3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2014年02月

『ラッシュ プライドと友情』

 1976年のF1チャンピオンシップ。ニキ・ラウダ(ダニエル・ブリュール)とジェームス・ハント(クリス・ヘムズワース)にとっては因縁の対決だった。ニュルブルクリンクでの第11戦は悪天候の中開催されたが、ラウダは大事故に遭い、前進に火傷を負う。奇跡的に42日後に復帰したラウダは、彼が不在の間にポイントを稼いだハントとチャンピオンシップを賭けて勝負に出る。ニキ・ラウダとジェームズ・ハント、実在の2人のF1ドライバーの戦いを描く。監督はロン・ハワード。
 ハワード監督の作品を見るのは久しぶりなのだが、やっぱり名匠と言われるだけのことはあるんだな・・・。とても面白かったし、とにかく手際が良くて感心した。省略していい部分の省略の仕方、時間の飛ばし方など思い切りがいいのだが、文脈はちゃんとわかる(ピーター・モーガンによる脚本も良いのだと思う。『フロスト×ニクソン』も面白かったもんなー)。妙な言い方だが、端折り方が抜群に上手い。何より、F1について殆ど知らない私でも、レース中の雰囲気や車輌、コースの状態等がなんとなくわかるように演出されている。最低限ここを見せればそれっぽくなる、という判断が的確なのだと思う。ここが下手だと、説明が冗長になったり、素人目にも嘘くさくなってしまったりするだろう。
 ランダとハントは、性格も嗜好も正反対。ラウダはメカニックとしても優秀で、生真面目な職人気質。ハントは天性のスターで派手好き、享楽的だ。当然2人はそりが合わない。しかし、レーサーとしての才能と情熱は共通している。その1点でのみ、彼らはお互いを理解しあい、ライバルとして認め合う。正に「強敵と書いて友と読む」的な少年漫画スピリッツに溢れていて、気分が盛り上がった。こいつがいるから、こいつに顔向けできるような自分でいたいから踏ん張れる、という感じの意地が双方にあるのだ。ある領域に達した人同士でないとわからない連帯感のようなものが流れている。
 物語の流れがそれこそレースのようにスピーディなのだが、その目まぐるしい中であっても、ラウダとハントがどういう人か、ちょっとした所で見えてくる。経営者の息子であるラウダは「自分に商売は向かない」と父親に反抗していたのに、自分でレース出場の為の資金を集めてくるくらい商才があるあたりは妙におかしかった。えっ商才あるじゃん!と突っ込みたくなる。一方、商売っ気はおろか金銭感覚がユルユルなハントが、それまでのチームが経営難に陥り、レーサーとして自分を売り込まざるを得なくなった時の押しの強さと、チームメイトからの評など、なるほどスターだ!と納得させられるものがあった(でもレースの前には毎回嘔吐しているところも人間らしい)。どちらも、プライベートで付き合うにはかなり難のある人だと思うのだが、それでも魅力的に見える。


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『少女は自転車に乗って』

 10歳の少女ワジダ(ワアド・ムハンマド)は自転車が欲しくてたまらない。しかし、母親(リーム・アブドゥラ)は女の子が自転車に乗ることに反対だった。ワジダはあの手この手で自転車購入費用を稼ぐが、そんな折、学校でコーラン暗唱コンテストが開催され、優勝賞金が出ることになった。ワジダは賞金で自転車を買おうと、コーランの勉強に励む。監督はハイファ・アル=マンスール。
 監督はサウジアラビア発の女性監督で、そもそもサウジアラビアでは映画館の設置が禁止されており、自国で本作を(映画館で)見ることはできない。そんな環境下で本作のような愛すべき作品が生まれたことに驚いた。サウジアラビアの文化的背景ありきの話ではあるものの、さほどそういった知識がなくても楽しめる作品だと思う。映画としての間口が広いのだ。ドラマの作り方や演出はごくオーソドックスで、奇をてらったことはしていない。地に足の着いたところに好感が持てる。
ワジダはいわゆるいい子というわけではなくて、意外とずうずうしくてお金には結構汚い(笑)し、頑固だし、近所の少年に対する態度は時に横暴だったりもする。しかし、彼女の頑固さは(彼女にとって)理不尽な世の中に否という態度でもあるし、ちょっとこすっからいところはその世の中でサバイブしていくための智恵でもある。教師に注意されても頑なにスニーカーを履き続ける姿や、何としても自転車に乗ろうとする(サウジアラビアでは、女性が独りで外出することや乗り物に乗ることは一般的ではない)姿は、清清しく見えるのだ。
 その文化の中にいれば、自然なこととして受け止められるのかもしれないが、外側から見ると、ワジダが住む世界は女性にとって不自由な世界だ。その不自由さに見ていて気が重くなることも。前述の、女性が独りで外出することや自転車・自動車を運転することが不適切だと見なす文化は、なかなかきつい。ワジダの母親は車で3時間かけて仕事に出るが、自分で車を運転することはできないので、他の女性たちと一緒に乗り合いの車と運転手を雇っている。友人がもっと近くの職場を紹介してくれるが、男性と一緒の職場なので躊躇している。また、夫には第二夫人候補(一夫多妻制なので)がいるらしく、最近は家にも帰ってこない。こういう生活が普通なのかと、気分が重くなってしまう。
 ただ、ワシダの母親も、娘の奮闘を見ることで最後、少し変化する。母と娘の物語でもあったのだ。また、ワシダの友人である少年は女性であるワシダにもニュートラルに接し、彼女が自転車に乗る手助けをする。玩具屋の店主も、ワシダの自転車への思いに目くじらを立てたりしない。こういう人たちが、ワシダの未来への希望にもなってくるのだ。


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『言葉と歩く日記』

多和田葉子著
日本語とドイツ語で話し、書く著者が「自分の観察日記」として約4カ月間記録した、旅の日記と言葉についての思索。私は日本語しかわからないので、言語と言語の隙間での迷いや、その擦り合わせみたいなものには、二ヶ国語で読み書きし考えるというのはこういうことかという、目から鱗感があった。他の言語に振れることでネイティブの言語について気づく部分もあるんだなと。また、文化的な面では、著者がヨーロッパやアメリカでは頻繁にシンポジウムや自著の朗読会といったイベントに出席しているところに、日本とは随分事情が違うんだなと思わされた。日本だとそもそも、朗読会という文化が薄いのだろうけど。ごく小さなカフェや書店といったところでの朗読や講演が行われていて、ちょっとうらやましい。


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雲をつかむ話

『ポジティブシンキングの末裔』

木下古栗著
夫婦の元へ警察官が聞き取りに来たが、思わぬ展開を見せる・・・。ショートショートと言ってもいいくらいの作品も含む短編集だが、これは多分、今年読む日本の小説の中では一番の珍作であり難物であるんじゃないか・・・。小説というと、世間一般では物語、何か出来事が起き、登場人物が何を考えどう感じたかということが書かれていると想定されており、読む側も「お話」を期待していると思う。しかし本作は「お話」を目的とはしていない。何かが起こっている状態が書かれてはいるが、何を書くか、ではなくどう描くか、文章をどう使うか、というところにのみ集中されている。話自体はナンセンスだし往々にして下品(下ネタがふっきれていないところが却って下品に見えるというちょっと残念な下品さ)。高尚なことは何もしていないという体で、小説の実験をしている。同じ内容を文章変えて何度も反復するのとかバカバカしくていいよなー。


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いい女vs.いい女

『アイム・ソー・エキサイテッド!』

 スペインのマドリッドからメキシコシティに飛び立った旅客機が、機体トラブルで空中旋回を続けるはめになった。いら立つ客をなだめようと、3人の客室乗務員は歌って踊ってカクテルを振る舞う。しかし、政界・財界の大物と噂があったSM女王、不正がばれて逃走中の銀行頭取、霊能者など、客も曲者ぞろいだった。監督はペドロ・アルモドバル。
 アルモドバル監督は今や名匠扱いされてるけど、本来はこういうクドくて下ネタがえげつない、ポップな作風だったっけなぁとなんとなく懐かしい気分になった。いわゆる端正・洗練路線の人ではないのよね。
 密室群像劇的な面もあるコメディだが、コンパクトに(結構無理やり)纏めており楽しかった。時間も短めなのがいい。私は本来下ネタ苦手な方なんだけど、本作はセックスからスカトロまで下ネタ満載なのにもかかわらず、愉快に笑えた。なんでかなーと色々考えてみたのだが、アメリカのコメディ映画見ていると「下ネタ言っちゃったオレ」的なドヤ顔っぽい感じがしてうんざりすることがある。本作にはそういった気負い、「わざわざやっている」感がなく、ごくごくスムーズに会話の中で展開されていく(当然いちいちドヤ顔しない)。自然なのだ。下ネタが板についている、ってのも変なんだけど、こういう下ネタだと嫌な気持ちにならないんだなぁと改めて発見した気分になった。また、ネタがセックスに関わっていても、男性に対しても女性に対しても性差別的な要素が薄い(と思われる。そう思わない人もいるかもしれない)のも、あまり嫌な気分にならない一因だったかもしれない。
 男性も女性も、ヘテロもゲイもその間の人たちも、等しくシモい。人間の美しい部分も下劣な部分も、キュートな部分もダメな所も、全部ひっくるめて、まーいいじゃない!人間って面白い!って気分になってくる。アルモドバル作品の根底には、人間の多様さ、自由さに対する肯定があると思う。好き勝手にやっている人ばかり出てくるようにも見えるが、だからこそ楽しいし、息をするのが楽な感じがする。


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『新しき世界』

 韓国最大の犯罪組織ゴールドムーンで、組織のナンバー2であるチョン・チョン(ファン・ジョンミン)の元で働くジャソン(イ・ジョンジュ)。チョン・チョンからはブラザーと呼ばれ信頼されていたが、実はジャソンは警察の潜入捜査官だった。ある時、ゴールドムーンの会長が死に、後継者争いが起きる。長年組織を追い、ジャソンを潜入させた責任者である警察のカン課長(チェ・ミンシク)は、この争いを利用して、組織の壊滅を狙った「新世界作戦」を開始する。監督・脚本はパク・フンジョン。
 インファイナルアフェアとアウトレイジビヨンドを足して2で割ってユーモア差し引いたみたいな印象だった。もっとウェットというか、情念が深い。表立って感情表現されるわけではないのだが、皆(潜入捜査という状況的なものもあるけど)、真意を圧し殺し、圧し殺したものがじわりとにじみ出て不穏な雰囲気を煽る。情念が、ドロドロという方向ではなく、鬱々という方向に発されていると思う。チョン・チョンに対して、冷徹になりきるには一緒にいる時間が長すぎた、といった感じのジャソンの思いの残し方が、最後にきいてきた。彼が選びとった「新世界」のなんと皮肉なことか。
 とはいえ、私にとっては面白い、というよりも、面白いんだろうなぁと思いながら見る作品になってしまった。流れがなめらかすぎて、ひっかかりどころがなかったのかもしれない。潜入捜査もの+ヤクザもので起こるであろうイベントが次々と起こるというサービス精神旺盛な作品なのに・・・。流れに乗り損ねたなー。起こるであろうことが全部起こってしまうことで興を殺がれた感もある。また、ちょっと生真面目すぎるかなとも思った。最近の韓国映画で面白かった『悪いやつら』は、シリアスな話だけどやたらと笑いどころも多かった。本作も、ここ笑っていい所だと思うんだけどなーという部分が多々あったんだけど。よくできた映画だけど、自分にとっては見るタイミングが合わなかったかもしれない。


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『小さいおうち』

 昭和11年、田舎から出てきたタキ(黒木華)は、東京の郊外にある赤い屋根の家で、女中として働くことになる。家の主人は玩具会社に勤める平井雅樹(片岡考太郎)。妻の時子(松たか子)、5歳になる息子の恭一が一緒にくらしていた。時子は働き者のタキを信頼するようになり、タキも時子を慕うようになる。ある日、雅樹は部下の板倉(吉岡秀隆)という青年を家に連れてくる。板倉と時子は次第に惹かれあうようになり、タキは心穏やかではなかった。原作は中島京子の同名小説。監督は山田洋次。
 原作の意地悪さというか、うっすらとした悪意みたいなもの、語りの信用できなさみたいなものが、映像化すると失われるのではないかと思っていたが、そうでもなくてほっとした。タキが、親戚の青年・健史(妻夫木聡)の勧めで書いた自叙伝の内容という形式なのだが、タキの主観だという設定が活かされていた。タキがつづる当時の生活は比較的豊かだし、長閑で楽しいもので、戦争の影はなかなか見えない。健史はそれを美化している、嘘を書いちゃだめだと言う。しかし、タキや時子にとっては確かに楽しい生活だったのだ。健史が指摘する戦争直前の暗い時代や戦中の物資の乏しさ、生活の厳しさは、後々、俯瞰して見られるようになったから言えることなのだ。そして、俯瞰すると全体の流れは見えるが、個々の人たちの生活の様々さは見落とされてしまう。どちらも正しいが、あくまで一面なのだ。その時何が起こっているのか、時代がどういう方向に向かっているのかは、そこから離れた地点に行かないとわからない、当事者にはわからないものなのかもしれない。同時に、当事者のことは俯瞰している側にはわからないのだ。
 それにしても、戦争が始まっても平井家もその周囲の人々も楽観的(景気が良くなるという雰囲気があり、時子の姉がデパートがバーゲンやるはずだから行こうとと時子を誘ったりする)、で、当時はこんなものだったのかなぁと拍子抜けすると同時に、怖いなとも思った。状況を判断する材料も限られていたんだろうけど・・・。アメリカへ視察に行って、食事からして違う、勝てないと言っていた社長が、いざアメリカと開戦すると勝つ気になっちゃてたりして、世の中全体がある雰囲気に流されていくようなところが、うっすらと怖かった。
 原作では、タキ個人の時子に対する思い故の欺瞞をはらんだ語り、という側面があったと思うが、映画の方は、歴史的認識の困難さ、大文字の歴史と小文字の歴史とのギャップ故に生じる欺瞞、という方向に振ってきていると思った。山田監督の作家性によるところも大きいだろう。前作『東京家族』よりも断然本気度高い気がした。鼻につくといえば鼻につくかもしれないが、なぜ今この作品か、ということは強く感じられる。
 健史とのパートは余分な気もしたが、ある事象に対する見方のギャップ、また、大文字の歴史でくくれないことがあるという部分の描写の為には、現代との並列が必要だったのだろう。なお、健史のセリフ回しは全然現代的ではないのだが(笑)山田節だからしょうがないんだろうなー。もっとも、「頭はいいのに想像力がない」という皮肉にも、そうなんだよーとあっさり返しちゃうような軽さと屈託のなさがあって、なかなかいい人物造形だったと思う。妻夫木が、まさか山田監督作品に出るようになるとはなぁと感慨深かった。


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『マイティ・ソー ダークワールド』

 『マイティー・ソー』の1年後を舞台とした続編。アスガルドに戻ったソー(クリス・ヘムズワース)は各地の混乱の鎮圧に奔走していた。ロンドンに戻った天文学者のジェーン(ナタリー・ポートマン)は、重力異常の調査をしていたが、調査現場で封じられていたダークエルフの力を宿してしまう。地球滅亡の原因になりかねない力をなんとかしようと、ソーはジェーンを連れてアスガルドに戻るが、力を取り戻そうとするダークエルフたちが襲撃してきた。アスガルドと地球を守る為、ソーは反逆者として幽閉されていたロキ(トム・ヒドルストン)に強力を求める。監督はアラン・テイラー。
 『マイティ・ソー』は最近のアメコミヒーロー映画の中では珍しく主人公に屈託がなく、作風もよく言えばおおらか、悪く言えば大味で、見た後どんな話か思い出せないが好感は持った。今回も相変わらず世界設定が大雑把なのだが、細かいことには拘らないのがこのシリーズのいいところなのだろう。前作に比べると、ソーを演じるヘムズワースにスターのオーラが出てきたし、ロキがまさかの愛されキャラ(ヒドルストンの各所でサービス精神発揮ぶりによるところも大きいんだろうけど)に成長したし、それぞれのキャラクターが固まってきて、気楽に楽しむことができた。アベンジャーズ関連作品は基本的に、キャラクター映画なんだよなぁと再認識もした。そこが楽しいんだけど、キャラクターが固まってくるほどに、一見さんお断りな雰囲気になってくるし、実際何かの続編である、この後も続くということ前提に作られているので、新規顧客獲得という面では悩ましい所だと思う。見に行くにしても、前作見ていない友達とか誘いにくいよね・・・。
 本筋とはあまり関係ないが、ジェーンが冒頭でデート(未遂)していた男性(クリス・オダウド)が何かいい感じの人で、にやにやしてしまった。あんまりにもあんまりなデート中断の後、これまたあんまりなシチュエーションでちゃんと電話で話してくれるなんて・・・何ていい人なんだ!大らかで素敵!私だったらソーよりもこっちと付き合う(笑)。2人が電話している背後で「えっ?えっ?」みたいな顔をするソーも可愛かった。ジェーンの「残念美女」感にも磨きがかかってきて、出てくる人たち全員、何か憎めない。そういえばこのシリーズ、基本的にそんなに嫌な人出てこないよなー。あえて嫌な人といえば、これっていわゆる毒親?老害?なオーディーンだな。そもそもお前がちゃんとしていれば!


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『エレニの帰郷』

 1993年、イタリアの映画スタジオで、アメリカの映画監督(ウィレム・デフォー)が映画を制作していた。物語のモデルはギリシアに生まれた母エレニ(イレーヌ・ジャコブ)。1953年、エレニはトシケントでソ連当局に逮捕され、シベリアに抑留されるが、恋人スピロス(ブルーノ・ガンツ)の子を身ごもっていた。シベリアで知り合ったヤコブ(ミシェル・ピコリ)の手引きで子供をモスクワに送り出す。監督はテオ・アンゲロプロス。本作は『エレニの旅』に続く20世紀を題材とした三部作の2作目になるが、アンゲロプロスは2012年に事故で他界し、本作が遺作となった。
 物語はエレニの過去と息子である映画監督の現在を行ったり来たりする。若い頃のエレニの様子を、老いたエレニが演じることもあり、時間は徐々に曖昧になっていく。同時に、過去と現在が等価であり、一体となっているもののように見えてくるのだ。一方で、本作は20世紀の終わりも舞台にしている。映画監督の娘であるエレニと、祖母であるエレニとの関係は、2人の間で時代の受け渡しがされているようにも思える。時代が継続していること、時代の節目との両方が見て取れるのだ。ラストの少女エレニとスピロスとの姿は、新旧の時代が手を携えていることの象徴だろう。
 故郷のない、あるいは故郷に帰れない人たちが中心にいる。エレニとスピロスは故郷を追われ、亡命するように各々ニューヨークを目指した。ロシア系ユダヤ人らしいヤコブは、シベリアから帰還した後、ベルリンに定住したらしいが「もう故郷はない」と言う。ヤコブの姉が昔住んでいた家を見に行こうとしている、という話も出るのだが、それは彼にとって「故郷」ではないのだろう。じゃあ故郷って何なんだろうとも思わされた。それにしても、エレニにしろスピロスにしろヤコブにしろ、暮らす(というか逃れていく)土地の変遷、移動距離が結構すごいのだが、この年代のギリシア系の人にとっては珍しくはないことなのだろうか。
 以前のアンゲロプロス監督作とは、色合いや光の感触がちょっと変わったかなという印象を受けた。終盤、横たわるエレニの向こう側で窓が開いているショットなど、こんなにドラマティックなライトの当て方をする人だったかなと。


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『はなしかわって』

 特集上映「Hal is Back!」にて鑑賞。ジャズ・ドラマーや映像作家などをする傍ら、建材の輸入事業をしようとしているジョセフ(D・J・メンデル)。橋の上で飛び降り自殺をする人はどんな気分なのかと呟く女性に出会う。彼女を気にかけながらその場を離れ、仕事や私用の為に弟や友人を訪ねて回る。監督はハル・ハートリー。2011年の作品。
 マンハッタンを歩き回るジョセフは妙に人が良く、困っている人がいると(約束の時間が迫っているのに)つい手助けしてしまう。ちょっと寅さんみたいだなと思った。アタッシュケース下げて帽子を被っているからというわけではなく、その人の良さ、色々なところに顔を突っ込んでいくともするとおせっかいな所が。うっとおしがられそうだが、嫌われはしないという得な性格も。もっとも、ジョセフは小器用でいろいろなことが出来る、特に機械の修理は得意だし、女性にもモテそう(笑)。色々なことが得意なのに、なぜか柄でもなさそうな建材輸入で一山当てようとしている所が不思議でもある。ふらふらしているようで、堅実な「普通の社会人」としての成功を夢見ているのだ。
 何より、手放しの優しさとでも言うか、無防備に発揮される優しさが寅さんのイメージと被り、印象に残った。終盤、思わずといった体で道路に飛び出す姿にははっとした。こういう形の優しさのあり方は、ハートリー作品の登場人物には頻繁に見られるものだと思う。
そしてハートリー作品といえば音楽。本作も、音楽が気持ちいい。ジョセフ自らドラムを叩くカントリー風の楽曲も楽しいが、サウンドトラックとして流れる音が心地よかった。


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