3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2019年04月

『トム・ハザードの止まらない時間』

マット・ヘイグ著、太谷真弓訳
 トム・ハザードは歴史教師としてロンドンの学校に赴任する。彼がこの街に戻ってきたのは400年振りだった。彼は「遅老症(アナジェリア)」と呼ばれる非常に老化が遅い体質だった。周囲と違う時間を生きる彼は、住む土地を点々とし人目を避けていたが、遅老症の人々による組織「アルバトロス・ソサエイティ」が彼に接触し、身分とお金を提供するようになったのだ。彼のたった一つの望みは、同じ体質の自分の娘と再会すること。
 老化が遅いトムは、愛する人と一緒に老いることはできない。一定期間同じ場所に住んでいたら外見の変わらなさを疑われ、化けもの扱いされる。彼の母親は魔女狩りに殺され、それはトムの心に深い傷を残している。アルバトロス・ソサイティは、自分たちにとって愛は忌避すべきものだとトムを諭す。しかしトムはそこまで自分の心をコントロールすることはできず苦しむ。
 彼は一般の人とは人生の長さが違うし体感している時間も違うだろう。しかし時間そのものは普通の人にも遅老症の人にも同じように流れている。同じ時間を生きていれば他の人に惹かれることも情が深まることもある。しかし何らかの関係が出来てもそれは壊していかざるを得ない。全く別の世界を生きるわけにいかないという所が辛いのだ。この切なさが全編に満ちている。人が生きている上で、誰かとの深い関わり、愛情というものがいかによすがになっているか、それを禁じられているトムの視線を通しているからこそ際立つ。愛情を恐れなくなった時、トムは時間を恐れなくなるのだ。

『秘密(上、下)』

ケイト・モートン著、青木純子訳
 国民的女優のローレルは、50年前にある光景を目撃した。母が見知らぬ男性をナイフで刺殺したのだ。あれはいったい何だったのか?既に介護施設に入居し記憶もおぼつかなくなってきている母。彼女の過去には何があったのか?ローレルは過去への手がかりを探し始める。
 面白いという評判は聞いていたが、本当に面白い!続きが気になって上下巻を一気に読んでしまった。とは言え、ミステリというよりはロマンス小説的な面白さだ。2つの側面で2人の女性の対比が描かれているという構造。本作のミステリはいわゆるミステリ小説のトリック(これは結構すぐにわかっちゃう)にあるのではなく、自分の親がどのような人間なのかという謎だろう。そして、他人への憧れや思い入れ、別の人生への憧憬が生むものの計り知れなさという謎でもあるか。
 第二次大戦中をはさんだ母の過去パートと、母の謎を追うローレルの現在パートが交互に配置される。ローレルが既に壮年というところが面白い、というか親の若いころが気になってくるのは自分が年を取ってから、というところに妙な説得力があった。若いころは親は親であり、親にも青春時代、若い時代があったということがいまひとつぴんとこないんだよなと。自分もそういった通過しきってから、親が親になる前の時代を客観視できていくのかも。

秘密〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2019-01-30






忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2017-05-21

『黒き微睡みの囚人』

ラヴィ・ティドハー著、押野慎吾訳
かつてドイツの有力な政治家だったウルフは、“第転落”に伴い権力を失い、ロンドンに流れ着く。探偵となった彼の元にユダヤ人富豪の娘が妹を探してほしいと依頼に来た。ユダヤ人嫌いなウルフだがお金の為に調査を始める。しかし娼婦連続殺人事件に巻き込まれ、かつての同志たちの陰謀にも近づいていく。
ユダヤ人嫌いのドイツ人で巨大な権力を有した男と言えば彼だなと察しがつくし、彼のかつての仲間や愛人らの名前も出てくる。彼が生き延びてロンドンで探偵を始めたら、という歴史改変奇想ノワール。チャンドラーやハメットを踏まえた古典的ハードボイルドの語り口で歴史改変小説を語り、更にアウシュビッツに収監された作家のパートが並走していく。探偵の物語は作家が垣間見た夢のようでもある。ホロコーストをやった側からは世界はどのように見えていたのか、悪夢混じりのパルプノワールとして展開されていくのだ。そして彼は、ロンドンでは移民であり今度はホロコーストによって追い立てられて行く立場に逆転する。ホロコーストはあの時代のあの国独自のものではなく、似たような状況、世の中の空気が醸成されればどの時代、どの国でも起こりうる。経済的な不安や政治への不満のはけ口として積極的にそういう現象を起こそうとする人達もいるのだ。クライマックスの狂乱の気持ちの悪さ!

黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)
ラヴィ・ティドハー
竹書房
2019-01-31






革命の倫敦(ロンドン) (ブックマン秘史1)
ラヴィ・ティドハー
早川書房
2013-08-23

『アガサ・クリスティ ねじれた家』

 私立探偵のチャールズ(マックス・アイアンズ)の元をかつての恋人ソフィア(ステファニー・マティーニ)が訪ねてくる。大富豪である祖父のアリスティド・レオニデスが死んだ、毒殺の可能性があるので調べて欲しいというのだ。レオニデスの屋敷には彼の前妻の姉であるイーディス(グレン・クローズ)、ソフィアの両親である長男夫婦とソフィアの弟妹、会社を継いだ二男夫婦、そして若い後妻が暮らしていた。全員に殺害の動機と機会があるのだ。原作はアガサ・クリスティの同名小説。監督はジル・パケ=レネール。
 くせ者一族が住むお屋敷での殺人、という本格ミステリの大定番な設定だが、個々の登場人物のキャラクターにクセがありすぎて、かなり作りものっぽい。それを逆手に取って、お屋敷の室内の作りや撮り方、登場人物の衣装等、ちょっと舞台演劇的な作りもの感の強い方向へ、すこしだけずらしているように思った。演劇の舞台のような場で作りものっぽい登場人物たちが、お互いに作りものっぽい外面を見せているような構造だ。外部から来た探偵であるチャールズもまた、隠された姿を持っているという所も面白い。全員が信用できないのだ。
 とは言え、ミステリとしては意外と平坦な印象を受けた。脚本のせいなのか原作がこういう感じなのかわからない(原作を昔読んだはずなのだが全く記憶にない・・・本作の犯人も最後までわからなかった)が、犯人の絞り込み要素がなかなか出てこない。いわゆるフェアな本格という感じではないのだ。むしろ、一族の「ねじれた」人間模様と感情のもつれにスポットがあてられており、かなりメロドラマ感がある。家長の支配欲が招いた悲劇だという面が浮き彫りになっていく。長男と二男が父親からの承認をめぐって憎み合う様はこっけいでもあり悲哀にも満ちている。
 なお、衣装がどれも良かった。おしゃれというよりも、その人がどういう人なのかわかりやすい衣装、かつディティールが凝っていると思う。イーディスが襟元につけていた大ぶりのシルバーのブローチが素敵。あと、車がいい!イギリスの時代もの映画・ドラマは当時の車がちゃんと出てくるのがいいなぁ。


ねじれた家 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
2004-06-14





アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵 [DVD]
カトリーヌ・フロ
ハピネット・ピクチャーズ
2007-04-25

『ある少年の告白』

 牧師の父(ラッセル・クロウ)と献身的な母(ニコール・キッドマン)の元で育ったジャレッド(ルーカス・ヘッジス)は高校を卒業し、大学進学と共に寮生活を始める。しかし「自分は男性に惹かれる」と気付き、両親に告白。動揺した両親は同性愛を「治す」という矯正セラピーへの参加を勧める。原作はNYタイムズ紙によりベストセラーに選ばれたガラルド・コンリーのルポ。監督はジョエル・エドガートン。
 映画の作りは大分固く、時系列が行き来する構成もあまりスムーズではない。冗長になっている部分と説明が不十分と思われる部分があって、ちょっとちぐはぐさを感じた。とは言え、真面目に誠実に作ろうとしていることはわかる。特に矯正セラピーの内容や、それがなぜ参加者を苦しめるようになるのかという部分をちゃんと伝えなければという強い意識を感じる。性的志向は矯正できるものではないし、矯正すべきものでもないのだ。むしろ矯正することは精神に深い傷を残すことになる。さほど昔の話でもないのに、ジャレッドの両親(だけではなく周囲の大人たち)のセクシャリティに対する意識があまりにズレていて愕然とする。唯一まともなことを言うのはかかりつけの医者だが、彼女は両親の間違いを指摘することはできない。これは、他人の宗教上の主義主張に口出しはできないということなのかな。
本作に出てくる矯正セラピーは、ブラック企業の新人研修にちょっと似ている。参加者に自分の恥・罪を告白させ、自尊心を奪ってコントロールしやすくする。その状態に、「変わらないと両親からも神からも愛されない」と教え込んでいくのだ。子供の世界はあまり広くないから、自分の世界の根底にある親の愛と信仰、神の愛を失うと居場所がなくなってしまう。セラピストは参加者に家族の罪を指摘させ、親を憎めと煽る。とは言え、全ての参加者が親を憎みたいわけではないし、親に否があるわけでもないだろう。バックグラウンドを奪うことでコントロールしやすくするというやり方は作中でジャレッドが指摘するように「フェアではない」。
ジャレッドは自分のセクシャリティに悩むが、それが親のせいだと思っているわけではない(むしろ自分のセクシャリティと親との関係は別物だと理解している)。彼は自分自身に非常に正直だ。これは、神父の息子として育ち、基本的に神の前では正直であれという姿勢が身についているからでもあるだろう。セラピストが要求するような罪の告白も、親への糾弾も、でっちあげることはできるがそれは嘘だ。ジャレッドは嘘を全身で否定する。それが出来るジャレッドは強いし、その強さは自己肯定感をちゃんと持っているということなのかなと思った。
 最後、ジャレッドが父親にある言葉を投げる。その内容はシャリティの問題にかぎったことではないだろう。子供と親とは別の人間で思い通りにはならない、でも自分はあなたの子供なのだ、自分と向き合って対話をしてくれと。これを踏まえていれば親子関係は多少拗れにくくなるのではないか。

マンチェスター・バイ・ザ・シー [DVD]
ケイシー・アフレック
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2018-06-06





僕らの色彩(1) (アクションコミックス)
田亀 源五郎
双葉社
2019-01-12

『ハンターキラー 潜航せよ』

 ロシア近海でアメリカ海軍原子力潜水艦が消息を絶った。近くでロシアの潜水艦も狙撃されたらしい。捜索に向かったジョー・グラス(ジェラルド・バトラー)率いる攻撃型原潜ハンターキラーは、現場付近に沈んでいたロシアの原潜から生存者を救出。一方、米軍特殊部隊はロシア内部の動きを探るために潜入作戦を開始するが、世界を揺るがすクーデターが起こっていると判明。ハンターキラーには絶対不可侵のロシア海域へ潜入するミッションが課せられる。原作はドン・キース&ジョージ・ウォーレスによる小説。監督はドノバン・マーシュ。
 アメリカ軍にしろロシア軍にしろ、艦長の慕われ方がすごい!人生の明暗をわけるのは人徳だ!ぶっきらぼうだが有能でリーダーシップのあるグラスに部下達、特に副艦長がデレる様が圧巻である。そりゃあジェラルド・バトラーについていけば絶対死ななさそうだし頼りがいありすぎるくらいありそうだんもんな・・・。グラスがどのように経験豊富で有能であるかということは様々なシチュエーションで示唆されるのだが、何よりもまずバトラーが演じているという点で説得力が出ている。対してロシア艦長の方は、この人は本当に部下のことを大事にし、部下から信頼されていたんだなと納得させられる良いシーンがある。ベタはベタなんだがやはりぐっとくる。上司はかくありたいものよ・・・。良き上司として徳を積んでおくといざという時命が救われるのか。アメリカとロシア、立場は違うが潜水艦乗りであるという共通項で共感・理解し合うという「ライバルと書いて友と読む」な少年漫画的要素にも燃えた。
 私は元々、飛行機内とか船・潜水艦内などの降りたら死ぬ密閉空間で展開するサスペンスが苦手なのだが、本作は楽しく見ることができた。ストーリーが潜水艦内だけでなく、特殊部隊が作戦を遂行中の地上でも展開されるので、閉そく感が薄いのだ。そして特殊部隊サイドでもひねくれ上司とちょっと頼りない新人隊員の絆が発揮される。こちらは上司のデレになかなかぐっときた。更にロシアサイドでもまさかの上司と部下の深い絆が。プロ意識のたまものではあるのだが、双方大分個人的な思い入れがありません?!と注視してしまった。

ハンターキラー 潜航せよ〔上〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06






ハンターキラー 潜航せよ〔下〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06

『希望の灯り』

 ライプツィヒ近郊の巨大スーパーマーケット。在庫管理係として働き始めた青年クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)は、同僚のマリオン(サンドラ・フラー)に思いを寄せるようになる。クリスティアンに仕事を教える先輩社員のブルーノ(ペーター・クルト)は彼を見守り時に元気づけていた。彼らにはそれぞれ抱える事情があるが、つつましい生活は続いていく。原作・脚本はクレメンス・マイヤー。監督はトーマス・ステューバー。
 メイヤーの短編小説集『夜と灯りと』はしんみりとわびしくなる良作だった。ドイツはドイツでも旧東ドイツ側に暮らす人々の生活を描くが、統合後はどこか取り残された、おいていかれた感じがあるのだ。それは映画化された本作でも同様で、統合前を知る人達は当時を懐かしむ。とは言え、それほど悲壮感を持って描いているわけではない。クリスティアンはスーパーの中で、徐々に居場所を見つけていく。昔の仲間とひと悶着あったりはするが、今やれることをやろうとするし、やれることは少しずつ増えていくのだ。また、クリスティアンがフォークリフト運転の資格試験を受ける時、ブルーノだけでなく他の店員たちも固唾をのんで見守る。彼には仲間が出来、出勤することが「家に帰る」ことのようになっていく。スーパーがなんだか、ある種のユートピアみたいにも見えてくるのだ。本当は彼らの給料は決して高くはないだろうし、仕事はきつくて不安定だろう。将来の不安ももちろんあるだろう。それでも、今この時の良い面を探そう、今いる場所を良い場所だと思おう、良い場所にしようという心持が感じられる。ささやかなクリスマスパーティーが思いの外楽しそうだし、毎日の退勤の様子も、お互いに仲間であるという共通認識が感じられる。
 とは言え、その裏側で摩耗していく人、部分も確かにある。小さい摩耗が積み重なって起こったであろうある顛末が痛ましい。摩耗している部分を周囲に見せないことが彼の優しさだったのかもしれない。
 音楽、音の使い方がとてもいい作品だった。ささやかな毎日の中に時折、ファンタジックな瞬間が立ち現れるが、それは音楽の効果によるところが大きいと思う。クリスティアンがフォークリフトを初めて運転するシーンが素晴らしかった。また、クリスティアンがマリオンを見る時、しばしば海の音がする。彼にとって海の音は憧れの音なのだろう。

夜と灯りと (新潮クレスト・ブックス)
クレメンス マイヤー
新潮社
2010-03





グッバイ、レーニン! [DVD]
ダニエル・ブリュール
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2014-01-10

『バイス』

 1960年代半ば、酒癖が悪く大学を中退した青年ディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、恋人リン(エイミー・アダムス)に態度を改めないと縁を切ると迫られ、一念発起し大学を卒業、政界へ進む。下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル)の下で働くうち、政界の裏と表を知り権力に取りつかれていく。ジョージ・W・ブッシュ大統領の副大統領として9・11後のアメリカをイラク戦争に導いたディック・チェイニーを描く。監督はアダム・マッケイ。
 非常にキレがよく人を食った作風で、マッケイ監督の腕の良さを実感した。登場する人たちは全員実在の人物、そして全員をdisりブラックユーモアで笑い飛ばす度胸の良さ。チェイニーとリンのカップルは正にマクベス夫妻(実際、シェイクスピア風セリフでやってみよう!というくだりがある)といった感じで、二人三脚で権力の階段を駆け上がる。何しろトップがボンクラ(全米公認でボンクラキャラの大統領ってすごいよな・・・これが民主主義の凄み・・・)なのでやりたい放題。マクベスみたいに人を殺さずに済むしな。イラク戦争へのかじ取りの動機がそんなことなのか!とぞっとさせられる。人間、簡単にモンスター化してしまうのだ。
 当初、頭が切れてスピーチが上手く、政治のセンスがあるのはリンの方だった。当時は女性の政治家の活躍など望めない時代だったので、リンは自分の望みをかなえる為にディックを一人前に仕立てあげるのだ。もしもうひと世代でも後に生まれていたら、リンはディックと結婚することなく自分が政治家として出馬したのではないだろうか。ディックは色々な点で運のいい人物だが、あの時代に生まれてリンと結婚できたことが最大の幸運だったのでは。夫婦2人で欲望を膨らませていく様は、おしどり夫婦と言えばおしどり夫婦。
 ディックにしろリンにしろ個人としては野心強すぎて全く好きになれないし自分の野望の為に手段は問わない卑怯さ、冷酷さを持ち合わせているが、よき夫、よき妻、よく親であると言う所が面白い。政治活動に後に娘も加わり、ファミリービジネス的になっていく。基本的に家族仲がいいのだ。同性愛者である娘を、自分の支持基盤から反感をかうとわかっていても受け入れ守っていく。妻の父親に対して家族を守るとはっきり表明するのも、親としてちゃんとしている。政治家としての顔との違いが人間の複雑さを感じさせる。とは言え、娘との関係は最後の最後で損なわれてしまうのだが・・・。ある一線を越えると政治家としての側面を選んでしまうのか。
 ナレーションが誰によるものか判明すると、「他人を食い物にする」ことをディックとリンが一貫してやってきたことがより明瞭に浮き上がる。本作に登場するのはそういう人間ばかりだ。まさにクズなのだが、彼らはクズであることを全然気にしない。ラムズフェルドじゃないけれど、理念なんて笑っちゃうぜというわけだ。

マネー・ショート 華麗なる大逆転 [DVD]
クリスチャン・ベール
パラマウント

『魂のゆくえ』

 ニューヨーク郊外の小さな教会の牧師トラー(イーサン・ホーク)は、ミサにやってきた女性メアリー(アマンダ・セイフライド)から、夫マイケルが悩んでいるので話を聞いてやってほしいと頼まれる。環境活動家のマイケルは環境汚染を心配するあまり、メアリーが妊娠中の子供を生むことが正しいのかどうか葛藤していた。更に。トラーは自分が所属する教会が、環境汚染の原因を作っている企業から多額の献金を受けていると気づく。監督はポール・シュレイダー。
 トラーは神父なので、仕事でも私的な課題としても、信徒と、自分自身との対話を続ける。神父という立場からは対話をはぐらかすことはできない。自分自身に対しては可能だろうが、彼は自分への枷としてそれをよしとしない。この対話が彼を追い詰めていく。トラーの自分内ロジック、ともすると思いこみが暴走していくところ、更にそれが何の役にも断っていないというところは、シュレイダー監督が脚本を手掛けた『タクシードライバー』とちょっと似ている。自分の行動の動機を勝手に他人に託してしまっているきらいがあるところも。メアリーに対する思い入れは、ともすると彼の一方通行っぽく見えてしまい少々危うい。
 信仰の話なのかと思っていたら、どんどんそれていき予想外の方向へ。信仰そのものというより、現状の、大企業的教会の一支部として、人道的とは言えない事業もしている大企業の献金を受けないと維持できないという、現状に対する葛藤と言った方がいいのか。とは言え、トラーは元々環境問題に強い関心を持っていたわけではなさそうだ。急にのめりこんでいくのでどうしちゃったの?と不安になる。彼が本来向き合わなくてはならない問題は別にあり、そこから逃れる為に手っ取り早く目の前の問題に飛びついているようにも見えるのだ。
 トラーの信仰は彼の息子が死んだときに既に死に向かい始めていたのではないかと思える。とはいえ、彼が救われるのは全く信仰によってではない!結局それか!という意外性というか、脱力感というか・・・。何とも奇妙な終盤。こうであればいいのにというトラーの幻想であるようにも思えた。でもそこに救いを見出されてもなぁ・・・。やはり他人に諸々託しすぎでは。

タクシードライバー [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
ロバート・デ・ニーロ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2015-12-25






プリデスティネーション [DVD]
サラ・スヌーク, ノア・テイラー イーサン・ホーク
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2016-09-16

『逃れる者と留まる者 ナポリの物語3』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
作家として処女作が大ヒットし、名門一家出身の将来有望な研究者と結婚したエレナ。子供も生まれ生活は順調なように思えたが、徐々に夫との間には溝が生まれ始める。そんな折、かつて片思いをしていた相手に再会する。一方、ナポリに留まったリラは、工場で働きながらパートナーと共にコンピューターを学び、才能を発揮させつつあった。
大人になりそれぞれ家庭を持つようになったリラとエレナに大きな転機が訪れるシリーズ3作目。エレナは作家として成功するが、「書かれた(セクシャルな)出来事は実体験なのか」としつこく読者に聞かれる、は頬やからははふしだらなことを書いたと非難されるというエピソードがなかなか辛い。今までも多分にそうなのだが、特に今回エレナが悩んだり傷ついたりする原因は、女性に対して向けられる目とそれに沿えない、また過剰に沿おうとしてしまうことにある。1970年代の物語だが今でもあまり変わっていないことにげんなりした。特に夫の育児に対する無知・無理解が厳しい。エレナが何者かになりたかったけど「何」に当てはまるものがない、からっぽだと感じる姿がちょっと痛々しかった。だから何か理想的と思えるモデルに過剰に沿おうとしてしまうんだろうけど・・・。かつては(そして今も)リラがその理想だったが、恋人や読者が求める姿に沿ってしまう所がもどかしくもある。一方リラはエンジンが過剰にかかっているというか、疾走しすぎていて怖い。いつか大転倒するのではとひやひやする。そこが彼女の魅力でもあるのだが。

逃れる者と留まる者 (ナポリの物語3)
エレナ フェッランテ
早川書房
2019-03-20


新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17



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