3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2013年01月

『みなさん、さようなら』

 1981年、小学校を卒業した渡会悟(濱田岳)は、一生団地の中だけで生きていくと決意する。中学校には通わず、読書に筋トレに団地内パトロールといった日課を規則正しくこなしていく日々。3年後、悟は団地内のケーキ店に就職。団地に住む恋人も出来た。しかし小学校の同窓生たちは徐々に団地から去っていく。監督は中村義洋。原作は久保寺健彦の同名小説。
 悟が団地から出なくなったのは、ある事件がきっかけだ。作中でも言及されるように、確かにショックな事件だろうけどそこまでするのか、と思う面もある。しかし、苦しさへの相対し方、人生との戦い方、そして折り合いの付け方は人それぞれだ。他人から見たら滑稽に見えるかもしれないが、本人にとっては真剣な問題なのだ。
 悟の同級生はどんどん団地から出て行って、彼は最後の1人になってしまう。しかし、本当は1人ではなく、ずっと一緒に戦ってくれていた人がいた。悟が一歩を踏み出すきっかけもその人だったというのは、月並みではあるが、納得出来るしすごく説得力がある。結局そこかよ!という思う一方で、やっぱりそれしかないかもなとも思うのだ。ストーリーの表面上には人物はあまり出てこないのだが、そこもまた、そういう存在のあり方として腑に落ちる。
 悟の小学校卒業時から青年時代までを一貫して、濱田が演じる。この人にしか出来ないだろう。最早特殊俳優の域に入っている(にもかかわらず全然普通の人の役もできる!)貴重な人材だよなぁと実感した。脇役もいい。特に、悟にとって大きな存在となる2人の女の子を倉科カナと波留が演じていて、それぞれ「こういう子」という雰囲気がすごく出ていたと思う。何年かにわたっての話なので徐々に風貌、ファッションも変わっていくのだが、その調整も良く出来ていたと思う。また、大人になった悟が仲良くなる少女の父親役が田中圭なのだが、この人最近こういう役ばっかりやっている気がするな!嫌な感じの出し方が上手い!
 悟の人生の物語であると同時に、団地の歴史を追う物語でもある。大規模に造成されていた当時は、夢を託されていたんだなぁと。ただ、その「夢」にはまりきれない、団地のような場所では行き難い人も少なからずいたと思う。悟の隣に住む女の子には、そういう側面を感じた。
 中村監督の仕事の手堅さ、安定性の高さを改めて感じた。正直、私にとってはあまりツボではないしさほど気分が乗る物語でもないのだが、それでも面白く見られたのは、映画としての基礎力の高さがあったからだと思う。




『うわさのギャンブラー』

 出張ストリッパーのベス(レベッカ・ホール)は、ストリップ稼業に嫌気がさして憧れのラスベガスへ出てくる。ひょんなことから伝説的なスポーツ賭博師ディンク(ブルース・ウィリス)の下で働くことに。記憶力に優れて数字に強いベスは、ギャンブルの才能を発揮し始める。同時に、ディンクにも惹かれていくが、ディンクには気難しい妻チューリップ(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)がいた。監督はスティーブン・フリアーズ。実在の賭博師ベス・レイマーの自伝が原作。
 スティーブン・フリアーズの映画ってあっさりとしていてスパっと終わるという印象があって、そこが割と好きなのだが、本作もあっさりとしている。話はとんとんと進むし、ベスとディンクの不倫もそんなに泥沼っぽくないし、別れ方は唐突だがそんなに尾を引かない。これは、ベスが多分にファザコンぽくて、男女の仲がこじれているというより、父親と反抗期の娘みたいな感じに見えるからかもしれないけど。ハラハラする展開はあるものの、そんなに引っ張らない。人によっては物足りなく感じるかもしれない。私は、スターが出演しているのに妙に地味で、却って肩の力を抜いて見られるところに好感を持った。
 ベスは多分20代半ば~後半くらいだと思うのだが、髪の毛をいじる癖に見られるように、言動はかなり子供っぽい。優しくて気のいい、良い子なのだが、ギャンブルに対して無邪気すぎてリスクをよくわかっていない風だったりする。ディンクとの関係にしても、楽しければいい、相手の良い所(というか自分にとって魅力的で都合がいいところ)しか見ない。そんな彼女が他人の弱さや自分の「責任」に気付き、成長していく、他人を支えられる人間になっていく。ある男に電話で話す内容は、自分に言い聞かせているようでもある。自分の実感がこもった言葉だから、相手の心にも届くのだ。
 自分の「責任」に気付き、自分が誰かを支えるのだと自覚するようになるというところは、ディンクも同じだ。ディンクはさすがにギャンブルのリスクや苦さは熟知しているが、相手の、自分に都合のいい面ばかりを見る、相手の弱さを考慮しないという部分はちょっとベスと似ている。そのあたりも、男女というよりは父娘に見えてしまった一因かもしれない。
 アメリカでのスポーツ賭博のシステムを知らないと、最初ちょっと飲み込みにくいかもしれないが、見ているうちに慣れた。ちなみにウィリス演じるディンクはいつもハーフパンツに白いソックスというスタイル。これ、ラスベガスではアリなんだろうか・・・。いくらなんでもふくらはぎ丈の白ソックスはないんじゃないかと思って、すごく気になったのだが・・・。どういう意図でのスタイリングなんだ・・・。




『ペンギン・ハイウェイ』

森見登美彦著
小学校4年生の“ぼく”ことアオヤマ少年は郊外の街に住んでいる。ある日、街に突然ペンギンたちが現れた。“ぼく”はペンギンの出現に歯科医院のお姉さんが関係していると知り、不思議な現象を研究し始める。第31回日本SF大賞を受賞した作品。SFというよりもファンタジーに近い、が、“森”で起こる現象のシステムはやっぱりSFぽいのかなぁ。SFファンが本作をどのように読むか気にはなる。が、ジャンルがどうであれ、本作はすてきなジュブナイル小説であり、夏休み小説である。夏の朝、すごく朝早くに目が覚めてしまって、まだ静まり返っている街を散策する時のわくわく感を思い出した。何か、夏の匂いみたいなものに満ちている。世界の別の側面を垣間見るみたいな。世界を知っていく、という面では正しくジュブナイル。知的好奇心旺盛でやや理屈っぽい、「自分は自分」を確立しているアオヤマ少年は、スクールカースト底辺でたむろっていた文系少年少女にとっては夢を託せる子供なのかも。




『コックファイター』

 闘鶏トレーナーのフランク(ウォーレン・オーツ)はライバルのジャック(ハリー・ディーン・スタントン)に惨敗し、全国チャンピオンになるまで喋らないと誓った。しかし再び試合に破れ、トレーラーハウスをはじめ財産を奪われてしまう。フランクは再挑戦を誓い、弟夫婦の家を勝手に売って資金を調達する。監督はモンテ・ヘルマン。原作、脚本はチャールズ・ウィルフォード。
 B級映画の帝王と呼ばれるロジャー・コーマン製作作品(1974年作品)。当時、『断絶』が興業的に大失敗しハリウッドから仕事を干されていたヘルマンに対する救済措置的な企画だったが、またまた興業は大失敗だったという訳アリな作品だそうだ。
 フランクは闘鶏の世界(というのがあるんですね・・・。少なくともアメリカ南部では)ではそれなりに名前が知られているらしいが、何しろニッチな世界。婚約者に闘鶏を一度見に来てくれと頼むが、特に女性にとってはハードル高そうだし、そこに理解を求めるのはなかなかハードル高いんじゃないだろうか・・・。フランク自身は闘鶏に賭ける人生に疑いを持っている様子はない。彼にとってはそれが全てなのだ。
 本作の脚本はヘルマンではないが、『断絶』にしろ最新作の『果てなき路』にしろ、部外者には分かりにくい(共感を得にくい)情熱を抱く人が作品の中心にいるように思った。敗北しても敗北しても再度立ち上がるフランクの姿は、当時、赤字作品ばかりリリースしていたヘルマンの姿とダブる。ヘルマンは本作の数十年後に『果てなき路』でまさかの監督業大復活を遂げるわけだが、フランクの勝負の行方は、本作を見て確認して頂きたい。
 主演のオーツはセリフはごく少ないものの、表情が大変キュート。動作の一つ一つが、指の上げ下ろしに至るまで決まっている。いい役者は身体コントロール力が高いんだなと改めて思った。アメリカ南部を舞台としているが(ロケ地も南部なのかは不明)所々はっとするような美しいシーンがある。ちょっとテレンス・マリック監督『天国の日々』を思い出した。
 ちなみに闘鶏自体は結構迫力がある。ただ、鶏はほぼ使い捨て状態なので、動物保護団体から大ブーイングが起きそう。




『フランス白粉の謎』

エラリー・クイーン著、越前敏弥・下村純子訳
角川文庫・新訳版で読んだ。昔読んだはずだけど恐ろしいことにあらすじどころか真犯人すら忘れていた。おかげで新鮮な気持ちで読めました!ニューヨーク五番街の百貨店のショーウィンドウで女性の死体が発見された。被害者は百貨店社長夫人。現場からは夫人のものではないと思われる口紅が発見された。そして夫人の娘も行方不明に。クイーン警視の息子、エラリーが謎に挑む。この題名、国名付けたのは結構こじつけぽいな・・・そこもミスリードといえばミスリードなのか。添付の百貨店ビルの図やアパートメントの間取図の大味さもミスリードといえばミスリードなのかも・・・(謎解き自体にはあまり関わってこないが)。謎解きの流れがザ・本格!ぽい。そんなに謎の規模が大掛かりでないところが好み。実はある事実がわかった時点でかなり容疑者が絞られてしまう(というかほぼ2、3人になってしまうし、そもそもこの事実は無理やり挿入した感もあるのだが・・・。本作は結構そういう要素が多い)のだが、そこからの引っ張り方、気の散らせ方が流石。ラストのスパっとした終わり方には賛否があるみたいだけど私は賛で。潔い!なお、クイーン父子が相変わらずラブラブでややイラっとするレベル。




『ももいろそらを』

 高校生のいづみ(池田愛)は、30万円が入った財布を拾う。財布に入っていた学生証によると持ち主は男子高校生の佐藤。持ち主の家に一度は行ってみたいづみだが、思い立って図書館で新聞記事を調べると、財布の持ち主の父親は天下り官僚だった。財布を返す気が失せたいづみは、金策に困っている知り合いの印刷屋に20万円を貸す。監督は小林啓一。
 冒頭に、おそらくは未来のいづみによる一文が挿入されるが、見終わってみてもあまり効果的ではなかったと思う。全編モノクロなのは思い出の中だからとか、そういう解釈にもっていくことはできるかもしれないが。とはいってもモノクロにする意味もあまりないと思うんだよな・・・。モノクロゆえの美しさもさほど感じなかった。素直にカラーでいいのになと。
 いづみの喋り方は下手なべらんめぇ調とでもいうか、『男はつらいよ』の寅さんの真似っこみたいな感じだ。役者の技量の問題もあるのかもしれないが、あまりこなれていなくて聞いているとこそばゆくなってくる。自分のキャラを過度に誇張しているみたいで落ち着かない。こういう、妙な自意識持っちゃっている時期ってあったよなぁ・・・という、なかなかにイタイタしい気分になる。更に、自分は利口で他人はバカというような、若干世間をバカにしたような(新聞記事に点数をつけるといった)態度、明後日の方向に正義感を燃やして簡単に対立構造を作るようなところも、ああ若いな、10代だなとわが身を振り返ってもかなりイタ懐かしい。
 いづみとその友人の蓮実(小篠恵奈)、薫(藤原令子)、財布の持ち主である佐藤(高山翼)が、佐藤が落とした30万円をきっかけに、思わぬプロジェクトを繰り広げていく。最初当事者であったいづみがどんどん部外者みたいになっていく。下心があるにせよ、友人達の方が、あまり物事考えてなさそうな一方でけっこうちゃんと物事を進めていたり、地に足着いていたりして、この人こんなところがあったんだ、とはっとする。観客のはっとする瞬間は、いづみにとってのはっとする瞬間でもあるだろう。
 女性高校生の会話の、ちょっと悪ノリっぽいノリや、女子3人グループのバランス感はよく再現しているなと思った。ストーリーの運び方はあんまり上手くないように思ったが、ダイアローグ作りの観察眼みたいなものがあるなと思った。もっとも、ちょっと台詞多すぎなんじゃないかという気もしたが。




『96時間/リベンジ』

 元CIA工作員で今は民間のボディガードとして働いているブライアン(リーアム・ニーソン)。イスタンブールでの仕事が完了するのにのにあわせ、元妻レノーアと娘キムを呼びよせ、家族旅行を計画していた。しかし犯罪組織のボスが復讐の為、ブライアンと家族を狙っていた。その組織は以前キムを誘拐し、娘を救出しようとしたブライアンにボスの息子や部下が殺されていたのだ。ブライアンとレノーアは拉致され、危うく逃れたキムにも追手が迫っていた。監督はオリヴィエ・メガトン。
 リーアム・ニーソンがとにかく強い怒れるパパを演じるシリーズ2作目。前作では娘を助ける為に犯罪組織へ殴りこみをかけたが、本作では早々に自身が誘拐されてしまう。が、誘拐先での位置特定とか脱出方法とかが、アクションシーンよりも地味に(色々できすぎだろ!というツッコミ込みで)面白かった。アクションのみだったら前作の方が短時間に圧縮されている感じで気分が盛り上がったと思う。
 今回はブライアンがやったことのツケが回ってくる、敵もまた1人の父親であるというところで、前作ほどの爽快感はない。ブライアンも組織のボスも、どっちもどっちだ。どちらかが断念しないと復讐の連鎖が終わらないという陰鬱さがある。そして断念するのは容易ではないということも。父親の愛は傍から見たら理不尽なのかもしれない。
 理不尽といえば、ブライアンの娘に対する親心は、ちょっと行きすぎというか、色々とやりすぎだ。結果オーライではあるが、人によっては縁を切られそうなことをやっている(笑)。娘に対する愛はあるけど信用がない(職業柄か)というか、基本自分の尺度で行動する人なんだろうなと。ブライアンは仕事人としては非常に優れているが、それ以外の部分ではかなり難点が多いというのも本作の面白みかもしれない。元妻が現夫と不仲になったタイミングで声掛けるとか、結構セコいぞ!




『LOOPER』

 個人識別システムが発達した未来。個人の位置・生体反応がすべて管理されており、暗殺は不可能になっていた。そこで犯罪組織はタイムマシンを使って30年前の2044年にターゲットを送り、ルーパーと呼ばれる処刑人に暗殺させていた。ある日、ルーパーのジョー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)の元に、未来の自分(ブルース・ウィリス)が送られてくる。老ジョーは若ジョーの隙を突いて逃亡。組織は老ジョーを追うが、彼にはある目的があった。監督・脚本はライアン・ジョンソン。主演のゴードン=レヴィットとはデビュー作『ブリック』以来のタッグとなる。
 タイムリープ、タイムパラドックスSFとしてはそれほど目新しくないし、タイムパラドックスの設定もよくよく考えるとちょっと微妙。SFとしては多分(私は詳しくないので)設定はユルい方だろう。ただ、この設定を利用したある拷問のやり方、メッセージの伝え方と、その「見え方」には、この手があったか!(よく考えると理論的におかしい気もしなくはないんだが・・・)と感心した。ロジックよりもインパクト重視なのはこの作品にとっては正解だろう。
 本作は一応SF、しかもちょっと昔のB級SF風のルックスだし、実際、物語前半に関してはどのジャンル?と問われればSF、と答えられる。が、後半は前半の雰囲気、また予告編から受けた印象とは雰囲気が異なる。SFというよりも、古典的な西部劇に近いように思った。サトウキビ畑に囲まれた人里離れた一軒やに、若い母子が2人きりで住んでいる、というビジュアルイメージもなのだが、ジョーが最後にたどり着く境地が、なんだか昔の西部劇の主人公みたいだなと思ったのだ。
 ジョンソン監督は『ブリック』で、昔ながらのハードボイルドのフォーマット(探偵がいて、街の顔役がいて、ギャングがいて、ファム・ファタールがいて、というような)を使って学園ドラマを作っていたが、本作も、あるジャンル映画のフォーマットを使って別ジャンルのドラマを展開する試みが好きなんだろうか。本作のキモはタイムパラドックスよりも、自分本位だった若ジョーが、誰かの為に何かをやる(奇しくも老ジョーが決意していたように)境地にたどり着くというところにあったように思う。その行為で未来が本当に変わったかどうかは分からない。が、彼がそれをやろうと思えるようになったというところが重要なんじゃないだろうか。
 ちなみに本作、タイムパラドックス設定といい女性の名前といい、ターミネーターシリーズへのオマージュかなとちらっと思った。だとすると、ジョーの決断にも納得。




『機龍警察』

月村了衛著
大量破壊兵器が衰退し、近接戦闘兵器として機甲兵装が台頭している近未来。日本警察は「龍機兵」と呼ばれる新型機を導入した警視庁特捜部を発足。龍機兵の搭乗員は外部から雇われた姿俊之ら、3人の傭兵だが、警察組織内ではよそ者として反感をかっていた。そんな折機甲兵装による立ても籠り事件が起き、特捜部はSATと激しく対立することに。近未来を舞台としたSF警察小説。シリーズ2作目から読み始め、めっぽう面白かったのでさかのぼって1作目を読んでみたが、ちゃんと1作目から面白かった。キャラクターの立て方など危なげがないのは流石。どうも各作、傭兵3人それぞれの過去の因縁に絡み、現在と過去を行き来する構成で統一しているみたいだ(傭兵は3人だからこの構成は3作で終わりかもしれないけど)。本作では姿の過去と現在の事件が呼応し、姿なりの職業倫理が垣間見える。本シリーズで描かれる犯罪の姿には、昨年末に公開された『007 スカイフォール』でMによって語られる「現在の敵」の姿を連想した。本作が発行されたのは2010年なのでスカイフォールよりも先だが、今、戦争の描き方を考えると、こういう形になってくるのかなと思った。なお本作、警察内の軋轢が苛烈。閉鎖的で同調圧力の強い組織特有のいや~な空気感を味わいたい方もぜひ。




『尋問請負人』

マーク・アレン・スミス著、山中朝晶訳
企業や政府、犯罪組織等から依頼を受ける拷問のプロ・ガイガー。彼は厳しいルールに従って仕事を完遂していたが、ある日緊急の仕事を依頼される。対象者は、ガイガーにとって「ルール違反」となる子供、画商の息子エズラだった。自他は思わぬ方向に動き、ガイガーはエズラを連れて逃げる羽目になる。サイボーグのように正確な仕事を規律に従いこなしていくガイガーが、徐々に逸脱していく。それと同時に、過去の記憶と向かい合っていく。ガイガーの仕事は非人道的だし言動も非人間的。それが、予想外の事件から徐々にほころび、それまでの生き方から逸脱していく。少年を守り、仕事上の相棒との関係に一歩踏み込んでいく。特にかかりつけの精神科医コーリーに対する信頼感の度合いの変化は、彼が本当に「信頼する」覚悟ができたんだと思わせる。彼が人間としてもう一度生まれ直す過程と、ある機密を巡る逃亡劇とが重なり、スリリング。常に冷静で強靭な「プロ」だが、過去の記憶を(自分では意識せずに)恐れているガイガーのキャラクターがいい。「わたしにはそれがいちばん納得できるのだ、とだけ言っておこう」というセリフが彼の人柄を象徴している。また、最初は打算的だった相棒のハリー、本当にガイガーの「友達」になっていく過程にもぐっとくる。




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