3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2018年04月

『動く標的』

ロス・マクドナルド著、田口俊樹訳
 石油王の富豪サンプソンが失踪した。私立探偵のリュウ・アーチャーはイレイン・サンプソン夫人から夫捜索の依頼を受ける。アーチャーが犯罪組織の関与を疑い始めた折、サンプソン邸に10万ドルを送金しろというサンプソン氏直筆の手紙が届く。アーチャーは身代金を要求する手紙だと判断する。
 新訳版はやはり読みやすい。一度読んだ作品のはずなのにストーリーの流れや犯人を全く思い出せず、新作を読むのと同じように新鮮に読んでしまった・・・。これは損したのだろうか得したのだろうか。ただ、あるシチュエーション、情景はそういえばこんな感じだったなと思いだす。私が本作を原作にしたポール・ニューマン主演の映画『動く標的』(ジャック・スマイト監督、1966年)を見たことがあるから映像としての印象の方が強いというのもあるだろう。しかし何より、私にとってロスマク作品の魅力は、プロットではなく情景の描写や情感にあるのだろう。サンプソンの娘ミランダが車を飛ばすシーン、新興宗教施設でのドタバタ、中年弁護士がふと見せる哀愁など。なお、翻訳家の柿沼瑛子が解説を寄せているが、著者の来歴やそれが作品に与えたと思われる影響にもざっくり触れており、ロスマク入門編には良い。

動く標的【新訳版】 (創元推理文庫)
ロス・マクドナルド
東京創元社
2018-03-22


動く標的 [DVD]
ポール・ニューマン
復刻シネマライブラリー
2011-12-26

『ダ・フォース(上、下)』

ドン・ウィンズロウ著、田口俊樹訳
 ニューヨーク市警内でも最もタフで優秀で悪辣なことで知られるマンハットン・ノース特捜部、通称「ダ・フォース」を率いるデニー・マローン刑事は、銃や麻薬の取り締まりにより地域の安定を図る刑事の王だった。しかしドミニカ系麻薬組織の手入れでのある行動をきっかけに、彼の転落が始まる。
 マローンは非常に優秀な刑事だが、本作における優秀さは悪辣さと一体となっている。額面通りの正義では麻薬組織や武器商人には対抗できない。しかし、彼らは闘ううちに後戻りできない領域に入ってしまう。越えてはならない一線があったのではなく、一歩一歩自主的に泥沼にはまっていったことに自分でも呆然とするのだ。特に後半はマローン転落の一途といった感じで実に陰鬱だが、マローンに同情して陰鬱になるのではない。最初まっとうな志を持っていても、力を持つと人は堕落していく、警官だろうが政治家だろうが犯罪者だろうが同じだと突きつけられるからだ。マローンは街の為、正義の為に行動しているつもりでいるが、彼の行動ははたからみたらギャングとたいして変わらない。街や正義の為だという言い訳がきかない所まで彼は来てしまったのだ。マローンが愛した街、愛した人たちが彼を逃げ場のない所に追いやってしまうというのが辛い。そこから逃げ出せるくらい彼が悪人だったら、もっと軽い話になっていたのだろう。

ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-03-26


ダ・フォース 下 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-03-26

『たったこれだけの家族 河野裕子エッセイ・コレクイション』

河野裕子著
 歌人である著者のエッセイ集『みどりの窓の家から』を全編収録、加えて未収録だった21編と共に新編纂したエッセイ集。
 家族と共に約2年間、アメリカで生活した時期の諸々を中心に綴られている。子どもたちがみるみるうちに成長していく様が随所に感じられる。英語が流暢というわけではない著者にとってアメリカでの生活は大変なものでもあったろうが、子どもたちが現地に適応していく様を面白がり、自分とのギャップに時にたじろぐ。夫と息子の距離感、自分と子どもたちとの距離感との違い、やがて子どもたちとの関係が友人のようになっていく様等、一家の生活の変遷を見ていく感も。家族が一緒にいられる時間は有限で、だからこそ輝いて見える。べたつかず素直な言葉で綴られており好感が持てた。短歌の印象とはまたちょっと違うのだ。平静な筆遣いで湿っぽくない文章だが、最後に収録された表題作からは、苦しく葛藤した時期もあった様子が垣間見える。
 なお、土地柄(ワシントンDC郊外らしい)なのかそういう時代だったのか、現代のアメリカよりも大分おおらかで開けた気質が感じられる。それでも牛乳パックに行方不明児童の写真がプリントされていたりと、ある面での治安の悪さを身近に感じさせる部分もあった。本当に外を歩くということ自体ないんだなぁ・・・。




『きみへの距離、1万キロ』

 アメリカ、デトロイトに住むゴードン(ジョー・コール)の仕事は、1万キロ離れた北アフリカの砂漠地帯にある石油パイプラインを、小型ロボットで監視すること。ある日ゴードンは、パイプラインの近くの村の娘アユーシャ(リナ・エル・アラビ)を見かける。彼女は強制結婚から逃げる為、恋人と海外へ逃亡しようとしていた。監督はキム・グエン。
 ゴードンはアユーシャを助けるつもりではあるのだが、彼の行動は気になる女の子を監視カメラで逐一チェックし彼女の人生に勝手に介入していくというものなので、冷静に考えるとかなり危うい。しかし、ちょっとおとぎ話的な雰囲気で中和されている。何より6本脚のロボットの可愛らしさで乗り切っている気がする。そういえば本作もある意味、「二輪車二人乗り」映画だ(私は「二輪車二人乗りシーンがある映画は打率が高い」という持論を持っている)。
 正に当事者として問題の真っ只中にいるアユーシャに対して、ゴードンはその職業が象徴するように「見ている」だけの人だ。彼はアユーシャと彼女の恋人カリムのことを、『ロミオとジュリエット』のように「見て」いる。恋人に振られたばかりの彼にとって、アユーシャとカリムの真摯な関係はロマンティックであり、理想的なものに見えたのだろう。ゴードンは自分が欲する真摯な関係やロマンティックさは、モニターの向こう側にしかないように思っていたのではないか。しかし、モニターの向こうのアユーシャにとっては現実そのものなのだ。
 ある出来事から、ゴードンは当事者としてアユーシャの逃亡に手を貸すことを決意する。物語を眺めているだけだった人が、自分で物語を生き始めるのだ。彼の行為はアユーシャの物語を一方的に消費し「ただ乗り」している行為にも見えかねない。しかし自分で物語を動かそうとする、つまり彼女を助けようとするゴードンの意思と、逃げたいが助けが必要なアユーシャの意思がはっきりしているのでそれほど嫌悪感は沸かない。ラスト、それこそ物語の主人公になったようなゴードンの行動はなんだか微笑ましくもある。

魔女と呼ばれた少女 [DVD]
ラシェル・ムワンザ
アミューズソフトエンタテインメント
2013-10-23


不思議のひと触れ (河出文庫)
シオドア・スタージョン
河出書房新社
2009-08-04


『ラブレス』

 ボリス(アレクセイ・ロズィン)とジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク)は離婚協議中で、既にそれぞれ別のパートナーがいる。2人とも新しい生活を始める為、相手に12歳の息子アレクセイを押し付けようとしており、協議はもめていた。2人の口論を聞いたアレクセイは、ある日学校へ向かったまま行方不明になる。監督・脚本はアンドレイ・ズビャギンツェフ。
 日本で公開されたズビャギンツェフ監督の作品は毎度見ているのだが、どれもビジュアルは大変美しく情緒がないわけではないが人間に対する視線が冷徹で、血も涙もないな!とうめきそうになる。本作も題名からして血も涙もない。そして題名通りの内容だ。
 ボリスとジェーニャは形は異なるものの、エゴをむき出しにしていく。ジェーニャは苛立ちや怒りをボリスにぶつけ、とりつくろうとすらしない。ボリスは一見下手に出ているが、言葉の端々からは責任を回避しようとする姿勢が見て取れる(終盤、新しい家庭でのボリスの姿は、この人夫としても父親としてもやる気ないんだな・・・と予感させるもの。家庭は欲しいが家庭で果たすべき責任は面倒くさくてやりたくないという感じ)。2人とも、自分のことが最優先でアレクセイのことは二の次だ。
 2人の行動は親としてどうなんだ、と非難されるであろうものだ。とは言え、彼らのエゴイズムと同じものが映画を観ている側の中にもきっとある。また、全ての親が自分の子供を愛せるわけでもないだろう。ボリスとジェーニャは保護者としての責任をおろそかにしたという点では非難されるだろうけど、愛が薄い(ように見える)ことは正直な所あまり非難する気にならなかった。もし親になったら、私もこんな感じじゃないかなと思ってしまうのだ。本作の題名はラブレス、愛がないということだが、そもそも家族の間に愛があるという前提が不確かなものではないだろうかと。
 アレクセイに対する直接的な愛情も思い入れもない、ボランティアの捜索隊の人たちの行動が、作中最もまともで責任感あるもののように見えたのが皮肉だ。

裁かれるは善人のみ [DVD]
アレクセイ・セレブリャコフ
紀伊國屋書店
2016-08-27



『ワンダーストラック』

 1977年ミネソタ。母親を交通事故で亡くした少年ベン(オークス・フェグリー)は、会ったことのない父親の手がかりを見つけ、ニューヨークに向かう。1927年ニュージャージー。聴覚障害を持つ少女ローズ(ミリセント・シモンズ)は厳格な父親に反発し、女優リリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)に会う為ニューヨークへ向かう。原作はブライアン・セルズニックの同名小説、監督はトッド・ヘインズ。
 2つの時代、2人の子供の親を求める旅路が平行して進行される。お互いのパートへの呼応の仕方、その呼応に合わせたもう一方の時パートへの切り替え方は、それほど洒脱というわけではないのだが、違和感はなくわかりやすい。ローズがここを通った50年後にベンが!というような時間を越えていく盛り上がりがある。舞台になるのが博物館や美術館、古本屋など、自分のツボをついてくる場所ばかり。博物館にこっそり寝泊まりするなんて、やってみたかったなー!本作、いつになくロマンチックで可愛らしい作品だ。子供が主人公で、子供が見ることも前提に作られているからだろうが、この先の人生に対するポジティブさを感じた。今は居場所がないかもしれないが、いつかきっと居場所が見つかる、あなたを待っている人がいるんだ(それは今期待しているものとは違うかもしれないけど)と語りかけてくるような優しさがある。
 ローズが映画を見に行くシーンがあるが、当時の映画はまだサイレント映画だ。サイレント映画であればローズは他の人たちと同じように楽しめる。しかし映画館にはトーキー映画到来のポスターが貼られている。この先、ローズは映画という世界からはじき出されてしまうのだ。彼女は旅の中でしばしば、この世界からはじき出されてしまうような体験をする。彼女にとって世界とはそういうもので、そういう世界を自分のものにしていく為の格闘があったんだろうなと、「その後」の彼女の姿を見て思った。ベンもまた、彼女とは違う形かもしれないが、そういう格闘を重ねていくのだろうかと。

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ケイト・ブランシェット
KADOKAWA / 角川書店
2016-08-26


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岩波書店
2000-06-16



『港町』

 想田和弘監督の「観察映画」第7弾。前作『牡蠣工場』の撮影地である岡山県の漁港町・牛窓。『牡蠣工場』の撮影の合間に出会った町の人たちの生活と町の風景を撮影した作品。
『牡蠣工場』の副産物とも言える、元々撮影の予定はなかった作品だそうだ。撮り始めてみたら予想外の撮れ高があったというか、監督の撮影者としての引きが強いというか。ここは撮ってみたら面白いかもな、という場に即時対応していく判断力と身体性(観察映画は、撮影者の身体性を予想外に感じる形式だと思う。実際問題として、タフじゃないと撮影し続けられないだろうし)がこの引きの強さを生んでいるんだろう。122分という想田監督としては比較的短い作品なのだが、密度は濃い。
 本作、ほぼ全編モノクロームで撮影されているのだが、モノクロの風景にはどこか異世界感がある。この町で長年繰り返されてきたであろうごくごく日常の風景が映し出されると同時に、それが他の国のような、全く知らない世界のもののように見えてくる(もっとも、都会、ないしは内陸側に住んでいる人にとって牛窓は「異界」と言えるのだろうが)。登場するのがお年寄りばかりで若者や子供があまりいない(子供は全く登場しない)ということもあって、なんだかあの世とこの世の境目のようだ。
 メイン登場人物とも言える「クミさん」はよく喋るが、息子についての話が始まると、異世界感が更に深まる。クミさんに限らず、登場する人たちの日常風景を追うことは、その人の生活と歴史を垣間見ることだろう。クミさんの息子についての話も彼女の生活と歴史を反映したものではあるのだが、それ以上彼女の内的世界がはみ出してくるような、異様な迫力があるのだ。普通、日常の中でのコミュニケーションでは、そういう「中身」を必要以上に見せないものにするものだろう。見た側も見せてしまった側も、なんとなく居心地悪くなりそうだから。
 そこをあえて踏み込む想田監督の心の強さに唸る。普通だったら腰が引けてしまいそうなところをあえて踏み込んでいく。被写体にもよるだろうが、この判断力はドキュメンタリー作家としての資質に大きく関わってくるんだろうなと思う。対象との距離感が初期とはだいぶ変わってきているのでは。

精神 [DVD]
ドキュメンタリー映画
紀伊國屋書店
2010-07-24



『少年が来る』

ハン・ガン著、井出俊作訳
 1980年、韓国全羅南道の光州を中心に起きた民主化抗争、光州事件。戒厳軍の武力鎮圧によって、未成年を含む多数の市民が犠牲になった。抗争の中で生き残った者、死んでしまった者、そして残された者たちが自らの人生を語り始める。
 先日読んだ千雲寧『生姜(センガン)』と裏表のような作品だった。『生姜』は軍の側から、本作は鎮圧された市民たちの側から暴力が描かれる。光州事件については何となく知っていると言う程度だったのだが、こんなに死者が出ていたのかと茫然とした。殺された者の言葉として、ありありと状況が立ち上がってくるのだ。生き残った者も、死者の遺族も、暴力の記憶。喪失の記憶に苦しみ続ける。多くの人の人生が一つの出来事で決定的に蝕まれてしまうということが、ひしひしと伝わってくるのだ。事件の調査に当たり生存者の証言を収集する研究者に対しする証言者の言葉の節々には、(その場にいなかった)あなたに何がわかるのかという怒りとも諦念ともつかない感情が滲み、言語化しつくせない苦しみを言葉として残すというのはどういう試みなのか、また茫然とするのだ。




『リビング ザ ゲーム』

 ラスベガスで開催される、大規模な格闘ゲーム大会「EVO」で二連覇を果たし、ゲーム界のカリスマ選手的な立ち位置にある梅原大吾。その梅原に挑む若手プレーヤー、ももち。そしてアメリカ、フランス、台湾等、世界中のトッププレイヤーたち。人前でゲームをする姿を見せることを生業とするプロ ゲーマーたちを追うドキュメンタリー。監督は合津貴雄。
ちょっと時間があるから見てみるか、くらいの気分で見たのだが、とても面白かった。私は今では一切ゲームをやらないのだが、まさかストリートファイターの動画を見てこんなにも拳を握りしめる日が再び来るとは・・・。ゲームと縁がない人でも面白く見られるように配慮されている作品。構成がしっかりとしていて、この大会はどのくらいの規模で、この大会とこの大会の間にどんな経緯があって、といった部分の提示がゲームを知らない人にもわかりやすいと思う。対象となっているゲームが、画面内で起こっていることが分かりやすい格闘ゲームだというのも勝因だろう。単純に絵になるし気分が盛り上がりやすい。
 TVゲームプレーヤーに限らずどのジャンルにおいてもだろうが、スタープレイヤーであることと、その分野の技術が高いこととは、必ずしも一致しない。正確には、スターになるには技術プラスαが必要なのだろう。そしてそのプラスαは、個人のキャラクター性であったりメンタルの特異さであったり、往々にして努力ではどうにもならない。梅原とももちを見ているとそのあたりを痛感してなかなかに辛い。ゲームやらない私が見ていてもそう思うから、ドキュメンタリーとしては大成功と言えるんだろうけど・・・。梅原は(ゲーム外様の私が知っているくらいだから)やはり天才肌だしメンタリティがちょっと特異なんだろうな。勝敗ぎりぎりのところで「面白そうな方」を選べるというのは相当心が強くないと出来ないだろうし、「面白そうな方」に踏み切れることこそが、彼をスターにしている。彼のプレーは見ていて盛り上がるのだ。
 対してももちはおそらく非常にテクニックはあるが、堅実でいまひとつ華がないと思われる。本作、ももちとパートナーのチョコブランカに密着できたというのが勝因になっていると思う。梅原は、スターすぎて共感の要素がないので、ゲーム知らない人にはあまり訴求してこない。人としての弱さが垣間見えるももちの方がドラマ性があるのだ(当人にとってはいい迷惑かもしれないけど・・・)。





『三連の殺意』

カリン・スローター著、多田桃子訳
 団地の階段で売春婦の他殺死体が発見された。被害者の体は残忍に痛めつけられ、舌を噛み切られていた。アトランタ警察の刑事マイケルは事件の担当になるが、ジョージア州捜査局から特別捜査官のトレントが派遣されてくる。トレントは警官としては風変りだが、捜査官としては切れ者らしい。トレントは過去にも3件、同じように舌を切り取られる暴行事件があったことを突き止めていた。
 ウィル・トレントシリーズ1作目とのことで、主人公はマイケルではなくトレント。マイケル、トレントそして他にも複数名の視点でストーリーが進行するが、途中であっと驚いた。そうくるのか!この仕掛け以降、一気に緊迫感が増し、本作の主軸がどこにあるのかはっきりしてくる。真犯人のクソさ、そいつがどのような類のクソであるのかも際立ってくるのだ。スリリングで面白いのだが、ちょっと盛りがよすぎて逆に途中で飽きてきてしまう。事件そのものもボリューム感があるのだが、個々のキャラクターの設定を盛りすぎ。シリーズものとは言え、この段階でそんなに盛らなくてもいいのよ・・・もうちょっとストイックにいこうか・・・。

三連の殺意 (マグノリアブックス)
カリン・スローター
オークラ出版
2016-02-25


血のペナルティ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-12-16



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