3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。

2010年08月

『インセプション』

 夢を見ている間に潜在意識の奥の情報を盗む高度な技術“エクストラクト”を得意とする産業スパイのコブ(レオナルド・ディカプリオ)。しかし仕事がバレて母国には帰れず、子供たちにも会えずにいた。そんな彼に企業家サイトー(渡辺謙)が、エクストラクトとは逆にアイディアを潜在意識に植え付ける“インセプション”を依頼してくる。インセプションはエクストラクトより難しくほぼ不可能、しかし成功すればコブが母国に帰れるよう取り計らうというのだ。コブは世界中から凄腕のメンバーを選び、ミッションに挑むが。監督・脚本はクリストファー・ノーラン。
 いやー面白かったー(しみじみと)。予告編でも使われていたような、「町が折りたたまれる」というようなビジュアルの楽しさはもちろんだが、『オーシャンズ11』的なわりと軽いノリのチームものとしてユカイだった。リーダーであるコブを筆頭に、設計士や調合士など、職業名とそれぞれのキャラクターが出揃っていく過程はわくわくする。キャラクターも、どの人もそれなりの可愛げがある。特にコブの片腕であるアーサー(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)の、一見優男だが飄々と荒事をこなす姿が実にチャーミング。「想像力がない」と言われるところが、想像にひきずられそうになるコブと対照的。キャスティングは概ね成功だと思う。個人的には、インセプションのターゲットであるロバートをキリアン・マーフィーが演じているのがうれしい。そして日本人キャストとして話題になった渡辺謙が予想以上に活躍している。サイトー、いい人だ(笑)!ノーラン監督は相変わらず男を魅力的に撮る。ヒロイン役のエレン・ペイジとマリオン・コティヤールは、まあそれなりに・・・。でも基本女性を撮ることにはあんまり執着がないみたいだ。
 夢の第一層、第二層というように、コブたちはだんだん夢の深層(ターゲット自身が見る夢ではなくターゲットの夢として設計された夢というところが面白い)へと移動していくが、夢の構造やルールがわかりやすく、よく整理されていたと思う。現実と各階層の夢とが連動していて、現実、またある層での出来事が他の層での出来事に影響を与えているという関係の見せ方が上手い。モルや電車の出現も、夢のコントロールできなさをよく表していていた。私が頻繁に悪夢を見るタイプだからかもしれないが、怖い夢は、夢だと気づいていてもその怖さを押し留めることができない。「こうなったら嫌だな」と思うと、どんどんその方向に流れていくという特徴があると思う。なので、モルの出てきかたはわりと本気で怖かった。
コブにしろロバートにしろ、夢の深いところに抱えた問題は、死者との関係に関わるものだ。彼らは夢の中で相手(死者)と相対するが、相手はあくまで自分の夢の登場人物、自分が作り上げた「その人」であり、しかも死者。当人の真意を聞くことはもはや出来ない。出来るのは、自分が相手に対してどう思っていたのか、どうしたかったのかと向き合うことだけだ。金庫室でロバートがした選択は、「自分は本当はどうしたかったのか、相手にどう思われたかったのか」と考えた結果だ。それは彼の気持ちの中での問題でしかなく、現実に何かが変わるわけではない。だからこそ痛切なのだが、彼の人生にとっては大きな意味を持つ。ロバートにとってはインセプションはカウンセリングのようなものだった。
これが、インセプションを行う側であるコブにとっても同じような作用を持つというところがとても面白い。彼は妻・モル(マリオン・コティヤール)との関係に問題を抱えており、その問題はチームの安全を脅かすようにまでなる。それでもミッションを進めるコブの行動は身勝手でもあるが、それだけに切実さも感じる。一歩間違うと大変危険だが、やらなければ永遠に問題を解決できず苦しむというところは、深層心理との付き合いに似ている。他人の夢の中で自分のカウンセリングを行うという変な構造ではあるが。
さて、コブは妻の存在に深く捕らわれているのだが、もうひとつ、彼を捕らえているものがある。こちらは妻以上に手ごわい。おそらく切り捨てるのは無理だろう。そう思うとラストは怖い。




『借りぐらしのアリエッティ』

 古い家の床下に住む小人一家の娘、アリエッティ(志田未来)。小人達は人間達から、生活に必要なものを少しずつ「借りて」ひっそりと暮らしていた。この家に病気療養の為にやってきた人間の少年・翔(神木隆之介)はアリエッティの姿を見て、彼女に興味を持つ。アリエッティもまた人間である翔に興味を持つが、小人達には人間に見られたら引っ越さなくてはならないという決まりがあった。
 スタジオジブリの新作は、新人監督の米林宏昌によるもの。宮崎駿は企画・脚本に留まっている。キャラクターデザインは宮崎テイストを引き継いでいるので、一見「いつものジブリ」。宮崎色を一掃した方がよかったんじゃないかという声も聞くが、宮崎色はジブリの資産には違いないので、当面は資産運用しつつ若手を育てる、という方向性は間違いではないと思う。ぱっと見で「ジブリね」とわかる方がキャッチーで商売的にもいいだろうし。
 初監督作品としては無難にまとまっており、そこそこ楽しめた。セリフのいくつかが取ってつけたようだったり(予告編でも使われている「君達は滅びゆく種族なんだよ」には申し訳ないが吹いた)、お手伝いさんの奇矯な行動など、ストーリーの流れが唐突だったりもするが、種田陽平による美術が美しいこと、何よりアリエッティの動き・表情がかわいらしいことで相殺されていると思う。私は種田の実写映画での美術はきれいすぎてあまり好みではないのだが、アニメーションだとふわっとした感触がハマっている。また、セシル・コルベルの音楽には、よくこんな人見つけてきたな!と唸った。ひさしぶりにジブリ映画のサントラ欲しくなった。
 舞台は古い家の屋内と庭だけ、期間は数日間という、こじんまりとしたお話だ。しかしこのこじんまり感がよかった。小さい話だからこそ、そう破綻せずにすんだ(少なくとも『ゲド戦記』のような風呂敷畳み損ねみたいなことにはなっていない)という製作上のメリットもあるだろうが、少年と少女の物語としては、このくらいのサイズの方が丁度いいんじゃないだろうか。アリエッティも翔も、アリエッティは小人であり翔は重い病気を患っているという特異な点はあるが、メンタリティも能力もごくごく普通で、特に優れたところがあるわけではない。双方何かすごい能力が!(『もののけ姫』みたいに)というパターンもあるが、本作は普通の人代表同士みたいで、身近に感じられる。2人はわずかに交流し、協力しあうことはできるが、お互いの運命を変えることはできない。その距離感がむしろ好ましい。一緒に生きていく、ではなく、この世界のどこかで彼/彼女が生きていると思う、という形も、異種間の交流としては妥当な気がした。
 ひとつ気になったのが、キャラクターの表情の付け方。オーバーアクションよりになると、表情が下卑た感じになってしまっている。網戸にひっかかるカラスや、お手伝いさん、猫など、ぎゃーっとテンションの高い芝居になるとやりすぎ感が出る。この手の演技が下品にならない宮崎絵はやはりすごかったということか。過去のジブリ映画に対するオマージュが何か所かで見られたが、元ネタと表情の付け方等比較してしまってかえってマイナスに。




『さんかく』

 同棲中の百瀬(高岡蒼甫)と佳代(田畑智子)は倦怠期気味。夏休みを利用して佳代の妹・桃(小野恵令奈)が泊りがけで遊びに来た。無防備な桃の行動に百瀬は振り回され、恋心を抱いてしまう。監督・脚本は吉田恵輔。
 監督の前作『純喫茶磯辺』でも、決してかっこよくはない、というかむしろかっこ悪かったり情けなかったりする大人の恋愛を描いていたが、今回、映画の上手さが段違いに上がっている。短期間で何があったんだ(笑)。個人的には今年見た日本映画の中でもベスト10に入りそうな勢い。
 百瀬と佳代というカップルの造形がいい。いや好感は持てないんだけど、すごくそのへんにいそうな気がしてくる。百瀬が愛車改造(しかも思いっきりヤンキー仕様)していたり後輩に先輩風吹かせてウザがられていたりという、悪いヤツではない(仕事は結構ちゃんとやっている)がちょっとイタい、という造形に実体感がある。演じる高岡の、やや二枚目だけど高級感がない(ほめてるよ)雰囲気がハマっている。一方、佳代は一見真面目なしっかり者なのだが、スイッチが入るととんでもないことに。一途は一途なのだろうが・・・。演じる田畑がこれまた上手いのでよけいに怖い。対して、桃の存在は、少なくとも映画前半では男のファンタジー的な「妹」。女性から見ると非常にいらだたしいのだが、百瀬が参ってしまうのもわかる。演じる小野は決して演技が上手いわけではないのだが、舌足らずなしゃべり方とぽちゃっとした体型がナチュラル・ボーン・ビッチぽくってよかった。
 男女の、何と言うことないやりとりとか、具体的な理由はないけれど妙に不機嫌になったりするところとか、些細なところでの食い違いとか、もやーっとした不穏さが徐々に濃くなっていく様がすごくリアル。男女双方のイラつきに頷ける。佳代が、自分が買ってきた服に対する百瀬の反応がいまいちで逆ギレするところとか、人の感情のスイッチが入ってしまう所の押さえ方がすごく上手い。
 百瀬と佳代の関係の拗れは、おかしいけれど怖い。一見、佳代だけが一線を越えてしまったように見えるが、実は百瀬にしてもどっちもどっちであるという、しかし当人はそのことに全く気づかない。あーこの客観性のなさが恋というやつね・・・。この客観性が失われていく過程がおかしくスリリングで怖い。憑き物が落ちた百瀬の姿は、おかしく情けない。一番情けなく思っているのは当の百瀬なのだろうが。そして憑き物が落ちた目から見ると、桃はかわいいことはかわいいが単なる中学生なのだ。




『おのぼり物語』

 駆け出し漫画家の聡(井上芳雄)は、大阪から東京へ上京してきた。しかし上京するや否や、唯一連載を持っていた雑誌が休刊してしまい無職に。原作はカラスヤサトシの同名漫画。監督・脚本は毛利安孝。長編監督は初めてのようで、少々ぎこちない。
 映像化に向いているとはとても思えないカラスヤサトシの漫画を映画化とは、どんなことになるのかと心配していたが、意外と原作に忠実。ただ、丁寧にやろうとしているのはわかるが、冗長になってしまった。そんなに上映時間が長い作品ではないはずなのに、やたらと長く感じた。原作のおかしみを出す為に、アパートの風変わりな住民とのエピソードや、ギャグのネタを絞り出そうとあれこれやってみるエピソードを出してきているのはわかるのだが、映像化するとあんまり面白くないというところがイタい。
 聡のもうちょっと先を歩く上京生活の先輩として、かつての同級生の女性が描かれる。自称カメラマンだが、実際はカメラマンのアシスタントで「30才になってもアシスタントなんて」「誰かの真似みたいな作品」と言われてしまう。それでも聡の前で虚勢をはってしまう。彼女を「よく嘘をつく人だった」とさらりと言ってしまうところがリアルでもあるのだがちょっと物悲しい。意地を張っているというよりも、もう後にひけない切羽詰った状態なのが伝わる。彼女の立ち振る舞いの不器用さ、人に好かれるのが不得意そうなところと相まって、ハラハラしてしまった。何者にもなれないというのは辛い。ただ、だからといって人生が終わるわけではないし不幸というわけでもないが。彼女の顛末はホロ苦いが、「失敗した」という感は意外にないのだ。彼女は、漫画家として成功しなかった場合の、聡のもう一つの姿でもある。原作を読んでいなければ、聡もいずれこうなるのでは・・・とどんよりするかもしれない。
 主演の井上芳雄はあまり映画慣れしていないのか、演技がぎこちない。聡の役にしてはちょっとシュっとしすぎなようにも思った。出演者の中では、聡の父親役のチチ松村がいい。演技が上手いというわけではないのだが(本職ミュージシャンですから)、飄々としたたたずまいが映画に馴染んでいた。聡と父親とのエピソードは、原作でも映画でも重要な要素なのだが、映画ではチチ松村の存在感によってより際立っていたと思う。




『ジウⅢ新世界秩序』

誉田哲也
ミヤジとジウに接触した伊崎基子。新世界秩序の黒幕を追う東警部補と門倉美咲。総理を標的にしたテロの発生、無法地帯と化した歌舞伎町。はたして警察は事態を収拾できるのか?シリーズ完結編。話が進むにつれ、警察側の描写はそれなりに実体感があるのに敵側の造形はどんどん薄っぺらくなるので笑ってしまった。いや面白いことは面白いんだけど、読んだ後全く尾を引かないというか・・・。話の先が気になるのでどんどん読んでしまう。リーダビリティの高さと引きの強さには感心した。ただ、読みやすさと比例して軽くなるので、新しい世界を説かれても愛を語られてもしらけてしまう。ここまで悪を大きなものにしなければ、もうちょっと実体感があったかも。思想ではなく経済的目的、ないしは突発的な犯行の方が、著者のタッチには合っている気がする。




『ジウⅡ警視庁特殊急襲部隊』

誉田哲也著
連続児童誘拐事件の主犯とみられる「ジウ」を追う警視庁。東警部補と門倉巡査は、犯人グループの1人から「新世界秩序」なる思想を聞き、犯人の更に裏にいる存在を予感する。一方、伊崎基子巡査部長は特殊急襲部から所轄に移動するが、怪しげな記者が接触を図ってくる。1巻目ではそこそこ地に足のついた警察ものなのかと思っていたら、妙に中二病的な発言をする人たちが出てきて、あれー困ったなー(笑)。そんなつもりで読んでいたんじゃ・・・。大きな「悪」を語り始めると急にうすっぺらくなるところがつらい。こういうの、マンガとかアニメとかで腐るほど見てもう食傷気味なんだけどなー。そういうものを実体感持って描くのはちょっと荷が重いのか、それともあえて薄っぺらく描いているのか(後者であることを願う)。でも、薄さゆえに非常に読みやすい。展開は更にスピーディーで引きも強いので、ぐいぐい読めた。しかし今回、門倉は若干色ボケ気味で、ちょっと頭悪そうに見えてしまうので残念。伊崎が門倉を嫌うのも納得です(笑)。




『ジウⅠ警視庁特殊犯捜査係』

誉田哲也著
人質籠城事件の現場に向かった警視庁捜査一課特殊犯捜査係。門倉美咲巡査は犯人への差し入れ係を命じられるが、犯人に囚われてしまい、同僚警官・伊崎基子の活躍で助けられる。一方、籠城事件の犯人は、過去の未解決児童誘拐事件をかかわりがある可能性が出てくる。対称的な2人の女性警官、そして謎の中国人少年を中心とした警察小説。美咲と基子の造形が「武士道シックスティーン」の女子2人の造形ともかぶる。著者の好みなのだろうか。対称性がちょっと誇張されすぎ、かつどちらもいまいち好きになれないタイプのキャラクターだが(笑)、スピーディーな展開で読みやすい。読み飛ばしてしまう類の読みやすさではあるが・・・。本作に限らず著者の他の作品を読んでも、どことなく下世話なのだが(笑)、それが読みやすさ、とっつきやすさでもあるのだろう。




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