3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2009年01月

『オバマ・ショック』

越智道雄、町山智浩共著
アメリカ研究者とアメリカ在住の映画評論家の対談集。タイトルには「オバマ」とついているが、現代アメリカの変容を追う内容となっていて、読みやすく面白かった。アメリカが質実剛健・努力の国というのは後付けされたイメージで、実際は多分にギャンブル好きな国かもしれない、そもそも国の成り立ちがある意味博打の結果であるという話にはなるほどそうかもと。あとブッシュ家=エデンの東説にもウケた。また、私はアメリカの右派・左派の立ち位置について誤解していたところがあったので、それが解けてよかった。日本でいうところの保守・革新とはちょっと違うのね。町山氏が実際にアメリカで住宅を購入した時のエピソードも興味深い。そんなに審査甘くていいんか(町山氏が購入したときではなく、それ以降の傾向ですが)!と思うが当時は全然OKってことになってたんだよなー。冷静に考えると恐ろしい話ではある。ともあれ、現在のアメリカが今までなかったくらいの危機にあることは確かだ。オバマ氏、茨の道だよな・・。映画ファンとしては、資本が投入されなくなったハリウッドの行く末が気になるが。





『グールド魚類画帖 十二の魚をめぐる小説』

リチャード・フラナガン著、渡辺佐智江訳
骨董品店で不思議な「魚の本」を見つけたシド・ハメット。その本を書いたのは、かつてタスマニアの孤島に流刑された男グールドだった。ハメットは本に書かれたグールドの体験談と魚の絵に引き込まれていく。グールドが書いた物語は、グールドが言うには事実だが、史実とは異なっている。しかしハメットにとってはグールドが書いたことこそ真実。ハメットにしろグールドにしろ、この本には自分を取り巻く「事実」と自分の中の「真実」をうまくすり合わすことができなかった人たちが大勢出てくる。普通だったら周囲の「事実」の方が優先されるところだが、彼らは頑として自分の中の「真実」を曲げない。人は誰しも自分の中の物語を生きるともいうが、彼らのそれはかなり極端である。彼らは自分の物語、はたから見れば妄想なのだが、それをもって「事実」を凌駕しねじふせようとする。思い通りにならない現実に対して妄想によって復讐しようかというように。ねじれた物語のように見えるが、「現実なんてくそくらえ!」というところでは、ある意味筋が通っている。





『寝取られ男のラブ♂バカンス』

 一部の映画ファンの間で絶賛された『40歳の童貞男』製作チームによる新作。日本ではDVDスルーしそうな雰囲気だったが、同チーム製作『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』と2本立てで、安売りセールのようではあるがめでたく公開された。どちらも楽しい作品なので非常にお得な2本立てとなっております。配給会社はどうも「~男」シリーズでタイトルを揃えたいらしいが、かなり苦しい邦題となっている。
 ドラマサントラを中心に仕事をしている冴えない作曲家ピーター(ジェイソン・シーゲル)は、恋人であるドラマ主演女優のサラ(クリスティン・ベル)に振られてしまった。傷心のピーターはサラを忘れる為ハワイへ旅立つが、現地でサラ本人とその今カレに鉢合わせしてしまう。監督はニコラス・ストーラー。
 予告編でも使われていた、映画冒頭のピーターがサラに別れ話を切り出されるシーンまでで、ピーターがどういうキャラクターであるかがわかりやすく説明されている。アメリカのコメディはこういう基礎情報説明が上手いものが多いと思う。ピーターの場合、「根はぐうたら」「でも彼女の前ではええかっこしい」「非常におセンチ」「でも基本真面目」、要するにいい人だがかなりうざい男であるということが冒頭15分くらいでばっちりわかる。また、彼は人気ドラマのサントラ作曲者ではあるが、生活水準は至って庶民的というのもわかる(笑)。またサラやその今カレであるミュージシャン、ハワイでピーターと仲良くなるホテルの女性従業員など、どれもはっきりとわかりやすいキャラクターになっている。欠点が明示されているピーター、サラ、サラの今カレに比べると、美人で性格もいいホテル従業員が印象薄くて損をしている気がするが。また、ちょい役であるピーターの異母弟夫婦がかなりいい味を出している。一見モテなさそう(すまん・・・)のにしっかり結婚していて愛妻家というギャップもいい。
 映画前半はピーターの自己憐憫と未練のオンパレードだが、彼が自己憐憫を捨て、積極的にバカンスを楽しもうとしてくると、今度はサラにフォーカスが当てられ、彼女がピーターに対する未練を見せるようになる。ああタイミングのズレって残酷・・・。女性側の事情もちゃんと説明するところがいいなと思う。サラに限らず、どのキャラクターについても、困った人ではあるが嫌な人ではないという描き方なので、すっきりと見ることができた。特にサラの今カレはとんでもないプレイボーイなのだが、それでも結構いい奴のような気がしちゃうところが微笑ましい。





『ハドリアヌス帝の回想』

マルグリット・ユルスナール著、多田智満子訳
ローマ帝国がぶいぶいいわせていた時代の皇帝の一人、ハドリアヌス帝(76~138)が自分の生涯を、未来の皇帝マルクス・アウレリウスに向けて書いた手記。といっても著者は現代フランス作家であり、手記の形をとった歴史小説である。ハドリアヌスは既に晩年であり、死に近づく心持など、はっとさせられる。皇帝としてというよりも、一人の男性としての心情が前面に出ていると思う。しかし非常に冷静に自分と周囲を観察しており、皇帝であるが故、誰も心からは信じられない、頼れないというところは徹底している。それが時に突き放したような、達観したような語り口となる。その一方で、夭逝した愛人については思い入れ過多で結構美化しており、このへんの主観の度合いの微調整が上手いなーと思った。国家について真面目に語る一方で、「年取ると肉より野菜の方がおいしくてさー。でも宴会の席で肉断ると空気読めてないみたいっしょ?皇帝も気ィ使うのよー」的なぼやきがあるのがおかしい。確かに年齢によって食の好みは変わってくるが。





『ロック母』

角田光代著
芥川賞候補作から川端賞受賞作(表題作)まで、15年間に書かれた作品を収録した短編集。うだつのあがらない人達がぱっとしない生活を続けるという、すごくよくわかるけどわかりたくないわそれ!というショボさの手ごたえがすごい。こういうショボショボした状態を書くと著者は抜群に上手い。出口なし状態の臨場感がなまなましくて、嫌な汗をかいた。一編目「ゆうべの神様」で発火した行き場のない怒りが、最後の「ロック母」でやけっぱちながらもわずかな光に出会ったような感じがする。著者が着実に上手くなっているがわかるという点でもおもしろい。





『しらみつぶしの時計』

法月綸太郎著
ノンシリーズの短編集。・・・あれ?法月ってこんなに小説下手だったっけ・・・?ついそう思ってしまうくらい文章に精彩がない。本格ミステリとして出来が悪いわけではないのだが、小説として面白みがない。このネタをあの人が書いたらもっと怖いはず、もっと面白いはずと思ってしまう。ああ勿体無い・・・。やはり探偵・法月綸太郎を使わないと調子が出ないのか?それとも評論にパワーを吸い取られたのか?プロットはいいのになー。





『鎮魂歌は歌わない』

ロイ・ウェイウェイオール著、高橋恭美子訳
グアンブルと麻薬売人からの現金強奪で、やけっぱちな生活をしていた中年男ワイリー。娘が惨殺されたことを知り、かつての友と一緒に犯人を追い始める。犯人側、ワイリー側双方から語られるのだが、あまり文章が整理できていないなーという印象。語りが回りくどくて空回りしている。特にワイリー側は、何がどうなっているのか、この人とあの人はどういう関係なのかがあまり具体的に触れられず、展開が唐突な印象。犯人側の背景がどうなっているのかあっさりスルーされるのも物足りなかった。確かにワイリーにとってはどうでもいいことではあるが、読者としては気になるじゃないよー。ワイリーは基本マッチョ気質だと思うのだが、色々とうかつすぎ。あと、娘が自分の友人とデキていたというのは、父親としてどういう心情なんだろうかと気になる。





『国境の少女』

ブライアン・マギロウェイ著、長野きよみ訳
南北アイルランドの国境で、裸の少女の死体が発見された。南側の刑事デヴリンは捜査を開始する。アイルランドの警察機構がどうなっているのか(南北間は思っていたほど険悪ではないみたい)という部分が垣間見られて面白かった。さて主人公デヴリンは中年男性で愛する妻子がいる。しかし再会した昔の彼女に明らかにコケにされている(過去にも相当コケにされている。というか遊ばれただけなんじゃないのかそれは・・・)のに未練タラタラで、そんなに忘れられないものか?!プライドと自制心をもって!その他でもデヴリンは誘惑に弱すぎるしいまいちどんくさいしで、大丈夫かこいつとイライラした。





『心神喪失(上、下)』

ジリアン・ホフマン著、吉田利子訳
新人検察官ジュリアは、母親と幼い子供2人が殺され、重症の父親が犯人として逮捕された事件の検察官補佐に抜擢される。父親は本当に犯人なのか?また彼が事件当時心神喪失状態だった可能性はあるのか?殺人事件の真相解明と並行して、ジュリアの過去の解明が進行する。むしろジュリアが抱えるある問題が中心となってくるので、謎解きや法廷サスペンスを期待していると、ちょっと意外に思うかもしれない。よりジャッジしにくい方向に踏み込んでいくところが面白いし、テーマの重さも感じさせる作品。ジュリアが抱える恐怖は解決できないものであり、しかも他人に理解されにくい。しかしそれに個人として、司法に携わる者として(負け戦になるかもしれないが)立ち向かっていこうとするところがいい。ところで、当然裁判場面が出てくるのだが、アメリカの裁判て(いまさらですが)すごくショーアップされていて、いいのかこれ?と不安になってしまった。





『北米探偵小説論』

野崎六助著
著者のライフワークとでも言うべき超大作。アメリカのミステリ小説の評論というだけでなく、20世紀のアメリカ史(一部日本も)をミステリ小説史という側面から考察した、現代アメリカ史でもある。とにかく労作。索引が充実しているのもうれしい。これ1冊読むと、アメリカミステリ史どころかアメリカ現代文学の流れが大体把握できるのではないだろうか。他ではなかなか取り上げられない作家についてもかなり言及してあり、作家、作品のピックアップの仕方には著者の好みや価値観が色濃く出ている。盛り上がってくると私情がどんどん入ってくるのが著者の評論の特色だと思うのだが、本作でも遺憾なく発揮されていて、好きな作家を取り上げるときと、そうでもないがミステリ史的に外せない(チャンドラーとかね)を扱うときではノリが違いすぎる。良くも悪くも著者のキャラクターが立っている評論。難点はとにかく長いことと、著者のキャラが時に鼻につくことか。





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