3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2018年01月

『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短編集』

ゾラ著、國分俊宏訳
 若く美しい妻と共に田舎からパリに出てきたオリヴィエ・ベカイユは、貧しい暮らしの中、健康を害して倒れる。体は動かず、周囲からは死んだと見なされ葬儀の準備が行われるが、ベカイユの意識は依然としてそこにあった。このままでは埋葬されてしまうと焦るが。表題作を含む5篇を収録した短編集。
 『オリヴィエ・ベカイユの死』、ベカイユが死ぬまでの話なのかと思って読み始めたらいきなり死んでいる(本人の意識では死んでない)のでびっくりしたよ!当時、生きたまま埋葬されてしまった事件が実際にあったらしく、その事件に発想を得たのではないかとのこと。ベカイユは生き埋め(火葬の国でなくてよかったね・・・)になるのではと恐怖すると同時に、未亡人と見なされる妻が近所の青年に獲られてしまうのではと嫉妬に狂う。これはホラーか復讐譚かと思っていたら、思いのほか清々しい結末に思えた。しがらみを振り切ることが出来たんじゃないかなと。逆に、振り切れず拘泥されていくのが最後に収録された『スルディス夫人』。才能のある夫とそれを支える妻という構図に一見見えるが、徐々に夫が妻に浸食されていく。スルディス夫人の夫の絵の才能に対する執着は、自分が得ることが出来なかったものの代替物でもあるが、代替物が本物を越えていく様が描かれている。そして夫婦関係としては結構円満とも言えるあたりが少々怖くもある。
 ゾラの作品は構成がシンプルで文章も(訳文を読む限りでは)直線的。案外読みやすい作風だったんだなと実感した。ラストにひとオチつける、短編として座りのいい作品が揃っており面白かった。時代背景が割とはっきり描き込まれており、登場する人たちに生活感がある。金の工面に四苦八苦するエピソードが多いのも泣ける。




水車小屋攻撃 他七篇 (岩波文庫)
エミール・ゾラ
岩波書店
2015-10-17

『コンシューミング・スピリッツ』

特集上映「長編アニメーションの新しい景色」にて鑑賞。クリス・サリバン監督、2012年の作品。アメリカの田舎町マグソンに暮らす、42歳のヴィオレット、38歳のブルー、64歳のグレイ。ある夜、ヴィオレットが自動車事故を起こし、ブルーは飲酒運転で警察に睨まれる。この出来事をきっかけに、3人の記憶が次々と蘇る。
登場人物が中心となるクロースショットは丹念な書き込み(手の表情など現実拡張されすぎたみたいで怖い)による平面的な、紙人形的アニメーション、ロングショットはジオラマを使ったアニメーション、過去の記憶は鉛筆画によるアニメーションというふうに、技法を使い分けて視点、距離感のコントロールをしている所が面白い。人物の顔の圧というか、個人(「キャラクター」って感じではないのだ)の存在のエグみすら感じさせる造形が素晴らしい。136分とアニメーションとしてはかなりの長さなのだが、見ごたえある一作。
ちょっと変わったうだつの上がらない人たちが、変わり映えのしないどん詰まりの日々を鬱々と過ごす・・・のかと思いきや、中盤からパズルのピースが次々にはまり始めるような怒涛の展開で驚いた。そういう話だったのかよ!彼らに限ったことではないが、其々の中には過去の体験に基づく傷がある。彼らの場合、その傷がお互いにつながっているのだ。クレイジーにしか見えないグレイの行動も、彼なりに過去の落とし前をつけようとしているとも思える。
社会の中でうまく立ち回れず、かといって環境を新しくすることもできない人たちの姿は、正直見ていて辛い。ヴィオレットと母親のやりとりは特に切ない。少々正気を失っている母親の世話をしなくてすめば、彼女の生活はもっと自由だろう。あなたは美人じゃない、車に乗る時は(交通事故に遭った時恥ずかしくないように)かわいい下着を付けろというヴィオレットの母親の言葉、おかしいんだけど言われた側としてはすごく傷つくしうんざりするはずだ。それでも彼女は母親を愛していることがわかってしまう。歯車がずれたまま経年してしまった家族の物語でもあった。

マグノリア [DVD]
ジェレミー・ブラックマン
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2014-12-17




『サイコノータス』

 特集上映「長編アニメーションの新しい景色」にて鑑賞。アルベルト・バスケス監督、2015年の作品。過去の大参事により多数の死者が出て、今なお環境が汚染され荒廃したある島。閉塞された島の暮らしにうんざりした少女ディンキは、友人たちと島を脱出する決意をする。彼女が気に掛けているのは、ボーイフレンドのバードボーイが一緒に来るかどうかということだ。
 登場するキャラクターは可愛らしい動物たち(ディンキはネズミ、バードボーイは名前の通り鳥、ディンキの友人はキツネとウサギだ)だが、世界観は結構ハードなディストピア。未来の見えなさからか、大人も子供もドラッグ漬け。海に囲まれているが魚は獲れず、廃墟にはストリートチルドレンやホームレスがたむろっている。警察官はいるものの、拳銃を見せびらかすような奴らで、容疑者の逮捕ではなく射殺が目的だ。空を飛べるバードボーイは、ドラッグの運び屋と思われており、警察からずっと狙われているのだ。またビジュアル面もポップでとっつきやすく、水中や森の中の描写などは絵本のように美しいのだが、その一方で血や肉体破損の描写も意外とある。ポップな絵柄の中にも不穏な空気が満ちており、グロテスクなものが立ち現れてくる。
 バードボーイには一切台詞がないのだが、彼が心身ともに弱っていることはよくわかる。飛ぶ恐怖から逃れる為にドラッグを手放せず、ドラッグにより更に衰弱していく。彼が囚われているのは飛ぶことそのものへの恐怖というよりも、自分の父親が起こしたとされる事件への恐怖、ひいては自分の中にも同じような魔物(的な何か)が潜んでいるのではないかという恐怖だ。
 魔物的なものとの戦いは、バードボーイだけではなく、漁師をしている子ブタや、ディンキの友人のウサギも直面する。魔物が一線を越えさせようとする時、踏みとどまる強さを一人一人が見せてくれることが、未来などなさそうな世界に少しだけ光を注ぐ。
 バードボーイは島の秘密(この部分、ちょっと『風の谷のナウシカ』的な世界観だと思った。こういうのが最早スタンダードということかな)、鳥たちの秘密を知り、恐怖と立ち向かう。彼はディンキたちを、ひいては父親との思い出や島そのものを守ろうとするのだ。ラストは切なくも美しい。



21世紀のアニメーションがわかる本
土居伸彰
フィルムアート社
2017-09-25

『ネイビーシールズ ナチスの金塊を奪還せよ!』

 1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期のサラエボ。NATO軍として派遣されていたマット(サリバン・ステイプルトン)率いる5人のネイビーシールズチームは、かつて近くの村に逃れてきたナチスが残した、重さ27トン、総額3億ドルの金塊が湖に沈んでいると知る。チームの一員ベイカー(チャーリー・ビューリー)が恋する地元の女性ララ(シルビア・フークス)はかつてナチスの金塊の話を祖父から聞いていたのだ。町の復興の為にどうしても金塊が欲しいとララに頼まれた5人は、撤退までの8時間で金塊を運び出す計画に着手する。監督はスティーブン・クォーレ。製作・原案はリュック・ベッソン。
 舞台が1995年のサラエボという所で意表を突かれた。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ってこういう風に扱われる「歴史上の出来事」になったんだなぁと。本作、敵軍の将軍を拉致した上、盗んだ戦車で逃亡するという無茶苦茶な序盤展開なので、背景が生々しすぎるんじゃない?と思わなくもないけど、20年以上前のことってその程度の感覚なんだろうか。そんなに背景説明されるわけでもないし、架空の紛争地域と言ってしまってもいいくらいの軽さなんだけど・・・。現地の軍組織をちょっとバカにした部分があるのは気になった。
 アクションに過不足なく、ほどほどのゆるさで楽しく見た。前半は火器銃器満載で景気よく、後半は水中での作業が多いのでちょっと珍しいシチュエーションが多く見られる。チームのそれぞれが専門分野を持つチームものとしても楽しい。ただ、予告編ではベイカーがセクシー担当ハニートラップ要員みたいな扱いだったけど、単にララと恋仲というだけで、全然そんなことなかった(そもそもそんなにセクシーでもない気が・・・)。彼だけ専門分野が何なのかわからなかったんだけど、サブリーダー的な立ち位置ってことかな?なお、チームの上司役でJ・K・シモンズが登場するが、今回も見事な説教芸を披露している。

ミケランジェロ・プロジェクト [DVD]
ジョージ・クルーニー
松竹
2016-04-06


ザ・バトル ネイビーシールズVSミュータント [DVD]
ポール・ローガン
アメイジングD.C.
2018-02-02





『5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生』

 先天性疾患により視力の95%を失ってしまったサリヤ(コスティア・ウルマン)は、ホテルで働きたいという夢を諦めきれず、目が見えないことを隠して一流ホテルの研修生になる。姉や同僚のマックス(ヤコブ・マッチェンツ)らの助けを借りて研修課題をこなしていく中、ホテルに品物を下している野菜農家のラウラ(アンナ・マリア・ミューエ)に恋をする。監督はマルク・ローテムント。
 サリヤはホテルで働きたい一心で、障害を隠す為に全力で努力する。障害を克服した!すごい!という話とはちょっと違う(予告編ではそういう話に見えるけど)所が面白いし、誠実だと思う。彼にとって一番の「奇跡」であり「素敵な人生」であるのは、自分の障害をカバーするために尽力する家族や友人に恵まれたことではないか。
 序盤、ホテルの面接に合格するためにサリヤは姉と何度もリハーサルをする。この時の姉の指導の仕方が具体的で理にかなっているもので、とてもいい。サリヤは視力には不自由しているが、出来ることはたくさんある。姉は不自由な部分「だけ」を補助しようとするのだ。これはマックスも同様で、この2人のサポートの仕方、教え方は常に実践的だ。何か障害があってもやりたいこと、得意なことがあるのなら助けを借りればいい、周囲はサポートをするという姿勢が徹底している。サリヤは記憶力と聴覚に優れ、サービス業への適性は高い。一つの特徴によってその適性がないものにされてしまうのは、やはり勿体ない。これは、ホテルで皿洗いをしている難民男性にも言えることだ。彼は祖国では医者だったが、難民としての滞在ビザでは皿洗いしか仕事がない。これもまた勿体ない話だ。その解消の為に人の力を借りて何が悪いんだ?という話でもある。
 サリヤは障害がないかのように振舞うが、これは克服したというのとはちょっと違うだろう。視力によるハンデ、不得意は依然としてあるし、それによって一歩間違うと取り返しのつかない事態にまで追い込まれてしまう。「見える」ように振舞う必要がない社会が本当に豊かな社会と言えるのだろう。いい人ばかり出てくるけれど美談すぎるようには見えないのは、サリヤの限界も描いているからだ。彼は自分のことを理解して、最終的な選択をする。そして、サリヤの父親の姿を通して、家族・身近な人が必ずしも強いとは限らないということも描いている。これは運不運みたいなものなんだろうけど、家族・パートナーが強くいられるかどうかで当人の人生もだいぶ変わってしまうのかもしれない。

太陽は、ぼくの瞳 [DVD]
モフセン・ラマザーニ
アミューズ・ビデオ
2001-04-27


白バラの祈り -ゾフィー・ショル、最期の日々- [DVD]
ユリア・イェンチ
TCエンタテインメント
2006-09-22


『俳優探偵 僕と舞台と輝くあいつ』

佐藤友哉著
売れない若手俳優の「僕」麦倉は、2.5次元舞台『オメガスマッシュ』のオーディションに落ちる。舞台初日、同期の俳優・水口が主演としてスポットライトを浴びていた。しかし上演中、キャストの1人が突然舞台上から姿を消してしまうという不可解な事件が起きる。
実際に謎を解くのは麦倉のひきこもりの友人で、麦倉は探偵というよりも、謎を見出す係と言った方がいい。本作、というか麦倉のユニークさは、事件を探るというよりも事件を勝手に見出してしまう所にある。見出してしまうのにはそれが見たいという願望が混じっているからで、だから彼は探偵にはなれないのだ。その「なれなさ」は俳優としていまひとつ伸び悩んでいる原因でもあるだろう。特に2.5次元ジャンルでは。2.5次元演劇に対する麦倉の屈折と自己正当化は実に若く、甘っちょろさに苦味も混じった青春感がほとばしっている。中途半端な才能って、才能が全然ないよりもしんどいのかもなぁ。




『約束』

ロバート・クレイス著、高橋恭美子訳
 ロス市警警察犬隊のスコット・ジェイムズ巡査と、相棒であるシェパードのマギーは、逃亡中の容疑者を捜索していた。住宅地内の一軒家の中で倒れている容疑者を発見するが、同時に大量の爆発物が屋内にあることがわかる。一方、私立探偵のエルヴィス・コールは、その一軒家にある人物を訪ねに来ていた。失踪したある女性の捜索の一環として訪問したのだが、殺人容疑をかけられてしまう。
 スコット&マギーの出会い編である『容疑者』のシリーズ続編だが、本作単品でも楽しめる。更に、コールは著者の別シリーズ(こちらの方が古く作品数も多い)コール&パイクシリーズの主役だそうだ。青年と犬の再生を描く警察小説だった前作と比べると、コールの活躍のせいかハードボイルドとしての側面が強い。コールは自分の流儀・職業倫理に忠実で、警察に容疑者扱いされても一貫して依頼者と捜索対象を守ろうとする。ただその忠実さ故、ちょっと自警団ぽい行動になってくるのは気になった。情報収集のやり方といい、人脈含め万能すぎない?スコットの振る舞いや対人態度はが等身大で時にドジだったり不器用だったりするのでギャップが際立つ。
 とは言え、意外な展開を見せて面白かった。警察犬・マギーの忠実さ、可愛らしさも魅力の一つだが、擬人化されすぎず、喜びも悲しみもあくまで「犬」として存在する(当然喋ったりしない)ところがとてもいい。また、ある女性をコールの仲間である傭兵が「知っている」ということの意味は胸を打つ。

約束 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス
東京創元社
2017-05-11



『隣接界』

クリストファー・プリースト著、古沢嘉通・幹遥子訳
 フリーカメラマンのティボー・タラントは、トルコのアナトリアで反政府主義者の襲撃により、看護師として派遣されていた妻・メラニーを失う。ロンドンに戻る為に海外救援局(OOR)に護送されるタラントだが、道中、政府機関の職員だという女性フローと交流する。やがて彼を不可解な事象が襲い始める。
 第一次大戦中に軍から秘密任務を依頼される手品師、第二次大戦中に女性飛行士に恋するイギリス空軍の整備兵、夢幻諸島で興業を試みる奇術師、そして同じく夢幻諸島で一人暮らす女性。様々な世界がタラントの旅路と並行して語られる。時代も場所もバラバラだが、戦争、飛行機、離れ離れになる男女等、登場するモチーフがどこかしら似通っている。そして似通ってはいるが完全には重ならずどこかずれている。それら平行世界が時に隣接し干渉するようなのだ。タラントの世界認識は海外生活をしていたギャップ、そして世界情勢の不安定さにより最初からあやふやなのだが、平行世界の気配により更にあやふやになっていく。それぞれの章に登場する人物やモチーフは、著者の過去作品でも使われたものでもある。これはプリーストユニバースとでも言えばいいのか。

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
クリストファー プリースト
早川書房
2017-10-19


〈プラチナファンタジイ〉 奇術師 (ハヤカワ文庫 FT)
クリストファー・プリースト
早川書房
2004-02-10







『ジャコメッティ 最後の肖像』

 1964年、美術評論家のアメリカ人ジェームズ・ロード(アーミー・ハマー)は著名な彫刻家ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)にモデルを依頼された。ロードは喜んで引き受けるものの、2,3日と思われた制作期間は延々と伸び続ける。監督はスタンリー・トゥッチ。
 トゥッチは俳優としてはもちろん味が合って良いけど、監督としてもいける!コンパクトにまとめられたなかなかの佳作だった。芸術家の苦悩を描くというと重苦しいイメージを持たれがちだが、本作は予想外に軽やか。もちろんジャコメッティは真剣に悩んでいるしロードはなかなか帰国できずに疲労困憊していくが、どこかユーモアがある。評論家故か、ロードの視線が一歩引いたもので俯瞰性があるのだ。ジャコメッティはモデルをするロードに、冷酷そうな顔だ人殺しっぽい云々と結構ひどいことを言うのだが、ロードは「それはどうも」と流す。ジャコメッティとしてはけなしているつもりはない、おそらく(失礼には違いないが)彼流のユーモアであるということを汲んでいるのだろう。また延々と伸びる拘束期間に困りつつも、状況の奇妙さを面白がっているように見える。演じるハマーの戸惑い顔、困り顔に妙なおかしみがあり、適役なのも大きい。
 ジャコメッティには妻がいるが愛人がおおっぴらにアトリエに出入りしていたり、妻もジャコメッティの友人でモデルを務めた矢内原伊作と関係があったりと、周囲の人間関係は結構混沌としている。当人たちはそれほど気にしていないけどこれって面白いよな、という客観的なツッコミ目線をロードが担っているのだ。このツッコミ感のおかげで、泥沼状態もさほど陰湿に見えない。よく考えると、愛人にはぽんと車を買ってやるのに妻には何も買ってやらない(コート1着しか持っていないと言ってたし)し自宅も荒れたまま放置しているジャコメッティは夫としては大分ひどいんだけど。
 ジャコメッティの制作がいつまでも終わらないのは、対象と自分、自分と自分との対面に集中してしまい回答が見えないからだろう。愛人の存在、またそれによる家庭内の混乱は、自分にコントロールできない要素を招き入れようとする行動にも思える。自分の外からやってくるものが必要なのだ。終盤、ロードが試みる奇策があっさりと成功するのは、それがジャコメッティの「外」からの視線だからだ。そんなことでよかったの?!と呆気にとられるが、そんなもんだよなー!とも。褒めるのって大事・・・。
 なお、ジャコメッティのアトリエの再現度は相当高いと思う。以前、写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンが撮影したアトリエのジャコメッティの肖像と、撮影当時を記した随筆を読んだことがあるのだが、やっぱり寒くて湿っぽかったようなので、本作の印象に近いのでは。

ジャコメッティの肖像
ジェイムズ ロード
みすず書房
2003-08-23


ジャコメッティ
矢内 原伊作
みすず書房
1996-04-20




『キングスマン ゴールデン・サークル』

 イギリスの諜報機関キングスマンの拠点が、謎の組織の攻撃を受けて壊滅し、メンバーも次々消されていった。残されたのは一人前のエージェントとして活躍するようになったエグジー(タロン・エガートン)と技術担当のマーリン(マーク・ストロング)のみ。2人は同盟関係にあるアメリカの諜報機関ステイツマンに協力を求める。キングスマンを攻撃した組織は、、ポピー(ジュリアン・ムーア)率いる麻薬組織・ゴールデン・サークルだった。監督はマシュー・ヴォーン。
 小道具やキャラクターは相変わらず楽しいし、これはとっても萌えそう!というシチュエーションも多々あるのに、実際に見てみると今一つ気持ちは盛り上がらない、まあ退屈ではないけど・・・というのは前作と同じ(私にとって)。ある意味安定のマシュー・ヴォーン監督作だ。相変わらず悪趣味をおしゃれ感漂う見せ方にしているが、逆にイキってる感出てしまって鼻につく。ただ、音楽の使い方は相変わらず洒落がきいていて上手い。そこがまた鼻につくんだけど(笑)。最近「カントリー・ロード」が作中で流れる映画(『ローガン・ラッキー』とか)をよく見るけど、アメリカ映画界に郷愁の波が来ているのだろうか。
 前作の登場人物が本作でも連投しているが、その大半をとんでもない事態が襲う。ヴォーン監督は、キャラクターを立てた映画を撮っているようでいて、そうでもないなぁとしみじみ思った。キャラクターをあまり大事にしておらず(温存する、死なせないという意味ではなく、バックボーンや「こういう人」という部分はさほど重視していないという意味)、扱いが雑なように思う。魅力的なキャラクターが多いので正直勿体ない。また、ストーリー展開や伏線の処理も結構大雑把。あるシーン、あるシチュエーションへのこだわりはすごく感じるのだが。映画としては、あまり上手くないんじゃないかと思う。皮肉やブラックユーモアの面白さはあるものの、あくまで単品の「皮肉」「ブラックユーモア」としての面白さであって、映画全体の面白さというわけではない。
 前作はアメリカと闘う話だったが、今回はアメリカと協力、しかも前作で皆殺しにしたような層との共闘になるのが皮肉。キングスマンとステイツマンの組織としての顛末も、これが資本主義・・・って感じで皮肉だ。大英帝国賛歌みたいなシリーズだけど、それは幻だったってことか。
 なお、当然007を意識した作品ではあるが、エグジーは恋人(まさか本当に付き合っていたとは・・・)に誠実でハニートラップは仕掛けないというあたり、今の作品だなという印象。

キングスマン [SPE BEST] [DVD]
コリン・ファース
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2016-07-06




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