3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2018年12月

『2018年ベスト映画』

事実を元にした、実際にあった事件を背景にしたフィクション映画が妙に多い年だった気がする。今年も良く見ました。

1人で戦いに赴くビリー・ジーンの姿、そして試合後の姿が目に焼き付く。彼女の闘いは今に繋がっているのだ。また、ビリー・ジーンとマリリンがドライブしているシーンでの恋愛の高揚感が素晴らしかった。

「報道の自由を守る方法は一つ、報道し続けることだ」という言葉が刺さる。正に今年見るべき映画。スピルバーグ監督による王道の「面白娯楽映画」でもある。

トーニャと彼女を巡る人々の話は「藪の中」だが彼女の語りに引き込まれた。編集が見事。フィギュアスケートという競技のいびつさを垣間見た感もある。

とっちらかっている、というか登場人物の向かう方向が各々バラバラなのにまとまりがよい脚本の力。人間のいびつさと一様でなさが強烈だった。俳優が皆素晴らしい。

ジェレミー・レナーが名優だということを皆忘れないで・・・!アベンジャーズのあまり出てこない人というだけじゃないの!涙はおろか血まで凍りつきそうな極寒の僻地ノワール。地域性と一体になったミステリという部分が面白く、かつやりきれない。

こんなに恐ろしい恋愛映画あります・・・?何から何まで不穏。朝子のある種の正直さも、「世間」のルールを揺るがすという意味では不穏なのだ。すばらしい。tofubeatsによる音楽も良かった。

こちらもまた恋愛映画と言えるだろうが、よりプライベートな、恋愛という枠に嵌まりきらないものを描いているように思う。自分の宝物としてそっとしまっておきたくなる作品。

美しい恋愛映画だが私の中では夏休み映画としての側面が強い。この夏だからこそのキラキラ感と高揚感であり、来年の夏には再現できないし夏が終わればこの関係も終わるのだ。

男女の友情は普通に成立するよとさらっと見せている所がいいし、恋人との関係もそれぞれ独立しておりフェアな描写がよかった。経済的にも家庭環境も恵まれているとは言えないパティだが、自己肯定感がちゃんとあると思う。

爽やかでいい青春映画だった。心が洗われる・・・。レオナルドが自身のセクシャリティに気付いていく部分が面白かった。そこも含めての成長物語。ガブリエルが自分の不注意な言動にすぐ気付いて謝るところもいい。

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『2018年ベスト本』

相変わらず今年の新刊よりも昨年、一昨年の新刊を読むことが多いのだが、本のいい所は待っていてくれる所だから・・・。

1.『ノーラ・ウェブスター』コルム・トビーン著、栩木 伸明
 自分はどのような人間か、1人の女性が再度掴み直していく様が、瑞々しくユーモアを交えて描かれていた。自分の子供時代と被るところもあり余計に刺さった。

2.『ふたつの人生』ウィリアム・トレヴァー著、栩木伸明訳
 奇しくも上位2作がアイルランドの小説で翻訳家が同じだった。あったかもしれない人生が胸をえぐってくる表題作にやられた。きつい・・・。

3.『ビューティフル・デイ』ジョナサン・エイムズ著、唐木田みゆき訳
 殺伐さを感じる域までそぎ落とされた文章のスタイルが大変好みだった。ストイックだがどこかしらユーモラスさも感じさせる。映画化された作品だが私は原作小説の方がコンパクトで好き。

4.『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』ケン・リュウ編、中原尚哉他訳
 中国SFきてるな!すごく勢いとセンスの良さを感じるバラエティに富んだアンソロジー。これは今後も期待してしまう。

5.『港の底』ジョゼフ・ミッチェル著、上野元美訳
 こんな文筆家がいたのか、と新鮮な気持ちになった。1940~50年代のNYで生きる労働者たちの姿を描いたエッセイ集だが、小説のような味わいがある。その時代の街とそこに住む人々の息吹が生き生きと感じられる。

6.『花殺し月の殺人 インディアン連続殺人とFBIの誕生』デイヴィッド・グラン著、倉田真木訳
 こんなとんでもない事件が実際にあったなんて・・・。読み進めるほどに愕然とする。ある条件や先入観があれば、人間はいくらでもひどいことをしてしまう。事件の根っこは未だに深く根絶されてはいない。大変な力作ルポ。

7.『傍らにいた人』堀江敏幸著
 今年は新刊ラッシュだった著者だが、主に文学者や小説の作中の人物にスポットを当てた本作が一番読み応えがあった。優れた文学批評でもあり、取り上げられている作品を読みたくなる。

8.『IQ』ジョー・イデ著、熊谷千寿訳
 私にとって今年一番のキャラクター小説。クールかつ生真面目なIQことアイゼイアと、トラブルメーカーで俺様体質だがどこか憎めないドットソンの不協和音。続編あるようなので楽しみにしている。

9.『オンブレ』エルモア・レナード著、村上春樹訳
 表題作よりも『3時10分ユマ行き』を推したい。映画化された作品(『3時10分、決断の時』ジェームズ・マンゴールド監督)が私は大好きでですね・・・。

 帰ってきた探偵・沢崎、そして原尞先生。私にとって今年最大のイベントだったからね・・・。




ビューティフル・デイ (ハヤカワ文庫NV)
ジョナサン エイムズ
早川書房
2018-05-19









港の底 (ジョゼフ・ミッチェル作品集)
ジョゼフ ミッチェル
柏書房
2017-11-01



傍らにいた人
堀江 敏幸
日本経済新聞出版社
2018-11-02


IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2018-06-19


オンブレ (新潮文庫)
エルモア レナード
新潮社
2018-01-27


それまでの明日
原 りょう
早川書房
2018-02-28



『仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER』

 (本作、構造上ネタバレせずに感想を書くのがすごく難しそうだが、なるべくネタバレなしで書いてみます。)
 仮面ライダージオウこと常盤ソウゴ(奥野壮)の世界で、仲間たちが次々と記憶を失うという異変が起きた。ソウゴは仮面ライダービルドこと桐生戦兎(犬飼貴丈)と協力して原因を探るが、2人の前にスーパータイムジャッカー・ティード(大東駿介)が現れる。ティードはシンゴという少年を追っていた。監督は山口恭平。
 歴史改変SFとしてはどうなんだとか、この人結局何をやりたかったんだろうとか、ストーリー上の強引さは相当ある、そもそも歴代平成ライダーが全員登場するという大前提が強引だ。しかし、なぜ全ライダーが来る必要があるのか、誰の為に来るのか、という部分がすごく力強く打ち出されて、コアなファンと言うわけではない私でも胸を打たれるものがあった。ファンなら思わず泣くのでは。登場するライダー全員は知らなくても、1人でも同じ時代を生きたと思えるライダーがいる人には刺さってくると思う。平成最後に贈られてきた、製作側から歴代視聴者への渾身のプレゼントだ。
 仮面ライダーというジャンルのみならず、特撮にしろ漫画にしろアニメにしろ小説にしろ映画にしろ、全てのフィクションを愛する人ならこの気持ちわかるんじゃないかな、というものが全編に満ちていた。この世界で仮面ライダーはもちろんフィクションなわけだが、同時にファンが覚えている限り生きていて、それぞれの人生に並走している。たとえ忘れてもどこかで生きている。作中のある台詞に涙したファンは多いのでは。
 スーツアクターによるアクションがかなり豪華(何しろ人数が多い!)で見応えがある。歴代ライダーそれぞれの特徴も分かりやすい演出だった。この頃は肉弾戦中心だったんだなとか、この時期はギミックが増えたんだなとか、キックの方向性の変化とか、色々楽しいのだ。また、バイクアクションが結構ガチなのも嬉しかった。すごくいいショットがある!


『ザ・マンガホニャララ 21世紀の漫画論』

ブルボン小林著
 小学館漫画賞の選考委員や手塚治虫文化賞選考委員も務めた著者による、週刊文春への連載5年分をまとめた漫画評論集。連載終了と共に、シリーズ作から版元を変えて刊行された。
 相変わらず装丁がいい。ちゃんと漫画にからめてあり、かつポップで趣味が良い。著者はもちろん漫画に造詣が深く、幅広い作品を読みこなせるわけだが、いわゆる「通」ぶらないところがいい。堅すぎず柔らかすぎず、安易すぎずマニアックすぎずという、漫画評論が見落としがちな中庸なエリアの作品をカバーしようという意欲が感じられた。いかにも漫画通が好みそうな作品も多いが、漫画通が見落としそうな作品に対する評の方が俄然面白い。評論したくなる作品と、読者にとって面白い作品とはちょっと違う。もうちょっと広く読まれてもいいはずなのに諸々の事情で知名度が低い作品がに対する、著者の嗅覚は信頼できると思う。『オーイ!とんぼ』(作・かわさき健、画・古川優)どんどん面白そうに見えてくるんだけど・・・。こういう作品を見落とさない所が、漫画家からも支持される所以では。




『アリー スター誕生』

 ホテルで働きながらバーで歌い、歌手を夢見るアリー(レディー・ガガ)。ある日、彼女の歌を聴いたロックスターのジャクソン・メイン(ブラッドリー・クーパー)は、アリーの才能を確信し自分のステージに上げる。ショービジネスの世界に飛び込み、ジャクソンと共にスターへの階段を駆け上っていくアリーだが、ジャクソンは有名になっていく彼女に嫉妬するようになる。監督はブラッドリー・クーパー。
 1937年の『スタア誕生』から、何度もリメイクされてきたストーリーなので、ストーリーとしては手垢が付きまくっているし新鮮さも乏しい。にも関わらずちゃんと面白いし音楽も良かった。クーパーは監督・主演に製作にも参加。こんなに多才な人だったとは。歌も上手いし、もう何でも出来るな!しかし、彼が演じる男性は、どの作品でも女性(とは限らないが)に対してDVやモラハラやパワハラをはたらくというイメージが強く、今回もいつガガが殴られるのかとハラハラしてしまった。結果、殴られはしないけれどもモラハラっぽさはあるので、やはり安定のクーパー。本人も、自分がこういう傾向の男性を演じる頻度が高いし上手く演じるという自信があるのだと思う。今回は自分で監督をしているわけだし、明らかに確信犯だろう。
 ジャクソンはアリーの才能を見出し、彼女がスターダムに駆け上がる手助けをする。しかしひとたびアリーが有名になってしまうと、彼の「手助け」は少々差し出がましいものに見えてくる。見ていて、ちょっと嫌だなと思うシチュエーションが増えてくるのだ。初めての本格的なレコーディングで緊張しまくるアリーを見たジャクソンは、一緒にブースに入ってあれこれアドバイスするのだが、アリーのことを一番理解しているのは俺だぜというマウント感が漂う。スタッフやマネージャーはいい気はしないだろうし、アリーが自分で何とかしようとするのを妨げているとも言える。メイクもドレスもばしっと決めた彼女に元の君に戻ったら云々言うという無神経さにもイラっとした。「元の君」とやらをそもそも知っているのかと言いたくなるし、変化していくからこそスターとして輝いていくわけだろう。
 ジャクソンはなぜかアリーの顔をよく触るのだが、これも何となく落ち着かない。特にひやっとしたのは、酔ったジャクソンがアリーの顔にパイをなすりつけるシーン。酔ってふざけているように見えるが、彼女に対する影響力を誇示しているようで、どうも嫌な感じがした。
 ジャクソンはアリーを愛してはいるし、アリーもジャクソンを愛しているのだろうが、その愛はアリーがスターとして歩むことの妨げになってしまう。2人の心が一番通い合っていたのは、素人のアリーが初めてジャクソンのステージに上がり、初めて2人で歌った瞬間だろう。自分の音楽を、自分を理解する人が隣にいるという喜びと、自分自身が歌によって解放されていく喜びに満ちている。その後は、2人の愛は噛み合わなくなっていくのだ。とは言え、ジャクソンが転落していくのはアリーのせいというわけではないだろう。彼は自身の歌で「古いやり方はもうやめよう」と歌うのに、アリーに対しては古いやり方=出会った頃のやり方を変えようとしない。自身のことに関しても、変わらないままだ。彼の兄が言うように、彼に起こることは「ジャックのせい」でしかない。

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2013-03-13


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2015-12-16


『マイ・サンシャイン』

 1992年、ロサンゼルス・サウスセントラル。ミリー(ハル・ベリー)は色々な事情で家族と暮らせない子供たちを預かり育てる、里親をしていた。怒りっぽい隣人のオビー(ダニエル・クレイグ)は子供たちの騒々しさに文句をつけつつも、子供たちが困っていると捨て置けずにいる。ある日、黒人少女が万引き犯と間違われ射殺された事件、拘束された黒人男性が警官から集団暴行を受けた事件で、不当判決が下される。裁判の行方を見守ってきた市民たちが暴動を起こし、その怒りはあっという間に広がっていく。ミリーと子供たちもそのうねりに巻き込まれていく。監督はデニズ・ガムゼ・エルギュベン。
 ロサンゼルス暴動を背景としているが、暴動そのものというよりも、たまたまその時期、その場所に居合わせてしまったロスの住民たちの姿を描く。ミリーにしろ“長男”的なジェシー(ラマー・ジョンソン)にしろ、裁判の行方をTVニュースや中継で追い続けるくらいには関心を持っているし、裁判の結果に「ありえない!」と憤慨する。ただ積極的に暴動に参加しようとはしない。当時、ミリーと似たようなスタンスだった人も大勢いただろう。ジェシーも本来暴動に関わったり面白がったりするような性格ではないが、友人や思いを寄せる少女の手前、何となく行動を共にしてしまい、ある悲劇に直面する。暴動がいい・悪いという問題ではなく、その中ではこういうことが起きやすくなるしそれはどうにも出来ないのだろうという所がやるせない。ジェシーは法律が不当なことを正すはずと考えており、それは至ってまともなことなのだが、そのまともさが通用しない世界であることを目の当たりにせざるを得ないということが、また辛いのだ。彼がこの先世界を信頼できるのかどうか、とても心配になる。
 ミリーとオビーは一見共通項がなさそうだが、ある出来事で2人の心がすごく近づいて見える所がいい。シリアスな状況なのにどこかコミカルな味わいがある。2人を近付けるきっかけも、その後の進展も子供たちの存在によるものだ。オビーは大抵何かしら怒ったり怒鳴ったりしているのだが、子供への対応が意外とちゃんとしている。外に子供がいたら保護して何か食べさせようとするし、一緒に踊るし、暴力描写のある映像は見せないように配慮する。子供はケアしなければならない、という意識がミリーと共通しているのだ。弱いものを無視できない所が垣間見え、ミリーが惹かれていくのも何となくわかる。ダニエル・クレイグと子供たちとのコントラストがまた意外と良い。
 また、子供がきっかけになるものの、子供との関係とはまた別の部分でミリーにとってのオビーの存在が大きくなるというのも良かった。母親としての面と恋に浮き立つ面との両方があり、どちらかがどちらかを圧迫するものではないのだ。

裸足の季節 [Blu-ray]
ギュネシ・シェンソイ
ポニーキャニオン
2016-12-21

デトロイト (通常版) [Blu-ray]
マーク・ボール
バップ
2018-07-04




『ゴッズ・オウン・カントリー』

 ヨークシャーで老いた祖母(ジェマ・ジョーンズ)や病身の父(イアン・ハート)に代わり、牧場を切り盛りし牛と羊を育てているジョニー(ジョシュ・オコナー)。父親は気難しく、ジョニーは深酒と行きずりのセックスで日々をやり過ごしていた。ある日、羊の出産シーズンを手伝う為に雇われた、ルーマニア移民の季節労働者ゲオルグ(アレック・セカレアヌ)がやってきた。最初は反発するが、ジョニーとゲオルグは急速に距離を縮めていく。監督はフランシス・リー。
 ゲイであるジョニーにとって、保守的な田舎町であろう故郷は決して自由な土地というわけではないだろう。とは言え、彼は牧場の仕事を「クソだ」といいつつも心底嫌ってはいないように見える。車で街に出たら行きずりのセックス相手くらいは見つかるみたいなので、ゲオルグの故郷の状況とはおそらく大分違うのだろう。今までのセオリーだったらこれは故郷を出ていく話になりそうだが、そうはならないところに時代が(多少なりとも)変わってきたんだなと実感した。旅立つ話は、それはそれで素敵だけど、自分(達)にはこの土地があると思えるのも素敵だし希望がある。祖母も父も、ショックは受けるがセクシャリティを理由に彼を糾弾したり追い出したりはしない。デリカシーがあるのだ(この点は、田舎か都会かというよりも、個人レベルの差異のような気がするが)。『ブロークバック・マウンテン』からここまで来たか・・・。セクシャリティに対する情報量が全然違うもんな。選択肢は確実に増えているのだと思いたい。
 冒頭、ジョニーが嘔吐しているシーンで、トイレの便座にカバーがかかっていたり、バスルーム内がこぎれいだったりと、彼が生活面ではきちんとケアされて育ってきたのだろうことが垣間見える。祖母が家の中をちゃんと切り盛りしているのだ。その年齢で服の用意までしてもらってるなんてちょっと甘えすぎ!という気はしたが、いわゆる荒れた家庭環境で育ったというわけではないんだなとさらっとわからせる見せ方だった。それでも現状のジョニーは大分荒んでいるように見える。彼の荒み方は父親との関係の険悪さ、自分をセクシャリティ込みで理解してくれる身近な人がいない孤独から来るものだろう。
 その荒んだ部分がゲオルグによってやわらげられていく様に、なんだかぐっときた。最初の接触は緊張感が漂い過ぎていて、セックスなのか殴り合いなのか、どちらに転ぶのかわかりかねるようなピリピリ感がある。しかしその後、ジョニーがゲオルグに急に甘える様や身の委ね方には、それまで見せなかったリラックス感がある。ちゃんと思い思われている感じが出ているのだ。ゲオルグの相手に対する配慮の仕方とか、生活をちゃんとしようという姿勢(食卓に花を飾るとか料理をするとか)も、気持ちを和らげさせるものだろうし、ジョニーにとっては救いのようだったろうなと。
 ジョニーの振る舞いは無骨だが根の繊細さが垣間見えるもの。鳥の声の使い方が彼の中の繊細な部分を表しているように思えた。籠の中の鳥(ジョニーは多分鳥好きで飼っているんだと思う)の鳴き声だったものが、どこか外界でさえずる鳥の鳴き声に変わる。

ブロークバック・マウンテン [Blu-ray]
ヒース・レジャー
ジェネオン・ユニバーサル
2013-09-25


『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』

 タンゴ界に革命を起こし、20世紀を代表する作曲家の1人、またバンドネオン奏者として知られるアストル・ピアソラ。残された演奏映像、そして彼の伝記を書いた亡き娘ディアナによるインタビュー音声やホームビデオの映像から彼の人生を辿るドキュメンタリー。案内役は存命している息子のダニエル・ピアソラ。監督はダニエル・ローゼンフェルド。
 生前のピアソラの映像をこんなにまとめて見たのは初めてかもしれない。演奏姿はもちろん、プライベートの姿もなかなかかっこよかった。プライベートと思われるホームビデオ的なものがかなり残っており、元妻や子供たちの姿も記録されている。演奏している時やインタビューの時はちょっとアクが強くて気難しそう。また、結構乗せられやすく、流行りものに弱かったのかなという印象もあり、いい感じの俗っぽさがある。また、家族の前ではふざけてお茶目な姿を見せている。しかし息子のダニエルが21歳の時、ピアソラは突然家を出てしまう。ホームビデオの印象からは、家族を愛していることは愛していたんじゃないかと思うけど、家族は非常にショックを受け、元妻は鬱になってしまったそうだ。ダニエルは後に父親と共演する機会もあったが、ずっとわだかまりは残ったままだった様子。
 本作がどこか痛ましいのは、このダニエルの父親に対する割り切れなさが色濃く出てしまっているからではないか。冒頭、ピアソラの回顧展をダニエルが内覧するシーンから始まるのだが、表情が微妙。娘・ピアソラとディアナとの関係は、インタビューに応じるくらいには回復していたみたいだから、取り残された気分もしたのかもしれない。ピアソラはディアナについて「男だったらバンドネオンを教えたかった」(何で娘だとダメなんだよ、というツッコミは入れたくなった。アルゼンチン音楽業界ってそんなに保守的なの?)とコメントしており、結構評価していたのだろう。それを聞いちゃうと息子としては辛いんじゃないだろうか。ピアソラとしては息子も娘も彼なりに愛していたんだろうけど、子供側としては全然足りていなかったんじゃないかという気がした。
 ピアソラ自身は、献身的な父親に支えられ、強い信頼関係があったようだ。そういった関係を自分の息子とは築けなかったというのは(多分ピアソラ本人に原因があるんだろうけど・・・)皮肉だ。父息子の関係の影が二重に見えているから、余計に微妙な気分になる。

レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970
アストル・ピアソラ五重奏団
BMGメディアジャパン
1998-10-14


ピアソラ:ブエノスアイレスの四季
新イタリア合奏団
マイスター・ミュージック
2017-08-25


『予期せぬ瞬間 医療の不完全さは乗り越えられるか』

アトゥール・ガワンデ著、古屋美登里・小田嶋由美子訳、石黒達昌監修
 吐き気やめまい、身体の腫れや肥満。身近でありふれたように思える病でも、医療にはミスが付きまとう。医療ミスは根絶できるのか?患者が医療に求めるものとは何なのか?果たして良い医療とは?医者である著者が、研修医時代に著した医療エッセイのデビュー作。
 著者が研修医時代に体験したエピソードをまとめたものなので、著者の医師としてのスキルはまだ発展途上。未経験の処置に挑戦せざるをえなくて心臓バクバクでも患者の前では平気な顔をしていなくてはならない!というシチュエーションが頻繁に出てきて、すごくシリアスな状況なのにちょっと笑ってしまう。また文章は真面目だがどこかとぼけた感じがする。体験談ではあるが客観性が高く、その場のテンションや情緒に呑まれていない。これは著者の人柄なのだろうか、それとも職業柄なのだろうか(多分両方なんだろうけど)。
 著者が綴る事例の中には、患者の症状だけではなく、医者側の問題もある。不適切な処置を頻発するようになったにも関わらず、営業を止めることができない医者の話がとても面白かった。元々熱心で腕もいい医師がなぜ「悪い医者」になったのかという所は、医師に限ったことではないだろう。過労により客観性が失われていくというのが怖い。周囲がある程度強制介入しなければだめなんだろうな。
 医療技術の発達が目覚ましいとはいえ、診断の難しさや医療ミスは常に起こりうる。医師が人間である以上、ミスは避けられないのだ。では高度なAIや医療機器が人間に代わって全ての医療行為を行うようになればいいのかというと(実際、医師の診断よりAIがデータから診断した結果の方が打率が高いという統計は出ている)、そういうわけではなさそうだ。患者は(技術的に適切な処置がされるのは大前提として)何をもって良い医療だと見なすのかという問題がある。著者はそれを「思いやり」と表現するが、そのあいまいなものを体現できるのは、今の所人間だけだろう。

予期せぬ瞬間
アトゥール・ガワンデ
みすず書房
2017-09-09


死すべき定め――死にゆく人に何ができるか
アトゥール・ガワンデ
みすず書房
2016-06-25


『彼が愛したケーキ職人』

 ベルリンに住むケーキ職人トーマス(ティム・カルクオワ)は、イスラエルから出張でやってくる常連客オーレン(ロイ・ミラー)と恋人関係になる、しかしオーレンには妻子がいた。ある日、エルサレムに帰ったオーレンからの連絡が途切れる。彼は交通事故で亡くなっていたのだ。エルサレムに残されたオーレンの妻アナト(サラ・アドラー)は休業していたカフェを再開する。何も知らない彼女の前に、トーマスが客として現れる。監督はオフィル・ラウル・ブレイツァ。
 一歩間違うと愛憎泥沼劇になりそうなところ、抑制が効いた静かな作品に仕上がっている。この抑制と静かさは、トーマスのキャラクターによるところも大きいと思う。彼は口数は少なく、感情をあまり露わにしない。オーレンを失った辛さ・寂しさにも一人でじっと耐える。見ているうちに情の深い人で彼の中にはどうしようもない感情が渦巻いているんだなとわかってはくるが、あまり表面化しないのだ。それだけに、何も知らないアナトからオーレンの衣服を渡された時や、プールのロッカーに残された水着を手にした時の表情がより痛切だ。
 トーマスとオーレンの関係もまた「表面化しない」ものだったのだろう。傍から見るとオーレンのやり方はちょっとずるいと思うし、トーマスの扱われ方がいかにも「別宅」的で少々ひっかかった。オーレンにとって、アナトとトーマスとはどういう存在だったのか。どういう決着を付けるつもりだったのか、はたまただらだらと現状維持するつもりだったのか。オーレンの存在は本作における謎だ。
おそらくアナトもトーマスも謎の答えを知りたかったのだろう。2人の親密さは、お互いの中に残されたオーレンの片鱗を拾い集める作業のようでもあった。2人ともいい人だから余計に切ない。
 トーマスは料理のプロだから当然なんだけど、料理するシーン、食べるシーンが印象に残る。ユダヤ教上の料理・食事の戒律も垣間見えるが(トーマスがオーブンで焼いたものはNGとか)、同じユダヤ教徒でも食の戒律に対するスタンスはそれぞれな所も興味深い。アナトは「食べることが楽しくなくなる方がよくない」というスタンスで、これだけで何かいい人だなって思ってしまう。アナトの義兄が届けた「母の作ったパン」をなんとなしに口にしたトーマスの表情が変わっていくところがすごくよかった。絶対おいしかったんだな。

院内カフェ (朝日文庫)
中島たい子
朝日新聞出版
2018-09-07


台北カフェ・ストーリー [DVD]
グイ・ルンメイ
ビデオメーカー
2013-09-19




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