3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2014年04月

『大人の恋には嘘がある』

 離婚し愛する娘と2人ぐらしをしてきた、マッサージ師のエヴァ(ジュリア・ルイス=ドレイフ)。友人に誘われたパーティで、自分と同じく離婚歴があって大学進学を控えた娘を持つアルバート(ジェームズ・ガンドルフィーニ)に出会う。アルバートと意気投合しデートを重ねるエヴァだが、親しくしている顧客のマリアンヌの元夫が、どうやらアルバートらしいと気付く。マリアンヌの話の中のアルバートはダメ男。エヴァは2人の関係に迷い始める。監督はニコール・ホロフセナー。
 美男美女ではなく、さして若くもなく、華やかな業界にいるわけでもない、ごく普通の中年男女の恋愛を実直に描いた好作だと思う。こういう、普通の人、特に普通の大人の恋愛を面白く描く映画は、日本ではなかなか見られない気がする。正直な所、エヴァはあけすけで、友人とのスカイプのやりとりなどもちょっと「そんなこと言うの?」みたいなところがあり、個人的には仲良くなれなさそう。それでも、アルバートとの関係もマリアンヌとの関係も壊したくなくて結果自爆してしまう心情はわかるし、自分が好きになった人に対する他人からの評価がつい気になってしまうという気持ちもわかる。
 何より、エヴァとアルバートとの、初デートでの距離のとり方や会話の乗せていき方、もう失敗したくないという焦りなど、細かいところに説得力があって面白い。人との相性、この人でいいのかどうかは、結局自分で決めるしかないんだよなという話でもある。
 また、エヴァと娘や娘の友人との関係も面白かった。エヴァは娘の友人と仲がいいのだが、お互いに、親離れしようとしている娘の代わり、そりの合わない母親の代わりにしている節があり、娘に一喝される。娘/親との関係は、自分でなんとかするしかないのだ。エヴァとアルバートにしろ、結局その人との関係は、その人と自分とで何とかするしかないのだろう。
 ちなみにマリアンヌの元妻はアルバートの仕事を馬鹿にしているのだが、むしろアルバートの仕事の方がマリアンヌの仕事(詩人)よりも面白そうだし、私だったら働いてみたいなと思った。エヴァも多分そう思ったんじゃないだろうか。


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『ダブリンの時計職人』

 失業して故郷ダブリンに戻ってきた時計職人のフレッド・デイリー(コルム・ミーニー)。しかし住む所を失い、失業手当ももらえず、車で寝泊りするホームレス生活を送る羽目に。同じくホームレスの青年カハル(コリン・モーガン)と知り合い、彼と接する仲で徐々に元気を取り戻していく。ある日フレッドは、ピアノ教師ジュールス(ミルカ・アフロス)に一目ぼれする。監督はダラ・バーン。
 舞台はアイルランドだが、アイルランド・フィンランド合作作品。ジュールスがフィンランドからの移民という設定にそのへんの事情が反映されているのだろうか。実際、ヨーロッパ圏からの移住が増えているということもあるのだろうが。
 フレッドはホームレス状態ではあるが、身なりを整えるべく苦心している。自分の車には歯磨き、髭剃り用のセットが完備されており、おお機能的!とひざを打ちたくなるシーンもあるのだが、その努力はやはり涙ぐましい。家がない、職がない、ということが、彼からどんどん自信を奪っていくのだ。衣食住足りてなんとやらというのは、本当なんだよなーと痛感する。ジュールスにアプローチするにも、ホームレスだということが引け目になって積極的に振舞えないし(元々シャイそうな人ではあるが)、彼女に自分の境遇を打ち明けることも出来ない。ジュールスの自宅で、整えられた室内にどぎまぎする様は痛ましくもなってしまう。本当はこういう人ではないんだろうなぁという感じが、時計職人としての腕は良さそうなだけに強まるのだ。
 落ち込み気味なフレッドを浮上させるのがカハルだ。ドラッグ依存症という問題を抱えながらも軽やかで、フレッドに人生には楽しい瞬間がある、ということを思い出させていく。フレッドの止まった時間を再び動かすのはカハルだ。ただ、軽やかゆえに足元おぼつかなく、彼が辿る顛末は痛ましい。最期、フレッドはカハルの父親に会いに行くが、今度はフレッドが、カハルの父親の止まった時間を動かしたのだと思う。


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『本日は、お日柄もよく』

原田マハ著
OLの二ノ宮こと葉は、幼馴染の結婚式で、ある女性の祝辞に衝撃を受け感動した。その女性は伝説のスピーチライターと呼ばれる久遠久美。こと葉は久美に弟子入りし、アシスタントとして働き始める。久美の新しい仕事は、政権交代を狙う野党の選挙対策だった。スピーチライターという職業はこんなことをするんだよ、という職業紹介小説であり、意外にも選挙小説という側面もあり、何より、1人の人間が自分の職業を掴む、これが自分の仕事だ!と思えるようになるまでの物語だ。言葉を駆使することは相手の言葉を深く聞くことでもある。久美も、ライバルである天才コピーライターの和田も、一見そうは見えないかもしれないが、そういう姿勢を持った人だ。上手いスピーチと人の心を動かすスピーチは、ちょっと違うのかもしれない。時代背景は日本では政権交代(作中では、当時の政党・政治家の名前は使われていないが、これってあの人だよなーというのはわかる)が盛り上がっていた時期、アメリカではオバマが大統領選に打って出た時期だ。言葉にはわずかかもしれないが世界を動かす力がある、と信じられた時期だったのかもしれない。その後の日本の政情を振り返ると、ただただむなしくなるのですが。


本日は、お日柄もよく (徳間文庫)
ぼくはスピーチをするために来たのではありません

『血の探究』

エレン・ウルマン著、辻早苗訳
1974年。休職中の大学教員である「私」は、オフィスを借りた。隣の部屋は精神分析医のオフィスで、元々「私」の部屋とは続き部屋だったものを、仕切りを作って2部屋にしたのだった。ある日、隣室から精神分析のセッションらしき声が聞こえてきた。患者は若い女性で、養子である自分の出自がわからずに悩んでいたのだ。養父母は彼女の出自に決して触れなかったらしい。「私」は徐々に彼女の話にひきこまれていく。全てが「私」による盗み聞きによって構成されているという一風変わった小説。ミステリといえばミステリ、歴史小説といえば歴史小説か。あの時代にある民族、ある国民であるというのはどういうことだったのか、自分の出自がどの民族であるかということをどう受け止めているのか、日本人にはおそらくなかなか実感しにくいだろうことが、本作には濃密に書かれている。しかし本作を覆う不穏さは、患者にまつわるミステリよりむしろ、「私」が患者に対してどんどん入れこんでいく様にある。その入れこみ方から、「私」が抱えている問題、何をやったのかがちらちらと窺える。「私」は患者に対して自分が見たい物語を見ており、彼女が本当はどんな人なのか、何が彼女にとって幸せなのかということは、知ろうとはしていないのではないかと思った。それは小説を読む行為や映画を見る行為にも言えることなのかもしれないが。結局、自分を読みとるような見方しかできないのではないかと。


血の探求
コリーニ事件

『時間のかかる彫刻』

シオドア・スタージョン著、大村美根子訳
人生に絶望した女性は、15フィートもの高さの盆栽を育てている男性と出会う。彼は、「あなたの望みをかなえてあげよう。ただし、わたしなりのやりかたで」と言った。表題作『時間のかかる彫刻』を含む12篇の物語集。表題作では2人の人間がお互いに歩み寄り、寄り添おうとする瞬間を一風変わった形で描いているが、そのほかの作品も、人と人、主に男女の愛、ないしはその愛が成立しそこなう様を描いているものが多い。スタージョンはパートナーの変遷によって作風が変っているそうだが、この作品集が書かれた時期は、いいパートナーシップが築かれていたのかなという気も。皮肉っぽい「きみなんだ!」や痛切な「ジョリー、食い違う」など、すれ違う人の心のはかなさを感じさせるものも印象に残る。しかし圧巻だったのは、スランプの画家と中世ファンタジー世界の騎士とが入り混じっていく「ここに、そしてイーゼルに」。すごい力技かつ無駄に雄大で笑っちゃうのだが、2つの世界のリンクのさせ方が痛快。


時間のかかる彫刻 (創元SF文庫)
輝く断片 (河出文庫)

『ウィンターズ・テイル』

マーク・ヘルプリン著、岩原明子訳
19世紀のニューヨーク。ギャングたちから逃げていた泥棒・ピーター・レイクは、白馬に助けられる。令嬢ベヴァリーと恋に落ちた彼は彼女と結婚するが、結核に冒されていた彼女はほどなく他界する。再びギャングに追われることになったレイクは、白馬と共に空から落ち、記憶を無くし、更に100年の時間を飛び越えてしまう。映画化され、近々日本でも公開されるというので読んでみた。日本での初版は1987年、当時の解説で既に映画化権が獲得された旨書かれていたので、いやはや時間のかかったこと・・・。しかし本作、これをどうやって約2時間の映画にまとめるんだ?と頭を抱えたくなる。何人もの登場人物がそれぞれの立場でそれぞれの物語を繰り広げて、少しずつ交錯していく。一応レイクが主人公っぽいが、彼が出ないパートも多い。主人公と言えるのは、むしろニューヨークという町そのもののようにも思える。とはいってもなかばファンタジーの世界としてのニューヨークであり、一つの世界の幼年期から青年期、そして終末と再生を描いた神話のようでもあった。これ、本当に映画にして面白くなるのかな・・・。小説だからこそ構成できるタイプの面白さのような気がするんだけど・・・。


ウィンターズ・テイル(上) (ハヤカワepi文庫)
心地よく秘密めいたところ (創元推理文庫 (548‐1))

『5つ数えれば君の夢』

 文化祭を間近に控えた女子校。名物のミスコンをめぐり画策をめぐらせる子、花壇の手入れに余念がない園芸部員、しっかりものの実行委員長、そしてどこか浮世離れしたミスコン候補者。5人の少女たちが織り成す数日間を、アイドルグループ「東京女子流」主演で描く。監督・脚本は山戸結希。
 一部で大絶賛されていた本作。山戸監督の作品を見たことがなかったので、これはいい機会(今まではレイトショー等での上映で見にいけなかった)だと思って見に行ったのだが、うーんこれは・・・ものすごく久しぶりに自分が見るべきではない映画を見てしまったですね・・・。しみじみと、あー自分はこの映画のターゲットではないわーとかみ締める85分間だった。なんでこんなにぴんとこないのかなーと不思議なくらい。
 私にとっては、何をやりたいのか良く分からない作品だった。アイドルグループが主演しているということはアイドル映画で、まずはそのアイドルを好きな人たちに向けられた映画なのだろう。主演の女の子たちを特に魅力的とは思えなかった自分は、完全に映画の対象外である。これは映画のせいではないし東京女子流のせいでもなく、見てしまった私が悪い。
 ただ、アイドル映画であるという部分を置いておいても、キラキラした少女漫画感が気恥ずかしかった。ポエミーなモノローグの多用にはもうおなかいっぱい。女の子である、ということをやたらと前面に出してくる、というのは女性アイドル映画である以上当然なのだが、出し方にとってつけた感があって辟易とした。「女の子なんだから」というセリフには、言われている女子高生側も辟易としているという意図なのかなと思ったけれど、そうも見えなかった。


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青い花(1)

『僕がジョンと呼ばれるまで』

 アメリカ、オハイオ州のある高齢者介護施設。入居者の多くは認知症を患っていたが、日本で開発された認知症改善プログラムを導入することになった。スタッフと入居者が一緒に簡単な読み書きや計算を行なうというものだが、それにより入居者にも変化が生じる。約1年をおったドキュメンタリー。監督は風間直美・太田茂。製作が仙台放送なのでなんでかなと思っていたのだが、認知症改善プログラムの開発者が、「脳トレ」で有名な東北大学の川島隆太教授(ご本人も登場する)だった。本作で実施されるプログラムは、脳トレの応用的な、短期記憶をよみがえらせる効果を狙ったものだそうだ。
 認知症は、患っている本人も辛い(特に初期段階では自分でも記憶や行動がおかしくなっていくのがわかるだけに不安だろう)だろうが、家族など周囲の人間も辛い。その人の記憶、その人らしさを形成していたものが失われていくことや、家族のことを思い出せないことにショックを受ける人は少なくないだろう。本作に出演する家族も、「頭ではわかっているが、つらい」と漏らす。理屈ではしょうがないとわかっていても、自分のことを否定されるような言動をとられるとやっぱり傷つく。認知症改善プログラムは、当人だけでなく家族にとっても希望になるのだ。
 プログラムをこなすことによって入居者の言動が徐々にしっかりとしたものになり、表情も生き生きとしていく様には驚いた。個人差はあるだろうし、痴呆が完全に治るというのではなく、比較的状態のいい(ぼうっとしておらず、話しかけると反応があり会話ができる)時間が長くなる、という程度の改善ではあるが、家族にとっては自分たちの知っている母親であり祖母であったりが戻ってくという喜びがある。自分のことを思い出せなくても、言動にその人らしさがあれば多少ほっとできるのかもしれない。
 また、プログラムを実施してからの方がスタッフの入居者に対する接し方がより生き生きとしたものになる、接しやすくなるという指摘には目から鱗。短期記憶が回復するとスタッフの識別ができるようになったりするという事情もあるだろうが、相手の性格やこれまでどういう暮らしをしてきたどういう人なのか、という部分がより見えてくることによって、「~さんという人」というバックグラウンドを個人としての認識が自然と強まるのだろう。もちろん、認知症が進んだ状態であってもスタッフは誠実な対応をしていたと思うし、施設に不備があったわけではないだろう。それでも、相手の反応の違いによって行動の変化は無意識に生じてくるのかもしれない。


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『HUNGER ハンガー』

 1981年、北アイルランドのメイズ刑務所にIRAのボビー・サンズ(マイケル・ファスベンダー)らが収監された。彼らは政治犯としての権利を主張するがイギリスのサッチャー政権はそれを認めない。サンズたちは抵抗を繰り返すが状況は変わらず、最後の手段としてハンガー・ストライキを実行する。監督は『それでも夜は明ける』が第86回アカデミー作品賞を受賞したスティーブ・マックイーン。本作は2008年の長編デビュー作で、アカデミー賞受賞の後押しがあったのか、今年劇場公開された。
 情報を小出しにしながら全体を構成していく、あのシーンはこういう意味だったのか!と段階を経て気付かせていく手法を好む(し上手い)監督だと思っていたが、デビュー作の本作からしてその傾向は強く出ている。物語の背景は殆ど説明されず、最初は若者たちが刑務所に収監されるらしいことくらいしかわからない。出勤前の男性が自家用車の下をチェックするのも、手の甲が赤く腫れているのも、後からそういうことかと腑に落ちるのだ。
 収監されたIRAメンバーたちの抗議運動は、裸になって毛布1枚にくるまっていたり(囚人服ではなく私服を着させろと冒頭で主張しているので、政治犯なら私服OKってことなんだろうか)、排泄物や残飯を壁に塗りたくったり、尿を通路に流したりといったもの。これ抗議運動になるのか?効果あるのか?と疑問にも思ったが、結局イギリス政府が条件を飲んだそうなので、効果はあったってことなんだろうな・・・。
 ただ、それでも何となく腑に落ちないのは、彼らの抗議運動が抗議の為の抗議に見えてくるからだ。抗議をして条件を飲ませ、その後どうするのか、残された人たちはどうすればいいのかという部分が見えてこない。神父がサンズを責めるのもそういう部分があるからだろう。残された者としては、そんな丸投げされても!とか思わないのかなと気になった。
 ハンガーストライキは食事の拒否なので、続ければ当然体は弱まり死に至る、自殺行為になる。神父がサンズを責めるのは、カソリックである彼らにとって自殺は罪だからということもあるだろう。サンズたちはそんなこと百も承知でやるのだろうが。
 身体に係わる要素が大きく、ファスベンダーの激やせぶりも話題になった本作だが、不思議なことにあまり生々しくは迫ってこない。映像の質感が硬質で、湿度や臭いが排されているからかもしれない。『シェイム』も身体に係わる作品だったが、やはり生身の肉体感はあまり感じなかった。むしろ、本作にしろ『シェイム』にしろ、「わかっちゃいるけどやめられない」みたいな出口のない精神状態の方が強く迫ってきた。これは見る側(私)の素養のせいなのかもしれないが。


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『百舌の叫ぶ夜』

逢坂剛著
新宿で爆弾事件が起き、倉木警部の妻が巻き添えになって死亡した。犯人は過激派グループとみられており、倉木は密かに捜査を続けていた。一方、豊明興業のテロリストと思われる新谷という男を明星刑事が尾行していた。そして、能登半島の岬で記憶喪失の男が発見され、妹と名乗る女と上司と名乗る男によって身元が確認される。有名作品ながらなんとなく読みそびれていたのだが、ドラマ化されるというので読んでみた。お、おもしろい!そりゃ名作認定されるわ!しかも予想外にトリッキーな構成。サスペンス小説と同時に本格ミステリとしての評価が高いのにも頷ける。章番号の付け方がちょっと独特だなーと思っていたら、そういうことか!次章への引きが強く、一気読みだった。30年近く前の作品なのに、一周回って真相の背景がちょっとタイムリーになっているのも面白い。「しかし一度それが実現されると、時代錯誤でもなんでもなくなってしまう。そこが恐ろしいところなのですよ。」


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