3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2013年12月

『2013ベスト本』

続きましては今年1年読んだ本の中で良かったもの10冊。今年はいい海外文学を読めたと思う。

1.双眼鏡からの眺め(イーディス・パールマン)
ある瞬間への切り込み方の深さ、鋭さに唸る。人生の不自由さ、不可思議さ、そして美しさを切り取る傑作中・短編集。

2.フランス組曲(イレーヌ・ネミロフスキー)
大河ドラマの序章となるはずだった作品。途絶えてしまったのがつくづく惜しい。

3.青い野を歩く(クレア・キーガン)
静謐さの下にちりちりと燃える炎があるような。

4.終わりの感覚(ジュリアン・バーンズ)
若気のいたりって、忘れるって恐ろしい。

5.刑事たちの3日間(アレックス・グレシアン)
いい時代小説でありお仕事小説でありミステリでありキャラクター小説。

6.コリーニ事件(フェルディナント・フォン・シーラッハ)
短めながら読み応えあり。過去はなくならない。

7.機龍警察機龍警察 自爆条項機龍警察 暗黒市場(月村了衛)
シリーズ3作セットではだめですか・・・。だって面白いんだもん!もうすぐ新刊出るそうなのでうれしい!

8.失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選(フリードリヒ・デュレンマット)
この世のすべては喜劇である、とでもいうようなブラックユーモア溢れる作品集。怖かった。

9.やがて、警官は微睡る(日明恩)
まっとうな人たちが責務をまっとうしようとするまっとうな小説。そのまっとうさに頭が下がる。

10.悪魔と警視庁(E.C.R.ロラック)
古典本格ミステリとして端正で品が良く、ほっとする。警部の紳士さも素敵。

『2013年ベスト映画』

今日で2013年も終わるので、例年通り2013年ベスト映画を選びました。今年は鑑賞ペースをちょっと抑え目にしてみたつもり(実際、映画祭や特集上映にはあまり行かなかった)ですが、見たいものはそこそこ見られたと思います。

≪洋画≫
1.フライト
今まで相性が悪かったロバート・ゼメキス作品だが今回初めてびっくりするくらい面白かった。出てくる人たちは不真面目なようでいてすごく真面目。(自覚の度合いはともあれ)信仰を持っているということについて考えさせられる。

2.ザ・マスター
「フライト」と同じく、信仰について考えさせられる。その対象を普通の人間に仮託してしまうことの危うさも。映画的としか言いようのないショットが随所にあって、魅了された。

3.わたしはロランス
今年一番の「わたしはこう生きたい、こういうふうにしか生きられない」という叫びを感じた作品。

4.シャドー・ダンサー
これもまた「わたしはこう生きたい」という物語とも言えるが、選択肢の極端な少なさが胸をえぐる。ストイックな作りがよかった。

5.デッドマン・ダウン
娯楽映画ってこういうのでいいんだよ!シナリオの無駄のなさ、情感の控えめさが素晴らしい。

6.孤独な天使たち
ベルトルッチの本質は意外とこういう作品にあるのかもと思った。そしてデビッド・ボウイ楽曲の使い方が最高だった。

7.愛さえあれば
大人のロマンス映画、というと陳腐な言い方になるが、まさに「大人」だった。意外性のないネタも演出の仕方でこうも芳醇になる。

8.東ベルリンから来た女
私の中では「シャドー・ダンサー」と同じ枠の作品。最後、彼女は勝利したのだと思う。

9.リンカーン
オーソドックスな「大作映画」感があった。そしてトミー・リー・ジョーンズのキュートさよ。

10.クロワッサンで朝食を
見ていて、とても丁度いい感じがする作品だった。やりすぎないって重要だと思う。


≪邦画≫
1.さよなら渓谷
人は許されることがあるのか、許せるのかと。息もつけない。

2.フラッシュバック・メモリーズ3D
途中から涙止まらなかったですね・・・。記憶のとどめ方、再生の仕方にこんなやりかたがあるのかと。

3.そして父になる
監督、大当たりを狙いに来たなという感じが(笑)。細かい部分の作り込みに感心した。見た後で色々話し合いたくなる作品だった。

4.ぼっちゃん
見ていていたたまれないが、いたたまれなさすぎて忘れられない。

5.横道世之介
結構長いのに長さを感じなかった!こういう形で人の記憶に残ることがある、ということにぐっとくる。

6.かぐや姫の物語
私の中では「わたしはロランス」と同じ枠に入る作品。しかし本作の方が苦さが深い。高畑監督、恐るべし。

7.はじまりのみち
俳優が皆よく、品のいい作品だった。その道を踏み出す瞬間の美しさよ。

8.舟を編む
これもまた、品のいい映画だった。松田龍平の新たな魅力が全開だった。

9.リアル 完全なる首長竜の日
黒沢清は何を撮っても黒沢清なのだった。

10.チチを撮りに
明らかに低予算の地味な作品だが、オーソドックスさを恐れない良さ。

番外.劇場版銀魂 完結編 万屋よ永遠なれ
ジャンプありがとう・・・サンライズありがとう・・・ともあれ作品の趣旨をよくふまえたいい完結編だったと思う。


*若干訂正しました(12.31 22:35)

『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』

 「魔の国」で魔法をかけたり解いたりする「のろい屋」を営んでいるヨヨ(諸星すみれ)とネネ(加隅亜衣)姉妹。ある日、森に見慣れない建物が出現し、その調査に向かったヨヨは、魔法が存在しない異世界に迷い込んでしまう。監督は平尾隆之。
キャラクターデザイン、総作画監督は柴田由香。少女の姿のヨヨよりも、もっと年長の女性のキャラクターデザインの方がこなれていて魅力があった。子供、幼児(特に幼児)のデザインは体のパーツのバランスが悪くてぎこちない。等身低めのキャラクターが苦手なのかな。ヨヨは幼児~小学生のプロポーションに変化するが、どっちもいまいちこなれていない気がした。ネネやオヨネの方がデザインとして様になっている。
 ヨヨにとっての異世界が観客側の日常世界(舞台は横浜)という、異世界から魔法少女がやってきた!という設定。だがヨヨ視点なので、この世界こそが不思議の世界というわけだ。ヨヨの振る舞いはこの設定上の「お約束」的なものではあるが、だからこその楽しさがある。ちゃんと変身シーンがあったり踊って歌ったりするあたり、正しく「魔女っこ」な感じがする。
 ヨヨは生き物の生き死にに無頓着なのだが(魔の国では生き返りの魔法が使えるので、死に対する危機感はあまりない)、そういう態度を見るとフィクションの中ながら、強い違和感を感じるものだなと妙に感心した。その死による喪失の実感のないヨヨが、喪失が原因となった事件を解決しようとする、その中で一度きりの生を理解していく。また、人間側にとっては、身近な人の死をどう理解していけばいいのか、折り合いをつけていけるのかという、意外とシリアスなテーマが根っこにある。死を棚上げしたことが、事件の発端になっているともいえるのだ。人間世界での「消失」の仕方やその後の様子など、実際の災害を意識したのかなという部分も(こちらが勝手に投影しているだけかもしれないが)。
 私が鑑賞した日は大人客が多かったし、いわゆる児童向けのプロモーションはしていないと思うが、家族連れでも楽しめるスタンダード感のある作品だと思う。色っぽいシーンはあまりないので安心して見られる。少年少女がしっかり頑張るところも、児童向けっぽくてよかった。



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『問いのない答え』

長嶋有著
ツイッターで、様々な問いと答えの順番を変えた言葉遊びにして、ゆるやかに交流する人々。様々な人々のそれぞれの時間を描く群像劇。著者の長編小説『ねたあとに』に登場したゲーム「それはなんでしょう」をツイッター上でやっている人たちが登場する。ツイッターを眺めている時の感覚を文章化しようとしたような作品だ。この人があんなことしてて、あの人はこんなことしていて、という、それぞれ違う生活をしているがネット上の一点では交錯している不思議な感じ。文章の主体はAさんからBさん、そしてCさんを経てまたAさんというふうに移り変わるが、章が変わるわけでもなく、それこそタイムラインを見ているような時間が流れる感じが強調されている。それぞれの人の日々を描く中、ふっと震災後であることが提示されたり、秋葉原事件の犯人について思いをめぐらされたりと、大きな出来事があっても日常は強制的に進行されていくという、ともすると暴力的な側面、そしてそれも飲み込んでいく人の営みの理屈じゃない部分が見えてくる。


問いのない答え
ねたあとに (朝日文庫)

『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』

 何世紀にもわたっていき続ける吸血鬼のアダム(トム・ヒドルストン)とイヴ(ティルダ・スウィントン)は恋人同士。アダムはデトロイトでミュージシャンとして活動し、イヴはタンジールで先輩吸血鬼のマーロウ(ジョン・ハート)と交流していたが、久しぶりにイヴがアダムの元を訪ねてきた。しかしイヴの妹でトラブルメーカーのエヴァ’ミア・ワシコウスカ)が押しかけてくる。監督はジム・ジャームッシュ。
 ヒドルストンとスウィントンが裸で眠る姿はどこか死体のようだ。人間の形をしているけれど人間ぽくない、いいキャスティングだと思う。吸血鬼役の3人はちょっと特殊俳優なんだよね(笑)。特にヒドルストンは今までかっこいいと思ったことがなかったのだが、本作では確かにちょっとかっこいいなと思った。年齢不詳、年代不詳な衣装(そのガウン何十年着てるんだって感じだけど・・・)も似合っている。
 アダムが楽器コレクターで宅録しているというのが、ちょっと昔のサブカルこじらせ青年みたいで笑ってしまった。彼は楽器に限らず物や場所に対する拘りが強いみたいだ。対してイヴはスマートフォンを使いこなし身軽に飛び回る。楽器を手放すことを渋るアダムに「最高の楽器を買ってあげるわ」とさらっと言う思い切りの良さ、軽やかさが対称的だった。イヴの妹エヴァは更に軽やか、というか軽くて無軌道。どうやら吸血鬼たちにとって、彼女の無軌道さや衝動的な振る舞いは見苦しいらしい。しかし、一番生き生きとして見えるのはエヴァだ。
 彼ら吸血鬼は、人間の遺産とされている過去の芸術作品の誕生に多々関与しているという。彼らは文化を愛し、人間をゾンビと呼ぶ。ジャームッシュ作品としては異例なくらい、既存のアーティストに関する言及が多い。ジャック・ホワイトへの言及はジャームッシュの好意が滲み微笑ましいのだが、他の言及は(あれもこれも出てきて節操なく見えるからかもしれないけど)ちょっと鼻についた。つまり、アダムもイヴもスノッブさが鼻につく人ってことなのかもしれないが(笑)。そんな、優雅で文明的な彼らも、最後は本能に立ち返らずにはいられない。結局人間とどっちもどっちだ。そんな、美に徹しきらないおおらかな部分がいい。


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『りんごのうかの少女』

 りんご農家の娘で14歳のりん子(とき)は、家出をして家に寄り付かずにいた。お金がなくなり帰宅したみたものの、不在中に亡くなった父(永瀬正敏)の葬儀の当日。母(工藤夕貴)は激怒し、りん子は家族とりんご農園への嫌悪をさらに深める。監督・脚本は横浜聡子。
監督の故郷である青森県を舞台に、オール津軽ロケ、セリフは津軽弁。津軽弁すぎて何言っているのかわからない部分も結構あるんだが、そんなセリフの中に「てへぺろ」なんて単語が混じっているのは奇妙な感じ。
 岩木山を望む風景や、赤く色づくりんごは美しい。しかし、りん子にとっては全部うんざりとするような情景なのだろう(りん子の父親も、岩木山に見とれて家族にあきれられているけど)。彼女の茶髪も赤いパンプスも、田舎の風景からは浮いているし本人にも似合っていない。ここはいやだ!という彼女の意思表明のように見えた。かといって、彼女がどこか遠く、例えば東京にでも行けばしっくりくるのかというと、多分違うだろう。どこへ行っても自分の居場所がなく、家族とは気まずいというある季節を描いているように思った。りん子が勢いでやらかすある行為は、農家からしたらとんでもないことだけど、彼女にとっては気持ちのやり場がそれ以外ないんだろうなと思える。この土地で育った自分自身を一回消したいという気持ちなのではないだろうか。
 とはいっても、りんごの木は彼女が思うよりも頑丈で、故郷の記憶も彼女から抜け落ちることはない。それが良くも悪くも土地の力というものではないかと思う。それがわかっていて故郷を離れるのと、闇雲に離れるのとは全然違うのだろう。ラスト、ちょっとほっとするのは、りん子もそれがわかったのかなと思えるからだ。
 横浜監督作品としては割とスタンダードな作りで、間口も広め。プロ監督としては正解なんだろうが、『ジャーマン+雨』や『ウルトラミラクルラブストーリー』の無茶さ・野太さを記憶していると、ちょっと物足りなくもある。観客は勝手だ(笑)。主演のときはご当地アイドルグループの一員だそうだが、少なくとも本作見る限りでは全くアイドルっぽさが見当たらないところがすごい。


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『楽隊のうさぎ』

 花の木中学校に入学した奥田克久(川崎航星)は奇妙な「うさぎ」を見かけたことがきっかけで、吹奏楽部に入部する。パーカッションパート配属になった克久は練習に明け暮れ、徐々に音楽の世界に夢中になっていく。原作は中沢けいの小説。監督は鈴木卓爾。部活映画というよりも、真っすぐな音楽映画。楽曲だけでなく、校内の喧騒や風などの屋外のざわめきが常に聞こえていて、音の存在感がある。セリフ以外の音(劇伴ではなくノイズ的なもの)を消していない映画は、世界の広がりが感じられていい。本作は舞台が学校という閉じ気味な場が主なので、外の音が聞こえることで抜け感が出たと思う。
 キャストは、物語の舞台となる浜松市の子供達からオーディションで選出したそうだ。明らかにプロではない動きや発声(笑)の子も多いのだが、その洗練されなさこそがいいなと思った。いわゆるドラマのセリフとしては不自然に聞こえても、その子の佇まいが自然だとそれに納得してしまう。子供達が作中で、俳優としても吹奏楽部としてもどんどん成長していく姿が眩しかった。主人公の克久を演じる川崎は逸材だと思うが、パーカッションの先輩の毅然とした佇まいや、フルート担当の同級生の生真面目さなど、どれも印象深い。部活中にクリームパン食べてる女子がいるあたり最高だ。
 子供達だけでなく、人数は少ないが、大人たちも印象に残る。吹奏楽部顧問教師・森勉(生徒からはべんちゃんと呼ばれている)役の宮崎将は、押し付けがましくない存在感がよかった。指揮している時の微妙な表情の変化(口元に表情が出る人だなぁと思った)に目を引かれた。口数は多くないが、生徒にちゃんと届く言葉を選んで口に出しているのであろう、森の佇まいに合っていたと思う。また、克久の両親を鈴木砂羽と井浦新が演じている。父親が克久に、部活にかわいい女子はいるのか、好きな子はいるのかと聞くと、克久が「それ部活と関係ないじゃん」と答えるやりとりに、親子の部活に対する認識の差異(年齢も)が出ていてちょっとおかしい。この父子、多分そんなに似た者同士ではないのだろうが、それでも仲が悪いというわけでもないし、父親が息子のことをわかろうとしているのがいい(約束をちゃんと守るし!)。
 部活に明け暮れる克久を中心に見ると、なかなか楽しい学校生活に見えるが、それは、彼が学校という仕組みの中で居場所を見つけられたからだ。そこにうまく乗れなかった子にとっては、学校は相当苦しい場になる。うまく乗れない子、部活から離れていく子の存在もちゃんと描いていることにほっとした。生徒全員が居場所を持てる学校というのは、なかなかないのではないかと思うので。


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『特捜部Q -カルテ番号64-』

ユッシ・エーズラ・オールスン著、吉田薫訳
過去の未解決事件を専門に扱うコペンハーゲン警察の新部署「特捜部Q」が活躍するシリーズ4作目。カール・マーク警部補とアシスタントのアサド、ローサは、80年代に起こったナイトクラブのマダムの失踪事件。ほぼ同時期に5人の失踪者がおり、マダムの失踪と関係あるのではとカールは考える。一方、1人の女性がある計画を練っていた。マークたちが調査を行なう現在のパートと、事件の関係者のパートとが交互に配置されているという構成もシリーズの特徴だが、本作も同様。人生をめちゃめちゃにされた女性の復讐劇という面もあり、スリリング。それにしても、ネレ・ノイハウス作品やミレニアムシリーズ、ヘニング・マンケル作品を読んだ時も思ったけど、北欧では意外とナチズムの浸透度が高かったのだろうか。本作で登場する女子収容所や収容者に対する「処置」などフィクションなのかと思っていたら、モデルになった施設が実在していたそうだ。そういうものがまかり通ってしまうことへの怒りも感じられ、いつになく作品の温度が高い感じだった。アサドとローサの活躍度も高まっており、マークの身辺にも変化があったりと、次作への引きも強い。シリーズとしてはすっかり安定路線かな。


特捜部Q ―カルテ番号64― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
特捜部Q ―キジ殺し― 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

『静かな水のなかで』

ヴィヴェカ・ステン著、三谷武司訳
スウェーデンのリゾート地サンドハムン島で、男性の水死体が発見された。死因は溺死、身元もわかり、トーマス・アンドレアソン警部をはじめとする警察は事故死との見方に傾いていた。しかし、男性の従姉妹が殺害され、2つの事件に関連があるのではとトーマスは疑いはじめる。サンドハムン島はスウェーデン内の別荘地のようなところで、風光明美な島。ボートレースなどマリンスポーツも盛んなようだ。その島を舞台としたミステリシリーズの1作目。島の風土も見所だが、陰のあるイケメン、トーマスと、彼の幼馴染で島に住むノラという2人の主人公の造形もいい。特にノラは、銀行法務部に勤めながら子供を育てる母親であり、医者の妻でありと多忙。家柄のいい夫の友人たちの奥様仲間にはいまひとつ馴染めず、キャリアアップに伴う転勤の話があると夫に反対されと、国は違えど身近に感じられる。夫の両親との相性の悪さも、あるある!という感じ。このあたりは女性の視線だなと思った。スウェーデンて女性の社会進出は進んでいる国のはずだが、それでも夫の反応はこんなもんなのかーと(もちろんそうじゃない夫も大勢いるだろうけど)ちょっとがっかり。


静かな水のなかで 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
赤く微笑む春 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

『セッションズ』

 幼少期にポリオにかかった後遺症で、首から下が麻痺し重度の呼吸障害も抱えているマーク(ジョン・ホークス)。それでもストレッチャーベッドで大学に通い、卒業後はライターとして執筆を続けていた。障害者のセックスライフを取材したマークは、自身も愛する女性とちゃんとセックスをしたいと願うようになり、障害者へのセックスサロゲート(代理人)をしているシェリル(ヘレン・ハント)と面談することに。監督はベン・リューイン。
 障害者のセックスというと、ともすると特別なものとして扱われそうだが、本作は普遍的な人と人との対話とセックスに関する物語として、フラットな接し方をしていると思う。直接的なセックスの描写があるからかR18+指定を受けているが、むしろ10代の若者に見て欲しいなというくらいなので、勿体無い。相手の心と体、自分の心と体と、体でも言葉でも真摯に向き合うことの大切さを感じられるのではないかと思う。シェリルが「セックスマニュアルとか(参考にならないので)読まないで!」と言うのには笑ってしまった。
 登場する人たちが皆、ちゃんとしている人たちなので、見ていてほっとする。それぞれが言葉をよく選んで話している感じがするのだ。文筆家かつ体が動かないマークにとって言葉は唯一のコミュニケーションツールであり武器だ。彼が言葉の使い方に敏感なのは当然だろう。使い方が鋭敏なだけでなく、常にユーモアをはらんでいる。
 マークの相談相手となる神父(ウィリアム・H・メイシー)の言葉がどれもいい。決して饒舌ではないのだが、誰かを揶揄するようなことはせず、マークの気持ちを掬い上げ、かつ上から目線にならない。失恋したマークに対してかける、世界ではいつも誰かが傷つけられてしまう(だったかな?)という言葉が心にしみた。軽すぎず、重すぎずなのだ。また、そんなに出番は多くないのだが、マークのヘルパー2人も、ちょっとした会話や身振りに人柄の良さと知性が感じられると思う。


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