3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

2018年01月

『高い窓』

レイモンド・チャンドラー著、村上春樹訳
 私立探偵フィリップ・マーロウは、裕福な老女エリザベス・マードックから、高価な金貨を持ち逃げしたという息子の妻リンダを探してほしいと依頼を受ける。マードックは元々息子とリンダとの結婚には反対で、離婚させたがっていたのだ。マーロウはリンダの友人や、金貨について問い合わせをしてきた古銭商を訪ねて回るが、リンダが金貨を持ち逃げしたというマードックの主張に疑問を持ち始める。
 村上春樹によるチャンドラー新訳。清水俊二訳は以前読んだが、改めて新訳を読むと、こんな話だったっのかという新鮮さ(単にストーリーを忘れているだけでもあるが・・・)。村上訳は、何が起きているのかという状況がより平明に分かりやすい。本作の場合、終盤で一気に「これまでのおさらい」的な説明をされるので、より分かりやすい印象が強くなるのだと思う。他のチャンドラー作品と比べると今一つ印象が薄いと言われがちな本作、最後に一気に解決しすぎなきらいはあるが、謎解きものとして意外といけた。
 本作、マードックという女性の一筋縄ではいかないキャラクターに味がある。マーロウをして「タフ」と評される彼女とマーロウのやりとりは、ぎすぎすしつつもお互いを舐めていない感じが面白い。秘書マールに言わせると「黄金の心を持つ」優しさも備えた人だと言うのが、果たして。彼女の人物像が事件そのものに関わっている。

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
2016-09-08


高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
1988-09-01

『デトロイト』

 1967年の夏、ミシガン州デトロイトでは社会に対する黒人たちの不満が噴出し、暴動が起きていた。暴動が起きてから3日目の夜、アルジェ・モーテルの一室で銃声が響いた。デトロイト市警、ミシガン州警察、ミシガン陸軍州兵らがモーテルに押し入り、ピストルの捜索・押収の為に黒人宿泊客らを拘束する。デトロイト市警の白人警官たちによる強制訊問は一線を越えていく。監督はキャスリン・ビグロー。
 アメリカ史上最大の暴動と言われるデトロイト暴動の最中のある一夜を、当事者への取材を元に描いた作品で、当時の報道映像なども挿入されている。ビグロー監督作の中では一番編集がタイトで緩みがない印象。物語の核心となる一夜の出来事があまりに緊張感張りつめていて目が離せないというのもあるが、その前のシンガー志望のラリー(アルジー・スミス)らの初ステージがおじゃんなる流れ、警備員ディスミュークス(ジョン・ボイエガ)の仕事の仕方、白人警官クラウス(ウィル・ポールター)が商店から出てきた黒人を銃撃する流れ等、群像劇としての手さばきがいい。ラリーの無念さが滲む空席の劇場のシーンや、クラウスの無自覚な差別が不穏さを煽る。「一夜」への前振りをきちんとしているので、モーテルで彼らが顔を合わせた後の展開が更にきつく感じられるのだ。
 クラウスたちはたまたまモーテルにいた黒人たちが銃を所持していると決めつけ、彼らに不当な取り調べ(というより拷問)を行う。同じく宿泊していた白人女性2人に対しても、「黒人と寝た娼婦」と決めつける。彼らは自分たちが差別をしているという意識や、不当な捜査をしているという意識は希薄だ。人間、こいつには何をやってもいいんだという前提が自分の中にあると、本当に何でもやりかねないという恐ろしさを突き付けてくる。1人の警官の思考停止振りには唖然とするが、クラウスなどはむしろ治安の為の正当な行動だと思っているんだろうし、自分内の前提条件に疑問を持たない。クラウスたちが特殊なのではなく、こういう構図に置かれると誰でもそうなりかねない(今まさに自分がそうなっているかもしれない)ということの怖さだ。州兵や州警察は市警がやりすぎだと思っても我関せずで何もしない(それぞれの縄張り争い的なものもあるのだろうが)。はっきりと「人種問題には関わりたくない」と言う人もいる。そこで何か介入しておけば事態は変わったのに!とはがゆくなるが、「我関せず」という態度は自分もやってしまいがちなので非常に耳が痛い。あまり見たくないもの、直面するとしんどい(が考え続けなければならないこと)を延々と見せられるような作品だ。
 昼間は工場の作業員として、夜は警備員として働くディスミュークスは、黒人側と白人側を行き来しつつバランスを保つ。州兵に対して親切に振舞うのも、黒人少年をたしなめるのも、彼の人柄であると同時に処世術としてずっとこういう振舞いをしてきた人なんだろうなと窺えるものだ。モーテルでの彼は警察に協力する素振りを見せつつ、モーテルの客たちへの被害を食い止めようとする。しかし、彼に出来ることはわずかだ。この、「出来ることはわずか」という点が最後まで徹底している。あれだけ耐え忍んだのにこの仕打か!という顛末には、そりゃあ嘔吐もするよな!といたたまれなくなる。エンドロール前の「その後」のテロップで、現在進行形の問題であることが強く意識され更に辛くなる。ビグロー監督は『ハート・ロッカー』でも『ゼロ・ダーク・サーティ』でも辛さを避けなかったが、本作は特にそうだと思う。

ゼロ・ダーク・サーティ スペシャル・プライス [Blu-ray]
ジェシカ・チャステイン
Happinet(SB)(D)
2014-06-03



ゲット・アウト ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
ダニエル・カルーヤ
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2018-04-11

『目撃者 闇の中の瞳』

 新聞記者のシャオチー(カイザー・チュアン)は交通事故に遭い、買ったばかりの中古車を修理に出すハメに。しかし修理の際、その車は9年前にシャオチーが目撃した交通事故の被害者の持ち物だったことがわかる。9年前の事件に疑問を感じたシャオチーは真相究明に乗り出すが。監督はチェン・ウェイハオ。
 サブタイトルの通り、闇の濃いミステリ・サスペンス映画。映像の美しさのせいかどこか幻想的な味わいもあり、大変面白かった。情報の密度がかなり高く、序盤でちらりと出てきたものが後半の伏線に使われる等、目が離せない。
 「目撃者」という題名(原題通り)はとても上手い。誰が誰にとっての目撃者なのか、何を目撃したのかという謎を、幾重にも畳み掛けてくる。視線が何十にも重なっており、その主体が変わるごとに事件の様相ががらりと変わっていく。映画を観ている側にとっても、果たして自分が今まで見てきたものは何だったのか、と愕然とさせられていくのだ。
 物陰からのぞき見するようなショット、車のバックミラーなどへの映り込みなど、他者の視線を感じさせる演出が随所にちりばめられている。その「他者」が何者なのかわからずに不安が煽られていく。自分が見ている景色は見たままのものではなく、全く別の風景を見ている人がいるんじゃないかという予感を常にはらんでいるのだ。
 視線の主体が交代していくにつれ、事件は地獄めぐりの様相を見せてくる。なぜこうなった、という空しい問いが響き、それを呑みこんで更なる地獄を歩んでいくある人物の笑顔が恐ろしくも哀しい。

二重生活 [DVD]
ハオ・レイ
TCエンタテインメント
2016-09-07



共犯 [DVD]
ウー・チエンホー
マクザム
2016-01-08




『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』

 元中国軍の特殊部隊員だった退役軍人レン・フォン(ウー・ジン)は、アフリカ各地を回る輸入業者として第2の人生を歩んでいた。しかしアフリカで内戦が勃発。戦火を逃れ避難しようとするが、現地で馴染の少年の母親が内戦下の工場に取り残されていると知り、再び戦地へと身を投じる。監督・脚本はウー・ジン。
 シリーズ前作『ウルフ・オブ・ウォー ネイビーシールズ傭兵部隊vsPLA特殊部隊』は未見なのだが、特に問題なく見ることが出来た。なおエンドロールを見る限り続編も作られそう(なので、エンドロールは少なくとも途中までご覧になることをお勧めする)。
 とにかくレンが強い!冒頭、とある事情で海に飛び込むところからして、えっ飛びこんじゃうのー!?とびっくりさせられるのだが、全編そんな感じでとにかく何でも自分でこなす。退役のきっかけになった事件も、その現場自体は映されないのだが結果を見る限りレン無双状態だし、1人でどれだけやれるんだ!後半は仲間が増えるが、それにしても強すぎ。
 アクションの精度はとにかくすごく、ウー・ジンの身体能力を存分に堪能できるウー・ジン劇場状態だ。至近距離の肉弾戦はもちろん、銃撃戦やチームで連携しての敵陣攻略等、バリエーションも広い。まさか戦車戦まで持ち出してくるとは・・・。強さがどんどんインフレ状態を起こしていき、段々奇妙な感じになってくる。敵となるアフリカの反政府軍の装備がやたらと充実していて(海外からの傭兵多数雇ってるし火器銃器どころか戦車も大量に保有してるし・・・)、組織の資金源はどこなのか気になってしょうがない。その大量の火器銃器に数人で対応してしまうレンの強さがそもそもとんでもないんだけど・・・。
 ストーリーはかなり大味で、アフリカである必然性はそれほどないし(そもそもアフリカって言っても相当広いのにどのあたりのエリアなのかも示唆されない)、伝染病のエピソードを組み込む必要もあまり感じない。伝染病によって地理的に足止めされるとか、レンの動きに足かせをつけるとかいう目的なのかと思っていたら、レンが強すぎてあんまり機能していないんだよね・・・。とにかく中国は強い!自国民を見捨てない!というメッセージは一貫しているのだが。



ドラゴンxマッハ! [Blu-ray]
トニー・ジャー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-06-07


『早春』

 公衆浴場で働き始めた15歳の少年マイク(ジョン・モルダー=ブラウン)は、職場の先輩であるスーザン(ジェーン・アッシャー)に憧れる。しかしスーザンには婚約者がいた。片思いを募らせたマイクの行動はエスカレートしていく。監督はイエジー・スコリモフスキ。1970年の作品で日本では1972年に劇場公開されたが、この度デジタルリマスター版で上映された。
 スコリモフスキの青春残酷物語!スーザン側からしたらマイクの暴走は結構怖いし、ストーカー行為に他ならないだろう。とは言え、可愛い後輩でもあるし、本来気のいい少年なんだろうしからかいたくもなる。双方の思いの食い違いが行くところまで行ってしまうのが悲しい。
 少年の片思いの悲劇であると同時に、いきなり「世の中」に放り出されてしまった故の悲劇であるようにも思った。マイクは高校に進学せずに働き始めているので、まだ子供といっていいくらい。女性客の思わせぶりな態度(公衆浴場ってこんなセクハラ三昧の職場なの?!)に混乱しっぱなしだし、職場に両親が来たら無邪気に喜ぶ。まだ大人としての立ち位置を獲得しておらず、スーザンがいるような大人の世界、好き嫌いだけではない人間関係の機微はよくわかっていない。そのよくわかっていなさが、事態をややこしくしていく。思いがまっすぐすぎて、「これは無理目だろ」という引き際を見失っているのだ。そこ、どんなに押しても扉開かないよ・・・!スコリモフスキは近年の『アンナと過ごした4日間』でも、一見不可解で不気味にも見える片思いのありかたを描いた。自分の思いをコミュニケーションに落とし込めない人たちの悲しさがある。
 デジタルリマスター版だからということもあるだろうが、色彩が鮮やか。プールの青色、ペンキの赤色、そしてスーザンの黄色いエナメルコートのコントラストが美しい。

早春 デジタル・リマスター版 [Blu-ray]
ジェーン・アッシャー
復刻シネマライブラリー
2018-03-23


アンナと過ごした4日間 Blu-ray
アルトゥール・ステランコ
紀伊國屋書店
2012-11-24

『声』

アーナルデュル・インドリダソン著、柳沢由実子訳
 クリスマス目前でにぎわうヘルシンキのホテルの地下で、ホテルの元ドアマンの死体が発見される。クリスマスパーティーにサンタクロース役で登場するはずだった男は、サンタの衣装のままめった刺しにされていた。捜査官エーレンデュルは捜査を進めるうち、男の意外な過去を知る。
 クリスマスシーズンで世の中が浮き立っているが、妻とはかなり前に離婚して独り身、娘とはぎこちなく(シリーズ1,2作目で経緯が描かれる)息子とは疎遠なエーレンデュルは所在なさげ。部下に気を使われ、各方面から「クリスマスはどう過ごすんですか?」と何度も聞かれるというもはや反復ギャグのようなやりとりがおかしい。エーレンデュル、自宅に帰るのも気が進まず事件現場のホテルにそのまま泊まってしまうのだからよっぽどである。でも自分では絶対所在なさを認めないのだろう。彼の頑固さと独特の陰気さが魅力となっている奇妙なシリーズだ。
 彼の感じる自分とクリスマスとの無縁さは、被害者が感じていたものでもあるのかもしれない。また、エーレンデュルの過去の傷と、被害者の過去、そしてもうひとつの事件とが呼応していく。共通するのは家族の繋がりの危うさと断ち切れなさだ。すっぱりと諦められれば楽なのに、何で手放せないのかという。登場人物それぞれを、過去から続く傷がすこしずつ浸食し続けているようで痛ましい。

声 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2018-01-12


緑衣の女 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2016-07-10

『わたしの本当の子供たち』

ジョー・ウォルトン著、茂木健訳
 1949年、マークからのプロポーズを機にパトリシアの世界はふたつに分岐した。マークと結婚した世界、結婚を断った世界、彼女は全く異なる人生を歩んでいく。どちらの人生が本当の彼女の人生なのか?
 パトリシアは、マークと結婚した場合もしなかった場合も、全く別のものではあるが喜びと悲しみ、そして子どもたちを得ていく。どちらがより良い、彼女に最適かなど読者にも判断できない(実際。どちらの人生も読んでいてすごく面白い!)。時間の不可逆性、一度に両方は生きられないという切なさが、彼女の人生が進むにつれ切実に迫ってくる。どちらの人生でも彼女は大きなものを得るが、同時に得られなかったもの、失ったものの大きさも迫ってくるのだ。生きていくことは、そういった「やむなし」感と付き合っていくことなんだなと。終盤のパトリシアはある意味、「やむなし」を否定しているとも思えるのだが。
 彼女が生きる2つの世界の歴史は、現実の(読者の)歴史とは少しずつ違う。その少し違う部分が読む側の心にひっかかりをつくっていく。もしかしたら第3のパトリシアがいて、その世界は読者が生きる世界と同一のものかもしれないと。

わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)
ジョー・ウォルトン
東京創元社
2017-08-31


図書室の魔法 上 (創元SF文庫)
ジョー・ウォルトン
東京創元社
2014-04-27


『ライオンは今夜死ぬ』

 南フランスのラ・シオタで映画の撮影に臨む老齢の俳優ジャン(ジャン=ピエール・レオ)。しかし共演者の不調で撮影が延期されてしまう。ジャンはかつて愛した女性ジュリエット(ポーリーヌ・エチエンヌ)を訪ねて古い屋敷にやってくる。既に空き家となった屋敷では、近所の子どもたちが映画撮影をしていた。ジャンも俳優として撮影に加わることになる。監督は諏訪敦彦。
 事前に思っていたのとは別の方向に話が転がるのであれっ?と思ったけど、予想とは違う良さがあった。渋い老人映画かと思っていたら、思いのほか子供映画であり、夏休み映画であり、何より映画の映画である。夏のキラキラした光と色彩がまぶしく(トム・アラリの撮影がいい)、できれば夏休みシーズンに見て気分を盛り上げたかったなぁ。
 冒頭、死にいく人を演じるジャンに対して監督が「死は穏やかのもの」と言うが、それは監督がまだ若いからで、死がそこそこ他人事に感じられるからだろう。もう人生の終盤にいるジャンにとっては、「穏やか」言えるのかどうか微妙だ。彼は死は出会いだと繰り返すが、おそらく出会ってみるまで何だかわからない、「出会い」としか言いようがないイメージなのだ。
 ジャンは実際、ジュリエットという死者と出会う。それは自分の死のリハーサルのようにも見える。実際、ジュリエットは彼を待っていると言うのだから。ジュリエットとの出会いと別れは、子どもたちが撮影する映画の中で更に反復される。死者との出会いと別れを経て最後にジャンが披露する演技は、冒頭のものよりもきっとよくなっている。
 一方、子どもたちにとっての死者は幽霊であり、ゴーストバスターズが退治するものだ。ジャンのセンチメンタリズム等入る隙がない。ジャンの思い出に対して子どもたちは無頓着だし、全然別の世界で生きているようでもある。しかしそこがいい。彼らの傍若無人さに対して、ジャンも自由きままな演技で返していく。子どもによるしっちゃかめっちゃかな指示を無視して演じるジャンに、子どもたちが「演技指導」する、その指導の内容が徐々に具体的になっていく所など愉快だった。子供はわかってくれない!しかし瞬間的に老人とすごく近い位置にいるように見える。

不完全なふたり [DVD]
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
ジェネオン エンタテインメント
2008-02-08






『8年越しの花嫁 奇跡の実話』

 婚約中のカップル、尚志(佐藤健)と麻衣(土屋太鳳)。結婚式の3か月前、麻衣が原因不明の病気でこん睡状態に陥ってしまう。尚志は出勤前に病院に立ち寄る生活を始め、麻衣の回復を祈り続ける。数年後、麻衣は少しづつ意識を取り戻すが、記憶障害により尚志との記憶を失っていた。原作は書籍化もされた実話。監督は瀬々敬久。
 公開されてそこそこ時間がたっているが、劇場には結構人が入っていた。安定して売れる映画というのはこういう映画なんだなーと妙に納得。確かにオーソドックスに手堅くまとめていて面白い。またいわゆる「感動の実話!」にありがちな、過剰に泣かせようという下品さがないのはとてもよかった。
 2人の関係、また尚志と麻衣の両親との関係、尚志と職場の上司や先輩との関係など、この人とこの人はどういう関係なのかを手際よく(ちょっと説明的すぎなきらいがなくもないが)見せていく。序盤、尚志と麻衣が初めてドライブデートをするエピソードは、麻衣が尚志にとってどういう存在なのかを端的に示している。躊躇なく相席を求めたり、気軽に釣り客に声をかけるといったことは、尚志はおそらくやらない(できない)人だろう。彼女は尚志が1人ではやらないことをやる人、それによって尚志の世界を広げていく人なのだ。これを序盤で見せることで、その後なぜ尚志が麻衣を支え続けることができたのか納得できる。なにしろ「待つ」時間が長い話なので、序盤でなぜ待てたのか説得力を持たせないとなかなかきついと思う。
 また、「生まれ直した」麻衣にとって尚志は見知らぬ男であり、本当は怖かったはずだと気付いた後の彼の行動は、やはり彼にとって彼女がどういう存在であるのかよくわかるものだ。麻衣は尚志のこういう所に心を動かされたんだろうなという説得力にもつながる。他にも、尚志に対する麻衣の両親の態度の変化等、人の行動の流れが唐突にならないように、よく配慮されているなと思った。安易な悪役・憎まれ役がいない。
 ただ、回想シーンや幻影を見るシーンなど、ちょっと演出がくどいな、しつこいなという部分もあった。そこまでやらなくても言わんとすることはわかるので、もうちょっと映画を観る側を信頼してほしいんだよね・・・。




64-ロクヨン-前編 通常版DVD
佐藤浩市
TCエンタテインメント
2016-12-09

『爆発の三つの欠片(かけら)』

チャイナ・ミエヴィル著、日暮雅道・嶋田洋一・市田泉訳
 新しい広告やパフォーマンスとして定着した“爆発”を描く表題作をはじめ、ロンドン上空に氷山が出現する『ポリニア』、新しい形状の“死”が観測されるようになった『<新死>の条件』など短編28編を収録。
 ショートショート的なものも含むとは言え28編て多すぎないか?ミエヴィルの長編は練りに練って構築したという印象だけど、短編だとわりと走り書き(とか言うと怒られそうだけど・・・)的、イメージのスケッチ的な書き方のものもあって、これはこれで新鮮だった。映画予告編の脚本を模した作品もあり、ここからどのように膨らむんだろうと想像させる。ミエヴィル作品って具体的に描けば描くほど何を描いているのかわからなくなってくるところがあるな・・・。
 また、SFというよりもファンタジー、怪奇譚的なものが多いのは意外だった。バカンス先の田舎で奇妙な声を聞くようになるという『ゼッケン』はもろに呪いものホラーと言えるだろう。相手かまわず呪ってくるところが実にホラーだ。間借り人の様子がどこかおかしくなる『ウシャギ』も、呪術的な要素が色濃い。作品のクオリティがまちまちなのだが、『ポリニア』『<蜂>の皇太后』『祝祭のあと』あたりがバランスがいい。個人的に好きなのはこれコントだろ!と突っ込みたくなった『恐ろしい結末』、怪獣映画的な『コヴハイズ』。最後に収録された『デザイン』も端正で良い。そして漂うブロマンス感。




ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)
チャイナ ミエヴィル
早川書房
2010-06-30


ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ