小沼丹著
敗戦直後、復興に向かおうとしている日本。妻の父親が再建しようとしている学校で、中学主事になった吉野。生徒たちや教師同士のいさかいに手を焼いたり、学校の近くの工場で英語の通訳を請け負ったりと、忙しい。しかし吉野君は淡々と日々を生きる。主人公を常に「吉野君」と君付けしているのがほのぼのと好ましい。吉野君は、ごくごく普通の、少々うかつでだらしないところもあるが根が真面目な善人であり、その妻も同様だ。妻の方がちゃっかりとしていて、2人のやりとりもまた楽しい。吉野君夫妻の、出来ることをやる、欲張らない生き方がいい。普通の人の、普通の生活の味わい深さが描かれていてしみじみする。とはいっても、吉野君の日常の背後には、戦後の混乱があり、物資の足りなさ、行方不明者の多さ、また敗戦国としての鬱屈等が見え隠れしてはっとする。吉野君はのんびりとした人で、そういうものに相対した時の反応も苛烈なものではない。しかし、「嫌だな」くらいの静かな反応には、却って彼の悲しみや苦さが滲んでいるように思う。
敗戦直後、復興に向かおうとしている日本。妻の父親が再建しようとしている学校で、中学主事になった吉野。生徒たちや教師同士のいさかいに手を焼いたり、学校の近くの工場で英語の通訳を請け負ったりと、忙しい。しかし吉野君は淡々と日々を生きる。主人公を常に「吉野君」と君付けしているのがほのぼのと好ましい。吉野君は、ごくごく普通の、少々うかつでだらしないところもあるが根が真面目な善人であり、その妻も同様だ。妻の方がちゃっかりとしていて、2人のやりとりもまた楽しい。吉野君夫妻の、出来ることをやる、欲張らない生き方がいい。普通の人の、普通の生活の味わい深さが描かれていてしみじみする。とはいっても、吉野君の日常の背後には、戦後の混乱があり、物資の足りなさ、行方不明者の多さ、また敗戦国としての鬱屈等が見え隠れしてはっとする。吉野君はのんびりとした人で、そういうものに相対した時の反応も苛烈なものではない。しかし、「嫌だな」くらいの静かな反応には、却って彼の悲しみや苦さが滲んでいるように思う。