国民的歌手のリラ・カッセン(ナイワ・ニムリ)が姿を消して10年。彼女の復帰コンサートが発表された。しかしリラは突然倒れ記憶喪失に陥り、歌い方、踊り方まで忘れてしまう。リラのマネージャー・ブランカは、リラの歌を彼女そっくりに歌いこなすカラオケ・バーの店員ヴィオレタ(エバ・リョラッチ)を探し出し、彼女のリラのコーチを依頼する。リラの大ファンであるヴィオレタは突然の出来事に戸惑う。監督はカルロス・ベルムト。
ヴィオレタは無職の娘を抱えるシングルマザーで、苦労が絶えない。彼女にとって、リラの歌は人生の支えであり、見返りのない愛の対象だ。リラに助けを求められたヴィオレタは、彼女の苦境を支えようとする。ヴィオレタのリラの歌の他に自分には何もないといった風な面持ちが、どこか痛々しかった。実際のところ彼女には娘という家族がいるわけだが、娘との距離は微妙で、関係はぴりついたものだ。前半の娘とのやりとりからは、彼女は娘に対して毅然と振舞おうとするが、最終的に娘の無理難題に屈してしまう。2人の間には愛はあるが、母の愛は娘に不信感を持たせ、娘の愛は母を試し続けるという形でしか表出されない。
リラとヴィオレタとの関係が物語の軸になるかのように見えるが、実はヴィオレタと娘との関係の方が重要だと思う。一方が愛ゆえにもう一方を消耗し続けているように見える。そして、リラ自身もある人物と似たような関係にあったことが分かってくる。リラとヴィオレタは愛に負け、それが家族との関係をよりねじれたものにしてしまったのだ。もっと早い段階ではねつけていれば、あるいは悲劇は回避できたかもと思わざるを得ない。