3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2013年09月

『夏の終わり』

 染色家の知子(満島ひかり)は妻子ある作家・慎吾(小林薫)と長年暮らしている。ある日、かつて知子が夫と子供を捨てて駆け下ちした相手である青年・涼太(綾野剛)が訪ねてくる。原作は瀬戸内寂聴の同名小説。監督は熊切和嘉。
 年上の男と年下の男の間、その間を行ったり来たりする女の三角関係。知子は慎吾にも涼太にもそれなりの愛情がある。慎吾は知子と涼太との関係を許容するが、涼太は慎吾の存在に嫉妬する。若いからというよりも、そういう性分なのだろう。そのくせ、知子の旅行中には慎吾を訪ねて一緒に酒を飲んだりしている。慎吾があまり動じないのは、知子と重ねた時間が長いという自信があるからだろうし、知子にとっても同様だろう。ただ、時間の積み重ねと言えば聞こえはいいが、知子が悟るように慣れということでもある。別に慣れでもいいじゃない(停滞し続けるのも結構気力体力いるし、動き続けるのとはまた別の努力がいるし)とも思うが、知子は停滞せずに変わっていきたいという方向を最終的に選んだのだろう。
 知子を勝手な女だと言う人もいるだろうが、いわゆる悪女という感じではない。良くも悪くも正直で、あまり小細工がない(というかそういうことは不得意なんだろうなーと)。感情が先に立つことが多い人なので、苦手な人は苦手かもしれないが、面白い。涼太との関係が運命的に始まったのに対し、慎吾との関係はなりゆき上みたいなところも、なんだかおかしかった。
 満島、小林、綾野の3人がそれぞれとてもよかった。満島はちょっとセリフ回しが聞き取りにくいのだが、それでもあまり問題がない。仕草や表情の方が雄弁で、具体的に何をどう言ったか、ということがあまり意識に残らなかった。
 俳優もいいが、それ以上に本作のMVPなのは美術面だろう。これ、セットにしろ小道具にしろ作るの楽しかっただろうなぁ。知子宅の室内など入魂の一作という感じだ。舞台は1950年前後なのだが、映画のポスターで舞台となった時代がわかるというところもにくい。


夏の終り (新潮文庫)
海炭市叙景 Blu-ray BOX(Blu-ray Disc)

『死者の声なき声(上、下)』

フォルカー・クッチャー著、酒寄進一訳
トーキーが導入され始めた、1930年、ベルリンの映画スタジオで、将来有望な女優が機材の落下により死亡した。事故と思われたが、ベルリン警視庁殺人課のラート警部は、疑問を持ち独自に調査を開始する。一方で、警視長で政治への野心満々の父から、市長に贈られてきた脅迫状の差出人探しを押しつけられてしまう。前作『濡れた魚』は未読なので、これはラートの過去に色々あるのかな?と気になる部分もあったが、特に問題なく読めた。当時のベルリンの様子、エキゾチックな文化が流入する一方で、徐々にナチスが勢力を増していく(ラートの父親がいずれここに絡んできそうだなーという雰囲気も)様子が垣間見えて、景色を眺めるような面白さがあった。主人公のラートは有能は有能なんだが、組織で働くということ、組織での仕事の仕方をよくわかっていないあたりが、まだ青い。自分が被害者みたいな顔してるけど、それ半分は君に原因があるからね!ほうれんそうって教わらなかったかな~!地の文はラートに寄り添っているので、彼が上司や同僚に対して感じるいら立ちや怒りが綴られるが、その隙間からは上司も同僚もさして否がないという状況が読みとれたりするのだ。ラートがどうやって独りよがりさを克服していくかがシリーズの一つの見どころなのかも。犯人特定に一部偶然に頼りすぎな所があってちょっと気になったが、スリリングで飽きない。


死者の声なき声<上> (創元推理文庫)
濡れた魚 上 (創元推理文庫)

『ストラッター』

 バンドマンのブレット(フラナリー・ランスフォード)は恋人ジンジャーに去られ失意のどん底にいた。更にバンドメンバーが脱退し、ライブもままならない。ジンジャーがブレットにとってのカリスマミュージシャン・デイモン(ダンテ・ホワイト=アリアーノ)と付き合い始めたと聞き、さっそくデイモンのレコード店に乗り込むが。監督はアリソン・アンダース&カート・ヴォイス。
 ジャームッシュや初期のヴェンダースを思わせるモノクロの映像と、登場人物たちの「だべってる」感がどこか懐かしい。多分、監督たち自身が、自分達が好きだった映画の雰囲気を再現してみたいという気持ちで作ったんじゃないだろうか。といっても、ジャームッシュなどに比べるとぐっとさらっとした手触りで、このあたりは現代的なのかなと思う。
 主人公であるブレットのへなちょこ感がかわいくもあり、イラっともさせられる。ジンジャーに去られてうじうじしている彼に、母親は「現実の女性と恋をしろ」と言う。ジンジャーは画面内に一貫して登場しないので、そもそもブレットの脳内彼女では?とも思ってしまう。少なくとも、ブレットがジンジャーに多分に夢を見ていたんじゃないの?という雰囲気はする。ジンジャーとしても、ミューズだ何だとか持ち上げられても困ったんじゃないかなとも。もっとも、ブレットは母親とは仲がいいし、母親のボーイフレンドともそこそこ良好な関係を保っているし、何かこの子いい子だなーという感じがする。この「いい子」感が現代ならではなのかなという気もする。ちょっと前の映画だと、もうちょっとだらしなかったりやさぐれていたりしそう。
 母親のボーイフレンドが昔ながらのロッカーって感じなんだが、ツアー先で昔なじみの女性に一夜の宿を頼んだところ断られ、本当に売れてたら女のところになんて来ない、売れてないから女にちやほやされたいんだとばっさり切られる。ミュージシャンたちが主人公のわりに、あまりそのステイタスに対する夢がないところに笑ってしまった。女性監督だからかもしれないが。女性ならではと言えば、ブレットの女友達で彼に密かに好意を寄せているクレオ(エリーズ・ホランダー)がデートの際、ヴィンテージっぽいワンピースを着ていこうとするのだが、友人に「それじゃだめよ」とボディコンシャスなワンピースを着せられる件が、サブカル女子あるあるすぎて笑ってしまった。女子の「かわいい」と男ウケは違うのよね・・・。このクレオ、職場がアートシアター(カサヴェデスとか無声映画とか上映してる)という正にサブカル女子の夢のようなキャラクター(笑)。こんな田舎町でアートシアターが成立するのか?!というところも含め。


さすらい [DVD]
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『キャットフード』

森川智喜著
化け猫ウィリーは人間に化けて人間と一緒に遊ぶのが趣味。ある日、3人の人間の若者と島のリゾートに泊ることに。しかしそのリゾート施設は、化け猫プルートーが仕掛けた、人間を材料としたキャットフードを作る為の罠だった。自分たちが狙われていると気付いたウィリーは反撃に出る。化け猫同士でも化けた状態では猫かどうかわからない、猫は猫を殺してはいけないというルールの元に展開される特殊ルール下本格ミステリ。謎解きというよりも、ルールをふまえたうえで、両陣営がいかにかいくぐっていくかというパズルバトル的な要素が強い。なるほど!と手を打つ快感がある。ルールの設定がシンプルだけど作品の仕組みとして効いていて、麻耶雄嵩が解説を書いているのも納得。猫たちの、緊迫しているのにどこか間が抜けた会話も楽しかった。なお文庫版の表紙かわいいです。


キャットフード (講談社文庫)
注文の多い料理店 (新潮文庫)

『ステイ・クロース』

ハーラン・コーベン著、田口俊樹訳
元報道カメラマンのレイは、仕事帰りに何者かに襲われる。裕福な主婦メイガンは、10数年ぶりにかつての知り合いからの連絡を受け動揺していた。警察官ブルームは、2月18日に失踪した青年の捜索をするうち、17年前の同じ日にも男性の失踪事件が起きていることに気付く。3人の男女を中心に、ある事件の全体図が見えてくる。コーベン久々の邦訳新作(7年ぶりか?)だが、この人はやっぱり掴みの部分が上手い。本作だとメイガンの過去だったり、レイのトラウマだったりと、早い段階で読者の興味をぐっとひきつけて最後まで引っ張っていく。なので、後から考えると随分この人めんどくさいことやってるなーとか思っても、読んでる間は気にならないんだよね(笑)。段取りがいいし、作中で描かれる事件に似つかわしくない(笑)あっさりとした作風なので、ストレスかからず読める。悔恨という感情が作品の底辺に流れているにも関わらず、湿っぽくならないのがいい。それぞれの17年間があり色々なことが変わってしまう、ということを感じさせるが、それが悔恨というネガティブ方向ばかりにはいかず、17年の延長線上にこれからがある、というポジティブさが感じられる。コーベンの作品て、陰鬱な方向にいきすぎないバランスのよさが大体あるよな。一気読みの快感を味わいたい方はぜひ。


ステイ・クロース (ヴィレッジブックス)
イノセント上 (ランダムハウス講談社文庫)

『ゼンタイ』

 メンバー不足について悩む草野球チームだが、話し合いはいつも下ネタにいってしまう。スーパー新店舗の開店イベントに集められたコンパニオンたちだが先輩後輩間で不穏な空気が漂う。仕事の後に一杯飲もうと居酒屋にやってきた4人の男だが、1人が発泡酒なんて飲めるか!と絡みだす。レジのバイトに注意をした女性店員だが理不尽にゴネられる。そしてカラオケボックスには11人の全身タイツ愛好者が集い、一方では主婦たちが火花を散らす。橋口亮輔監督によるオムニバス映画。若手俳優育成の為のワークショップから生まれた映画だそうだ。各エピソードは俳優のエチュードを元に作られており、それがエピソード「ゼンタイ」で繋がる。
 日常の人間関係の中のちょっとした食い違い、もやっとする感じをピックアップしたような作品。もやっとする部分を追求することを許さない日本社会の「空気読め」圧力が生み出すシチュエーションの数々には、「あるある!」と言いたくなる。「草野球」での悪気のない下ネタを強要されるうんざり感とか、「レジ店員」の常に割を食ってしまう感じなど、身近なものがある。「主婦」の、ごく小さな世界内のトラブルなのにこの世の終わりみたいな気分になっちゃうところとか、こういうことってあるんだろうなぁと。周囲が悪くて自分は正しい、のではなく、周囲も困ったもんだが自分も褒められたもんでもない、というところがまた身近であり、よけいにイタい気分になるところでもある。
 元々、俳優養成のワークショップから生まれた映画なので、出演している俳優は皆若手。エピソードのシチュエーションがほぼ1シチュエーションだったり、美術にお金がかからなそうだったりという、あーワークショップぽいなぁという雰囲気はあるし、演技もこなれていない(いかにも演劇風になってしまう)ところもあるのだが、限られたシチュエーションの中ならではの面白さはある。なにより、しょうもない会話をちゃんとしょうもなく作っているところがえらい。最後、あっこの人だったんだ!と驚きで作品を通る線が繋がった感じがした。ただ、「あるある」止まりで、なぜゼンタイになるのかという部分に届いていないように思う。セリフでそれらしい言及があるものの、ちょっと説明的すぎたかなと思う。


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『共喰い』

 昭和63年、「川辺」と言われる土地で、父親・円(光石研)とその愛人・琴子(篠原友希子)と暮らす高校生の遠馬(菅田将暉)。遠馬の母親・仁子(田中裕子)は円と離婚し、川の近くで魚屋を営んでいた。円にはセックス中に女性を殴る癖があり、遠馬は粗暴な父親を忌み嫌っていた。しかし幼馴染の千草(木下美咲)とセックスを重ねるうち、自分にも父親と同じ性癖があるのではと遠馬は恐れ始める。監督は青山真治。原作は第146回芥川賞を受賞した、田中慎弥の同名小説。
 最初、ナレーションが遠馬を演じる菅田ではなく円を演じる光石によるものなので、あれっと思った。語りの内容からすると、遠馬の一人称なのだが。見ているうち、大人になった遠馬は円の別バージョン、「やりなおし」であるのかと腑に落ちた。息子によって、あったかもしれない父親の姿が実現されるのだろうと。ただ、遠馬が育っても結局円と同じことになるのではという危惧もぬぐえないのだが。
 原作小説よりも遠馬の言動、立ち居振る舞いが少年、男の子っぽい。父親を嫌いながらも、父親が作った針でウナギを釣ってやったり、一応「家族」的なことをしようとしたりという、親子であることを諦めきってはいない感じがする(円も息子が自分の作った針を使うと嬉しそうなところが面白い)。対して、女性たちの強さが目立った。女性たちによって遠馬が守られ、致命的な傷を負わずにすむ、という構図が前に出ているのだ。それが最後のほんのりとした前向きさにも繋がる。が、それは遠馬をスポイルすることにもなるのではないか。父親の呪縛から、母親の呪縛に移行しただけではないかという気もした(何しろガールフレンドまでが腹が据わりすぎ)。遠馬は自分の人生に一区切りつけ仕切りなおししたように見えるが、同時に、この場所からもう出られないのではという不安感が最後までまとわりつく。
 青山監督の最近の作品には、『サッド・バケイション』にしろ『東京公園』にしろ、女性の中の母性や女性同士の連帯への畏怖・賛美が濃厚に出ているように思う。女性たちによって男性が守られたり許されたりする。『共喰い』も監督の母親への献辞が添えられている。それはそれでいいが、女性を過大評価している、強いものにしすぎている感じがして、見ていて落ち着かない。
 原作で描かれなかった部分にも踏み込んでいるが、昭和の終わりとのリンクなど、ちょっと蛇足だなと思うところも。また、「その後」部分が明瞭すぎて説明的に感じた。

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『ウルヴァリン SAMURAI』

 カナダの山中で世捨て人のように暮らしているウルヴァリンことローガン(ヒュー・ジャックマン)。彼の前に、日本人女性ユキオ(福島リラ)が現れる。ローガンがかつて助けて矢志田(ハル・ヤマノウチ)が会いたがっていると言うのだ。日本を訪れたものの矢志田は急死し、ローガンは何者かに狙われた矢志田の孫娘マリコ(TAO)を守ることに。監督はジェームズ・マンゴールド。エンドロールは少なくとも途中まではご覧下さい。なお、単品でも問題ないが、Xメンシリーズを見ていることが前提となっている部分もあるのでご注意を。
 私、未だに『3時10分、決断の時』と『デイ&ナイト』を同じ監督が撮っているということが信じられないんですが・・・。本作は『デイ&ナイト』寄り。ジャンルパロディー感のある娯楽大作という部分も似ているか。マンゴールドって、ざっくりでいいなと思ったものはとことんざっくり撮る人なんですかね・・・。私は『デイ&ナイト』が全くツボにはまらなかったのだが、本作はいい塩梅のいい加減さがあって結構気に入った。
 ストーリー上、舞台の殆どが日本だというのは意外だった。そして繰り広げられる「なんちゃって日本」感。定番であろうキモノ!ハラキリ!ヤクザ!ニンジャ!は折込済みだが、ラブホテルが登場したのにはちょっと驚いた。海外から見ると、かなり奇異に見えるのだろうか(日本でも今時これは・・・という感じのラブホでしたが)。ただ、当然実際の日本はこうではない(少なくともニンジャはいないしヤクザは新幹線上で戦えない)とわかっていて、あえて「なんちゃって」感を貫こうというブレのなさが感じられる。幻想内の日本も、ここまでやってくれれば楽しい。今時のハリウッド映画で「ニンジャの里」みたいなものを見られるとは思わなかった(笑)。もっとも、最初の「熊」エピソードからして大分ファンタジックだもんなー(笑)。あの後だったら何をやってもアリだなという気になってしまう。国内の土地の距離感がめちゃめちゃなのは流石に気になったが、海外から見たらあんなもんだろうな。
 ハリウッドがとうとうWヒロイン制度を習得したか、という感じの日本人キャストによるヒロイン2人だが、どちらも演技はぎこちないが悪くない。福島は、日本の美人の基準からするとちょっとファニーな顔立ちなのだが、そこがどんどんキュートに見えてくる。また、マリコの父親役で真田広之が出演しているが、出演者クレジットの順番がジャックマンの次で、何か感慨深い。彼がもう50代だということにはびっくりした。見た目若いよなぁ。


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『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』

 ポルトガル内でも歴史的建造物が多く残り、ポルトガル発祥の地とも言われるギマランイス地区を舞台とした、4編から成るオムニバス映画。監督はアキ・カウリスマキ、ペドロ・コスタ、ビクトル・エリセ、マノエル・ド・オリヴェイラの4人。なかなかに強烈な個性の布陣だ。各編の感想は以下の通り。

『バーテンダー』
 アキ・カウリスマキ監督作。バーで働く男の1日を描く。ファーストショットから炸裂するカウリスマキ色。ブレない!全くブレないカウリスマキ節であった。場所がポルトガルだというだけで、やっていることは他の作品と同じだよ!相変わらず主人公はお金を持っていなさそうだし、料理はまずそうだし、店の雰囲気も侘しい。男がランチ客を獲得しようとする努力も、ちょっと方向とやり方が間違っている・・・。見ていてにやにやしてしまうほどのブレのなさ。青みを帯びた画面の中、時々添えられる赤の色が美しく映えていた。いつものカウリスマキの作風でありながら、ギマランイスの町の雰囲気が感じられる。

『スウィート・エクソシスト』
 ペドロ・コスタ監督作。移民労働者のヴェントゥーラ(ヴェントゥーラ)は、1974年のカーネーション革命に参加した兵士の亡霊(アントニオ・サントス)と出会う。カーネーション革命は、将校たちによる軍事クーデターでありながらほぼ無血革命であり、ヨーロッパで最も長い独裁体制を終わらせた。ポルトガルが題材となった企画だが、本作にはギマランイスと特定できる要素は殆どない。ぱっと見はどこでもいい場所が舞台だ(実際、ギマランイスでは撮影していないらしい)。ポルトガルとの関わりが察せられるのは亡霊(たち)の言葉からのみ。ヴェントゥーラが幽霊に全包囲されている感じが怖い。幽霊と特定できるのは兵士のみ(様々な人の声で喋るので生きた人間ではないと思われる)だが、その他の人々が幽霊ではないと断定することもできないのだ。生者と死者が混在している世界に思える。

『割れたガラス』
 ビクトル・エリセ監督作。かつてはヨーロッパ第2の大型紡績工場だったが、今は「割れたガラス工場」と呼ばれる工場の廃屋。その屋内で、かつてこの工場で働いていた人たちへのインタビューとカメラテストが行われている。人が語る、というだけで映画になることに唸る。ある時代、ある産業の終わりを感じずにはいられない。その流れに翻弄された人々の語りは、思い出を懐かしみながらも、労働現場の過酷さや雇用条件の悪さに言及し、過去を全て是としているわけではない。冷静ではあるが、苦味や恨みつらみも滲んでいる。出演している人たちの人間味を感じさせつつ、全体を眺める視線は冷静なものだ。最後にアコーディオン演奏を持ってくるのはちょっと卑怯だなぁ(笑)。

『征服者、征服さる』
 マノエル・ド・オリヴェイラ監督作品。バスツアーの観光客たちがぞろぞろとギマランイスを訪れる。ガイドツアーが話すのはギマランイスの起源であるアフォンソ1世のエピソード。名所めぐりの観光映画だが、団体観光客ってどこの土地でも何となく場違いなおかしさがあるものなんだろうか。ギマランイスは落ち着いた雰囲気なので余計に浮くのかもしれないけど。オリヴェイラ監督の「撮っただけ」感がじわじわ染みてくる。ツアーガイドが最後にダメ押しのようにオチを言うのも、ええ~、そこ言っちゃうの?!とびっくりした。普通はなんとなくにおわせる程度できれいに締めるんじゃないだろうか。自由だなぁ・・・。


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『サイド・エフェクト』

 エミリー(ルーニー・マーラー)は、インサイダー取引で収監されていた夫(チャニング・テイタム)の出所を迎える。しかし夫の不在中に発症した彼女の鬱病は悪化する一方だった。かかりつけの精神科医バンクス(ジュード・ロウ)は新薬を処方。薬により鬱状態は改善されたが、副作用で夢遊病が出るようになり、やがてエミリーは無意識状態のまま夫を殺してしまう。監督はスティーブン・ソダーバーグ。
 106分というコンパクトな作品だが密度は高く、派手ではないが息をつかせない。脚本が『コンテイジョン』のスコット・Z・バーンズだそうで、手際の良さには納得。余計な説明はなく展開は速いが、わかりにくくはない。ただ、意識的に誰が何をしたと言う部分の「何を」に余白を持たせている。「彼女」の行動も「彼」の行動も、解釈のしようによってはどうとでも取れる。なされたことはわかるが、「彼」「彼女」がどこまでそれを意図していたのか、という部分にはあえて隙を作っている。明瞭なのに曖昧という不思議な余韻が残った。
 この明瞭かつ曖昧、という不思議な味わいは、本作が前半はエミリー視点、後半はバンクス視点で描かれているという構成からも生まれていると思う。前半でエミリーが起こした事件により、バンクスは窮地に立たされる。それを挽回しようと、彼はエミリーが本当は何をしたのかを突き止めようとするのだ。同じ出来事であっても、立場が違えば見えるもの、相手に見せようとするものが違う。A面とB面みたいな構造で、両方見ると事件の全容がわかる(ような気がする)。しかし、エミリーの/バンクスの視点だからこそ映し出されない、隠されている部分もある。お互いに補完しきれているわけではなく、彼/彼女にとっての「本当のところ」は、曖昧なまま残っているのだ。
 最近のジュード・ロウは、美形は美形なのだが、なんだか面白い方向に向かっていて目が離せない。そういう意味ではマシュー・マコノヒーに通じるものがある(笑)。マーラーは小柄で細身で一見頼りなく、「守ってあげたい」キャラということなのだろうが、個人的にあまりルックスに魅力を感じないので、彼女の周囲の反応がいまいちぴんとこなかった。


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