3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2019年04月

『Xと云う患者 龍之介幻想』

デイヴィッド・ピース著、黒原敏行訳
 小説家・芥川龍之介。彼が魅せられた東洋と西洋の伝承と信仰、震災による遺体と瓦礫が連なる光景、ポオ、河童、ドッペルゲンガー、夏目漱石が体験したロンドン等、芥川の作品のモチーフの幻想と不安とが入り混じっていく連作短編集。
 ジェイ・ルーピン訳の芥川作品を通してイギリス人である著者が幻視する芥川のコラージュでありマッシュアップ。大変な力技で二次創作的な愛着を感じる。芥川の不安を主観的に、客観的に追っていき、史実と芥川の創作、著者による幻想の境目がだんだん曖昧になっていく。芥川の周囲の人たちも登場するし、なんといっても夏目漱石が遭遇したロンドンの怪異の話がいい。
 日本語で読んでも違和感は感じない(芥川のコアなファンには異論があるかもしれないが)のはルーピンによる英訳が多分とても出来がいいこと、著者の読者としての鋭さ故なのでは。良い書き手は良い読者でもある。そして翻訳が素晴らしいことが英語を読めない私でもわかる!芥川の文体や文字表記をカバーした上で日本語へ変換する、正にはなれわざ。私は著者の装飾が多くねっとりとした文章(翻訳文ということになるけど)にずっと苦手意識をもっていたのだが、本作は日本語文章にしたときの良さがあった。

Xと云う患者 龍之介幻想
デイヴィッド ピース
文藝春秋
2019-03-22




『ビューティフル・ボーイ』

 ニック(ティモシー・シャラメ)は成績優秀でスポーツも得意、大学への進学も決まり、父デヴィッド(スティーヴ・カレル)はじめ、家族は彼の将来に期待していた。しかしニックはドラッグに手を出し、どんどんのめり込んでいく。更生施設に入っても繰り返し抜け出し、再発を繰り返す。スティーヴとニックの8年間の格闘を描く。監督はフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン。
 時系列をシャッフルすることで依存症の一進一退なこと、ドラッグを断って再発してというループを何度も何度も繰り返す、その中で本人も家族も摩耗していくが、それを乗り越えていかないとならないということがわかってくる。とはいえ、ちょっと長すぎるし、長さに対して起伏が乏しいように思った。エンドロールも、気持ちはわかるけど5分越えはちょっとなぁ・・・。全体的に間延びしている感は否めない。
 スティーヴはニックのことを心から愛しているし、ニックも父親を慕っている。仲のいい父息子ではあるのだ。しかし、スティーヴは長らく、ニックについて自分は理解していると過信しているのではないかという思いがぬぐえなかった。宣伝でうたわれるほど美しい親子愛の物語とは思えないのだ。スティーヴはニックが厭世的な文学ばかり読んでいる、それよりも外に出よう、そういう趣味は一時的なものだと言う。これにとても違和感があった。ニックはスポーツも好きだが、一方でグラムロックやグランジロック、ブコウスキー等アウトサイダー寄りの文学を愛好している。人の好みに対して一時的なものだとか、ダメ出しするとか、親子であってもずいぶん失礼なことだろう。ニックにとってそれらが一時的なものだというのはスティーヴが勝手に思っているだけであって、実際のニックのことをちゃんと見ていないのではないか。ずっとまっすぐな道を歩んできた人には、陰の中にいる人のことはわからないんだよな・・・。
 スティーヴは息子の心の「穴」について多分本当には理解できない。愛していることと理解することとは違うのだ。また、愛しているから救えるというわけでもないだろ。スティーヴはドラッグを断てないニックとのやりとりに疲労困憊し、自分には救えないと一度は投げ出してしまう。それに対して彼の妻(ニックにとっては義母)が「救えないわよ!」とばっさりと切る。家族にできるのは救うことではなくそっと支え続けることだけ。それが延々と続くから本当にしんどいんだろうけど・・・。
 ニックがどういう経緯でドラッグに手を出したのか、具体的な原因があったのかどうかは明言されない。ニックは自分の中の「穴」を埋めたくて、と言うがそれがどういうことなのか自分でもはっきりとはわからない。当然、家族にもわからない。いい家庭環境でも、家族に愛されていても、依存症になってしまうことはあるのだ。なぜやめられないのか、という部分が父親にとってずっと謎なままで、それを受け入れていくことでしか親子の関係は前進しないのだ。

ビューティフル・ボーイ (マグノリアブックス)
デヴィッド・シェフ
オークラ出版
2019-04-03


ダブル・ファンタジー(紙ジャケット仕様)
ジョン・レノン
ユニバーサル ミュージック
2014-12-03




『記者たち 衝撃と畏怖の真実』

 2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は「大量破壊兵器の保持」を理由にイラク侵攻に踏み切ると宣言。地方新聞社を傘下に持つナイト・リッダー社ワシントン支局の記者、ジョナサン・ランデー(ウッディ・ハレルソン)とウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)は大統領の言葉に疑問を持ち、真実を探り始める。監督はロブ・ライナー。
 91分というコンパクトさが素晴らしい!ストーリーがぎゅっと凝縮されており濃密。ロブ・ライナー監督自身、編集長ジョン・ウォルコット役で出演しているのだが、頼りがいのある雰囲気を出しており良かった。ランデーとストロベルがウォルコットのことをすごく尊敬していて、男の子っぽいワクワク、キラキラ感を見せるのがちょっとかわいかった。うちのボスやっぱりすごいぜー!ボスおれたちがんばったよ褒めて褒めてー!みたいなまなざしでちょっと子犬っぽさがある。実際にウォルコットはすごく出来る人なわけだけど。
 彼らの戦いは負け戦になると、映画を見ている側はわかっている。フォックスを始め大手新聞社はのきなみ政府の発表を鵜呑みにした報道に偏重し、その偏重した情報が国民に浸透していく。正しいことをしているはずなのに不審の目で見られてしまうランデーとストロベルの辛さと納得いかなさがじわじわ伝わる。それでも彼らは自分が正しいと思うことをやり続けるのだ。それがマスコミとしての使命であり責任だから。ナイト・リッダー社の記事を掲載しなくなった新聞社が、「読者が喜ぶ記事を載せないと」というが、それはもう報道ではないだろう。
 ランデーの妻が、愛国者と愛国主義は違う、愛国主義は嫌いだと言う(彼女はスラブ地方出身、愛国主義の蔓延でボロボロになってしまった国から来たというわけだ)が、これって本当にその通りだよなと深く共感した。今の日本も愛国主義ばかりで愛国ではないのでは。ランデーの妻によるとアメリカ人は(国というものの捉え方が)「ナイーブ」だそうで、苦笑いしてしまった。

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 ブルーレイ+DVDセット[Blu-ray]
メリル・ストリープ
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2018-09-05





スポットライト 世紀のスクープ[Blu-ray]
マーク・ラファロ
VAP,INC(VAP)(D)
2016-09-07

『僕たちのラストステージ』

 1953年、スタン・ローレル(スティーヴ・クーガン)とオリバー・ハーディ’(ジョン・C・ライリー)のコメディアンコンビ、ローレル&ハーディは、イギリスツアーに乗り出す。かつて一世を風靡した2人だったが今では過去の人扱い。しかし地道な宣伝活動が実を結び、動員は着実に伸びていく。励まし合いツアーを続ける2人だが、口論により関係にひびが入ってしまう。監督はジョン・S・ベアード。
 これみよがしな盛り上げ方はせず、割と淡々とした語り口だなと思っていたら、ここぞというところでぐっと心を掴む。あざといのではなく、そこに至るまでの人物造形やコミュニケーションの経緯の積み重ねでエモーショナルさが生まれており、堅実な良さがあった。脚本は『あなたを抱きしめる日まで』のジェフ・ポープで、やりすぎない上品さがある。98分というコンパクトさもうれしい。
 ローレルとハーディは仲違いするが、2人が信頼し合っているからこそ腹が立つのだろう。お互い愛とか期待とかがなかったらそもそも腹も立たない。2人は元々、プロダクションの指示でコンビを組まされたので、最初からうまがあったとか共通項が多かったというわけではないだろう。実際、やせ形で几帳面、少々気難しいローレルと、大柄で酒・女・博打好きだが人好きのするハーディは見た目も性格も対称的。仕事の同僚でなかったら仲良くなったかどうか微妙だ。それでも2人は仕事のパートナーとしては抜群の組み合わせで、深く理解し合っている。これはもう友情に他ならないだろう。倒れたハーディを喧嘩中だったローレルが見舞うシーンは、妙に可愛らしい。こういうことをやれる間柄なんだよな、心を許しているんだよなということがすごくよくわかるのだ。
 友情があるのはローレルとハーディの間だけではない。彼らの妻たちもツアーに合流するのだが、2人はこれまた対称的。考え方も振る舞いも真逆で、一緒に行動はしているが決して仲が良く友好的というわけではない。しかし1人が非常に苦しい思いをしている時、もう一人がぎゅっと彼女の手を握るのだ。芸人の妻という似た立場だからこそ理解しあえることがある。彼女らの間にもまた、同士としての友情があるのだ。

あなたを抱きしめる日まで [DVD]
ジュディ・デンチ
Happinet(SB)(D)

『ビリーブ 未来への大逆転』

 ハーバード法科大学院に入学したルース・ギンズバーグ(フェリシティ・ジョーンズ)は女性への偏見や夫マーティ(アーミー・ハマー)の闘病を乗り越えて主席で卒業。しかし女性であるルースを雇う弁護士事務所はなかった。やむなく大学教授になったルースは、ある訴訟記録を目にし、それが歴史を変える裁判になると考える。監督はミミ・レダー。
 ルースがハーバードのお茶会で入学の動機を聞かれ、「(同じく弁護士を目指す)夫の仕事を理解する為」と言う。これは皮肉でありブラックジョークなわけだが、男性達には全く通じておらずウケるのは女性だけ。お茶会も質問もアホらしいのだが、ルースの前に自分に向いているからと回答した女性を「くだらない」とまともにとりあわない。すごく失礼なのだ。そしてその失礼さに自覚がない。これは現代でもあまり変わっていない気がする。ルースの採用を断った弁護士の言い訳も、「妻たちが嫉妬するから」というんでバカバカしい!それ自分の努力の問題じゃないの?!
 とはいえ、作中では時代は確実に変わっていく様子もわかる。ルースのハーバード時代は女性学生はごくわずかだったが、教授になったルースのゼミは女性の方が多く人種も様々。大学の校風の違いは確実にあるのだろうが、世の中も変わっている。ルースの娘がからかってくる男たちを怒鳴り付け、「怒らなきゃだめよ!」と彼女に言う。ここでルースは、時代は変わった、変革的であろうとした自分も過去の時代の慣習に縛りつけられていたのだと気付く。この瞬間が実に鮮やか。そして法もまた、時代の影響を受けないわけはない。ころころ変わったら困るだろうけど、世の中の価値観が変わったのに法はずっと過去の価値観に据え置きのままというのはやはりおかしい、というのがルースの意図だろう。過去の法律が差別の歴史になっているというスピーチは正にそのことなのだ。国が変わるチャンスを与えたい、というルースの言葉が重い。
 ルースの夫、マーティの存在がすごくいい。当時の男性としては異例なくらいのフェアさと家事分担意欲と能力。料理が上手いというのもポイント高い。彼はルースの理想ややろうとしていることを深く理解し、彼女の能力を高くかっている。しかし、良き理解者である彼でも、彼女が世の中でどういう立場に立たされているのか、彼女の怒りが何に由来しているものなのか、ぴんとこない部分がある。地位と収入のある白人男性という立場からは見えないものがあるのだ。とは言え、彼は理解できなくともルースの怒り自体を尊重している。それがすごく大事なのだ。

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KADOKAWA / 角川書店
2017-07-28






スタンドアップ [DVD]
シャーリーズ・セロン
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-12-21

『荒野にて』

 15歳のチャーリー(チャーリー・プラマー)は父(トラヴィス・フィメル)と各地を転々としている。家の近くの競馬場で、厩舎のオーナー・デル(スティーブ・ブシェミ)に声を掛けられ生活費の為に働き始めるが、競走馬のピートを可愛がるようになる。ある日、父がガールフレンドの夫に暴力を振るわれ、重傷を負い死んでしまう。施設に連絡されると聞いたチャーリーは、ピートを乗せたトラックを盗み、伯母が暮らすワイオミングを目指す。監督はアンドリュー・ヘイ。
 チャーリーはどこにいても所在なさげだ。冒頭、彼がトロフィー(何のトロフィーなのか後々わかってきて切ない)を窓辺に飾ったり、家の外に散らばっているダンボールを片づけたりする姿から、彼が生活をきちんとしたいという意思を持っていること、安心できる居場所としての「家」を欲していることがなんとなくわかる。しかし父親と共に各地を転々としており、落ち着いた「家」は持てずにいることも。父親はチャーリーのことを愛してはいるが、彼が望むような安定や安心感は与えられないのだ。チャーリーも父親のことを愛しているが、こと子供の保護者をやると言うことに関しては、愛だけでは不十分なんだよなとつくづく感じた。チャーリーは学校にも通っておらず、ネグレクトされていると言ってもいいくらいだと思うのだが。
 そんなチャーリーの居場所となるのが、厩舎での仕事だ。彼のピートへの思い入れは少々過剰にも思えるのだが、自分がケアする必要があり、自分のケアに率直に答えるピートの存在はチャーリーの拠り所になっていく。またデルにしろ騎手のボニー(クロエ・セビニー)にしろ、いささか雑ではあるがチャーリーのことを案じて手助けをする。
 とは言え、ピートはもちろん、デルもボニーも、またその後に関わってくる大人たちも、チャーリーのことを気にはかけるが、十分ではない。彼の保護者、彼の居場所になるには力不足だ。チャーリーは世の中のことを全然知らないまま世間=荒野に投げ出されてしまったようで、その旅路はおぼつかず非常に危なっかしい。チャーリーにはもちろん愛情が必要だが、より必要なのは具体的なケア、安心して得られる衣食住であり、教育だろう。とにかく具体的なものが必要なのだ。彼の姿はいつも所在なさげで痛々しい。彼がある場所で、学校には行けるか、フットボールはできるかと確認するが、そんなささやかなことが・・・と何とも切ない。そしてラストシーンの彼が一層幼く見えた。安心して年相応に見えるようになったのか、まだおぼつかないまま幼いということなのか、少し不安が残る。
 主演のプラマーがとても素晴らしい。不安を漂わせる微妙な表情の変化や、姿勢の変え方等とてもよかった。最後、それまでと顔つきが全然違うように見えるのでちょっと驚いた。

荒野にて
ウィリー ヴローティン
早川書房
2019-03-06


『こびとが打ち上げた小さなボール』

チョ・セヒ著、斎藤真理子訳
 1970年代、軍事政権下の韓国。大規模な都市開発により土地は買い占められ、高層マンションが次々に建築されていた。急速な経済発展に伴い、土地を追われやすい労働力として使いつぶされる人々がいた。彼らの苦しみと呪詛の声、そして祈り。
 70年代に書かれた作品だが、現代の日本でおそらく全く当時と同じように通用している、いやより深刻に響いてきて辛い。この格差と搾取の構造は延々と続くのかと暗澹たる気持ちになるのだ。「こびと」や「いざり」は豊かになっていく社会から取り残されていく人たちだ。彼らにしろ工場で働く若者たちにしろ、何か壮大な野望や夢を抱いているわけではない。彼らはただ人間らしく生きたいだけなのだ。世の中の豊さが誰かの人間としての尊厳を損なうことによって成立しているということがやりきれない。末端の人間だけでなく、彼らよりも経済力はあるが労働者の置かれた状況に怒りを感じ改革を目指す人間、同情はするが何もできない人間、そして豊さを享受することが当たり前で、自分たちが搾取している等とは考えない人間も描かれる。それぞれの層は接触はあっても交わらず理解し合うこともなさそう。現状を変えられるきざしは見当たらない。それが結構辛いのだが、弱いものに寄り添った視点で描かれており、そこにほのかな希望がある。

こびとが打ち上げた小さなボール
チョ・セヒ
河出書房新社
2016-12-23


カステラ
パク ミンギュ
クレイン
2014-04-19


『娘について』

キム・ヘジン著、古川綾子訳
 老人介護施設で働く「私」の元に、住む場所をなくした30代の娘がしばらく住まわせてくれと転がり込んでくる。更に娘は1人ではなく、同性のパートナーを連れてきた。娘の将来を案じる「私」は猛反発する。
 LGBT、老い、介護、老後の経済問題等、様々な問題が折り重なっており、読んでいて気分が重くなる。特に、全ての問題の背後にお金の問題が透けて見えるところが個人的には非常に辛かった。「私」は決して裕福ではなく、夫が死んだ後は介護職で食いつ居ないでいた。自宅は持ち家で上階を人に貸してはいるが、水漏れを修理できるような余力はない。「私」は娘を大学にやるために教育にお金を惜しまなかったのにその見返りが何もない、娘は無職だし子供を残せるとも思えないと嘆くが、もし「私」に十分な経済力があって、老後に娘を頼らなくてもなんとかなりそうだったら、娘に対する失望も怒りもここまで強烈ではなかったのでは。なぜ娘は普通の幸せを拒むのか、普通に生きられないのかと「私」は考えるが、そもそも普通って何だよ!娘にとっては今のやり方が普通ではないんだろうか。2人の考え方のギャップが大きすぎる。世代間ギャップが日本よりも更に激しいように思った。急激に社会が変化したことの影響なのか。
 娘は大学教員の同僚が不当に解雇されたことに対して抗議運動をしている。「私」は自分の得にならないし世の中から白眼視されるだけなのに何でそんなことをするのか、普通に生きることはできないのかとなじる。しかし「私」もやがて、自分の得にはならないことをして世の中に反旗を翻すのだ。「私」と娘がやっていることは同じタイプのことで、そこには2人の不和を乗り越える希望がほのかに感じられる。とは言え「私」はその同質さに気付かないままなのだが。


『レゴ(R)ムービー2』

 ブロックシティに謎の宇宙人が現れ攻撃を始めた。町は破壊され人々の心はすっかり荒んでしまう。ただしエメット(クリス・プラット/森川智之)だけは相変わらず明るく楽観的で変わらないまま。だがルーシー(エリザベス・バンクス/沢城みゆき)やバットマン(ウィル・アーネット/山寺宏一)が宇宙人にさらわれてしまう。エメットは仲間を取り戻すために宇宙を目指す。監督はマイク・ミッチェル。
 前作のラストの展開をそのまま引き継いでおり、宇宙人の襲来からの街の破壊!理不尽!というところは正に「あるある」ではないだろうか。本当にこういう感じなんだよなーと弟が幼かった頃を思い出してしまったよ・・・。絶対的な未知との遭遇かつコミュニケーション不全だ。そこがダイレクトに作品のテーマのひとつになっている。
前作のラストで明かされる構造は、ラストに明かしたからなるほどね!という鮮やかさがあったが、今回は最初からその構造が維持されているので、これ2時間持たせられるのかな?大丈夫なのかな?と少々ハラハラした。実際、2つの世界が並行して展開されることでちょっとストーリーは散漫な印象になっている。しかし意外と持ちこたえており、前述のコミュニケーションの問題もよりくっきりと浮かび上がったように思う。
 前作では全てが最高!それぞれが最高!とブチ上げられた。しかし今回は、全てが最高といつまでも言えるわけではないというモードにいきなり突入する。更に、エメットは大人になれ、現実を見ろと強いられていく。いきなり前作から方向転換してくるのだ。しかし、今最高でなくても最高を目指し続けることはできる、そしてクールでタフなリアリストになることと、大人になることとは必ずしもイコールではないのだ。どんな最高を目指すかも、どんな大人になるかも自分で決めていい。本作、そこそこ年齢いった大人でないとわからないであろう小ネタ映画ネタ満載なのだが、このテーマに関しては子供が見るべき映画なんだろうな。
 なお、前作に引き続き吹替え版で見たが、ミュージカルシーン含め結構よかった。声優陣の安定感は抜群だった。字幕では拾いきれなさそうなギャグがある(モブの会話がギャグになっていたりするので)。私は基本字幕派だが、コメディに関しては字幕だと温度差が出ちゃって笑いきれなかったりするので、吹替えを上手にやってくれるのがベスト。

LEGO(R)ムービー Blu-ray
クリス・プラット
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2017-03-17





ダイ・ハード 製作30周年記念版 (2枚組)[4K ULTRA HD + Blu-ray]
ブルース・ウィリス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-05-18

『ブラック・クランズマン』

 1979年、ロン・ストールワース(ジョン・デビッド・ワシントン)はコロラド州コロラドスプリングスの警察署に、初の黒人警官として採用される。冷遇されつつも仕事に燃えるロンは、白人になりすましKKKのメンバー募集に電話、面接までこぎつける。白人刑事フィリップ(アダム・ドライバー)との2人1役で潜入捜査を開始する。監督はスパイク・リー。
 そこそこ長い尺の作品なのだが、スパイク・リー監督の編集能力の高さを実感した。テンポがよくて冗長さを感じない。キレがいいのだ。また、音楽映画としても楽しい。映画ネタが結構挿入されている(冒頭からして観客が『風と共に去りぬ』を知っていることを前提にしている)ので、見る側にそこそこ映画リテラシーを要求している作品ではある。わからなくても普通に面白くはあるのだが(私は昔の映画はあまり知らないのだがちゃんと面白かった)。
 黒人警官が白人警官の「中の人」と化してKKKに潜入するという冗談みたいな話なのだが、実際にあった事件が元になっているそうだ。作中でも言及されているように、黒人は固有の喋り方だから声だけですぐわかるというのは、大して信憑性のある話ではない(矯正・モノマネできる後天的な要素)ってことだな・・・。ロンは白人集団の中で浮かないような喋り方も、黒人集団の中で浮かない喋り方も、白人が思い浮かべるステレオタイプ的な黒人の喋り方もできる。いわゆる「~らしい話し方」って、聞く側が勝手に先入観によるイメージを膨らませている側面が大きいのかなと思った。
 学生運動家のパトリス(ローラ・ハリアー)は警察は人種差別者ばかりと嫌うが、ロンはまともな警官もいると反論する。「~は皆~だ」という論法は「黒人には固有の喋り方をする」という説(によってロンに足元をすくわれる)と同じく、ステレオタイプになりかねない。ロンはそれに対抗しようとしているのだろう。どの集団も均一ではなく色々な人がいる。とはいえ集団としてある方向を向きがちなのは確かなのだが・・・。実際、あからさまな差別と嫌がらせをする警官は登場するし、もっと多いのは差別的な行為をしてもそれが差別とは気がつかないほど、差別的な考え方が身にしみついている人たちだ。ロンはそういう警官達に囲まれつつも、まともな警官もいると反論するのだ。
 ロンの同僚たちはフィリップ始め、ロンに対する態度がフラット。対等な警官同士として接する。ジョークの言い合いとか「ネタばらし」とかに全員でウケる様は微笑ましい。KKKのリーダーが選挙に出馬すると知ったロンが、あいつに投票するほど国民はバカじゃないでしょうと言うと、巡査部長がお前は黒人なのにナイーブだなと返す。 現在のアメリカに直結する自虐ギャグなわけだが、苦すぎる。
 パトリスはあれは映画の中の話でしょ、と言う。しかし本作は映画は現実と地続きであり、映画が現実に影響しないなんてはずはない!と主張しているように思える。その信念が明瞭にあらわれているのが最後の映像だろう。映画の中で起きていたことは未だ起きているし、現実の方が嘘みたいなことになっているのだ。

ブラック・クランズマン
ロン ストールワース
パルコ
2019-02-28






ゲット・オン・ザ・バス [DVD]
チャールズ・S・ダットン
Happinet(SB)(D)
2016-08-02
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