3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2008年12月

『ラースと、その彼女』

 小さな町で兄夫婦の家の離れに暮らす青年・ラース(ライアン・コズリング)。優しいがシャイで人付き合いが苦手なラースを、義姉のカリン(エミリー・モーティマー)はいつも心配していた。そんなある日、ラースが「紹介したい女性がいる」と言い出した。大喜びした兄夫婦の前に現れたのは、等身大のリアルドール。唖然とする2人にラースは「彼女はビアンカ。ブラジルから来た宣教師なんだ」と「彼女」を紹介する。監督はクレイグ・ギレスピー。
 人形を人間として扱うラースの行動は、変人を通り越して、兄が言うように「病気だ!」と言われてもおかしくない。そんなラースに兄夫婦と町の人々はどのように接していくのか?というのが本作の見所であり、感動させられるところだ。彼らはラースの妄想を受け入れ、それに合わせようとするのだ。最初はバカみたいだと猛反発していた兄も、彼なりにラースのことを理解しようとし、彼がおかしくなったのは自分が家を出るのが早すぎたからかもしれない、父親と2人きりにするべきではなかったと後悔の念をもらす。ラースの妄想を受け入れることは、イコール彼を理解しようとし、彼を受け入れることだ。町の人達は、実は兄夫婦でさえ、ラースのことをすごくよく知っているとは言えないし、深い付き合いがあるわけではない。そんな人達がラースの世界を想像し、そこに参加することによって彼と関わろうとする姿を見て、人間の想像力とか寛容さというのはこういうことでもあるのかなと思った。ラースに「彼女は人形だよ、君はおかしくなっているんだよ」と言って病院なり施設なりに入れるのも一つの方法ではある。が、兄夫婦と町の人達が取った行動は、人が見ている世界はそれぞれ違うということが前提にあるものだ。そこにほっとした。
 兄夫婦にしろ町の人達にしろ、皆それぞれかしこく思いやりがあるので、見ていてストレスが溜まらない映画だった。また主人公であるラースにしても、いわゆる愚か者というわけではなく、彼なりにかしこく思いやりがある。人と関わるのは不得手だが、人のことを良く見ており、女医に打ち明けるカリンに対する洞察などかなり鋭い。また、同僚の女の子のティティベアがひどい目にあったときの対応は、町の人達が自分に対してしていることと、期せずして同じ行為なのだ。
 ラースは自分を取り巻く世界と上手く関係することができず、妄想の中に逃げ込んでいる。しかしその妄想が、彼を再び世界と強く関係付けることとなる。劇中のセリフにもあるが、「ビアンカは必要があって現れた」のだ。ラース以外の人にとっては全くフィクションな存在であるビアンカが、だんだんフィクションではなくなる(現実に対して影響力を持ち始める)という過程がとても面白かった。終盤、神父がある場で説教をするのだが、ビアンカというある嘘に基づきつつ、述べられている内容には全く嘘がない。ちょっと感動した。
 キャスティングは地味だが的確。ラース役にライアン・ゴズリングをもってきたのは正解だろう。行動だけ見たら「キモい」と言われかねない役を、キュートに朴訥と演じられる人はなかなかいないと思う。かっこよすぎてもダメだし、案外さじ加減は難しかったのでは。また、カリン役のエミリー・モーティマーがとてもキュート。一人で家に帰ろうとするラースを、文字通り体を張って引き止めるシーンはよかった。





『WALL-E ウォーリー』

 (若干ネタバレです)
 29世紀の地球。地表はゴミで覆われ、人類は宇宙へと退避してしまった。そんな地上でただ一人、黙々とゴミ処理を続けるゴミ処理作業用ロボット・ウォーリー。そんな彼の前に、白く輝くロボット・イヴが現れる。彼女は地表探査用ロボットで、ある使命を帯びていた。
 アニメーションがとうとうここまできたか・・・とため息が出そうな精緻さである。ウォーリーが飛び出していく宇宙はもちろん、ゴミの山なのに妙に郷愁をさそう地球の光景も実によくできていて美しい。また、風景だけでなく、細部への気の配り方が細やか。特に、ウォーリーの「宝物」コレクションに唸った。何を基準に選んでいるのかわからないのに、明らかになんとなく統一感がある。このバランス感覚はすごいと思った。
 予告編では、ウォーリーの「数百年ひとりぼっち」「だれかと手をつなぎたい」という思いに泣かされるかと思った(というか予告編見ている段階で涙腺やばかった)のだが、本編を見たら意外なところでホロリとさせられた。それは、後半出てくる人間達の世界の変化だ。宇宙へ退避して数百年たち、既に地球の記憶は薄れ、生活の為の諸々は全てオートメーション化されているため、自分が動く必要もない。他人とのやりとりもディスプレイ越しで直接触れ合うことはない。そんな彼らの世界が、闖入者であるウォーリーにかき回されて変化する。安全・安心なこれまでのルールから外れていくのだ。艦長が過去の地球を知ろうと、初めて自主的に行動を起こす過程にはワクワクした。人間だけでなく、ロボットたち(お掃除ロボットのMOUがかわいい!)にすら文字通り「レールから外れたい」という衝動があるのだ。肉体的は虚弱になった人間達が荒れ果てた地球に戻るのは無謀だし、おそらく宇宙船の中にいた方が長く生き延びられるだろう。しかしそれでも、地球に戻りたくなってしまう。ここに至るまでの展開がちょっと急だなとは思ったが、「理由のわからない衝動」みたいなものにやられてしまった。エンドロールで「その後」を見てしまうともうマジ泣きである。クライマックスで、ウォーリーの「誰かと手をつなぎたい」という思いが、人間達にも波及していくのもきれいにまとまっていてよかった。
 すごくいい映画だと思うのだが、ちょっとだけひっかかったところもある。こういうことを気にするのは野暮というのは承知の上だが、そもそもロボットにとって「手をつなぎたい」というのはどういうことなんだろうというのが気になった。もちろん、ファンタジーのお約束としてウォーリーにもイヴにも心があるという描き方をされているが、本来作業用の量産型ロボットであるウォーリーやイヴには、心を備える必要はないはずだ。百歩譲って、数百年一人で動いているうちにウォーリーの中に心のようなものが芽生え、というのはまあわかるが、イヴにはこの流れは当てはまらない。ロボットの「心」のあり方を描くとまた別の映画になってしまうというのはわかるのだが・・・。





『エグザイル/絆』

 マカオの住宅街にある一軒の家を、4人の男が訪問してきた。彼らは1人の男を待っている。4人のうちタイとキャットは彼を守る為に、ブレイズとファットは彼を殺す為に。その男・ウーは、ブレイズらの親分であるギャングを暗殺しようとしたのだ。死ぬ前に妻子に金を残したいというウーの為、昔なじみの4人は最後のヤマを踏むことにするが。
 ジョニー・トー監督の新作は、邦題のとおり男たちの「絆」が中核にある。香港版仁侠映画とでも言いたくなるが、男達というよりもむしろ「男の子たち」と言いたくなるような無邪気さとでもいうようなものに満ちている。彼らは実に楽しそうであり、悪ガキ時代のノリそのままにはしゃぎ騒ぐ。ストーリー上、2人の女性が登場するが、母親と悪女(というほどスケールではなくこすっからい感じだが)という極端な位置づけであり、男達が新たにパートナーとするような存在ではない。絆はあくまで男たちの間にのみ存在する。一種のユートピア(硝煙と血が臭うユートピアではあるが)のようでもある。ウーが狙われるとわかっていながらマカオに戻ってきたのも、そこが幸せな記憶と直結しているからに他ならないだろう。
 しかし夢はいつか終わる。それがわかっているからこそ、彼らはやたらとはしゃぎ、四六時中酒をあおりタバコをふかすのかもしれない。終盤の扉を閉めるシーンが印象深く切ない。そこで世界を閉じてしまうことで、ユートピアはユートピアのまま成立し続けるのだ。
 予告編の段階で映像にはかなり期待していたのだが、期待を裏切らないすばらしさ。スローモーションを多用したガンアクションはもちろん、陰影の深さと相まって美しい。キタキタキターっ!と背筋がぞくぞくした。また、ガンアクション中の人物・カメラの動かし方が実に上手いなと思った。横移動だけでなく縦移動もかなりあるので、限られたスペースのはずなのにやたらと広く見える(というより、一部間取りを無視しているんじゃないかと思えるところも)。アクションシーンに関してはかなりケレン味が強いのに、ギャグにはならずエレガントであるのは、もうセンスの良さとしか言いようがない。また、シリアスさの中にもどこかしらユーモラスな部分があるのもいい。コイントスで金塊輸送車襲撃するかどうか決める時、「表だったら襲撃」としたのに裏が出ちゃって「あーあ」という顔をするのがやたらとおかしい。そんなに襲いたかったのなら襲っておけばいいさ!妙に律儀なのだ。
 映像にしろストーリーにしろ、あえて様式美にはめこんでいると思うのだが、型にはめているのにどうみてもジョニー・トー作品になっているというところがすごい。どのジャンルであれ、(出来不出来は別として)自分の手癖の強い映画にしてしまう監督なのだろうか。あと、出演者が全員とても魅力的だった。ジョニー・トー、男集団を撮ったら世界レベルの巨匠だと思う。





下半期が過ぎつつあります

 上半期過ぎた頃に「ベストにはまず入らない、もしくは世間的にあまり話題にならなかったが、機会があったらちょっと見て欲しいなーというちょこっとお勧め映画10本」というのをUPしたので、下半期(7月~12月現在)やります。ただし、今年は映画が異常に豊作だったので、ベストにはまず入らないというよりも、年間ベストからは泣く泣く除外しそうな10本となります。つまり、普通の年だったら十分圏内狙える作品もあるということです。以下、見た順番で。

1:『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』
コメディ映画でありガンアクション映画でありバディ映画である。つまり私が好きな要素てんこもり。

2:『インビジブル・ターゲット』
香港のガラスは割れやすすぎだ!香港アクションの醍醐味を満喫した。キャストが若々しいのもよかった。

3:『俺たちダンクシューター』
ウィル・フェレルの歌声が耳について離れない。

4:『僕らのミライへ逆回転』
かわいらしいが失われていくものの哀愁も感じる。

5:『ストリート・オブ・クロコダイル』(ブラザーズ・クエイの幻想博物館Bプログラムより)
クエイ兄弟作品初体験だったが、薄暗いファンタジーの世界に引き込まれた。

6:『言えない秘密』
監督デビュー作にこのネタを持ってくるジェイ・チョウの度胸にやられた。

7:『落下の王国』
ビジュアルの美しさだけではなく、個人的に胸に迫るものがあった。

8:『アイアンマン』
正しい男の子映画。主人公はおっさんだがな。

9:『トロピック・サンダー 史上最低の作戦』
「悪魔の小道」が見たいです。誰か撮ってー。

10:『青い鳥』
姿勢を正したくなる作品。

『妖怪アパートの幽雅な日常(1)』

香月日輪著
 13歳で両親をなくした夕士。高校進学と共に入居したアパートには、うさんくさい人間たちと、人間じゃないものたちが住んでいた。人気児童文学(というよりティーン向け小説といったほうがいいのか)だそうだ。しかしいきなり河原でタイマン殴り合いを始めたりするので、どこの男一匹ガキ大将ですかと思った。これに限らず、妙に時代錯誤に感じられるところが・・・。オーソドックスといえばそうなのかもしれないが。主人公が最初からしっかりしていて、むしろしっかりしていてがんばりすぎているからこそフォローが必要、というところに、普通の子からの共感が得られているのかなと思った。主人公の成長物語としては、すでに完結してしまっている感がある(そもそも、このラストでは次のステージに上がったことにならないのでは)のだが、シリーズものとしてはキャラクター小説化していった方が展開しやすいのかも。しかしある意味ハーレムもの(夕士総モテ)ですねこれは。





『青い鳥』

 東ヶ丘中学2年1組に、病気療養中の担任教師の代理として赴任してきた村内(阿部寛)。彼はいじめにより転向した生徒の机を教室に戻させ、毎朝机に向かって「野口君、おはよう」と話しかける。他の生徒達が反発する中、園部(本郷奏多)は悩んでいた。原作は、最近映像化が相次いでいる重松清の小説。監督は中西健二。これが初監督作品(助監督としてのキャリアが長い人だそうだ)となるが、そうは思えない安定感がある。
 冒頭、村岡が通勤する姿、園部が通学する姿が交互に映される。しかし、村岡の顔はなかなか映されず、彼が教室に入り生徒の前に立ってはじめて顔と名前がわかる。また、園部がなぜ遠回りして閉店したコンビニの前を通るのか、すぐには説明されない。段階を踏んで徐々に明らかになっていく。ストーリーのテンポがゆっくりで、セリフの間合いも長いのだが、その間合いに非常に緊張感がある。緊張した状態が延々と続き、たるみがない。脚本が丁寧に作られていると思った。セリフの量は決して多くはないのだが、必要なことは全て説明しており無駄がない。村内の過去を写真1枚で示唆するのも抑制がきいている。言葉は多くは無いのだが、映像よりも言葉・文脈に重きをおいている映画だと思う。その方針は村内が吃音であるという設定にもいかされている。村内は言葉がスムーズに出るわけではない。だから厳選された言葉を的確に発するのだ。「本気の質問には本気で答えなくてはいけない」と村内本人がいうように。
 本作では学級内のいじめがとりあげられている。この手の問題に決着をつけようとすると、本作内で教師達が生徒に書かせた「反省文」のような内容になるおそれがある。しかしそこを、やったことはなかったことにはならないと断言するところに、本作の、筋を通しますよという意志を感じた。過去に対して「反省しろ」ではなく(反省するなということではないのだが)、「責任がある(あり続ける)」ということを真正面から提示する物語は、そういえば現代の邦画ではあまり目にしたことがない。過去に対する責任はなくなることなく、忘れることは許されない、その重みに耐えろという主張は、本作の主要な観客層として想定されたであろう、中高生には少々きついものかもしれないが、だからこそ10代に見てほしいとも思う。
 説教くさいと敬遠されそうではあるが、ブレのない誠実な作品だと思う。また、中学生と教師が主人公でいじめ問題があって、というと、うっかり情感過多で感動モノになりかねないが、本作はむしろロジカルで情感はうすい。「泣かせ」の方向にいかないように極力トーンを押さえている。この点がとてもよかった。本作の感動はエモーショナルな部分に対する感動ではなく、正しく主張がされているという部分に対するものだったと思う。
 主演の阿部寛は、決して演技が達者というわけではないのだが、出演作では毎回、丁寧な役作りをしているという印象がある。いい役者になったなー。また、本郷奏多が予想外によかった。表情をあまりださないナイーブな感じが役柄にあっていたと思う。そのほかの生徒役の子たちも、実際にこんな子いるよな、という雰囲気が上手くつくられていた。役名がはっきりしない子らの方が、中学生としての存在感があったように思う。





『ハッピー・フライト』

 『ウォーターボーイズ』の矢口史靖監督がおくる新作映画。「主演・綾瀬はるか」と大々的に宣伝していたが、確かにキュートだがさほど存在感はないし、ストーリー上特に重要な役柄というわけでもない。むしろ特定の主人公を持たない群像劇としての側面が強い。予想以上にバランスがとれており、監督の手癖が薄いのでおどろいた。
 機長昇格への最終試験となる実機(もちろん乗客付き)操縦に挑む副操縦士(田辺誠一)、その試験教官として同乗する機長(時任三郎)、国際線は初めてのCA(綾瀬はるか)、その上司となる厳しいと評判のベテランCA(寺島しのぶ)、整備にかり出された若手整備士や地上勤務のグランドスタッフ、管制官にバードパトロール等等、空港と旅客機内で働くさまざまな人々が登場する。なるほど飛行機はこうやって飛んでいたのか!と目からウロコ。お仕事紹介映画として大変おもしろい。さすがANAが全面協力しているだけあって、丹念に取材したのがわかる。監督自身も結構飛行機好きなのではないだろうか。
 旅客機の不調と大型台風の接近というトラブルをいかに乗り切るかというストーリーではある。しかし実は、物語内の時間は数時間でさほど長くは無く、飛行機が飛び立って戻ってくるだけなので、それほどスケールの大きいストーリーでもない。しかしちゃんとハラハラドキドキさせ、映画を見たというスケール感がある。各キャラクターが課題を与えられそれをクリアするというカタルシスが得られ、その配置バランスもいい、さらに個々での課題クリアというだけでなく、「チームもの」としての充実感もある。特に岸辺一徳率いる管制官たちの奮闘には、ついつい盛り上がってしまった。岸辺がいつになくイイ感じで、ファンとしてはうれしい限りである。また、苦労性のグランドスタッフ役の田畑智子が持ち味のまじめさとコミカルさを発揮していて大変キュートだった。彼女にも最後、ちゃんとフォローがあるのがまたうれしい。
 ただ、個々のキャラクターがあくまで「キャラ」であり、表層的である、深い人間ドラマがないという指摘はあるだろう。しかし本作は人間ドラマを目指した作品ではないと思う。空港のお仕事を見せる、その中でワクワクドキドキさせホロリとさせるというのが第一の目的であるので、登場人物は物語を機能させる「キャラ」であればいいのだ。見た後は満足感が得られるが、全く余韻が残らない、「そういえばどんな話だったっけ?」となるのも、娯楽映画としてはむしろ美点だと思う。





『わたくし率イン歯ー。または世界』

川上未映子著
 脳がない状態の人がいたわけでもないのに何故脳で考えていると言えるのか、私を私たらしめているのは奥歯だということにする!という「わたし」が私と歯について延々としゃべくる。「わたし」が何層にもなっているのだが、あくまでも「わたし」が考えるところの「わたし」なので、外部からの視点が入るとその世界はとたんに崩壊してしまう。「わたし」を捨ててやっと解放されるのかもしれないが、「捨てよう」「解放された」と思うのも「わたし」であり、「わたし」から逃れる道などなく、息苦しさを感じる。好きな作品というわけでもないが、『乳と卵』と同じく、一箇所うわこれすっごいよくわかる!と思った箇所があり、妙に気になる作家ではある。





『乳と卵』

川上未映子著
 東京に住む私の元に、姉の巻子とその娘・緑子がやってきた。巻子は東京の有名クリニックで、豊胸手術をするつもりなのだ。文章をとぎらせずにどんどんつむいでいく、アクの強い文体だが、私は割りと好きです。巻子も緑子も自分の体に違和感を感じているが、どうしてそう感じるのか、どうすればいいのかというところの自覚度が全く違う。その自分の心身に対する自覚度に応じているのか、私と緑子の語りで構成されており、抱える問題が一番根深そうな巻子(この人の見た目の描写が、相当ヤバい状態の人だなというもので、そういうところは妙に上手い)の内面は一切言及されない(私か緑子が見た巻子の状態から推測される範囲しか言及されない)ところが面白い。親である巻子の方がむしろ子供っぽく、緑子の方が圧倒的にオトナである。類型的な構図ではあるが、あまりに実際にいそうで困っちゃいますねこれは(笑)。まあここまでお約束ふまえてわかりやすくしておけば、賞もいけるんじゃないの?という戦略だったのか、ちゃんと第138回芥川賞受賞している。著者としては、むしろ抑え気味の作風なのでは?という感じも。本気度8割くらいな雰囲気。1ヶ所、うわそれすっごいよくわかる!ていうかわたしもやってる!という部分があってちょっと怖かったのだが、恥ずかしいのでどこかは言えない。





『BOY A』

 14年間の刑期を終えて保釈となった24歳の青年(アンドリュー・ガーフィールド)。彼は「ジャック」という新しい名を得、仕事に就き、友人や恋人も得る。新しい生活は順調だったが、彼はしばしば悪夢に悩まされていた。一体過去に何をしたのか?
 監督はジョン・クローリー。前作『ダブリン上等!』は妙に生活感があるところは印象に残ったが、特に傑出した作品では無かったように思う。しかし本作では格段にレベルアップしている。重いテーマを抱えた作品ではあるが、同時に瑞々しい情感がある。説教臭くならないのは、青春映画として魅力的だからだ。演出が繊細であることに加え、主演のアンドリュー・ガーフィールドがすごくいい。表情はナイーブだが、体の動きがときに衝動的なところが、ジャックというキャラクターを的確に表していたと思う。他のキャストも総じて好演していた。ジャックと恋人とのやりとりとか、同僚との交流など、とても初々しく魅力的だ。
 本作はジャックの現在と「事件」を起こすまでの少年時代とを平行して描く。彼は「事件」の加害者であるのだが、真面目な好青年に見える。少々不安げで挙動不審なところはあるが、純真だ。彼の同僚や恋人同様、映画を見ている側も彼に好感をもっていく。それだけに「事件」の真相が分かった時の衝撃と戸惑いは大きい。彼がやったことは明らかに許されることではない。しかし今の彼は見るからに善人なのだ。彼の周囲の人達だけでなく映画を見ている側も、彼は何もであるのかという揺さぶりを掛けられる。この物語への引き込み方が上手いと思った。
 この作品は「人は変われる」ということは前提としている。問題は、周囲はそれを納得できるかというところだ。頭では「彼は罪をつぐなった、もう以前の彼じゃない」と思っていても心では許せないかもしれない。それに、被害者の遺族に第三者が「もう許してあげようよ」とは言うのは無責任かつ無神経すぎる。終盤である人物が告げるように、許せる/許せないを解決するのは時間のみなのかもしれない。また同時に、加害者にとっては、どれだけ変われば、時間がたてば許されるのか、果たして許されることはあるのかという問題が見えてくる。
 そして更にやっかいなのが、当事者でない「世間」が騒ぐ「許す/許せない」だろう。ジャックを追い詰めるマスコミや周囲の目やセンセーショナルな騒ぎ方は見苦しいのだが、しかし自分もあの一群と同じことをするのでは?という懸念がつきまとう。ジャックの過去を漏らした人物の動機が、正義感(仮に正義感だとしてもひとりよがりなものではあるだろうが)ではなく私怨だというのがまた皮肉でやりきれない。 





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