3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2017年10月

『7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー』

綾辻行人、歌野晶午、法月綸太郎、有栖川有栖、我孫子武丸、山口雅也、麻耶雄嵩著
 ミステリ小説分野で「新本格」と呼ばれる言葉が生まれて30年。この新本格ミステリブームを牽引した代表的作家らによる記念アンソロジー。
 久しぶりに講談社ノベルスを買った!一時は新本格と言えば講談社ノベルズだったもんなぁ。本格ミステリ自体が下火になっている近年だが、こうして記念企画をやってくれるのはやはりうれしい(が、一時期の盛り上がりを体験している身からすると寂しくもある)。新本格と言えばこの人、という作家が集まり、テーマは「名探偵」だが、それぞれの新本格ミステリの定義や、今本格をやるならこういう手でいくよ、というような技の出し方の差異に、それぞれ作家性が垣間見えて比較すると面白い。最もスタンダードな「本格」をやるのが有栖川と法月。そこから少しずらして小説のフレーム部分で仕掛ける歌野。本格ミステリの構造・機能に着目する我孫子と麻耶(麻耶は相変わらず開き直りなんだかやっつけ仕事なんだかわからないが)。本格に則ったパロディを披露する山口。綾辻が実在の(本作の執筆陣である)作家をキャラクター化したいわば内輪受け作品を出してきたのは意外だったが、これもジャンルへの愛着と作家同士の信頼感の賜物だろうから、ファンには楽しいだろう。我孫子先生の扱いが微妙にぞんざいなのは気になりますが・・・。それ以上に、ある人の扱いがなんだか別格で、えっ何その超絶信頼感・・・これは綾辻先生なりのデレなの・・・?!と衝撃を受けましたね。なお収録作中、私が最も新本格っぽいなと思ったのは歌野作品。






『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』

 高度な知能を得た猿=エイプたちと人類が全面戦争に突入して2年。エイプたちのリーダー、シーザー(アンディ・サーキス)は砦の奇襲を受け、妻子を殺される。砦を襲った軍のリーダー・大佐(ウッディ・ハレルソン)への復讐心に駆られ、シーザーは数名の仲間と共に大佐を追う。監督はマット・リーブス。
 『猿の惑星:創世記』、『猿の惑星:新世紀』に続く3作目で完結編。私は創世記も新世紀も見ていない(さらに言うと元祖『猿の惑星』も細部は記憶にない)のだが、本作単品でも設定はわかるし結構面白かった。もう少し短ければもっと良かったかなと思う。本作、かなり重厚な雰囲気がベースにあるので、所々で挿入されるコメディ的部分が浮いており、余分な部分に見えるのだ。
 このシリーズ、SFというよりも神話的な側面の方が強いんだなと本作を見て感じた。前2作はについてはわからないが、本作はエイプたちのエクソダスであり、建国神話だ。人類の話を猿に置き換えました、という感じ。シーザーの思考方法や内面は全く「人」としてのものなので、人類とは別の種の進化過程という感じには見えない。なので、エイプたちもこのまま進化を続けると人類と同じような道を辿るのでは、とも思える。シーザーを特権的な存在にしているのが明瞭な音声を使った言語の習得であり、人類がそれを失いつつあるというのも象徴的。しかし、人間と同じような言語の習得がエイプたちを進化の次の段階に推し進めるのだったら、やはり人類の別バージョンにすぎないのでは?ともやもやした。そういう部分のおおらかさというか、あまり細部を詰めていない感じは、やはり「神話」だからだろうなぁ。エイプたちの食糧事情とかもかなり気になったし・・・。
 シーザーの敵として立ちはだかる大佐が、分かりやすく悪人というわけではないところが、作品の厚みを加えている。大佐の造形は、コンラッドの小説『闇の奥』のクルツや、フランシス・フォード・コッポラ監督『地獄の黙示録』のカーツ大佐(そもそも『地獄の黙示録』は『闇の奥』を下敷きにしているので当然ではある)に通じるものがある。カリスマのあるイカれた人に見えるが、イカれた人なりの理論があってそこは筋道が通っている。ハレルソン、最近ちょいちょいいい味を出してくるが、本作の役はかなり怖かった。

猿の惑星:新世紀(ライジング) [Blu-ray]
アンディ・サーキス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2015-11-25

猿の惑星:創世記(ジェネシス) [Blu-ray]
ジェームズ・フランコ
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2014-09-03

『エイリアン コヴェナント』

 地球が滅びつつある時代、人類移住計画を託された宇宙船コヴェナント号には、コールドスリープ状態の乗組員の他、長い航海の間、船の管理を任されているアンドロイド・ウォルター(マイケル・ファスベンダー)が乗船していた。しかし船にトラブルが起き、乗組員たちは予定外にコールドスリープを解除される。人間からと思われる信号を辿り未知の惑星に辿りつくが。監督はリドリー・スコット。
 私はエイリアンの造形とシチュエーション(密閉空間で次々に襲われる系)がとにかく苦手で、エイリアン3部作はTVで放送されている時にちらっと見ている程度(しかし『エイリアンVSプレデター』は劇場に見に行っていることを思い出した・・・あれはちょっと別枠ですよね)、前作『プロメテウス』は当然見ていない。更にリドリー・スコット監督作品自体が苦手で、はっきりと面白いかつ好きだと思えたのは『オデッセイ』のみ。しかし本作を見た人たちの反応がどうにもおかしなことになっているので、気になって挑戦してみた。
 結論から言うと、エイリアン初心者の目からも「それ、エイリアンいります・・・?」的案件だったように思う。確かに、前3部作におけるエイリアンがいかに生まれたかという話ではあるのだが、それ以外の部分に熱が入りすぎていて、『エイリアン』的部分が取って付けたような作り。ホラー映画のお約束的展開で、意外性もないしなぜいきなりこれを?という疑問ばかり膨らむ。SFとしても『オデッセイ』撮った(まあ原作が良くできていたわけだけど・・・)人とは思えない杜撰さ。近年のSF映画では、未知の惑星に降り立つ時には(大気の成分調査済みであっても)外気を遮断するヘルメットの装着はもはやセオリーだと思うのだが、本作はいきないノーヘル。これにはのけぞった。上陸後もそれは環境汚染では?逆に宇宙船内を汚染することになるのでは?と突っ込み所がありすぎる。つまり、撮る側がこういう部分はわりとどうでもいいと思ってるんだろうなぁ・・・。
 本作のメインはデイヴィッドの創造主病というか、クリエイションに対する妄執だろう。オリジナリティは持たないはずの「作りもの」が自分の創造主をエサにして新たな創造主になろうとするわけだが、それをエイリアンと絡める必然性て、あまり感じないんだよな・・・。
 なお俳優陣に関してはファスベンダー独り勝ち。ウォルターとデイビッドをちゃんと演じ分けているのには感心した。そもそもファスベンダー以外を魅力的に撮ろうという意欲が見受けられない。

プロメテウス [Blu-ray]
ノオミ・ラパス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2013-07-03





『僕のワンダフル・ライフ』

 ゴールデン・レトリバーの子犬ベイリーは、自分を助けてくれた少年イーサンと固い絆で結ばれていた。やがてイーサンは成長し、ベイリーとはなかなか会えなくなる。ベイリーは寿命を終えるが、イーサンに会いたい一心で生まれ変わりを繰り返すようになる。原作はW・ブルース・キャメロンの小説。監督はラッセ・ハルストレム。
 犬の輪廻転生ってスピリチュアル系にしても大分うさんくさいなー大丈夫かなーと思っていたが、手堅くまとめており老若男女、子供連れでも大丈夫そう。さして犬好きでない私も面白く見た。犬視点のモノローグで話が進むのは一歩間違うとあざとすぎ、人間化しすぎで下品になりそうだが、ぎりぎりのラインで踏みとどまっている。また、冒頭でいきなり「犬生」が一回終了し、あっ野良犬に生まれるってそういうことなんだ・・・とシビアさをさらっと見せてくる。このあたりのさじ加減が上手い。ハルストレムは大概手堅い作品を撮るが、職人気質なのかな。1960年代~現代という時代の動きがそれとなく感じられるあたりも、目配りがきいており手堅い印象だった。
 シビアという面では、人間たちの人生も実はそこそこシビアである。ベイリーはイーサンが大好きなので、ベイリーの目を通して見たイーサンはいつも輝いているように見える。が、ベイリーには理解できなくても、人間である観客の目から見ると不穏な気配が見え隠れする。ベイリーの父親は仕事に不満があり、徐々に酒が手放せなくなってくるのだ。ベイリーや母親への接し方も、特にひやりとするものがある。その顛末は予想通りだが、さらにやりきれない出来事も起きる。結構容赦ないのだ。
 また、転生したベイリーの飼い主になる警官(これは警察犬としてのつきあいなのでペットとは違うが)や黒人女性のエピソードも、犬と人間の関係にぐっとくるもの。それぞれが1本の映画になりそうなのだ。私は動物を飼ったことはないが、犬を飼っている(いた)人ならよりぐっとくるし人間側に共感するんではないかなと思う。
ただ、イーサンとの存在がベイリーにとって特別すぎて、他の飼い主がちょっとかわいそうでもある。どうしても二番手ないしはそれ以下の存在に見えちゃう。まあ愛は平等ではないものなんでしょうが・・・。特に警官とのエピソードなどなかなか渋くて良かったので、勿体ない。

HACHI 約束の犬 (Blu-ray)
リチャード・ギア
松竹
2010-01-27


クライム・ヒート [Blu-ray]
トム・ハーディ
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2016-11-25

『アウトレイジ 最終章』

 韓国滞在中の花菱会幹部・花田(ピエール瀧)がトラブルをおこし、日韓を牛耳るフィクサー・張会長(金田時夫)の手下を殺してしまう。張会長の保護を受け韓国にいた大友(ビートたけし)は花田を追い日本へ。一方、花菱会では会長の野村(大杉漣)と若頭・西野(西田敏行)の間で亀裂が深まっていた。韓国での事件を利用し、張グループもまきこみ花菱会のトップ争いが始まる。監督・脚本は北野武。
 前2作に比べると事件の全容というか、アウトラインがぼやっとしているなという印象。飛び抜けて頭がいい、悪賢い人がいるというよりも、全員そこそこの悪賢さで、小物が小競り合いをしているという印象だ(ただし張は別格の得体の知れなさを維持している)。野村はいくらなんでも組長として脇が甘すぎるように見えるし、それよりは上手であろう西野も、少々行き当たりばったりのように見える。元会社員と生粋のやくざの差が描かれていた。が、彼らの行動は分かりやすいと言えば分かりやすい。欲がはっきりとしており、ある意味単純。そして彼ら自身、相手も同じように欲を持っている、金や権力を志向して行動していると考えている。だからこそ、そこから逸脱していく大友の存在は不可解であり、薄気味が悪いのだろう。
 大友の行動原理はシリーズ1作目から一貫していると言えばしている。昔ながらの任侠道とは言い切れない(そこまで人情に篤くはなさそうだし、興味ない相手には心底興味がない)が、金で動くというわけでもなく、シマを広げたいというわけでもない。既に拠り所を失い、本作では更に幽霊のような存在としてふらふらとうろついているように見える。大友という幽霊が成仏するまでの物語であるようにも見えた。大友の行動原理は彼の内部にしかないので、傍から見たらえっそこで止めちゃっていいの?とあっけにとられるのだ。
 とは言え、悪い奴、悪くて現実的な奴は幽霊の存在など、多少薄気味悪いと思っても気にしないし、幽霊でさえ道具にして生き残りのし上がるのだろう。

アウトレイジ [DVD]
ビートたけし
バンダイビジュアル
2010-12-03


アウトレイジ ビヨンド [DVD]
ビートたけし
バンダイビジュアル
2013-04-12

『エルネスト もう一人のゲバラ』

 1962年、ボリビアからキューバのハバナ大学医学部に留学したフレディ前村エルタード(オダギリ・ジョー)は、キューバ危機の最中にチェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)と出会い心酔していく。やがて祖国ボリビアで軍事クーデターが起きる。フレディはゲバラの部隊への参加を決意する。監督は阪本順治。
 革命という言葉からイメージするような劇的なドラマはなく、1人の青年の大学生活、そして背景となる時代の動きを描く青春ドラマとして見た。特にキューバ危機をキューバはどのようにとらえていたのかと言う、内部からの視線は興味深かった。冒頭、ゲバラが広島訪問をするエピソードがあり、それをわざわざ入れるの?と思ったのだが、ここにつなげてきたのかと。
 青春ドラマとしても大分控えめ、情感抑え目で一見地味な作品ではあると思うし、時代背景をある程度知らないと何が起きているのかわからない(ゲバラがどういう人かということと、キューバ危機くらいは知らないときついかも)所もあるだろう。とは言え、フレディがどのような人であるか、ということはかなり丁寧に描いているように思う。
 フレディの行為に対して同級生が「彼の両親は立派だったんだな」とコメントするシーンがあるが、ああいった行為を親の教育、振る舞いの賜物と見なすんだなとはっとした。そういう感覚って、今はあまりなくなったんじゃないかなと。フレディの言動の端々から生真面目で責任感が強い人柄が窺える。そして、多少経済的に余裕のある、「ちゃんとしたおうち」に育ったということが徐々にわかってくる。
 ただ、彼の真面目さと経済的背景が、裏目に出ることもある。同級生に「君には本当の貧しさはわからないだろう」と言われるシーンがある。同級生はとにかく早く医者になって家族を食わせなくてはならないと必死で、フレディのように学生運動に参加している余裕はない。国のこと、政治のことは生活の余裕あってこそ考えられるということか。フレディは責任感によって行動しているわけだが、相手にとっては施しに見えることもある。そしてこのギャップが、最後にしっぺ返しとなってくるのだ。これは、ゲバラにも通じるものではなかったかと思う。断絶を埋めようとするものだったろう行為が、更に断絶を可視化し深めるものになってしまうのだ。
 フレディは個性が突出していたりカリスマ性があったわけではないが、道端の小石にすぎなくとも善良な一個人として生きようとしたのだろう。しかし、やはり何者かになりたかったんだろうなとも思える。呼び名として与えられた「エルネスト」の名は、与えた側にはさほどの意味はなかったかもしれないが、フレディにとってはやはり大きな意味があった。そこが何だかやるせなくもある。

チェ ダブルパック (「28歳の革命」&「39歳別れの手紙」) [DVD]
ベニチオ・デル・トロ
NIKKATSU CORPORATION
2009-06-12


KT 特別版 [DVD]
佐藤浩市
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
2002-11-22

『ドリーム』

 アメリカとソ連が宇宙開発でしのぎを削っていた1961年。バージニア州ハンプトンのNASAラングレー研究所には、ロケット打ち上げに必要な大量の計算を行う黒人女性のチームがあった。数学の天才キャサリン(タラジ・P・ヘンソン)、管理職志望のドロシー(オクタビア・スペンサー)、エンジニア志望のメアリー(ジャネール・モネイ)はそれぞれ優れた才能を持ちながら、黒人かつ女性であることで理不尽な境遇に立たされ、出世の道も閉ざされていた。監督はセオドア・メルフィ。
 冒頭、警察官とのやり取りの中で、キャサリン、ドロシー、メアリーが3人3様の対応のトラブルへの対応方法を見せる。この人はこういうスタンスなんだ、ということが簡潔によくわかる、上手い演出だ。誰のやり方が正解というわけではなくて、それぞれのやり方がある。そして、3人はお互いにそれぞれのやり方を尊重している。この「それぞれである」ということが、本作全体を貫く一つの柱にもなっているのだ。
 キャサリンたちは、頻繁に大雑把なくくりで括られ、偏見で判断される。黒人だから専門性の高い仕事は出来ない、女性だから働くことには向いていない、といったように。しかしそれらは、世の中が勝手に決めてそういうものだと見なしているというだけで、実際には黒人であろうが白人であろうが、女性であろうが男性であろうが、数学が得意な人も不得意な人もいる。千差万別なはずなのだ。それがなぜ、黒人だから、女性だからとひとくくりにされるのか。世間がそうしているから、これまでそうだったから、という以外の具体的な理由は見当たらない。「これまでそうだったから」ということの無頓着な暴力性は作中でしばしば目にされる。これまでのやり方に準じている側は、それが差別的なことであるとは気付かないのだ。だって「これまでそうだったから」。ドロシーの上司の「偏見があるわけじゃないのよ」という言葉(とそれに対するドロシーの返し)が象徴的だった。
 キャサリンたちが掴み取ったものは、彼女らの突出した才能による「特例」であったという一面は否めない。平等にはまだほど遠いのだ。メアリーの夫が彼女が出世しようとするやり方にイラつくのもわからなくはない(白人たちの土俵で彼らに認めて「もらう」ってことだから)。しかし、彼女らは自分たちの一歩が次の誰かの一歩に繋がる、その一歩が裾野を広げていつか本当に平等が得られるはずだと信じて進むのだろう。キャサリンの両親や教師たちもまた、次の誰かの為にと尽力したのだ。
 音楽と衣装がとても良い作品でもあった。いかにも60年代ぽい楽曲の数々はファレル・ウィリアムズによるものだが、ファレルの職人技を見た感がある。また、女性達のファッションが色とりどりで目にも楽しいし、着ている人のパーソナリティが垣間見える着こなしになっている。ドロシーがスタッフを引き連れて行進するシーンは圧巻だった。

ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち (ハーパーBOOKS)
マーゴット・リー シェタリー
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-08-17


ライトスタッフ [DVD]
サム・シェパード
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-02-02


『スイス・アーミー・マン』

 無人島に漂着したハンク(ポール・ダノ)は絶望して命を絶とうとしていた。その時、波打ち際に男が打ち上げられているのに気づく。男は既に息絶えていたが、死体からガスが出ており動力源になるとに気付いたハンクは、死体をメニー(ダニエル・ラドクリフ)と呼び、共に「故郷」に帰ろうとサバイバルを開始する。監督はダニエル・シャイナート&ダニエル。クワン。
 この題名どういうことなの?邦題かと思ったら原題そのままなの?と思っていたらなるほどそういうことか・・・。文字通り「万能死体」なのだ。突飛なアイディアを思いつくのはもちろんだが、それをちゃんと映像として成立させる、俳優にちゃんと演じさせるという所に呆れたというか感心したというか・・・。予告編の段階でかなりどうかしているのだが、本編がそれを余裕で越えてくる所にすさまじさを感じる。普通、あの予告編だったら一番いい部分使っちゃったんだなって思うじゃん!序の口だった!ラドクリフの死体演技がとにかく素晴らしく、この人間違いなく上手い!(にしてもなぜこんな役を!)と納得させられる。アイディア一発勝負と思いきや、人生といかに向き合うかという話にまで推し進めている。力技ではあるがイマジネーションがさく裂している作品だ。
 ハンクは遭難して孤独の為に狂いそうになる。しかし、無人島で一人きりになる前から、彼は孤独だった。メニーという友人(ハンクの妄想に過ぎないようにも見えるが)を得て初めて、ハンクは自分の孤独さ、誰かと親密な関係を持ちたい、世間一般で言うような「人生を謳歌」するような体験をしたいという欲求に気付いていく。彼はメニーに人生ってこういうものだと話す内容は、実の所自分がそのような人生を送れていなかった、本当はそういう人生に挑戦してみたいんだという願望を持っていたということに他ならない。ハンクは故郷を目指すことで、あったかもしれない、これからありうる人生を掴もうとしているのだ。
 しかしそれに冷や水がかけられる。ハンクとメニーの友情も憧れも、傍から見たら狂気の沙汰であり、ある人にとっては恐怖に他ならない。この展開によりリアリティラインの設定が大分曖昧・混乱気味になっているので、映画全体の構成としてはどうなのかなとは思ったが、こういう展開にしたい、しないとならないという監督の意図もよくわかる。わかるだけに、非常に痛切だった。「やってみたかった人生」をたまたま出来なかった(機会があればできる)人もいるけど、そもそもできない人、そういう人生に縁のない人がいる。そして、そういう人生に縁がなくても、周囲から変人扱いされても、幸せな暮らしというものもやはりあるのだろう。ラストは、世間では理解されないだろうけど、でも幸せだったんだよ!というハンクとメニーの叫びのように見えるのだ。

フランケンウィニー DVD+ブルーレイセット [Blu-ray]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2013-04-17


脳内ニューヨーク [DVD]
フィリップ・シーモア・ホフマン
ポニーキャニオン
2010-07-21


『まほろ駅前狂騒曲』

三浦しをん著
 まほろ市で便利屋を営む多田の元に、高校の同級生・行天が転がり込んで同居生活もはや3年目。地域密着型の便利屋として営業を続ける多田便利軒は、親族の見舞い代行やバスの運行チェック等も相変わらず引き受けている。ある日、行天の元妻が、2人の間に生まれた実の子を便利屋として預かってほしいと依頼に来る。
 シリーズ3作目にして完結編。同題名で映画化もされた(お勧めです)。今回は、行天がなぜ過去を一切口にしないのか、家族と疎遠なのか、子供を忌避するのか、その行動の根っこにある部分が明かされる。多田も行天も家族にまつわる傷を持つが、それぞれ形は違う。その傷を理解できる、共感できる等ということは言わない所が、2人の距離感のある種の折り目正しさを感じさせる(実際の言動はお互い失礼なことばっかりだけど・・・)。多田が行天に対して言えるのは、お前は大丈夫だ、お前を信じているんだということだ。本シリーズ、ユーモラスな中にも苦さ寂しさが滲むのは、過去の変えられなさが常にまとわりつくところにあるだろう。しかし同時に、過去は変えられないが傷は痕が残るとしても塞がる、人生やり直しは出来ないかもしれないが仕切り直しは出来る。行先がほのかに明るいのだ。はるという、問答無用で前を向いている幼い子供の存在にひっぱられてのことであるのはもちろん、これまでのシリーズで登場した人たちがそれなりに、あるいは何となく元気に生きている、その中に多田も行天もいるのだという時間の積み重ねによるところが大きいように思う。

まほろ駅前狂騒曲 (文春文庫)
三浦 しをん
文藝春秋
2017-09-05


まほろ駅前狂騒曲 DVD通常版
瑛太
ポニーキャニオン
2015-04-15

『政と源』

三浦しをん著
つまみ細工の簪職人の源二郎と元銀行員の国政は幼馴染。2人の年齢を合わせて146歳になる長年の付き合いだ。弟子やその恋人がひっきりなしに出入りし賑やかに暮らす源二郎と、妻が娘夫婦の家に行き目下一人暮らしの国政は、身近な人たちのちょっとしたトラブルに関わり合っていく。
おじいちゃんブロマンスだが、さすが著者というべきかツボを押さえており危なげがない。源二郎と国政は性格も価値観も、暮らし方も対称的で一見反りが合わなさそうだ。しかしなぜか馬が合い、お互いの違いも尊重している。頻繁にお互い行き来しているわりには、内面には立ち入らない所があるのは、友情の折り目正しさというか、親友でも他人であるという距離感を弁えているからだろう。そして夫婦もまた他人である。国政と妻との人生終盤になってからの軋轢、というか軋轢があることに国政が全く気付かない所は、「あるある」感抜群なのだが、家族だからという安心感に甘えてきたつけが回ってきたと言うことなのだ。そもそもそれが甘えだと気付いていない所が厄介なんだけど・・・。全般的に源二郎の造形の方がファンタジー寄りで国政の方が実体感あるのだが、自分の身近にどちらのタイプが多いかで見え方が変わってきそう。
政と源 (集英社オレンジ文庫)
三浦 しをん
集英社
2017-06-22


ぐるぐる♡博物館
三浦 しをん
実業之日本社
2017-06-16




ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ