3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2010年04月

『カケラ』

 大学生のハル(満島ひかり)は彼氏に二股かけられても別れられず、なんとなく付き合い続けている。ある日カフェで、リコ(中村映里子)に声をかけられる。リコはハルのことを好きだと言い、ハルは戸惑うが次第に親しくなっていく。監督・脚本はこれがデビュー作となる安藤モモ子。原作は桜沢エリカの漫画「ラブ・ヴァイブス」、音楽は「リンダ・リンダ・リンダ」のサントラが印象に残るジェイムズ・イハ。
 満島は美人顔なのに、なぜかダメ男と付き合っちゃう役ばかり演じている印象がある。どん臭い役柄が妙に上手い。また、オーディションで選ばれたという中村は、動きに勢いがあって、そんなに演技が上手いという風ではないのだが目をひきつけられた。また脇役だが、かたせ梨乃に妙にインパクトがある。見ちゃいけないものを見ちゃったような迫力が・・・。
 ただ、本作の良さは主演の女優2人、そしてジェイムズ・イハの音楽に集約されてしまっているように思う。いくら役者が好演していても、脚本上のセリフが陳腐なのでがっかり感が漂ってしまう。「女の子の方が柔かくて好き」発言を筆頭に興ざめするセリフが多かった。ハルの彼氏と別れられないなあなあな部分や、両思いになったとたんに執着を見せるようになる(大学の飲み会にやってくるのが怖かった・・・)リコなど、結構生々しく描けている部分もあるので勿体無い。居酒屋でのケンカも、シチュエーションは怖いのだが双方言っていることが月並みなのでいまひとつ迫力に欠ける。まあ痴話喧嘩なんて大体月並みなことしか言わないのかもしれないが・・・。
 ところで、食事をしている口元のアップやトイレのシーンなどは、ひいてしまう人もいたのではないだろうか。自然体の女の子、というよりもちょっと露悪的な撮り方で気になった。ペットボトルを投げあうシーンなど、すごくきれいに撮れているところもあるのだが。とにかくムラが目立ち、締まりに欠けるという印象。




『モリエール 恋こそ喜劇』

 17世紀の喜劇作家モリエールの、駆け出し時代を描いた作品。伝記には書かれていない期間のことだそうなので、ほぼフィクションと考えていいだろう。監督はローラン・ティラール。モリエールの喜劇を読んでいなくても、彼の作品がどういう形でこの映画のモチーフになっているのか、最後に一望できるというところは親切だ。本作をきっかけにモリエール作品を手にとってみるのもいいかも。
 1644年、22歳のモリエール(ロマン・デュリス)は劇団を結成するが、債務を抱えて破産寸前。とうとう投獄された彼の前に、彼を雇いたいという裕福な商人ジュルダン(ファブリス・ルキーニ)が現れる。彼は社交界の花形でサロンの主であるセリメーヌ夫人(リュディヴィーヌ・サニエ)の心を自作の演劇で掴もうとしており、モリエールに指導を頼んできたのだ。子供の家庭教師のふりをしてジュルダン家の世話になるモリエールだが、ジュルダンの妻エルミール(ラウラ・モランテ)には早々に疑念を抱かれてしまう。
 コスチュームプレイ、時代物には勝手に重厚なイメージを持ってしまっていたのだが、本作は軽やかで楽しい。喜劇作家が主人公ということで映画もコメディタッチにしてある。若きモリエールの冒険、という趣もあって、青春劇としても見られると思う。といっても、モリエールは最初から喜劇作家を目指していたわけではない。本当は悲劇をやりたいのだが彼が悲劇を演じても全くうけず、即興で演じた喜劇の方がウケてしまう。やりたいことと得意なことが一致していないというのがおかしくもあり(モリエールにとっては)かなしくもある。
 そんな彼の才能を見抜いたエルミールは、喜劇をやって有名になれ、有名になれば好きなことが出来ると道を指し示す。エルミールの知的かつどこか茶目っ気のあるキャラクターが好ましかった。演じるモランテの目じりのしわがかえって魅力的で、すごくいい雰囲気の「年上の女」だ。色気よりは知性の魅力。
 登場人物の造形は、全員どこかコミカル。人によっては狡猾だったり意地悪だったりもするが、それを笑いの方向に転換している。モリエールは(悲劇だけではなく)喜劇の中にも人間の真実がある、と気づくわけだが、この映画もそれを踏まえている。モリエールとエルミールの関係など、一歩間違えるとどろどろしたものになりそうな状況なのだが、あくまでコメディとして描かれる。そのほうが、しかめっつらしい悲劇よりも却って、人生の機微が感じられるのかもしれない。道化役のジュルダンがついに切り返すシーンではぐっときた。彼の切り替えしには、高みから他人をこき下ろすことで生まれる笑いなど真の喜劇ではない、という喜劇を作るうえでの矜持もこめられているように思う。
 




『アイガー北壁』

 ベルリンオリンピックを控えた、1936年、ナチス政権下のドイツ。政府はドイツ民族の優位性を誇示し国民の士気を高揚させる為、ドイツ人によるアイガー北壁登頂を成功させようとしていた。アイガー北壁のふもとは登頂を目指す登山家と、それを見物する観光客でにぎわう。登山家の中には山岳猟兵のトニーとアンディの姿もあった。彼らの幼馴染ルイーゼも、新聞記者として上司と共に登頂を見守っていた。監督・脚本はフィリップ・シュテルツェル。
 寒い!そして怖い!夏でも高山は寒いよ・・・という事実に対して恐ろしく説得力のある映像が続出する。予告編でも使われていた「腕が凍る(生きた人間の)」展開には背筋がぞーっとした。どういう状況なのか想像したくない・・・。登山シーンは流石にセットを使っているのだと思うが、本当に寒そう。毛布がバリバリになる、顔も手も凍傷で黒くなるなど、ビジュアル面でのインパクトは強い。
 しかし登山中は地獄のようでも、山の映像は美しい。空撮とふもとから見上げるショットと両方が楽しめる。登山列車やふもとのホテルも含め、風景には非常に魅力がある。いわゆる絵葉書のような風景が広がっているのだが、それとの対比で登山シーンの過酷さが際立つ。
 対比というと、山上の登山家たちとホテルの見物客たちを対比させる形でドラマは進む。夏とはいえ北壁は雪山なので寒く過酷。対してホテルでは毎夜華やかなディナー。登山など他人事なのでホテルの客は面白がるばかりだし、新聞編集者であるルイーゼの上司にいたっては「無事下山」では記事にならない、成功か悲劇かだと言い放つ始末だ。マスコミが地道な報道よりも派手なニュースを欲しがる(もちろん全てのマスコミがそうではないでしょうが)のは今に始まったことではないのか。本作は特にベルリンオリンピック前で、とにかく国内を盛り上げるニュースが欲しかったというのも、マスコミ、そして国が登山家を過剰に煽った一因だ。オーストリア人の夫婦と編集長のやりとりなど、当時の空気感が垣間見えるというところは面白い。
 映画前半が少々かったるく、ドラマ作りはあまり上手くない。特にルイーゼとトニーの恋愛はドラマ進行上必要ないように思った。愛に関係ないところでドラマの大半が進むので、最後にルイーゼが出てくる必要性もない。彼女をジャーナリストとして描いたなら多少納得できるけどジャーナリストらしいことしてないんだよなー。




『東のエデン劇場版Ⅱ Paradise Lost』

 ニューヨークから元内閣総理大臣の私生児として、咲(早見沙織)と共に帰国した滝沢朗(木村良平)は、“東のエデン”のメンバーと合流し、セレソンゲームを終わらせようとする。同時に、他の競れ損たちもそれぞれの計画を進めていた。
 映画としての評価は劇場版Ⅰ、Ⅱともに見ないとわからないよなと思っていたのだが、2本みてもやはり、なぜ一貫してTVシリーズにしなかったのか疑問だ。TVシリーズは次回への引きが上手かったのだが、30分ずつ毎週見ていくというフォーマットに向いた作品だったのではないかと思う。映画2本に納めるには、エピソードが多すぎだった。
 やはり、何をしていたのか、何者なのか分からないセレソンが残ってしまったのはペース配分の失敗だろう。また、セレソンゲームの終わり方も疑問。既に動いているゲームなので、その後始末どうするの?!と気になってしまった。主催者が無責任すぎるだろう。上から目線で下に丸投げされてもなぁ・・・。これだったらセレソンゲームやらなくてもよかったんじゃないかという気がしてしまう。はっきり、テロリスト側からの物語にしたところは、もうちょっと踏み込んで見てみたかった。
 世代間闘争(というほどではなく双方からの反感といった方がいいのかもしれないけど)を絡めていこうという意図はわかるのだが、最後の方がとってつけたようになってしまった印象。まとめようとしてまとめきれなかったのでは。また、現実世界の変化の方が早すぎて、本作の中の価値観には既に今更感が出てしまったのは不幸としか言いようが無い。製作に時間がかかるという点でも、劇場作品にしたのはベストとは言えなかったのではないかと思う。
 個人的には、どうも神山健治監督が持っている社会観がぴんとこない。特にニートの認識が、それ既にニートじゃないんじゃないかと・・・。




『出てゆく』

タハール・ベン・ジェルーン著、香川由利子訳
モロッコの青年アゼルは学歴はあるものの職に就けず、この国から出てヨーロッパ世界へ渡ることだけを夢見ていた。富豪の男ミゲルの愛人となり不自由のない生活を送るようになったアゼルは、姉ケンザを呼び寄せようとする。ミゲルが自分の国から出て行きたいのは、若者にとって将来の希望が持てる情勢とは言いがたいからだ、しかしミゲルについてスペインに渡ったでも、彼が将来に希望を持てるようになったわけではなく、むしろ新しい環境にあわせて自分を偽らなくてはならず、苦しくなっていく。そしてまた出て行きたくなるのだ。ミゲルの出て行きたい、ひいては別の自分になりたいという願望は留まるところがないが、それは必ずしも彼を幸せにはしない・・・というようなことよりも、受け攻めという用語が純文学の訳文で普通に使われていることに衝撃を受けましたね私は。一般人にも通じるのかそれ。





『虐殺器官』

伊藤計劃著
9.11以降テロとの戦いは激しさを増し、先進資本主義諸国は個人情報認証による強力な管理体制を敷いていた。一方、後進諸国では内戦や民族紛争が激増。その背後にはジョン・ポールなる人物が見え隠れしていた。アメリカ情報軍の特殊検索群分遣隊のシェパード大尉は、ジョン・ポール捕獲の命を受けるが。自分の守備範囲外の作品ではないかと思って読まず嫌いしていたのだが、いやー面白い!そして上手い!SFやファンタジー小説では、この世界でこういう事態が起こればこのように波及する、という設計図がきちんとできていないと行き当たりばったりに見えてしまうが、この作品はその部設計図作りがすごく上手い。上手いので、ある設定が出てきた時点で、ああ多分ラストはこうなるだろうなぁ・・・という流れが見えてくるのだが、それは作品の瑕にはならない(特に意外な展開を狙った作品ではない)。いわゆるディストピアものになるのだと思うが、夢も希望もなくて素晴らしいです。読者側の現実との地続き感が強く、救いのなさにげっそりともするが。暴力というと、倫理や理性と対峙するものとして扱われることが多いが、本作における暴力は、非倫理的、非理性的な状況下で行使されるとは限らず、むしろ(暴力を振るう者の主観では)倫理や理性の元に行使される。でもその暴力を自分で引き受けるつもりなんてないんでしょ、というところに終盤の展開を突き付けられて大変居心地悪い。




『クロイドン発12時30分』

F.W.クロフツ著、加賀山卓朗訳
 機械部品工場を経営するチャールズは、資金難に陥っていた。資産家のアンドルー伯父を頼りにしたものの、資金援助は断れてしまう。追い詰められたチャールズは、自分と従姉妹に遺産を残してくれるはずの伯父を毒殺しようと計画を練る。いわゆる叙述ミステリの傑作と呼ばれる本作。冒頭と終盤以外は全てチャールズ視点なので、彼がどのように計画を練り、実行していくのかが綴られる。地味な作品なので、本格ミステリファン以外にはフックが弱いかもしれないが、結構好きな作風だった(面白さで言うと『樽』にジャッジが上がるが・・・)。読んでる側としては、彼がどこで失敗したのか?と推理していくわけだが(笑)、犯行の証拠としてはほぼ状況証拠のみなのでは?というところが少々気になった。これで殺人の有罪判決を下すのは厳しいんじゃ・・・当時はOKだったのか?ともあれ、やや浮ついた男であるチャールズが、煩悩に負けて計画を実行する様が淡々と面白い。チャールズの心境を描いているが文体にどこか突き放したようなところがあるので、この人今、自分が都合のいいように解釈したな・・・、とか、今自分のことを無理矢理説得したな・・・とか、姑息な部分が丸見えになってくるのがおかしい。もちろん本人大真面目なんですけど・・・。動機の一つが意中の女性を引き止めたいから(しかも相手にはあんまり脈がないっぽい)というのも、本人には切実だが傍目には滑稽。チャールズの一喜一憂がいじましい。




『不幸な国の幸福論』

加賀乙彦著
作家であり精神科医である著者による、「日本人は幸せを感じにくいのではないか?」という論と、幸せになりやすくなる為の提案。おそらく間口の広い読みやすさを目指していることと、著者のご年齢からか、言わずもがなな部分、また少々古風な部分もあるのだが、思いつめてしまいやすいタイプの人は発想転換のきっかけとして読んでみるといいかも。幸・不幸の感じ方は実に千差万別だと思う。一つの価値観に無理矢理沿おうとするところが、不幸を招いているのかもしれない。また、一つの場しか持たない人はくじけやすいというのには納得。自分の中で色々なバリエーションがある方が、一つの場で何か起きても他の場に避難しやすい。子供はそれが出来にくいから辛いんでしょうね・・・と思っていたら大人も結構そうなのか・・・。ささやかでも、自分が好きなことに自覚的である方が人生豊かになるのは確かだろう。なお本作、あくまで精神的な部分を扱っているので、経済的な部分でにっちもさっちもいかない、という人の処方箋には残念ながらなっていない。




『MORSE 上、下』

ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト著、富永和子訳
母親とアパートで2人暮らしの少年オスカルは、学校でいじめにあい、孤独な日々をおくっていた。ある日隣の部屋にエリという美しい少女が越してきた。オスカルはエリに惹かれるが、彼女と遊べるのは夜だけだった。一方町では、奇妙な殺人事件が相次いでいた。スウェーデンでベストセラーになったというヴァンパイア小説(映画化もされ、ハリウッドリメイクの話もあるとか)。私はホラー小説は殆ど読まないのだが、本作は確かに面白い!ヴァンパイア体質がウイルスによるものだというところは現代的だが、何より、オスカルをはじめとする、この世になじめない人たちの悲しみが根底にある。オスカルが、辛い現実から自分を救う為にやる一人遊びが痛々しすぎて、10代の頃だったら平静に読めなかったかもなぁ。オスカルだけでなく、町をさまよう酔っ払いにしろ、団地の不良少年にしろ、皆居場所がない辛さ、生き辛さを抱えているところがヴァンパイアの孤独と共鳴する。私はヴァンパイア小説は殆ど読まないのだが、ある種の哀れさを帯びているところも魅力なのか。構成にはやや難ありだが、冷え冷えとした雰囲気の作り方は上手い。




『マンガ脳の鍛え方 ジャンプ人気漫画家37名、総計15万字激白インタビュー集』

門倉紫麻インタビュー・文
週刊少年ジャンプ40周年記念出版である本著。本宮ひろ志から尾田栄一郎まで、かつて週刊少年ジャンプで活躍し今や大御所となった漫画家、現在ジャンプで連載中の漫画家37人へのインタビュー・アンケートをまとめたもの。仕事場や愛用の道具のカラー写真も収録した豪華な1冊。漫画家という職業、それぞれの仕事のやり方にスポットをあてているが、やはりそれぞれスタンスが違うのが面白い(作業の手順自体は割りと似てるんだなという発見も)。そして週刊連載の過酷さも垣間見える。ジャンプ読者としてはちょっと感涙ものですねこれは。漫画家志望の人にももちろんお勧め。常に新しいことをし続けなければいけない、とおっしゃっている方が多かったのが印象に残った。やはり活躍し続けている人は貪欲だし努力家で負けず嫌い。ちょっと耳が痛い(苦笑)。各人へのインタビューでは、徳弘正也の生真面目さ、孤独さに心打たれた。また、小畑健が、「面白く見せる絵を描くのが自分の役割」と割り切って大化けした経緯なども印象深い。あとは久保せんせいの愛用品はやはりオサレだとかな(笑)。




ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ