3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2018年05月

『ネッド・ライフル』

 ある罪により逃亡中のヘンリーと、拘留中のフェイの息子ネッド(リーアム・エイケン)は18歳になった。叔父サイモンを含め、家族の不幸の元凶である父ヘンリーに復讐しようと、ネッドは彼をさがしに旅に出る。サイモンの作品に執着している風変りな女性スーザンも同行することになる。監督はハル・ハートリー。2014年の作品。
 『ヘンリー・フール』三部作の3作目。出演者の加齢と同じスピードで物語が進んでいるので、この人変わらないなとか、こんなに大きくなって!とか、久しぶりに親戚に会ったような気分にもなる。本作、3部作の中では一番テンポが良く、タイトな作りになっていると思う(実際85分という短さだし)。
 父親殺しや世代を超えて受け継がれていく因がなど、ドストエフスキーのような様相を見せるが、ネッドの潔さがさわやかな後味を残す。ヘンリーは最後まで責任を取らない人、逃げる人として造形されている。しかし、グリム家は逃げない人たちなのだろう。彼らのふんばりと善良さで、ヘンリーの因果にようやく終止符が打たれるのだ。ラストがとてもきっぱりとして心を打つものだった。この人はこっち側に行くことに決めたんだなと深く納得するのだ。ハートリー監督の映画は、どれもラストショットがかっこよくて強く印象に残る。
 ヘンリーとスーザンの過去に遡っての諸々は、物議をかもしそうだけどやはり危ういと思う。ヘンリーは罰を受けており自分に責任があるという自覚もある(1作目ではなさそうだったけど・・・)という描写は織り込まれているとは言え、ロマンティックな要素を加味しすぎではないかな。

ヘンリー・フール・トリロジー
パーカー・ポージー
ポッシブル・フィルムズ
2017


はなしかわって [DVD]
D.J.メンデル
J.V.D.
2014-06-06





 

『フェイ・グリム』

 ハル・ハートリー復活祭にて鑑賞。夫ヘンリー(トーマス・ジェイ・ライアン)が行方不明となって7年。フェイ(パーカー・ポージー)はシングルマザーとして息子ネッドと暮らしていた。フェイの弟サイモン(ジェームズ・アーバニアク)は、ヘンリーの逃亡を手伝った罪で未だ服役中だ。しかし突然、フェイにCIAが接触してくる。ヘンリーのノートには国家機密が隠されているというのだ。フランス政府が保持しているというそのノートを受け取る為、フェイはサイモンの釈放を条件に、CIAの指示を受けてパリに向かう。監督はハル・ハートリー。2006年作品。
 『ヘンリー・フール』3部作の2作目。『ヘンリー・フール』(1997年)を日本公開当時に見て以来、ようやく見ることができた。ハートリーが1作目を制作した当時は3部作になるなどと考えていなかったそうで、本作は『ヘンリー~』とは大分色合いが異なる。まさかの銃撃戦や格闘シーンまで登場するスパイスリラー風で、しかもアメリカからヨーロッパに飛び中近東にまで舞台が広がる。そんな話だったの?!とびっくりした。『ヘンリー~』のノートに隠された秘密の設定も結構強引、明らかに後付っぽくて、それが真相ならば『ヘンリー~』でのヘンリーの振る舞いは大分おかしい(まあおかしな人の話ではあったけど・・・)し出版したがっていた動機が謎なことになってしまう。
 とは言え、独立した映画として面白い。ちょっとすっとこどっこいなスパイ映画でコメディぽい要素も多い。話が二転三転していき、結構スピーディーで緊張感はあるのだが、各国の工作員の手腕が微妙、かつフェイが国際情勢に大分無頓着なので、コメディ感が否めないのだ。フェイのコート姿がとてもセクシーでかっこいいのだが、なぜ下着の上に直接コートなんだろう・・・。何も説明がないままなので気になってしまった。本作、画角が全て斜めなのだがその意図が不明。2006年の時点でこの演出はちょっとダサいんじゃないかという気もするが。ラストは『ヘンリー~』と被る。逃げ続ける男に尽くすのがグリム姉弟の運命なのだろうか。周囲から見たら間違っているように見えても、当人たちの間ではこれが正しいことなんだという姿勢も引き継がれている。
 なお、本作見た後に『ヘンリー・フール』を再見したのだが、『ヘンリー~』に登場した俳優たちがほぼ続投しており、しかもあの人こんな所に出ていた!という発見も。事前に意図した伏線のように見えてしまうあたり、やっぱりちゃんと続編になっている。

ヘンリー・フール・トリロジー
パーカー・ポージー
ポッシブル・フィルムズ
2017


ブック・オブ・ライフ [DVD]
マーティン・ドノバン
アップリンク
2000-05-25


『名もなき野良犬たちの輪舞』

 刑務所内の「大統領」ジェホ(ソル・ギョング)は若い受刑者ヒョンス(イム・シワン)と出会う。他人を信用しないジェホだったが、奇襲から救われたことでヒョンスに目をかけるようになり、出所後は共に犯罪組織を乗っ取ろうと計画を立てる。しかし、彼らにはそれぞれに秘密があった。監督はビョン・ションヒョン。
 野望、欲望、愛と嫉妬に裏切りと感情がてんこもりの韓国ノワール。湿度と粘度が高い。これは欧米のノワールではあまり感じない質感だと思う。ジェホもヒョンスもタフで強さと力を目指す、実際にそれを持っているはずの人間なのに、お互い出会ってしまったことで弱さが生まれていく。それまでになかった感情が動かされるようになってしまうのだ。
 オム・ファタールものとでも言えばいいのだろうか。上司と部下のようであり、兄弟のようでもあるジェホとヒョンスのの関係は「秘密」を介してどんどん濃密になっていくが、それは同時に、2人がそれまで所属していたものに背いていくということでもある。
 2人は元々、それぞれ合いいれない世界の住人であり、それぞれの世界の中での出世なりなんなりを野望にしていたわけだが、お互いの存在により、元々所属していた世界から乖離していく。所属していた世界を裏切るか、お互いを裏切るか、あるいは全て裏切って1人生き延びるか。どちらにしろ、この先には泥沼しかない。お互いの「秘密」が明かされストーリーが二転三転するほどに、この先の選択肢は減り、出口が見えなくなっていく。どんどん息苦しくなっていき、緊張感が途切れない。
 基本ジェホとヒョンスを含み超有能なクズみたいな人ばかり出てくるのだが、2人が突き進んでいくうち、当初モンスター的に見えた犯罪組織のメンバーにしろ、手段を選ばない警察にしろ、むしろ普通に見えてくる。姑息に見えた会長の甥が、むしろ一番まともで(多分警察よりもまともなんじゃ・・・)普通の人としての情緒を持っているように見えてくるのが面白い。

友よ、さらばと言おう [DVD]
ヴァンサン・ランドン
ポニーキャニオン
2015-01-07


監視者たち 通常版 [DVD]
チョン・ウソン
TCエンタテインメント
2015-02-04



『イカリエ-XB1』

 太陽系外での生命探査の為、アルファ・ケンタウリ系を目指して旅立った宇宙船・イカリエ-XB1。目的地へ近づく中、漂流中の朽ちた宇宙船を発見する。それは20世紀に地球から旅立ったものと見受けられたが、乗組員たちは全員死亡していた。監督はインドゥジヒ・ポラーク、1963年の作品。原案はスタニスワフ・レムの小説『マゼラン星雲』。
 デジタル・リマスター版を鑑賞したが、今見てもスタイリッシュで、白黒のバランスが非常に美しい。映像美的な部分だけでなく、当時のSF表現としては(デザイン的にもSF考証としても)最先端だったのだろう。上記にあらすじを書いてはみたが、大きな事件が起こっているはずなのに妙に淡々としていて、悲劇も喜劇も長い旅路の中の1幕でしかないというクールさが感じられる。限られた人数で長期間生活していると、このように変化していくという様を観察しているようでもあった。食事の微妙さとか、栄養素を強制的に摂取させられるところとか、妙な生活感が踏まえられているところも面白い。ちょっとしたストレスや違和感がじわじわ増殖していく感じが不安をあおるのだが、このあたりの描写は現代では最早定番なのでは。
 全般的に、なぜだか死の匂いが漂っている。具体的な死、死体の描写があるからというよりも、その死体が置かれている状況の無常感により醸し出されるものではないかと思った。この死体(と死体のある環境)、20世紀の遺物のような扱いなので、20世紀は死の時代であった、その時代の匂いがまだイカリエを追いかけてきているということなのかもしれない。逆に、本作が作られた当時(1960年代)は、その先の時代(本作は23世紀あたりが舞台)への希望があったってことなんだろうなぁ・・・。本作、死の匂いはあるものの、基本的には未来、また未知の存在への希望、ないしはそれに対峙していく勇気みたいなものを含んでいると思う。それは原作のテイストなのかもしれないが。

ソラリス (ハヤカワ文庫SF)
スタニスワフ・レム
早川書房
2015-04-08


2001年宇宙の旅 [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
キア・デュリア
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2018-01-17


『孤狼の血』

 昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島、呉原。地元の暴力団・尾谷組と、広島から進出してきた五十子会系の加古村組の抗争がくすぶり始めていた。そんな折、加古村組のフロント企業である金融会社の会計係が失踪する。所轄署の若手刑事・日岡秀一(松坂桃李)はベテランの大上章吾(役所広司)と組まされる。暴力団との癒着が噂される大上の強引かつ型破りな捜査に日岡は翻弄される。しかし失踪事件をきっかけに、尾谷組と加古村組の抗争は激化する一方だった。原作は柚月裕子の同名小説。監督は白石和彌。
 原作は警察小説×『仁義なき戦い』と評されたそうで、映画化された本作を見るとなるほどと頷ける。ただ『仁義~』と決定的に色合いが違うのが、本作にはたぎるような熱さや爽快感はなく、泥沼が広がるばかりだという所ではないだろうか。昭和感を全面に出し(美術はすごく頑張っている)つつも、ヤクザ映画を爽快なものとしては描けない所が、今の映画なんだろうなと思う。
 ヤクザ映画でもあり、警察映画でもある。と同時に、どちらでもないように見える、それこそ大上が言うような「綱渡り」であるところが面白い。綱渡りをしている人の生き様を斜めから映すような視点があると思う。綱渡りを永遠に続けることは出来ず、いつか落下することは決まっている。なので、どうにも不吉でハッピーエンドの可能性が微塵も感じられない。生々しい暴力(暴力行為そのものというよりその結果を見せるところは上手いなと思った)描写や欲にまみれたしのぎ合いよりも、その不吉さ、出口の見えなさの方が精神的には堪える。
 松坂桃李が実にちゃんと俳優然としているので、何だかびっくりした。人間、成長するものなんだな・・・!また若手以外でも、一之瀬役の江口洋介や、野崎役の竹野内豊には、こういう感じに仕上がったかー!という新鮮さがある。それぞれある時代を代表するイケメン俳優だった(いや今も全然かっこいいけど)のが、こういう役柄も演じるようになったんだなと。特に江口の色気は大変よかった。その一方で、日本映画におけるピエール瀧の使い方がほぼ固定されてきたのにもびっくり。それこそ、まさかこういう存在になるとは思っていなかったもんね・・・。
 なお本作、最も昭和感を感じたのは女性たちの配置と見せ方。当時のこの世界ではこういう形でしか女性が存在出来なかったということなのかもしれないが、そこまで踏襲しなくてもなぁとはちょっと思う。

孤狼の血 (角川文庫)
柚月裕子
KADOKAWA
2017-08-25


『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』

辻村深月著
 チエミが母親を殺して行方不明になってから半年。幼馴染でフリーライターのみずほは、チエミの行方を追い、かつての級友や恩師を訪ねる。一見非常に仲の良い親子だったチエミと母になにがあったのか。
 地元の幼馴染、かつての同級生という狭いサークル内の人間関係は、時に親密だが時に息がつまりそう。都会に出たみずほと級友との「その後」の人生のそこはかとないギャップや羨望が、感情をざらつかせる。この人は自分が思っていたような人なのかどうか、という対人関係における問いが、常に突きつけられるのだ。級友らだけでなく、みずほの家族についても、そしてチエミについても。チエミがみずほにとって、みずほがチエミにとってどういう存在だったのか、みずほ自身が自覚していく過程でもある。短い第2章がぐっと心に迫る。こういう人だったのか!とはっとするのだ。


対岸の彼女 (文春文庫)
角田 光代
文藝春秋
2007-10-10






『ルイ14世の死』

 太陽王と呼ばれ、豪奢を突くしベルサイユ宮殿を作ったルイ14世(ジャン=ピエール・レオ)は死の床にあった。廷臣や医者たちは王の回復の為に尽力する一方で、死に備えつつあった。監督はアルベルト・セラ。
 カメラ数台をほぼ固定して撮影しているようだ。非常にかっちりと絵を作りこんでいるように見える。特にライティングはレンブラントの絵画を思わせるような光と影のコントラストを強調したもので、同時に輪郭ははっきりさせすぎない。影の中に対象が沈んでいくような印象も受ける、絵画的なもの。絵を作りこんでいるように見える一方で、カメラの前を平気で誰かが横切ったり、話している人が他の人の影に隠れて肝心の表情が見えなかったりする。それでOKにしてしまうんだなという、不思議な新鮮さがあった。自分の絵の設計に強烈な自信のある監督なように思う。また、室内はほぼ薄暗いままで見た目では昼も夜もわからない。屋外から聞こえる鳥のさえずりや虫の声で、時間が経過したことが何となくわかってくるという、音の使い方が良かった。
 ルイ14世はほぼ寝たきりで、回復は見込めないだろうという状況なのだが、死にそうでいてなかなか死なない。人間が死ぬのには時間がかかるんだなぁと妙に感心した。ある死が始まってから完了するまでを延々追っている映画とも言える。
 人の死という一般的に深刻な事態が進行している一方で、そこかしこに妙なユーモアがある。そこでそんな勇壮な音楽入れるの?!(作中、いわゆるサウンドトラック的音楽がかかるのは多分ここだけ)とか、王が帽子を取って挨拶したり、ビスケットを食べたりするだけで廷臣たちが拍手したり。こびへつらっていると言うわけだが、不思議と皮肉っぽさはない。帽子のくだりに関しては、王自身もこっけいなのをわかってやっているふしがあるように思う。ユーモラスなのだ。
 当時最先端であろう医術を施す医師たちがいる一方で、オカルトまがいの薬を処方するエセ医師もいる。周囲はどちらが適切とも決められずにおり、この時代の科学と迷信とがせめぎ合っている感じがした。医師たちの処置は現代から見ると的外れでもあるのだが、その行動には科学的な精神があるように思った。何でも確認し、トライ&エラーを重ねてデータを蓄積する。最後の医師の発言には笑ってしまうが、科学者の姿勢としては真っ当だろう。科学の前では王も平民も一症例にすぎないのだ。


コロッサル・ユース [DVD]
ヴェントゥーラ
紀伊國屋書店
2009-05-30





『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』

 6才の少女ムーニー(ブルックリン・キンバリー・プリンス)と母親ヘイリー(ブリア・ビネイト)は、安モーテル「マジック・キャッスル」でその日暮らしをしている。ムーニーは同じようにモーテルで暮らす子どもたちと1日中遊びまわっている。モーテルの管理人ボビー(ウィレム・デフォー)はムーニーとヘイリーに時に眉をひそめつつ気に掛けていた。監督はショーン・ベイカー。
 ムーニーとヘイリーが住むモーテルは、フロリダ・ディズニーランドのすぐ側にある。ディズニーランド効果ときらきら眩しい日差しの効果で色合いは明るくパステルカラーが広がる。ぱっと見ファンタジックで正に「夢の国」のお隣という感じ。しかし冷静に考えると親子の生活は相当苦しそうだし、ヘイリーの生計の立て方は危なっかしい。ムーニーのことをすごくかわいがっているが、適切に保護し育てているのかというと、大分微妙で、かなりネグレクトに近づいているように思う。子どもたちはひっきりなしに動き回るのだが、アメリカって子供を一人で外歩きさせない国というイメージだったので、えっ子供だけでそんなに歩き回っていいの?と心配になってきた。
 子どもたち自身は自由奔放でとても楽しそうだし、子供にとってヘイリーはきれいで楽しくて素敵なお母さんなんだろうなと伝わってくるのだが、それが逆に辛い。キラキラしたものを別角度から見たらどんよりくすんでいたというような感じだ。とは言え、ヘイリーも好んでこの状況を続けているわけではなく、努力しても次の一手に届かないのだ。モーテルは本来一時的な居場所のはずなのに、出られる目途がたたない。その届かなさ、出口の見えなさが辛い。
 そんな親子を見守るのが管理人のボビー。彼がいなければ、本作はもっと陰惨な色合いになったのではないかと思う。子供に声を掛ける不審者に猛然と近づく姿は頼もしい。とは言え、ボビーもヘイリーやムーニーを具体的に助けられるわけではない。家賃の支払いが滞れば強制的に部屋を開け空けさせなければならないし、児童福祉局からヘイリーを庇えるわけでもない。あくまで管理人と入居者の関係だ。もちろんいないよりはいてくれる方が全然ましなわけだが・・・。なおボビーの仕事量がやたらと多く、機械の修理やペンキ塗りまでやっている。モーテルの管理人てそんなに忙しいの?

タンジェリン [DVD]
キタナ・キキ・ロドリゲス
TCエンタテインメント
2017-08-02


誰も知らない [DVD]
柳楽優弥
バンダイビジュアル
2005-03-11


『パティ・ケイク$』

 ニュージャージーに住む23歳のパティ(ダニエル・マクドナルド)はバーテンダーで生計を立てつつ、音楽で成功することを夢見てライムに磨きをかけていた。フリースタイルバトルで相手を喝破し仲間とCDも作るが、母と祖母を抱えた生活は厳しい。そんなある日、パティの元にオーディションに出場するチャンスが舞い込む。監督・脚本はジェレミー・ジャスパー。
 パティは自分の容姿をバカにされ、母親のこともバカにされるが、自身のライムで這い上がっていく。ホワイトトラッシュの話、加えて関係性に問題がある母娘の話ということで先日見た『アイ、トーニャ』を思い出しもしたが、本作の方が(完全にフィクションだし)希望がある。最大の違いは、パティには自分を肯定してくれる存在、祖母がいるということだ。「お前はもう(自分にとっては)スターだよ」と祖母だけは言ってくれるし、彼女がやっていることも、彼女の友人たちのこともバカにしない。おそらくパティは、理由もなく殴られたら自分が悪いとは考えないだろう。自身に対する基本的な肯定感があるのとないのとだと、人生大分違ってくる気がする。
 パティの母親は昔はセクシーで大層モテたんだろうなという雰囲気の人だが、その頃の自己イメージから抜け出せていないように見える。自分の夢を諦めざるを得なかったという後悔、こんなはずではなかったという思いから酒浸りになっており、それを嫌がるパティとの仲も険悪だ。こんな母親嫌だ、母親のようにだけはなりたくないという一方、バーの男性客たちに母親をバカにされるのは耐えられないというパティのうらはらな気持ちが痛切だった。それを踏まえているので、オーディションでパティが披露するステージには胸が熱くなる。彼女は自分を肯定すると同時に、母親の夢も救い上げるのだ。
 なお、パティとバンドメンバーでもある親友ジェリ(シッダルタ・ダナンジェイ)、バスタード(ママドゥ・アティエ)との関係の描写がとてもいい。男女の間にも友情はあるし、カップルの関係はフェアだ。このあたりは非常に現代的だなと思った。最近見たキスシーンの中では一番きゅんとくるものがある。そういえば、二輪車二人乗りシーンのある映画は打率が高いという自論を持っているのだが、本作でもそれが証明された。

8Mile [DVD]
エミネム
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
2003-09-26


『偽りの銃弾』

ハーラン・コーベン著、田口俊樹・大谷瑠璃子訳
 元特殊部隊パイロットのマヤは、銃撃事件より夫を失った。友人からの勧めで、幼い娘の安全の為に隠しカメラを居間に取り付けるが、カメラの画像に映っていたのは死んだはずの夫だった。ジョーは本当に死んだのか。謎を追ううち、マヤは4か月前に殺された実姉クレアの死と、ジョーの事件との関連性に気付く。
 これは事前情報なしで一気に読んでほしいやつ!訳文の読みやすさも手伝い、ラストまで息をつかせず読ませる。マヤは非常に有能な軍人だったが、ある事件により深いトラウマを負っており、周囲からはジョーの映像は彼女の妄想ではとも疑われる。しかしマヤは迷いはするもののブレない。彼女のブレのなさの根拠は何なのかと言う所も含め、一転また一転と言う感じなので先を予想せず読んだ方が楽しめるだろう。マヤは母親であり(元)妻であるわけだが、それ以上にアイデンティティが一貫して軍人であり、軍人としての考え方、行動の仕方だというところも好みは分かれそうだが(つまりマヤを好きでない人もいるだろうなと)面白かった。優秀な軍人だったにしてはその行動間が抜けていない?という部分もちゃんと理由がある。

偽りの銃弾 (小学館文庫)
ハーラン コーベン
小学館
2018-05-08

ステイ・クロース (ヴィレッジブックス)
ハーラン・コーベン
ヴィレッジブックス
2013-09-20


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ