3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

2008年07月

『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』

 「かごめ歌」を聴いた女性が失踪する事件を、事件に巻き込まれた少女・楓(北乃きい)と共に探る鬼太郎(ウェンツ瑛士)たち。事件の原因らしい悪霊を封印しようとするが、事件の裏には大妖怪ぬらりひょん(緒方拳)の計略と、1000年前の妖怪と人間の悲恋が関わっていた。
 底抜けダメダメ映画だった前作に比べると、格段に出来がよくなっている。脚本家を変えたのが良かったか。相変わらず話のつじつまが合わない部分が目立つものの、前作よりはまとまっている。しかし笑えないコントで話の腰を折ったり、必要以上に妖怪にキャラ付け(変な語尾とかね)したりとスベっているのは前作同様。本木克英監督はいい加減、今後の身の振り方を考えては如何だろうか。なんでそう余計なことばかりやりたがるかな・・・。
 さて、前作は(監督が意図したのかどうかはともかく)結構能天気な作風だったが、今回はぐっとシリアス寄りだ。鬼太郎の「人間の為に戦っても全然感謝されない」というぼやき、楓の妖怪に対する不信など、わりと真面目に描いている。何より、人間に恋し一緒に生きようとしたものの、人間に迫害された人魚(寺島しのぶ)の恨みが物語の核にある。寺島しのぶは今回のMVPと言っていいくらいのハマりっぷりかつ健闘ぶりだった。出演者が全員このくらいのトーンで芝居してくれたらもっと見やすい(というか大人に優しい)映画になったのになー。人魚とその夫(萩原聖人)に対する村八分加減が結構リアルなのも、シリアス度UPに一役かっている。異なる者と共存できるか?というテーマをつたないながらも提示していて、お子さんの教育上もよろしいのではないだろうか。鬼太郎の「妖怪である」ことの悲哀もちらりと見せ、ホロ苦い余韻を残す。
 しかしそれだけに、ネコダンスを始めとする悪ノリが惜しいのだった。キャスティングに関しては、一種のイベント映画だから多くは望まないが、そんなに芸人出さんでもとは思った。あと、田中麗奈の良さは私にはさっぱりわからない。今回手抜いてないか?



『ファンタスティック!チェコアニメ映画祭』

 チェコアニメの特集上映。あー何かかわいくて和むものが見たい・・・と思っていたところ、たまたま時間が空いたので見てきました。4つのプログラムから成る特集なのだが、今回見たのはBプロ「アニマルプログラム」のみ。しかし和むかと思ったらあんまり和まない話が多かったような。

1『ネコの学校』
ブジュチスラフ・ボヤル監督作品('61年)。切り絵アニメーションと実写を組み合わせた作品だが、色彩がビビッドで軽やか。ネタと手法が上手くかみ合っていてクオリティ高い。そして、もう抜群にかわいい!ネコかわいい!面倒くさい子供の典型のような言動すらかわいい。

2『失敗作のニワトリ』
イジー・ブルデチカ監督作品('63年)。わりとあっさりした線の2Dアニメーション。クラスのみそっかすである少年が描いたニワトリが動き出し、珍鳥扱いされる。少年の絵が下手(というかいわゆる写実的な絵ではない)という設定なのだろうが明らかに上手いところが難点といえば難点だな(笑)。先生に劣等性扱いされる絵には見えない。そして平面ニワトリ(絵だから)の正面顔が、まあそうなるだろうなとは思うけど、実際にやられると妙。

3『かしこいウサギの話』
イジー・ティレル監督作品('80年)。絵本風のアニメーション。ウサギらしく飛び跳ねることも走ることも苦手だが、読書に目覚めたウサギのお話。お話のヤマとかオチとか子供向けらしい教訓とかを全く考慮していないゆるゆるな展開に却って驚いた。アニメーションとしての洗練度はイマイチ。

4『イラーネク超短編集』
ヴァーツラフ・イラーネク監督作品('75年)。これぞアニメの基本!なシンプルな線画アニメーション。ナンセンスでややシニカル。好きな作風です。特に「ピクニック」の実も蓋もなさには吹いた。

5『鳥になった生活』
H・マツォクレ、H・ドウブラヴァ監督作品('73年)。色鮮やかな2Dアニメーション。催眠術で鳥になってしまった母親を連れ戻そうとする父親と息子。ユーモラスだがホロ苦い。重要なのは「鳥になった」ってところじゃなかったのね・・・と。世界中に共感する女性(男性もか)がいらっしゃいそうだが、生々しいな。

6『グレイキャットの物語』
ヤロスラフ・ボチエク監督作品('77年)。クレヨン&水彩絵の具ぽいざっくりとしたタッチの2Dアニメーション。ネコが酒好きなのはともかく、何でアル中治療を?と思ったが、酔っ払った状態を「ネズミが見える」とでも言う風習があるのだろうか。ミイラ取りがミイラに、というお話。ネコかわいそう・・・。

7『ラブラブラブ?』
イジー・ブルデチカ監督作品('78年)。マンガっぽい2Dアニメーション。作家とクモの友情、というかクモの片思いで切ないわ・・・。間に女が絡んでいるというのがまたなんとも。日陰者の悲しみがあまりに痛々しく、お子さんには見せられません(笑)。

8『劣等感』
H・マツォワレ、H・ドウブラヴァ監督作品('81年)。ちょっと大人っぽいタッチの2Dアニメーション。かしこい飼い犬に劣等感を持つ主人。外国語をしゃべり文学を嗜み、主人の妻とチェスする犬は私でもいやだとは思うが(笑)、そもそも奥さんはなんでこの主人と結婚しちゃったのか謎です。結構黒々しいお話。この監督の作品は人間の滑稽さ、ホロ苦さが色濃い。

9『ブラックアンドホワイト』
ヴァーツラフ・ベドジフ監督作品('83年)。朱に交われば赤く・・・というわけではないが。黒い羊の群れに混ざろうとする白い羊。アニメーションと音楽のリズムがぴったりと合っていて、見ていて肉体的な心地よさ、楽しさがある。白と黒の線画によるシンプルなアニメーションだが、クール。このプログラムの中では一番気に入った作品。アニメーションの面白さは、ストーリーの面白さというよりも動きの面白さにある(と私は感じる)ことを再確認。



『歩いても歩いても』

 是枝監督が始めて脚本を事前に出演者に渡した現代劇だとか。自分の演出法に自信が出たのだろうか。映画としての持ち味が変わらないあたりにもそれが窺われる。
 ある夏の2日間。年を取った両親の家に長女ちなみ(YOU)一家と次男・良多(阿部寛)一家が集まる。医者である父親(原田芳雄)にコンプレックスがあり、しかも丁度失職してしまった良多は気が進まない。また良多の妻ゆかり(夏川結衣)は再婚でつれ子がいることを、両親は快く思っていないのだ。
 夏休みに祖父母の家で親戚がそろった時のような、居心地の悪さと微妙な高揚、間を持たせるための他愛のない会話、そしてちょっとした牽制のやりあい等、自分の体験がよみがえってくるような既視感に満ちている。特に会話のつなげ方とはずし方が上手い。あるある!と頷き笑ってしまう部分が多々あった。「なんで紙袋こんなに集めるの」とか、親がやたらとものを食べさせたがるだとか、風呂場の壊れたタイルとか、久しぶりに会った親子の取って付けたような会話とか。シークエンスのひとつひとつが染みる。親(自分も)が年取ったと感じる瞬間など、刺すように生々しくよみがえってくる。ただ、こういった体験をしたことがない、もしくは体験はあるけど心底嫌だった人にはぴんとこない、ないしは拷問に近い作品になりかねないだろう。見る側がどういった家族体験をしているかに、受ける印象がかなり左右されるのではないかと思う。見る側の記憶を引っ張り出してくるタイプの映画なのだ。
 物語上の情報の出し方が上手いなぁと思った。説明不足になりそうでならない、必要最低限でわからせる計算の正確さみたいなものがある。良多とちなみが何故両親の家に集まってきたのか、最初はよくわからない。良多がゆかりに「俺は次男だよ」と言うセリフ等から、一家には長男がいて、若くして死んだらしいということが分かってくる。情報が小出しにされていく構成で、徐々に一家の背景、それぞれの関係がわかっていくのだ。
 さて、長男というのはやはり親にとって特別なものらしい。両親は長男は出来が良かった、いい子だったと懐かしむが、思い出はどんどん美化されて、実際にどんな息子だったのかはこの映画の中ではよくわからないというところが少々不気味でもあった。次男が「兄貴だってどうなっていたかわからない」というのは(ひがみが入っているとはいえ)しごくまっとうな言葉なのだが、両親にとってはそういう見方はないものとされている。特に長男のことを忘れない、忘れさせない母親の情の深さと凄みが恐ろしかった。長男に対する両親の思いは、次男にとっては残酷であったりもするのだが、両親はそれを意に介した様子がないというのもうっすらと恐ろしい。
 親が子にかける思いを、それがフィクションの中であっても、目の当たりにすると少々たじろいでしまう。私が親という立場にはなったことがないからかもしれないが。そして親の思いと子の思いのベクトルは、双方へ向かっていたとしても強さが異なるというところが何ともいえない。良多一家と両親とが別れるシーン、長女夫婦の車の中での会話に如実に現れていて、苦笑いさせられた。



『絞首人の手伝い』

ヘイク・タルボット著、森英俊訳
 クラーケン島に、所有者であるフラント氏に招かれた男女。しかしフラントは突然死亡し、義理の弟テスリン卿は「自分が呪いの言葉をかけたせいだ」と取り乱す。しかもフラントの死体はありえないスピードで腐乱していた。一体何が起きたのか?孤島に集められた客という本格ミステリにはうってつけの舞台設定だが、普通に警察はやってくるし(笑)、呪いだ精霊だとオカルトめいた要素も強い。章が進むごとに本格ミステリっぽかったりピカレスク小説っぽかったり幻想小説ぽかったりと、ジャンル傾向と探偵役が代わっていく。なかなか実態をとらえられない奇妙な味わいの小説だった。が、最後はちゃんと本格。古き良き時代のミステリの醍醐味を味わえる。トリックそのものというより、目くらましのてんこもり加減が面白かった。



『箪笥のなか』

長野まゆみ著
 「私」が譲り受けた古い箪笥は、何か不思議なものを呼び寄せるらしい。現在と過去がその不思議なものによりリンクしていく短編集。うーん、長野まゆみがこんなに端正な小説を書くようになったとは・・・。著者の作品は久しぶりに読んだが、もしかすると今までの作品の中でこれが一番好きかも。灰汁が抜けて構成がタイトになった気がする。不思議なことを不思議なことのままひょいと放り出すさりげなさが心地いい。あと、子供の頃の情景でも大人になってからの情景でも、姉と弟の会話がありそうだなぁというものなんだが、うそ臭くならない程度に理想化されており、こちらも気分いい(笑)。なお、出てくる食べ物がいちいちおいしそう。でもそんなに手間かけた料理なんて日常的には出来ない!と打ち震えてしまいました。



『男と男のいる映画』

淀川長治著
 題名の通り、映画の中の男と男の関係をピックアップした映画論。著者晩年の作品になるのだろうか。淀川節がうねりまくっていて時々文脈を見失いそうになるが(笑)、古今東西の映画が次々と飛び出してくる。こういう、語りに芸と華があるタイプの映画評論家というのはもうしばらく出てこないのではないだろうか。アメリカ、イギリス、フランス映画の恋愛観・男女観の違いなど興味深い。淀川先生にとってはアメリカの男は子供っぽく、イギリスの男はネクラ。そしてフランスはあくまで女が強い国。取り上げられていたフランス映画内の女たちの、転んでもただでは起きない根性には恐れ入りました。あと、キアロフスタミ映画に出てくる男たちがいたくお気に召していたご様子で、うーんそれじゃあハリウッドのイケメンなんて眼中になくてもしょうがないですよね・・・って思った。ところでこの手の映画話では、自分が好きな映画よりも嫌いな映画で著者と同意できた時の方がうれしいのはなぜだろう。



上半期が過ぎました

 方々の映画ブログでは上半期ベストが発表されているようなのでじゃあ便乗してみようかなと思ったのだが、普通にベスト選んでも面白くないので、ベストにはまず入らない、もしくは世間的にあまり話題にならなかったが、機会があったらちょっと見て欲しいなーというちょこっとお勧め映画10本(今年1~6月に鑑賞)を選んでみた。ただし「お勧め=良作」とは限らないのでご注意。以下、鑑賞した順で。

1:『妄想少女オタク系』
予想外にスタンダードな青春映画。スクリーン公開に踏み切ったQ-AXシネマはえらい。

2:『魁!男塾』
坂口のやる気をみんな見てやって!空回りっぷりも含めて!

3:『子猫の涙』
ひっそりと上映されていたが、結構いい親子ものだったと思う。武田真治いいねー。

4:『トゥヤーの結婚』
女のたくましさと諦念がしみじみとしみた。

5:『ジェリーフィッシュ』
色合いの美しさとヒロインの不器用さが印象深い。

6:『バンテージ・ポイント』
良いB級。しかしアメリカのシークレットサービスは皆不死身か(笑)

7:『ミスト』
映画ファンの間では大絶賛だったのにあっさり公開終了。そんなー。

8:『休暇』
これまた地味だが秀作。もっと話題になってもよかったと思う。

9:『シューテムアップ』
超良いB級!派手で愉快なガンアクションがやりたーい!という一心で作られたような潔い映画。

10:『パリ、恋人たちの2日間』
ジュリー・デルビーは才女ですね。センスだけじゃなくて映画の地力がある人だと思う。

『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』

 DVDスルーされそうだったところ、有志の署名活動により日本での公開にこぎつけた本作。やたらと評判がいい一方で、一般ウケはしないのでは?との声も聞かれたのでどんなものかなと思っていたのだが、これが大当たり!今年公開のコメディ映画の中では『俺たちフィギュアスケーター』に次ぐ名作だと思う。爆笑というよりもニヤニヤ笑いに近い笑い、そして若干(いやかなり?)黒々しくもある笑いなのだが。また、編集にクセがあって、特に冒頭のエンジェルが左遷されるまでのつなぎ方がユニークだった。
 ロンドン警視庁のエンジェル巡査(サイモン・ペッグ)は運動神経抜群、頭脳明晰で検挙率は断トツ。しかし断トツすぎてやっかみをかい、風光明媚な村・サンフォードへ左遷されてしまう。がっくりするエンジェルだが、事件とは無縁の村で不審死が続発。殺人事件だと意気込むエンジェルだが、他の警察署員は事故死だと相手にしない。監督はエドガー・ライト。脚本はライトと主演のペッグの共作だ。
 ハリウッドのポリスアクションのパロディをふんだんに織り込んだ作品(なお本作はアメリカ映画ではなくイギリス映画)だそうだが、元ネタがわからなくてもばっちり大丈夫なところに監督の底力を見た。ストーリー内で具体的に内容に触れている『ハート・ブルー』『バッドボーイズ2バッド』に関しては引用映像をちゃんと使っているので、この2作を見たことがなくてもだいたいわかるはず。このあたりの配慮は独りよがりにならず良心的だし、映画監督として冷静な判断だろう。俺たち映画大好きポリスアクション大好き、だからみんなも見てくれ!といわんばかりで、それでこそ真の映画好きだわと思った。見る人を選ぶという声が一部であったが、そんなことはない。ただ、英語の分かる人の方が楽しめるだろうなとは思う。くやしい(この辺は海外コメディの宿命なのでしょうがないかー)。
 平和そのもののように見えた村が実は・・・だったり、これは管理社会の恐怖ってやつか!?だったり、クライマックスは当然派手なガンアクション!だったりと見所満載なのだが、なによりバディムービーとしていい。2人の男の友情が成立し、ヒーローにあこがれていた男が本当のヒーローになる過程が実は一番の見所ではないだろうか。クールでシャイな男と人なつっこいがシャイな男の組み合わせなので、なかなか仲が進展しない(これはイギリス映画ならではなんでしょうか。アメリカだと、もうちょっと双方押しが強そうなイメージがあるが)。「・・・よってかない?」のくだりとか、大の大人とは思えないもじもじくん加減。もうあれですよ、お前らどこのティーンエイジャー(一昔前のな)カップルかと。その純情乙女度の高さがたまらんかった。ともあれ相棒愛に満ちた素敵な作品でした。ただ、一部スラッシャー表現あるので苦手な人は注意。 



 

『純喫茶磯辺』

 磯部裕次郎(宮迫博之)は高校生の娘・咲子(仲里依紗)と2人暮らし。父親の遺産が転がり込んだ裕次郎は仕事をやめ、女の子にモテそうだからという理由で喫茶店を始める。父親の無計画さとダサい喫茶店にイライラする咲子だが、裕次郎は更に、アルバイトに来た素子(麻生久美子)に一目ぼれしてしまう。
 裕次郎を筆頭に、出てくる大人は皆どこかだらしない人、社会人としてはどちらかというとダメ寄りな人だ。分かりやすくだらしない裕次郎はともかく、一見美女な素子の人間関係のだらしなさ、人としてのダメさ(笑)は生々しい。そのダメさを小出しにするのではなく、映画前半の店のチラシを配るエピソードでまるっと提示してしまう勢いのよさ。あーいるいるこういう要領と外面のいい人・・・!素子の造形には、多分監督の実体験が元になっているに違いないというくらいの説得力がある。こういう、ちょっとだらしないし往々にして迷惑なんだけど、かわいくて憎めないタイプの女性にイタい目にあわされた男性は多いんだろうなぁと思わせる、「あるある」度の高さだった。
 裕次郎にしても素子にしても、ちょっとさじ加減を間違えると不快になりそうなキャラクターだが、不快ではなく笑いに転じさせるのは監督のセンスのよさだろう。そして笑いだけでなく、大人がかかえるしんどさとか、ちょっとしたかなしみも垣間見える。裕次郎はヘラヘラしているが何も考えていないわけではないし、素子だって傷つかないわけではない。そのあたりをあからさまに見せることはせず、ちらっと覗かせる程度にとどめたところは、くどくなくて好感を持った。これは、物語が基本的に高校生である咲子の視点から描かれたものだという点も大きいだろう。まるっきり子供というわけではないがまだ大人ではない咲子には見えない部分が、観客にはわかるのだ。咲子役の仲のぶーたれ声がまたいい(『時をかける少女』の時も思ったけど、この人は腹の底から嫌そうな声を出すなぁ)。反対に、裕次郎にはわかっていない咲子の気持ちも観客にはわかるわけで、この辺の親子のギャップ、すれ違いがおかしくもホロ苦い。咲子が素子の本性を見抜く一方で、裕次郎は咲子が思いを寄せるライターを胡散臭さを感じ取る。結局2人とも同じことをやっているのだ。なんだかんだ言って、お互い好きなのよね。裕次郎が咲子に話しかけるときの語尾の言い回しに愛情がにじんでいる。なぜか丁寧語が混じるのよ(笑)。





『芸術とスキャンダルの間 戦後美術事件史』

大島一洋著
 近代美術界での盗難・贋作事件を取り上げた作品。要するにスキャンダル史なのだが、「美術」という形而上のことが金やら裁判やらという形而下もいいところなことと直結している面白さがある。しかもスキャンダルがあった方が話題になって歴史に名を残したりもする。思っていた以上に贋作、盗難というのは美術界では多いようで、しかも後々になっても真実がすべては明らかにならないケースが多いみたい。美術品そのものというより、それに関わる人たちの欲や面子の為に事態がややこしくなっているのが非常に生臭くて面白いです(笑)。マーケットとして閉じているからそういう側面が目立つのかもしれないが。しかし国立の、名門といっていい美術館がコロッと騙されたりするところが恐ろしいなー(明らかに担当者の怠慢じゃないかと思えるものもあるが)。贋作の世界は奥が深い。



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