フランシス・ハーディング著、児玉敦子訳
高名な博物学者で牧師のサンダリー師は、ある大発見を発表し評判になる。しかしその発見がねつ造だという噂が流れ、新聞報道にもなった。好奇の目にさらされることを恐れたサンダリー一家は、発掘現場での誘いがあったヴェイン島へ移住。しかしそこでも既に噂は流れており、肩身の狭い生活が始まった。しかしサンダリー師が不審な死を遂げる。島の人々は自殺と見て教会での埋葬を拒むが、娘のフェイスは父が自殺するはずないと疑問を持つ。サンダリー師は生前、「嘘の木」と呼ばれる植物を密かに栽培していた。嘘を養分とし、その実を食べたものに得難い知識を授けるというのだ。フェイスは嘘の木を使って父の死の原因を探ろうとする。ダーウィンの進化論によってキリスト教的な世界観が大きく揺さぶられていた時代を背景にしている。この時代背景と登場人物の行動原理が直結しており、使い方が上手い。当時の自然科学の考え方や社会的な価値観が、フェイスが抱える問題と深く関わっている。彼女は自然科学に興味を持つ聡明な少女だが、当時の社会では女性には理論的に物事を考える能力はないと考えられていた。フェイスがどんなに勉強し知識を披露しても周囲から評価されることはなく、むしろ女性としてはふさわしくない存在として扱われる。フェイスは科学者である父から認められたくてたまらないが、彼女が女性である以上、それは叶わないのだ。このフェイスの満たされなさ、父親の愛への渇望が痛いほど伝わってきて辛い。彼女の渇望が、彼女が撒く「嘘」を加速されていくが、途中からよしもっとやれ!とエールを送りたくなるくらい。
彼女には天分の才能があるが、それはないものとされる。しかしこれは彼女に限ったことではない。女性達については「女性」というひとくくりの概念しかなく、個々がどのような能力、特性を持ち何が出来るのかという部分は男性の目にはとまらない。そこにいるがいない、不可視の存在としての一面を持つ。これが本作のミステリ部分の鍵になっているが、こんな不可視ありがたくもなんともないよな・・・。彼女ら個々の顔がはっきり見えてくる終盤は、フェイスにとっての救いでもあるか。