ディーパ・ナパーラ著、坂本あおい訳
 インドのスラムに両親、姉と暮らす9歳のジャイは、刑事ドラマ好きな男の子。ある日、クラスメイトが行方不明になった。教師も学校も深刻に捉えずろくな捜査もされない。ジャイは友人らと共に探偵団を結成し探索を始める。しかし子供の失踪事件が相次ぎ、スラムにも不安が広がっていく。
 現代インドを舞台とした「少年探偵団」だが、ミステリ度は実はそんなに高くない。ジャイたちはバザールやら地下鉄の駅やらを方々嗅ぎまわり情報収集に励むが、何しろ9歳の子供の視点なので、目の付け所も推理も9歳の価値観・物の見方によるものなのだ。また作品全体の構成としても、終盤に都合よくばたばたと事態が動き、いわゆる伏線回収や謎解き要素は薄い。本作の面白さはそういう部分よりも、ジャイや友人たちの目を通して、スラムの生活や大人たちの生業、その背後にあるインドの社会のあり方が描かれることにある。まだ(十分かどうかはともかく)親に守られている子供の目線なので過酷さはあまり実感がないものの、スラムの暮らしは厳しい。ジャイがまともに食事をしていない描写もしばしば出てくるし、服は着た切り。トイレや洗面はスラムの共同トイレを並んで使う。一方で、ジャイの母親が働くような富裕層が暮らす高層マンションもある。貧富の差が非常に大きい。ジャイの生活は、ディケンズの小説で描かれるような19世紀のロンドンを彷彿とさせる。子供も労働力にカウントされ人権はなさそうなのだ。子供たちの間のスラング(訳文と原語由来のルビの使い方に技がある)混じりの会話が生き生きとして楽しいだけに、その背後にあるものが重い。そういう社会だから起こる犯罪があるのだ。

ブート・バザールの少年探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ディーパ アーナパーラ
早川書房
2021-04-14


スラムドッグ$ミリオネア[Blu-ray]
アニール・カプール
メディアファクトリー
2009-10-23