3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

2013年10月

『供述によるとペレイラは・・・』

 イタリア文化会館主催のイベント「アントニオ・タブッキ 水平線の彼方へ」での、タブッキ作品原作映画の上映会にて。ファシズムの影がしのびよるポルトガル。新聞社の文芸欄主任ペレイラ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、著名人の死亡記事を事前に書くアルバイトに、1人の青年を雇う。青年の恋人は反ファシズム運動に身を投じているらしい。やがてペレイラも予期せぬ事態に巻き込まれていく。1995年、ロベルト・ファエンツァ監督作品。原作はアントニオ・タブッキの同名小説。
 日本では未公開だったが、主演にマルチェロ・マストロヤンニ、音楽はエンリコ・モリコーネというなかなか豪華な布陣。なお、マストロヤンニの起用はタブッキの指名だったそうだが、元々さほど予算の大きい企画ではなかった為に出演料の高さに難儀し、監督とプロデューサーが自宅を抵当に入れて資金調達したそうだ。タブッキも自腹で援助したそうで、本作にかけた思いが垣間見られる。そもそも本作、びっくりするくらい原作小説に忠実(ナレーションが多い!)という、小説の映画化としては割と珍しい作品なのだ。
 時代背景は、スペインでフランコ政権が台頭し、ヨーロッパでファシズムが蔓延しつつあるころ。反フランコ運動に身を投じる若者たちもいる。ペレイラはそういう若者の1人と知り合い、助けを求められる。ペレイラは文芸欄の担当だから中立なのだ、政治に興味はないと言う。青年の恋人や汽車で行き逢ったユダヤ人女性からは、あなたは何かをできる立場にあるのになぜ何もしないのだとなじられる。彼女らの言葉は耳に痛い。ペレイラの、「自分がやることではない」という他人事感、当事者であることへの面倒くささは、身に覚えがあるものだ。アルバイト青年のように恋人に感化されすぎるものちょっと問題だけど、ペレイラの無関心さも、しっかりしろ!と言いたくなる。そのしっかりしろ!は見ている自分に跳ね返ってくるものだし、見ている側はこの後のヨーロッパがどういう状態になるか知っているから言える(渦中にいたら逆に危機感沸かないかもしれない)のだが。
原作では、ペレイラが自覚がないままどんどん巻き込まれていく、ちょっとホラーっぽさも感じたのだが、映画では、彼がある決意を持って選択し、行動したと感じられる。これは予想外に感動的だった。最後、歩いていくペレイラは若々しくさえ見える。


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『インド夜想曲』

 イタリア文化会館主催のイベント「アントニオ・タブッキ 水平線の彼方へ」での、タブッキ作品原作映画の上映会にて。失踪した友人を探して、フランスからインドへ来たロシニョール(ジャン=ユーグ・アングラート)は、怪しげな宿や修道院、リゾートホテルなどを訪ね歩く。しかし友人の足取りはなかなかつかめない。原作はアントニオ・タブッキの同名小説。監督はアラン・コルノー。1989年の作品だが、日本公開は1991年。
 以前、TVで見たきりでもう一度見てみたいと思っていた作品。原作小説は一人称の、紀行文のようであり、どこか幻想的な雰囲気の作品だが、映画だと実際のインドの風景の中で繰り広げられるので、より観光映画っぽく見える(実際、海辺の風景や寺院の中など美しいシーンが多い)。ただ、どこか夢の中の旅路のような、地が足についていない不思議な空気感が漂っている。以前見た時の記憶が曖昧で、自分が本作のどこをいいと思ったのか覚えていなかったのだが、この地に足の着いていない感じを気に入ったのかなと思った。
 ロシニョールが友人を追っていく、という形だが、実際にはいわゆる自分探しの旅であり(実際、ロシニョールが何者なのかははっきりとしない)、旅に終わりがないのではという予感もする。だから、ロードムービーとしてはどこかとりとめがない。到着地点あってのロードムービーってことかもしれないなと思った。主演のアングラートのナイーブそうなルックスによるところも大きい。
 影、あるいは魂を追い続けるというと、何か不安な気もするが、本作からは足元がおぼつかない感じこそあるものの、不安さ、不吉さはあまり感じない。自分という存在自体がそんなにはっきりしているわけではない(あるいは最初から分裂している)から、不安がってもしょうがない、多少欠けていても物事はなるようになる、とでもいうような雰囲気は、「個人」の世界であるヨーロッパよりはインドの方がふさわしいのかもしれない。



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『夢幻諸島から』

クリストファー・プリースト著、古沢嘉通訳
時間勾配によって生じる歪みが原因で、正確な地図の作成が不可能な世界。その中でも北大陸と南大陸の間のミッドウェー海に点在する列島「夢幻諸島(ドリーム・アーキペラゴ」は独自の生態系や法律を持ち、様々な姿で人々をひきつけてきた。島のひとつひとつを、時には風土記のように、時には新聞記事、あるいは誰かの手記や「お話」のように見せていく連作短編集。読み進めていくうちに、ある芸術家の人生が垣間見えたり、ある殺人事件の真相がほのめかされたりする。が、それが信憑性のあるものなか、肝心なところで曖昧になり、更に列島自体がどういう姿であるのかは、見えそうで見えない。語られているようではぐらかされているという、プリーストお得意の手法だ。物語は常に多面的であり曖昧であるというのが、彼の美学のようなものなのかなとも思う。最初は、プリーストってこういう作品も書くの、と意外に思ったが、読み終わってみるとやっぱりプリーストだなと納得。掴めそうで実体が掴めないところが魅力なのかもしれない。


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『父からの手紙』

小杉健治著
麻美子の父親は10年前、家族を捨て失踪した。しかし麻美子と弟の伸吾には年に1度、誕生日に手紙が届いていた。結婚を控えていた麻美子だが、婚約者が死体で発見され、伸吾が容疑者として逮捕されてしまう。同じころ、刑事を殺した罪で刑務所に入っていた圭一は出所した。殺人の動機が自分でもわからない彼は、その刑事が探っていた、自分の兄が焼身自殺した事件を再び調べ始める。義姉に会おうとするが、彼女は姿を消していた。全く関連ないように見える2つの事件が並行して語られる。どこでどう繋がるのか、そこを確かめたいがために一気読みしてしまう(笑)。ただ、話が面白いのと小説として面白いのとはちょっと違うのね・・・と実感する作品でもあった。現代が舞台の話ではあるが人物造形(特に女性)が妙に古臭いのが特に気になった。どういう境遇になっても「父親」であること、家族であることをやめられない男たちの愛の深さも、この仕立て方ではいまひとつ迫って来ず。


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絆 (集英社文庫)

『オー!ファーザー』

伊坂幸太郎著
高校生の由紀夫にはなぜか4人の父親(自称)がいる。父親につれられてドッグレースを見に行った由紀夫は、1人の男の鞄が盗まれるのを目撃。気になって事件を調べ始めるが、同級生の不登校や幼馴染が巻き込まれたごたごたで右往左往する。著者の作品を久しぶりに読んだが、読めばやっぱり面白いというのは流石。作風変わらないよなぁ。作中にちりばめられた様々な会話の断片、エピソードの断片が終盤で収束していく様には笑ってしまう。キャラクターの(気持ち悪い所や困った人の所も含め)造形のキュートさも含めスカっとする。著者の作品の中でもわりとさらっと読める1作なので、気分転換に丁度良かった。小ネタの伏線敷くのは結構大変そうなので、さらっと読んでしまってちょっと申し訳ない気もするけど(笑)


オー!ファーザー (新潮文庫)
ガソリン生活

『地獄でなぜ悪い』

 ヤクザの組長・武藤(國村隼)は、近く刑務所から出所してくる妻しずえ(友近)の為、娘のミツコ(二階堂ふみ)を主演に映画を製作しようと決意。なりゆきでミツコに恋人の「ふり」を頼まれた青年・橋本(星野源)を監督に据えるが、映画製作の知識などない橋本は、映画監督志望の半田(長谷川博己)を引き入れる。監督は園子温。
 実にばかばかしい!園監督の作品の中では、かなりバカ方向にふっきれて楽しめる作品に仕上がったのではないかと思う。頭でっかちになっていないのは、映画という自分の良く知っている題材だからだろうか。やりたいことを極力やったという感じで、最初テンポが悪い(節々で話の腰を折られる感じで)と思ったが、徐々に調子が出てくる。
 ヤクザが実際の討ち入りを撮影してヤクザ映画を撮るという映画作り映画であり、映画に関する言及も多い。が、その言及の殆どは、映画マニアをこじらせた監督志望・半田によるものだ。商業映画ばっかり撮ってる監督なんてクソだ!金儲けの為に映画撮ってるんじゃないんだ!という半田の叫びは園監督、あるいはインディーズでくすぶっている全ての映画関係者のものなのかもしれない。が、半田は自主制作映画すら作れていない「いつか映画の神様が自分に傑作を撮らせてくれるはず」と信じている人なので、映画業界disには何の説得力もないのだった。誰も見ない自主映画なんて結局自己満足でしかない。「妻に娘の主演作を見せたい」という武藤の動機の方がよっぽど筋が通っているともいえる。当然、本作を作っている監督側も、平田のイタさはわかっていることなのだろう。だから多分に露悪的に見えて、品がいいとは言えない。
 平田はイタいがそのイタさがパワフルすぎて、後半は彼の狂気が映画を乗っ取ってしまう。後半を見ちゃうと前半の流れはまるっといらなかったんじゃないかなーと思ってしまう。橋本の存在が、映画製作に平田を引き入れるためだけになってしまっているのも気になった。もうちょっとうまいことやれば、橋本がいなくても話成立しそう。


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『青い野を歩く』

クレア・キーガン著、岩本正恵訳
主にアイルランドを舞台とした短編集。静謐な文章で淡々と綴られるが、ある地点でがらりと景色が変わる。その静謐さの下にあるのがどういうものだったのか、最初に収録された「別れの贈りもの」では特に痛烈だった。どの作品でも、強烈な感情や劇的な出来事が表に出ているわけではない。しかし、静かなたたずまいの底に深い怒りや苦しみ、そして人それぞれの悲しみや諦念がある。風が吹きすさぶ音が常に聞こえそうな、時に荒々しい風景の描写も、登場人物たちが何かに耐え忍んでいるというイメージを強めていると思う。ほぼ現代が舞台ではあるが、非常に保守的な社会背景も興味深い。これは、生きにくい人は生きにくいだろうなぁ・・・。「波打ちぎわで」(これはアイルランドが舞台ではないが)の主人公の青年の、この場にはいられない、馴染めない、しかし離れるふんぎりもつかないという気分が印象に残る。最後に収録された「クイックン・ツリーの夜」は、そういった社会から徹底してドロップアウトしていく人の姿が神話的でもあった。


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アイルランド・ストーリーズ

『双眼鏡からの眺め』

イーディス・パールマン著、古屋美登里訳
隣人宅の夫婦を覗き見ていた少女が知った実情とは。表題作を含む34篇を収録した短編集。一見ごく普通の日常だが、そんな中に訪れる、人生における決定的な瞬間をとらえた作品が揃う。粒ぞろいで素晴らしい。小説は大抵、誰か、あるいは何かについての物語だが、それがふっと自分のこととして突き刺さってくることがある。そういう読書体験ができる一冊だと思う。著者の出自が反映されているのか、ユダヤ人コミュニティーに材をとった作品も目立つが、そういうローカルな要素を飛び越えて、親身なものとして感じられるものがある。個人的に印象深いのは、戦時下、難民の子供の世話をする団体に勤務する女性を主人公とした「愛がすべてなら」「祭りの夜」「コート」の連作。主人公の変化に、ああそういうふうになったのか!と感慨深かった。また、「規則」「電話おばさん」のような、ぽつねんと、しかし(控えめに)毅然と生きるひとたちの姿にもぐっときた。世の中から少し距離を置いているような、自分の在り方に対するある種の諦念のようなものを抱えて生きる人たちへの、冷静だが親身なまなざしがどの作品にもあると思う。


双眼鏡からの眺め
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『人類資金』

 金融ブローカーを名乗る詐欺の常習犯・真舟(佐藤浩市)の前に、石優樹(森山未來)と名乗る男が現れる。敗戦直後に旧日本軍が隠匿したという「M資金」を管理する財団から迎えに来たと言うのだ。半信半疑だった真舟だが、財団本部で何者かの襲撃を受ける。原作は、脚本にも参加している福井晴敏の同名小説。監督は阪本順治。
 阪本監督作品じゃなかったら見に行かなかっただろうなというくらい、個人的には関心のない題材及び原作者だったし予告編の風呂敷の広げ方にはちゃんと畳めるのかと不安が募ったのだが(笑)、予想していたよりも安心して楽しめた。冒頭30分間くらいは設定説明の嵐でどうなることかと思ったのだが(石橋連司演じる刑事による真舟のプロフィール説明とかちょっとひどい(笑))。
 もっとも、金融サスペンスと銘打っているけど金融かな・・・?と最後まで釈然としなかった(私がこのジャンルに疎いというのも多分にあるが)し、ロシアや東南アジア、国連本部(本作のストーリー上のような経緯で国連本部で釈明するケースって実際にあるのかな?)のロケが売りみたいだけどそれも必要あったのかな?とか、もやーっとしたものは残る。何より、旧日本軍の裏金程度で世界に影響力のある財団が作れるだろうかということがひっかかるのだが(よっぽど運営が上手かったってことなんだろうけど)、これも単に私がそういうものにロマンを感じないということかも。何より、経済力のない小国が世界から無視されない為には、優れたツールを使いこなす優れた人材が国内にいなくてはいけない、結局いわゆる先進国と同じ土俵に立たないといけない、あるいは競合しないといけないという見方も出来てしまうところにひっかかった。おそらく作品の本意としてはそうではないんだと思うが・・・。ローカルはローカルなまま、それなりに国内回していくんでそっとしておいて、という方向にはもう出来ない時代なんだと言われればそれまでなんだけど。
 見ていてわくわくしてくるのは、真舟が自ら「詐欺」をしようとする段になっていからだ。映画としては、フィジカルな要素が大きい方が断然面白い。本作の場合、フィジカルな要素を前面に出せるまでのお膳立てが面倒そうだった。これは題材が映像よりも活字向きだということなのかもしれない。脚本上、かなり苦心してるんじゃないかなと思った。それはそれとして、味のある顔のおじさんたちがぞろぞろ出てきてわやわややっている、というのが阪本監督作品らしくて楽しいし、絵が決まっている。阪本監督作品は、特に大作の場合、盛り上がり所ではないちょっとしたシーンの方が強く印象に残ることがしばしばある。本作でも一番印象に残ったのは、ロシアのホテルで真舟がベットに寝転がり、石が窓辺にもたれているショットだった。森山の「もたれ方」がびしっときまっていたと思う。


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『ジェイコブを守るため』

ウィリアム・ランディ著、東野さやか訳
マサチューセッツ州のある町で、少年が公園で殺される事件が起きた。逮捕されたのは被害者の同級生で14歳の少年ジェイコブ。ジェイコブの父親で地区検事のアンディは、ジェイコブを救う為に奔走するが、地域の中で一家は孤立し、疲弊していく。息子は果たして真犯人なのか、彼を救う手立てはあるのか。法廷サスペンスとしてスリリングであると同時に、親の愛と倫理のせめぎあいを描いており実に見事。主にアンディの一人称で語られるが、親である以上バイアスなしで子供を見ることはできない、しかし検事としてはあらゆる可能性を考えてしまうという葛藤があると同時に、息子の無罪を確信しようとする自己欺瞞が垣間見られる。これが読んでいて居心地の悪さを感じさせる。裁判上追いつめられていく怖さもあるが、アンディのエゴとそのゆらぎ、危うさも怖いのだ。挿入される大審判のやりとりが持つ真の意味にたどり着いた時には、伏線としてのうまさと家族の愛の行きついた先とに震撼した。後味の悪いミステリー、嫌ミスとしても圧巻の出来栄え。


ジェイコブを守るため (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ボストン・シャドウ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 281-2))

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