとは言い難い。脳コピーのマッピングもクローンの生成も、そんなに手順でそんな短時間の作業で大丈夫なのかというくらいのざっくり感。ただ、全然面白くないのかというと、そうでもない。家族を亡くしたウィリアムは、先のことはろくに考えずに遺体の脳をコピーしクローン作りに踏み切ってしまう。計画らしい計画たてずにそんなことやります?!と突っ込みたくなるし、妻子が「不在」の間のアリバイ作りにあたふたする、ついでにSNS上で娘のボーイフレンドを娘になりすましてブロックする姿など、妙なおかしみがある。いざクローン作りに踏み切ってから我に返って協力者に責任を押し付けようとするあたりは結構ひどいのだが、そのひどさや考えの浅さに逆に説得力を感じてしまった。切羽詰まった人間の行動ってこういうものかもしれないなと。それにしても露呈するのが早すぎるしこらえ性がなさすぎるけど。粘れ!

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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16







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2018-09-19

『僕たちは希望という名の列車に乗った』

 1956年、東ドイツの高校生テオとクルトは、こっそりもぐりこんだ西ドイツの映画館で、ハンガリーの民衆蜂起のニュースを見る。感銘を受けた2人はクラスメイトに呼びかけ、授業中に2分間の黙祷を実行。しかしソ連の影響下におかれた東ドイツでは国家への反逆とみなされてしまう。首謀者とあげろと彼らは迫られるが。原作はディートリッヒ・ガルスカ『沈黙する教室 1956年東ドイツ 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語』、監督はラース・クラウメ。
 教育委員たちが学生から「ゲシュタポ」と揶揄され激怒するが、やっていることは似ている。力と恐怖で国民、国を画一的に支配しようとするやり方は、大体似通ってくるのか。体制側と違う考え方をすることは認められないのだ。本作中でも、学生たちの弱みを握り、脅し、彼らが疑心暗鬼に陥り仲間を裏切るよう煽っていく。若者たち、国民たちが自分の頭で考え団結することが、体制側は怖いのだとよくわかる。管理しようという姿勢が徹底していてすごく怖い。なりふりかまわずそこまでやるのかと。若者たちが何も考えず言うことをきく状況は、支配する方としてはそりゃあ楽だよな。だから個々が自分で考え行動することが、権力の肥大化を押さえる為にもとても重要なのだ。学生たちが黙祷を「皆でやろう」と多数決を取るのは、ちょっと同調圧力っぽくないか?という気もしたが・・・。 
 彼らの行動は最初はあまり深い考えに基づくようなものには見えない、その場の思いつきのようなものだ。しかし、その思いつきで自分の生き方、ひいては自分が今いる国が何をしようとしているのか、自分たちが何に加担することになりかねないのか、深く、しかも短時間で考えざるを得なくなっていく。少年少女が急激に成長していく様が鮮やかではあるのだが、こういう形で成長を強いられるのってちょっと辛い。他の場所だったらしなくていい苦労だし、理不尽すぎる。
 裏切り者になること、嘘をつくことを大人が子供に強いる国は、大分終わっているのではないだろうか。この5年後にベルリンの壁ができるわけだから、変なことを変だと言える環境がどんどんなくなっていく過程を描いた物語でもある。この先、こういう体制が何年も続くのだから本当に暗い気持ちになってしまうが、心が折れそうになっても自分達で考え屈しない若者たちの姿には希望がある。
 走るシーンが多く、どれも印象に残った。動きのテンポがいいというか、躍動感がある。ストーリーは重いが軽やかさがあるのだ。


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ブルクハルト・クラウスナー
アルバトロス
2017-07-05



『極夜の警官』

ラグナル・ヨナソン著、古田薫訳
 アイスランド最北の町シグルフィヨルズルに赴任した警官アリ=ソウル。警察署長ヘルヨウルフルの妻から連絡を受け、連絡が取れなくなったヘルヨウルフルを探していたところ、町はずれの空き家で重傷を負った彼を発見する。ヘルヨウルフルの息子によると、ドラッグ売買の捜査が関係していたらしい。更に市長やその右腕が絡んでいるのではという疑いも出てきた。
 アイスランド、しかもヘルシンキではなくちょっとしたニュースがすぐに街中に知られるような小さな社会を舞台としている所が面白い。アリ=ソウルは地道に捜査をするが、決して頭脳明晰な切れ者という感じではない。上司や同僚から見ると人づき合いが今一つ悪く面白みに欠け、妻から見ると嫉妬深くキレやすい一面を持つ。完璧ではなく、欠点も多い造形が人間くさくてなかなか良かった。しかも夫婦共にちょこっと浮気しているという生々しさ。それだけ夫婦の関係が危うくなっている、そしてアリ=ソウルはその自覚が薄いという所がポイントであり、今後のシリーズ展開の中でもどうなるのか気になる。彼はまだ成長途中で、今後警官として、パートナーとして変化していくのではないかと期待できるのだ。
 作中である人物の手記が挿入されるが、これが誰のものかわかると、事件の真相がよりやりきれなくなる。この連鎖をもっと早く止められなかったのかと。

極夜の警官 (小学館文庫)
ラグナル ヨナソン
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2018-07-06





雪盲: SNOW BLIND (小学館文庫)
ラグナル ヨナソン
小学館
2017-05-09

『罪人のカルマ』

カリン・スローター著、田辺千幸訳
 若い女性の失踪事件が発生した。特別捜査官ウィル・トレントは捜査から外される。40年以上前に凶悪な連続殺人事件を起こし終身刑になったウィルの実の父親が仮釈放されたのだ。やがて発見された女性の遺体には凄惨な傷跡があった。その手口はウィルの父親のものと酷似していた。
1975年の娼婦連続失踪事件と、現代の連続失踪事件、2つの事件を交互に追っていく構成。そして75年の事件が現在にどのように繋がっているのか、彼/彼女が何者なのか、今に至るまで何を抱えてきたのかわかった瞬間、戦慄する。シリーズのクライマックスとしてとても上手い。そして次作への(少々強引かつしつこい)引きも。ウィルとアンジーの関係にはそろそろ決着をつけないとならないのではと思うのだが・・・。サラがちゃんと独立した、かつ思いやりのある大人なのでなおさらそう思う。
 現代のパートももちろんスリリング出面白いのだが、1975年パートでの若きアマンダとイヴリンの活躍には胸が熱くなる。まだ女性警官はおろか、女性が社会で活躍することが白眼視されていた時代だ。2人に対する同僚からの妨害はあまりに理不尽で腹立たしい。更にアマンダの父親の設定は結構ショッキングだ。彼女らが被害者女性達の無念を晴らそうとするのは、女性に対するいわれのない差別や憎しみと戦う、人間としての尊厳を取り戻そうとすることでもある。彼女が元々どういう性格、振る舞いの人だったのか、何が彼女を現在の人格に作り替えたのか、これまでの彼女の立ち居振る舞いを思い返すと感慨深いものがある。自分の意志で強くなった人なのだ。

罪人のカルマ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
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2018-06-16






血のペナルティ (ハーパーBOOKS)
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2017-12-16

『RBG 最強の85歳』

 アメリカ女性最高判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ。ジェンダーによる差別と闘い続けた彼女の生涯を追うドキュメンタリー。監督はジュリー・コーエン&ベッツィー・ウェスト。
 この人がいなかったら、男女間の不平等は今頃どうなっていたか、というくらい功績があるギンズバーグ。精神的にも肉体的にも非常にタフな人というイメージがあるし、実際に体力を維持するためのメンテナンスと努力を欠かさない様が作中でも見受けられる。私より全然ちゃんと腕立て伏せ出来てる・・・。
しかし本来は、若い頃から物静かで引っ込み思案、必ずしも外向的、尖鋭的というわけではないというから意外だった。彼女のガッツ、闘志は生真面目さ、勤勉さから生まれるもののように思える。弁護士事務所への就職を軒並み断られた(彼女の伝記映画『ビリーブ 未来への大逆転』でも描写があった)時に「なぜ女性が弁護士になれないのか理解できなかった」というのだが、真面目に考えるとそれが理にかなっていない、不条理だから理解できないというわけだろう。理屈が通らないというのは、世の中や現行の法律の方がずれていて、そこを変えていくことが時に必要なのだ。ギンズバーグが「200年前に作られた法律の「我々」に私たちは含まれていない。黒人もヒスパニックも。」と言う。その時代ごとの「理屈」はあっても、背景となる時代の価値観からは逃れられないのだ。
 法解釈や主義主張が違う人とでも、その他の部分で気が合えば親しく付き合うという所も面白い。超保守派の判事と意外と仲がいいのだ。仕事とプライベートとの切り分けがはっきりしている。このスイッチの切り替え方が仕事が長続きするコツなのかもしれないとも思った。
 夫との関係性が理想的だ。こういう人と支え合っていたからここまで来られたのかもしれない。それだけに、夫の晩年になってからの病から目をそむけていたという孫の言葉が切ない。あんなに強い人でも、そこは直視できなかったんだと。夫マーティンはギンズバーグの知性、法律家としての能力を非常に高くかっており、自分のパートナーとして自慢に思っていた様子。彼自身も法律家(税務専門の弁護士)だったが、「2番手であることを気にしない」人だったとか。妻の知性を手放しで評価できる、自分よりも高くかうというのは当時の男性としては稀な資質だろう。映像からも人柄の良さが垣間見られた。
 それにしても、アメリカの現状を思うとギンズバーグはおちおち引退できないだろうな・・・。必要とあれば保守とも妥協し、最高判事間のバランスを取るためより保守にもリベラルにも方向修正する人だそうだが、相当リベラルとして頑張らないと現状ではバランスとれなさそう・・・。

『ミスコン女王が殺された』

ジャナ・デリオン著、島村浩子訳
 南部の田舎町シンフルに身をひそめるCIA工作員のフォーチュン。厄介事を片づけ平和が訪れたと思ったのもつかの間、元ミスコン女王のパンジーが帰省し、さっそく大衝突してしまう。しかもその後、パンジーは他殺死体として発見されたのだ。容疑をかけられたフォーチュンは地元婦人会の曲者アイダ・ベルとガーティと共に真犯人捜しに乗り出す。
 前作からの作中時間、わずか1日(も経っていない)。この町トラブル起きすぎだしさすがにフォーチュンを狙う暗殺者たちが嗅ぎつけてくるのでは?と心配になってしまう。アイダ・ベルとガーティの自由奔放さも絶好調。フォーチュンを翻弄し続ける。ドタバタ感とカラっとしたユーモアが楽しい作品だ。南部におけるいわゆる「女らしさ」やつつしみとは無縁のフォーチュンは、町の中では異色だし、アイダ・ベルたちの対抗派閥の反感をかいまくる。とはいえ本作のいいところは、フォーチュンとそりの合わない人、価値観が違う人のことも貶めた描き方ではない、そういう人を否定はしていない所だと思う。色々な人がいて、面倒くさいけど面白い。クセが強くてもいいじゃない。また、前作に引き続き、世代を越えたシスターフッドが見られるのもいい。女性達がとにかく生き生きとしており、「女らしく」なんてものを蹴散らしてくれる。

ミスコン女王が殺された (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2018-09-20





ワニの町へ来たスパイ (創元推理文庫)
ジャナ・デリオン
東京創元社
2017-12-11

『幸福なラザロ』

 イタリアの小さな村に住む青年ラザロ(アドリアーノ・タルディオーロ)。村の人々はデ・ルーナ侯爵夫人の小作人として昔ながらの生活を続けていた。実は小作人制度は何年も前に禁止されており、侯爵夫人は村人をだましていたのだ。侯爵夫人の息子タンクレディが起こした事件がきっかけで事実が明るみに出て、村人たちは離れ離れになっていく。監督・脚本はアリーチェ・ロルヴァケル。
 現代の寓話、神話のようだった。ラザロに起こるある出来事は超常現象的だし、村人たちが外の世界と隔絶されている様もちょっと地に足がつかない、不思議な浮遊感がある。彼らの生活はすごく実直で質素、地に足がつきまくっている感じなのだが、現代の目から見たら逆に浮世離れしているのだ。侯爵夫人の嘘がバレた後は、地に足のついている様が全く別の方向性を向いてしまうのが哀しい。
 ラザロはいわゆる聖なる愚者のような存在だが、村の中では最終的に搾取される、善人故にいいように使われる存在になってしまっている。そして村人たちは侯爵夫人に搾取される。場所や時代は変わっても搾取の連鎖はなくならないというのが辛い。村人たちは傍から見たら搾取から一度解放されるが、別の連鎖に投げ込まれまた苦しい生活が続くにすぎないのだ。
 本作が現代の寓話のようだと前述したが、単におとぎ話の背景が現代だという意味合いではなく、現代だとこういうふうになる、という部分が強調されているように思った。ラザロは善良で仙人みたいなところがあるが、呼ばれればどこにでもついていき、相手の望みをかなえようとする素直さは危うく見えるし、犬のようだ。おとぎ話の王道であればラザロの無垢さ・善良さが周囲を救う、周囲を良きものに気づかせるということになるのだろうが、そうはならない。彼の無垢さが誰かを救うことはない(一時の慰め程度にはなるが)し、彼自身を救うこともない。そもそも、ラザロの無垢さは、周囲にはそれと認識されていないように思った。無垢という概念がない、プライオリティとなりえないのが現代なのか。現代に聖者を出現させるとこういう話になっちゃうのかなと思った。
 音、特にシューシューと鳴る息の音や風の音の使い方が面白い。不吉さや人々の不満は、音で表わされるのだ。

夏をゆく人々 [DVD]
マリア・アレクサンドラ・ルング
ハーク
2016-04-06






放浪の画家 ピロスマニ HDマスター [DVD]
アヴタンディル・ヴァラジ
アイ・ヴィ・シー
2017-02-24

『ドント・ウォーリー』

酒びたりの日々を送るジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)は交通事故で胸から下が麻痺し、車いす生活になってしまう。更に酒に溺れるキャラハンだが、アルコール依存症の互助会に参加するうち、徐々に立ち直っていく。そして風刺漫画家として歩みだす。監督はガス・ヴァン・サント。
キャラハンの車いす生活や風刺漫画家としての開花と成功は、大きな要素ではあるもののあくまでサブストーリーであるように思った。軸になっているのはアルコール依存症からの立ち直りだ。彼がアルコールに溺れる原因はどこにあるのか、自分と向き合っていく様が、過去と現在を行き来しながら描かれる。そんなに劇的な構成ではなく、むしろ平坦にも見えるのだが、少しずつしか歩めないものである、(作中で言及されるように)回復に劇的な瞬間などないという所がポイントなのだ。一歩進んで二歩下がる、を延々と続けていく。
断酒会の様子がなかなか良い。ずけずけ物を言う人もどこか憎めないし、それぞれ事情がある中、時に失敗しつつも踏ん張っているのだろうと思える。会の“スポンサー”であるドニー(ジョナ・ヒル)は多額の遺産を相続し何一つ不自由ない優雅な生活を送っているように見えるし、ちょっと新興宗教の教祖的なうさんくさい雰囲気もある。しかし、彼がこの境地に辿りつくまでにはやはり苦しかったし、今もまた苦しいのだと徐々に見えてくる。終盤のキャラハンと彼とのやりとりは、彼がキャラハンに渡したかったものがちゃんと渡された、かつやはり「互助」なのだということを感じさせしみじみと良かった。
キャラハンの漫画は過激だという触れ込みで、あえて差別的な表現もしている。彼のガールフレンドはそれについてあっさりと「あなたは古い」と言い放つ。多分、今だったらもっと古く感じるだろう。彼の「過激さ」というのはそういうもので、表現も価値観も時代と共に常に変化していくのだと示唆される。このあたりは、キャラハンの表現を必ずしも全面的には肯定しないという、監督の倫理観なのかなと思った。
登場する人たちは基本的に皆いい人だ。困った奴、どうしようもない奴はいても悪人ではない。とはいえルーニー・マーラ演じるガールフレンドはあまりに理想的で天使すぎないかと思った。キャラハンの脳内彼女なのではという疑いを最後までぬぐえなかった。

ミルク [DVD]
ショーン・ペン
ポニーキャニオン
2009-10-21





八百万の死にざま (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ローレンス ブロック
早川書房
1988-10-01

『名探偵ピカチュウ』

 子供の頃はポケモン大好きでポケモンマスターを目指していたティム(ジャスティス・スミス)は、探偵だった父親のハリーが事故で亡くなったと連絡を受ける。人間とポケモンが共存する都市、ライムシティにある父の事務所を訪れたティムは、自分とだけ会話ができるピカチュウと出会う。ピカチュウはハリーが生きていると確信しており、ティムと共に捜査を始める。監督はロブ・レターマン。
 名探偵ピカチュウを実写映画化ってどういうこと・・・?フェイクニュース・・・?と思っていたが、完成作を見てみたらすごかった。制作側が本気すぎる。ストーリーは正直大分大味でさほど出来がいいというわけではないのだが、「ポケモンがいる世界」の再現度、説得力が凄まじい。私はポケットモンスターの熱心なファンというわけではないしポケモンの種類・名前にも詳しくはないが、冒頭、鳥型のポケモンが空を飛び、草原をポケモンの群れが移動している様を見るとそれだけで何だか感動してしまった。あの2次元のキャラクターが3次元の世界に実在したらどんな感じなのか、人間とポケモンが一緒に生活しているのってどういう感じなのか、一心に考えて作り上げたという気迫がひしひしと伝わってくる。本作の魅力はここに尽きると思う。
 ポケモンの質感にしてもふさふさだったりつるっとしていたり、鱗っぽい凹凸があったりと、バラエティがありつつ「あの」ポケモンだとすぐ納得できて違和感がない。ポケモンの造形だけでなく、舞台となる街並みとか車などのデザイン、サイズなど、デザイン全体が本当によく出来ている。2.5次元てこういうこと・・・?
 父と息子の物語としてはとてもオーソドックス。ティムとハリーの間のわだかまりにしろ、もう1組の父息子のすれ違いにしろ、あっさり風味ではあるが、きちんと王道押さえたエピソードだ。「父の過ちだが後ろめたい、罪悪感を感じる」という言葉がちらっと出てくるのだが、父親を尊敬している、あるいは絆がある(求める)からこそのジレンマではないか。ちょっとした部分なのだが、親子問題の厄介さを象徴しているように思った。自分のせいではなくてもひっかかっちゃうんだよね。

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