3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2018年03月

『彼女が家に帰るまで』

ローリー・ロイ著、田口俊樹・不二俊子訳
 1958年、デトロイトの小さなコミュニティで若い白人女性エリザベスが失踪した。コミュニティあげての捜索が行われるが、彼女は見つからない。同じころ若い黒人女性が撲殺される事件が起きていたが、殆どの白人はこれには無関心だった。ただ一人、マリーナを除いては。
 時代背景や土地の雰囲気が感じられとても面白い。舞台はデトロイトでそんなに田舎というわけではないが、舞台となるコミュニティはお互いが顔なじみのごく小さく緊密なもの。しかし、それぞれの家庭には外には出せない事情があり、表面上の和やかさとはうらはらに主婦たちには秘密がある。家の中のことが意外と外に漏れない、だからこそ密室状態で不穏さが膨らんでいく。マリーナにしろグレースにしろ、夫の影が濃くそれが彼女らの問題をどんどん悪化しているように思う。夫の機嫌を損ねてはいけない、夫を満足させなくてはいけないというプレッシャーが常にある。本作は妻たちの視点でほぼ描かれ夫らの内面はさほど見えてこないので、妻側が感じているギャップがより強く感じられる。しかしそのギャップは、人に言ってはいけないものとされているのだ。この「言えない」ことがある人にとってもあまりに重荷だったのではないか。唐突に明かされる真実はやりきれない。

彼女が家に帰るまで (集英社文庫)
ローリー ロイ
集英社
2016-04-20



ベント・ロード (集英社文庫)
ローリー ロイ
集英社
2014-09-19


『悪い夢さえ見なければ ロングビーチ市警殺人課』

タイラー・ディルツ著、安達眞弓訳
 全身をナイフで切り裂かれた女性の死体が発見された。地元高校の教師だったその女性に、刑事ダニーはなぜか見覚えがあるような気がした。目撃者も目ぼしい手がかりもない中、ダニーと相棒のジェンは捜査に奔走する。
 ダニーは中年、初老に近いくらいの年齢なのかと思って読んでいたら、全然若い!私より若い!嘘でしょ!これは年齢設定ミスマッチ等ではなく、ダニーはそのくらい疲れ切っているということなので、まずそこにショックを受けた。彼は過去のある事件によって深く傷つき、アルコール依存症に近い状態で、過去の記憶による悪夢に悩まされている。その苦しみが彼から活力や若々しさを奪っているのだ。過去の記憶、傷が表面化しなくても癒えておらず、じわじわと浸食し続けるしんどさ。この過去からの絶え間ない浸食による苦しみはは、被害者が味わっていたものと似ているのかもしれない。被害者の過去がまたきついのだ。どこの世界にもろくでなしがいるな!
 時に暴走しそうなダニーを支えるのが日系女性刑事のジェン。格闘技に秀でており、地元の子供たちに道場で稽古もつけている。恋愛要素はなく、お互いに対する思いやりのある関係な所がいい。地道な捜査による警察小説で、犯人の特定などなかなかまどろっこしいのだが、ダニーとジェンという人たちの物語として今後の伸びしろが期待できそう。





『あなたの旅立ち、綴ります』

 広告業界で成功し、独立した女性として何不自由ない老後を送るハリエット・ローラー(シャーリー・マクレーン)は、自身の訃報記事を生前に用意することを思いつく。地元の新聞社の訃報欄担当ライター、アン・シャーマン(アマンダ・セイフライド)に執筆を依頼するが、希望通りの記事が上がってこない。腹を立てるハリエットに対し、アンは「問題なのは記事じゃなくてあなた」と言い放つ。どの取材相手もハリエットのことをよく言わなかったのだ。ハリエットは最高の訃報記事を作るべく、尊敬される人物像を目指すが。監督はマーク・ペリントン。
 ハリエットの「旅立ち」を綴る、つまり訃報を意味する邦題なのかと思っていたら、それだけではなかった。ちょっとダサい邦題だなーと思っていたけど、二重の意味になっていると言う点では納得。最初はハリエットが自分を変えようとする話なのかと思っていたら、むしろ大きく変化し人生の「旅立ち」を果たすのはアンなのだ。
 ハリエットは長年一人でやってきた、実際自分で何でもよくできて他人を必要としていない(ように見える)人だということが冒頭でざーっとわかってくる。何でもよくできて過不足ないが故に、彼女は人生に飽き飽きしており生きる意欲も無くしているのだ。しかし、最高の訃報を目指して奮闘するうちに、ハリエットの様子が変わってくる。ただ、これは彼女が変化したということではなく、彼女が元々持っていた愉快な部分、チャーミングな部分が再び表出してきたということなのだ。変化というより思いだしに近い。安易に人間はいくつになっても変われる!というのではなく、コメディタッチにではあるが、過去は変えられないし、人の本質はそうそう変わらないというほろ苦さも描いていると思う。
 一方でアンは文筆家としての夢を持ちつつも、現状に甘んじ宙ぶらりんな状態に見える。過去の出来事から変化や失敗を恐れる彼女の背中を、ハリエットの大胆さや自由さが押していくのだ。ハリエットはとにかく有能な人ではあるが、失敗しても嫌われても大丈夫!前進できる!というお手本でもある。ハリエットとアンは全く似た所がないのだが、ぶつくさいいつつも両輪として事態を打開していく、バディムービーのようなロードムービーのような(結構移動するのだ)味わいがいい。
 ハリエットは訃報に使うエピソード作りの為、施設で暮らす少女の面倒を見ることになるのだが、この少女の口の悪さとユーモアが作品のアクセントになっていた。彼女は自分に父親がいないことについて「パパが(施設に迎えに)来ないのは最悪だけど私は最高!」と断言する。そしてかつて母親が家を出て行ったことに傷ついているアンに対して「ママがいないのは最悪だよね、でもあんたは最高だよ!」と断言する。人生、最悪なことはまま起きるが、そのことによってあなたが最悪な存在になるわけではない、そこに責任を感じる必要はないのだ。

ヘンリー・プールはここにいる 〜壁の神様〜 [DVD]
ラダ・ミッチェル
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2009-03-25


おばあちゃんのごめんねリスト
フレドリック バックマン
早川書房
2018-03-20

『島とクジラと女を巡る断片』

アントニオ・タブッキ著、須賀敦子訳
クジラたちと捕鯨手たちの関係の歴史、クジラを眺める男女の会話、居酒屋の歌手が辿るある女性の記憶等、海と島、そしてクジラを巡る連作短編集。
ごくごく小さな、しかし目を離し難い魅力のある素描を集めたような小品。素描といえば、どの短編もいつになく映像が目に浮かぶ作品だった。アソーレス諸島の小さな島々を巡るような、題名の通りの「断片」感がある。人間の視線、クジラの視線、そして島々そのものの視線が交錯するような、こちらの世界からあちらの世界へふっと視座がずれるような不思議な魅力。この定点に定まらない感じが浮遊感とはかなさを産んでいる。原題とは題名が異なるのだが、訳者あとがきを読むとこの邦題でよかったと思う。また文庫版で読んだのだが、堀江敏幸による解説は的確で理解の手助けになった(というか、解説を読んで作中のあまりに多くのものを見落としていたことに愕然としたね・・・!文学の素養が圧倒的に足りない・・・!)

島とクジラと女をめぐる断片 (河出文庫)
アントニオ タブッキ
河出書房新社
2018-03-03


新編 不穏の書、断章 (平凡社ライブラリー)
フェルナンド・ペソア
平凡社
2013-01-12

『天国の南』

ジム・トンプスン著、小林宏明訳
 1920年、テキサス。大規模なパイプライン工事で職を得る為、放浪者、浮浪者、前科者等様々な人々が流れ込んでいた。ホーボーとしてこの地に流れ着いた21歳のトミーもその1人。かつて仕事で相棒だった30代の男フォア・トレイと再会しまた共に働くことになる。そして謎めいた女性キャロルと出合い、恋に落ちる。しかしフォア・トレイはキャロルには構うなとトミーを説得する。
 トンプスンはこういう作品も書いていたのかと新鮮に読んだ。ある犯罪が絡んだストーリーではあるものの、さほど血なまぐさくも強迫神経症ぽくもない。本作がはらむ焦燥感や落ち着きのなさは、語り手であるトミーの若さゆえのぐらつきや気短さから発せられるものだ。トミーが若くて未熟であることはそこかしこから感じられるし、トミー自身も言及する。本作はトミーが過去を思い返し語っている形式なので、あの時あんなことをしたのは自分が至らなかったからだ、という自省がからむのだ。しかしそこがみずみずしく、青春物語的な味わいになっている。若いトミーに対しある程度経験を積んだ過去のある男としてフォア・トレイが位置する。彼はトミーの兄貴分、導き手のような存在だが、トミーをどのように導きたいのか、彼は何をしに来たのかということがずっと伏せられている。本作の終わり方はある意味清々しいのだが、フォア・トレイが抱えるミステリ要素の端的な答えでもあるのだ。

天国の南
ジム・トンプスン
文遊社
2017-08-01




ゼア・ウィル・ビー・ブラッド [Blu-ray]
ダニエル・デイ=ルイス
ワーナー・ホーム・ビデオ
2012-02-08


『坂を見あげて』

堀江敏幸著
 身近な出来事から時に文学、時に花、また自然科学に言及する随筆集。思考の飛距離の長さ、知識と知識の結びつきの幅広に毎回唸るし憧れる。またそれを直接的な書き方ではなく、中心を迂回し続けるような、一見して趣旨がわかりにくい(というか趣旨を定めないような)書き方なところに著者の芸風のぶれなさを感じる。「養蚕と書道教室」で描かれたある事態は、その迂回する芸風故に生じたものだろう。当事者には運が悪かった、お気の毒ですとしか言いようがないんだが・・・。そういう目的に向いた文章ではないですよね・・・。著者の文章ではなく引用部分で非常にインパクトがあったのは「恋の芽ばえる場所」で言及された白洲正子の青山二郎を表する文。平静なようでいて容赦がない。この文章だけでも白洲のすごさがよくわかる。著者の文章はその凄さを端的に提示しているのだ。

坂を見あげて (単行本)
堀江 敏幸
中央公論新社
2018-02-07






雪沼とその周辺 (新潮文庫)
堀江 敏幸
新潮社
2007-07-30


『君の見つめる先に』

 サンパウロに暮らす高校生のレオナルド(ジュレルメ・ロボ)は目が見えない。幼馴染の同級生ジョヴァンナ(テス・アモリン)が学校生活をサポートしていた。ある日、彼とジョヴァンナのクラスにガブリエル(ファビオ・アウディ)が転校してくる。すぐに仲良くなる3人だが、レオナルドとガブリエルが2人で行動する機会が増え、3人の関係は変化していく。監督・脚本はダニエル・ヒベイロ。
 二輪車二人乗りシーンがある映画は打率が高いという自論を持っているのだが、本作には正に!という2人乗りシーンが2回ある。1回目と2回目の違いが重要な所であり、2人の関係性の変化を示しているのだ。「僕」は見つめることができなくても、同じ方向を向いていれば「君」が見てくれている。とても清々しくあまずっぱい青春映画だ。
 レオナルドは目が見えないということは、いちいち言及されたりはしない。彼がどういう生活をしているのか、ジョヴァンナや両親はどのように接しているのかによって、彼の境遇が見えてくる。また、レオナルドにとっての世界がどのようなものかもわかってくるのだ。ガブリエルはレオナルドに「この動画見たことある?」とか「映画を見にいこう」とか、少々無神経なことをうっかり言ってしまい、その度にしまった!となる。逆に、シャワールームでレオナルドを前にしてガブリエルが感じる気まずさや、パーティーでジョヴァンナが怒った理由はレオナルドにはわからない。しかし彼らの付き合い方に限らず、それでもいいんじゃないかなと思った。やらかしながら相手のやり方、生活の仕方にお互いが慣れていく・知っていくのだろう。その過程がきらきらとして眩しく、時にほろ苦い。
 人を好きになる時に何をもって好きになるのか、セクシャリティの自認がどのように芽生えるのかという部分の面白さがある。レオナルドは目が見えないから、見た目での男女の差がどのようなものかはわからない。一番身近な異性であるジョヴァンナにキス(したことないから)させてよと言ったりするが、あっさり断られる。2人の絆は深いのだが、そこに性愛めいたものはあまり感じられない。一方ガブリエルに対しては、彼が教室に入ってきた瞬間から何か惹かれる、印象付けられるものがあったように見える(そのように撮られているということだけど)。パーティーの顛末と言い、唐突に何かの瞬間が訪れる、といった感じだ。
 片思いや嫉妬が友人同士にもあるという所が、とても10代ぽいなと思った。ジョヴァンナはレオナルドのこともガブリエルのことも好きなのだろうが、2人の距離が近づきすぎると自分がないがしろにされているみたいに感じてしまうのだろう。レオナルドの1番はずっとジョヴァンナだったわけだから。

太陽は、ぼくの瞳 [DVD]
モフセン・ラマザーニ
アミューズ・ビデオ
2001-04-27


ウォールフラワー スペシャル・プライス [Blu-ray]
ローガン・ラーマン
Happinet(SB)(D)
2015-12-02

『ラッキー』

 90歳のラッキー(ハリー・ディーン・スタントン)は一人で暮らしている。毎朝起きるとコーヒーを飲み、タバコをふかし、自己流のヨガをこなし、ダイナーに行ってコーヒーを飲みながらクロスワードパズルを解く。夜はバーに行ったりTVでクイズ番組を見たりする。ある日突然倒れたラッキーは、医者からは問題ないと言われたものの、自分に人生の終わりが近づいていると感じる。監督はジョン・キャロル・リンチ。
 ラッキーは同じような日課の毎日を繰り返しているのだが、妙に味わいがあって惹きつけられる。ラッキーは一人者だが、それが寂しい、悲しいというわけではないし、人生に失敗したと考えているわけでもないだろう。本作のキャッチコピーは「孤独と一人は、同じじゃない」だが、正確にはラッキーは一人だし孤独かもしれない、だがそれは自然なことでマイナスに考えることではない、といったところではないか。ラッキーは人間は生まれるときも死ぬときも一人だと明言する。彼には友人がおり、かつては恋人もいたようだが、それでも自分は自分であり、一人なのだ。それが彼にとっての自然だから、ペットの犬も小鳥も必要ない。
 とは言えラッキーは、他人が家族を持ったりペットを飼ったりすることを否定しない。ペットの亀が逃げ出して凹んでいる友人(デビッド・リンチが演じている)を周囲がからかっていると猛然と怒るし、雑貨店の女性が息子の誕生日なんだと言うと一緒に祝う。人が大切にしているものを茶化すべきではないという姿勢は一貫している。そこが、彼が偏屈だが周囲から好かれている一因でもあるのだろう。自分とは違うし理解できないかもしれないが、それはそれとして、という態度が見られるのだ。同性カップルに対する視線や弁護士とのやりとり等、若い頃はもっと偏屈で偏見に満ちていた(今でも偏見は持っているんだけど・・・)んだろうなという部分がちらほら見える。

パリ、テキサス デジタルニューマスター版 [DVD]
ハリー・ディーン・スタントン
東北新社
2006-08-25


ツイン・ピークス ゴールド・ボックス アンコール [DVD]
カイル・マクラクラン
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2016-11-18





『許されざる者』

レイフ・GW・ペーション著、久山葉子訳
 国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ・ヨハンソンは、現役時代は凄腕で名をとどろかせていた。しかしある日、脳梗塞で倒れ体に麻痺が残り、リハビリ生活を余儀なくされる。文句ばかりの彼に、主治医がある相談を持ちかける。25年前に9歳の少女が暴行殺人に遭ったという未解決事件の犯人を、牧師だった父が懺悔の中で聞いたと言うのだ。しかしその事件は既に時効になっている。ヨハンソンは現役時代のつてをフル稼働させ、事件を再度洗い直し始める。
 いわゆるスリーピング・マーダーもの、かつ安楽椅子探偵的な面もある(とは言え自分で現場見に行ったりするので完全に安楽椅子探偵というわけではない)。過去の事件をチームの力で掘り起こしていく過程がとても面白かった。ヨハンソン自身の有能さと同時に、その有能さと人柄で培った人脈、そしてちょっと風変わりな兄弟(義理の弟含む)の力による捜査なので、やはり人脈(と資本)のある人は違うわ・・・有能な人のまわりには有能な人が集まるのね・・・というちょっと微妙な気分にもなってしまうのだが。ヨハンソンの元同僚や後輩だけでなく、ヘルパーの若い女性や「丁稚」の青年らもいいキャラクター。ヨハンソンは犯人について確信を持つが、時効という壁が立ちはだかる。法と正義、倫理のせめぎあいでヨハンソンは苦悩するが、更に自身の体との戦いにも苦しむ。この顛末は、ヨハンソンが自身の残り時間を察知していたからとも言えるのでは。

許されざる者 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2018-02-13




『ボックス21』

アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム著、ヘレンハルメ美穂訳
 リトアニアジン娼婦リディアは、激しい暴行を受け病院に搬送された。搬送先の病院で、彼女は予想外の行動に出る。医師と研修医たちを人質に、爆弾を持って立てこもったのだ。病院で薬物依存者死亡事件を捜査していたグレーンス警部は立てこもり事件の対応にあたるが。
 なかなかのイヤミスだった『制裁』の著者によるシリーズ作品だが、今回もなかなかのイヤさ。グレーンスが常にイライラしているし何だか情緒不安定な言動なので、『制裁』よりも読み進めにくいように思う。リディアは騙されてスウェーデンに連れてこられ、悲惨な境遇で生きてきた。そこからの起死回生ではなくこのような道を選ばざるを得なかったことには、怒りとやりきれなさを感じる。そして、彼女の声を封殺しようとする人たちがいることにも。よりによってお前がそれをするのか!と。自分たちがしてきたことを全否定するようなことなのにそれでもやるの?それで守れるものって何なの?ともやもやが止まらない。ラストは触れ込み通り確かに衝撃なのだが、そっちの方向での衝撃かー!その衝撃欲しくなかったわー!罪と罰、ではなく罪と恥の物語。恥を隠し続けることこそ恥なのだが、彼らにその意識はあるのだろうか。しかもシリーズまだ続くというあたりが怖い・・・。

ボックス21 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ ルースルンド
早川書房
2017-11-21


制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド
早川書房
2017-02-23



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