3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2017年09月

『汚れたダイヤモンド』

 強盗を生業とするピエール(ニールス・シュネデール)の元に、長年音信不通だった父が死んだという知らせが入る。アントワープのダイヤモンド商家の二男だった父は、ダイヤの研磨中に事故で指を失い、家族からも見放された。無理に研磨を強いたせいだと父親の境遇を恨むピエールは、伯父ジョセフ一家への復讐と、ダイヤの強奪を計画する。監督はアルチュール・アラリ。
 60~70年代の犯罪映画のような、どこか憂いを帯び、かつ泥臭い雰囲気がある。瞳のアップのけれん味など、昔の犯罪映画っぽいなぁと思った。映像の質感も、ややざらっとした手ざわりで陰影が深く見えるように意図しているよう見える。撮影は監督の実兄トム・アラリなのだが、この人は『女っ気なし』『やさしい人』(ギョーム・ブラック監督)の撮影をしていたのか・・・(本作の前に見た『あさがくるまえに』でも撮影を手掛けていたので、2作続けてアラリ撮影作を見たことになる)。質感は確かに似ているかもしれない。クリアにしすぎない、きれいすぎないさじ加減がちょうどよかった。
 犯罪映画、ミステリとしての側面と並行して、父親と息子という古典的なテーマが一貫して流れている。ピエールの実の父は彼が15歳の頃に失踪しており、実際の所、彼は父親との具体的な関係を築けないまま成長したと言えるだろう。彼は父親の敵討ちのつもりでいるかもしれないが、それは必ずしも根拠のあるものではない。彼の父親的存在として振舞うのは、強盗団のボス・ラシッド(アブデル・アフェド・ベノトマン)。彼とは使うものと使われるもの、教師と教え子という関係ではあるが、ラシッドはピエールのことを相当気に入っているらしく、ピエールもラシッドに懐いていて親子のような親密さを見せる。また、ダイヤモンドのベテラン研磨士リック(ジョス・フェルビスト)はピエールに研磨士としての才能を見出し、彼に自分の技術を伝授する。彼もまた、父親的な存在と言えるだろう。そしてジョセフは倒すべき父とも言えるのだが、ピエールが変化するにつれジョセフもまた変化していく。
 複数の父親的存在は、ピエールが所属する複数の世界それぞれを象徴するものだ。ピエールが立ち位置を変えていくにつれ、其々の父親的存在がピエールにとって占めるウェイトが変化していく。ピエールは最終的にどの父親の世界を選ぶのか。関わりが時間的にも社会的な関係としても一番薄いはずの人物が、ピエールにとっても最も重要な決断を促す、「良き父」として表れるというところが大変面白かった。この人物とピエールは、社会的にはいわゆる深い関係ではない。しかし、何を美しいと思うか、人生において何が大切なのかという深い部分での共感があるのだ。



ハムレット (新潮文庫)
ウィリアム シェイクスピア
新潮社
1967-09-27

『あさがくるまえに』

 17歳のシモンは交通事故に遭い、脳死状態と認定された。医師はシモンが組成する可能性はまずないとして、臓器提供を求めるが、両親は突然の出来事を受け止められない。一方、音楽家のクレール(アンヌ・ドルヴァル)は心臓病が悪化し、移植を勧められていたが、決心しかねていた。監督はカテル・キレヴェレ。
 ある1日、正に「あさがくるまえ」に大きな決断を迫られる2組の家庭を両側から描く。家族を突然亡くした混乱と悲しみや、移植に対する恐怖など、普通と言えば普通のことを描いているのだが、心のゆらぎを丁寧に追っており、通り一遍な感じはしない。思考が硬直したように臓器提供を拒むシモンの父親や、徐々に心が動いていく母親(エマニュエル・セニエ)、2人は別居しているが、悲劇を前にまた支え合う姿を見せる。自分は若者とは言えないのに、他人の臓器を使ってまで延命していいのか迷うクレールの姿や、彼女を思いやりつつも苛立ったり弟への嫉妬を隠せなかったりする息子。クレールとパートナーだった女性ピアニストとの、かつての親密さの名残(しかし今現在でも思いやりは確かにある)も印象深い。
 当事者はもちろんだが、医者や移植コーディネーター(タハール・ラヒム)の心もまた揺らいでいるのだ。シモンについている移植コーディネーターが、臓器提供が決まり医者と喜ぶシーンがある。しかし、あっけらかんと「喜びのポーズ」を決める医者に対して、コーディネーターは若干微妙な表情をする。医者(や移植を受ける側)にとっては喜ばしくても、シモンの家族の心情を想像すると、やった!とは言えないだろう。コーディネーターは両方の側に立っているのだ。
 シモンが早朝に自転車で町を掛ける情景、サーフィンする様や海の中等、はっとするような美しさがあり惹きつけられる。彼を襲う事故のことを思うとその美しさがやりきれないが、日常ってこういうものかもしれないなという気もする。ふいに美しい瞬間が立ち上がるが、その先どうなるかはわからない。美しさも惨酷さもいきなり訪れる。

BIUTIFUL ビューティフル [DVD]
ハビエル・バルデム
アミューズソフトエンタテインメント
2012-01-27


移植医療 (岩波新書)
〓島(ぬでしま) 次郎
岩波書店
2014-06-21

『50年後のボクたちは』

 14歳のマイク(トリスタン・ゲーベル)は同級生からは変人扱いされ、母親はアルコール依存症、父親は浮気中で、悩みが尽きない。ある日、ロシアからの移民だという転校生チック(アナンド・バトビレグ・チョローンパータル)と出会う。2人は夏休みを利用し、古びた車に乗って旅に出る。原作はヴォルフガング・ヘルンドルフ『14歳、ぼくらの疾走』。監督はファティ・アキン。
 2輪車二人乗りシーンがある映画は当たり率が高いというのが持論なのだが、本作も該当した。マイクとチックではなく、マイクと母親の2人乗りなのだが。いいシーンではあるが、背景を考えるとなかなか辛いものがある。一見微笑ましいけど、酔いつぶれた母親を回収しての2人乗りなのだ。マイクの母親はアルコール依存症で治療の為施設に入らなければならないくらいなのだが、マイクは母親のことを疎んではおらず、父親よりは心が通じ合っている。マイクにとっては(困ってはいるが)ユニークで楽しい母親ではある。だからこそ、2人乗りシーンが切ない。親のことは子供にはどうしようもないのだ。マイクの父親は父親で、若い女性と浮気していることを息子に隠そうともしない。せめて見えない所で手繋げよ!
 チックはチックで結構大変な暮らしをしていた雰囲気がある(だから運転やら何やら、自分で出来るようになったんだろうし)が、彼の背景については殆ど言及されない。あくまで、マイクにとっての不可思議であり憧れでもある親友・チックとして存在する。エンドロールのアニメーションは正にマイクにとってのチックなのだろうし、映画を観ている側も、こうであれ!と願わずにはいられない。2人は無謀だが、世の中のあれこれを知らない故の勢いや強さがある。なんだかんだ言って自分たちでなんでもやろうとする、創意工夫があるところも楽しかった。
 2人の旅は、大人びたチックに連れまわされ、マイクが解放されていくように見える。しかし、チックもまた解放されていったのだろう。マイクと一緒の時は10代の少年としてバカ騒ぎできるし、突っ張らずにいられる。終盤、ある告白をするのも、ここでは素を出していいと安心できたからだろう。
 旅によって、彼らの人生で何かが解決したわけではないし、何かが好転するわけでもない。しかし、自分たちはこの先も大丈夫なんじゃないかと2人は思えたのではないか。少なくとも、今いる場所だけが世界ではなく、世界にはもっと広がりがあることが垣間見えたのだ。

消えた声が、その名を呼ぶ [DVD]
タハール・ラヒム
Happinet(SB)(D)
2016-07-02


グッバイ、サマー [Blu-ray]
アンジュ・ダルジャン
Happinet
2017-04-04

『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』

ジェイムズ・リー・バンクス著、濱野大道訳
 イギリス湖水地方で600年以上続く羊飼い一族に生まれ、。オックスフォード大学を卒業後、家業を継いだ著者。1年を通した羊飼いの仕事、伝統的な飼育法と現代のテクノロジーとの兼ね合い、そして湖水地方の四季を語る1冊。
 湖水地方というと美しい自然、伝統的な生活というイメージで見てしまう。でも現地で実際に「伝統的な生活」をしている人からすると、外野が何自然保護とか言ってるんだよ!って話なんだよなぁ。著者の言葉からは、代々の住民の暮らしの場としての湖水地方と、ツーリストにとっての湖水地方のギャップが見えてくる。そこで暮らす人にとっての自然保護と、国や自然保護団体にとっての自然保護は必ずしも一致しないのだ。ツーリストたちが湖水地方を自分たちが発見したもののように扱うのは、元々住んでいる人にとってはやはり奇妙なものだろう。
 著者は幼い頃から羊飼いになるつもりで、学校も途中でドロップアウトした。しかし祖父の引退により父親との関係がぎくしゃくしはじめたことがきっかけで、文学の世界に興味を持ち、オックスフォード大学に進学(学校への不適応や文字を書くことの困難さへの言及からすると、多少発達障害的な部分のある人なのかなという気もする)したという紆余曲折のあるキャリアを経ている。本作、羊飼いの仕事や湖水地方の自然の描写はもちろん面白いのだが、著者と祖父、父親との関係を追う、ビルドゥクスロマンとしての側面もある。祖父という絶対的な親愛と尊敬の対象がいたことで、父親との関係が更に拗れていくのがわかるし、著者本人にもその自覚がある。文学という(家族とは共有しない)自分の世界が出来たこと、進学により一旦家業と距離を置いたことで関係が修復されていくというのは、親子関係のあり方として何かわかる気がする。どこかの時点で自分の核を作るスペースが必要なんだろうなと。

羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季
ジェイムズ リーバンクス
早川書房
2017-01-24






『オン・ザ・ミルキーロード』

 長らく戦争が続くとある村。牛乳配達人のコスタ(エミール・クストリッツァ)はミルク売りの娘ミレナ(スロボダ・ミチャロヴィッチ)に想いを寄せられていた。ミレナは兵士である兄ジャガ(プレドラグ・”ミキ”・マノイロヴィッチ)が帰郷したら兄と一緒に自分とコスタも結婚式を挙げようと計画していた。しかしコスタはジャガの花嫁として迎えられらたイタリア人女性(モニカ・ベルッチ)に恋をしてしまう。監督・脚本はエミール・クストリッツァ。
 クストリッツァ監督作品はペシミスティックな躁状態とでも言うような、独特のテンションがあって大変賑やかで騒々しいが悲劇の予兆を常にはらんでいる印象がある。本作では、コスタが美女2人にモテモテだったり、戦争に慣れきった村の兵士たちが妙に呑気だったり、クストリッツァ作品お馴染みの動物たち大活躍だったり、コメディっぽい要素がふんだんにある。一方で、コスタと花嫁の逃避行は困難極まりないし、理不尽としか言いようがない形で突然大勢が(人間動物分け隔てなく)死ぬ。えっ、この人たちこんなにあっさりと退場しちゃうの?とびっくりするくらいだ。
 そんな理不尽な暴力とファンタジーの世界との間を疾走していくような力技。滝を飛び下りるシーンや雷雨の中の浮遊など、ファンタジーとして本当に美しいのだが、その薄皮一枚向こうには生々しい戦場が広がっている。終盤のある悲劇は、正にこの世の悲惨さとそれを覆うファンタジーのベールの組み合わせとして描かれている。こうでもしないと浮かばれない、とでも言うようだ。
 コスタと花嫁を助けてくれるのは、動物や鳥や虫で、人間は全く手助けしてくれない。人間たちはむしろ2人を引き離そうとするのだ。人間に対する信頼感があまりない世界なのだ。コスタは世捨て人のような存在で、むしろ動物たちに近いのだろう(熊と親しげに接するシーンが印象的だ)。だから、生々しく人間としての生気や欲望を放つミレナとは一緒になれないのだ。花嫁は世捨て人というわけではないが、国も家族も捨てざるを得なかった難民のようなもので、この世にはやはり居場所がないのだ。この世に居場所がない人たちの行き着く先はこれしかないのか、とラストにはやるせない気分にさせられる。

アンダーグラウンド Blu-ray
ミキ・マノイロヴィチ
紀伊國屋書店
2012-04-28


夫婦の中のよそもの
エミール・クストリッツァ
集英社
2017-06-05

『太陽の棘』

原田マハ著
第二次大戦終結直後の沖縄に派遣されることになった、若き精神科医エド・ウィルソン。心に傷を負った大勢の兵士の診察に奔走する中、息抜きは同僚たちとのドライブだった。ドライブ中、沖縄の芸術家たちが作った共同体「ニシムイ美術村」に辿りつき、若き画家たちと交流が始まる。
ニシムイ美術村は実在した共同体だそうだ。それを沖縄駐在のアメリカ人の視点で描く所にひねりというか苦肉の策というかが見える(このあたりは文庫版についている佐藤優の解説が的確だった)。画家たちが抱える怒りはエドにとってわからないものであり、そのわからなさ、共有できなさは沖縄と本土を巡る問題を投影したものでもある。著者にはこれを描き切れるのか、沖縄の外から書いていいのかどうかという躊躇があったのかもしれないが、書き方で回避している。ただ、面白い題材なのだが、(著者の作品全般そういう印象なんだけど)画家たちの作品に対する対峙の仕方や、作品のディティール等の描写が通り一遍であっさりしている。全部予想の範疇内でほどほどに収められている感じで、読みやすいが後に残るものがない。もったいないなぁ。


太陽の棘 (文春文庫)
原田 マハ
文藝春秋
2016-11-10


楽園のカンヴァス (新潮文庫)
原田 マハ
新潮社
2014-06-27


『かつらの合っていない女』

レベッカ・ブラウン著、ナンシー・キーファー画、柴田元幸訳
 日本では小説家として知られているレベッカ・ブラウンと、強烈な色を使って様々なポートレートを描くナンシー・キーファーのコレボレート作品。テーマは設定せずに、キーファーの絵を見てブラウンが文章を書く、というスタイルで制作された作品だそうだ。
 ここにいることの痛みや違和感、生きることへの失意や諦念など、どちらかというとどす黒く、かつ突き刺さる作品が多い(「誰も」など痛切すぎて辛い)。しかし嘆きに溺れるのではなく、ブラックユーモアを交えて客観視する冷徹さをはらんでいる。感情を描くが情に流されないことで作品の強度が保たれているように思う。
 なお、本作の日本での出版に伴うレベッカ・ブラウンと柴田元幸のトークイベントに行ったのだが、大変面白かった。ブラウンが英語で、その翻訳を柴田が日本語での朗読があったのだが、先日見た映画『パターソン』の中で言及されていた「翻訳された詩はレインコートを着てシャワーをあびるようなもの」ということが、残念ながら実感できてしまった。どんなにいい翻訳も、原語とは違うんだよなぁと。詩の場合は韻や語感が大きく関わるので余計にそう感じられるのだろう。

かつらの合っていない女
レベッカ・ブラウン
思潮社
2017-09-11


犬たち
レベッカ・ブラウン
マガジンハウス
2009-04-23

『散歩する侵略者』

 数日間行方不明になっていた夫・加瀬真治(松田龍平)が別人のようになって帰ってきたことに妻・鳴海(長澤まさみ)は戸惑う。同じ頃、一家惨殺事件が発生し、ジャーナリストの桜井(長谷川博己)は事件の生き残りである少女・立花あきら(恒松祐里)を追っていた。そんな桜井に天野(高杉真宙)が声を掛けてくる。自分とあきらは地球を侵略しにきた宇宙人で、桜井にガイドを頼みたいというのだ。一方、鳴海も真治に自分は地球を侵略しにきたと告げられる。原作は前川知大による劇団イキウメの舞台。監督は黒沢清。
 宇宙からの侵略者たちは、人間の「概念」を奪うことで人間らしい振る舞いを獲得していく。概念を奪われた人間はどこか崩れていく。この「概念を奪う→奪われた人はまともでなくなる」という設定はわりとふんわりとしていて、奪われた後どういう影響が出るのかも、人によって違う。なぜこの人のこの概念を?役に立つの?と思う所もあり、なかなか扱いが難しい設定だったのでは。これは映画というよりも、原作の舞台の難点と言った方がいいのかもしれない。同じくイキウメの舞台が原作の映画『太陽』を見た時も私はあまりぴんとこなかったので、もしかしたらイキウメと相性が悪いのかもしれないなぁ・・・。SF的設定の扱いとか終末感の演出が自分と相いれない感じがする(ただ、本作はそういう部分の精密さが求められる類の作品ではない)。
 ただ、真治が牧師(東出昌大)から「愛」の概念を取ろうとする件には笑ってしまったので、このシーンの為だけにでもこの設定でよかったな!と思えた。東出の存在が最早出オチのようだった。彼は決して演技が達者というわけではないんだろうけど、ハマるとものすごい効果を発揮するなぁ。
 脇役の東出のみならず、個々の俳優の存在感、特異さで成立しているような作品だった。主演の松田もまた演技が達者というよりも存在感で魅せる、画面内にいるだけでいい系の俳優という印象だったが、本作を見て、あっこの人しっかりスキルあるんだな!と再発見した感があった。概念を獲得していく度にちょっとづつ立ち居振る舞いが変わっていくのがちゃんとわかる。また、長谷川博己のいるだけで何となくおかしい感じになっていく独自の存在感と身体能力(今回、結構走らされている)も素晴らしい。シリアスなやりとりのはずなのに、彼がやるとどこかユーモラスに見えてくる(声質のせいかなーという気もする)。また、引きこもり青年役の満島真之介のインパクトがすごかった。怪演とも言える。
 身近な人がふっと見知らぬ人になる、あるいは圧倒的な他者が現れるというパターンは黒沢監督作品によく見られるが、本作では全くの異物であった侵略者との間に、何となく親密さのようなもの、何らかの繋がりが生まれていくという所が面白い。夫にある意味擬態している真治と鳴海の組み合わせよりも、そもそも全くの他人でたまたま出会った桜井と天野の組み合わせの方がそれが顕著だった。いやいや相手侵略者だから!と突っ込みたくなるし、桜井も人類が滅べばいいと思っているわけでもない。それでもそこには何らかの繋がりがある。もう損得越えちゃっていると言ってもいいだろう(少なくとも桜井に得はない)。これは、真治が最後に獲得した概念に近いものでもあるような気がするのだ。



ダゲレオタイプの女[Blu-ray]
タハール・ラヒム
バップ
2017-05-03

『三度目の殺人』

 弁護士の重盛(福山雅治)は、殺人前科があり、勤務先の社長を殺したという新たな容疑がかかっている三隅(役所広司)の弁護を担当することになる。社長を殺害後、火をつけたと三隅は自供しており、このままでは死刑は免れないが、動機は曖昧なままだった。重盛は面会と調査を重ねるが、三隅の自供は二転三転していく。監督・脚本は是枝裕和。
 是枝監督は、主語が大きい話を描くのは苦手なんじゃないかなと思った。本作の主人公は重盛だと言っていいし、重要人物はもちろん三隅と言えるだろう。しかし、重盛という個人、三隅という個人の物語になっているかというと、ちょっと違うのではないかと思った。彼らはある思想、観念を表現するための道具であり、手足の代わりのようなものなのではないだろうか。そのせいか、台詞は紋切型が目立ち、「こういう人」というバックグラウンドや人間のディティールには、他の是枝監督作に比べて少々乏しいように思った。会話シーンは概ね退屈なのだが、その中で面白いと思った部分は、重盛と元裁判官である父親のやりとり。距離と不躾さとが混在している感じに、ああ老年の父親と成人した息子のやりとりってこんな感じだろうなという説得力がある。是枝監督の良さ、得意なものは、こういうディティールの部分にあるのだろう。
 本作では真実が曖昧であること、そして司法のシステムの(外部から見た際の)奇妙さが描かれる。真実の曖昧さについては、ご丁寧に「盲人と象」の例えが持ち出され、そういう所はやたらとわかりやすくするんだ・・・とちょっとおかしくなってしまった。しかし、三隅の真実を追求するという部分と、司法システムの奇妙さ・限界を見せる部分とが、一つの映画として意外と噛み合っていないように思った。三隅を巡る部分は多分に不条理劇のようなのだが、司法の不条理とは質が違う。司法の不条理は、物事を処理していく上での合理性が逆に司法の本来の目的から逸れていくという所にあるのだろう。原因がまあわかっていると言える。しかし、三隅の不条理さはそれとは違う。そもそも原因などわからない類のものだ。この2種の不条理さを一緒にしたことで、何とも座りの悪い作品になっているように思った。意図した座りの悪さ(「藪の中」的な座りの悪さは意図したものだろう)ではなく、監督の意図しない部分での噛み合っていなさなのではないか。すっきりしない、ではなく設計されきれていない、という印象だった。絵の魅力に乏しいのも残念。やはり紋切型で、ラストシーンなどなぜそんなベタなメタファーを・・・といっそ不思議なくらい。面白いことは面白かったのだが、あとちょっとでもっと面白くなるはずなのにそれがどこだかわからない、というもどかしさが拭えなかった。



DISTANCE(ディスタンス) [DVD]
ARATA
バンダイビジュアル
2002-06-25

『ダンケルク』

 第二次世界大戦中の1940年、北フランスまで勢力を広げたドイツ軍は英仏連合軍をフランス北部の港町・ダンケルクに追いつめていた。イギリス首相チャーチルは、ダンケルクに取り残された兵士40万人の救出を命じ、5月26日、軍艦の他に民間の船舶を徴収・総動員したダイナモ作戦が発動する。監督はクリストファー・ノーラン。
 IMAX版で鑑賞。自分が見られる上映形態のうち、ノーランが意図した画角に一番近いのがIMAXだということで選んだのだが、正直な所、上下左右、多少切れていても私は気付かなかったんじゃないかな・・・。どうしてもこの画角じゃないと駄目、というほどの絵の説得力は感じなかった。見比べれば色々と違うのかもしれないけど、わざわざ見比べる意欲が沸くかというと今一つ。私がこういう部分にあまり拘らないというのも一因だし、見ていると(内容とか音とか)結構疲れる作品だということも一因。 とは言え、疲れるというのは、それだけ迫力があるということでもある。特に音量、音響のデリケートさはIMAXで見て良かったと思える点だった。爆撃機のエンジン音の迫り方や銃撃の音など、見ていてびくっとするくらい迫ってくる。
 自分にとってノーラン監督の作品は、新作を初見で見ている間はすごく面白いんだけど、再見するとこんなに構成下手だったっけ?間延びしてたっけ?と思うことが多い。語り口があまり上手くないという弱点があるのだ。本作はノーラン作品としては尺がかなりタイトで、こなすべき出来事を短時間に圧縮してどんどん処理していく感じだった。慌ただしさ故に、物「語る」感がわりと薄く、そのおかげで弱点が目に付きにくかったように思う。浜辺の兵士、パイロット、民間船舶という3つの視点が入れ代わり立ち代わり提示されるが、それぞれ時間の圧縮具合が違うので、全体的に何がどうなってどことどこがつながるという流れはわかりにくい。これは意図的なものだろう。あえて俯瞰の「物語」を見せないことで、登場人物たちのその場のことしかわからないという、戦争の只中にいる感じが強まるのだ。
 ダンケルクの救出劇は、イギリスにとって敗退ではあるが人々の勇気と倫理(見殺しには出来ないという)を示した英雄的なエピソードだ。しかしこの出来事の後、戦争は更に激化し、更に大勢の人が死ぬ。登場人物の中にも、この後の命運が危うい人もいる。救出の高揚感は、一時の気休めみたいなものでもある。ラストに映し出される人物の顔がどこか懐疑的な表情にも見えるのは、周囲の浮き立ちに対しての違和感でもあるだろう。

ダンケルク (ハーパーBOOKS)
ジョシュア レヴィーン
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-09-08


フューリー [SPE BEST] [Blu-ray]
ブラッド・ピット
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2015-12-25

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