3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2019年03月

『家族のレシピ』

 父・和男(伊原剛志)、叔父・明男(別所哲也)とラーメン店を営む直人(斎藤工)。しかし父が急死した。直人は若い頃に亡くなった母メイリアン(ジネット・アウ)の日記を見つけ、彼女の故郷であるシンガポールを訪れる。地元のフードブロガー、美樹(松田聖子)の助けを借りて、現地で母の弟である叔父ウィー(マーク・リー)と再会した直人は、父と母のなれそめだったパクテー作りを学ぶ。同時に、祖母マダム・リー(ビートリス・チャン)が実の娘である母をずっと許さずにいると知る。監督はエリック・リー。
 監督が『TATSUMI マンガに革命を起こした男』の人だと気付いて見に行ったのだが、掘り出し物的な良さがあった。地味だが落ち着いた良さがある。高崎市とシンガポールのご当地映画としても楽しい。料理がモチーフの作品なだけあって、冒頭に出てくるラーメンから、シンガポールで次々と登場するシンガポール料理まであますところなく美味しそう!これはシンガポール料理店に行かなくては!という気分になってくる。料理を食べているシーンも自然で良かった。ウィーとその家族が直人に食事をふるまい、これも食べろ!とご飯の上に次々とおかずを分けていく様は、中国映画で良く見た風景。中国の文化圏でもあるという様子が垣間見られる(他にも色々な民族が流入しており、その多様さが食文化の多様さに反映されているそうだ)。食事の記憶が人の心をほぐし、繋げていくという話だから、食事のシーンに魅力がないと話にならないわけだが、その点は安心できる。
 シンガポールと日本の関係が常に円満だったわけではない、戦争が影を落とした時期もあることにも言及されている。マダム・リーにとっては戦争はまだ終わっていないとも言える。直人は歴史を学び、おそらく彼女の心情も察するのだろうが、それでも母を許さなかったことについて、酔ってマダム・リーに詰め寄ってしまう。彼のやっていることは八つ当たりで、大分身勝手に見えるのだが、それでも言わずにはいられないという所に逆に説得力があった。母を失ったこと、母が失意のうちに亡くなったというこが彼の中ではとても大きく、苦しいことで、それを今まで誰かと分かち合うことが出来なかったんだなと。
 なぜか松田聖子が出演しているのだが、彼女の違和感が何かすごかった。他の人たちはその土地に馴染んでいる感じがするが、一人だけ浮いており、「芸能の人」感が強烈。とてもブロガーには見えないよ・・・(なお作中に出てくるブログはデザインが一昔前っぽかった。というかあれはブログではないような・・・)。とはいえ発声がはっきりしており台詞は聞き取りやすいので、シンガポール料理の解説にはぴったりだった。


 
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KADOKAWA / 角川書店
2015-06-10



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ワン・シュエピン
ポニーキャニオン
2000-05-17

『グリーンブック』

 1962年。ニューヨークの高級クラブで用心棒をしているトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、南部でコンサートツアーを計画している黒人ピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手兼雑用係として雇われる。黒人差別が根深い南部でのツアーは危険をはらんでいた。性格も背景も全く違う2人は衝突を繰り返していく。監督はピーター・ファレリー。
 凸凹ロードムービーのようで楽しく愉快。しかし、そんなに楽しくていいのか?という気もする。人種差別を描いているから楽しかったらダメということではなく、差別されない側、安全圏から描いた話だなという印象が否めないからだ。
 本作はあくまで白人男性であるトニー中心の話で(実話が元で、脚本には実在したトニー・リップの息子が関わっているそうだ)、彼が深く傷つくことはない。黒人であるドクターが置かれている状況がどのようなものなのか、どんな覚悟でディープサウスへ向かったのかは、おそらくトニーにはぴんときていない。トニーはドクターから黒人に対する偏見を指摘され、「イタリア人が皆スパゲティ好きだと思われていても俺は気にしない」と言う。この「自分は気にしない」「私はそういう思いをしたことはない」という言説、差別や偏見の存在を否定する時によくつかわれるけど、そういう問題じゃないんだよなと毎回思う。個人的な体験を一般化できる問題ではないだろう。
 イタリア系であるトニーもまた、白人社会の中では低く見られる存在だ。作中でも「半分ニガーだろ」と中傷される。ただ、それに対してトニーが「俺もニガーだ、むしろ俺がニガーだ」と言うのは違うだろう。白人男性である彼が受ける差別と、黒人が受ける差別とは全然緊迫度が違う。少なくとも、車から降りて外を歩くだけで異様な緊張感がただようなんてことはないだろう。
 ドクターは黒人だが、ロシアで英才教育を受けたインテリであり、アメリカの黒人社会では全く異質で住む世界が違う。しかし同じように教育を受けた白人から見ると「ニガー」扱いだ。どこにも居場所がないのだ。彼が学んだのはクラシック音楽だが、クラシックの世界にも黒人の居場所はない。黒人に期待されるミュージシャン像は、彼の音楽に即したものではないのだ。トニーは「ショパンは誰でも弾ける」と言うが、そういう問題じゃないんだよね・・・。「私が弾くショパンは私だ」というドクターの言葉の方が正しい。終盤のバーでの演奏はそういう意味でひっかかった。ジャズナンバーで終わっちゃだめだろう。それは彼の音楽ではないのに。

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地下鉄道
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『キャプテン・マーベル』

 1995年、ロサンゼルスのビデオショップに落ちてきた女性ヴァース(ブリー・ラーソン)。彼女はクリー帝国の惑星ハラから来た特殊部隊スターフォースの一員で、宿敵スクラルを追ってきたが、司令官ヨン・ロッグ(ジュード・ロウ)とはぐれてしまったのだ。驚異的な力を持つ彼女は、身に覚えのない記憶のフラッシュバックに悩まされていた。スクラルは彼女の記憶の中にある何かを狙っているらしい。謎を解明するため、ヴァースとSHIELDの捜査官ジャック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)は行動を共にする。監督はアンナ・ボーデン&ライアン・フレック。
 ようやくこういう女性ヒーローが登場したか、と感慨深いものがあった。すごく美しいわけでもセクシーなわけでも(もちろんブリー・ラーソン自身は見られる職業の人としての美しさがあるが、強調されていない)、愛嬌ふりまくわけでもない、加えて恋愛もしない、ただ単に「ヒーロー」。女性という要素の扱いがとてもフラットだ。強い女性ヒーローというと、今までは強いけど優雅だとか、女傑的な美しさとか、あるいは母性をベースにしたものだったりしたが、キャプテン・マーベルにはそういう要素は薄い。ただただ強いのだ。闘い方も結構乱暴で優雅とは程遠い。殴る!投げる!捻じ曲げる!って感じだ。ヴァース=キャロルが無駄に笑わない所も良かった。笑うのは、笑いたい時、笑いあいたい相手に対してだけでいい。
 ヴァース=キャロルの、自分の記憶は一体何を意味するのか?自分は本当は何者なのか?という「なぜ?」に突き動かされて邁進していく様が小気味よい。そして彼女が「なぜ?」と思っていたのは自分のことだけではなく、自分を取り巻くものに対してもだった。何かに阻まれるたびに「なぜ阻むのか?」「阻むことに正当な理由はあるのか?」と問い続け諦めなかったからこそ、今の彼女がある。彼女の記憶が彼女を肯定し支え続ける。決して師匠の導きのみによってここにたどり着いたわけではないのだ。最後に「手を取らない」というのも清々しい。「導いてやろう」系の奴は大体ろくでもないからな!
 フューリーとの関係にしろ、マリア(ラシャーナ・リンチ)との関係にしろ、友情の描き方がとてもいいなと思った。ピンチの時は呼んで、絶対助けに来るからという言葉、もうヒーローとしか言えない!そしてマリアとの絆と思いやりには胸が熱くなった。どちらもべたついていない、しかし深い信頼がある。

『ナポリの隣人』

 ナポリで暮らす元弁護士のロレンツォ(レナート・カルペンティエーリ)は、妻を亡くし一人暮らし。アラビア語の法廷通訳をしている娘エレナとは折り合いが悪い。母の死の原因はロレンツォの浮気にあるとエレナは考えていたのだ。ロレンツォは向かいに越してきたファビオとミケーラ夫婦、そして2人の子供と親しくなり、実の家族のような付き合いをしていくが。監督はジャンニ・アメリオ。
 ファビオはナポリには馴染めない、好きになれないと漏らすが、やはり独特の雰囲気、地元ルールみたいなものが強い町なのだろうか。ロレンツォは根っからのナポリっ子でナポリから出たことがないと豪語するくらいなので、好きな人はすごく好き、地元愛が強い土地柄なのかもしれない。ロレンツォが町中を散歩する場面がたびたび出てくるのだが、結構人が多くて、渋滞気味の車の間を歩行者や自転車がすりぬけていくようなにぎやかさだった。ざわついている感じがファビオは苦手だったのかな。
 ロレンツォは自分の家族は普通ではない、ファビオとミケーラ一家こそ普通だと言う。しかし、ファビオもミケーラもロレンツォが思っているような「普通」の人たちだったのだろうか。そもそも普通の家族とは何だろうか。ロレンツォの家族は不仲ではあるが、その不仲さこそ至って普通、ありふれた不調和とも言える。普通の家族とはロレンツォの頭の中にだけある理想の「普通」で、それをファビオたちに投影していただけなのではないだろうか。それは彼の幻想にすぎないのだが。元愛人の元を去った経緯も、急に訪問してくる経緯も自分本位だが、本人には自覚がない。自分では相手のことを考えて行動しているつもりなのだろうが、その「相手」は彼の頭の中にいる存在なのだ。
 ロレンツォは多分に思いこみが激しいというか、自分本位なものの見方をする。彼は子供はなぜ成長するんだ、大人になんてならなければいいのにと言う。彼は子供好きで子供を守らなくてはと思っている。逆に言うと、大人になると自分の力が及ばない存在になっていくから気に入らないのだろう。それは相手を一個人として尊重しているということにはならない。だからある人物に「別の愛し方を学ばなければ」と指摘されるのだ。

家の鍵 [DVD]
キム・ロッシ・スチュアート
ハピネット
2007-03-23






『タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源』

ピーター・ゴドフリー=スミス著、夏目大訳
心、意識はどのように生じてきたのか。哲学者であり熟練のダイバーでもある著者が、生物の進化を追いつつ、脊椎動物とは全く異なる頭足類、タコやイカの仲間の生態の観察から、生き物の心の存在を考える.
本著の冒頭で、原文のmindに「心」、interlligenceに「知性」、consciousnessに「意識」という訳語を当てていることが編集部により記されている。加えて、英語のmindは心の機能の中でも思考、記憶、認識という人間で言う所の主に頭脳の働きを想起させる言葉だと解説されている(なので本著内で言う「心」は英語での意味)。いわゆる日本語で言う「心の動き」とはちょっと異なるということだ。タコの「心」、精神活動についてもこの英語/日本語の差異と似たところがある。人間が想像するタコの精神活動はあくまで人間の視点によるもの、タコの精神世界はタコ独自のもの、タコの身体に基づいたものだという本著の内容が、この前置きに既に現れている。タコの知能が高いという話は聞いたことがあったが、本著によると思っている以上に頭がいい(ただ人間にとっての「頭の良さ」とはちょっと違う所もある)。映画『ファインディング・ドリー』で描かれていたタコの行動はちゃんと事実に基づいていたんだな・・・。基本群れない生き物だが条件によっては小さい社会のようなものを形成するという所や、好奇心旺盛で「遊び」的な行動も見せるという所は新鮮だった。彼らの知能は定型を持たない身体と深く関わっているらしいという点も。ガワが決まると中身も決まるという側面はあるんだろうな。

『PSYCHO-PASS SS Case3 恩讐の彼方に』

 東南アジア連合・SEAUnでの事件後、狡噛慎也(関智一)は紛争地帯を放浪し続けていた。南アジアの小国で武装ゲリラに襲われていたバスを救うが、乗客の1人だった少女テンジン(諸星すみれ)に闘い方を教えてほしいと頼まれる。彼女の両親は武装ゲリラに殺されており、復讐を願っていたのだ。監督は塩谷直義。
狡噛の旅がようやく終わるのか・・・。シリーズ通して、シビュラシステムという装置の元で人がどのように生きるのかという物語を描いていたが、同時に彼の長い長い自分探しと贖罪の物語でもあった。贖罪などできない、でも生きていくという境地にたどり着いたのか。過去との対峙の仕方という点で、テンジンの存在が鏡のようでもあり道しるべのようでもあった。テンジンの描写は女の子であるが「子供」という部分が強調されており、セクシャルでないところがよかった。
 肉弾戦のアクション設計には相変わらず力が入っている。SSシリーズ3作通して一番アクション映画っぽさがある。画面の奥行きを強く意識しているように思った。アクション映画の定番である列車上での攻防があるのが嬉しい。このシークエンスはかなり実写映画っぽいショットで構成されているという印象だったが、大々的な落下シーンはアニメーションならではの演出だろう。そういえばシリーズ3作通して空中に身体が投げ出されるシーン、落下シーンが印象深い。
 また乗り物が色々出てくる、かつ作画がいいというのも個人的には楽しかった。あの世界の中でレトロなスクーターが出てくるとなんとなく嬉しくなる。また、この時代のドローンは規模が違うな!というドローンの量産製品ぽさもいい。作画は3作中で最も、全編通して安定して良いのだが、キャラクターの演技(声ではなく動作)が1作目、2作目に引き続きかなりテンプレートっぽいのは気になった。格闘シーン等はアクション設計がきちんとされていて良いのだが、会話シーンの動作が正に「絵にかいたような」ものでちょっと想像力乏しいのでは・・・。なお、狡噛の上半身のラインの見せ方には妙な熱意を感じました。ありがとうございます。

『港の兄妹』

 ちいさな港町で自閉症の妹・真理子(和田光沙)と2人暮らしをしている良夫(松浦祐也)。工場の仕事を解雇されて食事にも事欠く状況になった良夫は、真理子に売春をさせ日銭をかせごうとする。妹を斡旋することに罪悪感を持ちつつ、今まで知らなかった彼女の一面を目にしていくが。監督・脚本は片山慎三。
映像にはっとするような部分があるし、俳優の鬼気迫る演技はすごい。人間のかっこわるい、みっともない表情を赤裸々に見せている。しかしその赤裸々さが大分古臭い、昔のテンプレートっぽいなと思った。貧しい兄妹というのも、妹に体を売らせるという設定も、セックスによって違った面が見えてくるというのも、今これをやる必要があるのかな?という気がした。
 妹が売春をするというくだりにはイ・チャンドン監督『オアシス』に似通ったものを感じた。障害者の性を描くことが危ういというのではなく、当事者である女性の真意がどういうものであるか確認しようがないというシチュエーション、にも関わらず本人が意欲的であるという風に作劇されているところの無頓着さがどうも気になった。
気になると言えば、兄妹の世界がすごく内向きだという所も気になった。社会からどんどん乖離していく。ある程度抽象的な描き方を意図しているのだろうとは思うが、具体的にどういう仕事をしてきた人でどういう生活をしていてという部分が(食生活の貧しさ等が具体的に見せられているにも関わらず)あまり迫って来ない。貧しさと社会とが乖離している感じが気になった。
 本作に限らず日本映画で貧困を描く時、当事者の外側がないというか、どういう社会に所属していて公的な支援があるのかないのかといった視点があまりないように思う。本作の場合、貧しさを具体的に描くことが目的というわけではないだろうが、あまりに抽象的になのも不自然。貧しさが観念的すぎるし、当事者の内面の問題に帰結しているように見えてしまう。

オアシス [DVD]
ソル・ギョング
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2004-12-23




海炭市叙景 Blu-ray (通常版)
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ブロードウェイ
2011-11-03

『シンプル・フェイバー』

 ニューヨーク郊外に住むシングルマザーのステファニー(アナ・ケンドリック)は、息子の同級生の派はおオアy・エミリー(ブレイク・ライブリー)と親しくなる。エミリーは華やかなファッション業界で働いており、夫はスランプ中だが有名作家。保険を切り崩して生活し特技は料理というステファニーとは真逆だったが、2人は秘密を打ち明け合うほどに仲良くなっていく。ある日、エミリーから息子のお迎えを頼みたいと連絡が来る。快く引き受けたステファニーだが、エミリーはそれきり姿を消してしまった。原作はダーシー・ベルの小説『ささやかな頼み』。監督はポール・フェイグ。
 正にアナ・ケンドリック劇場。ちょっとウザい、若干自信なさそうなステファニーが、だんだんしぶとくずぶとく、ある才能を発揮していく様がケンドリックに似合いすぎる!ライブリーと並ぶと全く別の生き物のように見える異種格闘技戦感には笑ってしまった。プロポーション・・・。しかしそれが全く難点になっていない所がケンドリックの強さだろう。
 ステファニーがよく「聖人みたい」と言われるというエピソードが出てくるが、これは揶揄であることが随所からわかる。いい人、善意の人ではあるのだろうが、その善意や熱意は若干有難迷惑なのだ。学校のイベントで張り切り過ぎて他の保護者たちがひいている様が生々しい(保護者といっても学校イベントに割ける労力ってまちまちだから、1人にはりきられると他の人は辛いよね・・・)。全身からポジティブオーラを発揮している所や差し入れ料理のクオリティが無駄に高いあたりも、これは保護者仲間からは敬遠されるだろうなーという雰囲気がばしばし伝わる。彼女とエミリーが仲良くなるのは、お互い他に友人がいないからというのもあっただろう。
 基本サスペンスのはずなのに、後半に行けばいくほどスクリューボールコメディ的なおかしさが募ってくる。ステファニーがどんどん暴走を始め、隠された才能が開花していく。彼女が頭がよく行動力もあることは、ブロガーとしての振る舞いからも随所で察せられるんだけど・・・。演出がどんどん上手くなってるのだ。学習力高い!エンドロール前にさらっと言及される「その後」のオチには笑ってしまった。こんな「名探偵誕生」ってあります?!なおPTAの父兄(だけでなく警官とか保険調査員とか)が民族も性別もまちまちで絵にかいたような「多様性」なところにはリアルさというよりも何かの揶揄のようなものを感じてしまった・・・。実際は地域によって偏りがあるんじゃないかなとか。


 
ささやかな頼み (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ダーシー・ベル
早川書房
2017-05-24






デンジャラス・バディ [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16

『この世にたやすい仕事はない』

津村記久子著
 10数年働いた仕事で燃え尽きてしまった「私」は、職業安定所で「簡単な仕事」を紹介してもらう。紹介してもらったのはどれも「簡単な仕事」だが、少々風変りなものばかり。働くことを描く連作集。
 特定の人を観察する仕事、路線バス車内の広告アナウンスを作る仕事、豆知識について原稿を作る仕事・・・。こんな仕事実際にありそう、というものかこんな仕事ないだろう!というものまで、ちょっと不思議なお仕事小説。と言っても本作の焦点は仕事そのものではなく、仕事と人との関係、働くという状態の不思議さ、奇妙さにある。特定の場所に来て特定の作業を行う(そうでない仕事ももちろんあるが、本著に出てくる仕事はそういうものなので)、その対価をもらうという行動はもしかすると大分奇妙なのではと思えてくる。仕事にどの程度責任を持てばいいのか「私」が見失っていく様子は、少々ホラー的でもあった。また、仕事場での人間関係も奇妙だ。同僚という状況で出会わなければまず交流しなさそうな人たちと何となく付き合いが出来ていく。その人間関係が苦しくなることもあるし、親密「ではない」からこそ気楽なこともある。「私」がどういう人なのか、過去に何があったのか、徐々に見えてくる構成が上手い。仕事の中で壊れていく人もいるが、仕事の中で再生していく部分もある。でも、個人的には出来れば働きたくないですよ・・・正に「この世にたやすい仕事はない」のだから。


ディス・イズ・ザ・デイ
津村記久子
朝日新聞出版
2018-06-07


『イップ・マン外伝 マスターZ』

 詠春拳の正当争いでイップ・マンに敗れ、武術の世界から去り、小さな雑貨屋で働くチョン・ティンチ(マックス・チャン)。ある日、町を仕切る長楽グループのはみ出し者・キットらに追われていたジュリアナとナナを助けたことで、キットの恨みをかい、店に放火されてしまう。更にナナらはキットの反乱に巻き込まれていく。監督はユエン・ウーピン。
 マックス・チャンが意外と小顔だし小柄・・・。そして強い!個々の俳優のアクション、そしてアクションシークエンス全体の組み立てがとても楽しかった。2人の人物が闘うシーン、向き合う2人を横から固定カメラで撮影したショットが目立つのだが、これだと2人の動きやお互いの手足がどのように組み合っているのかがよくわかる。一見地味だけど贅沢な撮り方だと思う。アクションのスキルに絶対的な自信がある、撮影方法でごまかさないぞ!ってことだもんなー。乱闘シーンでもカメラは引き気味なので全体の動き、メイン人物の動きや一連の流れがよくわかってとても満足度が高い。こういうアクションの撮り方が私は好きなんですよ!マックス・チャンはもちろんだが、ミシェル・ヨーが無双状態を見せてくれて、ちょっと感動してしまった。刀を使ったアクションが流麗。彼女のような壮年女優がこれからもっと出てくるといいのにな。
 ストーリーは王道で捻りのないもの。雑と言えば雑な展開で、脇が甘いというかあまり締める気もなさそう。特に放火のシーンでいきなり部屋の奥でも引火しているのには、どこが火元?!と突っ込みたくなったし、長屋状態なのに周囲に燃え広がらないの?!大丈夫?!と気になってしまった。大雑把なストーリーではあるのだが、親子関係の描写が結構泣かせる。父親にはかっこいいカンフーマスターであってほしい息子、息子と共に穏やかな生活を送りたい父とのすれ違い。父親も、息子の前では本当はかっこよくありたいから辛いよな・・・。ティンチがちゃんと父親業をやっており、保護者としての責任の所在がはっきりしている所も好感度高い。

イップ・マン 序章&葉問 Blu-rayツインパック
ドニー・イェン
Happinet(SB)(D)
2011-06-02


ドラゴンxマッハ! [Blu-ray]
トニー・ジャー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-06-07


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